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第9話:死闘!物量と作りこみの間で

「ようやく夏に向けての話になるわね」

 鉄研のみんなが朝の登校で集まっている。

「きゃー、ちこくちこくー! なんて。やると思った?」

「それでボイーン、ってクラスメートと曲がり角で衝突? そんなの古典過ぎてギャグにもならないわよ」

「あれ? でも、なんかオープニング変わってない?」

「へ? だって、普通にテキスト媒体でしょ? この物語」

「でも、これ、どこかに出すときフォントとか変えるのかな」

「ま、まさか著者、本気でこの話がいつかアニメになること想定してるの?」

「それっぽいところが困ったことですわねえ。ほんとうに」

「シリーズの後半戦だからですって。なんか、ナムコのシューティングゲームみたい」

「まったく、著者何考えてるかわかんないわね。ヒドイっ」

 みんな、空を見上げた。

「夏の匂いがしてきたわねえ」

「うん。そういや海老名のアメダスのセンサーって、隣の中央農業高校にあるんだっけ」

「そうそう。そのセンサーが夏の暑さを検出して、海老名が一時期、関東でめちゃめちゃ暑いところってテレビに有名になった」

「でも、あの田んぼの真中だと、蒸し暑くてそうなるわよね」

「デスヨネー」

「うむ。というわけで、放課後はこれからの夏の計画について、部室で会議なのだ」



「いよいよ今年の高校生鉄道模型コンベンションへの挑戦である!

 今年はさらなるステップアップを目指すのであるな。

 なにしろ雑誌掲載の栄誉に輝く新入生を加わり、ますます我が水雷戦隊は強化されたのであるから、当然選択する夏イベントは『甲作戦突破』なのだ!」

「夏イベントって、コンベンションでしょ。『艦これ』しゃないんだから」

「そうともいう」

「詩音先輩にツバメ先輩、御波先輩たちと一緒に模型が作れるなんて、夢みたいです!」

「確かにアヤちゃんは雑誌掲載に輝くモデラー。頼もしい戦力になるわね」

「そういや、Nゲージって、なんでNなんですか?」

 ずるっとみんなコケた。

「……忘れてた…今年は完全に素人の子もいるんだった。カナは素人だった…」

「NゲージのNはニッポンのNですよね! ジャパンクールって!」

「ああ、コスプレは凄くてもこの子、マナもほぼ素人だった……」

「うわあ、大丈夫なの? これ!」

「大丈夫! 今年は舘先生もいるわ!」

「にもかかわらず! ワタクシはあえて、これで勝負に出ること宣言するのであるな!

 昨年は小田原近代駅であったが、それを大きく凌駕するレイアウトの計画を立案するのだ。

 そこで御波くん、何かアイディアはないか?」

「ええっ、そんなの想定してないですよ!」

 御波はすごく動揺している。

「さふであろうのう。ぢつはワタクシも、この灰色の頭脳を駆使しても、さっぱり思いつかぬのだ」

「自分で思いつかないのにいきなりフラないでください!」

「でも、アイディアが沸かないのは私もですわ。この1年で様々な方の、素敵なレイアウトをいくつも見慣れてしまって、もう何を作ったらいいのかわかりませんわ」

「余部鉄橋も利根川橋梁も白糸川橋梁も有名モデラーに作られちゃったー」

「ハイセンスにアクリルつかった全線トンネルの地下鉄レイアウトはNHKにやられましたからねえ」

「圧倒的な作りこみも。この前の鉄道模型フェアでプロモデラー見て興奮したけど、アレが私たちに作れるのかな、って正直、すごく自信喪失」

「うむ、深刻なアイディアの枯渇である」

「しかも予算もないですよ」

「うぬ、財源も枯渇しておるのか」

 はあー、とみんな、ため息を吐いた。

「部誌の印税は?」

「ごくごく少額で、まだ振り込み対象に届いてませんわ」

 みんなで部のライブラリの模型誌を見る。

「模型の材料費って、バカになんないもんなー」

「いくら手作りするとしても、細密な表現をするには普通の材料では限界がありますわ」

「はあー。お金がないと、模型をやっちゃいけないのかなあ」

「まあ、鉄道模型だと、貧乏人お断り、って考えの人もいるからねえ」

「うむ、確かに、模型は贅沢品、金持ちの道楽でもある。

 だが、そもそも鉄道模型の根源は『電車ごっこ』なのだ。

 そして電車ごっこの楽しさは、お金がなければできぬものであろうか。

 確かに高い車両を買い、高い資料を手に入れて細部を考証し、高いパーツで細密化し、高いデコーダーを使って高いコントローラーでサウンドを鳴らして、高い材料で作った大きな専用ジオラマで運転することを至高とすることもあるだろう。

 しかし、それだけが、ただそれだけが模型の楽しみであろうか。

 わずかなレールに、安いパワーパック、そして車両の箱をホームに見立て、そこに停車する車両に、実際に作りこまずとも、そこに思い入れたっぷりの鉄道風景を見て楽しむ。それも鉄道模型の楽しみではないだろうか。

 極端な話、鉄道趣味はかけるお金に比例して楽しい、だけの浅いものではない。

 我々が楽しんでいるものは、そんな単純でつまらぬものではないはずだ。

 お金をかければかけただけ、手間をかければかけただけ、そして逆にお金がなくとも楽しみを見出せば、そこに無限大の楽しさが見出せるものではないだろうか。

 楽しみ方は人それぞれ、そしてそれぞれに本当に心底から楽しんでいる姿こそ、素敵なものだと思うのであるな。

 そして、その楽しさの幅を広げることまた、真に素敵なものと心得るのである。

 逆に、すぐ比較し、すぐ嫉妬すのであれば、なんのための模型趣味かわからぬ。ストレスを忘れるものがストレスになっては本末転倒。まして模型にのめり込み、家庭崩壊、家計崩壊するなど、まったく論外なり。

 そして貧乏人お断りと言って模型を売るものも、結局は損をするのだ。

 基本、多くの子供はビンボーなのだから。子供のときからうん十万も模型に使うなど非常識。プラレールすら買えず、100均のパチモンで遊びながら、そのパチモンの車両にディテールを想像し、遊ぶ子供部屋に雄大なパノラマを感じて、いつかそれを誰にでもわかる姿にしたいとの夢を抱く子どもこそ、将来、模型を深く楽しみ、ブームに踊らされずに、長く買い続けてくれる顧客になるのだから」

「確かにそうだけど、現実的にコンベンション参加にはお金がかかりますわ」

「うぐ、それもまた真理なり」

 みんな、がくっとうなだれる。

「はあー」

 やっぱりため息に戻ってしまった。



 みんなで海老名駅までの帰り道をダラダラと歩く。

「そういや、うちの海老名高校の制服、地味よね」

「辛子色のネクタイにグレーのシャツだもんねえ」

「エロゲーとかアニメだったら、だいたい学校の制服って、『たゆんたゆん』の子のおっぱいが入るような膨らみ、『乳袋』ができるようになってるわよね」

「『乳袋』言うなー!」

「でも詩音ちゃんは、ゲームとかアニメだったら絶対そう描かれちゃうキャラよね」

「そうですわねえ」

「そこ、否定するとこでしょ! もー、詩音ちゃん、密かに変態だもんなー!」

「『変態、変態、ド変態!』 って」

「それ、『アイマス』の古いネタでしょ。いろいろとアニメネタが古いよー」

「新しいアニメが多すぎて、ネタとして追いかけるの大変ですもの」

 みんなで消防署の前の通りを歩いて行く。

「ここに警察署できたのもそんな昔じゃないし、それに今、海老名駅西口になにかすごい工事してるわよね」

「そうそう。JR海老名駅と相鉄・小田急海老名駅の間もそうだし、そのさらに北側も大開発真っ盛り」

「多分大きなショッピングモールができるんでしょうね」

「うむ、ショッピングモールの進出競争なのだな。『イオン公国』が着々と日本を征服しつつあるのである。海老名もまた、その戦いの舞台となるのである」

「そんな大げさな。総裁は大げさと回りくどさでJAROに告発されますよ」

「それはJAROのワタクシに対する挑戦であるな」

「もー、ほんと総裁も、あいかわらずー!」

 その時、御波が口を開いた。

「……こういう平凡な日常こそ、原点じゃないかなあ」

「うぬ?」

「もしかすると、平凡ないつも見ている風景を、逆に平凡さを納得行くように再現してレイアウトにして見ることは、実はとても非凡で、楽しいことじゃないかなと思うの!」

「ふむ、なるほど、裏の裏は表である、というわけであるな。

 しかし、こういう平凡な風景を作るのは、恐ろしく難しいのではないか?」

「そうですわ。模型に比べて平凡な風景はあまりにも物量的に膨大ですわ。

 模型にするにはゆるすぎるカーブ、作りこむにはあまりにも広大な面積。

 そして、恐ろしいことに、それで苦労の上に、出来上がって、『なあんだ』ってほどつまらない風景に思えたら。それはすごくゾッとしますわ」

「でも、困難だから、かえって挑戦する意義があるのかも」

「うむ、たしかに、困難で細い道ほど、真の楽園へ至る道なのだな。聖書にもある通りなのだ。

 しかし、それでもあまりにも困難……うぬぬ」



「うーん、どう作るか、やっぱりイメージが湧かない…」

「やっぱりなにか、もっと良い題材あるんじゃないかなあ」

 みんなでレイアウトのアイディア出しのために、部室で鉄研ライブラリの模型誌や鉄道雑誌のバックナンバーを見ながら話し合っているのだが、みんなそれぞれに苦しんでいる。

「でも、そのアイディアが降りてこないわ。それに時間もないし」

「時間がないからって言っても」

「じゃあ、どうするの? いつまでも具体的でないことやってたら、夏が終わっちゃうわ」

「でも」

「もしかして、怖いの?」

「そりゃ怖いわよ。平凡な風景をリアルに作って、それでなーんにも面白く無いってなったら」

「それ、面白くないって決めてかかってるじゃない」

「決めて、って? だって、御波だって、面白いと決めてかかってるじゃん!」

「ええっ、全部私のせい!?」

「そういうこと言ってるわけじゃないけど」

「でもそう言ってることじゃない!」

「ちょっと待って!」

 言い合いになってしまい、みんな、だまりこんだ。

「そもそも、こんな思いまでして、模型をする意味あるのかなあ」

「うむ、それはシンプルなのだ。

 ないと思えば、全てことごとく、完膚なきまでに崩壊するのが、趣味というものの世界なのだな」

「意味ない……?」

「意味なかったの?」

 みんな、総裁の思わぬ言葉に動揺している。

「そうなのだな。所詮遊び。遊びは、冷めてしまえば、そこにはなにもない。

 人生をかける価値もなければ、青春をかける価値もない。

 普通に人を愛し、普通に男性と恋愛を楽しみ、普通に結婚をし、子供を産むほうが幸せなこともあるだろう」

「そんな」

「でも、普通ってなんなのだ?

 世の中に普通なものなどあるのか?

 我々の中に、普通なものなどあるのか?

 確かに我々も、ちょっと変わっている、程度に過ぎぬ。

 我々の才覚も、まだまだ飛び抜けたものではないのだ。

 そんなものは、一般社会に出れば、上には上がいる中で、結局は平凡、普通のほうになってしまう。

 我々は、日々つねにその分岐点に立っている。生きるということはその分岐の連続と思う。

 普通と思えば普通であるし、でないと思えばでない。

 所詮はそれだけのこと。

 そこで、こんなことに真剣になっても仕方がないとヤメたければヤメるのは自由だ。止める必要もない。ワタクシはそれを止める気は一切ない」

「総裁はそれでいいの?」

「よいのだ。楽しかった季節が終わる。それだけのことだ。なんにでも終わりはある」

「終わっちゃう、って」

「しかし、ワタクシは一人でも終わらずに続ける。それだけだ。

 諸君に強制などせぬ。

 いつでもヤメれて、いつでも再開できるのが趣味というものだ。

 だから趣味は素晴らしいのだ。

 しかし、ワタクシはヤメない」

「総裁は普通の幸せを選ばないんですか」

「うぬ。すでに十分幸せであるからの。

 ここまで君たちと時間と趣味を共有できた。それで今すでに十分だ。

 あとは、ワタクシはワタクシのテツ道の成就に向けて、一人でゆくのでも構わぬ。

 人間は、所詮一人だ。親子であっても別の人間である。

 結局は『天下吾一人』であるのだな」

「……そんな寂しいことを」

「寂しさは人を死に追い詰める。でも、出会うこともまたある。それで生きていく。それだけのこと」

「……って、まさか、エビコー鉄研、ここで完全崩壊!?」

「ええええええ!!」

「うむ、それも致し方ないのだ」

 皆、そこで押し黙った。

「私は続けるわ」

 御波は、口を開いた。

「だって、面白いんだもん。今ちょっとしんどくても、その先はまた楽しいはず。これまでも、必ず楽しかったから」

 御波はそう言いながら、また資料よみに戻った。

「私も続けます。総裁はヤメないとおっしゃってますし、私も鉄道趣味が好きですもの。多少つらいことがあっても、それ以上の楽しさを存じてますから」

 それに詩音もつづいた。

「私も。私も鉄道趣味好きだし、御波と総裁と詩音って仲間がいれば、十分楽しいし」

 ツバメも続く。

「なんでー! ぼくを外さないでよー! みんなで作るのも楽しいもんー!」

 華子が口をとがらせると、ツバメは「ごめんごめん」という。

「将棋も楽しいけど、ダイヤ作るの好きだし、模型作るのも好きになっちゃったから、僕も続けますよ」

 カオルもくっと笑って続ける。

「先輩たちの作品に憧れてたから、私も」

「そりゃ、ここまで素敵な先輩たちだし」

「なにかに夢中になれたの、初めてで、すごく嬉しかった」

 その時、総裁が言った。

「ところで、誰がヤメるのだ? これでみんな、続けることになってしまったぞ」

「ありゃ、そういえばそうだ!」

 みんな、笑った。

「うむ、これも模型をやっていてよくあることに過ぎぬ。やってて『一瞬素に帰る』という現象であるな」



「結局、我々の間の検討では、どうにも煮詰まってしまうので、ここは副顧問の舘先生に相談することにしたのだな」

 舘先生が夏に向けての工作に使う予備教室にやってきた。

「先生、お願いするのだ」

「うん。じゃあ、まず、君たちのやりたいことをはっきりさせよう」

 先生はニヤリと笑った。

「まず、君たちはどっちを選ぶ?」

 舘先生は黒板にこう書いた。


 A) ただの夏のいい思い出だけをつくる

 B) コンベンション高校生部門優勝を目指す


「これ、おもいっきり『響けユーフォニアム』の滝先生のシーンじゃないですか!!」

「パクリがひどすぎます!!」

「ヒドイっ!」

「で、どっちにする?」

「当然Aです! あのアニメみたいな、いろいろとしんどいのイヤですもん!」

 すると、舘先生は書いた。


A-1)テキトーにやってテキトーな夏を過ごす

A-2)おもいっきりやっておもいっきり夏を過ごす


「どっちにする?」

「ええっ」

 みんな、言葉に詰まった。

「……せっかくだから、おもいっきりやりたいです。高校2年での一度だけの夏だし」

「となると」


 舘先生は更に書いた。


A-2-a)おもいっきり作りこむ。

A-2-b)手を抜いて雑に作る。


「そりゃ、作りこんだほうが楽しいでしょう」


 すると、舘先生は書いた。


 おもいっきり楽しく作りこむ ≒ いい作品になる ∴コンベンション部門優勝


「ええええええ!」

 みんな、空いた口ががっくりと落ちている。

「うん、こういうこと。

 あの設問は、一見シビアに見えるけど、なんのことはない、設問としてはどっちを選んでも同じ結果になったんだよ。

 テキトーに、雑に、手を抜いて、このたった一度きりの夏を、本当に心の底から楽しく過ごせると思うかい?」

「……そりゃ、そうですよね」

 みんな、ぐうの音も出ない、といった表情でうなずいた。

「結果は自ずからついてくる。優勝を目指すんじゃない。君たちがどれだけ、楽しく、夢中になって、作り込めるかだけが問題なんだ。その結果として優勝が付いてくる。

 君たちはそのことに気づきかけてる。逆に少しも気づかなかったら、俺はなんもできない。

 でも、このとおり、気づいたんだろう?」

「そうですね」

「じゃあ、おもいっきり作りこむとして。

 そこで、君たち、ずっと考えてきたんだよね」

「ええ。喧嘩するほど」

「でも、そのとき、実際に手と足を動かしたかい?」

「えっ」

「歩いて、体を動かしたかい?」

「い、いえ」

「そりゃ、答えは頭のなかだけじゃ、絶対に出ないよ。

 ただ頭のなかでぐるぐるするだけだ。

 座って、資料とか作例を見てるだけじゃダメだ。それじゃ体が動いてない」

「うぬ!」

 総裁がそれで気付いた。

「先生、それは、『旅に出よ』とのことですな!」

「ええっ、総裁、そんな! お金がないのにまた旅に!?」

「遠くに行く必要はない。何もアウェイで戦う必要はないのだ」

「総裁、さすがだね。その通りだ」

 舘先生は笑った。

「答えは君たちの中に、すべてすでにあるんだよ。

 くさくさしてないで、頭をクリアにするために、ちょっと一度近場にお出かけして、夏に向かう空気でも吸ってくるんだ。

 きっと、発見がある」



「とはいってもなー」

 放課後、みんなで電車に乗る。

「ほんと、これって、いつもの通学の電車だけどなあ。平凡で、どこにでもある、ありふれた」

「でも」

 詩音が目を輝かせている。

「いま見てみると、改めて、いろいろ細かいことに気づきません?

 たとえば、あの駅の壁に空けられた窓。

 いま細かく見てみると、ちょっと意匠が凝ってて、可愛いじゃないですか」

「そういやそうだよね、たしかに上がラウンドになってたり、窓桟にもこってるような」

「それに、駅の屋根を支える柱も、なんでああいう形なのか、考えると面白くない?」

「そうか……あれ、たぶん材料を少なくしながら強度を持たせるため、なのかな」

「たぶんそうだと思う」

「うーん」


 列車はさらに都心に向かっていく。

「やっぱり、複々線区間って、気持ちいいねー」

「ストレートがすっきりしてて、ここまでにくらべて爽快ですよねえ」

「おおー、追い抜きです!」

「なんか、並走が『電車バトル』みたい。興奮しちゃう、って、子供みたいだけど」

「『電車でD』みたいですね」

「各駅停車、結構頑張って走るなあ。まだ先行してる」

「でも、勝負にはならないけどね。向こうは停車しちゃうから」

「とはいえ、この要素の密度感が楽しくありません? いかにも大動脈って感じで」

「そうか……」

「それに、カーブで見る通勤電車って、独特の迫力がある」

「両開き4扉の規格的な通勤車だけど、その縦線が詰まった量感がなんとも分厚く感じますね」

「これ、案外、再現できたら面白くない?」

「できたら、だけどねえ。やっぱり物量作戦になりそうな」

「でも、できたら、って気もしてきたなあ。でも、できる?」

「そこは」

 カオルが目を輝かせている。

「そこは、工夫次第じゃないですか?」



「急行線をアナログ、緩行線だけDCCの自動運転にして、各駅停車と優等列車の追い抜きあいの動きを見せ場にするんです」

作業用の予備教室に戻って、カオルが改めて提案する。

「でも、緩行線は引き上げて折り返し?」

「そうです。その自動折り返し運転こそ自動運転の威力発揮ですよ。

 緩行線と急行線の間での車両の転線はありません。完全に分離した緩行線の列車は、急行線を走る列車を引き立てる、ストラクチャー扱いですね。

 放っておいても各駅停車は正確に停車と発車、折り返しを続けます。」

「贅沢だなあ」

「それが売りになります。

 何気ない複々線の『都会のローカル駅』のある街並み。それがコンセプトです。

 誰もが知っているような街にするけれど、それこそが身近であるからこそ、身近な多くの郷愁を呼び起こす。

『私たちの住んでいる町を模型に』。それは、御波さんが思ったコンセプトですが、そこに複々線自動運転という要素を加えます」

「物量作戦になるなあ」

「でも、自動折り返し装置をバックヤードに作ることで、それを思いの外圧倒的にコンパクトに作れます」

「そうですわ。急行線を普通のアナログ方式で運転する列車が、DCC自動運転で自動停車し、自動的に折り返す列車とデッド・ヒートする。

 動き的にも素敵ですし、ただの複々線でぐるぐるよりも、折り返しで節約した面積のぶん、密度感が圧倒的に濃くなりますわ」

「確かにそうかもしれないけど」

「で、そこにDCCを一部でも導入するのですから」

 その時、ツバメの眼の色が変わった。

「これで私のDCC車両がようやく運転できるっ!」

「そうですわ。ツバメさんお得意のDCCですわ。それに、複々線をゆるやかなS字にすることで」

「撮影のときに望遠使えば圧縮効果でさらに列車動画に密度出るー!」

「そう。華子ちゃんが得意の撮影も活かせますわ」

「あと、なんですが」

 1年生が言い出した。

「駅のアナウンスとかの音の演出できませんか?」

「なるほど、そういやマナちゃん、アニメ声だもんね」

「そうですよ~」

「それで『萌えアナウンス』するのも面白いわね」

「はい! 最近、私、電車の音が気に入って、録音よくしているんです!」

「え、『好きなのは電車の椅子のフワフワ』じゃなくて?」

「ええ。これ、日立VVVFの音ですよね。で、これは三菱IGBT」

「……そうだけど、ええっ! いきなりカナちゃん、あなた、音鉄になってたの!?」

「はい! なんか電車の音で寝るのが気に入っちゃって、そうしたら、電車の音って、いろいろなのがあるんだなと思って、このところ、いつも録音してるんです!」

「なんと!」

「うむ、動きと光は去年工夫したが、音鉄方面は未開拓であった。確かに新機軸であるな」

「しかも、複々線を見て飽きさせないディテーリングは、雑誌掲載の彼女が得意で活かせる!」

「ですー!」

「じゃあ、決まりね。

 私達の作るのは、複々線通過駅セクション。名前はどうする?」

「『電鉄相模原本線』!」

「いいわね。じゃあ、具体的に図面を考えましょう!」

 そのとき、ノックする音が聞こえた。

「えっ、古川さん!?」

「うん。君たちにここまで任せてよかったよ」

「まさか、こうなることを知ってて」

「そりゃそうだよ」

 舘先生も隣りにいて頷いている。

「そりゃね、君たちに教えるのは簡単だ。君たちは覚えも早いし、実際作る腕もある。

 でも、ここまでで、君たちは随分もっと大事なものを学んだんじゃないかな」

「えええー!」

「全部見てたんですか!」

「そりゃそうさ。そろそろ準備しなきゃと思うたびに、君たち、すごく頑張ってるからね」

「大人の出る幕はないよ。こんないいトコに、な」

「ヒドイ! ヒドスギル!」

「まあ、いいじゃないか。結局いいアイディアが出たみたいだし。

 じゃあ、まとめてごらん」

「はい」

 カオルが黒板に書き始めた。

「Nゲージで小田急風味の複々線区間を作ります。

 S字カーブと片側ホームの通過駅というプランで、緩行線は折り返し運転します。

 セクションの端は両方共トンネルとし、折り返し線はそこからバックヤードに引き出して自動運転システムで折り返し運転させます。

 大きなケレン味のある建物はあまり作りませんが、それゆえに確かな工作力が試されると思います」

「うむ。そこでアヤくんのアイディアなのだ」

「はい。先輩たちと平行して、音鉄方面の工作をします。

 私たちは駅アナウンス、町の雑踏音など音の演出のための録音と、その音声出力の工作をします。

 駅アナウンスの録音は放送部の放送室を借りてカナちゃんのアナウンスで録音、そして編集」

「でも、普通の駅の実際のアナウンスは使えないの?」

「この折り返し運転の感覚を考えると、実際よりも早口で放送しないと間に合いません。特に実際の駅のアナウンスは、聞き取りやすいように、ゆっくり発声しています。そのままでは使えません」

「なるほどねえ」

「ついでにツバメ先輩のDCC車両に合わせて、音テツのマナちゃんの録音を使った車両の力行・減速のサウンドも入れようかと」

「凝るわねえ」

「せっかくですから。サウンドはSLだけが楽しい訳じゃないですし」

「ついでにドレミファインバータもやらない?」

「小田急にはそういうのありませんし、京急に複々線区間ないですけど、余裕があったら」

「お願い」とツバメは頼み込んだ。

「線路はフレキシブルレール?」

「いえ、あえてユニトラックで行きます」

 アヤはきりりとそう宣言する。

「ええっ、出来合いの組み線路? カーブがすごくきつくなっちゃうじゃない!」

「自動運転のために私たちはBDLというDCCボードを使います。これは線路にギャップ、電気的分離点を作るんですが、自在に曲げられるフレキシブルレールを使うと、ギャップがカーブの途中に入ってしまいます。となるとそこで曲線が乱れ、車両の走行安定性と美観を損ねる可能性があります」

「うーん、でもカーブキツすぎだよなー、ユニトラック」

「そこはユニトラックの緩いカーブレールを駆使します」

「ユニトラックだったら大半径のカーブは『なじませつなぎ』で行けない?」

「あんまりいい方法じゃないかもですね。レールに常にストレスかかってると、思わぬ狂いが出るかもしれません。でも、『なじませ』は緩和曲線部に使おうかと」

「緩和曲線!」

「ええ。突然キツいカーブを作るのではリアルさに欠けます。カーブをゆく列車の動きの美しさのためには、緩和曲線は譲れません」

「なるほどねえ。私も同意見だわ」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、実大図面を早速作って寸法検討しましょう。そのあと、レイアウトベースの大きさを割り出し、その上の地物の配置を決めて、ロケハンしながら要素を入れていきましょう。

 実在の線路にモチーフをとりますが、しかし自由に作りこむこととします」

「はーい、高架だったら海老名の高架を入れたいー!」

「いいわねえ。うまくいくかどうかわからないけど、でも高架の脇にマンションが林立してたりするのも楽しいし」

「図書館とかなにげに作ると面白いかも。海老名の図書館、いいランドマークだし」

「でも、そうなると隣に海老名の車両基地造らないと」

「そこはあえてパスしましょう。車両基地はがっちり作りこむと大変だし、作りこみが甘いとただの線路びっしりの留置線だけのつまんないレイアウトになりかねないですわ」

「そりゃそうよねえ」

「じゃあ、ロケハンと工作の進行表も作りましょう」

「はい!」

 総裁はうなずいた。

「うむ、いよいよ我が鉄研2年目のコンベンション向けレイアウト、起工となるのであるな。

 各員一層奮励努力されたし、なのだ。

 気を引き締めるため、再びこの部室にZ旗を掲げることとする。

 そして!」

 みんな、総裁に注目した。

「カレーを作るのだ。お腹がすいたのであるな」

「総裁、ほんと食はハズさないですね」

「もー!」

「うむ、『腹が減っては模型はできぬ』のである。このためにライト兄上が新たに乗り組んだ海自新ヘリコプター護衛艦〈いずも〉のカレーのレシピを入手してあるのである。早速それに従って『鉄研カレー』を作るのだ」

「あいあいさー!」


 そして、みなで作ったカレーをわいわいと楽しく食べながら、夜が更けていく。

 いよいよ夏に向けての合宿工作が始まる。


 それは、再び、彼女たちにとっての、未踏領域への挑戦となるのだった。




「さあ、コンベンションに向けてがんばるわよー!」

「ほんと、一時はマジで部が崩壊するかと思っちゃった」

「あの時、ほんと、どきーっ、としたわねえ」

「心臓に悪いですわよ。『素に帰る』って怖いですわねえ」

「うむ、しかし、もっと怖いことが今後いくらでもありえるのだ」

「総裁! 怖いこと言わないでくださいよー」

「次回、『総力戦再び』。うわっ、やっぱり戦っちゃうの!?」

「うむ、日々是決戦であるのだな」

「それも古いー!」

「ともあれ、つづくっ!」

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