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第7話:約束の地へ-大洗遠征

 いつものように鉄研部室にみんな集まっている。

「うむ、今日の議題はゴールデンウィーク旅行の計画なのである」

「ええっ、今は2015年の9月も半ばを過ぎてますよ」

「にもかかわらず、総裁権限でゴールデンウイークの話なのである」

「ひーっ、また総裁特権ですか!」

「さふである。

 まったく、著者がもたもたしているうちに、旅行ネタが累積し、書かねばならない原稿が累積してしまったのである。

 このままではすべてが忘却の彼方、死蔵の塩漬けとなるのだ。

 そのようにはさせん、させんのであるぞ!」

「ヒ! ヒ! ヒ ド ス ギ ル ー !」

 またツバメが目をむいてのけぞった。

「更に酷いのが会計ですよ」

 カオルも困り顔である。

「もう予算無いですよ。『北斗星』もなくなるし」

「カオルさん、『北斗星』どころか、『カシオペア』も『はまなす』も、もうなくなるんですよ」

「詩音さん、カレンダーを見てください」

 みな、カレンダーを見た。

「うっそ!」

「いつのまに! 4月に逆戻りしてる!」

「うむ、これぞワタクシの特技、キラ式作品内自動ブレーキ『KS-ATS』なのであるな。

 これにてすでにこの作品世界はブレーキがかかっていて、9月に進んだようでいながら4月で停止なのだ。だから、カシオペアの廃止決定も、北海道新幹線開通日程の決定もまだなされていないのだ。この物語の中では」

「なんという……」

「というわけで、『北斗星』もまだ臨時列車で走っているんですよ! 私は行きたいですよ! 『北斗星』お見送り! でも、軍資金が無いんです! 宿泊もムリですし!」

「カオルさん、あなた、プロ棋士目指す将棋会館の奨励会のほうは」

「カオルちゃん、ダイヤ改正にあたってのダイヤ作成バイトで忙しくて、せっかく入ってた奨励会また降級したんだって」

「2段階降級……そりゃ、荒れるわよねえ」

「まず! それだったら、お金の掛からない旅行を!」

「大回り乗車?」

「それは」

「18切符で超大回り?」

「それもしんどいなあ」

「うむ、みな、ここ数ヶ月の激動で疲れておる」

「それは誰のせいだと思ってるんですかー!!!」

 みんな、キラに一斉にツッコんだ。

「ムリに『くろまつディナー』食べたいって京都丹後鉄道とか行ったツケが来たんですよ!」

「あの関西遠征、なにげにお金も体力もいろいろ消耗しましたからね」

「まさに『ご利用は計画的に』なのだな」

「総裁のどこ押せば計画的って言葉が出るんですか!」

「というか総裁の背中のチャックそろそろおろしましょうよ! 中の人問い詰めましょうよ!」

「うぬ、そんなものはねいのであるな。そしてワタクシには、この局面を打開する、さらなる計画がすでにあるのだな」

「えっ、計画!」

「また嫌な予感しかしないわよっ!」

「うむ。みな、これを聴いたことがあるはずなのだな」

 総裁は、そういうとiPhoneを鳴らした。

「『パンツァー・フォー』?」

「パンツ阿呆?」

「いや、そのボケはさらにもういらないって」

「でも、この『ガールズ・アンド・パンツァー』、略して『ガルパン』は前回の『くろまつディナー』遠征で聴きましたよね。兵庫県豊岡在住の田島ミエさん、でしたっけ。総裁のお友達がハマってる、って」

「うむ。実は彼女、今度の連休に高速バスで茨城県大洗に来るのである。大洗はガルパンの聖地なり」

「聖地巡礼ですか。でも兵庫豊岡から大洗って、すごい長旅」

「さふである。そして、ワタクシも、彼女がそこまでして聖地に来たいという心理を考えてみたいのであるな」

「おもいっきり個人的な理由じゃないですか!」

「ぬ! さにあらず、さにあらずじゃ!」

「津川雅彦じゃないんですから!」

「よう気づいた!」

「時代劇……総裁この時代にテレビっ子なんて、周回遅れもいいところですよ」

「うむ、ところが、である。最近、聖地巡礼とともに、ツーリズムにおいてアニメやゲームとのタイアップはかなりなされておる。『けいおん!』などはいくつ何回タイアップしたのかももはや数えきれぬ。そして昨今の新作アニメもやたらと聖地化を狙うかのように実在の場所を舞台とするのが大流行なのだ」

「わたしたちも、勝手に海老名を舞台にしちゃってるものね」

「さふなり。以前は異世界だのなんだのが流行していたのに、なぜこうも聖地を作りたがるのか」

「それはお金がいろいろ大人の事情で」

「否! 大人の事情があるにしろないにしろ、成功しているところとしていないところは明確に分かれておる。

 事実、艦これがこれほど流行っていても、前回訪れた舞鶴鎮守府であり聖地であるはずの西舞鶴では、駅頭に『艦これ』の『か』の字もなかった!」

「……そういやそうだ!」

「関心がないにもほどがあると思うたのだ。しかも時は今! 地方創生などといってまちおこしブーム、というよりまちおこしをせねば地方自治体は消え行くのみである! あと20年でこの日本の自治体の数は半分になるのだ!」

「ええっ、じゃあ、平成の大合併はまだ止まらないの?」

「さふである。これからは『選択と集中』と言われる自民党の地方創生政策で、『非選択の放棄』が始まるのである」

「でも海老名は大丈夫そうね。またショッピングモール作るみたいだし」

(著者注:この作中の時点では海老名へのららぽーと出店やロマンスカー停車化の話はなかった)

「しかし! 神奈川は地味に小自治体がいくつもあり、なおかつそれらは水源地や重要山林を抱えておる。彼らが潰れれば、それら重要な社会環境リソースの維持困難は容易に想定される」

「でも、そこに鉄道とか敷いて、なんとかなるものと思えないよなあ」

「うむ、赤字鉄道を増やすのはロッテのホカロン、いや、もってのほか。かといってマイカー文化は文化と言いがたい貧相」

「じゃあ、バスですか」

「それも一つの選択肢として考えたいのであるが、それはあくまでもハード面の問題。ソフトウェアとして過疎をとどめ、地方を豊かにする方策の立案が急務であろう」

「それで大洗ですか? 聖地ごっこやっても、大洗みたいにうまくいく例は稀有ですよ」

「地元の人が『これやる前は静かでよかった』と水を差してることも多いし」

「ところが! それはメディアというバイアスがかかった意見に過ぎぬ。

 まず検討は実地で行いたいのだな」

「でも大洗は遠いー。しんどいー」

「そこで思ったのであるが、諸君、身近に茨城県人がいることをお忘れではないか?」

「誰?」

「え、そんな人いたっけ」

「うぬ! その名は舘健だて たけし! 我が鉄研の新任の副顧問の先生なのだ!」

「えええっ!」

 みんな驚いて、Kindleで確認する。

「いや、そんな設定は……ここまで見当たらないけど」

「うむ、当初からの設定では茨城出身なのだ」

「これってまさか」

「さふである。著者が設定したのに書き忘れてたのだ」

「なんてダメな著者……」

(著者:すみません、すっかり書いた気でいました)

「キミたちぃ!」

 舘先生がやってきた。

「なんというタイミング!」

「ガルパンは茨城県人の誇りなんだよう!」

「そんななんですか!」

「うむ、さふらしい。調べても茨城県人において、ガルパンへの冷ややかな態度はあまりない。あれほどの知名度にもかかわらずである」

「そういえばそうですわねえ」

「さふなり。ここになにかの秘密があり、なおかつそれはテツ道の研究の課題として好適であると思われるのだな」

「でもお金がー」

「そこでもう一つの目的! それは『上野東京ライン!』」

「そういえばそうだ!」

「諸君もご存知のように、ついに品川から常磐線に乗れる時代が到来したのだ。あの忌まわしき上野-東京間の大混雑を回避できるのかも興味あるし、なおかつ秋葉原付近を通る高架橋への急勾配も体感したいのである。さらにさらになおかつ!」

「ホリデー料金!」

「まさに! 普通列車グリーン車の料金はホリデー料金、休日割引があるのだ!」

「まさか! 横浜から水戸まで普通列車グリーン車の旅!?」

「さふである。エコノミーかつ優雅なグリーン車利用なのだ」

「……たしかに、そう考えるとエコノミーです……」

 カオルが運賃と料金を計算して、頷いている。

「でも、宿泊は?」

「うむ、そこはワタクシが迅速に手配したのである」

「ええええ! なんかいやな予感がする! だってもう連休直前、予約いっぱいで宿あいてないわよ!」

「でも、ゴールデンウイーク旅行、行けるの?」

「途中から舘先生とあの田島くんも合流する。まさに時は今! なのだな」

「ということは、決定?!」

「うむ、さふである。各員、春イベントへ出撃用意なのであるな」

「ええー」

「いやなのか?」

「ええよー」

 みんな、ずるっとコケる。

「きみたちぃ! ちゃんとガルパンも予習してから行くんだよー」

 舘先生が加える。

「はーい」



 横浜駅にみなは集まっている。

「せっかくなんだから、横浜から一本で行ければいいのに」

「うむ、ダイヤの状態を見ると、品川乗り換えはほぼ必須のようであるな」

「どうします?」

「うむ、品川始発の常磐線列車に乗る。その始発の前に品川で食事を所望せんとぞ思いけるのであるな」


「あれ? どれで品川に行けばいいんだろう」

「確かに、東海道線と横須賀線ホームのどっちから出るかわかんない。同じ品川行くのに」

「さふいうときこそ、ケータイアプリで判断すべきであるな」

「JR東日本アプリもいまいちだけどねえ」

「Google先生もYahoo!も乗換案内も」

「それぞれアップデート頻繁にしてるのに」

「うむ。運行情報についてはJR東日本アプリよりも、SNS形式で情報を集めるアプリのほうが迅速なこともあるような感じであるな。まず、ホームでグリーン券情報をSuikaに書き込むのである・

 目的地は、水戸なのだな」


「うぬ! なぜ2階席にゆく?」

 2階建てグリーン車に乗り込むとき、総裁が言う。

「え、じゃあ1階?」

「さにあらず! 平屋席こそ楽しけれ、なのだな」

「そうですか?」


「ほんとだ! 自由席なのに誰も乗ってない!」

「しかもデッキの扉が閉まれば個室みたい!」

「まさに一人じめ!」

「うむ。『鉄子の旅』の横見浩彦先生の『発見』は今でも有効であるのだな。

 こういうグループであれば、ダブルデッカーグリーン車の平屋席は大変おすすめであるなり」

「でも品川までですよね」

「さふである。まずは品川から水戸までの長旅の準備運動なのであるな」


「品川駅、綺麗ねー」

「うむ。このサイネージなど、タッチパネルで自分でスワイプして操作できる。NYの地下鉄に採用されて話題になったものがもう日本にもあるのだな。

 駅弁など所望して、まずは旅気分満喫を企図するのである。限られた予算だからこそ、しっかり自分で演出して楽しむことが肝要なり」

「まだ常磐線の電車来ないね」

「案外本数が少ないですね」

「うむ、品川折り返しの本数は限られておるようだ」

「イギリスのことわざにもありますわ。『チャンスが限られているからこそ、ものにしたときの喜びは大きい』と」

「御波ちゃん! それ、ガルパンの『ダージリンさん』だ!」

「ちゃんと予習したんだね! えらいなー」

「『予習復習こそ旅の値打ちを決めるもの』とももうしましてよ」

「さすが! 現代国語最強の御波ちゃんだからできるわね!」

「『まさに今でしょ!』」

「総裁、それは古いー」

 続けるキラを、みんながジト目で見る。

「『古すぎる流行語は、カビたパンより価値が無い』、ですわ」

「すごーい!」

「『ミナーリン』さんだ!」

「わ、恐縮です!」

「でも、みんな、ガルパンちゃんと見てきた?」

「なかなか大変だったけど、拝見しましたわ」

「ぼくは総統MADとセットで見たー」

「うむ、なかなかみな熱心で、ますます弥栄なり」



「うむ、折り返し列車のE531系特別快速がようやく来たのである」

「なんか、長距離ホームって感じで、旅情そそられますわ」

「お客さんの層が他のホームとまた違いますわね」

「狙うはまた平屋席なのだな」



 列車が走りだした。

「いただきまーす」

「あれ、御波ちゃん、なにKindle出してるの?」

「いや、これ」

 ケータイで、グリーン車のテーブルの上の食事と、飲み物とKindleに映した鉄研の部誌の表紙を、一緒に撮ったのだった。

「旅のお供に、って。ステマステマ」

「いいわね! 早速Twitterで拡散しましょう!」

「しかし、なかなかグリーン車、快適ね。トイレにお手洗いまであって、話に聞く大昔の長距離急行列車みたい。車内販売もあるのが素敵ね」

「うむ、検札を兼ねてのなかなかの知恵である。女性アテンダントさんの場合はガードマンも同乗することもあるらしい」

「たしかに心配な時もあるけど、鉄道警察隊じゃないんですね」

「さふなり。おそらく警察は地方所属のためであろう。広域警察の実現を望むのであるな」

「それこそレイルウォーズですね」

「うむ」



「ああ、品川車両基地が……こんなに解体されてしまって」

「うむ、兵どもの夢の跡、なり。まさに再開発真っ盛り。かつてのブルートレイン基地の面影は全くなくなってしまう。

 いずれ尾久もこうなってしまうのであろうか」

「悲しいですわ……でも、都内の一等地をJRがほうっておくわけには行きませんわよね」

「うむ。時代なのである」



「うむ、進行方向左側に、三河島の運命の安全側線がまもなくである」

「えっ、あの『三河島事故』の?」

「さふなり。1962年5月3日のことであるな。53年前のことであるが、これもまた、鉄道の安全を願い、求め、研究するテツ道の『原点』なのだ。

 通過にあたって、車内よりではあるが、総員で黙祷したいのであるな」

「ええ!」



「土浦で降ろされちゃうんだもんなー、結局」

 ここまで来た列車は、土浦止まりで、回送電車になってしまったのである。

「これは絶対に特急に乗せる気だな」

「いや、そうやって長距離と中距離のお客さんを混雑しないように分離してるんですよ」

「さふかもしれぬ」

「でも、乗り換えるのは全く同じ車型、同じ編成両数のE531系」

「うぬ。いささか釈然とせずなのだな」



 雑木林を駆け抜ける車窓に、異様なほどに巨大な建物が現れる。

「凄い大きなイオンモール……」

「うむ、イオン公国なのであるな。

 地方の衰退とともに発展するイオンモール。

 人々はここでうまれ、結婚し、そして死んでゆくのだ」

「ガンダムのスペースコロニーですかっ!」

「でも、ここまでくると、似てくるわよね」

「そのうち那覇イオンが日本政府に宣戦を布告するであろう」

「やだ、妙なリアリティがあるじゃない!」

「そうかな……」



「特急の通過待ちなのであるな。しかも今時10分も途中停車なのである」

「ここは車外に出て特急の通過を見ましょう!」

「うむ、楽しそうである」


 グリーン車を降りると、屋根も小さなローカルホームがさんさんと春の陽を浴びている。

 乗ってきて停車しているE531系の銀色のボディもまばゆい。

「本線の信号、まだ赤ですね」

「あ」

 ここまで乗ってきた親子が、ホームで、グリーン車マークの前で記念写真を撮っている。

 それを微笑ましく見ているが、なかなか特急が来ない。

「なんか、感覚が汽車の感覚ですね」

「うむ、それもまた旅の妙味」


 しばらくして、遠くにヘッドライトの閃光が見えた。

「E657系であるな」

「ヘッドライトの昼間点灯って、意義大きいですね。結構遠くでも気がつく」

 みんな、カメラを構える。

「ひきつけて……」

 特急列車は、皆の前を轟然と通過していく。

「撮れた?」

「なんとか」

「結構速かったね」

「ダイヤより2分遅れてましたもんね」

「さすが歩くダイヤ情報」

「てへ、それほどでもー」

「でも降級したよね」

「それは言わないでー」



 途中で。

「でも、心配だなー。うちのおばあちゃんの介護でお母さん大変で」

「うちも。2年前、お父さん脳卒中で倒れて」

「うちの親戚、水害で床上浸水しちゃって。でも先輩たちは」

「いや、うちは、両親とも元気だし」

「私も、お父様は元気ですわ」

「おとーさんがんばってるよ」

「いいなあ。私たち、結局ここくるのもギリギリで」

「じゃあ、しっかり楽しまなくちゃ」

「でも、いつナニが起きるかわからなくて」

 いつのまにか、グリーン車平屋室の空気が、だんだん、重くなってきた。

「どうにもできないですわねえ。介護も闘病も、水害も自分の力で対抗しようがないですわ」

「うぬ」

 総裁がそれを破った。

「確かに新入生はそのようにみな重い背景を抱えておるのだな」

「そうですね。先輩たちみたいに、自由が」

「ぬ? 自由?」

 総裁は首を傾げた。

「本当の自由など、誰も持ってはおらぬのだが」

「でも、先輩たちは」

「言わぬだけなのだな。言ったところでそれは不幸自慢にしかならぬからの」

「不幸自慢、って」

「打ち解け合う中で互いの事情を察し合い、配慮しあうのも友であるが、それ以前に、友にいらぬ気遣いをさせぬようにするのもまた友のあり方ではないのか。

 友がしんどい時に、私もしんどいということは、はたして共感であろうか。

 それが不幸競争になってしまっては、楽しい旅も楽しくなくなるのは当然であろう。

 ところで、みな、この旅のために、時間の都合をつけ、お金を払い、重い荷物を持ってきている。

 それは、ここで不幸競争をして、重たい空気を味わうためであったのか?」

「総裁、そこまで……」

 御波が止めようとするが、総裁は止めない。

「大人になるということは、無益に友を心配させ、楽しいことをつまらぬものにすることとは間逆なのだ。

 そして、私のテツ道とは、鉄道を楽しむものであると同時に、鉄道を通じて、いかなる境遇にあろうともそこに楽しみを見出し、心弱き友を助け、ともにさらに楽しく過ごすことである。

 不幸自慢は何も産まないのだ。

 そして君たちが不幸であるなら、残念ではあるが、途中でキミタチ付属編成を途中駅で切り離すしかないのだな。

 皆、それぞれ事情があるのは当然である。

 生きるということは事情を抱えることである。

 2年のものにも金銭的な不運や障害や病気や介護の親や兄妹を持つものもこの中にはいる。

 だが、皆、それを不幸としたり、比較したり、自慢しないだけのことだ。

 そして、それなりしんどいのであれば自分でそれぞれ解決を考え、解決のために相談を友人にする。それは理解できる。

 しかし、その不幸を比較するのは理解が出来ぬ。

 そして君たちが不幸を自慢して、他のみなと線を引くのであれば、我々も線を引く。

 そういう空しい不幸自慢は伝染して幸せを逃す原因になるのでな。

 ワタクシは、君たちの不幸には同情するが、ここでの切り離しは、君たちが自らの不幸を伝染させぬように自ら離れてくれたのだ、と理解し、むしろ弥栄なる友情に感謝するのであるな。

 3人の付属編成の中で、思う存分、不幸を自慢しあってくれ給え。

 ワタクシは不幸自慢に関心を持てない。

 その不幸とやらを軽減するための具体的相談にはできるだけ乗るが、斯様な無益で時間を浪費する不幸自慢大会は遠慮させていただくのだな」

「そんな……」

「よく考えるが良い。うむ、水戸にまもなく到着であるな」

 みんな、押し黙った。

「珍しい虹釜(レインボーエクスプレス塗装の機関車)やゆうマニ(リゾートエクスプレスゆう牽引用の控車)がおるやおしれぬ」

「撮り鉄しましょう!」

 あきらかにムリにツバメがいう。

「うぬ、しかし水戸駅構内への進入速度が速すぎて撮影は困難であるのだな」

 みんな、またうなだれた。

「降車用意なのだ。水戸で鹿島臨海鉄道大洗鹿島線に乗り換えなのだな」



 みんな、ホームからコンコースへのエスカレーターを登る。

「みんなー、ここで切符買いますよー」

 カオルが案内する。

「鹿島臨海線はSuika使えないんです。ここで一旦出て精算しないと」

「おお、さふであるのか。久々の紙の乗車券である。しかし券売機で買った切符の地紋はJRのものであるのが残念なり」

「そこは大洗駅で入場券買うといいんです。あれは硬券だし、入鋏印も凝ってるそうですよ」



 そしてぞろぞろと鹿島臨海の気動車に乗り込もうとする。

「おおー、丁度ガルパンラッピング車が来てる!」

 写真を撮るみんななのだが、いまいち気持ちが盛り上がらない。

「でも、気動車のエンジン音が、アイドリング状態でも渋いですわ」

「開けられる2段窓も素敵」

「『がんばっぺ茨城』とかのシールも」

 みんな口々に言うのだが、なにか空気が重い。

「……ここで『ミナーリン』が偽ダージリンさん名台詞を!」

「そんな! いきなりフラれてもムリよ! ちゃんと準備しないと!」

「うむ、アドリブでは確かにしんどいのかもしれぬ」



「といいつつ、結局列車に乗ってしまえばゴキゲンになってしまいからテツというのはお得な体質なのである」

 列車は地方私鉄にしてはやたら立派な高架を抜け、大洗駅についていた。

「あれ、詩音さんは撮影行かないんですか」

「私はちょっと休みたいから、みんなの荷物の番をしてますわ。みなさん、思いっきり構内を撮影なさって」

「いいんですか?」

「いいですわ」

「じゃあ、お願いします!」



 詩音は、みんなを見送ったあと、ため息をした。

「なかなかむずかしいこともありますわね」

 その時、彼女は気づいた。

「あ、海の潮の薫り」

 彼女は、よく晴れた空を見上げる。

「非電化路線らしく、架線柱も架線もなくて、駅の空が広いですわ」

 そして、みんなが大洗駅構内を歩いて撮影しているのを見る。

「そうだ、ちょうどいい」

 彼女は、カメラを構え、みんなを写真に収めた。

「やっぱり、みんなが夢中になってるのって、素敵ですわ」

 一人嬉しそうな顔をする詩音であった。


 そのときだった。

「みなさーん! 何やってるんですかー!」

 駅のプラットホームの下から声が聞こえてくる。

「この声は、……ミエさんだ!」

「兵庫からこっちに来てたんだね」

「ミエさーん、お疲れ様ですー!」

「高速バス、疲れませんでした?」

 ミエが階段を上がってくる。

「みなさんがいるみたいな声が聞こえてたから」

「お久しぶり、と言いたいけど、この前ですね」

「ええ。作品世界内では一ヶ月たってませんもんね」

「ミエさんまで!」

「私も著者さん信頼してないんですよー」

「ヒドイッ」

 ツバメがそう言って笑う。

「じゃあ、下に降りましょう!」

「え、もう構内観察終わりですか? ミエさんは?」 

「実は今朝のうちに大洗入りしてて、朝のうちに済ませておきましたー」

「うむ、さすが我が友である」


「おお、大洗駅、改札が有人改札!」

「自動改札機ないね!」

「こういう改札、写真で見たことしかないよー」

「素敵ですわ」

「駅員さんがお話してくれるのもいいわね」

 みんな、ちらっと見る。

「あの人、ずっと自動券売機と格闘してる。つり銭切れなのに」

「窓口で駅員さんから直接買えばいいのに」

「うむ、今の世の中、乗車券を窓口で買う習慣のないものも多いのだな」



「駅前ロータリーなのである」

「イルカのモニュメントがいかにも海辺の町ね」

「わ、可愛いバスが停まってる!」

「海遊号っていうんですよー」

「このバス、作ってみたいですわ」

「うむ、まさにモデラー魂の発現であるな。善き哉」

「で、総裁、大洗に無事到着したけど、ここからどうするの?」

「まずベースキャンプ、宿まで移動である。別に宿をとっていたミエくんとはここで一旦別行動となる」

「でも、私達の宿ってどんなの?」



「これが宿!?」

「さふである」

「……なんか、すごく渋いというか」

「釣り人用の宿であるのだな。おばさま、こんばんわ、予約していたエビコー鉄研なのだ」


「すごい、部屋のクーラーに謎の機械がついてる」

「これ、まさかクーラー有料なの?」

「まあ、海風が気持ちいいから使わないかもだけど」

「さふなり。まずはみんなでここに荷物をおいて、周辺散策なのである」



「おおー、宿の前はいきなり漁港と海に突き出すコンビニ」

「お夜食も困らなさそうですわ」

「詩音ちゃん、夜食食べるの?」

「最近、がんばっているせいか食が進んでしまって、……って、みなさん、そんな私のウエストを見つめないでくださいませ!」


「漁港、こうやって見ると面白いですね」

「あそこが起重機で、こっちは鉄道のトラバーサーみたい。漁船の整備用だね」

「小さいころはわかんなかったけど、今見るとすごく機能的、合理的」

「潮風に傷んだ感じもまた風情があります」

「あ、漁師さんが船をトラックから降ろしてる」

「漁港の生活は、私たちの生活と違っていて、興味深いですわね」

「思えば、日本って結構、広いんですね」

「うむ。見ぬものは日本国内でさえ、まだまだあるのであろう」


「すぐ裏は神社ですわ」

「おおー、鳥居がデカイ」

「こっちに大きくて立派なホテルがある!」

「うぬ。こっちは当然のごとく満室であったのだ」

「しかたがないわねえ」


「おお! さっそくガルパンのお店発見!」

「お酒屋さんですわ」

「プラウダ高校になってるんですね」

「なるほどー、こうやっていろいろなキャラクターと地元商店をひも付けてあるんですね」

「すごい、いっぱいプラモデルが飾ってある!」

「空母ミンスクが……えっ、プラウダ高校の学園艦ってこれなの?!」

「うむ、いかにも強敵そうである」

「お店の人、こんばんわー」

「せっかくですから、何か買わなくては申し訳ないですわ。え、いいんですか? そういうわけには」

「なるほど、こういう時のためにガルパングッズも売ってるんですね! これなら問題ない!」

「買いましょう買いましょう! それでこそ聖地巡礼」

「でも、この『大洗の四季』ってお酒、瓶も可愛くて、とても美味しそうですわ」

 詩音が興味を持つ。

「確かにそうだけど、未成年は買っちゃダメ!」

「だって‥…」

「お店の方にも迷惑がかかるわよ」

「案外詩音ちゃん、そういうとこ抜けてるよね……」



「でもさあ」

 海辺をみんなで歩いている時、ツバメが口にした。

「私たち、どうなっちゃうんだろう」

「どうなる、って?」

「いや、就職とか進学とか考えて、調べたら、私たち、この日本でやってくの、正直しんどいわー」

「そうかもしれないわね」

「いつの間にかアベノミクス3本の矢の構造改革なんか、もうどこにもなくなったわね」

「増税とマイナンバー制度はさっさと決まるけど、公務員に責任取らせる制度ないし」

「そういやそうよね」

「陰湿なイジメでやめさせることはあっても、最近はやめない人もいるし、そもそも公式にやめさせる制度がないってのは組織的にスラムになっていく原因よね」

「民間は馬鹿げたチャレンジシート制度とか導入して、それでも人事が全然機能しないから、結局有能な人はどんどん辞めていく。さらには海外に行ってしまう。その損失の帳尻合わせるのに粉飾決算もする」

「かといって、それと役所はナアナアだから、過労死も自殺も、減らすといっても『数えないことにする』ことになってしまう。結局まともに働ける人がどんどん減っていく。少子高齢化も止まらない。人事の能力がないから不正規雇用ばかり増える」

「かといって私たちがどこか別の国に行ってしまうこともできない」

「留学するとしても、家族もいるからねえ」

「調べれば調べるほど、この国が昔のどうしようもなかったインドとソ連を一緒にした国に思えてくるわ。こうして鉄道は正確だし、駅も海外に比べればきれい。でも、これも今だけなのかなあ、って」

 みんなの目が、総裁に集まった。

「うむ、ワタクシの意見を述べようか?」

 みな、頷く。

「そもそも、世間がどうあろうとも、自分の技量を磨くことのほかに解決策はないのであるな。国が潰れ自治体が潰れようが、自分の技量がたしかで、考え方が柔軟であるなら、そこには何の不安もない。どうなろうとも根源的に生きて行けるのだからの」

「それは総裁だからそうなんですよ」

「さふであるか? ワタクシも、はっきりいえば、単なる無名の女子高校生でしかない。ついそれに苛立ってしまうほど、まだまだ技量も人間としても未熟な、『ガキ』に過ぎぬ」

「そんな…」

「にもかかわらず、世の中、とくに公務員にしろ民間にしろ、愚かな採用担当者は人間としての完成品を求めたりするのだな。

 社会貢献の意識高く、実行力があって、人間的に成熟して即戦力。そんな学生がいるわけがねいのだ。

 故に、答えは一つ。斯様な阿呆な採用担当に出会ったとしても、それは単に不幸な出会いに過ぎぬ。世の中にはちゃんと、いい出会いもどっさりあるのだ。ワタクシの知る限りでも、正直に『レースをやりたい』といって大手自動車メーカーに採用され、幾多のレースを勝ち抜き、有名なスポーツカーの開発総責任者までやった方がおる」

「日産の水野さん? あの耐久レースでの名将!?」

「うむ。ワタクシはその水野さんとお会いしたことがあるのでな」

「すごい! って、どんなとき?」

「うぬ、ライト兄上の関連で、海上自衛隊に講演に来た水野さんと食事をしたのである。厚木基地の士官クラブでご一緒にニューヨークスタイル・ステーキを楽しむはずであったのだが、なぜか『モンゴリアンバーベキュー』なる謎の野菜炒めしかなくて激しくガッカリ」

「総裁、そこでも食にこだわりますね」

「む。食事はだいじなのだ。人間に幸せを感じさせるセロトニンの95%は腸から分泌されるという。幸せはまず満腹から。満腹はまずお仕事から。そしてお仕事は出会いから。

 そして、水野監督は『眼を見れば人の技量がわかる』と仰られていた」

「そうかもしれません」

「でもそんな自信ないなあ」

「うむ、ワタクシのまだ始まったばかりの人生でも、その眼を何度か見ているのだな。ワタクシに物語を教えてくれたシナリオの大先生もまた、素晴らしい眼をしておった。その後に出会った作家の大先生もまたじつに素敵な視線であった。

 世の中に幸せがあるとしたら、満腹になることと、そういう眼をみることのほかには、まずないと思うのであるな。その眼で見てもらえる栄誉のために技量を磨くこと、そしていつかその栄誉を与えられる眼を持てるように。それが技量を継承してきた人類の歴史であり、その歴史が継続しているということは、見えざる手で満腹も、出会いも用意されてきた証左なのであろうとぞ思う。

 解釈は適用できないともいうが、頑なに信じて勇敢に罪を犯せ、ともいうのだ。成功例を追いかけてもそれは凡庸な二番煎じに過ぎぬ。それが受験に就活婚活妊活終活と振り回されるトンマ活動のトンカツ娘の姿なのだ。

 己の技量を信じるに足るだけのものにすること、そこに邪心が少しでも入らないのであれば、邪なものは自ずからいずれ離れていく。邪心が少しでも湧けば、それは邪心を呼び、災厄を招く。

 振り回されず、振り回されたとしてもまたもどって技量の向上に専心する者は、自ずからそういう瞳になるのであろう。その瞳、眼はなろうと思ってできるものではない。まさに専心して向上を図ることでしか得られない。

 もちろん、その心境に至るのはまさに苦難の道であろう。しかし、にもかかわらず、技量を磨くしかないのだ。他人への嫉妬、つい口からでる弱音、そういうものを、ばっさり否定するのではなく、そこからさえも技量向上のヒントときっかけを得ようとするのだ。

 それは決して議論からは得られぬ。まして諍いからも得られぬ。下らぬ競争でも得られぬ。

 勝ちたいだけでは自らの向上にはならぬ。争っていては向上の時間ができぬ。競争しなければ向上できない程度では真髄には辿りつけぬ」

「向上、ですか」

「さふなり。自らの向上、それは比較ではなく、広い見地を持ちながら、自分のできるまず狭いことを着実に広げていく営みでしかできぬこと。それは自己との対決でしかできぬ。

 他人は所詮他人でしかない。心通じれば嬉しいが、通じなくてもしかたのないこと。そして、他人はワタクシのために生きるのでもなく、ワタクシも他人のためには生きられぬのだ」

 みんな、それぞれに感じているようだった。

「うむ、宿のご飯とお風呂を所望して、明日の日程に備えるのがよかろう」



「ご飯おいしい!」

「うむ。さすが漁港の町、海鮮料理はうましである」

「でも、新入生のみんな、いまいちこのノリについて来れないのかな」

「この宿、たしかに豪華じゃないし」

「ちょっと、いわゆる女性向きではないかもしれませんわね」

「む。致し方無いとはいえ」

 3人の新入生は、すこし気後れしているようだ。

「うむ、新入生諸君」

 彼女たちが目を向けた。

「明日は君たち3人での別行動も計画しておる。ぜひそこで君たちで考え、君たちで旅を楽しむ術を発見して欲しいのであるな」

「え、私達で?」

「さふである。ガイドブック通りのお仕着せツアーなど言語道断。困難や予想外を楽しむのが、このテツ道の旅の醍醐味である。それこそ鉄研旅行の主目的なり」

「でも……」

「でもではないのだな」

 3人は、総裁を見上げた。

「君たちの活躍に期待しておるのだ」



「総裁」

 風呂あがりに、御波が駆け寄った。

「正直、新入生のみんな、この旅でずっとドン引きしてましたよ」

「うむ、洗礼が厳しすぎたかのう」

「だって、この雑然とした廊下、個室の薄いベニヤ板の扉、ロビーの大きな泥緑の水槽。これ、完全に」

「だから釣り人用の宿であるのだな」

「でも、女の子ですよ」

「我々もそうなのだな」

「でも、あまりにも標準外ですよ!」

「うむ、たしかにそうなのだが」

 総裁は、うなずいた。

「標準的な女の子として、標準的な旅で、標準的な楽しみでは、いかにもつまらぬ」

「ツマラナイって……」

「まあよい。彼女たちが判断するであろうから。御波くんは自分の課題、実録旅行記の執筆をがんばるのだ」



 そのころ、新入生の部屋では、3人の新入生が、互いにこの旅の予想外なことに、顔を合わせてため息をついていた。

「この旅、変だよう」

「このお宿、なんか心細いー」

「お金がないのは、クビがないのと同じなのかなあ」

 波音の中、夜は更けていく。



「あちゃー、大洗ガルパン旅行、いきなり厳しい展開です!」

「しかも1日目の宿までだけで、ガルパン聖地巡礼は後半でやるの? ヒドイっ!」

「うむ、読者の想定内のことをしても仕方がねいのだな」

「総裁、それにしちゃ、あんまり……」

「ともかく、次回、第8話『夕陽の奮闘』、って、戦っちゃうの? ナニと? ええっ!」

「続くっ!」 


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