第2話:発動! 天二號作戦
第2話:「発動! 天二號作戦」
「今頃、体育館で新1年生が入学式やってるわね」
「そうね。ああ、私たちの時を思い出すなー」
「合格発表の記念撮影、入学式に校門でお母さんと記念撮影。定番だけど、外す訳にはいかないわよね」
「そういやキラ総裁、合格発表の時」
「うむ、女子サッカー部の臨時レギュラーとして、女子合格者の胴上げを手伝ってきたのであるな」
「相変わらず『臨時レギュラー』ってのが意味わかんない。要するに体育会の部活の助っ人でしょ」
「そうともいう」
「男子は応援団とかラグビー部がやるけど、女子にラグビー部ないもんねえ」
「人生でそう何度もあるものではないからのう。心から祝ってあげたいのである」
キラ総裁はそう言うと、何かを飲んでいる。
「なんですかそれ」
「健康のためのサプリメント」
「キラ総裁、高校2年で、もうそんなの飲んでるんですか」
「最近、全開運転で体を動かすと、ガタが来るのでの」
「キラ総裁、ぜったい昭和のおっちゃんがキラ総裁のキグルミを着込んでる!」
「その疑惑あるわよね」
「うぬ、そんなわけがねいのである」
みんな、笑った。
「私なんか、受験一発勝負だったから、合格できた時の喜びはすごかったわ」
「その分、こうして入学後は鉄研で遊びまくってるけどね」
皆、部室のストーブでお汁粉を作りながら話している。
「ふー、寒い。寒い時のストーブはありがたいわ」
「む。かつて貨物列車車掌用の『寒泣車』とも呼ばれた緩急車、車掌車にもストーブがあったと学んだ。列車の最後尾のその車両は冬寒く、ストーブすらないものには『温器』という車掌用の火鉢があったらしい。
どちらにしろ、車掌車の連結は今特大貨物や一部の甲種輸送をのぞいてほぼない。ワタクシはかつてのヨ8000などの車掌車に憧れがあるのだな。あのデッキも、そしてあの小さな車体に作られたトイレもまた、一度乗って使ってみたいのだ」
「キラ総裁、物食べてるときにトイレの話はしないでくださーい」
「こりゃ失敬」
キラはそう言いながら、持ち込んだお椀によそった熱いお汁粉をさますために吹いている。
「そこで、この新入生を迎えて、第2艦隊を作るというのか」
お汁粉を作りつつストーブで暖まりながら話をしていたなか、キラ総裁が口を開いた。
「うむ、たしかに主力艦隊が支援艦隊を持てば、それだけ遠征作戦も進めやすい」
「たしかに去年の鉄道模型コンテスト、結局はマンパワー不足で作り込みがあともう一歩、踏み込めなかったものねえ。それでともうすこしの入賞を逃した気がするし」
「とはいっても、有力な新入生、入るかなあ。いまどき部活やんない帰宅部も多いし」
「うぬ、そこはワタクシの考えであるが」
皆がキラに注目した。
「今まで1つの艦隊として行動してきたからこそ、作戦行動における指揮・作戦指導の徹底、作戦行動の調和がはかれたと思うのであるな。
だが、第2艦隊を作ると、その第2艦隊の指揮官が必要になる。
そしてどちらかが武勲の上で、割を食うのもまた必定であるのだな」
「えー、ボク的にはこれから給糧艦〈間宮〉とか工作艦〈明石〉みたいな子が入ってくれれば、すごく嬉しいけどなあ」
華子が言う。
「模型合宿のときに手作りスイーツ、そして作業につかれた時に体をほぐすマッサージ……。それこそ、ますます士気盛んになるというものですわ」
詩音もうっとりとしながら口にする。
「そういくかどうかはわからないよ。『バイオ辻政信』みたいなのが来ちゃったら」
カオルが危惧する。
「いや、一見正論に見える『バイオ大井篤』も困るわ」
そうツバメも口にする。
辻政信も大井篤も旧軍で議論を巻き起こし、なおかつそれによって片方は陸軍を窮地に陥れ、片方は海軍の方針を公然と批判してまた物議をかもした人間なのだ。
「うむ、どちらにしろ新メンバーの加入は非常にここまできた連携のバランスを崩しかねないのであるな。
ここはグッとこらえて、新入部員募集ゼロというのも、またひとつの選択であろうと思うのだが」
「そうだねえ」
みんなそういいながら、それぞれにお汁粉を楽しんでいるその時だった。
「おー、みんな、やってるな」
「あ、舘先生! 何ですか、その台車に載せた重そうなもの」
「うん。これはな」
ゴロゴロと鉄の塊を載せた台車を転がしてきた先生は、言葉を区切った。
「オレが預かってたものだ」
「誰から?」
「エビコー鉄研からだ」
「へ?」
みんなの頭が疑問で止まった。
「……まさか、幻の、かつてこの海老名高校に存在したという初代鉄研?!」
「ああ。それから預かったんだ」
「む! こ、これは、あの先代3000形SE車、初代ロマンスカーの運転台、ブレーキ弁装置の実物では!?」
キラ総裁がその目を見開いて驚いている。
「なぜこんな、とても貴重なものを!」
「まあ、どう言うかどうかは迷っていたんだが」
舘先生は一瞬、言葉を選んだ、
「オレ、君らの先輩に当たるんだ」
「えーっ!」
「まさか、初代鉄研の部員だったってことですか」
「そうなる」
「えええーっ!」
みんな、驚いている。
「まあ、驚くと思って、これを言うべき時を迷い、黙っていたんだが」
舘先生は頭を掻いている。
「今から20年以上も前のことになる。
あのころ、同じように、鉄研をつくろうとした子がいた。
で、オレは、それに引き寄せられ、入部した。
あの頃の鉄研も6名、みんな同学年だった。
その仲もよく、活動もまた活発だった。
50系客車の時代、夏休みの旅行で、まだミニ新幹線化されていない板谷峠のスイッチバックで駅寝、無人駅に止まって夜を明かすこともも体験した。
文化祭で鉄道模型のレイアウトも展示した。
修学旅行では、みんなの乗った新幹線を撮影した」
「ええっ、外から撮ったんですか!」
「ああ。みんなと当時の0系新幹線をフレームに入れた写真をとった」
「じゃあ、乗り遅れちゃったんじゃないですか!」
「ところが、だ」
「まさか、『究極超人あ~る』みたいに新幹線を追い抜いたんですか!」
「あのマンガでは自転車で新幹線を追い抜いたんだが、初代総裁は知っていたんだ。
あのころの新幹線には、『ひかり』号同士の追い抜きがあることを」
「それって、いわゆる『ひだま』……」
「ああ。当時は『ひかり』でも、停車駅の多いタイプと速達タイプの2つがあった。
それを初代総裁は利用して、みんなが目的駅に着く前に先回りして合流したんだ」
「……すごい知能犯」
「正月に終夜運転を使って帝釈天に初詣旅行にもいった。
そのころ、海老名の車両基地で、はじめてのファミリー鉄道展があった。
電鉄さんがそのとき、さよなら運転を終えたSE車、まあ当時は御殿場乗り入れ用に短縮されSSE車と呼ばれていたのだが、その先代3000形の部品を放出するということで抽選にかけた」
「それにあたったんですね」
「ああ。その時の鉄研総裁も、やたらと悪知恵が働く以上に、くじ運の強い人でね」
「その時も鉄道研究公団……」
「ああ。エビコー鉄研は初代から鉄道研究公団を名乗っていた」
「すごい! キラ総裁、知ってたんですか」
「うぬ、これは全くの偶然の一致である」
「だろうとはおもったんだが、オレはこの今の鉄研の噂を聞いて、居ても立ってもいられなくなった。それで、この学校にきて、顧問になろうとした」
「そうだったんですか。でも」
「ああ。察しのとおりだ。初代鉄研は、継承者がいなかったために、我々の卒業後すぐに廃部となった。
そこまでの楽しい思い出とともに、すべてが、途絶えた」
舘先生の顔が曇った。
「何も残らなくなるのは、つらかった。
だから、みんなで、手に入れた記念品を分けた。
形見分けのように」
「悲しいですね」
「でも、これで、借りは返せた。
君たち新生鉄研で、これを活用してほしい」
「ありがとうございます!」
皆の声が揃った。
「でも、そうなると、わたしたちだけだと」
「同じことになる」
「みんな、終わっちゃうんだね」
「寂しいですわ」
「うぬ」
キラ総裁はそれでも言った。
「人数が増えると、マンパワーも増える。だが、それにしたがって管理コスト、打ち合わせコストも掛かる。
これまでのような仲良しだけでは行動は律することはできない。
組織を意識した行動が必要になる。
そこには当然、トラブルもある。
嫌になることも、諍いも、また、それによって途中で辞めたくなるものも出るであろう。
悲しい価値観の違い、意見の違い、そして主観の違いも生じるであろう。
思いの行き違いも起きるであろう。
出会いは、別れの始まりなのである。
ワタクシは孤独の辛さも悲しみも知っているので恐れることはないのであるが、自らの判断で誰かに別命を与え、処分をすることには抵抗がある」
「そりゃそうよね。仲の良いみんなでいたい」
「できれば今のままでいたいよー」
「でも、そうなると、我々の代で、また鉄研は消滅する」
「寂しいですわ」
「さふである。すなわち、人生とは万事トレードオフなのであるな。うむ」
キラ総裁はそう言うと、お茶を用意し始め、皆がそれにしたがってみんなの分のお茶を用意する。
「斯様な阿吽の呼吸による運営も難しくなる。
組織として、規約、部則が必要になり、そしてそれにはペナルティーが付随する。
ワタクシは仲間である誰かにペナルティーを与えるようなことは、したくないのであるな」
キラ総裁の思いのほかの優しさに、皆、言葉がなかった。
「そこで、今まで発言のなかった御波くんの意見を聞きたい。
ワタクシ総裁は、部員を増やすことも、このまま座して消滅するのも、どちらも総裁となった上は覚悟済みなのである。
だが、ここであえて君の意見を聞きたい」
「えっ、私の意見?」
御波は指名されて、戸惑っている。
「うむ。君には君の思いがあるだろう。
ワタクシは君の繊細な感性を高く買っておるのだ。
ワタクシは正直、どちらにも踏み出したいのであるが、君に決断の背を押してほしい。
その結果を君のせいにすることはない。だが、どちらかを決めるにあたって、君の意見を聞きたい」
「そんな……」
「忌憚なく述べ給え。君も迷っているように、みなも迷っている。
迷っているからこそ、君の感覚で決めたい」
御波は、考えこんだ。
「私たちの気持ちで考えれば、もうだれも追加しないほうがいいと思う」
みな、頷いた。
「でも、私がもし今年入学する新入生だとしたら、どうなのかな、と思う」
それにはみな、はっとした。
それが皆の盲点だったようだ。
「ただ生まれる年が1年違うだけで、こんな楽しい鉄研に入ることができないのは、辛いことだと思う。
私達が、私達だけで楽しむのもたしかにいいと思う。
でも、それは寂しい終わり方をしても、仕方がない。
だけど、新入生は、私達とたのしんで、そのうえ、次のまた新入生にそれをリレーしていける。
そして、私達は卒業したあとも、ここの近くに来るたびに、ただの寂しさではなく、楽しかった思い出として、この鉄研のことを思い出せる」
「うむ、継承という観点であるな」
「ええ。でも、私も不安なんです。
どんな新入生が来るかわからないし」
「うぬ、そこはワタクシも考えたのであるな。
そもそも、新造艦が参加しただけで規律と水雷魂が崩壊するような組織運営の力で、果たしてワタクシが本来目指す、『テツ道』の、本質的成就がありえるのだろうか、と。
鉄道の計画や経営というのは、単に、車両や施設の問題ではない。
常に、そこに働く『人間の話』なのであるな。
だから、人間の理解、人間の共感、人間の感動が鉄道趣味には生じるし、そこで御波くんの斯様な省察は、それを示していて大いに有意義であると思うのだ。
そして、現状維持に甘んじていて、現状が維持できるほど、組織の運営は甘くはないのも理解しておる。
常に失敗を恐れず、挑戦と工夫、結果分析と再挑戦のサイクルを回していってこそ、組織とその運営者の成長もあるといえる。
ただ現状維持していても不安からのがれることは出来ぬ。
その同じ不安なら、前に進むべきであるな」
「キラ、じゃあ、新入部員を」
「うむ、募集することとしたい」
「ええっ、でも私、まだ不安が」
「不安は何にでもある。でも、不安には立ち向かっていくしかないのであるな」
「そうだね」
舘先生も頷いた。
「良い結論だと思う。まあ、副顧問としてオレもいる。そして、初代鉄研を潰した責任の一端を負う者として、君たちの挑戦、応援したい」
*
新学期が始まる前に、クラス分けの発表があった。
みんな自分の名を探す。
「ええっ!」
「やった! 御波ちゃん、また一緒のクラスだわ!」
ツバメが喜ぶ。
「いや、それどころか」
2人は、その名前に目を止めるなり、慄然とした。
「うむ、今年はワタクシもキミタチと同じクラスなのであるな」
「キラ総裁と同じクラス?!」
「ぬ? 何か問題でもあるのか?」
「だ、だって」
すぐに御波とツバメの頭の上に共通の吹き出しが浮かんだ。
だって、キラ総裁が毎日いっしょに昼食食べるとか、
毎日一緒に授業をうけるとか、
想像もつかないけどそれが現実になっちゃう!
いやいや、夏に一緒に水泳の授業なんて言ったら?
まさか、あの言及だけだった秘密兵器『あぶないみずぎ』とか出るんじゃないの?
そんなの、洒落なんないわよ!
だって、総裁、鉄研の総裁としてはヤバイぐらい有能だけど(いや、ヤバイ有能って何)、
正直、総裁は『服着て歩く非常識』だし…。
ああああ、これじゃ毎日がめちゃめちゃに!!
どう考えてもどうやっても平穏な日々は来そうにない! ヒドイッ!
「うぬ、ワタクシは常識というものがイマイチ理解できぬのでな」
「そこが非常識なんですよ! というかなんで私たちの考えの中にまた入り込むんですか!」
「エスパー4級所持なのだな」
「まだ持ってたんですか、その嗜み程度のエスパー能力!」
「しかも1年生の時の4級のままだし!」
「いや、そこツッコむところじゃないと思うけど」
「まあ、よいではないかよいではないか。これから1年、よろしくなのである」
「なんてこと……」
そこに、声が響いた。
「はいー、確認次第、みんな座ってー」
「ええええ!」
「今度の担任の先生、舘先生!?」
「うむ、副顧問の先生が担任となるとは。話が早くて良いと思われるのだな」
「濃い……濃すぎる……。2年生生活、あまりにも濃すぎるわ……」
「何かで薄めないと、窒息しちゃう……」
「鉄研のキミタチも座って」
言われるまでもなく、がっくりと、御波とツバメは、椅子に座り込んだのだった。
*
「とにかく! 我が鉄研に新入部員を募集するのであるから、やるからには徹底的にやるのである。すなわち、ここに新入部員獲得の『天二號作戦』を発令するのである」
「ああ、徹底的という言葉が、こんなオソロシイ言葉だとは思ってこなかったわ……」
「うむ、全力で作戦に当たるのであるから、皆、一層奮励努力されたい!」
*
そして新入生に対する部活説明会となった。
「次は、鉄道研究部の部活紹介です」
生徒会の司会が言うやいなや、キラ総裁はそのマイクを電光石火でむんずと奪い取った。
「うぬ! 我々は鉄道研究部にあらず!
我々は、鉄道研究公団なのである!」
新入生はみな、突然のキラの行動に、びっくりしている。
だが、そこでキラが手を緩めるわけがない。
再び、轟然とその口から言葉が飛び出し、まさしく速射機関砲のように、なにもかもをめちゃめちゃにしていく。
「新入生諸君! 諸君はかじりかけのプロセスチーズであるのだ!
諸君はこのまま、そのプロセスチーズのように退屈かつ安逸なる高校生活を望んでおるのか?
ただ安逸に過ごしても3年間だが、我々と刺激的に過ごす3年間、どちらを選ぶ!?
選択肢は限られておるぞ!
そもそも諸君は、こんな高校に入って何がしたいのだ?
こんなドグサレた高校で、言われるままに勉強をし、言われるままに部活をし、言われるままに予備校に通う! そんな日々になんの意味があろうか!
そんなのはあるわけがねいのだ!
ただでさえ無意味な学生生活が、さらに一層、はっきりと無意味になるだけなのである!
大学受験の準備など予備校に任せればよい。所詮、今どきどんな大学に入ろうが、ちっともこの冷たく無責任で無関心で酷薄な世間は、少しも振り向いてはくれない!
それでめでたく出来るのはプロセスチーズの如き、つまらぬ卒業生の列、そしてつまらぬ就活生、そしてつまらぬ社会人だけなのである!
事実、この高校の歴史で名を成したのは、あの『いきものがかり』のボーカルの子だけであるのだ。
以来、この学校に彼女に続くものなく、なんと情けないことであろうか。
時は今!
まさに、我が鉄研水雷戦隊に僚艦として舳先を並べ、幾多の出撃に挑み冒険をしてこそのみ、この高校生活が鮮やかに有意義となるのだ!
故に、ここにワタクシは、海老名高校鉄道研究公団水雷戦隊を増強し第2水雷戦隊を編成、来るべき『甲作戦』突破を目指すことを宣言する!
そしてその冒険は、この高校を必ずや激震に陥れることは必定なのだ!
まさに胸わき踊る驚天動地、疾風怒濤、丁々発止、南国酒家、焼肉定食の日々がキミタチを待っている!
我々とこの海老名鎮守府、鉄道趣味高校生の王道楽土、海老名高校鉄道研究公団の歴史にまた1ページを加えんと欲す、意欲ある新造艦、いや、新入生を我が鎮守府に迎え入れるものなるぞ!
立ちあがれ新入生! 立ち上がれ若人! 立ち上がれ熱きテツ魂!
そしてその秘めたる力を解き放て!
そこにあたっての応募条件は長10センチ高角砲に1式聴音機、3式電探装備に限る!
徒歩1分、敷金礼金ゼロ、社保不完備、制服支給なし、未経験者歓迎、経験者優遇! 第三種郵便物不認可! 委細面談!
われこそは、とやる気のある新入生を待っているぞ!」
やっぱり新入生のみんな、やっぱり開いた口がふさがらない。
そしてキラ総裁が降壇したあとも、しばらくの沈黙があった。
その舞台裏で、キラ総裁は、いかにも満足気であった。
「うむ、劈頭の奇襲作戦は赫々たる大成功なのである。新入生の皆、佳いボー然顔をしておった。
ははは、まさしく作戦の完遂を確信するのであるな」
「でも、あの」
御波が言いにくそうにしている。
「なんであるのか?」
「肝心の連絡先、教えるの忘れてましたよね」
「あっ!」
ずるっとみんなコケた。
*
「新入部員、これで来るかなあ」
「なんか、キラ総裁、また、やっちゃったー、って感じだよね」
御波とツバメは鉄研の部員募集ポスターを学校内に貼って回っている。
ポスターイラストは詩音とツバメの合作による、蒸気機関車C61と秋田新幹線〈こまち〉の並走シーンである。現実に『秋田デスティネーション・キャンペーン』でこの並走シーンは実現していたらしい。
「しかしこのポスター、いつもどおりムダにまた力入っちゃって。相変わらずすごいスチームとドラフトの表現。ジブリの背景画家の男鹿和雄かって感じ。このままスタジオジブリに就職できるわ、きっと」
「そりゃ、手抜きたくないもん。描くこと自身、楽しいし」
「そうなんだ」
「うん。夢中に描いてる時が一番精神的に楽。模型やってる時も、夢中であればあるほど楽」
「それはあるわねー」
「たとえ逃避であっても、逃避できる趣味があるってのはありがたいわ」
ツバメはそう言いながら、ポスターを止める画鋲を掲示板に刺している。
そして学校内のサイネージには、生徒会の案内とともに、華子が去年撮影した、鉄道模型コンテストのプロモビデオの短縮版が上映されている。
「やっぱり、これを実質あと1年で終わりにするのは、惜しいわよね」
「そうね。みんな、頑張ったし、楽しかったもんね」
「思い出すわ。私たちがクラスでテツいじめ受けてた時に乱入してきたキラ総裁」
「ほんと、すごかったわよね。今でも覚えてる」
「今でも戦慄するわ。あのアイタ クチガ フサガラナイー、なマシンガンスピーチ」
「テツ道って、あれなのかなあ」
「どうなのかなあ」
「なんか、あのキラ総裁が卒業して、どっかの鉄道会社とかに入社したらと思うと」
「うわっ、それは考えたくない」
「そうよね」
二人は笑った。
「でも、ほんと、キラ総裁には助けられたわね、私たち」
ツバメは遠い目をした。
「そうね」
*
「それでも!」
鉄研部室でキラ総裁はキメた。
「来るところに人は来るのである!
この作戦で、斯様に、3隻のピカピカの新造艦がドロップしたのであるな!」
「いや、新造艦じゃなくて新入生」
「そうともいう」
みんな、新入生にお茶を出して出迎える。
「よく来たわねー。あの部活説明でよく来る気になったものよね」
「御波ちゃん、なんか女子力強いというより、オバちゃんっぽい」
「これで飴ちゃん渡したら大阪のオバちゃんじゃない」
「オバちゃんオバちゃん言わないで!」
御波は軽く抗議する。
「うむ、まずは新入生に自己紹介をお願いするのである……が」
ツバメと詩音が目をチラチラとさせている。
「すでに面識があるのか?」
「はい。私、御門マナです。ツバメさんと詩音さんとは、東京ビッグサイトで何度かお会いしてます」
「え、コミケ経験あるの?」
「はい。私、コスプレが趣味で、コスプレ広場で『香椎2尉』のコス着て、評判になってネットメディアに載ったこともあります」
クールな顔だちのマナはそういうと、その時の写真を自分のiPadで見せた。
「そうかー、レイヤーさんなのかー」
「『香椎2尉』って?」
「今なんかはやってるっていうSFアクションアニメのキャラですよ。未来の陸戦エースの女性自衛隊幹部って」
「うわ、すごい……なんというか、この現代装備の迷彩ボディースーツにベレー帽、それになんともこの太ももがなんともナマめかしい、というかエロス! というか……」
「この切れ上がったところがまた際どいなあー」
「ぃゃらしぃ~」
変な声で言う御波は顔を真赤にしている。
「こういうコスは若いうちにしか出来ないので、今のうちだと思って、体当たりで思い切ってやってます」
「こんな格好して大丈夫なの? へんな人に付きまとわれない?」
「問題無いですよ。これの応用で駅員コスもできますよ」
「そうなのかな」
「うむ、ワタクシの秘密兵器、昨年戦局の変化でとうとう日の目を見なかった『あぶないみずぎ』に匹敵する破壊力であるな」
「破壊しなくていいです。で、キミは?」
「建部カナです。カオル先輩に憧れて入部を決めました。カオル様~、こうして同じ高校に入れてとても光栄ですー!」
彼女は早くも小動物のようなその小柄な身体で、カオルに抱きつこうとする。
「い、いや、ボク目当てに、って」
カオルは戸惑っている。
「この海老名高校への登下校、出待ち・入り待ちしてました!」
「宝塚歌劇のスター並みじゃない」
「頭脳明晰かつ美形なカオル様は、私の王子様、スターです!」
「こ、困るよ」
「で、最後のキミは」
「あ、あの、大野アヤと申します。模型鉄の父とプラレールで遊んでいるうちに、小学3年でユニトラックのセット買ってもらって、以来Nゲージ一筋、です」
「おおー、有望だねー」
「KATOのユニトラック複線カントレールに緩和曲線が入っていないことと、カントの立ち上がりがカーブに入ってからなのに、今でも激しく疑問を持っています」
「む、なかなかの強者である。大いに期待できる。
うむ、これで3隻の新造艦を仲間とし、我が鉄研水雷戦隊も戦力増強なのであるな」
「そうなのかな。なんかテツっぽくない感じもあるけど」
「テツには先天性と後天性があります。テツの私たちと一緒にいれば、みんなそうでなくても自然にテツになりますわよ」
「ああああ、詩音ちゃん、その説得力もまさに癒し系の中の癒し系だわ!」
御波も詩音に抱きついて充電しようとする。
「カオル様~!」
負けじとカナもカオルに抱きつこうとする。
「ここは私も早速、入部記念コスに着替えなきゃ」
とマナはカバンを探りだす。
「いや、いきなりコスプレ姿になられても」
「ユニトラックの端数レールはレールを切断して自作が基本ですよね! ね!」
アヤもツバメに同意を求めると、『KATOはそうよね。だからあああいう軟質プラ使ってるんだと思う』と応じる。
「うむ、さっそく艦隊総員で打ち解けあっておるのう」
キラ総裁はそう満足気だ。
「そうですね」
「では、新入生歓迎の宴の用意である。華子くん、キミの実家である鉄道ファン向け『食堂サハシ』に食事予約の電話を入れてくれたまへ」
「はーい」
「それと忘れるところであったが3人の新造艦の部員名簿への記載を」
「あいあいさー!」
部室内は早速わいわいと明るい声に満ちた。
「うむ、大変活気があってよき哉」
キラは満足そうである。
「だがな、御波くん」
御波はキラの言葉に、体が止まった。
「この3名、ワタクシの力でも、御するにはなかなか、困難がありそうである」
「そんな……」
「うむ。
だが、覚悟のうえであるから問題ないのだ。
ワタクシは、にもかかわらず、鉄研総裁なのであるからの」
キラ総裁は、それでもなぜか、口の端は不敵に笑っていた。
<次回予告>
「キラ総裁、ナニ笑ってたんだろう?」
「んふふふふふふふふ」
「不気味というより、怖い、怖すぎるっ」
「まさかここからの波乱の展開!?」
「次回『好きではすまない』 うわー、さらに危険なニオイが!」
「多少危険な方が面白いのだよ、榎木津くん」
「なぜに京極堂……」
「つづくっ!」