82話 会議
シモンに案内され中央教会に移動する。
その中にある会議室には、既に大司教と各教会の司教達が待機していた。
大司教『クリストフ』、
北部教会の司教『シャルロット』、
東部教会の司教『レオン』、
西部教会の司教『グレゴワール』
そして、自分に対してひらひらと手を振る冒険者ギルド派遣聖騎士団、団長『ミレーユ』。
大司教補佐官『シモン』は大司教の隣に着席し、異端審問官『エリック』は大司教を守るように後ろに立つ。
最後に、開いている席に自分。
つまり、南部教会の司教である『ソージ』が座る。
シモンは、こほんと咳払いを1つすると、皆に聞こえるように宣言する。
「今、このアウインは未曾有の危機に晒されています。
かかる危機に対して、我々は神の代行者として、これを打ち払わなければなりません。
危機とは何か、敵は誰か、我々は何を成すべきか……
情報を整理し、共有し、策を練りましょう……すべては神官としての勤めを果たすために」
こうして、会議が始まった。
シモンは皆を見回すと、口を開く。
「では、まずはソージ、第5開拓村であたなが見たこと、ルニア様のお告げについて報告をお願いします」
「……シモン様。質問を質問で返すようで悪いのですが、
私としてはまずシモン様がどのような『お告げ』を賜ったのかを知りたいと思います。
既に知っていることを報告する意味もないでしょう?」
つまり、報告する内容の重複を避けたいということなのだが、これは嘘だ。
本当はシモンが受けたお告げの内容に、自分の『チート』が含まれていたか知りたいのだ。
自分は基本的に、チートを隠すスタンスを取っている。
そのため、第5開拓村の報告については、チートを隠すために嘘を混ぜることになる。
実際、エリックには嘘の報告を行っている。
しかし、シモン達が既にチートについて知っているのなら、隠す意味はないのだ。
第5開拓村で見た邪教徒達は自分と同じチートを持っている。
であるならば、チートについて隠し通すことは難しい。
どこかで、話す必要はあるのだが……問題はどこで話すべきなのかということだ。
下手に話して、異端扱いされても困る。
出来れば、ルニアの方からチートの報告と、自分はシモンの味方であると、
太鼓判を押してもらえているとベストなのだが……
シモンは頷くと、落ち着いた声で答える。
「そうですね。
まず僕が賜ったお告げからお話しましょう。
それは……」
「それは?」
シモンは、こほんとひとつ咳払いをすると、大仰に答える。
「『――災いは西からやってくる。詳細はソージに訪ねるが良い』です」
「はぁ!
何だそのふわっとしたお告げは!
胡散臭い占い師じゃねーんだぞ!」
思わず、目の前の円卓を手で叩きつけ、身を乗り出す。
「……失礼しました」
「見事な突込みね。
ちなみに、私のお告げも同じものよ、大司教のものもね。
だからこそ、あなたの報告が必要なのよ」
「はい、ミレーユの言う通りです。
まず一刻も早い状況確認のため、ソージをここに呼びました。
それと、僕には『様』は必要ありません。
ここに居るのは、それぞれの教会の長であり、序列の差は無いのですから」
そのための円卓ですし、とシモンは付け加える。
「さて、話を戻します。
僕はお告げを受けた後、ソージの迎えとは別に、
アウインの西……サフィア河の西側に向け、斥候を2人1組で10組ほど放っています。
これが、4日前の話になります」
つまり、教会側も独自に情報収集を始めていると言うことか。
しかし、携帯電話もないこの世界では、現地の様子をすぐに知ることは出来ない。
彼ら斥候の情報は、この会議には間に合わないだろう。
「なるほど、シモンの状況は把握した」
シモンとミレーユさんの言葉を信じるならば、
現状では、シモン達は第5開拓村の惨状も、自分のチートについても知らない訳だ。
ならば、今まで通りだ。
チートは隠すし、嘘も混ぜる、全てはルニア様のおかげ、で押し通すしかない。
「それでは、私が第5開拓村で見たものを説明します。
私達が第5開拓村に到着したとき、村は異界に覆われていました。
そこで、私達はブラックファングの協力者と共に異界に突入。
異界のなか……第5開拓村で見たものは、死んだはずの開拓民、およそ100名のアンデッドです」
円卓の上に用意されていた第5開拓村の地図を広げ、
アンデッドに見立てた黒いチェスの駒と、自分達に見立てた白いチェスの駒を置く。
「彼らは既にアンデッドになっているにも拘らず、生前と同じように生活をしていました。
おそらく、邪教徒による実験でしょう」
門を守る門番のアンデッド、立ち話をする女性のアンデッド、走り回る子供のアンデッド……
あの時に見た冒涜的な光景をありのままに話す。
自分の話に、全員の顔に緊張が走る。
この場に居る者は司教であると同時に、各教会の聖騎士団の団長でもあるのだ。
会議室内の空気が張り詰める。
「……我々はこの第5開拓村のアンデッドに対して、火攻めを決行しました。
その結果、こちらの被害を出さずに、開拓民のアンデッドを撃破することに成功しました」
第5開拓村の地図から黒い駒を退かせ、代わりに、黒いキングの駒を置く。
「次に我々が遭遇したものは、
レベル99の神官『量産型救世主1号』の体を乗っ取った『邪竜使いエミール』です」
「はい? えっと、量産型……救世主?
エミール?」
「量産型救世主1号です」
シモンを始め、皆は困惑した表情をしている。
まあ、無理もないというか。
なんつーか、名前が紛らわしい。
「名前には深い意味はないと思います。
これは、私の推測になりますが……
邪教徒は神官を捕らえ、人体改造を行い、無理やりレベルを99に引き上げ、
その上で神官の体を乗っ取ったと考えています」
シモンは困惑した表情から、すぐに立ち直ると、
自分の報告を吟味するように、顎に手を当てて考える。
そして、こちらに視線を向け、疑問を口にする。
「なぜ、そのような回りくどい手段を取ったのでしょうか?
レベルを99にするのならば、わざわざ神官の体を使わずとも、
自分自身の体を改造すれば良いのではないでしょうか?」
「彼らの目的……死者の蘇生のためだと考えられます。
我々神官は死者蘇生の魔法、『リザレクション』を使う資格を持っている。
だからこそ、自分の体ではなく神官の体を欲したのでしょう」
「まさか!
いや、しかし、リザレクションの魔法は神話の時代に使用された逸話は残っていますが……
少なくとも僕が知る限りでは、ここ200年で成功したことはありません」
シモンは首を振って答える。
つまり、教会の認識としては、リザレクションの魔法は、
存在はしているが、事実上使用不可能な魔法なのだ。
だから、『それを理由にレベル99を目指すのか?』と考える。
「いえ、だからこその、レベル99です。
前人未到の、最高到達点。
もしレベル99で使えなければ、一体、誰が使えると言うのでしょうか?」
この世界では、仮にレベル99だとしても、どれだけ努力しようとも、
魔法を必ず習得できる保証はない。
実際、詠唱式の魔法で自分が使用できるのは、『ヒール』のみだ。
しかし、チート持ちにとっては話が違う。
スキルポイントを使用した魔法の習得。
スキルコマンドからの魔法の使用。
これには、努力も才能も必要ない。
必要な条件さえ揃えれば、魔法は確実に習得できるし、
一度習得した魔法は絶対に失敗しない。
半信半疑であるシモンに対して、ミレーユさんが口を開く。
「そうね。レベル76のソージよりもさらに高いレベル。
私達からすれば、レベル70ですら到達は不可能なのにね。
ソージから見てエミールはリザレクションを習得している、本当に使えると思う?」
「使えると思います。
もちろん、私はこの目でエミールがリザレクションを使用したところは見ていないので、
証拠はありません。
しかし、私はエミールがリザレクションを習得していると確信しています」
ミレーユさんの質問に、自信を持って断言する。
しかし、根拠がないのが痛い。
自分のチートを見せれば、一発なのだが……
仕方がない。
別の根拠を提示するしかない。
思い出せ……確かアリスがリザレクションについて言及していたはずだ。
「……思い出しました。
それを裏付ける証言として、同じく第5開拓村で遭遇した邪教徒はこう言っていました。
『死んだ家族をエミール様に蘇生してもらう』と」
第5開拓村の地図の中央部分に、黒いクイーンの駒を置く。
「……その邪教徒はアリス・ゴーンですね」
シモンは確認するように、問いかける。
「はい」
「……分かりました。
では、とりあえず、エミールはリザレクションを使えるとしましょう。
続きをお願いします」
その口調からは、まだ完全に断定はしていないことが分かる。
やはり、この世界の人間にとってはリザレクションの魔法のハードルは相当高いのだろう。
だが、今は説明の途中だ。
ここで、言い争っても仕方がない。
「説明が前後しますが、その後、エミールはドラゴンに乗って異界を脱出しました。
行方は不明です。
我々は第5開拓村の探索を続行。
アンデッドの残党を討伐しつつ、開拓村中心部に向かいました」
自分達を表す白い駒を黒いクイーンの所に移動させる。
「そうして、第5開拓村中心部に居たのは、
レベル99の医者『秋月レイ』の体を乗っ取った『アリス・ゴーン』です」
「また、レベル99ですか……」
シモンは険しい表情で呻く。
「私はこれも先程と同じく、死者蘇生の手段を得るためだと推測します。
そのために、医者の体をレベル99に引き上げ、その上で体を乗っ取ったと考えます。」
自分の報告に対して、シモンは顎を手にあて考える。
「神官ではなく、あえて医者……
ッ!!
『死者蘇生のポーション』ですか!!」
シモンは、バンと円卓を叩く。
この世界において、医療行為も神官が担っている分野である。
当然、ポーション等の薬品もそれに含まれる。
「はい、死者蘇生のポーションを作成するためのレシピはあるのでしょう?
ただし、材料を集めることが事実上不可能だというだけで」
「……はい、そうですね。
一般には公開していませんが、確かに教会には死者蘇生のポーションの生成方法を保管しています。
……なぜソージがポーションの材料について知っているのかは不問にしましょう」
心の中で舌打ちをする。調子に乗って話し過ぎた。
「……不問も何も、死者蘇生のポーションの材料は、ルニア様に聞きました。
まあ、私は医者ではないので調合は出来ませんし、製法を口外するつもりもありません。
なので、何も問題はありません」
魔法の言葉、『すべてルニア様のおかげ』を発動。
屁理屈でも何でも良い、とりあえず誤魔化す。
「とにかく、リザレクションに死者蘇生のポーション。
邪教徒はレベル99の肉体を用意し、それを乗っ取ることで、
この2つの死者蘇生の手段を得たのではないか、ということです」
強引に話を元に戻す。
「なるほど、それが確かであれば大変に厄介ですが……
これが、ルニア様のお告げの『災い』なのでしょうか?」
シモンは疑問を口にする。
リザレクションも死者蘇生のポーションも、邪教徒が持っているという点を除くなら、
元々教会にあったもの、神が与えた奇跡なのだ。
「いいえ、邪教徒は死者蘇生の手段を得るだけには飽き足らず、
このアウインを攻め込むつもりです。
実際、私は第5開拓村において、およそ3000体の武装したアンデッドに遭遇し、
これを撃破しました」
「3000体!!」
シモンが唸る。
ここアウインの人口が約1万人。
その内、神官の数は1000人程度。
ただし、神官もすべてが戦えるわけではない。
多く見積もったところで、戦闘可能なのは500人。
仮に教会の人間だけで戦う場合、単純計算で約6倍の敵と戦うことになる。
この世界では魔法やレベルがあるとは言っても、兵数6倍はやはり厳しい。
例え高レベルでも致命的な一撃があるため、
ゲームの様に一騎当千の無双は出来ないのだ。
本当、何で生きてんだろうな、自分。
「数も脅威ですが、真に脅威なのは、
モンスタークリスタルにアンデッドを封印することで、
アンデッドの軍隊を持ち運び、瞬時に展開していたことです」
つまり、やろうと思えば、街中でいきなり3000体のモンスターが出現することもあるわけだ。
「モンスタークリスタルをそのように用いるとは……
ですが、その3000体のアンデッドはソージに退治されたのでしょう?
それだけの数を、また用意できるとは思えません」
当然だ。この世界ではアンデッドにしろ、モンスターにしろ、
何もないところからポップしてくるものではない。
そもそも、モンスタークリスタル自体が、それなりに稀少品だ。
一度失った戦力はそう簡単に補充出来ない。
だからこそ、アリスはあれだけ激怒していたのだ。
しかし、アリスは倒したが、エミールはまだ生きている。
「……いえ、邪竜使いエミールの使役するドラゴンの体には、
大きな鞄が幾つも括りつけられていました。
おそらく、あれの中身はモンスタークリスタルでしょう。
邪竜使いが使役する巨大なドラゴンもいます。
まだ、敵には十分な数の兵力があるはずです」
おそらく、エミールの計画は10年以上も前から考えられていたものだ。
その10年越しの作戦を、諦められるだろうか?
アンデッドであるエミールにとって、時間は味方だ。
今回は諦め、また時間をかけて準備することは出来る。
だがしかし、今回はそうではないと思う。
全くの偶然であるが、六重聖域を発動させたことによって、
アウインはアンデッドに対して鉄壁の守りを得ることが出来た。
これは、魔法的な防御力だけではなく、ジェローム・ゴーンの様に、
生者に化けたアンデッドが街に入り込んで、工作をすることも防いでくれる。
また、転移者の体を乗っ取るという手口も露見した。
こちらだって邪教徒が準備をしている間、何もしないわけがない。
時間があれば対策を立てることは出来るのだ。
だからこそ、まだ対策が整っていない内に攻め込み勝負を決める。
それは十分に考えられる手筋のはずだ。
「……以上が、私が第5開拓村で見たものと、その考察です」
さて、第5開拓村の報告は、これで終わりだ。
おそらく、敵はアウインに攻めてくる。
その対策をしなければならない。
しかし、今まで黙って聞いていたレオンが口を開く。
「ふーん、なるほど、なるほど。
だいたいの事情は把握したぜ。
でも、おかしくねぇか?
敵は死者蘇生の手段を手に入れたんだぜ。
念願かなって、めでたし、めでたしだ。
何でアウインに攻め込む必要がある?」
東部教会の司教『レオン』
シモンの兄であり、彼と同じ緑の髪と瞳を持つ。
彼は長い体躯をゆらゆらと揺らし、まるで蛇の様に目を細める。
それは、こちらをおちょくっているように見えるが、
細められた目は笑っていない。
これは分かっているのに、あえて自分に答えさせるためか?
まあ、それならそれで構わない。
レオンの問いに答えようと、口を開きかけたが、
自分の代わりに口を開いたのは、シャルロットだった。
「何かおかしいですか?
邪教徒は死霊術を使います。
ならば、このアウインの街を攻め滅ぼすことで、
死霊術に使う死体を確保しようと言うのでしょう?」
北部教会の司教『シャルロット』。
太陽の様に輝く金髪をドリルのように縦ロールにしている。
人形の様に整った顔に、意志の強そうな、まるでルビーのような赤い瞳を持つ。
その様は、オークやゴブリンに捕まって『く、殺せ』と言ってそうな姫騎士である。
あと、胸がでかい。
彼女は豊満な胸を押し上げるように腕を組みながら、レオンの質問に答えた。
そのシャルロットに対して、レオンはわざとらしく大きなため息をつく。
「だがなぁ……お嬢ちゃん。
敵は既に目的を果たしているんだぜ。
もともと、死霊術ってのは、蘇生術の失敗から出来たものだ。
その完成形である蘇生魔法がある以上、死霊術を使う意味もないだろ?
だから、お前はお嬢ちゃんなんだよ」
「お、お嬢ちゃんじゃありませんって、いつも言ってるでしょ!!」
「あー、はいはい。
で、超英雄のソージ君は、どう思っているんだい?」
レオンはニヤニヤと人をおちょくるように笑いながら質問する。
「俺は超英雄ではないですし、推測でいいのなら、
ひとつ理由を説明しますが」
「聞かせてもらおうか」
「敵、邪教徒の狙いは死霊術の実験のためではなく、
このアウインの乗っ取りだと考えます」
「ほう、乗っ取りね」
「邪教徒エミールは大貴族であるジェロームに接触していたことから、
自分の研究室に篭って研究を続ける学者タイプの人間ではないと思っています。
いくら妻、子供が死んだばかりと言っても、誇りと伝統ある大貴族の人間がそう簡単に邪教徒に組するだろうか?」
「まあ、邪教徒の手先になった……
なんてバレれば、いくら大貴族とは言え、取り潰されるよな」
「当然、邪教徒は火炙りです」
レオンと異端審問官のエリックは頷く。
「であるにも関らず、エミールはジェロームを仲間に引き込むことに成功している。
それだけではない。この街の中にも商人から職人まで、多くの裏切り者がいた」
「なるほど、なるほど。
つまり、エミールは研究室に篭りっぱなしのモヤシ野郎では無くて、
策略や扇動、話術に秀でた人間だって言いたいんだろう?
で、それが死霊術ではない、本物の蘇生術を身に付けて、この街に来るわけだ」
「ま、まさか!
死者蘇生を餌にこの街の人間を配下に引き入れると言うのですか!!」
シャルロットは円卓を叩きつけ、立ち上がる。
その際に、金髪の縦ロールと豊満な胸が揺れる。
「自分が邪教徒だったら、こういう手段をとるかなぁ、と。
これなら下手をすれば、戦闘すら必要なく、この街を乗っ取れるかもしれません」
しかし、その自分の言葉に対して、グレゴワールが異を唱える。
西部教会の司教『グレゴワール』
銀色の髪に青の瞳を持つ中年男性。
その顔は穏やかそうでいるが、それだけではない、知性のようなものが見て取れる。
何となく大学時代の教授を思い出す。
「……お言葉ですが、ソージ殿。
それはあまりにも、我らの信仰心を低く見積もりすぎではないでしょうか?
愛する人を失った人もいるでしょう。
自身が重い病気や寿命で余命幾ばくもない人も居るでしょう。
しかし、それでも多くの人間は、邪教徒の誘惑には乗らんでしょう。
我々の命は太陽の女神サニア様から頂いた物です。
そして、人生を終えれば、月の女神ルニア様にお返しするものなのです」
自分には言葉でしか理解できないが、この世界では、そのように皆が信じている。
魂は自分の物ではない、あくまでも神に与えられたもの。
だからこそ、邪教徒の様にいつまでも魂を不当に保持し続けることは悪なのだ。
「……そのためのアンデッドの軍隊です。
もしかしたら知らないかもしれませんが、私は邪教徒が死ぬほど嫌いです。
ですが……仮に、私の妻を目の前で殺された場合はどうでしょうか?
それでも、死者蘇生の誘惑に耐えれるでしょうか?」
「それは……」
「さらに言えば、妻を殺し、また生き返らせ、また殺す。
刺殺、絞殺、毒殺、焼死、溺死、などなど。
そんな事をやられて、屈さずには居られるでしょうか?」
「くっ……」
グレゴワールだけではない。
皆が顔を歪める。
「人間の心を折る方法はそれだけではない。
異端審問官は、拷問を行うときに死ぬほど痛めつけた上で、
ヒールをかけて傷を癒し、また痛めつけるという手法を使うよな」
「……はい。そういう拷問方法はありますね。
実際、ジェローム家の地下で捕らえたメイドには、その拷問を行いました」
エリックは当然のように口にする。
「では、リザレクションがあるなら、もっと上の苦痛を与えられる。
屈するまで、痛めつけ、殺し、蘇生させ、痛めつけ、また殺す。
どれだけの人間が耐えられましょうか?」
一度捕まったが最後、死さえ逃げ場はない。
「ソージ……あなたって随分えぐいことを考えるのね。
でも、そうね。そんな事をやられて耐えられる人間なんて居ないでしょうね」
「……」
ミレーユさんの言葉に誰も反論しなかった。
グレゴワールも黙って首を振る。
何とも重い空気だが、説明を続ける。
「ここまでやれば、神官も貴族も名声は地に落ちる。
そして、邪教徒の街が出来上がるという訳だ。
後は、倍々ゲームだな。
何しろ敵は死ぬが、味方は死んでも蘇る。
この街の戦力で次の街を倒し、さらに戦力を蓄え……いずれは国が堕ちる。
そして、『死のない楽園』が出来上がる。
……まあ、ただの推測ですけど」
「ソージは、邪教徒がそれを狙っていると思いますか?」
シモンは、本当にそのようなことが起きるのかと確認するように問う。
「それは、分かりません。
ただ、邪教徒アリスは、
『アウインの住民は死に、そして再び生まれ変わる。
もう誰も死に苦しまない楽園が訪れる』と言ってました。
なので、近いことが起こるのではと思います」
「そうですか……分かりました」
シモンは静かに眼を閉じると、何かを決断したかのように、
ゆっくりと目を開く。
そして、彼は自分以外を見回し、最後に大司教『クリストフ』に視線を向ける。
その視線を受け、今まで黙っていた大司教が口を開く。
「南部教会司教、ソージよ。
この度の遠征、大儀であった」
「いえ、マーヤ教の神官として、当然の事をしたまでです」
「ふむ、いつもながら謙虚だのう。
まあ良い。ソージお主の考えを信じよう。
敵はリザレクションを手に入れ、このアウインに攻め込むつもりである。
である以上、こちらも備えなければなるまい。
そこで、だ」
大司教は一度、言葉を区切るとシモンの様に周りを見回す。
そして、自分以外は無言で頷く。
何、このアウェイな感じ。
自分もとりあえず頷いておけば良いのだろうか?
困惑する自分を差し置いて、大司教は口を開く。
「ソージよ。
お主、この度のアウイン防衛戦の総大将を務めてみないかね」




