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第10話:総力戦、ふたたび

「うむ、気を取り直して10話である」

「……特別編13話はなかったことになるのね……」

「老人たちは計画を早めすぎたのだ」

「まぁーたエヴァごっこ! しつこいですよ!」

「む、でも実際のえばんげりおんもまだ山陽新幹線コラボ500系だのなんだのでやっているので無問題なのだ」

「そうかなあ」

「ともあれ! 第10話、出発・進行!なのである!」


「せえの!」

 みんなで手を合わせる。

「ゼロ災で行こう、よし!」

 そして、みんな、息を吐いた。

「2年目ね」

「ええ。1年のみんなも加わって、今年はまた上を目指したいわね」


「工作始める前に、確認ですー」

 工作用の予備教室の黒板に御波がメモを書いていく。

「今回はレイアウトの自動化を大きく進めます。

 そのために、DCC機器に加えて、PICとRaspberry Piを使います」

「PICとRaspberry Pi?」

 そこで詩音が小さな紙箱を取り出した。

「PICはプログラムできるIC。Raspberry Piはこれ。ラズパイって呼んでます。こんな名刺サイズだけど、一人前のPCとして動くのですわ」

 開けてみる。

「基盤むき出しなんだねー」

「これの専用のプラスティックケースが売られているので、それに入れて使うとホコリが付かず、扱いやすくなります。

 イギリスで考案された教育用コンピューターを元に、コンピューター科学の教育用に作られ、電子工作分野で多く使われているPCなのです」

「なのデース!」

「いきなり『艦これ』の金剛さんにならない!」

「イギリス・ヴィッカース造船所製の金剛で帰国子女との設定であるのだな。旧日本海軍の艦艇で外国製なのは彼女、とのことらしいのであるが、イギリス・ジョンブラウン社建造の前ド級戦艦であった工作艦朝日さんもまた帰国子女なのであろう。また金剛さん導入の謝礼、つまり賄賂を巡るシーメンス事件のシーメンスとはつい最近までの京急ドレミファインバーターのシーメンス社なのであるな。歴史とはなんと複雑なことよ」

「はいはい、歴史の話は今はいいですから」

「でも、Raspberry PiとPICの応用でいろいろ作るとしても、プログラミングをカオルだけにまかせていると、とても間に合わないわ」

「それに、今年はカオルはこれ以上降級しないために、まず将棋の方をやらないといかんのであるな」

「せっかくの将棋、あきらめるのも残念ですものねえ」

「人類に電王戦の栄冠を取り戻したいからの」


「というわけで、工作室でカオルの壮行会なのである」

「といってもコンビニスイーツとお茶のお茶会だけど」

「いえ、嬉しいですよ。じゃ、行ってきます」

「カオルちゃん、頑張って!」

「健闘を祈る。ここは出撃を総員帽振れで送り出すのだ」

「私たちに帽子ないよー」

「じゃあ、なんでもいいから振るのである」



「カオルさん、行っちゃった……」

「男らしい後ろ姿……」

「ダメ! カオルちゃんは女の子よ!」

「忘れそうになりますわ……」

「わっ、詩音ちゃん、失神ダメ!」

「でも、真面目な話、カオルちゃんいなくてプログラミングとかできるかなあ」

「やるしかないわよ」

「うむ、切迫した時局の趨勢に鑑み、部員総動員体制なのである」


「さっそくPCに開発用のソフトをインストールするのである」

「今はタダで使えるからありがたいですわ」

「何だろ、このエラーメッセージ」

「ググりましょう!」

「うわ、Google検索が使いすぎで火を吹きそう」

「あれ、そもそも開発ツールがはじめから全然動かないよー」

「あ、これ、ファイルが見つからないってエラーだよ。華子ちゃん、Windowsパソコンの名前に全角名つけちゃダメじゃない」

「だって、OSインストールの時、PCに名前をつけてくださいってときに、普通に日本語入力になってるんだもん」

「あれ、有名なワナよねえ」


「うーん、開発ツールが上手く連携して、動かないなあ」

「思ったけど、Raspberry Piそのものにデバッグさせても同じだよね」

「LAN組んで、PCでソースコード書いて、ラズパイ本体でデバッグでもいいんじゃない?」

「そりゃそうだ」


「なんだろ、このエラー」

「これ、もしかすると、ソースコードのスペースに半角スペースじゃなくて全角スペース使ってない?」

「あ! ホントだ!」

「でも、全部修正するのめんどいー」

「置換で全角スペースを半角スペース2つにすればいいのよ」

「あ、そか」


「で、これでビルド、っと」

「WiringPiのコマンド使うとき、実行コマンドはsudoってつけるんだね」

「そう、すどーさん」

「WiringPiって便利よねえ」

「ライブラリですね。ほんと、コンピュータをいろんな人が便利にしてくれてるわよね」

「おおー、LEDがちゃんと点滅するね」

「じゃあ、こうしてみましょう。ミリ秒の点滅を入れて、っと」

「おお! 蛍光灯のグロー球の点灯っぽい!」

「もっと点滅いろいろ入れてみよう」

「すごい! どんどんそれっぽくなる!」

「点滅の時間をミリ秒単位で自在に制御できるって、すごく面白いわね」


「あれっ、今度はラズパイに電源が入らない! 故障?」

「多分、電源アダプタが相性悪いんだと思う」

「あ、起動した」

「案外繊細ねえ」

「ラズパイの電源、ケータイ用の充電器使ってるもんねえ」


「あれ、なんで突然ぐちゃぐちゃにエラーだらけに!?」

「こういう時は……だいたい「;」が足りないんですよ」

「ほんとだ、「/」でコメントアウトしたの戻すときに「;」戻し忘れてた!」


「PICとラズパイのI/Oって、実際の使い方すごく違うね」

「プルダウン抵抗増やしてもなんか動作不安定な気がする」

「理解したいけど時間が足りないから、PICは灯りの点滅制御、出力専門でいいかも」



「こんなのつくったー」

「『模型計画の概要』?」

「実際の建築の看板を真似したのね」

「『模型計画のお知らせ』、『模型物の名称:北急相模原本線』って」

「おもしろ~い。作業室の前に掲示しましょう!」

「でも、下に『この標識は、海老名市模型構造物の模型に関わる紛争の予防及び条例に関する条例第5条第1項の規定に基づき設置したものです』って。

 なにその『模型に関わる紛争』って」

「……まさか、『ゲージ論争』とか」

「うわっ、そりゃ本当に炎上しちゃうわよっ」

「まあ、まさかそんな紛争は、この学校では起きないでしょう」

「うむ、掲示を許可するのである」



「レイアウトプランは3DソフトShadeで確認だね」

「ベジエ曲線で書いた図形が一発で立体化してくれるから楽よね」

「Shadeは、ちょっと頑張ればこんなキャラクターも作れる。はい、オリジナルモデリングの香椎1尉」

「うわ、やりすぎです!」

「さらにジョイントを入れてスキン設定すればこーんな格好も」

「わあっ、やめなさいって!」


「その上で学校用工作用紙でモックアップ作るんだね」

「3Dソフトだけだとわからないこともあるからね」

「さくさく作れてすぐ立体になるから楽しいわよね」


「古川さんにクラフトロボ教わったけど、ようやく今度は3Dプリンタも活用できそう」

「3Dプリンタでインピーダンスボンドを作るのかー」

「信号機には絶対必要だもんねえ」

「おおー、どんどんフィラメント盛って作っていく」

「これ、手で全部作ると思ったらゾッとしますわ」 


「なるほど、そういう考え方でコンクリート構築物って作るんですのね」

「そうです先輩。材料の選び方ですでに差がつきます。

 耐水ペーパーを使うのも方法なんですよ。汚れ方もこんな感じです」

「たしかにそうですわ。いつも自然造形には関心を持っていたのですが、人工構築物の知識は不十分でした。でも、研究すると面白いですわ」

「先輩の草木の植生理論のお話のお返しです。植生理論って、想像もつきませんでした。草木っててっきりランダムに生えているのかと思ってましたけど、人間の察することの出来ない必然性があるんですね」

「この世に必然性のないものは存在しないのですわ。その必然性に気づくことこそ、観察と再現の楽しみです」


「LEDは今年からは抵抗値計算で固定抵抗でいきましょう」

「光の強さをCRDより細かく制御できるんですよ」

「チップLEDはできあがったらUVレジンで固めると安心して使えるわね」


「あれ、この建物の電飾の電源線、どう通すの?」

「そういや、ここにやったら電線が見えちゃう」

「でも、3階と2階繋げるのはその前と後、どっち?」

「配線する前につなぐと配線に手が届かない」

「配線しないと3階と2階の位置決めできない」

「ありゃ! どうしたらいいんだろう!」

「うわっ、ハマった!」

「冷静になりましょう! 疲れてるのよ!」



「はーい、差し入れー! アイスのスイカバー買ってきましたよー!」

「えー、ハーゲンダッツじゃないの?」

「脳は実はとても大食らいの臓器であるので、任務中の糖分補給は必須なのであるな。まず、休憩とするのだ。

 みんな、窓の外を見ながらアイスバーを食べる。

「すごく美味しい! 糖分がすごく脳に沁みる!」

「うむ、たしかに美味である」

「でも、嬉しいなあ。疲れてても」

「そうね。夏に向けて、充実してるわね」



「えっ、カラーパウダーとかバラスト固定するのに売られているシーナリーボンド使っちゃうの?」

「はい。水溶きボンドと同じですけど、洗剤とボンドと水を調合せずに、そのまますぐに使えます」

「でも、高価くない?」

「このスプレー容器と一緒になってるから、その分元が取れますよ」

「あれ、スプレーしても出ない!」

「多分販売店で売ってるうちに容器の底に成分が沈殿して、詰まってるんですよ。混ぜなおせば出るようになります」

「おおー、たしかに使いやすい。値段分あるねえ」

「まだまだ使ったことのない材料や道具がいっぱいあるわねえ」



「うむ、食事への買い出しへゆくついでに取材するのであるな」

「現場百回ですもんね」

「刑事ですかっ!」

「ららぽーと海老名、どんどん出来ていくわね」

「こうやって新しい街が出来上がるんですね」

「海老名のここは、相模国国分寺以来の美しい田んぼだったのですが、それに優る豊かなものになって欲しいですわね」

「わ、建築計画概要の看板がこんな一杯! さすが大プロジェクトね」

「これ、仕掛品一覧みたい!」

「わーっ、やなこと言わないで!」


「そして食事タイムなのである」

「もう料理の自作も慣れちゃいましたね」

「詩音くんも昔はキュウリを焼こうとかのなかなかの強烈な独創性であったのだが、今や鮎を焼いてくれたりとなかなかの成長である」

「魚焼きのこと、ちょっと調べまして」

「って、うちわで煙を飛ばしてる! どんな老舗料亭の焼方さんなんですか!」

「こうするとよいとありましたので」

「何事も研究熱心は良いことなり」



「私たちのレイアウトも出来てきたわね」

「電線張っちゃう前に、ここに私たちのフィギュア置きましょうよ!」

「作ったの?」

「わ、似てる! すごく似てる!」

「ありがとうございます!」


「自動運転の調整なのである」

「車両の調整とダイヤの調整が調和しないと」

「これは古川さんの出番だなあ」

「ノウハウ凄いもんね」

「DCC派のツバメちゃんの本領発揮ね」



「そして、いよいよ自動運転と連動する駅アナウンスの録音なのである。

 そこで、放送部に機材を借りるのだが……」

「え、どうしたの?」

「それが、誠に遺憾ながら、放送部に機材の借用に交換条件を出されての」

「交換条件?」


「なんでこんな格好なの! ヒドイっ!」

 みな、県立の野球場のロッカールームでぶうぶう言っている。

「チアリーダーなんて、やったことないわよっ!」

「ちょっと、なんというか、正直、恥ずかしいですわ」

「これで野球部の試合の応援とか、聞いてないー! こんなのやだー!」

「そこは見よう見まねと適応力でなんとかしのぐのだ。機材を借りるにあたって、活動資金が足りない足元を見られてしもうたのだ。うぬ、背に腹は代えられぬ」

「というか、これ、背中もお腹も出しちゃってるじゃない!」

「へそを出すともいうのである」

「変態、変態、ド変態っ!」

「ともあれ、精一杯応援するしかないのだ。

 フレー、フレー、なのである」

 着替えてみんなで応援席に上がると、わっと歓声が上がる。

「ううっ、歓声は嬉しいけど、運動不足で身体が上手く動かない!」

「でも、チアは笑顔、笑顔ですよ! 先輩!」

「さすがレイヤーさんね。マナちゃん、ポージング上手い!」

「先輩たち、がんばって!」

「しかし、それにしても、うちの高校のダンス部、動きキレッキレですね」

「うむ、県下でも有名であるからの」


「でも、これでやっと録音できるよー」

「で、総裁の作ったアナウンスの原稿はこれね。

『今度の列車は、各駅停車・本厚木行です。黄色い線の内側に下がってお待ち下さい』

 なるほど。じゃ、発声練習しましょう」

「ほんと、カナちゃんすごく可愛いアニメ声よねえ。オジサンキラーね」

「よくいわれますー」

「でも、え、なにこれ。

『次の発車は、寝台特急富士号、西鹿児島行きです』

『今度の列車は、北海道新幹線はやぶさ号、新函館北斗行です』

 って、これ! うちのレイアウトで絶対に使わないアナウンスじゃない! 私たちの作ってる駅に、そんな長距離列車止まんないわよっ」

「せっかくだから録音しておこうとのことらしいわ。放送室借りるの大変だったし」

「この時間ないのにチアリーダーまでしたもんねえ。でも、これは何?」

「『対空戦闘準備! 対空戦闘配置につけ! 目標航空機、10度の方向、ますます近づく、識別攻撃機、対空戦、SM-2攻撃はじめ! バーズ・アウェイ! インターセプト10秒前、マークインターセプト! ターゲットサバイブ! 5インチ砲攻撃はじめ、撃ち方はじめ!』 って……」

「それ、イージス艦のミサイル発射手順じゃない!」

「うむ、兄上が内々についでに録音してくれと所望したのである。おそらく海自の訓練教育用であるな」

「アニメ声の『バーズ・アウェイ』って……」

「それって、海上自衛隊、いくらなんでも始まりすぎでしょ……」

「というか、声がいいからっていくらなんでもマナちゃんの声で遊びすぎです!」

「次の原稿、こんどは楽譜付きとか! マナちゃんこれじゃボーカロイド状態じゃない!」

「生きたボカロなのである」

「ヒドイッ」



「自動運転の調整難しい?」

「もうね、頭パンパンになりそう」

 ツバメは英文のデジトラックス社のマニュアルを傍らにおいた。

「正直、苦しいわ。古川さん、予想外にスパルタだし。まあ、時間ないからどんどんやらないといけないけど。

 DCCって、奥が深い。まだまだ知らないことがいっぱい出てくる。私がDCC派だってこと忘れそうになる、というか、DDCのこと、よく分かってなかった。

 DCC派って看板、下ろしたくなっちゃうわ」



「加減速を鈍らせて、超低速モードの速度を設定して」

「この超低速状態を揃えるのは目で見なきゃいけないんですね」

「フィーリングだからねえ。でもそれだからこそ、自動運転がすごく見るものの感性に訴えかけるんだよ」


「ああああ、肩がこるー! いたたたたた」

「高校生で肩こり? と思うけど、こんな細かい作業ばっかりしてると、凝っちゃうわねえ」

「うむ、そこで、今からこんな体操をするのである」

 そう言うと総裁は、自分のiPhoneで音楽をかけた。

「皆、ワタクシに習って体を動かすのだ」

「なんですかそれ」

「『国鉄安全体操』であるのだな。今でもJRで行われておるらしい」

「そんなものが」

「うむ、体を動かすと血行が良くなり、気分転換とともに、体内の疲労物質の排出に非常によろしいのであるな」



「何このメロディ。どこの駅の発車メロディだろう?」

「さにあらず。マナくんがワタクシが偶然歌っていた鼻歌を、ケータイの作曲アプリでアレンジしてくれたのである」

「え、総裁の鼻歌からオリジナルの駅メロを作曲!?」

「うむ。マナくんに斯様な能力があったとは、驚きなのである」

「すごい!」

「今年の1年はみな、潜在能力が凄いのである。

 アヤくんは模型の腕では詩音くんと同等に近い。雑誌掲載の栄誉にも輝くだけのことはある。

 カナくんは思いの外音鉄に育ってくれた。耳の良さはピカイチである。また声質もなかなかの美声。

 マナくんはアヤくんやカナくんと協力した上にこの稀有な作曲能力。コスプレもさすがである。

 まさに第2艦隊も一騎当千、ああ栄光の水雷魂であるのだな」



「あれ、疲れてるのかな……ドアの向こうに人影が見える」

「えっ、幽霊?」

「だれが幽霊なんですか!」

「カオルちゃん!」

「あ、カオル先輩だ!」

「すごく疲れたけど…」

 カオルはおみやげらしき紙袋をさし上げた。

「勝ってきたぞと板橋区」

「帰ってきたぞと葛飾区」

「何その会話……」

「一応、昇級果たしてきました。C組首位です。次回からB組です」

「おめでとう!」

「すごーい!」

「で、あとはレイアウトづくりに復帰です!」

「頼もしい!」

「でもそのカオルに総裁、一度将棋で勝ったのよね……」

「総裁、恐ろしい!」



「うむ、カオルの合流でマンパワー十分、一気に作業が進んだのだな。

 試運転もある程度できた。これ以上は設営後に調整なのだな」

「レイアウトもほぼできたわね」

「また完成記念ムービー撮りましょう!」


「撮影用編成、編成組成・よし、パンタ上げ・よし」

「確認は大事だねー」

「複々線だから車両多くて、この確認も気使うわね」


「おおー、でもそれだけあって、迫力いいですね!」


「今年は光回線入れてあるから、アップロード速いですよ!」

「コーデックも合わせてあるから、YouTube側の処理も速いです」



「でも、疲れた…」

「うぬ、ここは最後に特別食配給なのであるな」

「そうです。華子ちゃんの家、食堂『サハシ』でとんかつ食べましょう」

「とんかつ?」

「昨年も行ったゲン担ぎと疲労回復なのである」


「ああ、このお食事券がまたいい……」

「今年もですね」

「そして一口、いただくのである」

「ああああ、豚のビタミンが胃に沁みる……」

「取調室でカツ丼、ってのは、ほんと、合理的だったのかもですね。

 こんな美味しいの食べてたら、固く閉ざした心すら、動かないわけ無いですもん」

「ほんと、そうよねえ」


「ああ、美味しかった……」

「うむ、そして本番いよいよ頑張るのである」



 ビッグサイトが見えてきた。

「来たわね」

「うむ、決戦である。搬入のおにいさん、今年もおねがいするのだ」

「いいよー」


「展示建てこみも手際良くなったわね」

「1年生の飲み込みの良さが助かるわ」

「ほんと、搬入中は去年と同じく暑いなあ。搬入に車が入るときは冷房ないんだよね」

「いや、去年より暑い気がする」

「あ、冷房が入った」

「拍手したくなっちゃうわよね。ほんと。去年に引き続き」


「テーブルタップ足りる?」

「今年はさらに電装品多いから、電源確保が大変ですわね」

「あれ、足りなくない?」

「ええっ」

「あ、私のがありますよ!」

「助かるわ! って、なんでテーブルタップ常に持ってるの!?」

「いや、カフェでコンセント使うとき、隣の人に『あ、お一つどうぞ』って」

「タバコじゃないんだから……」

「タバコ、ダメ、ゼッタイ!」

「ともあれ、これで足りたのであるから良き哉」


「搬入、設営完了!」

「うむ、これで終わりである。

 各員、睡眠をよく取り、明日に備えるのだ」



 翌朝。

「いよいよ、コンベンションのオープニングね」

「りんかい線で会場に近づくと、それっぽい人が増えるわね」

「東京テレポート駅の『踊る大捜査線』のメロディを聞くと、次が国際展示場駅だから、ほんと、ついに始まるな、って感じ」

「勝負ね」


 御波は、ビッグサイトに入る前に、正面の「鉄道模型コンベンションコンクール」の看板を、ケータイで撮った。

「御波ちゃん、いくよー」

「はーい」


 オープニング前。

 みんなは、自分たちのレイアウトを皆で見つめて無言になってしまった。

「つい、謙遜したくなるであろう。

 しかし、それは謙遜のようでいて、予防線ではないのか?

 その時は、全力で、それしかできなかったのだ。

 でも、あとから思えば、なんとかならんかなと思ってしまう。それはしかたがない。向上心とはそういうものだ。

 だが、それはなんともならんのだ。

 だから、ぐっとこらえて、精一杯やったと胸を張るのだ」

「そうですわ。胸を張って展示しましょう!」

「予防線を張る癖をつけると、どんどん予防線の予防線で後退してしまうからね」

 古川さんが微笑んだ。

「はい!」の声が揃った。



 そして、展示が始まった。

「うむ、早速なかなかの反響である」

「自動運転もうまく動作してます」

「あれ、マナちゃんどっかいった」

「ほんとだ、いない!」

 すると、そこにマナが北急電鉄の制服姿で現れた。

「ええええっ、ほんとにコスプレしちゃってる!」

「ちょっと着替えに時間かかっちゃって」

「レイヤーの面目躍如である」

「でも、アレンジして、レイヤーっぽくすこし露出増やしてみたんですが」

「わっ、ほんとだ! スリット入れたりショートパンツにしたり!」

「まるでレースクイーンみたい!」

「少し露出、じゃないでしょ! ぜんぜん「少し」じゃない! それ!」

「ぃゃらしぃー!」

 御波が変な声で顔を真赤にしている。

「うぬ! それはワタクシの秘密兵器、あぶないみずぎへの挑戦であるな!」

「わー、みんな、やめてください!」

「あ、だて先生! もー、なんとか言ってくださいよ!」

「うーん」

「あくまでもKENZEN、です!」

 マナは主張する。

「そうはいってもねえ……」

「うぬ、でもその意欲は買いたいと思うのであるな」

「……そういうことにしようか」

「ありがとうございます!」

「しかし、ここでこんなガチのコスプレした子、初めてじゃない?」

「ですよねえ」


「さて、今年は展示の案内できる人数多くなったから、交代で他のところを偵察に行きましょう!」


 アヤと詩音が一緒に偵察に行く。

「ほんと、いろんな展示がありますね。

 狭いレイアウトなのに、奥行きなしでもすごい奥行きを表現しちゃうとか」

「背景と前景の境目に工夫がありますわ。

 模型は実物ではないし、実物の縮小では模型としてのさまざまな制約条件を満たせない」

「そうですね」

「鉄道模型ってのは、すばらしく優れて哲学的なものですわ。

 それが私にとって、とても魅力的なところなのです」


「あ、模型神社だ!」

「お参りしましょう。模型供養をしないと。またしても多くの模型にナイフを入れ、改造しましたからね。とはいえ、でなければこのような晴れ舞台を踏む模型にはできなかったのですから」

「見ると、なんかいろいろ模型がここにも置いてある」

「模型を残して亡くなる方もいらっしゃるのです。その供養も行っているそうです」

「そうなんですか……なんか、悲しいですね」

「でも、ここから新たなオーナーに引き継がれることもあります。

 模型ファンも高齢化が進んでますから、こういうものも必要なのでしょう」

「いつも私達を楽しませてくれる模型には、本当に感謝ですね」

「そうですわ」



「ミエさん!」

「あ、豊岡の! よく来ましたね!」

「遠いところからようこそ!」

「寝台特急サンライズで上京してきたんです。昔は山陰線経由の寝台特急『出雲』があったけど、なくなっちゃって、いまは一旦、山陽側に出なくちゃいけないんですよ。

 しかもサンライズ出雲は満席で、サンライズ瀬戸の方に乗ってきたんです。

 でも、ほんと、いいなー! うちの高校、鉄研ないから、羨ましいです!」

「ミエさんどうするんですか、今夜は」

「親戚の家に泊まって、あさっての新幹線で帰ります。小さい頃からのお盆のこれが楽しみだったんですよ。これで総裁と知り合ったんだし」

「なるほどー」



「あら、あなたたちのレイアウトはこれ?」

「あっ、あなたは! 前シーズン最終話以来まったく出番のなかった、ライバル森の里高校鉄研の、美里さんじゃないですか!」

「あなたたち、紹介はありがたいけど、著者と一緒になって、どこまで読者怒らせたら気が済むの? ふんっ!」

「でも、森の里高校、今回出展ないですよね」

「そう。いろいろ忙しくて、諦めたの」

「そんな……」

「準備不足で恥をかくぐらいだったら、諦めたほうが潔よいのよ」

 でも、その美里の表情が、みんなのレイアウトを見てどんどん変わっていく。

「つまらないわ」

「ええっ!?」

「がんばって出展すればよかった。

 見るだけじゃつまんない」

「え?」

「……べ、べつに負け惜しみじゃないですからね!」

 そういうと、ぷいっと彼女はきびすを返して去っていった。

 その後姿をみんなで見る。

「あの気持、わかる気がするよ。

 だから」

 古川さんが促した。

「なるほどなのである」


「美里さん、手に持ってるバッグの中は、車両ケースじゃないですか?」

 みんなで美里に声をかける。

「そ、そうだけど」

「開けて見せてくださいよ。拝見したいなあ」

「えっ」

「美里さんの模型、見たいんですよ!」

「展示ブースの裏で見ましょうよ」


「すごい! アニメに出てきた現代装甲列車!」

「ステキですわ! チップLED使ったパトランプが本当に回っているように見える!」

「うちのアナログ線走ってもらいましょうよ!」

「えっ!」

「せっかくですもの。走ってるところ、見たいです!」


「おおー! ますます鈴なりにギャラリーが!」

「目立つ派手な車両だもんねえ」

「写真とってる人もいっぱいいる!」

「やっぱりレイアウトと車両は揃わないとねえ」


「美里さん、ありがとうございました!」

「新入生にもいい勉強と刺激になったと思います」

 美里は、どう言っていいかわからないといった顔をしている。

 でも、言葉を絞り出した。

「あ、ありがとう」


「素直になればいいのにねえ」

「うむ、美里くんの心には、まだまだ厳しく凍てついた絶対領域があるのであろう。

 しかし、神州不滅の信念のワタクシにも、そこに萌えあがる春を呼びこむ時間は、もうないかもしれぬ」

「え?」

「む、気にするでない。アタリマエのことに過ぎぬからの」



 そして、1日目の展示の終わりだった。

「詩音ちゃん、大丈夫?」

「ええ。最悪の場合は我が家の執事を呼びますので」

「でも、体のもともと弱い詩音ちゃんに加えて、御波ちゃんまで具合悪くなるなんて」

「今年の夏、暑かったからねえ」

「救急車呼ぶ?」

「呼んじゃったら大事になっちゃう!」

「でも」

「なにか他の方法で元気になれれば! そうだ、私の薬、使えるんじゃない?」

「靴ずれはこの絆創膏でなんとか」

「もし問題あるなら、御波さんも執事の車で一緒に帰宅しましょう」

「え、いいの?」

「ええ。執事にちょっと大きめの車を回してもらいますわ」

「でもちょっと歩かないといけないけど……歩ける?」

「歩きます」

「じゃ、みんなで一緒に」

 長いビッグサイトの通路を歩く。

「友達と一緒なら、心が折れないね」

 通路の終わりが見えてきた。

「折れなければ乗り越えられる」

「そうだね」

「照れちゃいそうだけど、痛くて照れてる余裕がなくて。ごめんね」

「ええよー」

「あ、執事の車が来ましたわ」

「えっ……マイバッハ・プルマン?!」

「我が家で大きめと言ったらこの車なのですが……小さいでしょうか?」

「小さいって……」

「詩音ちゃん……この車のこと、ぜんぜん知らないの?」

「ええ。自動車には興味がなくて。ただ、プルマンと付いているから、客車のプルマンと何か関係があるのかなとは思っていたのですが」

 そういうその車は、マイバッハの最新リムジンである。

「だってマイバッハ・プルマンは2016年春からデリバリーされるって言ってたけど……」

「そうなんですか? この前お父様に、見慣れぬ外国の方が大きな輸送車とともに突然いらっしゃって、テストを兼ねてどうとかこうとか」

「えええええ!」

「知らないというのは、げに恐ろしき事なり」



「2日目の展示である」

「あれ、舘先生、どうしたんですか」

「いや、ね。ほんとみんながんばったね。それでね」

「……えっ、受賞候補!? うちが?」

「らしい。いま、選考会議で検討しているって」

「すごい!」

「頑張った甲斐があったね!」

「うぬ、しかしまだ確定ではないのだ」

「そうだけど」

「結果は結果でしかないのだから、まずは展示の完遂に集中なのである」


「出店者購入タイムなのである」

「でも、こういう時こそ、来年に向けての材料の仕入れですね!」

「さふなり」

「あ、いい発光色のテープ白LED! 安い白LEDって青みが酷く強いんですよね。

 あの、お幾らですか?

 ええっ、安い! この質でこれなら安い! 買います買います!」

「うむ、顔を見ての買い物は、やはり安心感が違うのである」



「3日目、最終日ですね」

「総裁、最後の授賞式に来てください、って」

「さふであるのか。うむ、では、アヤくん、一緒にいくのであるな」

「えっ、詩音先輩じゃないんですか?」

「さふなり。1年の君と出るのだ」


 授賞式が、終わった。


「準優勝であった」

「すごい!」

「去年は注目されたけど無冠だったもんね!」

「やった!」

「……優勝できなかった」

 それなのにアヤは震えている。

「勝ち負けじゃない、って言うのは、常にいつも敗者の言葉です。

 勝ちたかった。

 せっかくあんなに頑張ったのに。

 悔しい。悔しくて、死にそう。

 勝負では、勝たなきゃ、意味がない」

 アヤは、悔し涙に濡れている。

「一番じゃなきゃ、ダメなんです!」

みんな、びっくりしている。

「うぬ、優勝でなければ意味が無いのであるか?」

 総裁はそういいながら、アヤにハンカチを渡して、涙を拭わせる。

「このコンベンション、コンクールは、いつから戦争になったのだ?

 国家間の技術開発競争や経済戦争などなら理解できるのであるが。

 そもそも、悔しい、と後悔するほどに、この挑戦で手を抜いていたのであるか? それなら仕方ないのであるが。

 競うことというのは要素の一つに過ぎぬ。

 挑戦においての本義は、内容を充実させることなり。

 たしかに優勝を目指した。しかし、その結果、我々は準優勝ではあるが、こんなに良いレイアウトを作れたではないか。

 この仲間、友情を手に入れられたことで、ワタクシは大変満足なのであるな。

 優勝と準優勝のあいだにあった差はどれほどのものであったか。

 審査の先生方もさぞ審査に苦労したことであろう。

 それでもなお、準優勝の嬉しさを、我々は満喫しようではないか。

 コンペでは、優勝のほかはみな、こう思わざるをえない。

 しかし、そこにこそ、こういうコンペの主眼がある。

 優勝してしまったら、それはそれでしんどいこともあるだろう。

 でも、我々にこれだけの仲間が増え、喜んでもらえれば、もう十分に近いと思われるのだ。

 そして、この悔しさがあるからこそ、来年も楽しみにこの挑戦ができるというものなのだ。

 本来、挑戦をするということは、勝利するためだけではない。

 上には上があり、上に立つべきものに対してのリスペクトを身につけ、自らを律し分をわきまえることを知ることも目的なり。

 勝利しか目的がないのなら、世界一、宇宙一、時空一になるしか道はなく、それはほぼ際限のない苦しみとなる。

 勝利もまた目的の一つではあるが、負けてもこうして得るもの、学ぶものも多いからこそ、挑戦に意義がある。

 この挑戦は、挑戦であって、決して戦争ではない。

 だから栄誉はあっても、屈辱はないのであるな」

 詩音は頷く。

「そうですわね。嬉しさは比較しても仕方がありませんけど、……でも私は、ほんと、とても嬉しい!」

「詩音ちゃん……」

「だって、この高校に入学しても、保健室登校スタートだったんですもの。

 それが、1年も2年もこんな楽しい夏を過ごせるなんて、思ってなかった!」

「そうね。私も、こんな夢中に過ごした夏って、初めてだもの」

「デスヨネー!」

「まずは存分に喜ぶのだ。優勝へあと一歩足りなかったものは、それはまた後での分析で良いのだ」



「うむ、歓喜の後は撤収なのである」

「撤収のときのほうが積み込みうまくなるわよね」

「そうね。それで」

 みんな、ビッグサイトを見上げた。

「秋が来るわねえ」

「ほんと、そうね。これで、夏がおわるわ」


「来年どうする?」

「1年生が頑張るしかないじゃない」

「でもねえ」

「がんばります。だって、この先輩たちのあと、継がないと」

 アヤが声を上げた。

「継げないとしても、継ぎます。私たちの力で!」

 マナも続く。

「私も、高校生活で、もうすこしも後悔したくないです!」

 カナも加わる。

「うむ、それが何よりもの最大の成果なり。第2艦隊にも次期主力艦隊としての自覚ができた。それが一番である。

 では、スーパー銭湯での恒例のお風呂ファイトで締めなのであるな」



 みんなで夏の空を見上げながら、銭湯の露天風呂に浸かった。

「ああ、ほんと、心地いい疲れ」

「ふわーっとして、楽しいですわ」

「あそこまでがんばれて、よかった」

「さふである。みなと斯様に心ひとつにできて、大変幸せだったのである」

「やだ、もう終わるようなこと、言わないでくださいよ。フラグ立っちゃうみたいな」

 総裁は、その瞳に、小さな光を宿した。

「フラグであるのか」

「え?」

「うむ、なんでも、防ぎ得ないものというのは、あるのだな」

「なんですかー! もー! やだなあ」

「まあよい。今はまず、存分に喜ぶのである。気にせずとも良い」

「やだなあ、気になるなあ」

「そこはすまぬことなり」

「……なんか、総裁が謝ったの、初めてな気がする」

「そんなことはねいのであるな」

「あー、総裁、けっこう動揺してる!」

「それもねいのである」

 みんな、めったに見ない、照れた総裁の表情に、また笑ったのであった。



<次回予告>

「よかったわね! ほんと!」

「赫々たる戦果なり。なおかつ第2艦隊の活躍も目覚ましかった」

「ほんと、そうですわねえ。ほんと、終わってみれば、実に頼もしい1年生たちでしたわ」

「で、次は? え、もう11話? しかも『旅は歌とともに』 って、旅って修学旅行のこと?」

「うぬ! なにをそんなまともなことをおっしゃるのだ」

「デスヨネー」

「ええっ、そうなの? ヒドイっ!」

「ともあれ、おたのしみに!」


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