転生?
のんびり進めていきます。
「洗礼? 」
「まあ、食らってみろ。そのうち迎えに行くからよ」
「興味はあるな」
商業の国セリノア連合、その首都であるセリノアールと言えば、全てのギルドの支店の集う街として知られている。
世界の商業の拠点とも言われるその都市には、多くの商人が店を構える。
喧騒の絶えない賑やかな町という印象だ。
ここに商業ギルドの総本山があり、全世界の支店への指令も出され、ここに無いアイテムは無いと言われるぐらいだ。
鍛冶屋や大工、細工師や工芸師と言った技術を用いる者達の集う、細工師の塒と言うギルドがある。
それはセノリア連合の南に位置し、連合の瘤と揶揄される事もあるが、れっきとした1つの国である、メチカネルトークスにある。
ちょうどセノリア連合が『V』の字の形をした国ならば、中央のとんがった先がその国に該当する。
人類の勢力圏は大陸の形のミニクラスになっていて、ちょうどアヒルに似ている。首の付け根が首都セノリアール、そこから先と後に少しがセノリア連合。
尾っぽがケイドロス、首先がアークスネル、首がライデル……そしてメチカネルトークスは『ふぐり』と呼ばれる。
オレは乳房だと思うんだけど、そう言って揶揄する奴も意外と多くて嫌になる。
勢力圏の外れ、セノリア連合とケイドロスの境の南方向のオークの森こそが本当の『ふぐり』だと思うんだけどな。
それはともかく、他の職のギルドもそれぞれ各地の国を総本山としている。
ちなみに、戦士や武闘家と言った前衛職の者達は、アークスネルを拠点とした双頭の獅子。
魔術師達は紅月の宵闇と言う、ライデル国に拠点を持つギルドに所属している。
他にも支援や救助を専門に請け負う蒼風の皇国……ケイドロスにあるルシスの風と言う教団が運営している。
世界は今の所平穏であった。
「おい、ヨコハチ……まーた寝てるのか。全く、暇さえあれば寝てる奴だな……おい、起きろ」
オレはセリノアールの隣町の港町アラネイに居を構え、魔道具専門店まぐまぐを運営している。
「ふにゃ~」
「猫かよ……おい、客だぞ、起きろ」
この世界の魔法は羊皮紙にスペルを刻み、呪文名を唱える事でそれを行使するシステム。
それをスクロールと呼ぶのだが、それが主なオレの店の商品である。
確かに呪文を唱えても発動はするのだが、高度な呪文になると魔力量やマナ操作の技量と言った条件が厳しくなる。
そうなるとそこらの魔術師の手に負えない代物となるが、そんな中途半端な魔術師でも行使出来る魔法。
技量を補佐する目的で作られるようになったのがスクロールなのだ。
それを使えばロクに魔法の使えない、新米魔術師でもそれなりに行使出来る。
魔法系冒険者には重宝されているアイテムなのだが、余り安価なアイテムではない。
まず、魔法文字という、普段使わない文字を用い、魔法名をそれに転換し、魔法陣の要所に散りばめる。
これがまずやれない。
何故かと言うと、この魔法文字は習えないのだ。
いや、教わる方法はあるのだが、それは親から受け継ぐ場合が多く、金持ちでもなければそうそう習得も叶わない。
後はセンス。魔法陣を描くセンスも必要になってくる。
コンパスを使ったかのように、ただ正確に書けば良いという問題ではない。
オリジナリティを混ぜて、使い勝手を良くする、なんて事も熟練ならやれる事なのだ。
そういうセンスのある技師など滅多に居るものではない。
しかし、現在のスクロールは簡易式と呼ばれる、魔法文字を使わない方法が主流となっている。
確かに魔法文字を使えば効果も高いのだが、そもそも技師が居ない。
なので廉価版のような、効果は低いけど誰でも作れるスクロールが主流になるのも当然の話だろう。
確かに小魔法や中魔法なら、それなりの腕前の魔術師の内職としても可能である。
だが、伝説に出て来るような大魔法のスクロールなど、魔法文字を使わなければ到底発動しないだろう。
そもそも、魔法陣に書き込むには魔力が必要になり、内職をしていてはハントにならない。
ハントしないとレベルが上がらないとなれば、そうそう作っている訳にもいかない。
供給が少なければ価格も上がるという訳だ。
そしてオレは親から魔法文字を習いはしたものの、簡易式でスクロールを作っている。
それは何故か? 目立ちたくないからである。
「うぃ……あっ、ハンスさん、こんちゃ」
「寝る子は育つとは言うがよ、店やってる時ぐらいは起きてろよ」
オレの名はキルト、15才だ。
5年前に親を盗賊に殺され、親の残したこの店を継いでいる。
「うん……で、何が欲しいの? 」
「何がってよ、お前、小回復しか作れねぇだろうがよ」
「はうっ」
小回復のスクロール。それは高価なスクロールの中にあって、一番安価な代物。
親から伝授されて、それだけは作れる事になっている。
本当は親からはもっと高度な巻物の作成方法も教わってはいる。
だが、それはやれない決まりがある。
「スクロール5つな」
「冒険するんだね」
「まあ、軽くな。んでまぁ、そいつは保険の意味でな」
「でも、小回復とか知れてるでしょ」
「ギルドで中回復なんか買ってみろよ、報酬が相当目減りしちまうだろうが。その点、お前のなら5つ買っても断然安いからよ」
中回復のスクロールの価格は、ギルドで買うなら銀貨30枚。回復量としては小回復3回分ぐらいの割合。
となれば、オレの店の小回復スクロールは銀貨5枚。かなり安価と言えるだろう。
この世界の通貨は白金貨、金貨、銀貨、銅貨に分かれていて、白金貨は1枚が金貨100枚で銀貨1万枚、そして銅貨100万枚という貨幣基準になっている。
実はオレには前世の記憶と言うものがある。
いや、死んだ記憶が無いから、あれを前世と呼んで良いか分からないんだけど。
何を唐突にと言われるだろうが、その記憶の中の通貨基準と比べてみようかと思う。
だってこの世界だけじゃイマイチわかり辛いと思ったからだ。
いや、分かると言うなら別に良いけど、チョクランパン銅貨12枚、シャガノール銅貨21枚、ミノコスリ銀貨1枚って分かるかな?
まあいいや、とにかく、銅貨1枚が記憶の中の通貨では10円ぐらいになる。
んで、さっきの話だけど、チョクランパンってのは小さなフランスパンに肉を挟んだようなもの。
シャガノールってのはジャガイモを使ったサラダのようなもの。
んで、ミノコスリと言うのはこの地方でよく食べられている、ちょっと高級な定食みたいな料理群の名称だ。
さて、問題はここからだ。
通貨基準は理解してもらえたと思うが、肝心のこの世界の話をしようと思う。
かつてのオレ……その世界では戦いは遠い世界の物語のようであり、仮想的な戦いに身を投じる者が多かった。
それはゲームと呼ばれ、電子的……と言ってもこの世界で理解する者は居ないだろうが、実際の戦いではなく、
作られた世界の中で、作られた存在を動かして戦う、そういう娯楽の一種として存在していた。
その中でも人気こそ無かったが、オレが熱中したゲームがある。
それはハントワールドと呼ばれていたが、正式名称は『Virtual reality Hunting game』になる。
単にモンスターを倒すだけのゲームじゃない。
プレイヤーは内職を可能とし、戦いの合間に色々なアイテムを作って売って資金を稼ぎ、そして装備を整えてハントをする。
そういうゲームだった。
そう聞けば、それでどうして人気が出なかったのかと思うだろう。
実際、スタート直後はかなりの人が集まり、このままの人気が続くかと思われていた。
ただそれから半月もしない内に、大手メーカーの新作が公表され、ハントワールドの全ての要素を内包した上に、更なる要素満載だったのだ。
しかもハントワールドは課金制であり、大手のほうはアイテム課金。
これでタダゲー厨がそっくり流れ、クチコミで更なる過疎になったという訳だ。
業界の噂では大手の大人気ない行為とか言われたらしいが、ゲーム好きにそんな事は関係ない。
弱肉強食に破れただけとも言えるが、製作陣に対する大掛かりなヘッドハントとか、中々に強引な手法で潰されたとの噂もあった。
それから業務を縮小し、オフゲとなってバージョンアップだけ料金を支払う制度に変わり……それでオレは……えっと……その……つまり……ちょっとしたお得な事で継続したんだ。
ちょうど、アジトと言うか、狩り小屋みたいなのを見付け、中に入ったらレアゲットってアナウンスが流れたんだ。
だからオレは、いかに同じ機能があるからと言って、大手に流れても得られるかどうか分からないからと、まあそんな単純な理由だったんだけど。
「はい、5つ」
「助かるぜ。けどよ、もっと宣伝しねぇと、客なんか来ねぇだろ」
「ギルドとの契約があるから仕方ないよ」
「まあな、けどよ、オレ達がそれとなく宣伝してやってるからよ」
「あんまりやると叱られるから……」
「それとなくだ、だから心配するな」
「ありがと、ハンスさん」
「ならこれな」
銀貨25枚を受け取る。
「気を付けてね」
「おうっ、ありがとよ」
「ありがとうございましたぁ」
さて、どこまで話したっけな。
ああそうそう、そのレアゲットになったのが今のこの魔導具専門店だ。
そんなのがどうしてレアかと言うと、立地がまた妙に隠されていると言うか……よくこんな所で店をやろうと思ったなと言うような、雑木林の奥にある。
オレは炭焼き小屋か狩り小屋かと思ったぐらいだ。
初見さんどころか、かなりやってたやつもまさか、こんな場所に店があるとは思わなかったとか。
オレはたまたま、雑木林の近くで素振りをしていて、それがすっぽ抜けて……油断するとすっぽ抜けるというのが困った仕様だったのだが、それを逆に利用した倒し技ってのもあった。
中ボスとの対話で、素振りを見てやるとか言われ、わざと……おっとそいつは後の楽しみにしてくんな。
それはともかく、それで飛んでった武器を探しに行って店を見つけたと。
え? 詳しく知りたい? 攻略法を? 倒せなくて困ってる? それはいけないな。
あの中ボスはね、普通じゃ倒せない仕様になってんのよ。だからさ……
「ふん、お前のような三流冒険者が来るとはの」
「そうなんですよ、もう剣術とか下手糞で」
「自覚しておるは良いが、そんなに下手なのか」
「それはもう滅茶苦茶で……」
「ちょっと素振りしてみろ、ワシが教えてやろう」
「ありがたいっす」
「ふふん、ほれ、やってみせろ」
『ぶんぶんぶん……スポッ』
「ぐあああああ……き、貴様ぁぁぁ」
「すっぽ抜けた、すみません」
「お、おのれ……こんな……事で……この……ワシ……が……」
こうやんのよ、分かった?
どこまで話したっけ……ああそうそう。
またその雑木林も町の外れの小山の裏手という地味な位置取りになっていた。
オレは最初、ただのオブジェかと思ったぐらいだったが、扉を開けるとレアゲットってアナウンスが入ったのだ。
そうそう、それから妙なエフェクトがあって……例えて言うなら花火を間近で見たような感じの。
オレは気を失っていたみたいだった。
普通ならここでおかしいと思うよな。
かつて、その手のテレビ番組で事故があり、それ以来何年過ぎてもそういうのには規制がかかる事になっているはずだ。
なのに当時のオレはそんな事に気付く余裕は無かったんだ。
小さな粗末な木のベッドで目覚めたオレは、妙に身体がおかしい事に気付く。
部屋の中の何もかもが大きいのだ。
いや、それは自分が小さいんだと、それに先に気付いた事で、当時の事をスッパリと忘れてしまっていた。
俯いて自分の身体を見れば、幼児からようやく少年に成長したぐらいの小さな身体。
いや、確かに元々オレは小さかったが、こんな事はなかった。
大学進学を間近に控えた高校3年だったオレは、クラスの奴らに『小学生』って仇名を付けられていたけど、こんなに小さくはなかった。
そりゃ確かに集団登校の中の6年生よりも、小さなオレは色々からかわれたりもしたが……いかん、嫌な事を思い出した。
それはともかく、目覚めたオレは部屋から出て……そこでおはようの挨拶を受け、そこの子になってしまった事を実感した。
だけどそれはまだイベントの一種だと思い、仮初の親子関係を楽しむだけの余裕があった。
明日は5才の誕生日だと言われ、そろそろ真面目に覚えてくれと言われても、まだそれをイベントとして楽しめるだけの余裕があったんだ。
しかも、その内容と言うのがゲームでのアイテム作成方法に酷似していたから尚更の事だ。
ただ、それよりも細かい作業が追加されていたけど、それさえもイベントのエッセンスだと思えたのだ。
そして今日は真面目に覚えようとしているなと言われ、5才になるからと答えて褒められ、順調にこなしているとさえ思っていたのだ。
その時に教わったのが小回復のスクロール製法。
オレは今更と思ったが、それでも細かい作業を含んだそれを、復習の意味でマスターしていった。
そうこうしているうちに朝食と言われ、妙に複雑な味の料理を不思議に思いつつも、食べて美味しかったと……
そしてまた作業に入るんだけど、そこからは見ていろと言われてただ見ているだけだったけど、覚えのある作業ばかり。
ただ、全てにおいて、細かい作業が足されており、それを頭の中で足しておいた。
すぐさまやれそうな感じだったが、やれと言われないのにやるのは拙いと思い、それからずっと初期のアイテム作りだけだった。
おかしいと思い始めたのは夕食後、水浴びの後でベッドに入り、ログアウトボタンを探そうとした時に気付いたんだ。
ログアウトボタンどころかメニューが出せない事に。
オレもいい加減、暢気だなと我ながら呆れたが、イベントと思っている最中にメニューとかは見ないものだ。
そんな雰囲気の壊れるような事、少なくともオレはしない。
ともかく、メニューが出せないとレベルも分からないし、そもそもMP量だって分からない。
こんな時はネットの情報を活用しようと思ったんだ。
よくある小説に出て来る詠唱……これを試してやると、唱えたのが……
【ステータスオープン】
出たよ、出ました、出ましたよ。
いやぁ、作家様達、ありがとう、てなもんよ。
こうなると勢い付くよね、普通。
【アイテムボックス】
来た来た来たぁぁ……でも、中身が無いんだ。
オレのレア武器、レア防具、レアアイテム、貯めてた大金……返せぇぇ……と、誰に怒れば良いのかすら分からないけど、当時は運営に怒ってた。
確かに設定ではステータスオープンとアイテムボックスは、身体というか魂に刻まれた呪であると。
神によってこの世界に生を受けたって事になっている、プレイヤー達への神の祝福って事になっていた。
確かにステータスは神殿なら見られる。
羊皮紙に自分のレベルとHP、MP、スキルなどが記されるんだけど、情報漏えいしまくりなのよね。
だって神官が開示要求を神に出して、それに答えて羊皮紙に焼き付けるって感じになっているから。
だからうっかりレア職とかがそれをやると、神殿での勧誘が派手になったりしてさ。
まあそういうイベントもありはしたけど、大抵は勧誘に応じてもタダ働きばかりでさ……
話が逸れたな。
ちなみにレベル1のオレのステータスはこうなっていた。
キルト=カーティス レベル1 5才
称号
HP 100 MP 50
武0
魔1
治0
技1
商0
スキル
賞罰
とてもシンプルなステータス。
スキルが詠唱かスクロールになってからというもの、これは普段はデータとしての意味しかない。
だからイベントの最中にわざわざ出してみたりはしない。
かつてはそうじゃなかったらしく、だからこその位置取りになっているのだとか。
クローズの頃はね、斬新なシステムってうたい文句があったんだよ。
目線発動ってさ……
けどさ、よく考えてみれば分かる事なんだけど、これって危険だよな。
いやそもそも、強敵を瀕死にしてさ、あと少しで倒せるって時に間違えると悲惨だ。
ラストボス、瀕死になって、エスケイプ……こんな嫌な川柳見たこと無い。
他にもさ、補助魔法覚えたら友達に試しに使うとかよくやったんだけどさ。
目線ならこういう事もありえる訳で。
友達に、軽い気持ちの、デス魔法……とかさ。
当時はこんな感じのブラック川柳ってのが流行っててさ。
そのうち標語と言うか教訓になっていたんだ。
それはともかく、それが発覚して緊急メンテナンスに入ってさ、終わったらその仕様消えてた。
斬新なシステムってウリがさ、クローズ中に消えちまったんだよ。
多分この辺りで製作陣引き抜かれたんだろうね。
だって大手は視線でキープ、気合で発動ってのがウリになってたんだし。
聞いた話だと、視線で魔法をキープして、好きな言葉で発動するとか、厨二病さん御用達みたいな事になっていたらしい。
それはともかく、その辺りのシステム構築がやれなかったんだろうと思っている。
話が逸れたな。
ゲームのアイテムボックスは身体に刻まれた契約のような位置取りで、腹を軽く叩くか呪文で開く魔法のようなものだった。
戦闘中に唱えるのは攻撃呪文に回復呪文に補助魔法。いちいちアイテムボックスと唱える暇が無い。
なので腹をポンと軽く叩いて回復薬を出し、握り潰して回復させるってのが普通だったんだけど、それはこの世界じゃやれない。
いや、やろうとは思ったんだけど、5才の握力じゃ瓶が割れなくてさ。
んで、必死でやってたら、怪我するから止めなさいって言われて、ああ仕様が違うんだなと実感したんだよ。
それは飲むものよと言われてさ、戦闘中にどうやって飲むんだと思ったのさ。
特にソロとか、そんな事やる暇がある訳が無い。
MP切れの魔術師とか、もうどうしようも無い訳で……まあそれに対する裏技を知っていて、それは何とかなったんだけどね。
とにかく、この事態がどういう現象なのかは知らないけど、終わるまでやってみようと思ったのさ。
確かにオレは高3で、大学も合格して春から大学生ではあったんだよな。
だけど、それが未練にならない状況だったのさ。
分かるだろ、高校3年ですら小学生の体格だ。
そんなのが成人になったりしたら、必ず言われる言葉がある。
合法ショタ……
後2年しかないのに、まだ小学生と間違われるオレだぞ。
そんなの恐怖しか無いだろ。
綺麗なお姉さんにちやほやされるのは良いが、相手のゾーンはあくまでもずっと下だ。
仮想的にそれに見えるからと言われても、そんなの嬉しくも何とも無い。
社会的にも色々損をしていたし……大体さ、大学受験の帰りに補導とかあり得るかよ。
あの警官め……覚えてろよ……まあ、もう戻れないかも知れないけど。
ふうっ、どうにも話が逸れちまうな。
まあこれから先、嫌な話になるから余計だとは思うけどな。
ともかく、オレは5才から10才までの5年間、親からみっちりと教わったのだ。
魔法文字を含む、あらゆる事をな。それを英才教育と言うんだろうが?
オレが覚えるからついつい先に進んだとでも言おうか、遂に親と同等以上の力量になっていたと思う。
いや、思うってのは見せなかったからだ。
あくまでも年相応の理解力に留めたが、親の仕事を見せてくれと言い、全て頭の中に入れただけだ。
それでも毎日仕事場に来るオレに対し、意欲と見たのか熱心に教えてはくれた。
そんなある日の事、明日は10才の誕生日だと言われ、改めてあれから5年過ぎたんだなと思ったのさ。
そして翌日、そろそろ良いかと両親は、オレを荷馬車で隣の町まで連れて行ってくれた。
その町はアラネイよりも遥かに大きな街で、仕入れはここでやるんだよと言われたんだ。
そして商会での取引の最中、少し長引くからとオレに、小遣いをやるから遊んで来いと言われ……
オレはそこで改めて、この世界がゲーム世界に酷似だった事を思い出したんだ。
かつてよく通った道、そして町並み、どれもこれもそっくりだったから。
それと共に思い出した事がある。
オフゲになって追加された、序盤専用のレア武器の事を。
あれは確か……記憶のままに街を巡り、古びた教会の裏手の井戸のフタをずらして中を覗く。
あった……かなり朽ちてはいたが、そのはしごはまだ使えそうに思え、オレはそれを伝って下へ下へ……
そして記憶のままに下から17番目の欠けたレンガから右に11番目のレンガを押したんだ。
ズズズ……動いた。
そしてそれと入れ替わりに出て来たレンガのような物は箱になっていて、中には1本の杖。
あった……杖剣だ。
こいつは一見杖だけど、かすかな切れ目が途中にあり、半回転させて抜けば中に剣が隠されている。
慣れた手つきでそれを回せば、今さっき研いだばかりのような光り輝く刃が出てくる。
本来なら色々な追加効果があるはずのその剣だが、見るだけじゃそれとは分からない。
しかもこれにレベル制限があるとか、本当にそうなのかすら分からない。
だが当時はそんな事はどうでも良く、レアアイテムゲットの高揚感だけが頭にあった。
早速、そいつを背中に背負う。
こいつはこうやって使うのだ。
魔法はそのまま引き抜いて使い、剣は半回転させて抜いて使う。
序盤専用武器とは言え、その形状が気に入ってずっと持っていた武器だった。
そして親と合流し、杖の事を聞かれたが、小遣いで買ったとだけ言った。
見た目は地味な杖なので、中古か何かと思っただろう、何も言わなかった。
ただ、そうだなぁと呟いて、10才からはハントを解禁しても構わないよなと、傍らの母親と相談していた。
実はずっとハントは禁止されていて、大きくなるまではダメと言われていたのだ。
その解禁が明日になるかも知れないと、オレは期待しつつ荷馬車の後ろで丸くなり、思いを馳せていたんだ。
そして事件が起きる。
両親は御者席に仲良く座り、オレは荷馬車の後ろで荷物の陰でうとうとしていた。
そしてふと、風を切る音がいくつか聞こえ、馬がいなないたのだ。
うちの馬はとてもおとなしくて、そんな鳴き声とか聞いた事も無かったのに、それが聞こえる。
そして唐突に荷馬車の勢いが無くなり、何かに乗り上げたみたいに止まったんだ。
オレは異変を察知し、小声で両親を呼ぶ。
返事が無い……おかしい……
そのまま幌の破れ目から外を見ると、数人の男達……まさか……
そういや商会での話でちらりと聞いた、最近出没する冒険者崩れの盗賊の事。
そんな輩はよくある話なので気にも留めなかったが、まさか遭遇するとはな。
周囲を確認すると総勢8人。
荷馬車の点検用の床板を外し、下に降りて様子を伺う。
だけどそこで見ちまったんだ。
御者席から流れ落ちる真っ赤な物を。
汚れるのにも構わず、直下から両親を呼ぶ……返事が無い。
くそ、あいつら、殺してやる。
とは言え当時のオレは10才を翌日に控えた子供。
まともに勝てる相手じゃない。
しかもレベルは1だし、魔法も使えないはずだ。
だが待てよ、レベル1でも使える魔法があるじゃないか。
杖剣の特殊効果……+10レベル効果がもし使えれば、8匹のゴミの始末程度、簡単にやれるさ。
頼む、効果があってくれよ。
折りしも夕暮れ時、小山の影は地上に長く伸び、あいつらも影の中にある。
【ダークスワンプ】
こいつは対象を捕縛するスキルなので、直接の殺傷力は無い。
ただし、下半身がスッポリと地面の中に潜ってしまう魔法なのだ。
冒険者崩れ達は突然の事に驚くも、何とか出ようともがき始める。
だけどそんな暇、あるかな。
杖剣を背中に挿し、半回転させて抜く。
もがく奴らを後ろから、心臓の位置で貫いていく。
そして上半身だけが地面に横たわるオブジェが8つ出来た。
死ねばアイテムになるのがこの世界の掟。
アイテムはボックスに収まる。
盗賊は全員、ボックスに納め……そして両親も入っちまった。
盗賊達を沼に沈めた後、ダメ元でボックスに入っちまったんだ。
まだ入らないと、生きていると思って、それが入った……だからこそ……
オレは盗賊達全員をあっさりと殺せたんだと思っている。
全てが終わって振り返ると、可愛がっていた馬が倒れている。
コマ……ボックス・イン……死んじゃったか。
後は荷馬車も入れてそのまま家に帰り、裏庭に両親を埋めたんだ。
荷馬車を車庫に出し、荷物はボックスに入れておいた。
コマも両親の横に埋めてやり、オレは……盗賊達から身ぐるみを剥いだ。
本当に身ぐるみを全部剥いだんだ。
オフゲになって斬新なシステムが消えた後のこのゲームはさ、やけになったって噂になっていたんだ。
確かにメチカネルトークスを『ふぐり』と揶揄するくだりはあるけどさ、それをもっと推し進めるとか、規制入って終わりになりそうな暴挙だろ。
確かにアイテムとして名前しか出ないんだけどさ、ふぐりをアイテムとして使うとか……
あれで女性ゲーマーが消えたって噂になったぐらいだ……元々過疎だったけど。
結局、盗賊の服から装備から全てを剥ぎ、後は取れる全てをアイテムとして取った後、抜け殻になったゴミは闇沼に消えちまったさ。
そして、普通は手に入らないそれらのアイテムは、国の独占と言われていたんだ。
犯罪者への罰の中に、去勢ってのがあってさ、抜いたブツをアイテムとして……はぁぁ、嫌なアイテムだと思うだろ。
だけどさ、羊にそれ食わせりゃ、どんな羊の皮でも最上級の羊皮紙になると言われりゃ……国がやらないはずはないだろ。
だからその技術と言って良いのかは知らないが、国の極秘事項になっていたのさ。
どのみちゲーム内じゃプレイヤーに羊皮紙とかは作れないからさ、そういうのが漏れたとしても問題は無い……キモいけど。
漏れても使えないんじゃ意味が無いって当時は思ってたけど、今はそうじゃないだろ。
だからさ、やれるかもって思ったのさ。
後はさ、その羊のふぐりにも用があるんだ。
こいつは孤島の老人の昔話の中に出て来るんだけど、大昔の英雄の裏話みたいな話でさ、あいつの魔力が多かったのはこういう訳だって言うんだよ、その老人が。
『あやつはの、羊飼いの倅として産まれたんじゃがの、ある時神からのお告げを得たらしいのじゃ。ちょうど14才の頃じゃったが、15才までの毎月、羊のふぐりを飲めと言われての、それを素直に受けたらしいのじゃ。ワシならばそのようなたわ言に耳など貸さぬが、朴訥な羊飼いならではじゃろうの。それでの、呑むたびに身体に魔力が満ち満ちて、1年後には魔人の如き魔力の持ち主になったという話じゃ。信じるか信じぬかはどうでも良いがの』
こんな話、信じたオレをバカだと思うか?
羊のふぐり自体は雑貨屋でも売られているんだ。
砕いて潰して油と混ぜて塗り薬ってな。
ちょっとした怪我ならそれで治るってぐらいの、民間薬としては優秀な部類だ。
だがそれを呑んだ奴は居ない。
当時、オレは10才で、15才までには5年の猶予があった。
プレイヤーは16才スタートで、試したくても試せなかった。
だからさ、万が一の期待と、やれなかった興味と、悲しみを別の感情で消す為に呑んだんだ。
いくらゲームの世界に似ているからと言って、5年も家族として過ごしたんだ。
それを喪って何とも思わないなんて事、あるはずないだろ。
実際、オレは泣きながら家に帰ったんだし。
んで、荷馬車の中の売れそうなアイテムは売って、生活資金を作ったんだ。
そうこうしているうちに盗賊の件で話を聞かれて、親が殺されたって事で……盗賊は逃げたって話したよ。
レベル1で倒す為には、レア武器が必須だったし。
あんなの見せたら参考資料して持っていかれるに決まってる。
そして2度と戻らない。
それでまぁ、国内はおろか、あちこちに手配書が回ったんだけど、それだけだ。
もうあいつらは見つからない所に逃げちまったからな。
それはともかく、そういう訳で魔導具屋としては廃業の危機にあったんだ。
本来なら魔術師ギルドに所属しないとスクロールは売れない。
だけど既に細工師の塒に所属している。
なら、魔術師ギルドに変われば良いと思う人もいるだろうけど、そうすると今度は魔導具が売れないのだ。
スクロール1本で食べていくなんて夢物語は、初期の者には到底やれない事。
ならばどうするか……15才になればメインとサブのギルドの所属が認められる。
それでも特例として何とかならないかと相談した結果、魔術師ギルドの仮会員になれた。
だけど、最下級のスクロールしか売れない事になっていた。
それが小回復のスクロールって訳だ。
済まないな、売れない訳がこんなに遅くなっちまって。
ともかく、15才になれば成人と言われ、ギルドは2つまで所属出来る。
メインとサブなんだけど、今のオレは細工師の塒をメインとし、
紅月の宵闇をサブにしている、俗にいう兼用だ。
兼用ギルド員は、双方の特典が得られる代わり、上納金2倍って悲しい事になっている。
無所属でもやれない事はないが、ギルドを介在しなくても生きていける奴限定だ。
そこらの有象無象にやれる事じゃないので、皆は泣く泣く上納金を払って所属している。
ともかく、特例措置を受けたオレは15才になるまでそれを享受していたと。
んで先日、兼用になったという訳だ。
本当にきつかったよ……なんせ、宣伝はするな、小回復しか売るな、15才までだ、上納金は払え……だけどもうそれも終わりだ。
特に羊のお陰でオレは、あり得ないぐらいの魔力を持てたんだから。
後はギルドからの許可証が届くのを待つだけだ。
10才の誕生日の前日から15才の誕生日まで、フルの5年間。
毎月なので60回フルに活用し……オレも魔人と呼ばれるんだろうか。
盗賊倒してレベル8になっていたオレは、MP400になっていたんだけど、初回で倍になったんだ。
だから翌月は800になると思って、嫌だけど呑んだんだ。
そうしたらさ、確かに800になってさ、これはいけると思ってさ、その翌月、1600になると思って呑んだんだ。
そうしたらMP1200だった。つまりさ、1個呑むごとにMP400増えるだけっぽいのさ。
まあそれでも有効は有効な話だけどさ。それで1年後にMP4800になれたんだ。
このまま行くと思ったよ。だけどさ、その次の月、9600になったんだ。
それから毎月、4800ずつ増えるんだよ。
そうしてその翌年、57600ずつ増え始めてさ、その翌年には691200ずつ増えたんだ。
どうして途中で止めなかったのか、オレは少し後悔している。
当時は何処まで行くのかって興味しか無かったから。
もうね、自然回復だけでMP尽きないの。
だって1時間に1%ってのが自然回復量な訳じゃない。
そりゃ眠れば15倍の15%になるけどさ。
オレは起きてんのに寝てる奴より回復すんのよ。
けどそんなの見せる訳にはいかないとなれば、普段から寝ている奴を演出する必要がある訳で……
はい、ここで出て来ましたね。
ヨコハチの真実が。
魔導具作りでMPをよく使う、だからよく寝てる、だからいつも回復終わってると。
じゃあ後はハンスさんと知り合った話でもしようか。
彼ね、もうじき40になろうっかってオジサンなのよ。
本人はまだ30前半って言ってるけど、10才の頃から言ってるし。
ちょうどオレが泣きながら家に帰る途中にさ、倒れてたのよ。
ああここにも犠牲者が……と、普通は思うよね。
蹴飛ばしたら「いてぇぇ」って生きてたんだ。
いや、後でさ、生死の判定に蹴飛ばすのは酷いと言われたけどさ、親とかなら別として、他人の死体かも知れない物体に触れるとかやれるかよ。
んで、話を聞くと、怪我して狩場から戻る途中、歩く気力が無くなったって……結局、腹減ってるだけだったんだ。
大した怪我とかしてないし、単に空腹で倒れただけだったんだ。
だから広場で買った串肉出してやったらさ、食って良いかとか聞かないの。
奪う⇒夢中で食う⇒食い終わる⇒ハッと気付く⇒土下座……こんなもんよ。
ハンスさんはレベル22の戦士なんだけど、金が無いってのも変な話だ。
特に戦士は武器だけあれば、後は戦うだけって経済的なはずなのに。
んでまぁ、串肉をもう1本出してやり、色々話を聞いたんだ。
とても残念な話だった。
誰が? ハンスさんが。
彼のパーティメンバーが揃ってお人好しと言うかさ、あり得ないと言うかさ。
普通、魔術師は金食い虫と呼ばれる。それは何故か? スクロールが高いから。
じゃあスクロール無しで魔法を使えば良い⇒MPが足りない。
しかも戦闘中にスクロール発動は厳しいものがある。
だからこそオレはあの裏技に……ふうっ、もうその話は良いよね。
となるとどうするか。
浪費と言われようとMPを使い、回復薬で回復すればいい。
実際、上級のパーティなんかじゃやっている方法らしいけどね。
ハンスさんみたいなビギナーに毛の生えたようなメンバーじゃ無理。
だから普通の魔術師は補助に回るんだ。
補助魔法で止めを時々もらうとか、そうやって経験を得ながら補助するのが役目って事になっている。
だからオレもそのつもりでいたんだけど、ハンスさんのメンバーの中の魔術師さ、攻撃やるんだって。
しかも経費はパーティ折半とかさ、もうこれ食いものにされてるとしか思えないよね。
しかもしかも、倒してやってんだ風を吹かしてさ、リーダーのハンスさんをないがしろにしてさ、仕切って狩場もそいつが決めるとか、もう訳わかんないよ。
だから遠距離で倒せる敵を狙うようになり、フレンドリィファイアもごめんで終わらせて、だからハンスさん、仲間の魔法食らって怪我して、帰りに空腹で倒れてたと。
よくそんな奴隷みたいな待遇で他の人、文句言わないもんだよねって言ってやったんだ。
それがまた困った事になっていて、ハンスさんは田舎から引率して来て、だからおいそれとパーティから切る訳にはいかないんだと。
んで、田舎に一度帰って編成し直そうと思っても帰らないの一言だと。
まあそうだよね。誰が奴隷を手放すかって話なんだろうし。
でまぁ、15才になるまでは我慢して、成人で切ろうって話になってるらしい。
当時、そんな話を聞いてさ、その魔術師何才って聞いたんだ。
8才ってふざけてるだろ。
7年も奴隷すんのかよって聞いてやったさ。
それで話し合いになって、田舎に強引につれて帰ったんだけど、そこからがまた酷い話でさ。
親に無断で参加して、親の許可があると嘘付いて、ハンスさんは誘拐犯扱いになっていたってよ。
今そいつ、村から出禁食らってて、神父さん監視の下、神の使徒をやっている。
凄く良い名前だよね、神の使徒って職業。
オレはそれになりたくないから、地味に過ごそうと思ってるけどさ。
教会では色々な業務にMPを使うんだけど、神父さんもそこまでMPが多い訳じゃない。
それに毎日そんなに使ってたら疲れて仕方が無い。
そこで神の使徒の出番ですよ。
専用の部屋を与えられて、専用のベッドで横になり、専用の……早い話が教会の奴隷な。
メシは流動食、服は無し、毛布を掛けられて、下はフリー。
ベッドの下には桶が置いてあり、汚物はそれに自然落下。
本人の意識は夢の中で、マナタンクとしての人生しかない。
15才までそれがそいつの刑罰って事になってはいるんだけどさ、暗黙の了解で死ぬまでやらされるんだよ。
だってさ、夢から目覚めてそんな境遇、絶対に恨みが残るだろ。
だから目覚めないようにされて、死ぬまでそんな境遇に追いやられるのさ。
だから神の使徒なんて、耳触りの良い職業名になっているんだ。
だからバレたらオレもそうされちまう。
だから地味に過ごすのさ。
オレの実情を知れば、罪なんてでっち上げられるに決まってる。
減らないマナタンクなんて、為政者に知られたら確実に来るさ。
それがこの世界の残酷なところさ。
プレイヤーは神からの誘致だからそんな刑罰は関係無かったけど、この世界に来ちまったオレが、どうして関係ないと言えるだろう。
☆
さて、気分を変えて、羊皮紙の話をしようか。
小魔法のスクロールには、基本的にどんな羊皮紙でも構わないとされている。
実際、小回復スクロールに使われるのは、粗悪と呼ばれる羊皮紙だ。
それはなめしの失敗だったり、養育の失敗だったりと色々だけど、粗悪品と呼ばれる羊皮紙は必ず出て来るものなのだ。
そしてその粗悪品を省いた後の品、これが普通に羊皮紙と言われる。
じゃあ粗悪品は何て呼ばれるのかと言うと、メーガミ……女神みたいだよね。
本当にもう、刑罰にしろ粗悪品にしろ、どうしてこんな見てくれを繕うのか。
それはともかく、普通の羊皮紙の中でも特に良質なもの、それなりに良質なもの、普通の品の3種類に分類される。
普通の品は中魔法までのスクロールに使え、それなりに良質なものは、上魔法のスクロールに使われる。
そうして特に良質な品は国が買い取る事になっていて、かなりの高額で引き取られるらしい。
その見極めでまた裏金が動いたりするらしいんだけど、プレイヤーには関係の無い話だった。
関係あるのはただ、赤っぽいオーラが見えたら普通、黄色はかなり、緑は上質、紫が最上級ってだけだ。
そこまでの話でひとまず置いておきます。
え? メーガミの色? 出ないよ。
さて、盗賊のアレを羊に食わせ、1週間後に羊を肉にしました。
そして皮をなめして羊皮紙したのです。
はい、紫色のオーラが出ていますね。
でもさ、誰がそんな物、羊に食わせようと思うかよ。
だからこの世界では誰も知りません。
1頭から50枚ぐらい取れるんだけど、1枚だけ偶然そうなったと言って、裏で交換取引に使うんだ。
メーガミ10枚で並1枚価格。
並10枚で良1枚価格。
良10枚で優良1枚価格。
優良10枚で最上級1枚ってのが相場な。
つまりだよ、最上級1枚だけ取れたと言って交換に出せば、メーガミ1万枚になるって話。
ここに儲けや手数料は絡まない。
何故なら上質のほうが誰もが喜ぶから。
だからメーガミ1万枚持って行っても最上級は交換してくれない。
あくまでも下級にするほうだから、皆は喜んで交換してくれるだけなのだ。
そしてメーガミの価格が大体、銅貨20枚な。
200円相当の紙を使い、小回復のスクロールを銀貨5枚、5000円相当で売る。
ボタクリだよね。
そして気になる羊のお値段だけど、1頭が金貨10枚な。
日本円で100万円払って50回引ける宝くじのようなものだ。
当たれば……つまり、最上級が出れば金貨20枚、はい黒字と。
もうね、売るほうも出るとか思ってない訳よ。
だからさ、言えば快く売ってくれる訳で、みんな宝くじ感覚で買うのよ。
普通はノーマルの銀貨2枚の羊皮紙になる。
だから50枚取れても金貨1枚にしかならない訳さ。
自分で解体すれば肉にもなるけど、売ればその10倍になると思えばさ、買い手が居れば二つ返事になると思うでしょ。
そんな訳で、盗賊のあれこれを売って小金を作り、羊を30頭買って解体してボックスに入れたのさ。
5年間で60回、1匹2個な。
まあ、肉がかなりの価格で売れたから良かったけど。
本当に裏技が無かったら今頃、かなり貧乏しているな。
羊の肉については、ワイン樽の中に漬け込むだけだ。
1ヶ月で旨い肉になる。
半年で極上の肉になる。
1年で腐る……まあ、当たり前だよね。
肉は腐りかけが旨いとは聞くが、漬けて半年の肉をボックスに入れたのさ。
後は必要に応じて出して調理して、広場で売るだけの簡単なお仕事。
1頭から60キロの肉が取れ、30頭で1800キロになったと。
んで、250グラムずつのでかい串を作り、広場で売りさばいたと。
7200串で単価銀貨3枚……金貨216枚になったのさ。
これだけでかなり元は取れたけど、後は羊皮紙が丸々残っている。
普通、羊の肉は250グラムでも銅貨25枚がいいとこの安価な肉。
1グラム1円相当って事かな。固いし臭いし……ワインに半年でその両方が消えるだけなんだ。
そんな訳で、羊皮紙ではメーガミ1万枚を仕入れ、金貨は216枚と。
支払った額が300枚だから赤字に見えるけど、実際は黒字な訳だ。
両親の蓄えが白金貨4枚、金貨18枚、銀貨32枚だったんだ。
だから支払いは白金貨でやれたから、当時の資本は白金貨1枚、金貨234枚、銀貨32枚でスタートしたと。
そんな訳で今、ボックスの中には最上級の羊皮紙が1495枚眠っている。
5年間で5万枚の交換をしたんだよ。
そうして色々なスクロールにしたと。
「まーた寝てんのか、キルト」
「うえっ、起きてるよ」
「涎が垂れているぞ」
「うえっ……ゴシゴシ」
「やっぱり寝てやがったな」
「はうっ……」
あ、アレの数が足りないって?
盗賊なんて何処にでもいるんだよ。
だからさ、こっそり狩って回収すればいいだけの話。
ただそれだけの事なのさ……