86話 作戦2
「えーと、トレビュシェットですか?
……これは使えるのでしょうか?」
「いや、面白いじゃねぇか。
俺は東部教会の聖騎士団の団長として、色々な武器や戦を学んできたが、
こんな武器は見たことねぇ!
ほれ見ろ、ソージは面白いだろう!」
やはり、レオンの選択基準は面白さであるらしい。
だが、この際何でもよい。
次に声を上げたのは、西部教会のグレゴワールだった。
「私も面白いと思いますし、理に適っていると考えます。
私の知り合いに腕の良い職人がおりますので、
まずは1台作ってみてはどうですか?」
「分かりました。
元より、今回の戦いの総大将は貴方です。
ソージに自信があるというのなら、やってみましょう」
レオンとグレゴワールの説得のおかげもあり、シモンも頷いた。
続けてシモンは問いかける。
「他にやっておくことは有りますか?」
「そうだな。シモン、この街の水はどこから来ている?」
「ソージもご存知だとは思いますが、
この街の生活用水は全てサフィア川の支流から取ってきています」
もちろん知っている。これは確認みたいなものだ。
この街には、サフィア川から水を引っ張ってきており、
街の中にも川が流れている。
その川の水を使い、このアウインは上水道、下水道共に完備されているのだ。
この様に、アウインは豊富な水が容易に手に入るという前提の元にある。
そして、籠城において水と食料の確保はかかせない。
まあ、ここはファンタジー世界なのでトランスポーターのようなワープ装置がある。
だから、最悪他の街から食料も水も買うことは出来る。
しかし、それはこの街の住人全てを賄えるものではない。
「先程は邪教徒の目的はこの街の乗っ取りだと言ったが、
もしも敵がこの街の人間を皆殺しにするつもりなら……
自分だったら毒を用いる」
侵略戦争の場合は、侵略する側は土地や人、資源等が欲しいため、
水源に毒を放つようなことはしない。
そんなことをすれば、自分達も水が使えなくなるからだ。
だが、敵が皆殺しを考えているなら、水源に毒を入れる事は有効な手だ。
どんなにレベルが高かろうとも、人は水が無ければ生きられない。
もっとも、サフィア川のような水量も有り、流れも速い川に毒を流したところで、すぐに流れてしまうのだろうが……
しかし、この世界を現実世界の常識で考えてはいけない。
例えば、以前戦ったアンデッドスライム。
毒を持ち体長50メートルを超えるアレを川の上流から流せば酷いことになるだろうし、
それがなくても、ゾンビ数千体でも川に流されれば、そんな水は飲みたくない。
それに、この世界はファンタジーだ。
ギリシャ神話に出てくるヒュドラの毒のような、常識では有り得ない猛毒があるかもしれない。
「……という訳で、水はすぐにでも確保しておいた方が良いと思います。
あと、水源の確保も必要ですね」
自分の指摘に、皆は顔を青くする。
さっきの投石機の時とは、反応が段違いだ。
なにせ水源を汚染されれば、たとえこの戦いに勝っても意味がない。
あれ?……思ったよりもまずい気がしてきたぞ……
普段はふざけた態度のレオンも腕を組み、真顔で口を開く。
「……水なら、お嬢ちゃんの管轄だ」
「……ええ」
この街の水利権は王族が持っている。
そして、シャルロットは王族の出身だ。
「……分かりました。
私の方で王族に働きかけましょう。
ですが……水源の確保となりますと、私もそちらに専念する必要があります」
ただでさえ、少ない戦力を割くことになる。
だが、これは仕方がない。
「お願いできますか?」
水源の確保は戦略上、とても重要だ。
しかし、ぶっちゃけ地味だ。
功績が欲しいシャルロットにとっては、面白くない役割だろう。
しかし、彼女はそんなことはまるで考えていないと、頷く。
「皆様と一緒に戦うことが出来ないのは残念ですが、
民を守ることは、王族の勤め。
全身全霊で請け負いましょう」
彼女は王族として、神官として決意を込めて宣言した。
「あとは……陣地だな」
陣地、戦うための場所。これは大事だ。
「極論すれば、この街には頑丈な外壁と六重聖域の守りがある。
これさえ破られなければ、そうそう負けることはない。
……逆に言えば、これ破られると負け確定なんだがな」
今の所、この街で敵を迎え撃つつもりだが、この街の立地は何の変哲もない平原にある。
小高い丘の上に立っているわけでも、森の中にあるわけでもない。
サフィア川やその支流が流れていること、それが障害と言えるぐらいだ。
はっきり言って、攻めやすく守り難い。
サフィア川にかかる橋を落とせない以上、敵の進軍を遮るものは何もない。
現状では敵は難なくこのアウインまで辿り着くだろう。
「まず、六重聖域は絶対に死守。
これについては、自分に当てがあるので任せて下さい」
当てというのは、もちろんブラックファングだ。
この街の下水道は彼らの縄張りである。
彼ら以上の適任はいないだろう。
本当はブラックファングを積極的に使いたくはなかったが……
前言撤回だ。人手が足りない以上、使える手段は何でも使う。
幸い、今回の第五開拓村の遠征で、ブラックファングには恩を売った。
彼らは法を守らないが、仁義は守るヤクザだ。
嫌だとは言わないだろう。
「それで、陣地だが……」
敵に楽をさせる気はない。
敵が来るだろう道には罠を配置し、数を削る。
さらに、突貫工事でも陣地を作って、少しでもこちらが戦いやすいように工夫する。
では、実際どんな陣地を作るかだが……
陣地と聞いてまず自分が考えるのは、第1次世界対戦で猛威を奮った『塹壕』だ。
だが、今回の戦いでは使えるだろうか?
元々、塹壕というものが出てくるようになったのには理由がある。
それは、機関銃の開発だ。
それ以前の戦争では、銃は単発で命中率も悪いため、一斉射撃をした後は、
銃剣による一斉突撃で、敵を撃破するのがセオリーだった。
しかし、一度に数百発の弾丸を撃ち出す機関銃の登場により、
一斉突撃では機関銃の的になるだけになってしまった。
そこで、敵の機関銃から身を隠す必要性が高まることで、生み出されたのが塹壕である。
地面に穴を掘り、敵の射線が通らないように身を隠す。
そして、穴を掘り進めることで塹壕を拡張しながら、敵の側面を突く。
というのが、塹壕の戦術である。
まあ、その塹壕も移動出来る装甲の付いた機関銃、つまり『戦車』の登場で廃れる訳で……
別に完全な陣地というわけでもない。
で、この世界で塹壕が役立つかというと……うーん、微妙……
フェルナンの目を通した映像では、敵のアンデッドは、その辺のモンスターをアンデッド化したものだった。
機関銃は当然として、魔法もないし、弓も無い。
まったく意味が無いとは言わないが、塹壕に篭る利点は薄い。
となると、第一次世界大戦よりも前の時代……日本の戦国時代を参考にするか。
何を参考にするかといえば、日本の城、その周りに配置してある『お堀』である。
お堀といえば、皇居や大阪城などが有名であろうか。
アウインは幸いにして、アウインの水場のように元々街の外にも川が流れている。
これを利用することで、即席の堀とする。
敵は、ゴブリンやオークといったモンスターのアンデッド。
それを考えるなら水深は2~3メートル、幅は25メートルもあれば十分だろう。
フェルナンを通して見た映像からは、奴らに高度な知性があるとは思えない。
ただ、生者を襲うという本能で動いている。
ならば、ただ穴を掘っておくだけで堀は越えられまい。
奴らには堀を埋める、もしくは橋を架ける等の土木工事は出来ないだろう。
それは人間の知恵と工夫があればこそだからだ。
「……という訳で、アウインの水場を堀として利用しましょう。
陣地の作成はレオンにお願いしたいのですが」
「ふん、あまり面白みはないが……まあ、いいぜ。
俺も多少は仕事をしておかないとな」
レオンは、冗談なんだか本気なんだか判別のつかない態度でそう言った。
「よし、後はミレーユさんは冒険者ギルドに戦力の依頼をお願いします」
「ええ、良いわ。
私のお金じゃないから、気が楽で良いわね」
ミレーユさんは、しれっとそんなことを言うが、シモンが渋い顔で口を挟む。
「冒険者ギルドに払う報酬をケチる必要はありませんが、
大盤振る舞いをする必要もありません。
くれぐれも適正価格でお願いします。
我々の資金は、信仰者の寄付で成り立っていますので、無駄使いは許しません」
「ええ、もちろん冗談よ、冗談。
まあ、交渉は任せてちょうだい。
冒険者ギルドはこの前のアンデッドスライム戦の成功体験があるからね。
良い感じで、乗せてやるわ」
「その、ほどほどにして下さいよ。本当に」
ニヤリと黒い笑みを浮かべるミレーユさんに、
シモンは何ともいえない顔で答える。
「では、ミレーユさんには頑張ってもらうとして……
グレゴワールさんは、投石機の準備意外にも、聖水や武器の手配を頼めますか?
あと、シモンには非常に面倒臭くて大変だと思うけど、王族との調整をお願いします」
「はい、アウイン西部の工房を全力稼動させましょう。
職人達との交渉もお任せ下さい」
「……ええ、分かりました。
気は重いですが、全力を尽くしましょう」
グレゴワールさんとシモンも頷く。
「最後はワシだな」
今まで黙って会議の様子を見守っていた大司教クリストフは口を開く。
「そうさな……ではワシは六重聖域の調整と維持にあたろう。
戦争ならば、普段よりも出力を上げておいた方が良いだろう。
その調整が出来るのはワシだけだ」
「よろしいのですか?
敵は六重聖域の排除を考えているはずです。
守るための戦力は配置するつもりですが、危険度は高いですよ」
敵がアンデッドである以上、六重聖域の排除は必ず行われるはずだ。
ともすると、この中で一番危険であるかもしれないのだ。
「無論、危険は承知の上だ。
なに気にするでない。老い先短い爺の最後の大仕事よ」
大司教は、長い髭を扱きながら答える。
「大司教、最後というのは止めて頂きたい。
士気にに関ります。
それに忘れないで下さい。今回の戦いで死ねばアンデッドにされてしまう」
「ふむ、そうであったな。
ああ、もちろんワシも死ぬつもりはない。
邪教徒どもには、ワシとビクトルの六重聖域の力、とくと味わってもらうとしよう」
そう言うと、大司教は不敵に笑う。
その目には六重聖域にかける絶対の自信が見て取れる。
正直不安はあるが、そこはブラックファングの働きに期待しよう。
さて、これでこの場の全員にやるべきことは決まった。
ならば、あとはやるだけだ。
皆の顔を見回し、宣言する。
「それでは皆さん。
それぞれの勤めを果たしてください。
クソ邪教徒には、我々に喧嘩を売ったことを後悔させてやりましょう!」
「おお!!」
こうして、アウイン防衛戦は動き出した。
ようやく作戦会議終了。
次話は最終決戦に向けてのソージの実験。
その次の話で4章ヒロイン登場になります。先は長い……