天海勇人の嘲笑
「知らん」
勇人さんは考える振りすらすることなく、本当に即答した。
「俺は絵描きだ。俺は絵を描くだけだ。表現者であって、創造主じゃあない。価値を創るのは芸術家の仕事じゃあない。それは偉そうに物知り顔をした金持ちの仕事だ。贋金作りの連中の仕事だ。勝手に価値なんてものをでっちあげて、需要を煽って供給を制限して価格を操る詐欺師の仕事だ。俺はそんなものに興味ないね」
後から知ったのだが、勇人さんは双子の兄と幼馴染に売買は全て任せているらしかった。絵の値段は画材の値段と言っていたが、多分彼は、自分の使っている鉛筆の値段も知らないだろう。
「極論を言えば、作品に個性なんて物も無駄だ。本のあとがきを読んでいると、俺はイライラする。作者なんて作品製造機であって、作品のおまけであって、そいつの価値観なんて知ったこっちゃじゃあない。極限まで個を排除して、表現しろって言うんだ」
「なんか、そこまで行くと病的じゃあないですか?」
私の突っ込みに、
「『病的じゃあないですか?』か、ふん。それは俺の価値観じゃあないな」
勇人さんは皮肉気に言葉を返すだけだった。
「まあ、俺の意見だって、お前にとっては一円の値もつかない戯言だろうがな」
まったくもってその通りだ。
私はそんな風に考えることはできない。
いや、きっと勇人さんだって本質的には変わらないはずだ。誰にも認められたいと思わないなんて、そんな考え方は気持ち悪い。人間的じゃあ無さ過ぎる。認めて貰いたいからこそ、表現者じゃあないのだろうか?
「じゃあ、勇人さんは何の為に描くんですか?」
「ん? 俺はもう描く意味を失ったからな。余生みたいなもんだ」
何が愉快なのか、くっくっくと笑う勇人さん。余生、早すぎないか?
「意味がないのに描くんですか?」
「ああ。訳知り顔の評論家気取りの振りをするよりは、よっぽど楽しい。お前だってそうだろう?」
「…………」
私は、答えられない。
私は、そうじゃあない。
私は、評価が欲しい。
私は、自分の声を認めて欲しい。
「ふん。俗物が」
と、勇人さんは私の内心を見透かしたように吐き出した。
「お前は、表現者として失格だよ。絵が売れなくて自殺する画家みたいな奴だ。自分の作品の評価を、自分の評価と思っているようじゃあ、三流も良い所だ。なんで死んだ画家の絵の価値が高くなるか分かるか? お前は需要と供給と言ったが、俺の意見は違う。作者がいないからだ。才能ある人間を、凡愚は褒めない。あの贋金作り達はプライドばかりは立派だからな。作者が死んで、初めて個人ではなく作品として芸術を評価できる。死人を褒めるのに抵抗はない。喜ぶ相手もいないし、生きている自分の方が偉いと思っているからな。嗚呼。馬鹿馬鹿しい」
「…………」
「白金深空。お前は表現者として不完全だ。精々、芸術家を気取れ。それがお前に取って一番良い選択だ。長い物に巻かれろ。お前には才があっても、芯がない。大丈夫。歴史に残る程度の歌手にはなれるさ」