白金深空の告白
「私、実はアイドルなんです」
話しが一段落したと思われた所で、私はそんな告白をした。流れを完全にぶった切る台詞に、勇人さんは「はぁ?」と私の言葉の意味がわからないと首を傾げた。そう言う威圧的で人を見下したような仕草が似合っている。不快感よりもその一致に関心が向いてしまう程だ。
「私、昔は凄く喋るのが苦手だったんですよ。思っていることを、思ったままに伝えるって難しいじゃないですか」
「…………所詮は不完全な表現だからな。個が混ざる以上主観的になる。主観的な物を他人が完全に理解することはできない。究極的に人と人はわかりあえない」
だから、この人は絵を描いているんだろうか?
「だから、ちっちゃい頃の私は歌うことで全てを表現していました。言葉よりも純粋に、自分の気持ちを伝える方法がそれだったから」
「なあ。その話し、俺が聞く意味があるのか?」
まだ言いたいことの半分も言ってないのに、勇人さんは既に私の話しに飽きたと言わんばかりにぼやいた。興味を失くすのが異様に早い。
けれでも、それは画家と歌手と言う表現者としての違いかも知れなかった。最終的に『絵』と言う完成した物を提示する画家に対して、歌手は曲に合わせて詩を歌いながら完成させなければいけない。
勇人さんは自分の思いや意志を一瞬でも見て貰えば良いのに対して、私は最初から最後までの短くない時間を聴いて貰わなければならない。
この差は大きいだろう。
「一応、着地地点は勇人さんの話しと関係してます」
「要点だけ話せ、要点だけ」
そんなことを言われても、難しい。私はそれができないから歌に頼っているのに。
結局、私は要領良く自分の話しをまとめることはできなかった。しかし勇人さんは私の話しを辛抱強く聞いてくれたようで、
「要するに、お前は自分の声だけで勝負したいけど、実際はアイドル扱いされているのが気に食わないんだな」
私の喫緊の悩みを短くまとめてくれた。
そう。当時の私は活動の方向性に付いて事務所と揉めていた。
私の音楽活動のスタートは、動画投稿サイトで自分の歌声だけをアップロードしていたことであった。曲も詩もない、純粋な私の歌声は世界中で再生され、小学生の頃に活動で得た広告収入は去年の父の年収の三年分にも匹敵した。
そんな私の歌声に目を付けた音楽事務所が提示した契約金に、母の眼が眩み、良くわからない私は事務所に所属していた。と言っても、私自身、それを喜んだ。誰かに認められたと言う気が強くしたし、寄り沢山の人間に自分の想いが届いたような気がしたから。
だが、それもつかの間のことだった。
当初は動画サイトに上げたように、私の歌声だけを売り出す予定だったのだけれど、私を見るなり、事務所側は私をアイドルとして売り出すことに急遽方向を変えた。自分で言うのもなんだけど、私は可愛い。本当に、申し訳ないけど、私は可愛い。
つまり、事務所は私の歌声に容姿と言う付加価値を見出したのだ。レコーディングだけで良いと言ったのに、会社は私にCDのジャケット写真を撮りたいと言い出し、曲を付けて歌って欲しいと言い始め、詩も合った方が絶対に売れると力説した。CDを出したかった私は、その条件を一度限りと言う前提で受けてしまった。
それが失敗だった。前述の通り私は可愛いので、それはもう受けた。じゃかじゃかうるさい音楽に、薄っぺらい歌詞を付けて、短いスカートを履いて、学芸会レベルのダンスをするだけで、私のCDは飛ぶように売れたのだ。
勇人さんは知らないようだったが、中高生の間で私を知らない人はいないだろう。
だけど、私はそれが気に入らなかった。
私は歌を届けたかった筈なのに、実際はあまりにも贅肉塗れだ。あまりにも私がない。あんなものは、私の歌じゃあない。当然のように、私はアイドル活動には反対し抗議の声を上げた。が、周りの大人は誰一人として私の話しをまともに聞いてはくれなかった。
私のCDが売れたと言う事実が、私の発言力を著しく奪ってしまっていたのだ。こう言うのを皮肉と言うんだろうか?
知らない内に次のCDの発売や、イベント、ミニライブの予定まで決まっていて、もはや私には拒否する権利すらない。私の我儘が許されるレベルではない数の人間が、私の活動には既に関与してしまっていた。
ずるずると、だらだらと、私は望まないアイドル活動を繰り返している。
最初の俤なんて殆どない。ただ人形が歌っているだけだ。それでも売れる。
私のCDを買った人間の中のどれだけが、私の声の価値を認めてくれているのだろうか? どうして会社の人達は私に余計な付加価値を付けるのだろうか?
「それとも、私の声の価値なんて最初からなかったのかな」