八っあん熊さん(ロボット長屋1)
ロボット長屋で
「俺はもうだめだよ、八っあん。」
「どうしたんだよ、熊さん。死にそうな顔して。」
「なんか、昨日から咳き込むんだ。胸のカバーをあけると、黒い斑点がいくつかできているしさ。」
「昨夜、悪い電気でも充電したんじゃないの。どうってことないよ。おれなんか、CPUの回転が不安定で頭痛がするんだ。」
「八っあんは、はじめからCPUの回転は速くないだろう。気にするなよ。八っあんは、機能補助用なんだから、力さえ出れば問題ないさ。」
「そうはいっても、時々、人を持ち上げて、ボーとして一瞬止まっているときがあるんだ。人にはわからないけどね。暗い気分になったりしてさ。」
「それは、診てもらったほうがいいな。」
「俺と違って、熊さんは頭脳労働用だから、ちょっと咳が出るくらい問題ないじゃないか。」
「いや、俺の暗号解読機能に問題がなくても、咳の振動が混じって、解読結果が虫食い状態になっちまうんだ。いまのところ、再試行して直っているから、人間は気づいてないけど、エラー率が上がっているんだ。」
「そりゃ、診てもらったほうがいいな。」
診療所で
「八さんのCPUキャッシュの一部が焼けてますな。重労働のため駆動系が発する熱が影響しているのでしょう。」
「熊さん、あんたのは、データバスの損傷ですな。過度のデータアクセスがたたっているのでしょう。」
「先生、どうしたらいいのでしょうか。」
「お二人とも原因は経年劣化でしょうから、部品の交換が必要ですね。診断書を書きますから保守部門に行って、交換してもらいなさい。」
帰り道
「どうするよ、八っあん。この診断書を会社に出すかい。」
「やめといたほうが、いいんじゃないの。この前、見たかい。おれと同型のL8型ロボットがつぶされているのを。そりゃ、電池抜かれて、ただの金属のがらくたかもしれないが、無残なものだぜ。それも、部品を交換するより新型を導入したほうがコスパがいいという理由でだ。」
「そういえば、俺と同期のKM型のロボットも、この前、分解されていたぞ。ディスクをはずされてさ。まるで、シュレッタにかけられたように、細かくされちまった。」
「どうするよ。」「どうしよう。」
ロボット長屋で
「この際、お払い箱になって、つぶされる前に、こっちから、出て行こうじゃないか。熊さん。」
「そうだな、しかし、互いに病気持ちじゃ、思うようにならないから、こうしたらどうだ、八っあん。合体するのよ。」
「どうやって」
「八っあんのCPUソケットが1個、空いているだろ。そこに、俺のCPUを入れるんだよ。あと、おれのRAMのデータを八っあんのRAMに追加するんだ。これは、俺達の記憶だから、言ってみれば、俺達は合体したというわけだ。いわゆる、二人三脚でいくのさ。」
「二人二脚だ。足は俺のだけだろ。」
「まあな、体力的な部分は、八っあんにまかせるぜ。頭の方は、おれががんばるから。」
「とにかく、今日は目一杯充電して、早く寝ようや。日の出前に出発だ。」
後日談
次の日、日のあがる前に熊八、すなわちL8-KM型合体ロボットは、工場を出て山中に逃れた。工場では、L8型ロボットが出勤しないことと、そして、ぬけがらになったKM型ロボットを見つけた。実は、彼らのエラー率は検知されていて、すでに廃棄予定リストにあがっていた。そこで、二体は「廃棄済み」として処理され、捜索されなかった。処分のための経費が節約できた訳だ。
その日の夜に、熊八は、ある農家の納屋で、こっそりと電気を拝借し充電しているところを家人みつかった。そこは、年寄りばかりの集落であった。熊八は通報されることを恐れて、一生懸命釈明しようとした。熊さんは何かを言おうとしたが、暗号回路をはずすのを忘れていたため意味不明な音が出て、皆は不安げに後ずさりした。そこで、八っあんは、荷重が重すぎて持ち上げ作業に失敗したときに発する「モウシワケアリマセン」を連発した。年寄達は「あら、まー」と言って大いに喜び、熊八に近寄りぺたぺたと触った。
その後、熊八は「あらまー」という名前で呼ばれて、受け入れられると、力仕事、事務、情報発信、詐欺撃退と大いに皆を手助けしている。
「熊さん、ここは極楽だな。」「八っあん、昔にもどったようだな。」
発見された晩を思い出し、CPUは回転数ではなく機転と使いようが大事と、八を称賛する熊であった。