92話 楽園の続き
そういうことになった。
そういうことになった後、教会の司祭達は何事も無かったかのように、
それぞれの仕事に戻っていった。
「良いのかなぁ……まあ、良いのだろう」
本当に信用して良いのか気になるが、自分は自分でやることがある。
サフィア平原にいるアンデッド軍団がこのまま真っ直ぐアウインに来た場合、最短で6日。
何をするにも時間が足りない。
そんな訳で、自分は自分で行動を開始していた。
場所は、アウイン南部地区の最奥にあるブラックファングのアジト。
そのリーダーであるレンさんの執務室に自分は来ていた。
目の前のソファにレンさんが座り、その後ろにはエンが控える。
同様に、自分はレンさんと対面に座り、後ろにはエルが控えている。
なぜブラックファングのアジトに来たのかといえば、
第5開拓村の遠征は元々ブラックファングの依頼だったので、
まずはその報告をするため、そして、邪教徒との決戦における参戦依頼のためだ。
ごほんと、ひとつ咳払いをして報告を行う。
「さて、報告が遅れて申し訳ありません。
もう既に話は聞いているでしょうが、『狼牙』の回収には成功しました。
第5開拓村でアンデッド化していたブラックファングの団員については、
出来る限りの供養を行いましたが、全てではないでしょう」
レンさんに対して、頭を下げる。
アリスとの戦闘後、第5開拓村の開拓民の遺品は可能な限り回収したが、
それは可能な限りでしかない。
アウインに急いで戻るため、遺品の回収に大した時間は取れなかった。
いや、そもそも自分は第5開拓村に火を放っている。
その時点で多くを取りこぼしただろう。
「ソージ殿、頭を上げてくれ。
俺らは感謝をしているんだ。
貴殿は、見事に依頼を果たしてくれた。
俺の元には狼牙があり、団員も一人も欠けることなく戻ってきてくれた」
レンさんは、腰から鞘に収まった一振りの刀を取り出す。
『狼牙』
ブラックファングのリーダーの証。
ようやく、あるべきところに帰ってきたというように、鞘に収まっていた。
「確かに第5開拓村に行った開拓民、全てではなかった。
それでも、ソージ殿が動いてくれなければ、きっと一人も帰って来れなかっただろう。
あいつらだって、こうして帰ってこれたことに感謝はしても恨んだりはしないさ。
もちろん、俺の兄貴もな」
彼の目線の先には、執務室に安置された多くの壷がある。
あの中には、第5開拓村で回収したブラックファングの遺品や遺灰が入れられている。
その壷を見ると、やるせない気分になる。
日本だって火葬したあとは遺骨は、骨壷に入れられるものだ。
しかし、人間1人の一生の成れの果てが、あの壷だというのは本当に酷いと言うしかない。
本当なら彼らは生きてこの街に帰ってくることだって、出来たであろうに。
……今回の戦いが終わったら、改めて第5開拓村に行こう。
せめて回収出来るものは、全部回収するべきだろう。
「……本当はすぐに葬儀をするべきなんでしょうが……」
「ああ、気にするな。事情は把握している。
10年待ったんだ。今更少しぐらい遅れても怒ったりしないさ。
それに、あいつ等だって邪教徒が吠え面かくところを見てから、
あの世に逝きたいだろうさ」
「ええ、すみませんがこの戦いが終わるまではお待ち下さい。
その代わり……邪教徒には必ず落とし前をつけさせます」
その自分の言葉に、レンさんは頷く。
「そう、落とし前だ。
ソージ殿に頼みがある。我々ブラックファングに邪教徒を倒す手伝いをさせてくれないか?
無論、俺達の立場は分かっている、貴殿に迷惑はかけない」
「それは願ってもない。
実は私の方からも貴方に依頼をするつもりでした」
鞄の中から書類を取り出し、レンさんに渡す。
「依頼内容は六重聖域の防衛。
ビクトル氏と共に作成にかかわった貴方達ならば、ご存知でしょう。
現在、このアウインはこの聖域によって守られている。
この聖域があれば、アンデッド主体の邪教徒共に負けることはない。
……逆を言えば、この聖域が破られれば我々の勝利はかなり危ういものとなるでしょう」
この六重聖域の防衛は冗談ではなく、本当にこの戦いの命運を左右する。
最悪、敵を倒せなくても、六重聖域さえ存続しているなら、勝てなくても負けないのだ。
「なるほど、爺さんの置き土産が、俺らの生命線になるとはな。
中々どうして、人生とは分からぬものだ」
「ええ、まったく自分もそう思います」
「六重聖域の防衛について了解した。
元々、この街の下水道は俺らの縄張りだ。
不埒な輩は叩き潰して、下水に沈めてやるさ。
だが、敵はアンデッドなのだろう?
敵はどう攻めてくる?」
レンさんの疑問はもっともだ。
邪教徒の多くはアンデッドである。
だから、六重聖域が彼らに対する絶対の守りになる。
しかし、邪教徒のすべてがアンデッドというわけではない。
「おそらく、アンデッドではない生身の邪教の信奉者。
もしくはゴーレムのような無機物であると考えられます。
それらを使って、六重聖域の破壊を狙っているのでしょう」
六重聖域はあくまで対アンデッド用の結界だ。
生身の人間は効かないし、ゴーレムのような魔法で作られた存在にも効果がない。
敵の勝ち筋を考えるに、六重聖域の破壊は絶対だ。
そして結界の破壊自体は、そう難しいものではない。
六重聖域は緻密な計算によって作られた6つの聖域が同時に稼動することで効果を発揮する。
「故に敵はどれか1つでも魔法陣を壊せばいい。
対してこちらは、1つたりとも壊されてはならない。
厳しい戦いになると思いますが、出来ますか?」
「ふむふむ、なるほど。
無機物に、生肉ね。
ソージ殿、やり方に制限はあるかい?」
中々に厳しい条件であると思うのだが、
レンさんはまるで問題ないというように質問する。
「いえ、人道に反しないという1点を除いて、注文はつけません。
何かあった場合、自分が責任を取りますので、貴方達が最善だと思う方法で存分に戦って下さい」
その答えに、レンさんは不敵に笑う。
「ああ、了解した。
なにソージ殿に迷惑はかけないさ。
俺らの流儀で叩き潰してやろう」
「ありがとうございます。
ただし……教会としては違法ギルドと手を組んだことを公表出来ないため、
貴方達の働きは正式な功績として挙げられません。
その代わりと言っては何ですが、報酬は――」
「ああ、報酬はいらねぇよ。
邪教徒どもは兄貴を、家族を、団員達を侮辱した敵だ」
「いえ、そういう訳には――」
レンさんは恐らく善意で言っているのだろうが、これは困った。
今になってソウルイーター討伐時に、自分が教会にどれだけ迷惑をかけていたのか分かる。
自分はソウルイーター討伐の功績を放棄した。
そうすると、どうなるか。
上はものすごい困るのだ。
実際、今自分は困っている。
彼らの境遇は理解はするし、信用もしているが、
それはそれとして、彼らが違法ギルドであることもまた事実。
正直言って、素直に報酬を受け取ってくれる方が、後腐れなくて一番楽なのだ。
さて、どうしたものかと考えていると、レンさんが提案する。
「ふむ……どうしてもというのなら、そうだな……
ソージ殿、貴殿の主導で開拓村を興すことは可能だろうか?」
「それは……第5開拓村を再度、開拓するということですか?」
自分の問いに、レンさんは嬉しそうに頷く。
「そうとも。
ソージ殿によって、狼牙もブラックファングの団員も戻ってきた。
最初は、それで満足するつもりだった。だが……」
一転して、レンさんの目に憎悪の炎が宿る。
「……満足できるかよ。
兄貴達は真剣に開拓村を成功させようと考えていた。
その思いを邪教徒共は踏みにじったんだ。
……ソージ殿、俺は第5開拓村をもう一度やりたい。
第5開拓村を成功させて、それで初めて散っていった仲間に報いることが出来ると思うのだ」
「ふむ……」
レンさんの言葉は分かる。
今回の戦いで邪教徒は殺す。それは当然だ。
だが、奴等が死んだとしても失ったものは戻らない。
復讐が無意味だと言いたい訳ではない。
奴等が死んだ程度では、失ったものに対して全然足りないという話だ。
だからこその第5開拓村の再開拓。
その思いは自分にも理解できるものだ。
自分にとって、第5開拓村の開拓民に直接の知り合いはいない。
しかし、だからと言って何の感慨もない訳ではない。
自分は第5開拓村で、死んでなお弄ばれる開拓民を見た。
あれは不快だった。
アリスにやられた右腕のこともある。
第5開拓村での恨みは奴等が死んだ程度で晴れるはずも無い。
それでも、レンさんの言うように、
奴等にめちゃくちゃにされた第5開拓村を、見事復興させたのならば……
……その時こそ、邪教徒どもに中指を突きたて、『クソ食らえ』と言ってやれる。
ただし、そのための問題は多い。
「レンさんの提案は面白いと思います。
しかし……約束は出来かねます。
まず、現在はカント商会が第6開拓村を開拓中です。
これが成功するにしろ、失敗するにしろ、結果が出るまで待つ必要があります」
開拓村を運営するためには金も物資も人もかかる。
具体的には、開拓村に運ぶ食料や建材などはアウインで用意したものだし、
その輸送物資を護衛するのは、アウインの冒険者だ。
この状況でもう1つ開拓村を運営しようとしたら、物資と人の奪い合いが発生してしまう。
だからこそ一度に開拓できるのは1つまでだろう。
そして、第6開拓村は、開拓を始めてまだ1年目。
実際に見た感じでは、軌道に乗るまでは最低でも10年程度はかかると思う。
つまり、次の開拓までは10年は待つ必要があるのだ。
だが、問題はこれだけではない。
「問題は時間だけではありません。
そもそも、開拓村を主導するための人選がどのような基準で行われているのか知りません。
開拓村のノウハウもありません。
……開拓村のノウハウは素直にカント商会に相談するなり、
第6開拓村に人を送って実際にやってみるのが良いか……
まあ、何にしても根回しや準備に10年ぐらい掛かりそうです」
人も金もコネもノウハウも何もない。
前途はどうしようもなく多難だが、レンさんはなぜか嬉しそうだ。
「くっくっく、ああ、いや、そうだな!
俺も今思いついた話だからな!
俺の方もやるなら10年計画でやらないときついってもんだぜ!」
レンさんは、堪えきれずにガハハハと豪快に笑う。
「……何か可笑しいところはありましたか?」
「いや、なに、ソージ殿は俺の無茶振りを、本気で考えてくれた。
なら、何も問題は無い。
俺はソージ殿ならやれると確信したぜ」
そう言って、レンさんは右手を差し出す。
「やってやろうぜ、開拓村!
まあ……その前に邪教徒には落とし前をつけて貰うがな」
差し出された手をしっかりと握り返す。
「ええ、やってやりましょう。
邪教徒を倒せば、それなり以上の名声は手に入りましょう。
その名声でもって、開拓村の支援を募ることも出来るでしょう」
レンさんから提案された第5開拓村の復興。
突然のことで戸惑ったが、これはこれで良い目標ができた。
邪教徒を倒すことは、ゴールではない。
あくまで通過点に過ぎないのだ。
ならば……せいぜい邪教徒どもには良い踏み台になって貰うとしよう。