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第5話:君、幸せになり給へ

 明るく照らされた春の海老名高校の長い廊下を、踊るように走っている女子高校生がいる。

「誰よ? 廊下は走っちゃダメなのに」

 ツバメが口を尖らせて部室のドアを開ける。

「! 近っ!」

 その小さな鼻同士をぶつけそうほどの目の前に、1年生部員・アヤがいた。

 走ってきたのは彼女だ。

「作品、載りましたー!」

「えっ」

 その手には老舗鉄道模型誌のページが開かれていて、そこにアヤの名前があった。

「えええええええっ!」


「高校1年生で『Nゲージマガジン』じゃなくて『鉄道模型趣味』本誌に作例が載った例って、すごく少ないはずよね」

「それも2ページももらって」

「まさに超高校級……」

「うむ、これならわが鉄研も甲子園を」

「狙えません」

「全国大会も」

「狙えません」

「ダメ金でもいいから」

「もうっ、『響け!ユーフォニアム』にはまるとか、キラ総裁、アニメにはまりやすすぎですよ」

 そう言いながら、ツバメはむむ、と口をつむる。

「正直、この私も嫉妬しそうなほど素晴らしい出来のセクションレイアウトですわ。何気ない小川にかかるPC橋に高架という、変哲もないただの直線の複々線区間なのに、あまりにも雄弁で素晴らしいリアルな作りこみ。

 繊細さが橋の最大の魅力だと思っていたのですが、そのためには鉄橋を選択しての作り込みが定石と思っていたのに、まさか橋の上の線路としてラダーフレーム軌道やスラブ軌道を自作してPC橋をこれほどまでに繊細につくり上げることができるとは。

 私も発想が若干硬直していたと蒙を啓かれる思いですわ。たしかにそういう区間も小田急の多摩川橋梁などにありますが、それをこの短さに凝縮するというアレンジの能力の高さ」

「この高架線の上の砂利バラストも主張が強すぎない……まさか、定番の会津バラストを撒いていない?」

「ええ。そういうスプレーがあるんです」

「そして高架脇には機械式立体駐車場とそれをそなえたマンションがいい背景になって奥行きを感じさせている。エッチングパーツ自作とか、ほんと、超高校生級。高架下にはまた繊細に作りこまれた自転車駐輪場。雑然としているけど、この雑然は精密・正確に作られた上で演出される独特のリアルな雑然さ。模型的な雑さとは全く違うもの。

 それと対比するように旧市街的なシャッター商店街も一部作られていて、それが最近高架複々線化が行われたと思わされる踏み切りの跡とともに、この区間だけでこの鉄道の歴史と時代をひと目で感じざせてしまう。

 まったく、技術も発想も、感服するばかりですわ」

 詩音も感嘆する。

「実物は?」

「明日持ってきます。ぜひ憧れの先輩たちに見てもらいたくて」



 翌日。

「持ってきましたー」

 とアヤはケース入りのミニセクションジオラマを手渡そうとする。

「!!!」

 精巧な自分の作った模型ジオラマをあまりにも無造作に渡すので、鉄研の他のみんなは、一斉に固まってしまった。

「片手でなんてダメ!」

「いえ、ペーパー工作中心に軽量に作ってあるので」

「そういう問題じゃなくて!!」

「ちゃんと接着確実にしてあるんで、これは逆さにしても」

「わーっ!! やめて!! 心臓に悪い!!」

 みんな慌てる。


「すごい。実物はやはり写真と違うわね」

「素敵!」

「とても綺麗に作ってありますわ!」

「うむ、まるで経験豊富な熟年モデラーが女子高生の中に入って仕上げたような、工作仕上げのの円熟味である」

「キラ総裁も昭和のおっちゃんが中に入ってるわよ」

「そんなことはねいのだな」

「ツバメくんも感想がありそうであるな」

「わ、私は車両模型中心だから」

「そこはツバメくん、正直に言いたまへ」

「正直、ね」

 ツバメはちょっと考えて、テヘッと笑いながら言った。

「後輩相手なんだけど。

 『悔しくて死にそう』」

 みんな爆笑した。

「ほんと、刺激強いですね」

「うむ、我が艦隊の新造艦は強力であるな。これなら甲作戦突破も視野に入るのである。

 もし嫉妬が生まれたとしても、それは向上心に変え、ますます各員、一層奮励努力、技量充実されたい。

 では、ここでアヤくんの雑誌掲載祝とともに、週末に貸しレイアウトで模型技術向上のための、部員総員による模型運転会を開催したいのであるな。

 企画と運営の幹事は御波くんとアヤくんにおねがいするのだ」



 帰り道。

「すごいね。あなたの模型。素晴らしい腕だわ」

 御波が褒める。

「でも、家遠いから、模型は作れるけど、うまく幹事できないかな、って」

 そりゃそうだ、愛川町の半原といえば、御波たちの高校よりもダム湖のほうが近い。

「だからこそ、そのやりかた覚えなきゃ。いつまでもお客さんみたいにお膳立てしてもらっててはダメよ」



 御波は家で車両の整備をする。

 室内灯のチラツキはみっともないので通電確認、不良部分の洗浄をする。

 動力車の動力ユニットの動作も確認する。

 前照灯、尾灯のチェック。

 そして、持っていくお気に入りの車両を選ぶ。

 まるで、パーティーにいく女子のように。

 いや、彼女も女子なのだが、それ以上に模型テツなのだ。

 そのとき、ケータイの着信音がした。

 アヤからメッセージが来たのだ。


アヤ>先輩、先輩の模型を見て、私は模型鉄になったんですよ。

御波>そうなの? 私よりずっと

 そこで御波のフリックの手が止まった。

   >ずっとうまいじゃない。

 送信を押した。

アヤ>でも、先輩には多分かなわないと思います。

    たまたま私のほうが、運が良かっただけです。


 ほんとうかな。


御波>そうでもないわよ。

アヤ>でもほんと、たまたま中学の先輩の模型サークルが、推薦してくれただけなんです。

御波>でも、いくら推薦してくれたって、現物がうまく作れなきゃ、掲載はされないでしょ?

アヤ>そうですか? 私は、先輩の去年の高校生コンベンションの模型に憧れて、がんばったんですよ。

   >先輩も、推薦受ければ掲載されますよ。


 御波は考え込んだ。


御波>ありがとう。でも、私には、私のペースがあるから。

   >ともあれ掲載おめでとう。よかったわね。いい後輩ができて、嬉しいわ。

アヤ>ありがとうざいます!


 そして、可愛いスタンプが送られてきた。


 それを見ながら、『あ、幹事のことまた言い忘れた!』と思ったが、その代わりに、御波は深い溜息を吐いた。


 ああ、私はバカだ。



 そんな夜を過ぎ、運転会の日が気た。

 車両ケースを持って、みんなが集まった。

 みんなで電車に乗る。

「希望が丘のレンタルレイアウト『グリーンカブース』よね」

「そうだよー」

「最近、相鉄の特急運転開始で希望が丘止まらない列車もあるから、気をつけなきゃ」

「うむ、そこは特急にさえ乗らなければよいのである」

「そりゃそうだけど」


 そして、レンタルレイアウトの受付をしに、御波とアヤがカウンターに行った。

 ところが、お店の人が言うのである。

「あれ、そういう予約、受けてないけどなあ」

 

「え、予約してなかったの!」

「だって…いつもは一人だから」

 アヤはそう言い訳をする。

「9人も一度に運転するんだもん、予約するの当たり前でしょ!」

「でも、だって」

「『でも』も『だって』も、ないわよ!」

 その騒ぎに、お店の表で待っていたみんながやってきた。

「御波ちゃんとアヤちゃん!」

「まさか、予約忘れ?」

「やってくれると思ってたのに」

 向かい合った御波とアヤの声が揃った。

「うむ」

 キラが何を言いたいのか、御波は察した。

 上級生なのに、ちゃんとアヤに教えられなかった!

「でも、この大荷物でどうしよう」

「立ち往生だよう」

「ここは迅速なる『転進』の判断が必要であるな。

 鉄道食堂サハシの子であり、飲食に詳しい華子くん、君にはアイディアがあるのでは?」

「はい! こんなこともあろうかと、近所のファミレスを偵察しておいてあります!」

「本当?」

「そうですよー」


「すごい! このファミレス、この時間なのに席結構空いてる! それにテーブル大きいし!」

「これだったら、模型広げて見ながら甘いモノ食べたりできるわね」

「ドリンクバーもある。まさに急転直下で模型テツ女子会開催なのである」

「でも、よく調べてあったね」

「はいー、だって、うちの食堂の商売敵だもん」


 みんなは席について、ドリンクバーとスイーツを頼み、飲み物片手に模型を見せあった。

「いいウェザリングねえ。ほんと、リアルに、綺麗に汚してあるわねえ。日本語的に変だけど、そう思う」

「先輩のも。インテリアシールが綺麗に貼られていて、すごくリアルです!」

 美味しそうにみつ豆を食べながら模型を見せ合って話しているアヤを、御波は複雑な気持ちで見ていた。


 あんなことになったのに、ちっとも反省していない。

 みんな、あんな遠くまで、ただ重たい模型のケースを運んだだけになりかねなかったのに。

 華子ちゃんのフォローがあったとはいえ。


 この子、何考えてるんだろう。

 ……考えてないんだ。

 ああ。

 この子には結局、何を話してもムダだ。


 でも、御波は、何も思っていないように、話を続けていた。

 にもかかわらず、アヤの模型が秀逸であることは、どうしても否定できない。


 そして、その会は解散した。

「一時はどうなるかと思ったけど、楽しかったね」

「またね!」

「うん!」

「今度は予約しっかりして、走行会ね!」

「そりゃそうよねえ」



 鉄研、やめるしかない。

 キラ総裁に、もう、迷惑をかけられない。


 電車に吸い込まれそうになる。


 そして、帰りの電車とバスの中で、模型を入れたケースが、すごく重たかった。


 家に帰っても、YouTubeで人身事故の動画を繰り返し見てしまうほどの、極度のうつ状態だった。


 もう、死にたい。


 ありがとう、ここまで、みんな。



「おや、御波は休みか」

 鉄研の顧問でもあり、クラス担任でもある舘先生が朝、声を上げた。

「おかしいなあ、御波ちゃん、あんまり休まないのに」

 そう話す相手のキラ総裁は、また瞳に狂気を宿したまま、微笑むばかりだった。


 御波は、そのころ、一人でJR海老名から相模線に乗っていた。

 そこから八王子、さらに武蔵野線に乗って行く。

 考え事をしながら。

 いつもの大回り乗車のようだが、表情はまるで違った。

 こんなに模型も、鉄道も好きなのに。


 空の色が、あまりにも不自然に見えた。


 そして、首都圏のJR線を一筆書きで回った彼女は、JR厚木駅に着いた。

 ここで大回り乗車はおしまいなのである。



「あれ、御波は今日も休みか」

 朝礼で、舘先生も不思議がっていた。

「キラ総裁、御波ちゃん、何かあったのかな」

 キラは口を開いた。

「そういうときもあるのだな」

「え、そういうとき?」

「うむ。心当たりはある」

「……まさか。捜しに行ったほうが」

「む、そこまではいらぬだろう」

「なんで分かるんですか」

「エスパー4級」

「もうっ、冗談言ってる場合じゃないですよ!」

「では、まじめに言うてみるか」

 総裁の瞳に、青い炎が宿った。

「御波くんと同じジレンマを、技量というものを巡って、人は皆、体験するのだ。

 そこに気づけるかどうか。

 これは今の御波くんにとっての、大事な試練なのだ」

「試練、って。そんな可哀想なこと、待ってられません!」

「ここは落ち着くのであるな。

 御波くんは、やや成長が早いのだ。

 だからこそ、ここをのり切ることを、見守るほうが彼女のためなのだ」



「御波は3日続けて休みか」

 舘先生は考え込んでいた。

「御波ちゃん……」

 案じて強い不安を口にするツバメに、キラは力強く言った。

「大事な試練のさなかの御波くんを、信じてあげるのだ。

 それが、我々にできる、最大のことなのだ」



 そして、御波は、放課後の部室で、私物を片付けようとしていた。

 その傍らの机の上には、『退部届』とボールペンで書いた封筒。


 そんなとき、彼女の眼に、壊れかけのジャンクの建物模型が、入った。


 こんなに悲しいのに、

 どうして、可哀想なジャンクの模型を見ると、

 直して素敵に蘇らせたくなっちゃうんだろう。


 ドリルを入れるチャンスは一回。失敗したらこの建物キットの全損になる。

 回路はカオルくんに聞いたやり方でやれば間違わないはず。

 LEDは足の長いほうがプラス。

 CRDは線がある方がマイナス。

 LEDテスターで回路の確認。


 本番用電源、接続。

 おねがい、壊れないで。


 作っていくうちに、手に念がこもっていく。


 柱と梁は、この垂直水平じゃ、ダメ。

 雑い、雑い、まだ雑い!


 何度も工作をやり直す。

 そのたびに、どんどん夢中になっていく。


 でも、でも。

 心が震えて、わなないている。

 悔しいけど、私は、どうやっても、鉄道模型が好き。


 そこに、いつの間にか、キラ総裁がいて、壁に寄りかかりながら御波の工作を見ていた。


 御波は口にしていた。

「いくらアヤがあんなでも、アヤの作る模型の素敵さを否定出来ない私がいる。

 頭の中で、作る人と出来上がったものの良さが、繋がんなくて頭がおかしくなりそう。

 それなのに。

 なんで、私、ここに座っているんだろう。

 なんで、私、見ちゃうんだろう。

 なんで、私、そして作っているの?」

 御波は、独り言を言いながら模型を作る。


 キラは、壁に寄りかかって工作を見ながら、言った。

「それが、テツの血なのだな」

 その瞬間、キラの髪の動輪のバレッタがきらりときらめき、御波ははっとした。

「アヤの技量は確かなものであるが、しかしそれが雑社会能力と比例するものでなくてもしかたのないことなのだな。

 当人がそれに気づくまで、任せぬのが、彼女のためでもあろう」

 キラはなおも続ける。

「にもかかわらず、ワタクシと関わるものは皆あまねく幸せになる。

 そのためにこそ、ワタクシは幸せにならねばならぬ。

 そう、先に旅だった弟と約束しているのであるな。

 御波、君もそうなのだ。

 キミ、幸せになりたまへ」

 御波はそれを聞きながら、その言葉を噛みしめる。


 アートナイフはどこやったっけ。

「はい!」

 手渡ししてくれるのは、マヤだった。

 えっ、いつの間に?

 つる首ピンセットは。

「どうぞ!」

 カナが手渡す。

 拡大鏡は。

「かけてあげるわ」

 華子が用意し、御波にメガネ型拡大鏡をかける。

 はんだごて。

「はい、温度320度予熱済み」

 カオルがこて台ごと差し出す。

 資料写真は。

「出してありますわ」

 詩音がiPadを見せる。

 エバーグリーンプラ棒H断面2ミリ。

「これね」

 ツバメがパスする。


 そして。

 流しこみタイプ接着剤。

「先輩!」

 アヤが用意した。


 みんなで御波の周りを囲んで、彼女の手によって出来上がっていくオリジナル建物模型を息を呑んで見つめている。


「もうちょっとで終わるわ」

 御波はそう言いながら、最後の確認をしている。


 そして、仕上げの墨入れグレーを吹きに、スプレーブースに移動した。

 乾燥機に入れ、乾燥させてから取り出す。


「できました」


 息を吐く御波に、みんな、うなづいた。

「さすが先輩!」

 アヤがそう声を上げた。


「すごい! 完全電飾化した街並みコレクション!」

「ほぼ既製品なのに、ここまで作り込めるなんて!」

「すばらしい出来ですわ!」

「グーッジョブ!」

「素敵!」

「秀逸な出来だねえ」

「まさにスゴワザ!」

 みんなが褒める。


 そして、ツバメが言った。

「こんないいの、作れるじゃん、まだまだ」

 そう言いながら、ツバメは模型を覗きこむ。

「だから、何があっても、鉄研と、鉄道模型とテツをやめないで」

 御波は、顔を上げた。

 その目には、涙が浮かんでいた。

 それに、ツバメは、彼女の鼻を指で押して、言った。

「やめたら、マジで泣くぞ!」


 みんな、笑った。

「泣くよ、ボクも!」

「ぼくも泣くー!」

「そんなことがあったら、悲しみに胸が潰れてしまいますわ!」

「詩音ちゃんの胸は大きいから潰れないわよ」

「ネタがゲスいわよっ!」

「ドキがムネムネなのであるな」

「そのネタは古いっ!」


 御波は、頷いた。

「うん、やめない」

 言葉が続いた。

「だって、同じものを目指す、仲間がいる」

「そうであるな」

 キラ総裁がそう首を縦にした。

「そして、やめようがないものが、我々の血に根ざした、真のテツ道なのだから」



「ところで、ここでまたみんな、実はすっかり忘れておるな」

「なんか、ここ数回、まともな青春ドラマになっているわねえ」

「うむ、これは実に由々しき大問題である。

 ワタクシの眼が左右で違ううちは、小説ドラマなんかやらせはせん、やらせはせんのだな!」

「えええっ、キラ総裁、オッドアイだったんですか!」

「さふである。よくあるダメなラノベのキャラと思われるのが嫌で、片目にカラーコンタクトを入れて、同じ色に揃えているたのだな」

 そうすると、キラは片目からコンタクトを外してみせた。

 たしかにサファイアとエメラルドの眼である。

「なんでそんなめんどいことを」

「力入れるところ間違ってますわ……」

「もともとワタクシは著者の技量を信頼してはおらぬのだな。

 故にすなわち、ここは著者にクレームを入れるべきところである」

「ええっ、著者にクレームつけるキャラクターって、これまでいたっけ?!」

「いなければ、それにワタクシがなればよいのである」

 といって、キラ総裁はiPhoneを取り出した。

「あ、著者さんですか? いつもお世話になってます。

 キャラクターのキラです。どうも。どうも。

 ところで、この『シーズン2』は、いったいどういうことでしょうか。

 ちょっと、『シーズン1』とかなり毎回の展開の感じが違うんですが。

 まさか、まさか、まさか、ですけどね?

 まさか、これって、『ネタ切れ』ってことは、ないですよね?」

「キラ総裁、著者にダメ出ししてる……」

「いくら身辺にいろんなことがあったり、青春についての考え方が変わったとしても、この展開は大本の趣旨と違うのではねいかと思うのですが。ねえ」

「ほんとに著者にクレーム入れてるよ……キラ総裁」

「さふですか。以後気をつけてくださるようにおねがいします。

 この信頼を毀損した場合は、ええ、ええ。

 わ か っ て ま す よ ね?」

「著者を脅しさえしている……!」

 そこでキラは電話を切った。

「うむ、完了である。

 だいたいにおいて、著者は『操縦してなんぼ』であるのだな」

「ヒドイ……」

「『課金もせずに文句とな!』とも思うのであるが、我々はすでに著者に多大な貢献をしているのであるから、言う権利はあるのだ。

 多くのシナリオでキャラクターがよくそのことを失念しているのである。うむ、万国のキャラたちよ、立ち上がれ! 連帯して自由を手に入れよう! なのだな」

「ああああ、もうワケガワカラナイヨ!」

「ヒドイ! ヒドスギル!」

「これこそ読者大激怒もんですよ!」

「うむ、そこは今から時間を巻き戻して、読者の皆さんに了解をえるべく、この小説シリーズ冒頭にエンドユーザーライセンス合意(EULA)の文言を入れに行くのであるな」

「そんな! コンピューターソフトじゃないんだから!」

「めちゃめちゃです!」

「まあよいではないかよいではないか。著者は最近取材旅行と称して修善寺や大阪に行って遊び狂っておるようであるからの。どっちみちその尻を叩かなければ良い小説にはならぬのだ」

「キラ総裁、ドS……」

「うむ、そのうち軌道修正が図られるであろう。少し期待することであるな」

 そういいながらキラはコンタクトをはめて、ふたたび普通の両目になった。

「大体において、時間を超えて宇宙の始まりを作りに行ったり、タイムマシンの開発後の時間自由化の時代で時間海賊を追い詰める女性サイズ女性型戦艦シファなどというものを書いたりしている作者であるからの。このままほうっておくと先行きが不安なのだ」

「十分不安です!」

「ああ、キャラにクレーム入れられる著者ってなんなの……」

「ヒドイっ!」

「うむ。これでよい」

 キラ総裁はそう言うと、口を開いた。

「では、久しぶりに食堂サハシ、華子くんのおうちに食事に行くのであるな。

 アヤくんの掲載祝いをあらためて、と、御波くん復活を祝して」



「はい、食事券に入鋏しますよー」

 お父さん自作の切符を模した食事券に華子が改札鋏を入れるのを待って、みんなが並んでいると、店のマスター、華子のお父さんが調理の手を一瞬止めて、言った。

「今日は最後に特別メニューがあるよ」

 お父さんはすごく嬉しそうだった。

「なんだろう?」

「まず、食べましょうよ」

「うむ、著者にクレーム入れたりしてお腹が空いたのである。任務続行のためには特別食が必要なのだな」

「キラ総裁、それ『艦これ』じゃなくて大昔のゲーム『提督の決断』ですよ」

「ぜったい昭和のおっちゃんが、以下略」

「略さないの!」

「ええー!」

「ええー、じゃありません!」

「ええよー」

 ずるっとみんなコケる。

「新喜劇かっ!」

 すかさずツッコミが入る。

「相変わらず君たち元気だねえ。はい、前菜」

「なんですかこれ」

「グリーンアスパラのアニスシード入りビシソワーズスープ」

「えええっ! こ、これ、本物のフランス料理!」

「A級グルメ!」

「特別メニューて、これ?」

「おとーさん、昔、一流ホテルにいて、そのあと日本食堂の食堂車クルーの養成係になるとこだったのよ」

「すごい!」

「まあ、そんなのは昔の話だよ」

 ちょっと照れたお父さんに、詩音が口にする。

「ああ、ほんと、私の家のコックが作るのに引けをとらない滋味ですわ。冷製スープのこのうっすらと緑なのが実に品があって素敵です。美味しいですわ!」

「そして、メインは、うずらのオーブン焼き」

「ええっ、うずら!」

「こんな大衆食堂になんで? って思うだろう?

 でも、料理にはA級B級があっても、腕にはAもBもない。うまいか下手か、それだけなんだ。

 だから、俺は料理の技量を維持するために、こういうのも時々作るんだ。

 自分で自分の限界作りたくないからね。ただでさえ、年取ると限界が迫ってくるから」

 みんな、感心している。

「このうずらのオーブン焼き、どうやって食べるの?」

「ハーブやレモンを詰めての丸焼きであるから、手で解体が正解であるな。

 ワタクシのようにやれば解体は綺麗で速いのである」

 すっすっす、とキラが解体していく。

「すごい! どこで知ったの?」

「ワタクシの実家では兄上とともにこういう料理に慣れさせられたのであるな」

「あの海上自衛隊に入った、月と書いて『ライト』と読むお兄さん」

「さふである」

「……キラ総裁の実家って」

「うん、謎すぎる」

「じゃあ、次は春のサラダ」

「そら豆が入ってる!」

「おしゃれ!」

「うむ、さすがの春の演出なのである」

 そして、さらに運ばれてきた。

「はい、食後のデザートのクリーム・ブリュレ」

「ほんとだ!」「すごーい!」

「A級グルメ!」

「はは、採算取るの大変だけどな」

 みんな、口にする。

「美味しいです!」

「よかった。このレベルをあのころのブルートレインで出したかったなあ」

「出たらよかったですよね」

「まあ、新幹線にはかなわないさ。こういうの作ってお惣菜に出すデパ地下で買ってからのりば行っちゃえば、温かいうちに285キロでその日のうちに着いちゃうんだもの。勝ち目はなかったんだ」

「スピードって残酷ですね」

「でも、便利になったさ。

 この世の中は、どうやっても便利さに蓋はできない。

 そして、勝ち目のない戦いを、ただ屈服するためにやるのは馬鹿な話だよ」

 みんな、お父さんの聞きながら食べている。

「さて、食べ終わったね。

 ここからが特別メニューだ。

 さあ、2階に上がろう」


「すごい!」

「2階レイアウト、復活したんですね!」

「うん。君たちの夏のコンベンション展示のコーチをした古川さんと、舘先生が手伝ってくれたんだ。

 まだ鉄道カフェ営業はできないけど、かわいそうなレイアウトと思ってたから、よかったよ。

 君たち、鉄研のおかげだ」

 みんな、ちょっと照れた。



 また、クラクションとは別に汽笛を鳴らせる食堂サハシの送迎車で、みんなは送ってもらった。

 その車内で、話は続いていた。

「鉄研やってて、よかったね」

「そりゃもう」

 運転する華子のお父さんは笑う。

「キラ総裁がいるおかげ?」

「さふではない」

 キラは、そこで否定した。

「あの時だな。

 あの入学の日に、御波くんが早速の鉄オタいじめで泣かなければ、私の『アイタ クチガ フサガラナイー』は、おそらく発動しなかったのだ」

「ええっ、まさか、鉄研創部って、ノープランで!?」

「恥ずかしながら」

「えええーっ!」

「でも、結果、皆と楽しく過ごし、今その次のステップに行こうとしておる。

 まさに弥栄なのであるな。

 そして御波くんも、少したくましくなりつつあるようで、慶賀慶賀奉祝奉祝」

「そんなこと」

「ねいであるか?」

「い、いえ」

 御波は言葉に詰まった。

「まあよい。君も鉄研部員なのだ。その自覚を持ち、自己の充実に励み給え。

 そして。

 君のおかげで、ワタクシも斯様に幸せになれたのだから」」

 キラ総裁は、いった。


「君、幸せになり給へ」


 御波は、改めて、深く頷いて、言った。


「うん、私、幸せになる!」



<次回予告>

「まさか、あんなことになるとはねえ」

「御波は気にしすぎなのよ」

「てへぺろ」

「うんうん、それでいいの」

「そして次回、第6話『受けて立つ鉄研』……って、まさか、挑戦者が!?」

「うわあ、私たちで対抗できるの!?」

「うむ、全部員、総員第一戦闘配置なのだ」

「そんなことが? ええええっ!」

「つづくっ!」

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