83話 総大将
大司教は一度、言葉を区切るとシモンと同じように周りを見回す。
そして、自分以外は無言で頷く。
え、何、このアウェイな感じ。
自分もとりあえず頷いておけば良いのだろうか?
困惑する自分を差し置いて、大司教は口を開く。
「ソージよ。
お主、この度のアウイン防衛戦の総大将を務めてみないかね」
総大将ねぇ……
大司教は、自分がただの元プログラマーだと知らないから仕方ないんだろうが、
思い切ったこと言う。
自分は、当然ならが士官教育なんてうけたことはない。
強いて言えば、戦略ゲームや戦記物の漫画や小説を嗜んでいたぐらいだ。
だが、それでも軍オタ程の知識はない。
「……総大将を任せられるというのは、大変に名誉なことなのでしょう。
私も教会に属する1人の神官でありますので、やれと言われれば、やりますが……
しかし、今回は辞退させていただけないでしょうか?」
「な、あなたは誉れ高き勤めを放棄するというのですか!!
まさか、臆したとでも言うのですか!!」
自分の言葉にシャルロットは非難するように叫ぶが、レオンが宥める。
「まあ、待ちな、お嬢ちゃん。
頼まれてもないのに、わざわざ第5開拓村に突っ込んでいくような人間がビビッたりするかよ。
ソージ、ソウルイーターの時にも同じようなことがあったよな。
今度は何が気に喰わないんだ? 言ってみろよ」
「別に、戦いは怖いし、戦う必要がないならそれが一番です。
ただ、怪物が目の前に居るのに、殺さない理由がないだけで」
こんな思考が自然と出てくるあたり、自分もかなり異世界に馴染んだと思う。
それはそれとして、シャルロットに視線を向ける。
「辞退する理由は簡単なことです。
果たして、教会に所属する聖騎士達は、異邦人である私に従うでしょうか?
もっと率直に言えば、私が死ねと命じたとき、納得して死ねますか?」
問題はそこだ。
まず自分に総大将としての資質があるのか、というのもあるが、
仮に自分にそれがあった所で、自分の命令に従えないのでは意味がない。
恐らく次の戦いは、アンデッドスライムとの戦い以上の集団戦となる。
あの時、自分は冒険者達と聖騎士団に指示を出して戦った。
しかし、彼らが自分の指示に従ったのは、自分の力ではない。
実際、あの時の自分は何の実績も無い聖騎士であったため、集団をまとめることができなかった。
彼らが自分の言うことを聞いたのは、冒険者を金で雇い、聖騎士団は大司教が力を貸してくれたからだ。
その後、アンデッドスライム戦で指揮を取った自分は、英雄として讃えられた。
しかし、その実績によって、自分の言葉に従うかと言えば、それは分からない。
自分がこの世界に来てから、色々なことがあったが、実際には3ヶ月程度しか時間がたっていない。
しかも、3ヶ月の内、最初の1ヶ月は、この世界の調査のために、街の人に片っ端から話しかけたり、
街の中や城壁の周りをぐるぐる歩き回ったりしていた。
そのため、最初は自分のことは『不審者』か『頭のイカレた気狂い』かと思われていた。
アンデッドスライムを倒したことで、そのイメージは、多少なりとも払拭できたと思うが、
だからと言って、最初の1ヶ月の自分が無かったことにはならない。
もちろん、今回は大司教から総大将として直々に任命されることになるので、表立って批判は出ないだろう。
しかし、戦いにおいては状況次第で、大を生かすために小を犠牲にする選択を迫られることがある。
個人的には、この考え方はあまり好きではない。
なぜなら、自分は生かされる大の側ではなく、切り捨てられる小の側の人間だと思っているからだ。
今でこそ、チートなんてものを持って、この世界においても上位のステータスを持つ人間になったとしても、
自分の中の根底にあるメンタルが変わることはない。
ただ、それはそれとして自分が指揮官となるなら、
やはり、大を生かすために小を殺す。
それが現実的で、論理的な、最善の選択なのだから。
そして、その時、自分の指示に従えるのか?
少なくとも、ここにいる教会上層部が納得できなければやるべきではない。
自分の問いかけに対して、シャルロットは顔を赤くする。
「な、な、な!」
「なるほど、そう来たか。
おう、おう、おう、お嬢ちゃん。
お前はソージのために死ねるのかい?
ん、ん、どうなの? どうなの?」
レオンは、体を左右にゆすり、シャルロットを挑発する。
その様は、一言で言うと非常にウザイ。
「レオンさんは黙りなさい!!
……ソージさん、貴方に1つだけ、言いたいことがあります!」
シャルロットは自分に対して、ビシッと指を突きつけると、
自分に目を合わせて口を開く。
「貴方がソウルイーター討伐の功績を放棄したため、
その功績は私に譲られました」
「はい、存じております。
その節は私の我が侭のせいで、お手を煩わせてしまい、
大変申し訳ありませんでした」
シャルロットに対して頭を下げる。
自分の中では、既に終わったことであるが、
自分の代わりに対処を行った彼女に、不満が残っているのは当然だ。
何しろ、彼女は『不審な聖騎士』である自分の尻拭いをさせられたのだから。
「本当に、貴方は邪教徒討伐の功績を何とも思っていないのですね。
……栄誉にこだわる私が馬鹿みたいではないですか」
シャルロットは自嘲的に笑う。
「それは、どういう事ですか?」
「私は私自身の実力によって、今の地位を手に入れたと思っています。
ですが、私は王族の血を引いています。
そのせいで、私は王家の力によって今の地位に着いたのでは、と噂されているのです。
実際……私自身も本当はそうなのではないかと、不安になります」
シャルロットは苦虫を噛み潰すように顔を歪める。
「私は誰かに与えられた功績なんて要りません。
私が欲しいのは、真っ当な、私自身の実力で手に入れた功績です。
……もしも、それが私の死という結果でしか得られないというのなら……
所詮、私はそこまでの女であったのでしょう」
シャルロットはこちらの目を真っ直ぐに見つめる。
「……だから、この命、貴方に預けますわ」
それに、民のために命を賭すのは聖騎士の務めですと、彼女は言う。
その言葉には、おそらく嘘はないのだろう。
ノブレス・オブリージュ、高貴なる者の義務というやつだろうか。
「ありがとうございます。
そして、重ねて謝罪します。
貴方の職務に対する決意を甘く見ていたようです」
再度、頭を下げる自分に対して、
シャルロットは、慌てて口を開く。
「わ、分かれば良いのです。
それと、誰かに功績を譲るのは最後にしてくださいね」
駄目ですからね、と指を立てて言う様は、
学校の委員長みたいだと思う。
そんなシャルロットを見ながら、レオンがおどけたように口を出す。
「おう、今度から功績を譲る時は、俺を指名してくれよな。
俺はお嬢ちゃんみたいに、誰の功績とか気にしなからな。
がんがん譲ってくれ」
「レオンさんは不真面目です!
だいたい貴方はどうなのですか!!
貴方はソージさんの命令で、死ねるのですか?」
「俺はソージの立てた作戦が面白ければ従ってやる。
面白くなかったら従わない」
「ちょっ!!
面白いって、何ですか!
貴方も神聖な教会の勤めを何だと思っているのですか!!
ソージさん、この不真面目な聖騎士にビシッと言ってやりなさい!!」
レオンのあんまりと言えば、あんまりな返答にシャルロットは吼える。
「面白い作戦は無理ですね。
私の立てる作戦は、出来る限り単純で、分かりやすく、犠牲も少なく、そして何より勝てる作戦にしたいです。
そこに『面白さ』が入る余地はありません」
ゲームだったら魅せるプレイや、縛りプレイも良いだろう。
しかし、この世界はゲームではない。
リセットボタンも無ければ、セーブもロードも出来ない。
何より自分は、ただの元プログラマーだ。
カルタゴのハンニバルや、三国志の諸葛亮孔明のような歴史に名を残す軍師ではない。
そうである以上、作戦は出来るだけ分かりやすくシンプルに。
安全に、楽に勝てるのが理想だ。
しかし、レオンは鼻で笑う。
「は、面白くないだと?
面白くない奴が、アンデッドスライム戦のような作戦を立てるかよ」
彼は、机をトントンと叩きながら言葉を続ける。
「なるほど、確かにアンデッドスライムとの戦いはソージを囮にして敵をおびき寄せ、
皆で囲んで叩き潰すというものだった。
ああ、分かりやすく単純だよ。その辺のおっさんでも理解できる。
だがなぁ、普通はそんな作戦を思いつかないし、思いついたとしても実際にはやらないよなぁ?」
レオンはニヤリと笑う。
「俺はそういうのが面白いと言ってるんだぜ?
今回の戦いも面白い作戦を期待しているよ」
「自分のことを支持して下さるのはありがたいことですが、
あまり期待はしないで下さい」
「ふん、まあ、いいさ。
ミレーユはどうだい?」
レオンは鼻を鳴らすと、今度はミレーユさんに視線を向ける。
話を振られた彼女は、腕を組むと遠慮なく口を開く。
「えっ、私は嫌よ。死にたくないもの。
だいたい、何でソージに私の生き死にを決められなきゃいけないのよ」
ミレーユさんは、きっぱりと言い放つ。
「まあ、そうですよね」
当たり前といえば当たり前の話だ。
シャルロットやレオンは納得しているようだが、
本来はこのような反応が帰ってくるはずなのだ。
「……」
「……」
「ちょっと、なんでそこで納得するのよ!
え、なに、私ってそんなに薄情だと思われてるの!!」
ミレーユさんは、信じられないと言った顔で叫ぶ。
「いや、ミレーユさんがって言うよりも、それが普通の反応でしょ?
だって、自分が逆の立場だったとして、
ぽっと出の、どこの馬の骨とも知れない聖騎士に死ねって言われたら、死にたくないですもん」
自分の言葉に、ミレーユさんは呆れたように口を開く。
「あのね……ソージの言ってることはもっともなんだけど、
あなたは人を切り捨てる判断が速すぎるのよ。
自分に従わない人間を、はいそうですか、で済ませちゃだめよ。
どうやったら、自分に従うのかを考えなきゃね」
「それが出来れば、苦労はしません。
具体的には、ブルード鉱山の時とか、アンデッドスライムの時とか」
「だって、ソージって強者の風格が全然ないんだもの。
こう、俺に任せろとか、何も言わずについて来いとか、そういうの出来ないの?」
ミレーユさんの言葉がざくりと胸に刺さる。
そりゃそうだろうよ。
ただの元プログラマーに、勇者ムーブを期待されても困る。
だいたい、そう言うのは自分のキャラじゃない。
「……まあ、そこがソージの良い所でもあるんだけどね
私はソージが1人の人間の命のために、自分の命を懸けられる人間だって知っています。
だから、あなたが無意味な死者を出さないと分かっているわ。
だから、もしもの時は、死にたくはないけど、納得して死んであげる」
ミレーユさんは、しょうがないなぁ、と苦笑しながら言う。
「はい、有難うございます。
そうならないように頑張ります」
「まあ、私はソージの事を良く知ってるけど、多くの人間は知らないからね。
うまく説得しなさいよ」
「……頑張ります」
ビクトル氏の功績探しの時から分かっていたことだが、
説得みたいなコミュ力が必要な案件は苦手だ。
だが、これも仕事だ、頑張ろう。
「では、次は私ですね。」
今まで話を聞いていた、グレゴワールが口を開く。
「私も西部教会の聖騎士団も、商人や職人の家系のものでして。
正直言って、戦いは不得手なのです」
確かに、自分が使っている聖水や聖布等の道具は西部教会で作られたものだ。
聖剣や鎧なんかの装備もそうだ。
「ですので、実際にアンデッドスライムを倒し、
第5開拓村で邪教徒を倒した実績のあるソージ殿が指揮を取ってくれるのならば、
こちらも安心して戦えると言うものです。
もし必要な物があれば言って下さい。
単純な戦力としては力になれませんが、道具や装備の方でお役に立てると思います」
グレゴワールは快く言った。
「はい、有難うございます」
頭を下げ、礼を言う。
この人は普通に良い人だ。
変人ばかりの教会内で、すごい普通で良い人だ。
「さて、最後は僕ですね」
今まで黙って話を聞いていたシモンが口を開く。
「僕はソージが死ねと言えば、死にますよ。
まあ、ソージがそんな命令を出している状況っていうのは、
つまり、我々が負けた時だと思いますので心配はしていませんよ」
「そんな、あっさりと……
いや、ありがたいことですけどね」
何はともあれ、彼らはどうやら自分に命を預けてくれるようだ。
もちろん、彼らには彼らなりの思惑があるのだろうが、
それでも彼らの職業意識の高さに恐れ入る。
自分の意見は、先程述べた通りだ。
いきなり、ぽっと出の人間に死ねと言われて死にたくはない。
今回の戦いではレベル99の邪教徒の存在が確認されている以上、
その相手をするのは自分であろう。
流石にアリスのように上手くは行くまい。
最悪、死んでしまうかもしれない。
それでも、この街にはリゼットを始めとして、ミレーユさんなど世話になった人がいる。
だから、もし自分の命を犠牲にすれば彼女達が助かるのなら、命を掛ける覚悟はある。
しかし、だからと言って、誰かに死んで来いと言われて、はいそうですか、とはならない。
命を掛けるのは、自分の意志だ。
命の張り所は自分で決める。
だったら結論は1つしかない。
命令されるのが嫌なら、自分が命令する側になるしかないのだ。
……やはり、彼らの職業意識はすごいと思う。
「皆さんのお気持ちは分かりました。
皆さんにはご迷惑をお掛けすることになるでしょうが……
防衛戦の総大将の任、全身全霊でお受けしたいと思います」
「ふむ、お主の活躍に期待させてもらおう」
大司教は満足そうに頷いた。
さて、そういう事になったが、これからどうしたものか?
邪教徒がアウインに攻めてくるとして、何から手を付けるべきか?
いや、そもそも本当に邪教徒は攻めてくるのか?
攻めてくるとして、それはいつなのか?
敵の戦力はどれぐらいか?
これらが分からなければ、こちらも動き用がない。
現状では、邪教徒が攻めてくるというのは、アリスの証言でしかないのだ。
せめて敵が本当に攻めてくるのか、それが確定できれば良いのだが……
まあ、既にシモンが斥候を放っているようだから、その情報待ちか。
そこまで考えたとき、目の前の視界に黒いノイズが走る。
「……ッ!!」
ザ、ザ、と壊れたテレビのように、視界の景色が乱れ、
視界が黒く染まっていく。
そして……
「クッ!!」
乱れた視界がもとに戻る。
「何だ?ここは?」
目の前に広がるは、真夜中の平原。
夜の風は肌寒い。
空は暗く、明かりは月と星の光しか無い。
いや……それだけでは無かった。
地面には、聖域の魔法陣が輝いており、
聖域の外には……
1000を超えるモンスターが今まさに襲いかからんと、聖域の周りを取り囲んでいた。