キャッチアコールド!
第二話です。雅希と榛樹のドキドキ感が伝わったらいいなと思います。
「ここはこのXに代入して…こらはな寝るな」
「まさちゃーんもう眠いよー」
「もうちょい頑張れれお、ほらこのページ終わったら寝ていいから」
時刻は午前の1時半。いつもならさっさと寝ろ!と注意する時間だが、俺こと重田雅希はこの同居人兼幼馴染達に数学を叩き込むために夜更かしをしている。
「まさーこの問題日本語で書いてないー」
「お前は母国語も読めなくなったのかよ、はる」
俺たちは同じ高校に通う高2で、明日…厳密には今日は定期テストの最終日だ。
しかしその最終日の科目というのが数学。俺は数学は比較的得意でむしろ救いなのだが、いかんせんこの同居人達は数学が苦手で赤点まっしぐらである。
さすがにそれでは進級に響くということでこうして勉強を教えているのだ。
「で、出来たよまさちゃん…」
「オレも出来た…」
「Zzz…」
「おっほんとだ!二人ともよく出来てるな。はな…はもう寝てるけどちゃんと出来てるね、偉いぞ。」
三人の頭を撫でて労う。
(皆ほんとに頑張ったんだな。テスト終わったらご馳走作ってやるか)
「さーて、もう寝ていいぞ」
そう言って何を作ろうか考えながら立ち上がった時、急に足元がふらつき立っていられなくなって手をついてしまう。
「あ、あれ?」
まるで頭の中で鐘を鳴らしたかのようにぐわんぐわんと平衡感覚が無くなる。
「まさ?どうした」
榛樹が心配そうに顔を覗き込んでくるが反射的に安心させるように笑って何でも無いと答え、今にも寝そうな同居人達を各々の部屋に向かわせた。
(ずっと下向いてたからな。ちょっと疲れただけだろ、大丈夫。)
そう思い直すと、次第に平衡感覚も元に戻っていった。
ーーーーー
「やっと終わった…」
誰にとも無くそう呟き、一日の終わりを示すチャイムが鳴り響く教室で、伶織と榛樹と花之介が机に突っ伏している。
「みんなお疲れ様」
そう言って笑おうとするがどうも今回ばかりは自分も疲れているのか上手く笑えない。
皆に勉強を教えて、その後に自分の勉強をしたので結局寝るのは4時半になってしまった。今回のテストではほぼ毎日人に教えていたから丸々一週間ほどこんな状態が続いていた。
(あ、ノート…提出しなきゃ)
鞄からノートを引っ張り出して教壇に向かう。
(なんか頭グラグラするな…これやばいんじゃないだろうか)
目の前がグニャリと曲がりだし、自分が立っていられているのかもよく分からなくなる。
おぼつかない足を無理矢理前に出して、倒れないように必死に神経を集中させる。
「こっち来てみろー」
「おい待てよー!」
ふざけて追いかけっこをしている声が聞こえたと思ったら背中にドンッと人がぶつかる感覚。
(うあっやば…)
「まさ⁉︎」
硬い感触で自分が床に倒れている事を理解するが、頭がぼんやりとしてうまく思考が働かない。重力が何倍にもなったかのように体が重い。
「まさ!おい、雅希!!」
霞んでいく視界の中で、榛樹の声だけが響いていた。
ーーーーーーー
「う…?」
「気づいたか⁉︎だ、大丈夫なのか⁉︎」
目を開けると横に座っていた榛樹が、取り乱した様子で聞いてくる。
「ここ…俺の部屋?なんで?」
「まさってば急に倒れちゃったからさ、とりあえずオレが連れてきた」
(ああ…俺結局倒れちゃったのか)
「ごめん、迷惑かけたな…は、はっくしゅん!…うう…さむ…」
「まさってば保健室で診てもらったら風邪引いてるし熱出てるしさ。ちゃんと布団被っとけよ?全くもう。昨日、てか今週ずっと寝てなかっただろ。」
素直に驚いた。寝ていない事は隠していたはずなのに、まさか榛樹にばれていたなんて。
「あ、はは…寝てる暇無くてね」
苦笑いで答えると、いつも笑っている幼馴染の顔が暗くなる。
「頼むからさ…無理、しないでくれよ。心配するから。」
俺が寝ている布団の上にぽすっと頭を突っ伏して呟くので、その表情は見えない。
「ほんとに、生きた心地がしないってこういう事を言うんだな。呼びかけても揺すってもまさ、起きてくんねえし。まじで死んじゃったかと思った。」
突っ伏していて顔は見えないが、酷く安堵した声をしているのに気づき、なんだか無性に抱きつきたくなった。少し、風邪のせいで心も弱っているのかもしれない。そう、風邪のせいだ。
「はる…ごめん」
「まさちゃーーん!!!」
「まさちゃん、」
「れお、はな」
伶織と花之介が俺の名を叫びながら扉を開け放ち、飛び込んでくる。
「痛いとこない⁉︎大丈夫⁉︎無事でよかったよ〜〜!!」
「まさちゃん痛いの痛いの飛んでけー」
半泣きの伶織と、俺の頭を撫でて痛みを飛ばしているらしい花之介。
「皆心配かけちゃったね、ごめん」
自分は本当に情けない。この程度で倒れてこんなにも心配させている。
「ありがとね」
そして、すごく嬉しい。俺のたった一言で心配そうにしていた3人が笑顔になる。ただそれだけの事なのに胸に温かい物が広がるように、満たされていく。
「ほら、はなとれお。まさの風邪がうつるからお前らは自分の部屋行ってろって」
「やだー!はるちゃんは居るんじゃん!」
「やだー」
「オレはまさの世話するからいーの。ほれ、出てけ出てけ」
むーっとむくれている伶織とそれを真似して頬を膨らませる花之介が部屋から出て行くのを見て少し笑ってしまう。
「はるも風邪うつっちゃうから一緒にいない方がいいよ」
「ばーか、恋人がへばってんのに放ってなんかおけねーよ」
榛樹がそう言って頭を撫でてくる。顔が熱いのは、熱のせいだけなのだろうか。
「さて、オレはお粥でも作ってくるよ。インターネットさんに頼れば出来るはず…多分」
(あ…はるが行っちゃう…)
「え?まさ?」
気づいたら榛樹の服の裾を掴んでいた。まるで引き止めるように。
「どうした、まさ?」
「あ、いやっごめん!何でも無い!それよりお粥ね!いやーお粥食べたいなーっ」
「そうか?じゃあちょっと作ってくるから」
「うん!よろしくよろしく!」
必死にまくしたてて榛樹を部屋から追い出す。
(お、俺今何した?なんで引き止めようとなんてしたんだよ?それじゃまるで…)
まるで、榛樹に側にいて欲しいみたいじゃ無いか。
先ほどから心臓がうるさく脈打ち、顔の熱さが何倍にも跳ね上がっている。何だか無性に胸が痛み、苦しくなった。
「はる…」
呟くとより一層胸が苦しくなって涙が滲む。なぜ胸がこんなにも苦しいのか分からない。このままでは得体の知れない不安に押し潰されそうで、それから逃れるように布団を頭まで被り、目をギュッと瞑った。起きたら、風邪と一緒にこの不安も消えてくれと願って。
ーーーーーーーー
「え…お粥ってどうやって作んの…」
オレ、金田榛樹は雅希の為にお粥を作ろうと奮闘していた。
「えーっと…鍋ってどこにあるんだ…?」
自慢じゃ無いが、オレは全く料理が出来ない。普段は雅希がやってくれるし、そもそも不器用なので料理は向いていないと思う。それに、オレたちの為にエプロンを着けて家事に励む雅希を見るのが大好きだから。
「それでもさすがにちょっとはやらなきゃとは思ってたけど…あーまさの手伝いちゃんとやっときゃ良かった…」
そうだ。雅希は常に成績は上位で頑張り屋である。その上今回はオレたちに遅くまで数学を教えて、加えて他の友人達にもLINEやらで勉強を教えていたらしい。そこに家事も加えるとなると雅希の負担は相当だ。
「今度からちょっとは手伝わなきゃな」
少しでも負担を無くしてやりたい。もう、恋人に無理はして欲しく無い。
「にしてもまずお粥だよ!一応ヤホー先輩で調べたけど何この出汁って…どうやって出すの…?前にオレの汗だくのTシャツ絞ってたられおに『はるちゃんの出汁臭いー!』って言われたけどそれでいいの?」
余程テンパってしまったのか意味のわからない事を悶々と考えていると、扉が開く音がした。
「あれ?はるちゃん何してるの?」
「はるちゃん頭抱えてる」
「れお…はな…よくきてくれたあああ!!」
「えっ何⁉︎なんで抱きつくの⁉︎」
「はるちゃん苦しい」
ーーーーーーーーーー
「いやー良かった良かったお粥出来て!」
その後花之介と伶織に手伝って貰ってなんとかお粥は完成した。
「まあれおは全く役に立たなかったけど…ってオレも一緒か。にしてもはなが料理出来るなんて意外だったな」
普段あまり喋らない花之介に珍しく扱かれながらなんとか出来たお粥だが、味見をした限りオレ的にはよく出来てると思う。もちろん雅希の作る料理には勝てないが。
「さて。まさー、入るぞー」
ノックをしてから部屋に入ると、頭まですっぽりと布団に隠れ、寝息を立てている恋人の姿があった。
「まさ?…って寝てるのか」
「ん…はる…」
「え?」
起きてるのかと驚くと、また寝息が聞こえ始める。
「寝言?寝言でオレの名前呼んだ…?」
「…はる…榛樹…行かないで…」
「まさ…?」
幼馴染の時々漏れる寝言に違和感を感じる。それに、寝息とは違う嗚咽のようなものも聞こえた気がした。まるで、泣いているような。
「…っ雅希!」
慌てて布団をめくると、嗚咽を漏らしながら苦しそうな顔をして寝ている恋人が居た。
「雅希…っ雅希起きろ!」
「ん…はる…?」
雅希を上半身だけ抱き起こして強く抱きしめる。
「はる?どうしたの…?」
「なんで泣いてた」
「え?」
泣きながら呟いていた事。辛そうな顔。そんなもの見たくない。オレは、ただ笑っていて欲しいんだ。
「オレ、離れないから。ずっとここに居るから」
「はる何言って…」
「だから!オレは絶対にお前から離れないから…っまさもずっとオレの側に居てくれ!」
「…っ」
驚いた顔をした後に目尻に涙を浮かべて何言ってんの、と笑う雅希を、すごく愛しいと思った。
ーーーーーーー
「あのー、榛樹さん?この状態は一体なんなんでしょうか」
榛樹を珍しくすこーしだけ格好いいと思った後、なぜか俺は彼の膝の上に座らせられている。後ろから抱きかかえられているような状態だ。
「ほらほら、オレの手作りお粥食べて食べて!」
「人の話聞いてないし…まあいいや、頂きます。…あれ?」
スプーンを握ろうとして、ほとんど手に力が入らないのに気づいた。
(やばい…これじゃ食べられない)
どうやら一時的に不安定になったことで風邪をこじらせてしまったようだ。病は気から、というのはどうも本当らしい。
「ん?力入んないの?オレが食べさせてやるよ!はい、あーん」
「は⁉︎」
口元に持って行かれるスプーンに乗ったお粥。まるで二人羽織状態。振り返ってみれば真後ろに満面の笑みでこちらをみる榛樹。とても断れそうにはない。
「ほら、あーん」
「うう…」
(い、いやいやあーんって無いだろ男同士だぞ?いやでも俺たちは仮にも一応は付き合ってるわけで…つーかこのままだとせっかく作って貰ったのに食べれないしそれはだめだよな!仕方ない仕方ない!決して嬉しいとかじゃないぞ!ああもう断じて!)
必死に誰とも分からず言い訳を考えてじっと目の前に運ばれているスプーンを見つめる。無意識に喉がゴクリと鳴り、手汗が滲んでくる。これは俺にとって難解なミッションだ。
「はい、あーんは?」
「あ、あーん」
思い切って咀嚼すると、出汁の味と少し強すぎる塩の味がした。不器用で、それでも一生懸命作ったであろうそれが、どんな高級な料理よりも何倍も美味しく感じる。
「えへへ、美味しい。よく出汁なんて使えたね?」
「あー…それね。何をどうしていいのか全く分かんなかったけどはなに扱かれてなんとか。はなってば料理出来たんだな!意外だった。オレとれおとは大違い。」
「はなはよく俺の手伝いしてくれてるからね」
「そっか〜オレも今度から手伝うことにするよ。まさの負担減らしたいし」
「はる…」
不器用で料理なんて全くだめな榛樹が俺のために努力しようとしてくれている。それが凄く嬉しくて、頭がポーッとする。
なんだか恥ずかしくなりいつもの癖で胸元を握り締めると榛樹がその上に手を重ねてくる。
「まさ、好きだ。」
「…っ」
答えたいのに、声が詰まったように出てこない。いつも真っ直ぐな目をして好きだと言ってくれる榛樹のようにどうして気持ちを伝えられないのだろう。
どんどん鼓動が早くなり、このままでは死ぬのでは無いかと心配になるほどだ。言葉には出来ないけれど、何とか伝えたくて。行動ででもどうにか伝えたくて、その為の勇気を少しだけでいいからください、と誰にとも無く願った。
腹を決めて軽く深呼吸をする。深く息を吐いて心を落ち着かせ、意を決して重ねられた手に自分の指を絡ませて、握った。
「え?まさ?」
背後から驚いたような声が聞こえる。しかし、俺はそれどころでは無かった。
(な、なんだよこれ!すっごいドキドキする…っ なんでだよ小さい時とか手繋ぐぐらいしてたろ⁉︎なんで今更こんな緊張すんだよ落ち着けよ俺…っ)
自分に言い聞かせるが一向に心臓は早鐘を打つのをやめない。顔はどんどん熱くなり、今の一瞬で熱が5度ほど上がった気がする。
「雅希」
「え…っ」
握っている手により一層力を込められ、もう片方の手で抱きしめられる。それだけなのに、ドキドしすぎて頭の芯がボーッとし、体に伝わる優しく温かい体温の事で頭がいっぱいになる。そして、たまらなく嬉しくなった。
「えへへ」
「ん?なんで笑ってんの?」
「はるには教えない」
「えっなんで⁉︎」
彼の体温を直に感じられる事が凄く幸せで、つい笑みが零れる。もっと触れていたくて、榛樹の胸に頭を預ける。今日は、今日ぐらいはもう少しだけ甘えていよう。頬が緩んでしまうのを感じながら身を委ねるように目をつぶった。
ーーーーーーー
「ぶえっくしょい!!」
「…風邪だな」
目の前にはくしゃみを連発して寝込んでいる榛樹が一人。
「だから俺と一緒に居るなって言ったのに」
「はるちゃんかっこ悪いー」
「かっこ悪いー」
「うっうるっせ!ふぁ、ぶあっくしゅんっ!」
結局こいつは昨日散々恥ずかしい事言いながら風邪がうつってこの有様である。俺はと言えば一晩寝て榛樹にうつしたらすっかり元気になってしまった。
(昨日はちょっとだけ、ほんのちょっとだけカッコ良かったなんて言ってやらねーかんな)
「ふふっ」
「なんかまさちゃん楽しそうだね?」
「楽しそう」
「ん?格好悪いはるが面白いんだよ」
「え⁉︎ちょ、ちょっと待ってまさこれは…ッ」
「はーい風邪っ引きさんは大人しく寝ててくださいねー」
「まさぁー!ふあっぶぁっくしゅん!!」
(ほんと、騒がしい同居人だ)
そう思いながらも、お粥でも作ってやるかと鼻歌交じりに考えている俺だった。
読んでくださってありがとうございました!また3話でお会いできることを願っています。