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第3話:好きではすまない


 鉄研の部室に、またみんなが集まっている。

「というわけで、早速、われわれの新年度の初作業は、新入部員歓迎、かつ新年度を迎えての、新体制初の部誌発行なのである。

 うむ、例によって今回も部誌の編集長は詩音くんにしたいのだが」

「またがんばりますわ」

「その意気やよし! 全艦、詩音くんを盛り立てて、部誌新年度号の発行を成功させるのである」

「あいあいさー!」

「じゃあ、編集会議しまーす!」

 詩音の声に、みんながノートPCを持って集まった。

「いつものとおり、BCCKSの電子書籍、判型は10インチ版で発行します」

「実は前号を入学前に拝見してました」

 そこに、マナとアヤが口をそろえる。

「えっ」

「私はAmazonのKindleコーナーで見つけて」

「あたしも楽天Koboで。『あ、海老名高校鉄研の部誌がある!』って驚いて」

「買ってくれたの?」

「はい!」

 また声が揃う。

「読み応えあって良かったです」

「カオル先輩のダイヤ解説、すごかったです。

 ダイヤ設定の奥深さを拝見して、すごく感動しました!」

「あと華子先輩の食レポ、とても美味しそうでした」

「ツバメ先輩のイラスト、すごくカッコよかった」

「キラ総裁の巻頭も切れがあって、とても素敵でした。

 鉄道を楽しみ、楽しくするテツ道、大いに共感しました!」

「それと……」

 御波みなみはどきどきしている。

「御波先輩のエッセイ、すごくよかったです!」

「あの小田原駅のシーン」

「あ、『音読はやめて』って、御波ちゃん言ってたからね」

 ツバメが留める。

「はい!」

「でも、ほんと、嬉しいわね、読んでくれてる人がいるっていうの。

 じゃあ、記事の分担をきめますわねー」

 詩音が仕切る。

「今回人数が増えたので、その分みんな、密度と量を増量したいと思っています。

 よろしくおねがいします。

 表紙は定番のツバメちゃんのイラストでいきますよー。

 あと、前号の評判の良かったカオルさんのダイヤ詳細解説第2弾、よろしく」

「うん!」

「あと新入部員にも記事割り振りますので、集まってー」

「はーい」「はい」「お願いします」

「特に今回、発行予定の期日を早めますので、その点でもよろしくです」



「そういやさー」

 休み時間、クラスで部誌用のイラストを描きながら、ツバメが言う。

「詩音ちゃん、新入生のカナを編集補助にあててたでしょ。

 あれ、まずくない?」

「まずいかなあ」

 御波はそう答える。

「だって、カナ、カオル好き好きで入部してきたでしょ?

 ところでカナ、それで、何テツなの?」

「そういや、そのこと聞かなかったわ」

「アヤはユニトラックマニアの模型鉄、マナはレイヤーだけど……でもレイヤーは何テツなんだろ?」

「そうねえ。あ、カナは西武が好きって言ってたなあ」

「え、西武鉄道専門のテツ?」

「いや、西武の電車の椅子のフワフワが好きって」

「なにそのフワフワしたの」

 ツバメは呆れている。   

「なんか私たち、新年度になって、肝心なことを結構忘れてる気がするなあ」

 そう言いながら、ふっと二人の目は、いつのまにか、同じクラスとなったキラ総裁の方を向いていた。

 彼女は、静かに校庭の向こうの空を見つめている。

 その長い髪を束ねた動輪のバレッタが陽の光にきらめき、揺れている。

 小柄なその身体は、どこか『幼形成熟』のような、肉付きの良いむっちりとした健康美を描いているが、その顔はどこか憂いを帯び、若干の狂気を持っている。

 だが、クラスでこうして沈黙して空を見るその姿は、普段の『アイタ クチガ フサガラナイー』な鉄研総裁の姿とは全然違い、かなりの美少女に見える。

「見ちゃった?」

「見ちゃった」

 御波とツバメは言葉を同じくした。

「総裁って、ほんと、不思議よね」

「そうねー。弟さんの事があるにしても、どこか不思議」

「いうことは昭和のおっちゃんが中に入ってると言われても、否定出来ない感じだけどね」

「それより、『オリエント工業』の最新型の人形って言われたら」

「ツバメちゃん、それはいくらなんでも、ヒドイと思う……。でも一瞬、私もそう思った」

「総裁、未来からきたロボットなんじゃない? それだと説明つくわよ! アンドロイドというか!」

「いや、そこで説明ついてもしかたがないと思う、けど。

 それより、新入生の3人、たしかに素性がよくわかんない。

 なかでも、カナは心配だなあ」



 鉄研部員たちは、夜になって、PCを使った打ち合わせを行うのは去年と同様である。

「あれ、カオルくんは」

「なんか、カナちゃんと打ち合わせで取り込み中だって。

 だからこのGoogleハングアウトにも参加できないって」

「ほんと。熱心ね」

「熱心、なのかなあ」

 ツバメは否定的なトーンで言う。

「カナちゃんはカナちゃんで、ちゃんとやってくれると思う」

 御波はそういう。

「その根拠は?」

「だって、高校1年よ。もうそこまで子供じゃないでしょう」

「そうかなあ」

「で、ほかの進行状況は」

「そうね」

 詩音がまとめる。

「一応、カオルさんのダイヤ解説を軸に編成しようと思ってるので、ちょっとほかの記事との連携はまだ良く決められないの」

「それってまずくない?」

「いや、みんな忙しいから、こういう手順の前後は、どうしてもあるものよ」

「そうなのかな」

「うむ、そこは詩音くんの判断に委ねたいのである」

 キラ総裁はそう結論するが、ツバメは不満気だ。

「編集長は詩音くんなのであるから。

 それに、新入生も我々も、新学期劈頭の試験があるのだな。

 各自それぞれに時間をやりくりすることとなるので、それも留意せねばならぬのだ」



「さて、試験これで終わった、と」

「すごく手応え悪かったなー。これ、採点が怖いってやつよね。赤点必至」

「まあ、なんとかなるっしょ」

 クラスでそう言いながら、ツバメは私物のノートPCを広げた。

「……なにこれ……」

「珍百景?」

「いや、それじゃなくて」

 御波も覗き込む。

「これ、カオルのダイヤ解説記事の入るページでしょ?

 グチャグチャじゃない!

 しかもここ、内容が相違するから、私のイラストも描き直しよ!

 最終章の近いとされる『カシオペア』を題材としてつかうのか、定期運行が終わったあと、団体臨時として運転される『トワイライトエクスプレス』をつかうのかで全部違っちゃうじゃない!」

「ホントだ!」

「あっちゃー。ヒドイなあ。でもこれ、なんでだろ」

 そして部室に移動した、



「あ、詩音ちゃん!

 どうなってんの? このままだどダメだから、私の表紙、描きなおすけど……。

 でもこれ、正直、今からやっても、期日に間に合わないでしょ!」

「なんとか、します」

 詩音は苦しげに言う。

「あと、全然全体の打ち合わせしてないの、どうすんの?」

「それも……まだ打ち合わせられる段階じゃなくて」

「おかしいわ!

 期日までもう物理的にも時間が足りない。

 これじゃ部誌、ぜんぜん出せないじゃない!」

「御波ちゃん、ツバメちゃん、ごめんなさい!

 言いたいことがあったら、編集長の私に言って!」

 詩音は自分を責めている。

「……そんなの言えないわ。

 だって、詩音ちゃん、言ってもあなたがあなたの内心で処理しようとするだけだもの。

 言っても、詩音ちゃんがただ苦しむだけなのは目に見えてる。

 そんなこと、友達に対して、できることじゃない。

 でも、詩音ちゃん、まさか、他の記事も」

「すみません……華子ちゃんの鉄道カフェの記事もこんな状態で」

「それもまさか、カオルの記事のせいで?」

「カオルさんはぜんぜん悪くないんです。私の力不足で」

「詩音ちゃん、何言ってるの?

 言ってることがおかしいわよ」

「すいません!」

「まさか……誰かをかばおうとしているの?」

「うむ」

 総裁がそこで口にした。

「原因は新入生のカナくんであろう?

 カナを守ろうとしてのことであろう?」

「いえ、違います。これは私の……」

「む、ワタクシに嘘をついても結局はバレる上に、嘘はつくだけで互いに精神的に良くないので、善意悪意にかかわらず、そういうことは今後、一切せぬほうがよいぞ。

 もともとすべて、カオルくんにみんなが直接打ち合わせができれば生じなかったこと」

 その時、カナとともにカオルがあらわれた。

「カナくん、そうであるな」

「カナ、まさか、あなた!」

「……カオル様に近づくものは容赦しないのですわ。

 私のカオル様のためなら私はなんでもするのです。

 カオル様を好きになれるのは私だけなのです」

「なんてこと!」

「カナ、これまでボクと打ち合わせてたけど、実際、実質的に、何もしてなかったのか?」

「ええ。ほかの人なんてどうでもいいのです。

 カオル様が大好きな私にとっては、そんなこと瑣末ですわ」

 聞いているうちに、カオルの顔が、急速に湯気が出そうなほど真っ赤になっていく。

「ああ、めんどくさい!」

 そして、カオルは、とうとうキレた。

「詩音、ごめんな。ボクが気づくべきだった」

 そう言うと、カオルはカナに向き直って叫んだ。

「カナ、いちいちくだらない好きとか嫌いとか言ってるんじゃない!

 ボクはそんな次元で生きてない!

 今は鉄道と将棋のほうがずっと好きなんだ!

 それに、カナ、僕を裏切ったんだな!?

 ひどいじゃないか!

 他のみんなにも、ちゃんと打ち合わせしているかと思ったら、何もしてないなんて!

 ボクにとって大事なみんなと、ボクをどうする気だったんだ!

 ほんと、何なんだよ!

 最低すぎる!」

「いえ、カオルさん、私が」

 詩音がなおも言う。

「詩音、もうカナをかばう必要はないっ!」

 にもかかわらず、カオルの怒りは収まらない。

 キラが、カナに向かって口を開いた。

「うむ、テツ道を志さぬ限り、カオルの心は1ミリも動かないのは明白であるな。

 そして君の生存戦略はそれであっても、カオルと我々にそれは適用はできないのだな。

 それがいやなものには、ワタクシは鉄研総裁として、退部勧告も辞さぬものである。

 もともとテツ道に興味があって入った皆なのだ。

 それを全く共有できぬものとは、仲間にはなれない。

 そして、結果皆がばらばらになったとしても、ワタクシは孤独の辛さは知っているのであるが、怖くはないのだ。

 最後の一人となっても、テツ道の旗を掲げ続ける覚悟は、すでにできているのだ。

 ただ、カナくんの処遇は、あえて今、私は決めないのである。

 あえて決めないのだ。カナ君自身が考えて結論をだしたまへ。

 そして、我々のことをあたかも内輪もめのごとく噂をたてようが何をしようが、ワタクシは、少しもゆらぎはしない」

 キラ総裁は、これまで見せたことのない、厳しい表情で言った。


 カナは、部室を駆け出していった。


「追わずとも良い。カナに頭を冷やさせることも必要だし、また、部誌の編集作業の遅れ回復運転を行わなければならぬのである」

「そうね……少しでも、できてる記事をまとめて、レイアウトしないと」

 みんなはノートPCに取り付いて作業をはじめた。

「この3人の新入生を御することは、やはりたやすくはない。

 それでも、鉄研総裁は、常に総裁であらねばならぬのだ」

 みな、その言葉に黙っていた。

 が、憤っていたカオルが動いた。

「もう、これは使いたくなかったけど」

 カオルは、そう言うと、コーヒーをぐいっと飲んだ。

「お医者さんに1ヶ月に1回だけって止められてるけど、仕方がない。

 ボクにはボクの責任がある」

「何?」

 ふう、と息を吐いたカオルは、直後、猛烈な勢いでキーを叩き始めた。

「これ、もしかして、『モード・ビースト』……」

 その勢いがどんどん加速していく。

「パソコンとのシンクロ率が800%を超えてる!」

「カオルちゃん!」

「ボクの甘さが招いたんだもの、これはボクが解決するんだ……」

 口にしながら、猛烈な勢いで原稿が書き上がっていく。

「カオルさん!」

「ボクがカナの悩みを聴きすぎたんだ。

 ボクがカナの抱えたものを解決しようと、気を回しすぎたんだ。

 ボクがカナの視野が狭かったことに、気づかなかったんだ。

 ボクが……ボクが……」

 カオルはとりつかれたようにキーを叩いている。

 徐々にその瞳に、強い狂気が宿っていく。

「カオル……そんな! 無理しちゃダメ!」

「いや、カオルさん!」

 詩音がさけんだ。

「カオルさん!

 書いて!

 カナのために!

 みんなのために!

 そして何より、自分のために!」

 ますますカオルのキーを打つ速さが早くなり、もはやタッチの音が、カタカタではなく、カカカカカカカカという、壮絶な連続した音になっている。

「なに、この緊迫したクライマックスみたいな感じ……」

「まさにクライマックスだもの!」

 みんな、呆然としていたが、詩音が言った。

「みんな! 原稿作業を急いで!」

「わかった! 修正急ぐわ! マナ、アヤも」

「書き上がった原稿はすぐに共有ドライブに入れて! 私がBCCKSにすぐ流し込む!」

「ページ数の計算は!」

「私がやります!」

 マナが申し出た。

「BCCKSでの編集作業なら、私が自分のコスプレ写真集作った時に経験済みです!」

「頼むわ!」

「あい、食レポ『鉄道ファン向け営業の回転寿司』、執筆と編集完了!」

 華子が手を挙げる。

「私も! エッセイ仕上がりました!」

「校正、アヤも」

「はい、手伝います! 私、これでも県下一斉テストで国語偏差値84だったんですよ!」

 まだカオルのキータッチの連続音は続いている。

「『団体臨時となったトワイライトエクスプレスのダイヤに見る、JR西日本の苦悩と『次』への挑戦』」

「総裁は?」

「うむ、仕上がっているのである。『JR北海道:拝見、試されるテツ道』」

「表紙レイアウトは!」

「もう流し込み準備出来てます!」

「ナイス! そのまま表周りのテキストファイルから流し込んで!」

「流し込みます!」

 そして、キータッチの音が止まった。

「書き終わった……」

「お疲れ様! テキストを流し込むわ!」

「写真、フォルダに用意してある! 去年のうちにとっておいたアリモノだけど」

 華子が叫ぶ。

「ありがとう! レイアウト作業は!」

「レイアウト作業は私が後半のページをやりますから、詩音先輩、前半部お願いします!」

 マナが叫ぶ。

「わかったわ」

 連携作業でどんどん作業が進んでいく。


 そこに、カナが、そっと戻ってきた。

「戻ってきたのであるか」

 みんな自分の作業に没頭しているのか、無視しているのか、応えたのはキラ総裁だけだった。

「私、私……」

「うむ、よい」

 キラ総裁は、手を組み、微笑んでいた。

「これも想定内なのであるな」

「でも、私、鉄研に……」

「辞めるのか?」

「どっちにしたらいいのか、わからない」

「であろう」

 キラ総裁はなおも微笑んだ。

「でも、みんながこんな、頑張っているのを見ると」

「うむ」

 カナは、言った。

「私も、ここで何かをしたい」

「さふであるのか」

 カナは、途端に泣き始めた。

「私、ほんと、どうかしてる……。

 だって、これまで、みんなでこんなに夢中になって何かをやったことなんて、なかったもん……。

 私、きっと、頭のどっかがおかしいんです。

 誰かと一緒にいることしか考えたことがない。

 何かをやったり、夢中になったりなんてこと、なかった……」

「おかしくはないのであるな」

 キラ総裁は、カナの頭をなでた。

「すでにおかしければ、入部の時に、すでにワタクシがリジェクトしておるのであるな」

「総裁……」

「うむ」


「表紙上がったよ!」

「ありがとう! エクスポートして共有フォルダに入れて!」

「はい!」


 それを見ながら、総裁とカナは並んでいる。

「こういう価値に気づかなかっただけのこと。

 価値というものは、それに気づけば、それを身につけられるものであるな」

「できますか?」

 カナは、目を拭いている。

「キミはどうしたいのだ?」

「身に、つけたいです」

「ならば、やることは、一つである」

 カナは、こくんと、頷いた。


 そして、作業を続けているみんなに、大声で言った。

「ほんとうに、すみませんでした!」

 みな、きょとんとしている。

「すみません、って……」

 ツバメが言うのを、詩音は遮った。

「じゃあ、校正作業、手伝って!」

 カナは、目を見開き、そして、言った。

「はい!」



「結局、これだけでもう、部誌ができちゃったんだもんなあ」

 購買部の自販機コーナーで、ツバメがため息といっしょに、仕上がった電子書籍ファイルを見ている。

「これさあ、総裁にとっては、全部、短時間で一気に部誌を出すための計算ずくだったんじゃない?」

 そういうツバメに、御波が凝った肩を自分でほぐしながら、隣に座る。

「おつかれさまです」

 詩音が3人分の缶コーヒーを買ってきた。

「まにあった、んだね」

「ええ。おかげさまです」

 そこにキラ総裁もやってきた。

「カオルくんは今、処方されていたお薬を飲んで、保健室で休んでおる」

「カオルちゃん、そこまでして」

「うむ、やはりカオルも責任感が強い子である。完全記憶体質でアレは辛かろう」

「でも総裁、こんなやり方では」

 それに、キラは、その大きな眼でみんなを見通した。

「でも、他に方法もなければ、ワタクシにもこれ以上の方法は見つからなかった。

 途中で気付いて想定内にできたが、そこまではワタクシも考え込んだ。

 それが、たまたま、今回、そのまま想定内で上手く行っただけのこと。

 こんな計算が、毎回つねにできてキマっておれば、ワタクシは斯様に未だに高校生などせず、すでにテツ道の成就も、今すでになされておっても、おかしくはないのであるな」

「総裁でもそうなの?」

「ああ。少々背に汗をかいたのであるな」

「しかし、アヤとマナがあんな能力あるなんて」

「うむ、わが水雷戦隊の新造艦は駆逐艦というより、巡洋艦クラスの能力であるな。

 なかなか御するのは大変であるが、ますます旗艦としてのワタクシの頑張らねばならないところであろう」


 そこに、だて先生がやってきた。

「キラ、キミのぶんだ」

 缶コーヒーを先生は渡した。

「どうなるかとおもったら、なるほどな、と思った。

 あのキラを見てたら、初代鉄研の総裁を思い出したよ」

 キラ総裁は缶を受け取って、あけた。

「先生、初代総裁は、そのあと、どうなったんですか?」

「ああ、それはな」

 舘先生は、笑った。

「あのころからなかなかのワルだったけど、今でもワルやってるよ」

「えっ、そんな。今、どんな仕事を」

「それは、そのうち、な。

 それより、職員室に試験の採点上がってきたぞ。

 キミタチ、遊びすぎだ。

 けっこう補習が必要だぞ」

「えー!」

「まあ、がんばれ。あと、な」

 舘先生は、言葉を切って、言った。

「仲良しの『集まり』から、何かを成すための『チーム』になるために、新たに必要なものがある。

 それは、一つ、大人になることでもあるけれど、それ以上に大事なものだ。

 考えてみるといい。

 キミタチなら、その答えに辿り着けるはずだ」

 舘先生はそういうと、後ろ手に手を振りながら「じゃあな」と言って、廊下の向こうに去っていった。

 そして、その途中で、一つ、「いっ、くしゅん」とクシャミをするのも忘れなかった。

「動態保存の80年代……」

「たまりませんわ……」

「美味しいとこ、もっていくなあ」

 みんな、そう言いながら、考え込んでいた。

「チーム、か」

「たしかに、鉄道ってのは鉄道員の組織によって動いているし、チームワークで成り立ってるけど」

「それを趣味の鉄研でやるのかなあ」

「うむ、そこをワタクシも案じておった」

 キラ総裁は考え込んでいる。

「この鉄研を、3年間の楽しい思い出の場とするのか、それとも……」

「それって、本末転倒じゃない?」

「たしかにさふである。

 しかし、楽しい思い出とは、そもそもなんであるのか。

 たとえば昨年の鉄道模型レイアウトコンテスト。

 みんな、それぞれにがんばったのに入賞を逃した。

 たしかに競うものではないとは思う。

 結果主義も、この現代を蝕む悪魔であると思う。

 しかし、である。

 ただ競うものではなく、内容重視と考えることでは、得られないものもあるのではなかろうか。

 残り2年、実質受験などを考えれば1年間である。

 頑張ったうえでこその『楽しい思い出』もあるかもしれぬ。

 そこで、我々が限りある高校生活を、悔いなく恨みなく満喫するためには、斯様な観点も必要やもしれぬ」

「それは」

  御波が言葉を継いだ。

「鉄道における、慢心の問題と同じなのかもしれません」

  みな、その言葉に驚いた。

「『嫌なら乗らなくていい』に落ちてしまいかねない鉄道の経営。

 それは、競争と結果主義を嫌うあまり、本当に挑むべき相手を取り違えているために起きるのかも。

 挑むべき相手は、他の会社、私たちの場合は他の学校でもない。

 自分自身なんだと思う。

 自分が自分で、『どうせ自分はこの程度』と思って、自分の範囲を自分で決めてしまったら?」

 みんな、思いは一つだった。

「多分、あとですごく後悔する。

 それが、ちょっと頑張ることで、もう『自分でもこんなにできるようになるなんて思わなかった』と思うほどになれたら、それはすごく素敵なんじゃないかな」

「でも、それって、しんどくない?」

「しんどいと思う。でも、だからこそ、それを乗り越えた思い出は、乗り越えようとも思わない思い出より、ずっと深く強くなるんじゃないかな」

 みんな、頷いた。

「競うも、挑むも、相手を間違えなければ、であるな」

 キラ総裁も頷いた。

「少ししんどくても、やる価値があるかも」

 御波の言葉に、キラ総裁は答えた。

「うむ、新入生の扱いもそうであるが、我々もまた、試されておるのであるな」

 そして、続けた。

「2年目は、1年目の単なる延長にあらず。

 まさに挑戦の年になるのである」

 みんな、その言葉をかみしめていた。

「でも」

 ツバメが付け加えようとする。

「みんな、忘れてますよ」

「何であるのか?」

「今回、ここまで、鉄研の話なのに、鉄ネタが殆ど無いですよ!」

「ああっ!」

「ほんとだ!」

「何を私たち、まともな青春劇やっちゃってるの!?」

「ええええええ!!!」

 みんな慌てた。

「とはいえ、鉄ネタ、今更ここから入りようがないですわねえ」

「で、でも、カオルちゃんの『団体臨時トワイライトエクスプレス』の話が」

「え、だって、あれ、今JR西日本が建造中の新造クルーズトレイン『トワイライトエクスプレス瑞風』の試金石だって話でしょ」

「今からじゃ、とってつけた話にしかならないわよ!」

「うわ、大失態!」

「あちゃー!!」

「にもかかわらず!」

 キラ総裁が割って入った。

「そもそも、ああいうクルーズトレインというものが何であるのか、誤解が散見されるので、ここでワタクシも一言物申したいのであるな」

「なぜにまた『白い巨塔』のゴッド大河内教授……」

「まず、撮り鉄という趣味が、どうにも履き違えられているように思えてならぬのだ」

「えっ」

 撮り鉄の華子たちがキョトンとする。

「かつて述べたように、車両だけを撮るのであれば、メーカーの公式撮影で十分であるはず、撮るのであれば、その時、その場所でなければならぬ写真を撮ってこそと思うのである。故に、邪魔だからと勝手に撮影地で地権者の同意なく草木を切ったり、他の乗客を邪魔にするなどもってのほか」

「それはそうですよ」

「しかし! 最近、仄聞そくぶんするに、撮り鉄は運賃不正、キセルをするのが当然であるような話がある!」

「あっ」

「ワタクシはそこに激しく憤るのである。が、さらに! 斯様な運賃不正をしておいて、さらに鉄道会社が経営努力として企画するクルーズトレインをその切符の高価さをネタに揶揄し、否定する者がおる!

 それは、ワタクシにとっては、非常に度し難いのであるな!

 運賃も払わず、鉄道会社の企画も笑うほどの傲慢さが横行するのであれば、鉄道会社はもはや撮り鉄行為から直接金銭を徴収しても構わぬと思うのである。ここまでくれば、写真や動画にも意匠権を主張して代価を請求してももはや構わぬ! しかも、JR東海のように、車両デザインを電車気動車の間ですら統一し、すべて全面を共通化してデザイン費を徹底的に圧縮しても問題ないのであるな!

 本来趣味のために鉄道があるのではないし、まして経営や運転に支障してまでの趣味など許されるわけがないのだ!」

「総裁……そんなに過激な」

「さふである。斯様な不正、斯様な非道をして撮った写真に満足するのであれば、それはワタクシのテツ道とは全く相容れぬ。

 そもそも鉄道経営において、クルーズトレインなど運転したところで経営が一挙に好転するほどの高価な切符ではないのだ。原価を考えれば、もっと値段を上げてもいいはず。

 それでも鉄道会社がクルーズトレインなどの旅行商品開発を行うのはなぜか!

 それは、運べばいい、目的地につけばいいだけの鉄道に甘んじることなく、鉄道そのものの質を向上を目指す進取の気風の表れであると思うのだな。

 クルーズトレインを始め、フラッグシップとなる列車を持つことは、その鉄道会社に、接客サービスにおいて、また会社組織としての結束の意識を間違いなく向上させる。

 そしてそれは、必ずクルーズトレインだけでなく、一般の通勤電車や小さな駅や安全設備に至るまで、真のサービスの意識と投資資金の向上となって還元されるはずなのだ。

 それを、まともに運賃も払わず、進取の意欲ある企画も揶揄、さらに車両がつまらぬ、車両がボロいだのと言うのは、もはや少しも鉄道を愛している者とは思えぬ!

 その程度の意識で鉄道ファンなどと自称する、すなわち『課金もせずに提督を名乗る』のなら、ワタクシはそれらと袂を分かつことに、何のためらいもないのである!」

「そうです」

 華子も言い出した。

「撮り鉄してると、運賃不正、料金不正の方法を自慢するような奴がいます。本当は罵ってやりたいし、職員さんにつきだしてやりたい。でも……」

「うむ、華子もそういう正義心、正しきテツ道の心を持っていることは理解しておる。しかし少人数で斯様な非道のものに立ち向かうには、現実には物理的な危険が伴う」

「でも、それが悔しい。毎回悔しい」

「そうである。ワタクシも、ここでこう言っていても、なんの効力もない悔しさを感じておる。

 だからこそ、我々はこの鉄研でテツ道を極めるなかで、模範たるように自らを律するべきであるし、その中において、競争も、もはや恐れてはならぬと思うのであるな。

 この悔しさこそ、今後我々が挑戦する原動力たりえると思うのだ」

 総裁は言い切って、コーヒーをぐいと飲んだ。

「そうね。悔しいわねえ」

 詩音も肯く。

「鉄道がなくなっちゃったら、鉄道趣味もないですもんね」

「そうです。走らない鉄道は、悲しいです」

 ツバメと御波も続く。

「血圧上がってそうな声、保健室の中まで聞こえてましたよ」

 カオルが戻ってきた。

「大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですよ。

 でも、ボクも、これに負けずに、テツ道を極めたいと思う。

 だって、ボクも、ほんとうに鉄道が好きだから」

「そうね!」

「おおー!! すごい!!」

「うむ、まとまったのである」

「一時はどうなるかと思っちゃった」

 そして、御波は、心に決めて、言った。

「もう、ただ『好き』だけじゃ、もうすまないんだと思う」



<次回予告>

「もうすまないのね……」

「でも、好きを極めるってそういうことだもの」

「そういっても、困難と抵抗は大きいわよ」

「でも次回『空虚なる襲撃者』、って、やばくない!? さすがに!」

「本当に襲撃されちゃうの! えええええ!」

「つづくっ!」



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