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第4話:空虚なる襲撃者

「新年度!」

「新学期!」

「新入生!」

「そして模型の新車導入!」

「ないよ」

 カオルの言葉に『がくっ』とみんな落ち込む。

「だいたい、部費を使い過ぎなんですよ」

 部室に集まったみんなの真ん中で、カオルが帳票類を繰りながら口をとがらせる。

「しかし、高校の部活でバランスシートとかフィナンシャル・プランニングまでしてるって……」

「そりゃ、せっかく新入生入れたんですから、サスティナブル、事業を継続できるように計画をたてるのは当たり前ですよ。だから備品全部帳簿にして、NPO設立できるぐらい書類整えたんですから」

「ええっ」

「NPO法人・海老名高校鉄道研究公団を立てるつもりです。それぐらいしないとヌルいです」

「なにこの無茶苦茶なやり過ぎ感。ところで、カオルちゃん、あなた、将棋会館の奨励会に入っていた棋士の卵のはずでは」

「それが、鉄研活動のやりすぎで、将棋の研究が足りなくて奨励会で降級しちゃったんだって。その腹いせに会計洗いなおしを」

「腹いせにやることかな」

「とにかく! このままでは座して死を待つジリ貧ですよ!」

「ぬ? 部員9倍増計画の成就した現在、我が鉄研部員は90人を超え、部活補助費は潤沢なはずなのであるが」

「90人と言っても名目上ですよ。それに、部活補助費以上に使ってますから!」

「そうよね、遠征費用も大変だし、DCCデコーダーとかも高いもんね」

「配線間違えて、いくつかハンダ付け後に焼いちゃったし」

「そうなると交換してもらえないもんねえ。いくらメーカーのKATOが神対応してくれるっていっても」

「でも、新車がほーしーいー! 特に私達鉄研のマスコットになるようなのが」

「Nゲージでいいですから、動きの面白い蒸気機関車とかほしいですわね。

 厚木市森の里公園にあるギースル・エジェクタ装備のD51 1119号機の完全再現とかいいわよねえ。1119号は戦時型D51なので蒸気ドームが簡略化されたかまぼこ型ですし、炭水車も一体構体として鉄材を節約した船底テンダですもの。あのテンダの台車も貨車みたいな台車で、いかに苦しい時代の生まれかと思わされるあの凛々しいお姿……。ああ、なんともシビレマスわー!」

 詩音はうっとりしている。

「でもあれは厚木だからねえ。海老名と言ったら電鉄のご本尊、初代ロマンスカーSE車をやはり……」

「マイクロエースから出てたけど、あのメーカーの製品、故障させると修理対応しかしてないから、すごくしんどいんだよね」

「ここはひとつ、急転直下発売された原型NSEのように、KATOにもうひとつ、SE車も作っていただくとか!」

「だーかーら、買うお金がないんですよ」

 カオルが留める。

「うぬ、ここはひとつ、我が水雷戦隊の実力行使、我々が肉体労働で増収を図るしか」

「それって水着姿になって、お客さんの車を手洗い洗車するってやつですよね。なんの映画ですかそんなネタ」

「たぶん『チアーズ』(2000年)だったような。ともかくアメリカのハイスクール部活ものであったことは確かなのである」

「2000年って、私達まだ生まれてないじゃないですか! なんでそんな映画を」

「レンタルDVDのワゴンにあったのでな」

「今はレンタル映画はウェブ配信の時代ですよ! 今どきレンタルDVDショップとか、昭和の感覚ですよ!」

「キラ総裁、絶対中身昭和ですよ!」

「うぬ、これでも平成生まれなのであるが。そこで水着であるが、ワタクシは秘していた『あぶないみずぎ』を出動させるとして」

「私はレイヤーの名誉にかけて、もっと過激なネタに走りたいです! 『ぜかまし』完全再現とか!」

 マナは興奮している。

「え、『しまかぜ』? あの『エロぴょんぴょん』?」

「『エロぴょんぴょん』言わないのっ!」

「いや、今だったらむしろあの『謎の紐』の『ヘスティア様』とか?」

「あれはロリ巨乳でも過激さが足りませんー! むしろフロントジッパー競泳水着の方がいいですー」

「いいのかな」

「詩音ちゃんとアヤはお胸あるから、案外競泳水着で『たゆんたゆん』できるんじゃない?」

「ぃゃらしぃ~!」

 御波は変な声で顔を真赤にしている。

「カナと御波は王道のビキニ! スタイルいいからすごくいいわよ!」

「華子とカオルはビーチバレーのユニフォームが似合いそう! 健康的で!」

「でも、私は……」

 みんな、ツバメの言葉にはっとした。

「い、いや、ツバメちゃん!?」

「だって、私、72……」

「い、いえ! バスト72といえば『アイドルマスター』の如月千早さんとおなじ、め、『名誉あるバストサイズ』ですわ!」

「それにアイマスでは千早さんは歌唱の実力では随一ですのよ!」

「それに『72教』ってありますよ! むしろ神々しいというか、その胸がもはやご神体というか!」

「貧乳……」

「そんな事言っちゃいけません!」

「マナイタ……」

「ツバメちゃん、しっかり!」

 ずーんとツバメは落ち込んでいる。

「でも、現実問題、増収はなかなか難しいですわねえ」

「かといって遠征をケチるのもよくないし」

「はーい! 先輩!」

「なあに? マナちゃん」

「そこは、私たち鉄研の部誌がガツンガツンに売れれば印税が入って無問題ですよ!」

「ガツンガツン? そんな売れるかなあ」

「だって、電子書籍で年1000万円売り上げてる人もいるんですよ!」

「いいいいい、いっせんまんえん?!」

「ああ、マンガ家の鈴木みそ先生ね。あれは特別じゃないかなあ」

「でも、電子書籍の市場拡大は目覚ましいです! 事実、私のお小遣い、今は電子で売ってるコスプレ写真集で賄ってますし!」

「本当!?」

「ええ。結構バカにしたもんでもないですわ。それに、なんと言っても、電子書籍は一度発行してしまえば超ロングテール、品切れで増刷しなくても、在庫って概念ないから延々と地味に売れ続けるのです! 蓄積すればバカに出来ない額が地味に入り続けますよ!」

「さふであるか。うむ、一見迂遠ではあるが、確実な方法でもあるな」

「そこで! まず現状の部誌の拡販を狙って露出を増やしましょう!」

「あぶないみずぎ?」

「いやその露出じゃなくて。まず、ウェブで積極的な広報活動をしてみましょうよ!」

「おお、軟式ツイートであるな。公式アカウントと言いつつ、ウィットの効いたおもしろいツイートでファンを増やすという。企業や陸上自衛隊の地方連絡部などがやっているアレであるな」

「ええ。艦これネタとか古いアニメネタとかウケますよ!」

「うぬ、なるほどである」

 キラ総裁は口を改めて開いた。

「では、我が鉄研の電子書籍事業のさらなる充実を目指し、公式ツイッターアカウントを開設、それを実験的に運用してみるのもまた研究の題材として好適と思われるのだな」

「でも、あれ、案外難しそうですよ」

「うむ、そこはツバメくん」

「え、私?」

「とぼけてもダメであるのだな。ツバメ君も、いや、鉄研のほぼ皆がツイッターアカウントを持っていることは把握済みなのである」

「い、いつの間に!」

「確かに今どき、LINEやFacebookなどのSNSを活用しないのは航空支援なしに敵海域に突入するのと同じであるのだな。緊急時の連絡手段としても大変有用であるのは世に知られるところである。そして、ツバメ君と詩音くんがそれぞれの個人同人誌の拡販用にフォロワーをかなり獲得している。そのノウハウを我が鉄研公式ツイッターの軟式運用にも活かしてほしいのだな」

「……キラ総裁の直々の指名とあれば、がんばるしかないかなあ」

「うぬ、だがしかし、ツバメ君も大変だと思うので、同様にフォロワーを獲得しているレイヤーのマナくんと協力して、2人でがんばってほしいのである」

「そうね。じゃあ、マナ、よろしく」

「先輩! よろしくおねがいします!」

「うむ、部誌の拡販は長期目標としても、伝達手段の一つをまた手に入れたことは、とても弥栄なのであるな」

「がんばります!」

 マナとツバメの声が揃った。



”今、海老名で駅撮りしてます”

”ご本尊SE車の奉安所を遥拝しました。ファンにとって遥拝は義務(笑”

”が、その隣の車止めのやぐらにタイヤがくくりつけてありますね”

”コレ、模型で作りたいなあ”

「写真を添付すると、後々見るのも楽しいですよね」

「そうね。行動記録になるから、あとで部誌を作るのに役立つわね」

 ツバメとマナは一緒にスマホでツイートしながら、海老名駅の周りを模型のロケハンでウロウロしている。

「あ、またフォロワーが増えてる!」

「どんどん増えますね!」

「まあ、開設して間もないアカウントだからだろうけど」

「でも、あの内容充実の部誌出した鉄研の公式アカウントとなれば、必然的に注目度は高いですよ!」



「さて、ここで紳士のたしなみ、エゴサーチ、っと」

 そう言ってツバメはツイートの効果を確かめる。

「えっ!」

 表示されたツイートにマナは驚いている。

「やっぱり?」

 ツバメは少しも動じない。

「誰です、この変なこと書いてるアカウント? 貸しレイアウトで見つけたら邪魔してやる、とか」

「ああ、昔海老名で、入線してくる列車にフラッシュ焚いてたバカ、バカ、ヴァーカなクズ撮り鉄がいたのよ。たぶんそいつね。華子がその連中ともめちゃって、キラ総裁と私と御波ちゃんで撃退したの。1年たってもまだ根に持ってるのね。ヴァーカね、ほんと」

「そんなことが」

「でも、その撃退戦のとき、華子はまだ鉄研じゃなかったの。でもその場で華子、鉄研に入って、そのあとみんなで華子のおうちの『食堂サハシ』に行って、動けなくなるほど料理食べたのよ」

「あの歓迎会やってくれた食堂ですよね!」

「そうそう。あそこ、美味しいのよ。キラ総裁なんか、よその部活の助っ人に行く前はあそこで『体作る』って食べてるの」

「美味しかったです! でも、華子先輩のお父さん、キラ総裁のこと、『相撲の力士でもこんなに食べないよ』って泣いてましたよね」

「そうね。まあ、そういう楽しいことがあったから、こんなヴァーカは無視。絡んでくるだろうけど、スルーしちゃいましょう」

「でも、まだ絡んできますよ」

「絡み方もつまんないわねえ。スルースルー。根に持つくせに知恵もないという。まったく、救いようがない」

 でも、マナの目は真剣に燃えていた。



「ありゃ」

 ツバメが気づいた。

「なんか、うちの話題に絡んだヴァーカに立ち向かってるアカウントが出てきてる」

 マナは一瞬口ごもったが、「誰でしょうね」と答えた。

「立ち向かってもしかたがないのに。『ウェブの正義』なんて冗談みたいなもん。どうせ向こうは捨てアカウントだもの。追い詰めたらアカウント閉鎖して、またヘーキな顔して粘着してくるわ。リムーブ・ブロック推奨ってやつよ。相手にするだけ時間の無駄」

「でも、私たち鉄研のことがこんなにひどく書かれてるなんて」

「ああ、中途半端な責任感とプライドって、こういうネットじゃ邪魔なだけなのよね。そういうの、すぐ人質に取られるから。ほっとけばいいの。

 私達は鉄研、鉄道、それもテツ道を研究するのが本業なんだから」

「でも、フォロワー増えましたね」

「こういうつまんない言いあいがあると集まるのっているもんねえ。まあ、フォロワーは量より質だから」

 でも、マナの顔は、更に真剣だった。



「今度はこれ?」

 ツバメが見つけたのは、アップロードされた写真だった。

「えっ、これ、私たち鉄研のみんなじゃないですか!」

 マナは真っ赤になった。

「これ、盗撮じゃないですか!?」

「まあ、そのつもりなのかなあ。今どきこんな普通のJK(女子高生)の写真、どこにでもあるし、私達の目にモザイクわざわざ入れて、これで晒して脅迫してるつもりだとしたら、ヴァーカさ加減も、とことんだけどね。くだらないわ」

「でも、こんなことされて!」

「べつにいいんじゃない? いまさらどうとも思わないけど」

 ツバメはそれより、忙しそうにイラストを描いている。

「私はこっちのほうが忙しいの。まあ、ここから踏み込んできたら、それはそれだけどね」



「まだやってるのかー。暇だなあ、このヴァーカとこの謎のアカウント。

 ありゃ、さらに写真出しちゃったわね。

 これ、いい手じゃないのになー。ほらやっぱり、プチ炎上になってるし」

「ツバメ先輩!」

 そのとき、マナと同じクラスにいるカナが呼んだ。


「え、マナがクラスでも変? まあ、マナちゃん、変なのは元からだけど、って、ヒドイっ!」

「いえ、先輩、マナのケータイの通知がやたらと鳴って、とうとう授業中にも鳴っちゃって、先生に怒られてましたよ。マナちゃん、なにかに巻き込まれてるみたいで」

「ふーん」

 ツバメは、ちょっと考えた。

「よくわかんないけど、まあ、大したことじゃないと思うし、大したことになったとしても」

「ええっ!」

「だから、カナちゃんも、落ち着いて。こういうのは、冷静に対処すれば何でもないから。

 顔赤くしたほうが泥沼にハマるのはずっと昔からよ」



「ええええ!!」

 マナが震えるほど驚いている。

「え、どうしたの?」

「なんか、こんな」

「なになに? ”盗撮されたのであなたたち海老名高校鉄道研究部に対して法的手段に訴えます”……って? ヴァーカ、今度はこんな言いがかりかけてきたのね」

「法的手段って」

「ヴァーカほど法的手段っていうのよね」

 ツバメはため息を付いた。

「やってもらおうじゃない。ヴァーカにそんなのできるわけないのに。ほんと、身の程知らず。こういうヴァーカって、結局は内容証明郵便の出し方も知らないし、当然弁護士と相談なんて言うけどそれはただの脅し。弁護士相談がどれだけ高いか、弁護士さんがどれだけ頭よくて、くだらない金もないヴァーカ相手に時間使いたくないかもわかってないの。いつものこと」

「で、でも、これはキラ総裁に報告しないと!」

「そうかなあ。だって、別にスルーしちゃっていいレベルでしょ?」

 だが、その時だった。

「うぬ、斯様なことがおきておったのであるか」

 キラ総裁はすぐに察したようだ。

「む、これは大したことがねいのであるが、ややこしくなったら、取得したこの鉄研公式アカウントを閉鎖してもよいのであるな。まず部員、僚艦諸君の物理的な安全が第一である」

「でも、そんなことしたら、笑いものに!」

 マナがいうが、キラは不思議そうな顔で、答えた。

「誰が笑うのであるか? 意味がわからぬ。『笑いたい奴には笑わせればいいじゃないですか』、とはゆうきまさみ先生の『パトレイバー』にあるセリフなのだな。つまらぬことに過ぎぬ。ただ、コレ以上、実際の危害を加えるような予告があれば」

「先生と警察に相談ですね」

「うぬ、こういう場合はだいたい警察は役に立たぬ。ログを提出しろといわれ、こちらが二度と見たくもないやりとりの記録をプリントアウトさせられたりする。警察は事件になるまえには所詮は他人ごとという態度の役所に過ぎぬからの。

 先生を巻き込んでも、先生にこういうトラブルの対処の特別な手段があるわけでもない。結局、普通の対処を案内する程度であろう。

 所詮は下らぬネットというコップの中の嵐であるのだな。

 本業に勤しみ、斯様なことは限りなく放置に近く冷却をするのが上策であろう。

 第一、相手はクズなやつであることはわかっている。それ相手にこちらがプライドだの世間体だの名誉だのを守ろうとするのは、戦術的には下策であるのだな。

 まあ、いずれ終息するであろうから、放置でよかろう」



 そんな時だった。

 マナは、職員室に入っていくキラ総裁とツバメの姿を見てしまった。

 ――なんてこと!!!



「うぬ、マナ、何をしているのか?」

 キラ総裁がマナのノートPCを覗きこんで、マナは飛び上がった。

「ツイッターのアカウントの取得画面であるな」

「マナちゃん、君のやってること、ボクはわかってたよ」

 一緒にやってきたカオルのiPadの画面には、『経緯メモ』という文書が浮かんでいた。

「マナ、何やってんの?」

 ツバメがあきれるが、マナは顔を真赤にし、さらに震えている。

「私、……もう生きていけない」

「そんな重大なことかなあ」

 そこに、御波・詩音や華子、カナやアヤも集まってきた。

「なんか、私たちにはよくわかんないんだけど」

 すると、カオルが立ち上がり、将棋の大盤解説板の裏のホワイトボードに書き始めた。

「つまんないことなんだけどね、ほんと」

 カオルはサラサラと整理していく。

「マナちゃんが捨てアカウントを取って、ツイッター内でそのヴァーカに対抗し始めた。

 で、それでヴァーカの挑発に乗って、そいつの写真をアップした。手としては良くなかったけどね。

 ほいで、それでヴァーカにもうひとつアカウント取って対抗しようとしてた、んだよね?」

「何やってんの…‥」

 みんな、あきれる。

「だって、だって‥…憧れてたこの鉄研が、バカにされて、傷つけられちゃうんだもん……。

 先生に相談して話が大きくなるし、さらされて、きっと、私達、どこにも行けなくなる!」

「つまんないこと言わなくていいのに」

 ツバメはマナの背に手をやる。

「うぬ」

 キラ総裁は口を開いた。

「ところで。

 彼らがなにか具体的な危害を加える事ができうるのか?

 すでに物理的に存在する仲間がしっかりといるのに、なぜ斯様な単なる幻に近い有象無象に無用に心動かすのか、それがワタクシにはイマイチ理解できぬ。

 そもそも職員室に行ったのは我が鉄研の年間計画の相談の件であり、この件ではないのだな。

 それに、現実には世の中には金のない暇な人間がいくらでもいる。

 そして簡単な算数だが、2ちゃんねるのようなところでは、暇人5人が1日10回、48分に1回のペースで投稿するだけで合計1日50ポスト。たった20日で1000ポスト、1スレを消費してしまうのだが。

 まして暇人がそれぞれ15回、30分に1回も投稿すれば1日75ポスト、2日で150ポスト、13.3日、2週間で1スレが埋まる。それを1日実働8時間とすれば、投稿ペースは平均7分ヘッド。錯覚的に『炎上』のように見えてしまうのだな。

 たった5人でそれができるとワタクシも知った時はむしろ悲しくなった。少数の身近な馬鹿者によって斯様な誹謗中傷の劇が演じられているのかと思うと、心底、ワタクシの知名度の無さに絶望的になったのであるな」

「そうよ、マナちゃん」

「でも、鉄研、私、やっていけない……」

 ツバメは、ふう、と息を吐いた。

「ほんと、いい加減にしなよ!」

 ツバメが怒るとおり、みんなの空気がおかしなことになっている。

「うぬ。これでわが鉄研水雷戦隊の統率が乱れたとあっては、むしろそれが最大の損失であるな。

 そんなくだらぬもので心を動かしたせいで、斯様な損失を出すことは、ワタクシには理解できぬ。

 縁には深い薄いがある。薄い縁にこだわり、この鉄研の濃い縁を台無しにすることも理解できぬ」

 マナの顔に、キラ総裁は顔を近づけた。

「薄い縁は、はたして君に何かよいことをしてくれるのか?

 もしや、彼らが同じ鉄道ファンであるとでも思っているのであるのか?

 それならそれを大事にするが良い。

 だが、我々のテツ道は、彼らのいう鉄道趣味とは相いれぬものだ。

 故に、もう我々はキミの無用な動揺はフォローできぬ。

 しかも、そうキミが動揺するのは、動揺させる方と同類のところがあるのだと思われてもしかたのないこと。

 昔から『荒らしの相手をするのも荒らし』と言われているのだな」

「でも、刺す、とか、頃す、とか書かれてて」

「だいたい、そもそも我々がそれほどの存在であるのか?

 AKBだのHKTだの乃木坂だののアイドルグループでさえ、末尾あたりではもう意図的に追いかけなければ『誰?』の段階であろう。総裁であるワタクシですら、この口を閉じてしまえば、この世の中ではよくいる並みの女子高生に過ぎぬ。

 そして、刺すだの殺すだの言われてそうされるのも、今の世の中では、見ず知らずの通り魔だの基地外だのにそうされるのとは、『不条理なリスク』としてはほぼ同じなのだ。すでにこの世は不条理に十分満ちておる。

 ちなみにワタクシもさんざん、これまで処刑だの殺害だのレイプだのと予告されているのであるが、今さらそれを怖いとは思わぬ。むしろ煩わしいだけなのだ。

 リスク無しには何事も成し得ぬ。

 事をなす、理想とするテツ道の探求、追求のためには、つまらぬ斯様な暇な言いがかりの相手をする時間は、少しもない」

 キラ総裁は言い切った。

「ところで詩音くん、今月の部誌の印税報告が来ているはずなのであるが」

「あ、そうでした」

 詩音が調べる。

「まあ、なんとか振込がありそうです。でも、ツイッター開始以来であんまり購入は増えてませんわ」

「うぬ、炎上マーケティングとしてもいまいちであったのか。まあ、その程度であろう。閃光に目を奪われるものがいるとしても、真の読者はそれで揺らぎはしないのだな」

 マナはうなだれている。

「む、マナ、うなだれていても仕方がない。それよりも、これから出かけるところがあるのだ」

 彼女は、顔をゆっくりと上げた。

「せっかくのクールな顔だちなのに、斯様に過剰にアツく、ココロが幼く繊細だとは、意外であった。

 それはそれで発見なのであるな。今後が興味深い。

 いずれ君の『香椎2尉』とかのコスプレも見せてくれたまへ」

「でも、この件の責任が」

「責任?」

 キラ総裁は、アヤの言葉に、目を白黒させた。

「そういうつまらぬことは、一切考えていなかった観点であるのだな」

「観点」

「この件に、そもそも責任だの何だのが生じ得るとは、到底思えなかったのである」

 キラはそう言うと、アヤの方に手を回し、抱きとめた。

「繊細なのはよいのであるが、過剰に責任などと、ふりかぶることはないのだな」

 みな、思わぬキラ総裁の行動に、目を点にしてる。

「こう言えるのも、かつてワタクシも、幼き頃、このようなことで苦しんだことがあるからであるが」

 みんな、沈黙した。

「ええええ!!!」

「キラ総裁、ほんとは優しかったんだ!」

「いや、そりゃ、そうでしょ。アイタ クチガ フサガラナイーでも、そうじゃないとまとめられないでしょ、このみんなを」

「またボクをバカにするー!」

「いや、してないから。華子はそういうとこだけ敏感だよね」

「私はキラ総裁は、心根が優しいお方だと思ってましたわ。はじめから」

「ああああ、その理解力、さすが詩音ちゃん! 癒し系の本領発揮だわ!」

 御波が詩音に抱きつこうとする。

「カオル様! 私もこれを整理したカオル様の頭脳明晰さにメロメロです!」

「カナ、だから! そういうのはほどほどにしないと、また失敗するよ!」

 抱きつこうとするカナをカオルは振り払っている。

「うむ、また阿鼻叫喚である」

 と言いながら、キラ総裁は笑っていた。

「マナくん。このことは、本質的には、どうでもいいことなのだよ」

「本質的、って」

「うむ。テツ道の追求とは、全く別の話なのだ。

 では、その本質のために、ゆこう! 横浜へ!」

「えっ、これから横浜ですか?」

「さふであるのだ」



 一行は、相鉄線に乗車した。

「うむ、今のところ、やはりあのヴァーカで卑劣なる潜水艦なクズ撮り鉄は影も姿もないのである」

「そりゃそうよ。だって、いまさら見たところで、『それで?』 な話だし」

「まあ、ああいうのは例によってまともに運賃も払ってないかもだし」

「さふである。やはり課金は大事なのだ」

 キラ総裁はそういうと、みんなで乗った先頭車両で、耳を澄ませていた。

「うぬ? なんであるのか? いつのまに相鉄線で斯様なATCのようなベルが運転室で鳴るようになっておる。相鉄といえば相鉄形ATSではなかったのか」

「総裁、相鉄もATS-Pを入れたんですよ。JRに直通運転する関係と、相鉄形ATSが一部車両と誘導障害起こしている話があって、ATSを撤去してATS-Pにするって」

「さふであるのか。相鉄といえば直角カルダン駆動に油圧式のパワーウインドウ、車内の鏡、謎のセミクロスシート、乗客がセルフで操作する扇風機、台車の外でくるくる回っているブレーキディスク、日立式電磁直通ブレーキ、しかも抵抗制御へのこだわりなど、特色あり過ぎであったのであるが」

「それなのにブルーリボン賞取ったことないですよね」

「あと、シングルアームパンタグラフと菱形パンタグラフが編成の中で混在してたり」

「うむ、ワタクシはそんな相鉄が好きであったのである。蒸気機関車時代から気動車時代も経たその長き歴史、横浜駅開発の苦悩など、じつは大変思い入れの大きい会社の一つであるのだが、うむ、ここにも標準化の波が来ているのか。時代の波であるな。

 なるほど、沿線での工事も多い。相鉄もいよいよ新時代を迎えるのだな」



 そして、横浜についた。

「で、横浜といえば、今や模型テツの街なのであるな。

 貸しレイアウトも、中古販売もしている鉄道模型ショップ・ポポンデッタも、また原鉄道模型博物館も、そして老舗鉄道模型店IMONも全てある上に、行きと帰りに多彩な乗り入れ各線の列車の鑑賞もできる」

「まさに鉄道交通と鉄道模型の要衝ですね」

「そして、狙い目はコレなのである。うむ」

「中古鉄道模型!?」

「さふである。詩音くんならわかるであろう」

「確かにそのとおりですわ。走行不能のジャンク、ゴミ同然とされた中古模型をレストアして再走行可能にし、そのうえでディテールアップ、特定機改造……。まさにその無限の可能性に模型テツの空想と妄想が捗ってしかたがないのですわ!」

「そうだよねえ。たしかに、なければつくればいいんだよね!」

「さふである。買って走らせるだけが模型ではない。直して、作って、メンテナンスして、手を入れてこそ、自分のココロの車輌として愛着も湧き、また深く楽しめる。その奥深さこそ、鉄道模型の楽しみのまたひとつの重要な面なのだな」

「じゃあ、みんなで安くて状態のいいジャンクを探しましょう」

「さふである。これもまた楽しみのひとつなのだな」


「そして、ベース車体入手後は、ディテールパーツを購入するのであるな。

 各員それぞれにジャンク車輌を手に入れたのであるから、それに似合うパーツでディテールアップし、『第1回! チキチキ! 鉄研総裁杯ジャンク車輌再生コンペ!』開催なのである!」

「えー! 聞いてないですよー!」

「いやなのか?」

「いいよー」

 みんな、ずるっとコケる。

「でも、お金が少なくても、鉄道は楽しめるんですね」

「さふなのだな。身の丈にあった予算でも、楽しみは無限大なのであるな」

「それが趣味の王様といわれる所以ですのよ」

「そうですよね……」

 マナは、感じ入っていた。

「大事なことって、テツ道って、こういうことでもあるんですね!」

「うむ。理解してくれて嬉しいのである」

 キラ総裁は満足気に頷いている。

「じゃあさ、これからついでに原鉄道模型博物館もいって、みなとみらいでご飯食べましょうよ!」

「そんなお金無いですー!」

「模型で予算なくなっちゃいましたー!」



「と言いつつ、こんな横浜レンガ倉庫まで徒歩でウロウロしてしまっているのであるが」

「あ、あれは!」

「副顧問のだて先生と、顧問の小野川先生!」

「ままままま、まさか、ベイエリアで婚活!?」

「せめて『デート』と言ってあげましょうよ……」

「うむ、幸せを願って、我々はここはしずかにスルーするとしようかの」

 ところが。

「おーい! なんだ、君たち、こんなところで何してんだ?」

 舘先生が気づいてしまった。

「それは先生たちこそですよ」

「まあ、そりゃ、見ての通りだが」

「開き直らないでください!」

 みんな、笑った。



「うーん」

 舘先生は、横浜ベイエリアの洒落たレストランのレジで、呻いている。

「舘先生、ゴチになります!」

 みんな、小野川先生も含めて、舘先生に、ここでの食事を、この話をしながらおごってもらってしまったのだった。

 2年生6人、1年生3人、そしてちゃっかり小野川先生もまじって10人分である。

「お支払いは?」

 お店の人に聞かれた舘先生は、財布の中を5回見て、言った。

「カードで」

「かしこまりました」

 レジをしている先生の周りで、鉄研のみんなは楽しげに満腹感を味わっている。

「君たち、発育良すぎだぞ」

「『元気があってよろしい』と言ってくださいー」

「うーん、うーん」

 舘先生は、レシートをみて、言った。

「ごめん、出費のショックあるから、明日、休んでいいスか?」

 それに対して、みんな、声を揃えた。

「だめです!」

 舘先生は、かくっと肩を崩して、いった。

「だめだよねぇ」

 それに、また詩音たちが反応している。

「うむ、これもまた、動態保存の80年代なのである」

「今回のオチ、オレかよ……」

 舘先生は、そういいながら、支払いのレシートを受け取って、つぶやいた。

「まあ、いいか。すこし、みんな、成長してるみたいだし」

 そこに、鉄研のみんなから言葉が飛ぶ。

「先生、『ゴチ』ですから、おみやもありますよね?」

「うるさいっ!」

 これにはさすがに舘先生も半笑いながら、キレたのであった。



<次回予告>

「結局舘先生にはゴチになっちゃったわねえ」

「でも『独身貴族』だから大丈夫っしょ」

「いやその言葉自身ですでに80年代よ……」

「でも、なかなか新入生、大変ね」

「新入生入れようって言っちゃった私の責任かなあ」

「わああ! 御波ちゃん! そんなこと言っちゃダメ!」

「次回 『君、幸せになり給へ』 ああっ、もう、どういう話か想像もつかない!」

「つづくっ!」


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