第一段
春はあけぼの。
少しずつ、少しずつ、東の空が白みを帯びてきて、山の輪郭がはっきりとしてくる。毛布にくるまり、僕にもたれかかって寝ているキミの顔にもほんのりと明かりが射していく。薄藤色に染められた雲が細くたなびいて、ゆるゆると気だるそうに流れていく。この世の悪を何も知らないような無垢な寝顔を浮かべ、スヤスヤと眠っているキミに僕はそっとキスをする。
夏は夜。
月明かりがふんわりと辺りを包み込む夜は、ふとキミの笑顔を思い浮かべる。
月が消え、全てが塗り潰された闇夜は、僕らの心を解き放ち、異世界へと誘ってくれる。
キミが『ホタルが見たい』と言い出し、蛍のいる川まで2人で無言で歩いた。明かりのない道。キミがそっと手を繋いでくる。お互いの体温が溶け合うと安心できる。目的地に着くと、川の中、草の茂み、辺り一面にふんわり飛び交うホタル。幻想的な雰囲気にキミはキラキラと目を輝かせ、夢中で眺めていた。ふと僕に気付き、『キレイだね』なんて微笑むキミが可愛すぎて、僕はまた何も言えなくなる。
夏祭り。久々の浴衣ではしゃぎ疲れたキミと神社の石段で休んでいるときにも、蛍の一匹や二匹が、かすかに光っては消え、光っては消え、飛んでいた。ぼんやりとした光が、遠く祭りの喧騒に消えゆく中で、そのうちの一匹がキミの髪にとまる。『光の簪だね』と気取ってみせるキミを目の前にして、僕は抱きしめたい衝動を抑えるので精一杯だ。
雨の夜は部屋の灯りを消して窓を少し開ける。
しとしとしとしと……
静かな雨の音が部屋に流れ込んできて、そのむせかえるような匂いに
僕は少しだけ昔を思い出す。キラキラと光る雨の糸が、街の熱気を洗い流していくのを僕はなんとなく感じている。やがて、雨音が部屋をしっとりと満たす頃、ゆらゆらとうつろいゆく思考の中、僕はゆっくりと眠りに落ちていく。
秋は夕暮れ。
日も傾き、夜の気配が色濃くなってくるころ、鳥が寝床へ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽と、飛び急いでいる。それを眺めていたキミがふと何かに気付いたようにこちらを振り向き、にっこりと微笑むと『私たちも帰ろう』と左手を差し出してくる。僕は一瞬ためらうけれど、その温かい小さな手を握り返す。並んで歩く二人の影が長く、長く伸びていく。遠くの方で、渡り鳥が列を作り南の方へ飛んでいくのを見ていると、またキミと目が合いふふっと笑い合う。
日もすっかり沈み、涼しげな風の調べが虫たちの合唱をのせてくると、キミは後ろからそっと僕に抱きついて、『いい夜ね』とささやく。僕は秋の音色とキミの鼓動に耳をすませている。
冬は早朝。
身をつらぬくような寒さの朝、外の気配でふと目を覚まし、寝巻のまま寒さに震えながらカーテンを開けると目の前にまっしろな世界が広がっている。僕は白い息を吐きながら、音もなく降り続く雪をただ眺めている。
朝、ふと目を覚ますと隣で寝ているはずのキミの姿はなく、消えかけた温もりだけがそこにある。部屋の中はしんと冷え切り、布団の温もりから抜け出すことはできない。窓の外は霜が降りて辺りは一面の銀世界のようだ。耳を澄ますと台所の方からトントンと食事を作っている音が聞こえる。やがてこちらの部屋にもみそ汁のいい香りが漂ってきて僕は耐えきれなくなり、もぞもぞと布団から這い出すことを決心する。
日が高くなり、寒さもだいぶ和らいでくると、道端に作られた雪だるまも溶け出しはじめ、心なしか少し悲しそうに見える。
意訳にも程がある。気が向いたら更新するかもです。




