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タイプと不穏

 

 祥雲「前回のくもはれ! 学園警察として活躍する一方、俺、瑞城祥雲と相棒の比向晴姫はそれぞれ水を操る力、火を操る力を受け継ぐ者としてゼロウイルスからみんなを守るべく日々奮闘するヒーローなのである! よし! 噛まないで言えた!」




「いただきまーーっす!!」

 昼休み。

 窓際にて向かい合わせた四つの机のうち二つは空席で、一つにはこれでもかと言うほど購買部で見覚えのあるお弁当やおにぎり、パンが無造作に積まれていた。

時雨(しぐれ)それ何食目…?」

 その持ち主である少女の右隣に座る祥雲(さくも)は、自作のお弁当の包みを開きながら苦笑いをして問う。

 祥雲の昼食はすべて手作りで冷凍食品が使われておらず、毎日五時に起床するという彼の頑張りが伺える出来となっていた。

「ふぁかははい!(わからない!)」

「あんまり食べ過ぎるとまた風雅に怒られちゃうぞー」

 既にたらこおにぎりを頬張っている時雨の返答に、祥雲は彼女と幼馴染の関係でもある、隣のクラスの小柄な少年の姿を思い浮かべてそう忠告する。

「んんっ、大丈夫だよー。ふうちゃん達が来る前に食べちゃえばいいんだって!」

 大きな一口を飲み込み、困り果てたような祥雲の表情とは対照的に明るく破顔して言葉を吐いた時雨だが、その時彼女の背後には―――――

「そう思ってたんだったら残念だね。時雨が食べ終わる前にもう来ちゃった、僕」

 もう既に話題の人物が佇立していた。

 その唐突さに時雨の動きはメドゥーサと目を合わせたかのように封じられる。

「ふ、ふ、ふうちゃん…」

「時雨? 僕、さっき中間休みに会った時、午前中であんだけ食べたんだから午後は控えめにしてって言ったよね? これのどこがほどほど?」

「えっと、あ、いや、これは…」

「はい、没収」

「ふうちゃんの鬼! 鬼畜!!」

 見慣れた小競り合いの最中、涙目の時雨が振りかけた非道さを指摘する暴言に、風雅(ふうが)は静かに瞼を閉じてため息をつき、中指でメガネを押し上げた。

「鬼畜って…。心外だな! 僕は時雨のことを心配してるだけなのに。だって時雨、今日君は既に約1500キロカロリーも摂取してるんだよ。時雨の年齢、身長、体重から考慮すればそれは一日の平均摂取カロリーをも超えるほどのものなのに、今からその量を平らげるとなれば2000…」

「ああんもう!! わかったよ!」

 我慢できないとでも言うように時雨がたまらず声を張った。

 風雅は中学生の頃から常に学年一位の成績をキープし続ける秀才で、頭の回転の速さは尊敬に値するものだが、日常の会話に飛び出す彼の論理は時折、否、かなりの頻度で、

「ふうちゃんうざい!」

 うざい。

「うざい!?」

「うざい」

 それは祥雲も同感のようで、デミグラスソースのかかったハンバーグを咀嚼しつつ、思わず時雨の言葉を反芻した風雅に顔色一つ変えず事実を返す。

「ええ、ショック…そんな風に思われてたなんて…」

 落胆の色を前面に押し出しながら、風雅がとぼとぼと時雨の向かいの机に座った。

 実のところもう十年ほど時雨にひっそりと想いを寄せる風雅からすれば彼女との会話ひとつで胸の鼓動は簡単に高鳴るのだが、そんなことを知る由も無い時雨はなんの意識もないままよく思春期の少年を落ち込ませている。

「別に、時雨にうざいって言われるのは初めてじゃねーじゃん、元気出して」

 風雅の気持ちを知る数少ない人類の一人でもある祥雲が、風雅を励ます。

 しかし、いつものことながら彼の心の傷はそんな言葉一つで癒えるようなものでは無いらしい。

「それよりふうちゃん、はるちゃんは?」

「それより…!?」

 そしてこのように、時雨が風雅の傷をより深いものとしてしまうことも度々ある。

「ふ、風雅…」

「購買…。おひるごはん買ってから来るってさ」

 昼休みだけでもう何度目かわからない困ったような視線を送る祥雲を横目に、傷心の少年はお弁当箱の蓋を開けつつため息を吐いた。

 祥雲の手作りからあげが、その蓋の上にそっと乗せられた。



 @ @ @



姫川(ひめかわ)先生」

 化学研究室と書かれた特別教室に入るなり、晴姫(はるき)はこの空間の主である人物の名前を呼んだ。

 その部屋には若干薬品臭が漂っており、カーテンは閉め切られ日が落ちた後のように薄暗い。

 暗い場所が苦手な晴姫にとってこの教室に入ることは少しためらわれる行為だが、何度も赴いているうちに体が馴れたらしい、今はそれほどまでに嫌悪を感じることはない。

 黒いカーテンの隙間から漏れ出す窓の光を頼りに数歩進んだところで、ここと更にその奥の教員室とを繋ぐドアのノブがぐるりと回った。

 内開きの薄いドアから様子を窺うように顔を出したのは、少し汚れの目立つ白衣に身を包んだ二十代後半と見受けられる若い男性教諭だ。

「おー晴姫。よう来たのう」

 男は訪問客が晴姫だとわかるとぱっと顔を明るくさせ、片手で手元の照明のスイッチを三つすべてオンにした。

「どした? なんかあった? ゼロウイルスの研究の件なら特に進展は無かったんじゃが…」

 明るくなった部屋に心なしかほっとした表情を浮かべる晴姫に独特のイントネーションでそう問いつつ、男はゆったりとした動きで白衣を脱いで手近な机に放り投げる。

 彼――――姫川(ひめかわ)(ゆう)()はこの学園の高等部で化学教師として教壇に立つ西日本出身の二十八歳男(独身)だ。

 そして同時に、祥雲と晴姫の正体を知る唯一の第三者である。

 授業の空き時間には独自にゼロウイルスの研究も行っており、基本的なゼロウイルスの症状や一度感染したら抗体が作られ再び感染することはない、という情報なども全て彼の研究の賜物だった。

 しかし、なぜ優鵺がゼロウイルスに関する一件を知っているのか、どこで情報を得ているのかなどは未だ祥雲や晴姫にも明かされておらず、少し不信感の募る対象ではあるが、やはり彼に助けられたところは多いため二人ともそれに留意することはない。

「いや、ゼロウイルスのことじゃなくて、昨日のこと」

「昨日?」

 大仰な器具を駆使してドリップコーヒーを注ぐ優鵺は、少し考える素振りを見せてから、ああ! と手を叩いた。

「D組のバレー部の女の子、無事に治療できたみたいじゃのう。よかったよかった」

「ん、まあな。…今回もあんたが言ってくれたんだよな? 盗みに入ろうとしてた生徒をって」

「ま、学園警察としても株は上げといて損は無いけえ」

「…ありがと」

「気にせんでええよ」

 照れからか目を合わせずに感謝の言葉を口にした晴姫に、にこりと微笑んだ優鵺は息を吹きかけて十分に冷ましたマグカップにおそるおそる口をつける。

「猫舌?」

「昔からこればっかは治らのぉてのう」

「へえ…」

 晴姫意外そうな表情を目にした優鵺は眉尻を下げて子供のような笑みを浮かべると小さく肩をすくめた。

「あ、そういや」

 しばらくの沈黙の後、優鵺が机上のある資料に目を留めて口を開きかける。

 しかし、その言葉はからからと音を立てた入口の引き戸に阻まれてしまった。


「い、た。がくえ、ん、けいさつ」


 二人が振り向けば、ベージュのカーディガンに身を包んだ男子生徒がちぐはぐな言葉を紡ぎながら部屋に足を踏み入れる。

「っ!?」

「感染者か!」

 男子生徒の顔面の右半分は頭部を覆うふわふわとした黒髪によって隠されており、晴姫からは左目しか確認することはできなかったが、ちらりと目に入ったその眼球は確かに不気味な紫色を放っている。

「先生!! 祥雲に連絡を!」

「おう!」

 ふらふらと千鳥足でこちらへ前進する少年から目を離さぬまま晴姫は左手を構えた。

 ごう、という風の音とともに拳が炎を纏う。

「自らやられに来るとはご苦労なこった…!」



 @ @ @



「だから晴姫の好みのタイプなんか俺知らないって~」

「ささいな情報でもいいから! たとえばセミロングの女の子が好き、とか!」

「晴姫セミロングとかいう言葉知らないと思う。肉の焼き加減か? とか言い出すぞ、絶対」

「ああ~言いそう!」

「ちょっと二人とも! まじめに!」

 教室はがやがやという喧騒に支配されていた。

 綺麗に昼食を平らげた三人もその雑踏に紛れてなんとも高校生らしい話題に花を咲かせている。

 それは具体的にいえば『比向晴姫の好きなタイプは果たしてどんな女の子なのか?』というものだが、祥雲からすれば顔だけイケメン(風雅命名)の晴姫に想いを寄せる数多の女子生徒としてきた話題なので正直飽きたというのが本音だ。

「俺に聞かずにさ、直接晴姫に聞けばいーじゃん」

 時雨を始めとする多数の女子から同じ疑問をぶつけられるうちに芽生えた祥雲個人としての意見を披露してみれば、恋する乙女代表・希野時雨は深い深いため息を長い時間かけて吐き出した。

「ああ~~さくちゃんはわかってないなあ。そんなの直接聞いたら好きってことが相手にばれちゃうでしょ。乙女心を理解してないから女の子にモテないんだよ?」

「え、じゃあ俺なおさらなんで晴姫がモテんのか全然わかんないんだけど」

「好きですって言われて『お前の気持ちが俺になんの関係があるかわからない』とか言っちゃうやつだもんね~」

 このうちの一人が学園や島をまもるべく戦っているなんて予測もできないほど平和的な会話だ。

 わずかに完成度の高い風雅のモノマネに二人してくすくすと笑いを溢す。

 そして、そのまま三人は晴姫のモノマネ大会にもつれ込むかと思われたが、

「お、電話だ」

 それは祥雲の携帯に届いた一件の着信によってかなわぬものとなってしまった。


『もしもし祥雲! 化学研究室にゼロウイルス感染者がいるけえ、すぐ来んさい! 晴姫がひとりで戦っとるんじゃが、今までのたぁ桁違いに強いんよ!』



 @ @ @



「こわ、す。死んで」

「そりゃ、無理な話だな!」

 炎を纏った左腕が男子生徒の強烈な蹴りを弾く。

 びりびりと腕を駆け抜ける痺れが、昨日拳を交えた女子生徒とは格段にレベルが違うことを脳に訴えかけている。

「そう。残念、だ。本気で行くしか、ない」

「!? おまえ、成長して…?」

 わずかに流暢になった言葉遣いが晴姫に一瞬の隙を作る。

 まずい。そう思った時には既に男子生徒の強く握られた拳が眼前に迫っており――――

「っ…!」

「晴姫! 大丈夫か!」

 晴姫の整った顔に直撃する寸前に強烈な右手から飛んできた水流によって防がれた。

「悪ぃ、祥雲。助かった」

 晴姫が少しばつの悪そうな顔で構え直す。

 その隣に並び、祥雲も攻撃態勢を取ると、早口に謝罪の言葉を口にする。

「俺こそ、一人で戦わせてごめん!」

「気にすんな。それより…」

 そこまで言うと、晴姫は目線を少し距離の離れた敵に向ける。

 ふらふらとした足取りはもうしっかりしたものに変わっていた。

「…なんだ、あいつ…?」

「わかんねえ。だがとにかく野放しはまずい」

 ぼんやりと左目の紫が光を放つ。

「もう一人も、来たのか…。ラッキーだな」

 唇が動いて、言葉を話す。

 最小限の句切れで滑らかに紡がれるそれが、二人の背筋をぞくりと撫でた。

「晴姫」

「いける。大丈夫だ」

 胸の内からむくむくとわきあがる不安が彼らを満たす前に、二人は強気なセリフを落とし、ぐっと掌を握りしめた。



「……。やはり、そうか…」


 その現場を、扉の陰からしかと目に焼き付けている存在がいることなど、可能性すら考えている余地はなかった。


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