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第8話:夕陽の奮闘-大洗遠征後編

 一行は宿で朝を迎えた。


 早朝、寝ぼけながら、御波は宿のロビーに出てきた。

「あれ?」

 あの大きな泥緑色の水槽の上には、

「森繁久彌!」

 そう、あのかつての名優の手による書が飾られている。

「あ、おはようございます! おばさん、これ、ほんものですか?」

 宿のおばさんは、頷くと、それからしばらく彼の話をしてくれた。

 亡くなる寸前まで、毎年何度もここに来てくれたこと。

「本当にこの海での釣りがお好きだったんですね……素敵」

 感じ入っているところに、ツバメがそのロビーに降りてきた。

「おはよー。御波ちゃん、朝早いねー」

「ツバメちゃん、なにか描いてくれない!」

「え?」



 ツバメは、シャーペンを置いて、息を整えている。


 そして、よく集中すると、一気に描き始めた。

 まるで体の様々なエネルギーを、ペン先で濾過して、そして紙に定着させていくかのような姿である。


 そして、描き上がったのは、漁港と、その向こうをゆく鹿島臨海鉄道の気動車であった。

 またしてもその筆致は雄弁で、力を振り絞って走るかのような気動車の命がこもっている。

「凄い……」

 それに、ツバメは御波の考えた文章を添えていく。

「はい、描けました」

 彼女の作のその仕上がりの良さに、みな、目を輝かせている。

「うむ、いつもながらエクセレントであるな」

 総裁はそれを受け取ると、宿のおばさんに宿泊のお礼として、献呈したのであった。

 おばさんはすごく喜びながら、朝の支度に戻っていった。



「ちょっとスパルタンな宿だったけど、いい思い出になりそう」

「詩音ちゃん、夜食は?」

「いいえ、あんなにみなさんに牽制されてしまっては、食べる気になれませんわ」

 みんな笑った。

 そこに、ふたたび『パンツァー・フォー』の着信音が響いた。

「うむ、ミエ君と合流の確認であった」

 キラが電話を終えた。

「いよいよ、旅の最大のテーマ、ガルパンの聖地巡礼とその見学が始まるのだな」



「みなさん、ここは朝食を名店でいただきますよ!」

 ミエが案内する。

「うぬ、名店とはここであるのか」

「『ウスヤ精肉店』、って……」

「貼られたアニメポスターとイラストで一杯でお肉屋さんに見えない!」

「しかも戦車砲弾のレプリカが飾られてる!」

「キャラクターの立て看板まで!」

「うむ、まさに『ザ・聖地』なのであるな」

「ここの串かつは最高ですよ。揚げ物全般、ポテトサラダもおすすめです! ね、おじさん!」

「お、おじさん!?」

「というか、このお店の皆さん、来店するガルパンファンをみんな覚えてるみたい……」

「すごい!」

「店頭にテーブルと椅子が」

「ここで食べるんですよー」

「うむ、これを皆で占拠してしまっては申し訳ない」

「いいんですよー、総裁。ウスヤさんにも総裁の話、もうしてあるんですよー」

「うぬ、大変恐縮なり」

「まず食べましょう。その間、私はBトレのセットアップを」

「あ、Bトレ走行ベース!」

「これ、乾電池入れればどこでもBトレを走らせられて便利なんですよー」

「む、そういう使い方もあるのか」

「で、これ!」

「わ、ガルパンの女の子のディフォルメ模型がBトレに乗ってる!」

「自走するのに、ちゃんとみんな足まで乗ってるのが、すごく可愛い!」

「運転台とマスコン・ブレーキハンドルまで作りこんでる!」

「芸が細かい!」

「まさにスゴワザ!」

「これはファンは喜んでくれますよね」

「ああ、詩音ちゃんがオリジナルBトレの素敵さに気絶しそう!」

「気絶する前に串カツ食べてくださいー」



 みんな、串カツや唐揚げ、コロッケを食べながら、この通りをゆくラッピングマイカー、いわゆる痛車や、スポーツカーを見送る。 

「通るファンがみんな旧知の友人のように和気あいあいとしてる」

「すごい」

「ミエのBトレもバカウケである。皆が喜んで撮影していく」

「でも、この通りは狭いですね」

「うむ、風情は良いのだが、交通としては容量不足ではあるな」

「アニメではこの町の狭さが逆にガルパンの競技戦車戦の大道具になってましたね!」

「さふなり。狭い町並みをうまく使ってイギリス戦車に対抗しておった」

「その結果はともかく、こうしてその舞台となった街にいるというのは、すごく不思議な気持ちですわ」

「なんだか没入型バーチャルリアリティーみたい」

「うむ、それがまた聖地の醍醐味かもしれぬ。

 しかし、さすが名声に違わぬ美味である。揚げ物なのに全く油の『重さ』がない。香りとともに軽やかに舌をくすぐっては胃に消えていく」

「総裁も食レポするんですかー」

「それは華子に任せておきたいのであるな」

「でも、おとーさんに負けないぐらい、いい油使ってます」

「食堂サハシも脱帽?」

「そうかもしれないー」

「うむ、たしかになるほど、素晴らしい朝食であった」



「そして腹ごなしに大洗の町を散策しながら巡礼ポイントをゆくのである」

「あ、ここ、作中で3号突撃砲が隠れてたところですね!」

「ちょっと作品より狭い感じかな」

「でも、いい感じですね。再現度高いです」

「写真撮りましょう!」



「結構歩きましたね」

「途中の緑地帯の歩道が綺麗だったー」

「さふなり。うむ、これよりショッピングモールのガルパンミュージアムを見学なのである」

 その時だった。

 見知らぬ地元の老人が、声をかけてきた。

「こんにちは~」

 挨拶をして聴き始める一行に、老人は、この大洗の話をしてくれた。

 かつての海水浴場の隆盛、そして老人が遠泳が得意であったこと。

 そして、震災の後、またこうして若者が多く訪れてくれることが嬉しいこと。

 みんな、話に聞き入っている。

「ありがとうございます! おじいさんもお元気で!」

 老人と別れたあと、みんなは口々に、『こんなの他の街じゃないよね!』と言い合った。

「うむ、大洗という町の本質を見るヒントの一つやも知れぬ」



「フェリーの発着地ですものね」

 フェリーの見えるところに、ショッピングモールがあった。

「ここにガルパンミュージアムができたんですよー!」

 ミエはすごく喜んでいる。

「うむ、中庭のアンツィオ高校のCV戦車のモックアップも拝見したので、ではミュージアムも見学なのだ」

 ガルパンの歴史パネルや、様々な設定資料をみんなで見る。

「なるほど、大洗だけでなく、水戸や茨城のいろんなものがアニメとタイアップしてるんだなー」

「サッカーの水戸ホーリーホックなんか、サッカー場に戦車の模型を持ち込んだんだって」

「うぬ、そしてこの大洗に実際に陸自の実物の戦車が展示されたことがあるのだな」

「ほんと、男の子ならずとも、この不思議な高揚感を演出されてしまいますわね」

「おおー、ガルパンをテーマにした戦車ジオラマだ!」

「さすが、よくできてる!」

「これ、鉄道模型にも応用できないかな」

「できますわ。むしろ、こういう別の分野の模型からこそ、応用できる技術を学べるというものですわ」



「次はこのクレープ屋さんですー!」

「おおー、戦車道クレープですね!」

「戦車をかたどっているけど、本当に美味しい!」

「こうやってると、ほんと、ガルパンのなかの登場人物になったような気分ですね」

「まるで『戦車喫茶』みたい!」



「うむ、ここからさらに循環バス・海遊号に乗ろうかと思うのであるな」

「あれ? 詩音ちゃん?」

「あ、あの……」

「う、うぬ!?」

 総裁がよろける詩音を抱きとめる。

「どうしたんですか!」

 総裁に抱きとめられた詩音の青い顔に、みんなも慌てる。

「ちょっと、具合が悪いだけで……すみません」

「ええっ、大丈夫? って、大丈夫じゃなさそう!」

「ここは馴染みのお店でお昼ごはんと休息をー!」



 ミエの案内で、詩音を支えながら、小さな食堂に移動した。

「昼食とともに、休ませていただけるそうです」

「ありがたい……」

「って、ここでも自作切符によるお食事券1?」

「ここのマスター、切符テツなんですよー」

「ええっ、華子ちゃん!」

「うちの食堂サハシとおんなじー!」

「うぬ、鉄道と戦車道と食道を一挙に楽しめるとは。なんとも素晴らしい店なり」

 マスターが鉄道グッズを片手に、話をしてくれる。

「おお、駅の行き先表示器!」

「おもしろ~い!」

 そして、食事の時間になった。

「詩音ちゃん、食べられる?」

「なんとか」

「マスターがちゃんと詩音ちゃん用に、さらに体に優しい別メニューを」

「さすが、ありがたいのである」

「では、いただきます!」

「美味しい! 味の深みがまたいい!」

「じっくり味あわせていただきましょう!」


「うむ、思いの外時間を使ってしまった。

 新入生諸君、すまぬ。これはやはり、詩音の体力についてのワタクシの計算ミスでもあるのだな。

 もしよければ、時間は限られているが、ここから別行動でミエくんとともに大洗を堪能してきたまへ」

「えっ、でも詩音先輩たちのことが」

「確かに心配してくれるのは嬉しくありがたいのだが、君たちにワタクシが考えていたこの旅のテーマを掘り下げる機会を奪うのも、大変心苦しいのである。

 断じて切り離しなのではない。君たちに、大洗を楽しんで欲しいのだ」



 新入生は、ミエとともに先輩たちと離れた。

「キラ総裁、そうは言ってたけど……」

「なんだか、寂しいなあ」

「あら、そうかしら」

 ミエは、新入生に言った。

「どっちみち、あなたたちは1年生、総裁たちがいなくなっても、あの鉄研を続けるわけでしょ?

 そのとき、やっぱりこうして3人になってしまう。いや、もしかすると下級生がまた入ってきて、さらに難しくなるかもしれない。

 キラ総裁は、あなた達に、この鉄研を託すことを、いつも強く願っているわ」

「でも、私たちにはそんな……」

「総裁はよく言っていたわ。あなた達を見ると、過去の自分を見ているようで、本当に愛おしい、と」

「本当ですか?」

「そうよ」

「あんなにいろいろあったのに」

「まあ、どういう『いろいろ』かはよく知らないけど。総裁はあなた達を、『期待の優秀な後輩』としてしか話さないから」

「そんな」

「私に対して、あなた達のことを、少しも悪く言いたくないのでしょう。

 それだけ、あなたたちを、愛してるってことかも」

「総裁……」

「ともかく、私たちは楽しむのもまずそうだけど、それよりこういう状態になったことを、どうすれば一番意義あらしめられるか、考えなきゃね」

「大洗を楽しむ、って言ったって、詩音先輩が心配で」

「でも、ここで心配したところで、詩音さんが元気になることに、役立たないわね」

「たしかに、そうですよね」

「なにか、詩音さんを元気づける方法、ないかしら?」

 3人は、顔を合わせ、そして、振り返ってミエに聞いた。

「ミエさん、この大洗で、こういうこと、できます?」


 ショッピングモールの一角に、その店はあった。

「レンタル自転車の返却期限は16時半までです」

 そこにはレンタル自転車店があるのだった。

「それまでに、できるだけ、大洗の楽しさをツイートする。

 そして、自分の病気で日程が変わってしまったことを思っている詩音先輩の心を、Twitter経由で軽くする。

 それが作戦目標です!」

「ええ。名づけて、銀輪部隊作戦!」

「レンタル自転車もガルパン仕様!」

「あってよかったですね。全部貸し出し済みってこともあるから」

 ミエが微笑む。

「ちゃんと手信号して、事故なく完遂しましょう!」

「そうね!」

「ここは先輩たちに倣って!」

「ええ」

 4人は、手を合わせた。

「ゼロ災でいこう、ヨシ!」

 みんな、ミエとともに自転車で大洗の街に繰り出す。


「エビコー鉄研公式Twitterアカウント、復活ー!」

「この文房具屋さん、素敵!」

「ここにもガルパンキャラの看板が!」

「あっ、ガルパンラッピングのタクシーが来た!」

「あれはさしずめ、自動車化部隊ですね」

 つぎつぎと発見を写真に撮り、鉄研公式Twitterで送信する。

 そうしているところに、ほかのガルパンファンと遭遇する。

「こんにちは~!」

「こうして知り合いでないのに旧知の友のように普通に挨拶できるんですものね。

 ほんと、同じ作品をファンとして共有するって楽しいですね」

「そうよね。コンテンツを消費するんじゃなくて、育てて楽しむ、って感じよね」

「いいなあ、私もこんなの作れたらすごく楽しいだろうなあ」

「そうよね。『うむ、コンテンツと文化の関わり方の一つの解やもしれぬ。弥栄なり』」

「マナちゃん、総裁のマネ、似てるー!」

「ついつい真似したくなっちゃうわよね、あれ」

「そうだよねー」

「隣の本屋さんにはガルパン同人誌のコーナーが!」

「というか、今時こういう小さな本屋さんが生き残ってるって、奇跡よね!」

「ほんとね!」

「あ、あの旅館前、あそこに戦車が突っ込んだんだよね!」

「アニメの話と現実の話が融け合うのがなんとも」



 その頃。

「Twitterの通知が」

 弱々しい声で、詩音がケータイを見る。

「詩音くん、ムリをしてはならぬ。

 しかし、新入生のみな、しっかり頑張っているようである。

 ここはワタクシから応答のリツイートをするのであるな」

「みんな……」

「ワタクシの思いは、届いたのやもしれぬ」

「思い?」

「さふなり」

 キラは、一瞬寂しげな顔を隠した。

「なんにでも、終わりというものはある」

「ええっ、だって」

「我々も2年生なのだ。来年は3年生、進路を考え、その準備をせねばならぬ。

 彼女たち1年生に、いずれこの鉄研を託さねばならぬ。

 時間はあっという間に過ぎてしまうのだ」

「でも」

「さふなり。鉄道趣味、テツ道の探求に終わりはない。一生を捧げて行うに値するものなり。

 だからこそ、その素晴らしさを、彼女たちにも感じてほしい。

 楽しみはあるものでも、与えられるものでも、買うものでもない。

 楽しみは見出すものなのだよ、榎木津君」

「なぜに京極堂……でも、ほんと、そうですよね」

「その事に気づけば、人間は強くなれるのである。

 いかなる境遇であろうとも、それを楽しんでしまえば、そこは楽園なのだ。

 さすれば、恐れることなど何もない。

 町が、国が、そして世界がどうなろうとも。

 その楽しむということの強さと素敵さを、この大洗は、ワタクシに確認させてくれたのであるな」

「そうですよね」

「うむ、たしかに大洗にも、まちづくりの問題点はあるのを感じた。

 ちらりとみたマイカーの大渋滞もその一つである。

 アクアワールド茨城県大洗水族館という大型水族館、海水浴場、そしてガルパンと観光資源が多くあるのだが、それに対して交通手段はほぼマイカーのみ。鹿島臨海鉄道はそれに対する代案になりうるとは言いがたい。

 かといってLRTを敷いても、この町の平日人口には、おそらく過剰設備となるであろう。

 しかしバスやBRTもまた、渋滞に対しての決定的処方箋となり難い。

 現実的にはバス専用レーンを設ける程度であろうが、それはすでに実施しておるのだ。それでもそのバスのコースでどうしても一般車と混走するところがあり、しかもそこが大渋滞の原因となっておる。そこの大改良が必要であるが、なかなかそれも困難。資金的にも難しいのは目に見えておる」

「渋滞は最悪、ここから茨城空港まで伸びるほどみたいですよね」

「でも、だからこそ、なのだ。

 ここで交通を改善することそのものが、実は良いことなのだろうか」

「ええっ、そこですか!?」

「うむ。ここが混むとわかってるのであれば、その先手を打って我々のように宿泊を考える者も多いのであろう。事実、宿はほぼどこも満室」

「そういえばそうだ」

「これが、交通が改善して日帰りが当たり前になってしまったら? この町に宿泊のお金が落ちぬ。

 まず、魅力のある町づくりが先なのだ。これだけの魅力を出すために、現実的にどれほど大洗の人々が協力しているか、その心にもまた感じ入ったのである」

「震災のとき、大洗大変だったって訊きました。水族館も町もひどい被害だったって」

「大洗に押し寄せた津波は高さ5メートル。曳き波では港内の海底が見えるほどであったという。

 結果、漁船は沖合に3日の避難を余儀なくされる。そんななか、陸では前例を無視して防災行政無線は『避難してください』ではなく『避難せよ!』と放送した。しかもそれは6時間も続けられた。結果、大洗での津波による死者ゼロという奇跡を起こした。

 とはいえ、家屋被害2000棟、冠水面積は町の1割にあたる200ヘクタール、3392人が避難を余儀なくされた。しかも、観光の町でこの被害は風評被害を伴う。被害の極限に成功しても、同時に福島原発事故の風評も受ける。水族館も休館せざるを得なくなったが、それ以上に水産業の被害は大きかった。

 その復興のために作られたのが、ここまで我々が歩いた海岸の緑地帯なのだな。さらに広域幹線道路の整備も考えられている。しかし、漁業と観光業の復活がなければ大洗の復興はありえないが、それ以上に、この人口1万8千の大洗町の人々の心の復興も課題であった。

 確かにそうだ。もう復旧した魚も食べてもらえない。疑われ、伝わらない。まさに心が折れそうであったでろう。

 そこに、ガルパンがやってきた。

 ガルパンというアニメの物語は、『乙女のたしなみ戦車道』というアイディアは秀逸であるが、じつはそれを通じてスポ根的な、古いスタイル、古いフォーマットの物語なのだ。だが、それが実に人の根源、郷土愛、素朴な友情といったものをよく捉える。物語において、フォーマットの新奇性などは実はたいしたものではない。それより、そのモチーフの取り方こそ死活を決める。

 それが、ガルパンにおいてはおそらく、『郷土愛』なのだ。

 そしてその郷土愛という面で、舞台となる大洗という町に、擬似的に郷土愛を感じるファンが、大洗にゆくようになった。そして、大洗の人々は、それを理解し、彼らを裏切らないことを決意した。

 そこには単なるツーリスムだのまちおこしだのといった浅いビジネスの次元ではない、まさに『愛』を軸にした関係が成立したのだ。

 もちろん大洗がそれ以前から魅力的な観光資源を持っている町であったのだが、それが震災という危機以前、JCO臨界事故でも風評という危機にさらされたことをすでに序章として、大洗という町自身が、まとまりをもって、復興したいという強い意志で結束したことが、このガルパンというきっかけを成功までもっていく強い要因であったのだな。

 ガルパンで成功、の裏には、やはりここにも人の思い、人の結束、人の連帯があったのだ。人の物語があったのだ。

 省みて、わが神奈川の町づくりをかんがえるに、ここまでの人の連帯があるだろうか。つまらぬ諍い、スタンドプレー、パフォーマンスとそれに対する冷笑。街はあってもそこに人という物語があまりにも希薄だ。しかもその希薄を問題と思っていないのがまさに決定的に違う。

 おそらく、神奈川ではどうやっても大洗のような強い結束は生まれないであろう。それでも生き残れるという傲慢すらある。1万8千の小さな町大洗と、数万の神奈川の幾多の町を考えると、鎌倉などは観光資源があふれていても、その消化不良におちいり、せっかくのトレイルランニングなどでの論争が報道されるに至っているのだ。

 それは他の地域でも多くある、住民エゴと無神経な『よそ者』の対立であるのだな。

 おそらく、ガルパンファンは、もうそんなものでがんじがらめの自分の本来の郷土に絶望しているのやもしれぬ。

 だからこそ、裏切らない大洗を心の郷土と思うのではないか。

 それは致し方ないこと。現在の日本で、地方はほぼすべて、着々と財政難と少子高齢化にもかかわらずの既得権益とそれに基づくエゴの対立で、崩壊に向かっているのだから。

 はたして、日本でそういう、暖かな郷土愛の再生が、他の地でできるであろうか。

 それは全く困難とも思える。絶望的に思える。

 だが、ワタクシは、海老名や厚木、座間、相模原といった地域の再生もまた、我がテツ道のテーマの一つと日頃から思うておったのだ。

 ワタクシにその処方箋は、まださっぱり見つからぬ。

 だが、その考える材料を、この大洗で、多く得ることができたのでは、と思うのだな」

「そうですよね」

「うむ、御波くんも、こういう姿をよく観察していたと思われるのだ」

「たしかに、観光地として、この町の規模にたいして、賑わいの質がほんとうに素敵でした」

「さふなり」



「自転車返却、っと」

「自転車屋さん、ありがとうございました!」

「そして先輩たちと合流しましょう」

「先輩たち、見ててくれたかな、私達のTweet」

 カナがケータイを見た。

「……すごいリツイート数!」

「先輩、ちゃんと見て、リツイートしてくれたんだ!」

「レスも付けてくれてる!」

 3人の目に、涙が浮かんでいる。

「みんな、ほんと、総裁の言うとおりの、いい子たちですね」

 ミエまでつられて涙している。

「あ、夕陽だ」

「ほんと。すごく綺麗」

 みんな、それを見つめている。

「じゃあ、合流にいきますよ」



「うむ、1年生のみな、活躍ご苦労であった。君たちが楽しめてないとなれば、この旅を企画したワタクシも大変心が痛むところであった」

「すみませんわ、私が体調崩したせいで」

「いえ、詩音先輩が体弱いの、みんな知ってますから」

「詩音先輩、体調は?」

「おかげさまで、かなり回復しましたわ」

「よかった!」

「みなさん、ありがとうございます」

 詩音が礼をする。

「うぬ、そして帰宅するまでが鉄研旅行。これよりの帰途もしっかりせねばの」

「じゃあ、おみやげ買って、帰りましょう」



「って!」

「君たち! なんでそんなおみやげ買おうとしてるの!」

「そうですか? だって美味しそうですよ?」

「鉄道旅行でおみやげに5キロ袋の茨城米買うんじゃありません! 重たいでしょ! それはマイカーの人だけのおみやげ!」

「ああ、やっぱりあいかわらずのなんという非常識……」

 そのとき、声が響いた。

「常識? そんなもんはバンの後トランクに忘れてきた」

「この声とセリフは!」

「舘先生!」

「舘、ただいま颯爽と登場ッ! さあ君たちはこれから俺の運転するミニバンで神奈川へ帰還だ!」

「え、乗せてもらえるんですか」

「当然。だから言ったろ? ちゃんと最後で合流するって。

 ついでに途中のレンタルレイアウトある模型店で模型の運転して、そして食事だ」

「本当ですか!」

「嘘はつかねえよ。レディーたち相手には、な」

「……まさに動態保存の80年代!」

「さすがです!」

「かっこいい!」

「はは、照れるじゃないか。買い物終わったら、車に行こう。ほら君」

 ミエがきょとんとした。

「君も。帰りの高速バスの乗り場まで送っていくよ」

「いいんですか?」

「そりゃ、一人仲間はずれは可哀想じゃないか」

「……あ、ありがとうございます!」



 駐車場につく。

「おおー!」

「素敵なバンです!」

「色がかつての651系『スーパーひたち』のタキシードボディみたい!」

「センス良いなー」

「サンキュ。いまシートアレンジかえるからな」

「ありがとうございます!」



そして、レンタルレイアウトで。

「詩音ちゃん、さすが、ちゃんと模型持ってきてたのね」

「ここでも注目集めてる、というより」

「お店の人が、『子どもたちに素敵な模型を見学させて』って」

「すごい!」

「ショッピングモールのみんなが注目してる!」

「詩音先輩、さすが!」



「じゃあ、この夕食で、解散ね」

「すごく充実した連休だったけど」

「ため息しか出ない……充実しすぎて」

「寂しいわね」

「祭りの終わりなのである」

「そうだよなあ」

「今はみな、クールダウンする時なのだ。

 まだ我々の季節は終わらない。

 しかし、今しばし、休息を」

「そうですね」

「これが終わったら、夏のコンベンション準備ですもんね」

「さふである」



「では、ミエくん、夏のコンベンションで再会するその日まで」

「そうですね! 総裁」

「ミエさん」

 新入生たちが声を揃えた。

「ありがとうございます!」

 ミエは、にっこりと微笑んで、そのあと、高速バスのステップを登っていった。

「うむ、全員で見送ったのである」

 去っていく高速バスのテールランプを見送る。

「高速バスの風景は、いつもながら、往年の長距離列車のようであるのう」

「総裁の持論ですね」

「そうだよなあ、ほんと。じゃあ、神奈川までの帰りは、俺が運転するからな」

「お願いします!」



「あ、ガルパンの曲!」

「当然カーステレオに入れてあるよー」

「さすがです」

「そりゃそうだよー」

「あ、この曲、エンディングテーマ!」

「なんか、ガルパンになぞらえて、思い出しちゃうわね」

「うわ、なんか、泣きそう」

 みんな、うるっとしている。

「ほんと、みんな、純情だねえ……」

 やっぱり舘先生も、もらい泣きしてしまいそうであった。



 車は夜の常磐道、外環道、関越道、そして首都圏中央連絡道と、みんなの海老名に向けて進んでいく。

「キラ、君は寝ないのか? みんな、遊び疲れてすっかり眠っているけど」

 すやすやとみんなが眠っているバンの中、運転する舘先生が、助手席で起きて、前の夜の高速道路を見つめているキラに聞く。

「うぬ、ワタクシはこの鉄研の総裁であるから、わが水雷戦隊諸君の無事の帰航まで責任がある。眠るわけには行かぬ」

「そこまでがんばらなくても。でも、それが君のいいところだよなあ」

「恐縮なのである」

「あ、そこのコーラ取って」

「了解なのである」

「なんか、二人でこうしてると、夜行列車の運転台みたいじゃないか?」

「たしかに、往年の運転室同乗ルポのようで風情がありますな。機関士と機関助手のようで」

「『閉塞進行!』」

「『閉塞進行、後部オーライ!』って」

 二人は笑った。

「でも、ほんと、あのエビコー鉄研第1期の総裁もまた、すごい人でね。ちょっと前、都営交通局にいたんだ」

「さふであるのか?」

「うん。まあ、今はどういう感じかはわかんないけど、卒業後すぐ、一度、駅で勤務しているところに遊びに行ったよ。

 お正月だったな。人のいない駅で、いろんな話をした。

 人心掌握もすごかったが、なかなか文才のあるやつだった。仕事ってのは基本、『書類と数字と汗』だからな。それがすべて達者なやつだった。たぶん、今頃すっかり出世してると思う。

 君、そういや進路、どうするんだ? 将来の進路、『テツ道王』では、なかなかしんどいぞ。担任として言っておくけど」

「それはもとより、覚悟の上なのである」

 そういうキラの髪飾りの動輪のレリーフが、高速道路灯に一瞬きらめいた。

「そうか」

 先生は、考えこんだ。

 そして、言った。

「もしかすると、君、将来、本当に『テツ道王』になっちまうかもしれないなあ」

 すると、彼女は、ゆっくりと首を振った。

「まだまだ、足りぬものが多いのである」



「GW旅行、ほんと、充実してたわね!」

「でもまさか最後にあんなこととは」

「みなさん、すみませんですの」

「いいのよ、詩音ちゃん!」

「そして、いよいよコンベンション準備?」

「ええ。次回、『死闘! 物量と作りこみの間で』 ええっ、これ、今度はどうなっちゃうの!?」

「つづくっ!」


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