95話 開戦の号砲(アンナ視点)
『AM6:00 サフィア大橋』
まだ日も昇りきらない早朝。
12月に入ったアウインは本格的に冬の季節に移り変わっていた。
雪こそ降っていないが、刺すような冷気に身体が震える。
はぁっと吐いた息は白い。
修道服の上に、厚手の外套と手袋を着けているが、
それでもまだ寒い。
あたしは冬は嫌いだ。
まだ自分が何の力もない浮浪児であった時のことを思い出す。
満足な服もなく、食べ物も、寒さを凌ぐ家もない。
どうしようもなく惨めだった。
爺さんに拾われなければどうなっていたことか。
その爺さんも今はもう居ない。
あたしにとっては神よりも偉大な人間は、あっけないほど簡単に死んでしまった。
あの時ほど自分の運命を呪った事はない。
何であたしばかりが、こんな目にあうのか。
そして、あたしは自らの内側に閉じこもった。
それが何の意味もないことは分かっていたのに。
でも、運命とは分からないものだ。
こんなどうしようもないあたしを、救ってくれた人が居た。
ソージは白い息を吐きながら、手をすり合わせる。
「さすがに朝は寒いな。
これは確かに、冬に第5開拓村には行きたくないよなぁ……
下手をすれば八甲田山の雪中行軍みたいに凍死しかねない」
ソージはいつものように、よく分からないことを言う。
まあ、いちいち突っ込んでいたらきりがないから、聞かないけど。
ソージは何かを思い出したようにステータスを開くと、何もない空間から水筒を取り出す。
ソージがチートと呼んでいる力だ。
「リゼットが作ってくれたホットワインだ。温まるぞ」
今度は何もない空間からコップを取り出すと、ワインを注ぎ、差し出す。
「ありがと」
コップを受け取り、口に含む。
暖めたワインにスパイスを加えたそれは、身体の中を内側から暖めてくれる。
「……ほんと便利な力だよね」
「そうだなぁ……
最近気が付いたんだが、アイテムフォルダに入れているものは、
腐らないし温度も変わらないんだよな。
だから、保温機能のない水筒でも、暖かいワインが飲める」
チート様々だなと、ソージは暢気な事を言う。
その姿を見ながら思う。
彼は本来、この戦いの総大将であり、顎で人を使う立場の人間だ。
当然、自分でホットワインなんて用意しなくていい。
そんな雑用は部下がやるような仕事なのだ。
本当にこうして見ると、その辺の一般人と変わらないというか。
だけど……ソージの目に暗い光が宿る。
「さて……そろそろか。
アンナ、準備はいいか」
その言葉だけで、ソージは戦闘状態に移行する。
ホットワインを飲み終えた彼は、水筒をまたどこかの空間に放り込むと、ゆっくりと前を見据える。
サフィア大橋を挟んだ向こう岸には、地響きを立てながら接近するアンデッドの群れが見える。
まだ薄暗いため、はっきりとは見えないが、敵の構成は……
野生の獣から、ゴブリン等の小型のモンスター、オークなどの中型モンスター、
さらに、数は10体程度だが、体長10メートルはありそうな巨人まで……
体長50メートルのアンデッドスライムに比べれば小さいとはいえ、大きいというのはそれだけで脅威だ。
大きくて重い、それは魔法がなくても、腕の振り下ろしだけで人間を押しつぶすことが出来るのだから。
「巨人か、確かレベルは50前後か。
厄介といえば厄介だが、アンデッドスライムに比べれば、大分マシだな」
隣で見ているソージも、同じことを考えていたようだが、
彼は特にうろたえる事もなく、淡々と続ける。
「ここまでは想定の範囲内っと。
……アンナ、作戦は分かっているな」
「分かってる。つーか、本当にやるのか?」
「もちろん」
当然だというように、ソージは頷いた。
「どこからそんな自信が出てくるんだ?
ここには、あたしとソージしかいないんだぞ」
「エリックも居るぞ」
「はい、居ます。
しかし、私は馬車の御者としての役割がありますので、
戦闘には参加しませんので、悪しからず」
そう、今ここに居るのは、あたしとソージ、そして馬車に乗ったエリックの3人だけなのだ。
「1万の大軍を前に3人だぞ、3人!!」
「むしろ、この作戦は火力と機動力が鍵だから、人間は少ないほうが良い。
極論すれば、俺も必要ないからな。
アンナとエリックの二人だけで十分だ。
まあ、指揮官が前線で戦う姿は見せておいたほうが良いので、ここに居るけど」
ソージは、淡々と作戦の妥当性について語る。
そこには1万のアンデッド軍団と対峙するという恐怖はない。
この辺りがソージの恐ろしいところだと思う。
彼は勇敢ではないのだが、『それが必要だから』という理由で最前線にも普通に出てくる。
「さて、一応作戦の確認だが……まあ、難しいことはない。
敵はこのサフィア大橋を通らないとアウインに来れない。
だから、この橋を渡ろうと一箇所に集まるアンデッドをアンナの最大火力で持ってなぎ払う。
で、一発かましたら、馬車に乗って逃げる。……簡単だろう?」
その作戦は事前に聞いていたし、ソージは事前に橋の上に、丸太などの障害物を置いて、
敵が一気に橋を渡れないように罠を準備していた。
とはいえ、納得できるかどうかは別の話。
なぜなら……
「それは良いけど、ここで最大火力を使ったら、あたしは半日は戦えないぞ?」
「ああ、だからこそ今が良いんだ。
だって、逆に言えば半日後に、もう1発打てるんだろう?」
ソージは視線を敵に向けて続ける。
「……戦いにおいて、初戦は重要だ。
なぜなら気力、体力、魔力、人員に資材。
その全てが十全に揃っているのは、ここしかない。
だからこそ、ここで大きく勝ちたい」
賭け事の基本は大きく勝って、小さく負けることだとソージは言う。
「賭け事なのかよ」
「……戦いなんて賭け事みたいなもんさ。
強いほうが当たり前に勝てるのなら苦労はない。
だが、やるからには全力だ。
アンナはこちらの切り札の1つだし、リスクも承知している。
それでも勝つためなら、これが1番だと俺は考えている」
まったくソージはずるい。
切り札と言われて、嬉しくないはずがない。
「まあ、ソージが言うなら、出来るだけ削ってやるさ。
一番槍は戦場の誉れだしな」
「おう、そのまま邪教徒ごと倒してしまっても良いんだぜ」
ソージは冗談のようにそう言うと、拳を突き出す。
その拳に、自分の拳を合わせる。
「ふん、言ったな。
ソージの出番がなくなっても、文句言うなよ」
こちらの戦力は、たった3人。
それに対して、敵は1万のアンデッド軍団。
ソージは簡単に言うが、下手をすれば成すすべもなく死んでしまっても可笑しくない状況。
それでも、アンデッドスライムとの戦いほどの絶望感はない。
手に震えはない。
ソージが簡単そうに言うから、あたしでも簡単に出来そうな気がしてくるじゃないか。
だったら、乗せられてやる。
愛用のハルバートを構え、何時でも魔法が打てるように集中を開始する。
「……来るぞ!!」
対岸のアンデッド軍団が雪崩のようにサフィア大橋に流れ込む。
先頭のアンデッドはソージが設置した丸太に足を取られ転ぶが、
その後ろのアンデッドは構わず味方を踏み潰し、前に前に迫る。
「まだ、打つなよ。
敵を十分に引き付けるる。目印までは我慢しろ」
橋の上にはあらかじめ一定間隔で松明がたかれている。
それを目印にして、敵の先頭が半分を過ぎたところで、打ち込む。
「5……4……3……2……」
ソージの声が響く中、精神を集中し魔力を高める。
「1……今だ!!」
『――光の槍よ、その清浄なる光の刃で敵を貫け――
シャイニング・ランス・フルバースト!!!』
あたしの魔力の約6割をぶち込んだ魔法は、巨大な光の槍となって迫りくるアンデッドを打ち貫く。
この魔法は収束した光の槍を打ち出す魔法だけあって、
逃げ場のない橋の上に居た敵は、例外なく光の槍に飲み込まれ消滅していく。
「でも、それだけじゃ終わらない!!」
光の槍は橋の上の敵を一掃したが、それだけでは収まらない。
ソージは言った、この魔法で邪教徒もろとも倒してこいと。
だったら、ここで終わって良い訳はない。
光の槍はついに、橋の向こう岸のアンデッド軍団にまで到達する。
しかし……その光は黒い闇の壁に阻まれる。
「なっ、防がれた!!」
橋の上のモンスターを倒すことで勢いを削られていたとは言え、
大軍をまとめて飲み込むつもりで打ったのに、簡単に防がれたなんて!!
光の槍が消えると、闇の壁も消える。
そこには、黒い神官服を纏った男が立っていた。
間違いない第5開拓村で出会った『量産型 救世主1号』。
いや、爺さんの仇――
「エミール!!!!
野郎!!!ぶっ殺してやる!!!!」
「アンナ、撤退するぞ」
前に出ようとしたあたしの腕をソージがつかむ。
「でも!!」
「南部教会の前司教、ビクトルの名を賭けて答えろ。
残りMPで奴を撃破出るか?
出来るならやってもいいぞ」
その言葉に奥歯を噛み締める。
爺さんの名前を出されると、半端なことは出来ない。
ああ、分かっている。
MPが全快ならあんな闇の壁の1つや2つ余裕でぶち抜いてやるが、今は無理だ。
「……分かったよ。撤退する」
ソージはその言葉に頷くと、私の手を引いて馬車に乗り込む。
「エリック出せ!!!」
「は!!」
エリックが馬車を走らせるのと同時。
アンデッドの大軍は再び進軍を開始した。
馬車に乗ったソージは、あたしにMP回復ポーションを渡しながら言う。
「アンナ、エミールを倒せなかったのは残念だが、敵の大軍の2割は削れたはずだ。
十分な戦果だ。それに、エミールが居ることを確認できたのは大きい。
俺が一番心配していたのは、この戦いに奴が出てくるかだった」
「……いや、出てくるだろ?」
「そうでもないさ。
1番最悪なのは、アンデッドの大軍をけしかけるだけ、けしかけて本人は出てこない場合だ。
いくらこちらが必勝の策を用意していても、キングが盤上に居ないとチェックメイト出来ないからな」
ソージの目がまた暗い光を帯びる。
彼との付き合いはそれなりになるから、この表情のソージは悪いことを考えていると分かる。
「本来、時間は邪教徒にとって味方だ。
だからエミールにとっての最適解は、今回の戦いは諦め、地下に潜ることだった。
だが、奴はノコノコとこの場に現れた。
ならば……奴を泥沼に引きずり込んで、殺してやる」
そう言うと、ソージは唇を吊り上げる。
ほんと悪い顔してるよ……だけど安心した。
ソージはこの戦い、当然のように勝つつもりだ。
再びサフィア大橋に流れ込んだアンデッド軍団の進行速度は速い。
それは、あたしの魔法で障害物がなくなったからであり……
最初の進軍では動いてなかった巨人が進撃をはじめたからであった。
10メートルを超える巨体は、ずしん、ずしんと橋をを揺らしながら走る。
その歩幅は大きく、サフィア大橋は200メートルの距離があると言っても、このままでは何れ追いつかれるだろう。
「まずいな、このままだと……ぎりぎり追いつかれるか」
「なに冷静に分析してるんだよ!!」
「うーむ……アンナ、まだ魔法は使えるか?」
「あの巨人を打つんだろ!!
やってやるよ!!」
残りMPは4割程度。
MP減少による頭痛によって、頭がキリきりと痛む。
本当は厳しいけど、こうなったらやるしかない。
「いや、巨人じゃない。
アンナは氷の魔法は使えるな?」
「闇属性以外は一通り使えるけど……ああ、そういうこと」
ソージが何をしようとしたのか理解した。
それなら、魔力の消費もそれほど必要ない。
『――氷の息吹よ、凍てつき氷れ――アイス・ウィンド!!』
氷系の初級呪文。だが、問題ない。
狙ったのは巨人の足元。正確には地面だ。
凍てつく冷気の風は、元々の気温もあって、地面を急速に氷りつかせる。
そして、巨人は凍った地面の上に足を踏み出し……狙い通りに、盛大にこけた。
それも、ただこけるだけではなく、その巨体で後ろの敵を巻き込みながら。
『よし!!』
ぱあんと、ソージと手を合わせる。
この隙にあたし達は余裕を持って、アウインに辿り着いた。
というわけで、最終決戦の始まり。
今回の戦いは戦場が街全体で広いため、視点を変えながら進めていきます。
とりあえず、次話はカグヤ視点で城壁の戦い、
その次はエル視点で地下水道の戦いになります。




