9話 奇跡の代償
「記憶が無い……
確かに、なぜ自分がここにいるのか知らないですけど」
ミレーユさんが口にした記憶が無いという言葉。
確かに今の自分の状態を見れば、記憶喪失のように見えるのかもしれない。
ちなみに、以前自分がギルドに情報収集に行った時は、
気が付いたら第2都市アウインにいた、という話はしたが、
過去の記憶が無い、とまでは言っていない。
しかし、記憶喪失とはまたベタなネタだが、ミレーユさんの目は真剣だ。
冗談で口にした言葉ではないと感じられる。
このタイミングで記憶喪失の話が出るということは、鍵になっているのはMP消費による頭痛か?
「あなたが、なぜここにいるのか知らない、というのは以前聞いたわ。
その話を聞いたときに気づいていれば良かったんだけど……
あの時はただの気狂いだと思ったから関わりたくなかったのよね。」
「ひでぇ……
……自分が不審者であることは否定しませんけど。」
自分の場合、あえて不審者を装っているところはあるが、
面と向かって言われるとやはりへこむ。
ちなみに、なぜあえて不審者を装っているのかというと、
自分以外にこの世界に来ている人間がいた場合に見つけ易くするためだ。
……今のところ、自分と同じ境遇だと名乗り出たものはいないのだが。
「まあ、それはいいわ。
改めて聞くけど、なぜあそこまで無理して魔法を使おうとしたの?」
「なぜと言われても答えは変わりませんよ。
目の前に助けを求めている人がいて、自分にその力があるのなら助けるでしょう?」
特に今回の場合は命にかかわる。
見て見ぬふりなど出来るはずが無い。
「はぁ……これは重症かも。
普通はね、MPが40%を下回ったら魔法は使わないのよ。
なぜだか分かる?」
「……頭痛で集中できなくなるからですか?」
ここまで言われて気が付いた。
MPが半分を切ってから発生する頭痛。
自分の場合、頭痛がしていたとしてもスキルメニューから任意の魔法を選択すれば魔法が使えるが、彼女たちはそうではない。
魔法を使うためには高い集中力が必要で、
あの頭痛がしている状態では魔法を満足に使うことは出来ないはずだ。
「そう、それも理由のひとつ。
他には?」
「……?
ああ、なるほど、記憶喪失か。
あの頭痛の中で無理に魔法を使うと記憶が無くなるということですか?」
頭痛以外のデメリットとなると、
ミレーユさんの発言から考えれば、これしかないはずだ。
「うん、そうなんだけどね。
やっぱり記憶が無いでしょう。
あなたはさっきから考えて質問に答えてるけど、
魔法を使う者にとっては考えるまでも無く常識なのよ。」
「おう……」
見透かされているなぁ……
本当は記憶喪失ではないのだが、こちらの常識が無いことには変わりない。
早くこちらの世界の常識を身に着けないと色々とまずそうだ。
「話を戻すけど、MPが枯渇することによって精神に異常をきたすことがあるのよ。
これは記憶の喪失だけではないわ。性格が変わってしまったり、発狂してしまったりね。
普通はそうなる前に、そもそも頭痛がするから、そこまでできないんだけど……」
ミレーユさんはそこでいったん区切ると、頭の中から記憶を掘り出すように
頭に指を添えて考える。
「……例えば、過去にこんなことがあったわ。
若い神官がね、最愛の人が死んで復活のために無理やり『リザレクション』の魔法を使ってしまったの。
その結果、若い神官は廃人になってしまったわ。」
リザレクションの習得可能レベルは99。
この世界では未だにそんな高レベルな人間は見た事がない。
おそらく、その神官のレベルは99以下だったのだろう。
であるにも関らずその神官は、リザレクションの魔法を使ったと言う。
つまり、この世界では魔法はレベル制限無しに使うだけなら使えるようだ。
ただし、その代償は大きい。
「……それで復活は出来たんですか?」
「出来るわけないじゃない。
不完全な復活は死霊術と変わらないわ。
蘇ったとしても化け物が増えただけ、しかも私たち聖騎士がアンデッドとして処分しなければならないから、
誰にとっても残念な結果にしかならなかったわ。」
「そう、ですか……」
自分は廃人、愛する者はアンデッド、ゲームや漫画では命を賭けて奇跡を起すが、
現実では命を賭けてさえ奇跡は起きない。
まったく夢も希望も無い話だ。
「あとはそうね、『呪い』は憶えてる?」
「MPが減っていくあれですか?」
RPGでお馴染みの毒や麻痺、所謂バッドステータスと呼ばれるものだ。
このひとつに『呪い』がある。
呪い状態になると一定時間ごとにMPが減り続ける。
一定時間ごとにHPが減り続ける毒状態のMP版だ。
「そう、それ。
一口に呪いと言っても色々な種類があるんだけど。
結局は精神的に圧力をかけることで精神を蝕むわけね。
MPに余裕があれば大した事は無くても、MPが減っているときに呪いを受けると、精神の異常、つまり記憶喪失になることがあるわ。」
ゲームだったときはただMPが減るだけのステータス異常だったのに、
こちらの世界での呪いはかなり厄介だな。
「でも、私たち神官の聖印には魔除けの効果があるから呪いは考え難いわね。
たぶん、記憶をなくす前のあなたは、無理に魔法を使おうとしたんじゃない?」
「……今となっては分からないですけどね。」
しかし、これはある意味チャンスだな。
自分がこの世界の常識を知らないのは、現代の日本からこの世界に転移してきたからであるが、これで常識が無いことの理由が出来た。
しかも、高位の神官のお墨付きでだ。
これからは魔法の使い過ぎで記憶が無くなったということにしよう。
そんなことを考えつつ、神妙な顔をして首を振る。
「余計なお世話かもしれないけどね。
魔法を使うなとは言わないけど、魔法を使うときは注意しなさい。
……こういうのは本人の気質の問題だから、
あなたはまたやらかすんでしょうけど。」
「いえ、そんなことは無いですよ。
記憶が無くなる危険がある以上、もうあんな無茶はしませんよ。」
人助けは自分の負担にならない程度までだ。
自分で言うのもなんだが、自分が若干お人好しであることは自覚している。
しかし、さすがに自分の記憶を賭けてまで人を助けたいとは思わない。
「そう、ならいいけど。」
そう言って、ミレーユさんは立ち上がる。
「さて、ソージ。今お腹減ってる?」
そういえば、ミレーユさんとは手伝うかわりにご飯を奢ってもらう約束をしていた。
しかし……
「いえ、悪いですが今はちょっと……
正直言って、疲れすぎて気持ち悪いです……」
話している間にMPは概ね回復したが、MPに表れない精神的な疲労は抜けていない。
今はご飯よりもベッドが恋しい。
「まあ、そうよね。
私も帰って休みたいけど、一度冒険者ギルドに戻って報告しなくちゃいけないのよね……
はぁ……そこは自由な冒険者が羨ましいわ。」
「それはご愁傷様です。」
「それじゃ今度あたなの都合の良い時に誘ってよ。
いいお店を知っているわ。」
「それなんですけど、ご飯を奢ってもらう報酬。
別のものに変えてもらってもいいですかね?」
「ふうん、内容次第ね。」
「ミレーユさんはもう気づいているかも知れませんが、
自分はお祈りの仕方さえ忘れている状態です。
ミレーユさんの都合のいい時で構わないので、
教えてくれませんか?」
「それならいいわよ。
高レベルの神官がお祈りひとつ出来ないんじゃ、格好付かないしね。」
それじゃ、と手を振ってミレーユさんも城門の中に消えていった。
「まったく異世界はしんどいなぁ……」
異世界で腰をすえて活動しようとした矢先にこれである。
イレギュラーなモンスター、効果にばらつきがある魔法、
MP不足による頭痛と記憶喪失。
考えなくてはならないことは多い。
だが……
「……諦めてたまるか」
自分はこんなところで死ぬ訳には行かないのだ。
気合を入れ直すと自分も城門へ歩き出した。
これにて長かったプロローグは終了です。