94話 演説
アンデッド軍団の対処に一般市民まで使う以上、邪教徒が出てきた時に相手をするのは自分だ。
敵のレベルは99。対してこちらのレベルは76。
さらに相手もチートを使ってくることを考えると、厳しい戦いになるだろう。
さて、自分はこの戦いを生き残ることが出来るだろうか?
「……まあ、何とかするしかないよなぁ」
そう結論付けると、トレビュシェットの作成をグレゴワールに任せ、この場を後にした。
戦いは5日後、やるべきことはまだあるのだから。
あの後、延々と敵の予想進路に落とし穴を掘ったり、
元々あったアウインの水場を拡張することで、街を取り囲む堀を作ったりしていた。
持ってて良かった『採掘スキル Lv1』。
その甲斐もあって、どうにか最低限の陣地を作成することが出来た。
そうこうしている内に4日が経過。
斥候の報告では、敵の大軍は進軍速度を落とすことなく、
津波のように進路上のモンスターや動物を飲み込みながら、一直線にアウインに迫っているらしい。
おそらく、こちらのように陣地を作ることなく、このままアウインに流れ込んでくる可能性が高い。
今のペースでは明日の明朝にはアウインに到着するだろう。
アウイン西部地区城壁、時刻は午前0時。
決戦まで残り6時間といったところか。
主戦場となる西部地区では、深夜にもかかわらず守備兵や神官、
義勇兵が忙しく戦の準備を行っている。
今回の決戦において、主力となるのは教会の聖騎士500名。
そして、王族の騎士団500名、冒険者750名。
さらに、ここに一般市民から募った義勇兵4500名が参戦する。
ただし、義勇兵については、その全てが矢面に立つわけではなく、
物資の運搬や負傷兵の移動など、主な活動は後方支援となる。
まあ、何にせよ。この戦いでそうぜい6000人近い人間が参加することになった。
アウインの人口が1万人程度であることを考えると、およそ6割が参加していることになり、
ほとんど総力戦と言って良い状態である。
まあ、実際に一般市民まで義勇兵として参戦している以上、経済活動はストップしており、
短期で決着をつけなければならない。
そう、この戦いにおいて、義勇兵の取り扱いには十分に注意する必要がある。
この世界では、レベルも魔法もスキルもあるので良くも悪くも男女は平等だ。
男女の違いなんて、子供が生めるか生めないかで、男性よりも力の強い女性なんて普通に存在している。
そのため、義勇兵の中には、夫婦で参加している者も少なくない。
これだけの人間が集まってくれたのは本当に嬉しいことだが……
だからこそ働き手である義勇兵の被害は、絶対に最小限にしなければならない。
もし彼らが全滅するようなことがあれば、戦いに勝てても、その後の社会が維持できない。
今は義勇兵の士気を挙げるために、この街の王族や教会から食事が振舞われており、
準備で忙しい人間以外は、ちょっとしたお祭りのようであった。
西部地区の城壁の上には、特設のステージが作られており、
勇ましい歌や音楽、踊りなどが披露され、今はシモンや、大司教が演説を行っている。
そのおかげか、義勇兵の士気は非常に高い。
この分なら今日の戦いは問題なさそうだ。
まあ、1つ問題があるとすれば……
大司教の演説が終わった後、次に演説をするのが自分だということだ。
「あ~……落ち着かない……嫌だなぁ……やりたくないなぁ……
やらないといけないから、やるけどさぁ……」
舞台袖でため息を付きながら自分の出番を待つ。
そんな自分に対して、先ほど冒険者向けに言いたい放題ぶちまけていたミレーユさんが突っ込みを入れる。
「そんな隅っこで何ぶつぶつ言ってんのよ。もしかして緊張してるの?」
「そりゃ、緊張しますよ。
元々、自分は根暗な性格ですし。
もうシモンや大司教が演説してるんだから、自分はしなくても良くないかなぁって……」
「駄目に決まってんでしょう。
っていうか、そっち!
決戦の方じゃなくて、演説の方の心配なの!
明日……というかもう今日になっちゃたけど、
戦で総大将するのに比べたら演説なんて屁でもないでしょ?」
「いえ、自分にとっては演説の方が胃が痛いです」
キリキリと痛むお腹をさする。
「へえ……決戦の方には不安はないって?
強気じゃない?」
そんな自分にミレーユさんは、呆れながら答える。
そう、自分でも不思議ではあった。
でもその理由は、考えてみれば簡単なものだった。
「今までは……その場のノリと勢いの、行き当たりばったりでしたからね。
今回は短い時間でしたが、短い時間なりに準備は出来ました。
それに……」
「それに?」
「今回は自分達だけじゃないですからね。
いえ、今までも多くの人に助けられてきましたけど、
今回は街の人のほとんどが参加しますから」
こうして一丸となって困難に挑むという状況自体は悪くない。
いや、ブルード鉱山の時は、自分とリゼットの2人だけだった。
その時に比べれば、むしろこれ以上ないぐらいに良い。
「なんだ、分かってるじゃない。
だったら、こうして集まってくれた皆のために、
バシッと演説を決めてきなさいよ」
そういって、ミレーユさんはバシバシと自分の背中を叩く。
「そうなんですけどね……
あー……どうしよう……何を話すかまとまらない……」
「演説の内容なんて、シモンに頼めば考えてくれるでしょうに」
「いや、それじゃあ、気持ちが伝わらないじゃないですか。
彼らは本来、守られる立場の人間で、戦いに参加する必要なんてないんです。
……戦う以上、絶対に彼らの何人かは死ぬ。幸せな家庭を破壊することになる。
彼らが犠牲になるのは自分達の至らなさのせいです。
だからこそ、自分の言葉でなければなりません」
「いや、そこまで分かってるなら、グダグダ言ってないでやりなさいよ!
はぁ……ソージ聞きなさい。
人は死ねばお終いだけど……
それでも、惨めに死んでいったか、胸を張って死んでいったかでは別なのよ」
「それはそうですが……」
「今回の戦いでは、貴方の命令で少なくない人が死ぬでしょう。
それでも、その死が無駄ではなかったと思えたなら、迷わず死ねるわ。
今回の戦いは貴方が総大将よ。
貴方の言葉を胸に刻んで、彼らは戦う。
だから示しなさい。この戦いの意味と意義。
この戦いは何のための戦いか、私達は何を成すために死んでいくのか」
「この戦いの意味……」
ミレーユさんの言葉は自分の中に、すとんと落ちた。
そうか、難しく考えすぎていたか。
ちょうどその時、大司教の演説が終わった。
「さあ、ほらほら、行った行った!」
ミレーユさんはそう言うと、自分の背中を押す。
「ちょ、やめて、あと3分待って!!
今、心の準備が出来たところだから……」
「うるさい!行け!!」
ミレーユさんに尻を蹴られ、その弾みでステージに出てしまう。
その瞬間、わっと周囲から歓声が上がる。
「変人のソージが出てきたぞ!」
「ソーちゃん総大将~!
がんばれ~!」
「あの変人が今では総大将か……立派になったなぁ……」
「変人は余計だ!!っていうか、お前は俺のなんだよ!!
絶対、そんなこと思ってないだろ!!」
ステージに出てきたと思ったら、随分と汚い声援が飛んできた。
あれ、絶対冒険者ギルドの馬鹿だろ。
具体的にはアルフレッドとセシル!!
「はぁ……まったくいろいろ台無しだなぁ……」
頭をかきながら、ステージの中央に移動する。
そこで1つ深呼吸。
「……」
ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐く。
それをしながら、周囲のざわめきが収まるのを待つ。
『……』
周囲も徐々に静かになっていく。
よし、頃合だな。
「おーい、どうしたんだ?
さっさと演説始めろよ」
「緊張してるの~、大丈夫よ~。
ソーちゃん総大将は、やれば出来る子だから~」
そんな中、空気を読まずにアルフレッドとセシルが声を上げる。
「周りが静かになるのを待ってたんだよ!!
そういう演説の手法なんだよ!!
そこの二人、黙って聞いてろ!」
あーもう……本当にいろいろ台無しだなぁ……
まあ、下手に小細工をしようとしたのが駄目だったか。
気持ちを切り替え、こほんと1つ咳払いをする。
ミレーユさんは、皆にこの戦いの意味と意義を示せと言った。
しかし、自分は思う。
そんなものは一々自分が言わずとも、皆が分かっていることだ。
でなれば、義勇兵が4500人も集まらない。
でも、ミレーユさんが言うなら、あえて言おうじゃないか。
「……この戦いは生きるための戦いである。
当たり前の日常を生きるための戦いである!
当たり前の日常を明日に繋げるための戦いである!!」
結局のところ、この戦いの本質はこれだ。
この戦いには、世界征服をたくらむ魔王はいない。
この戦いに勝っても、世界平和は訪れない。
では、この戦いは何かといえば、何てことはない。
今日と同じ、明日を迎えるための戦いだ。
「敵は1万を超えるアンデッド。
それがこの街を襲うため、押し寄せてきている。
だが、奴等の刃を恐れる必要はまったくない。
奴等の刃は、貴方達には、まるで届かない。
それは、なぜか?
この街には強固な外壁があるからか?
この街に六重聖域の守りがあるからか?
もちろん、自分(英雄)が居るからでもない!」
では、なぜか?
そんなものは決まっている。
「……それは、この街には貴方達がいるからだ。
貴方達は逃げなかった。
神官も、騎士も、一般の市民も、皆が逃げずにここに居る。
貴方達が居る限り、この街にアンデッドが踏み込むことはない!!」
この状況で一番まずいのは、住民の士気が低いこと。
もっと言うなら、そういう反戦的な人間が邪教徒に寝返ることだ。
どんな強固な守りでも、内から崩されれば脆いもの。
しかし、これだけの人間がここに居るのなら、仮に1人2人いたところで、
大したことはない。
「皆も知っての通り、この騒動を巻き起こしたのは邪教徒だ。
奴等は、この街を蹂躙し、自分のものにしようとしている!!
だが!!
ここは貴方達の土地だ!!
ここは貴方達の街だ!!
ここは貴方達の故郷だ!!
邪教徒にくれてやるものなんて何もない!!
略奪者の邪教徒は叩き潰せ!!
邪教徒に思い知らせてやれ!!
奴等が誰に喧嘩を売ったのか!!
そして、奴等に教えてやれ!!
ここが我等の街だとな!!
以上、皆の健闘を祈る!!」
『オオー!!』
わっと湧き上がる住民達を背に歩き出す。
言いたい事は言った。
準備も出来る限りは行った。
ならば、後は実行するのみ。
決戦は6時間後。
初手から殺すつもりで行ってやる。
戦闘開始までやりたかったけど、きりが良いので今回はここまで。
次回から戦闘開始です。