76話 反撃
リゼットの言葉に覚悟を決める。
自分の奥の手、それは言うまでもない――チートだ。
自分にはこのチートしかないのだから、徹頭徹尾チート頼りだ。
リゼットと2人で邪教徒と戦うのはソウルイーター戦以来になる。
あの時の自分は、チートへの理解も戦いの経験も浅かったし、
リゼットもただの狩人の少女だった。
だが、あれから自分もリゼットも色々な人と出会い、経験を積んできた。
それが無駄ではなかったと、あのアリスに教えてやる。
「よし、やるぞ。反撃だ!!」
覚悟を決め反撃に出ようとするが、
こちらの覚悟を余所に、敵の弓兵の矢は雨の様に降り注ぐ。
「くそ!」
マテリアルシールドが割られ、盾と鎧で矢を防ぐがそれでも、HPの1/4を削られてしまう。
敵の弓兵はざっと千人ほど、それがたった二人に向かって矢を放つのだ。
その密度は高く、下手に動けば自分の後ろにいるリゼットに矢が当たってしまう。
この状況を打破する手は考えたが、それを実行するためには数秒程度の準備がいる。
そして、自分はその準備にかかりきりになるため、今のように防御は出来ない。
だから、数秒間この矢をどうにかする必要がある。
そのためにリゼットには『クレセントムーン』を装備させた。
クレセントムーンの特殊能力は、追加攻撃。
1つの矢を放つと同時に、光の矢が散弾の様に発射される。
これで敵の矢を打ち落とす。
さらに、もう1手。
聖剣を地面に突き立て、ベルトのホルスターからマジックガンを取り出し、装備する。
マジックガン『MG-03S』は、ショットガンである。
これも魔法の散弾を発射する銃なので、都合が良い。
自分は一発打ったら準備に専念するが、無いよりはマシだろう。
「リゼット、俺が打ったら、次はリゼットだ。
敵の矢を打ち落とせ!」
「はい!」
必要なのは、タイミング。
矢が雨の様に降り注ぐ中、盾とマテリアルシールドで凌ぎつつ、
タイミングを探る。
そして、程なくしてそのタイミングはやってきた。
一瞬、ほんの一瞬、矢が途切れた。
その僅かな時間に勝負に出る。
まず、マジックガンを自分に迫る矢に向け放つ。
魔法の銃から発射された散弾は、矢を次々に打ち砕き、矢の雨に隙間を作る。
「リゼット、やれ!!」
「はい!」
後ろのリゼットがクレセントムーンによる散弾でさらに隙間を広げる。
よし、これで自分は作業に専念できる。
この絶望的な状況を打開する起死回生の策。
それは『六重聖域』だ。
『六重聖域』
それは、大司教クリストフと先代の南部教会司教ビクトルが考え、
自分やアンナ、シモン、ミレーユさんで完成させた街1つを覆う巨大な聖域だ。
それを今、ここで作り出す。
もちろん、完全な六重聖域は無理だ。
あの大魔法は、六個の正確な魔法陣に、魔法陣の核となる聖騎士の武具、
さらに、土地が持つ莫大な魔力を使用してようやく完成する代物だ。
準備もなしに、その場でいきなり出来るようなものではない。
さらに言えば、ここは光の属性を極端に弱める異界の中だ。
到底、まともな聖域など作れない。
しかし、それでも問題ない。
別に完全な六重聖域を発動させる必要はないのだ。
ようは目の前のアンデッドの大群を殺すだけの時間……
およそ30秒から1分程度の間、聖域が維持できていればそれでいい。
「――行くぞ」
準備に使える時間はおよそ3秒。
いくらリゼットが弓の名手と言えど、1000人の弓兵相手に制空権を保っていられる時間はそれぐらいだろう。
故に、準備に時間はかけられない。
魔法の発動において、必要なのは呪文の詠唱とイメージだが、
今回はイメージを重視する。
自分はアナウンサーでも、声優でもないのだ。
長々とした呪文詠唱は、それだけで3秒以上を使ってしまう。
だから、呪文詠唱が出来ない分を、イメージで補う。
六重聖域のイメージは問題なく出来る。
自分は六重聖域の作成をアンナ達と実際に手伝ったのだ。
あの下水道の祭壇、そこに描かれた魔法陣、それを強く心に描く。
ただし、魔法の規模だけは縮小する。
敵を過不足無く巻き込むには、半径200メートルあればいい。
そのサイズに頭のイメージを修正する。
ここまでに2秒使ったが、明確なイメージは出来た。
あとは、呪文詠唱だが、残り時間は1秒。
口で発声すると1秒で収まらないため、頭の中で詠唱する。
――右手に宿れ、光の聖域よ。
右足に宿れ、光の聖域よ。
左足に宿れ、光の聖域よ。
左手に宿れ、光の聖域よ。
頭上に宿れ、光の聖域よ。
そして、我が胸に宿れ、光の聖域よ。
右手には聖剣を握り、左手には盾を構え、兜を被り、鎧を纏い。
我が故郷、我が同胞、その全てを不浄なる者から守護することを、ここに誓う。
「――発動せよ――六重聖域!!」
ジャスト3秒。
最後だけは、腹に力を込めて叫ぶ。
足元から、半径200メートルに渡り、六個の魔法陣が出現する。
魔法陣から放たれる黄金の輝きは、異界の暗闇を塗りつぶす。
「GAAAaaaaaaaa!!」
発動した聖域はアンデッド達を包み、焼いていく。
彼らにとって、聖域の中とは灼熱のオーブンの中にいるようなもの。
雨の様に矢を降らしていたアンデッドの弓兵達は、たまらず弓を取り落とす。
さらに、苦しみだしたのはアンデッドの兵隊だけではなかった。
「きゃあああ!!熱ぃいい!!!」
ゴーレムの後ろに隠れているアリスも絶叫を上げる。
「光属性を無効化するアイテムを装備し忘れたか。
親子揃ってマヌケだな」
「黙りなさい!!!
こんな聖域なんて、人間が扱えるものじゃないわ!
すぐにMPが切れて、おしまいよ!」
「まったくその通りだ。
だから足りないMPはチートで補う!」
アリスの言葉は正しい。
発動したミニチュア版の六重聖域は発動から1秒すら経っていないのに、
自分のMPを溶かした。
だが、それはソウルイーター戦で経験済みだ。
ステータスを表示し、そこからアイテムメニューとショートカットを同時に展開する。
普段ショートカットに登録している回復魔法や補助魔法、攻撃スキルをヒールを残して全て削除。
その代わりに、効果の違うMP回復ポーション大、中、小、
MPとHPを全回復するとっておきの『エリクサー』も登録。
さらに、MP回復効果のある食べ物や飲み物もショートカットに登録する。
そして、最後に。
「リゼット、持ってるMP回復ポーションを全部くれ!!」
「は、はい!」
リゼットから手渡された5本のMP回復ポーションをショートカットに突っ込み、準備完了。
各種MP回復ポーション、500本。
エリクサー、5本。
その他の細々としたMP回復アイテム、10個。
ソウルイーター戦の反省と、今回は遠征ということで多めに持ってきたMP回復アイテム。
これが今回の生命線。
MPが切れる前にアンデッドを倒し尽くせれば自分の勝ち、
MPが切れるか、聖域の魔法を破られれば自分の負け。
つまり、いつもの我慢比べだ。
「このレベル75の聖騎士風情が!!
何をやっているの!あいつを今すぐ殺しなさい!!」
アリスの叫びに呼応し、アンデッドの大群が行動を再開する。
だが、重装歩兵はその装備の重さ故に、走ることが出来ず、
弓兵の矢の密度も、かなり薄い。
これならば、リゼットだけで対応できる。
「リゼット、打ち落とせ!!」
「はい!」
リゼットの矢は、飛来する敵の矢を次々と打ち落とす。
さすがに、重装歩兵までは手が回らないようだが、仕方がない。
奴らがこちらまで到達すれば、囲まれて圧殺される。
奴らが先に力尽きるのを、願うしかない。
本当はリゼットを手伝いたいが、自分は自分で手が離せない。
ゴリゴリと削られていくMPに負けないように、
ゲームで鍛えた連打でショートカットをタップし続ける。
さらに、爆発しそうになる魔力を何とか聖域の形に維持するため、
集中を維持し続けなければならない。
聖域発動から10秒。
MP回復ポーション、残り400本。
アンデッドの重装歩兵は苦しみながらも、足を止めない。
矢もまだ降って来る。
聖域発動から20秒。
MP回復ポーション、残り300本。
回復効果の大のポーションは残りわずか。
敵の攻撃は、尚止まない。
聖域発動から38秒。
MP回復ポーションを使い切った。
MP回復効果のある食べ物や飲み物をショートカットから選択。
ようやく、敵の一部が崩れ始めた。
だが、まだまだ敵の多くは健在。
聖域発動から39秒。
知っていたことだが、食べ物関係には大した回復効果はなかった。
ついに、虎の子のエリクサーを使用を開始。
しかし、まだ目の前のアンデッドは止まらない。
そして、聖域発動から42秒。
エリクサー5本を全て消費。
これで、手持ちのMP回復アイテムは全て使い切った。
黄金の輝きは失せ、世界は再び暗黒に包まれる。
「G、A、aa……a……」
アンデッドの大群は全て灰になり、崩れ落ちた。
しかし……
「ガ、ハッ、ァ、ハ……」
MP0。
少ないとかではない、正真正銘のゼロだ。
視界には、ノイズがグチャグチャと走り回り、世界がぐるぐる回る。
身体はまるで全裸で北極にいるかのような寒さが来たと思った次の瞬間に、
灼熱の砂漠の中にいる様な暑さに襲われる。
さらに、頭に五寸釘を直接打ち付けられたような激痛が走る。
とても立ってはいられず、地面に突き刺した聖剣で杖の様に体を支えるが、
手足はガクガクと痙攣し、感触がない。
自分が立っているのか座っているのかさえ定かではない。
目の前のアンデッドの大群は倒した。
アリスを守るゴーレムも崩れ落ちた。
しかし、アリスは満身創痍ではあるが、まだ立っている。
だが残りはアリスだけなら、こちらには万全なリゼットがいる。
敵との距離、200メートル。
リゼットなら外さない距離だ。
「や、れ、リゼット!!」
「はい!
――クリティカルショット!!」
リゼットはロングボウに持ち替えると、アリスに渾身の矢を放つ。
いかにレベル99であろうとも心臓や頭などの急所に当たれば、
クリティカルヒットで防御力を無視した貫通ダメージが入る。
これで、終わりだ。
しかし。
「よくも、よくも、よくも、よくも!!
許さない、許さない、許さない、許さないぃぃぃ!!!」
アリスが絶叫を上げた瞬間、彼女の足元から魔法陣が輝き、そこからゴーレムが現れる。
リゼットの渾身の矢は、そのゴーレムの体に弾き飛ばされた。
「な、に……」
あの魔法陣は、モンスタークリスタルの召喚陣。
まだ、隠し持っていたのか。
「何てことをしてくれたのよ!
アンデッドスライムだけじゃなく、私のアンデッド軍団まで殺すなんて!
あれは、エミール様のアウイン攻めに必要な戦力だったのに!」
アリスは今までの余裕をかなぐり捨て、まるで駄々っ子のように地団太を踏む。
「もう許さない、殺す、絶対に殺す!
あなた達の首を、アウインに晒してやるわ!!」
そして、アリスはステータスを開くと、アイテムメニューを展開した。
アリスのアイテムボックス――その中身はモンスタークリスタルが999個。
「なん、だと……」
魔法陣が輝くと、先程倒したばかりのアンデッドの軍団、
999体が目の前に再び現れた。
「ふふふふふ!!
お仕舞いよ!お仕舞い!!
もう手品の種は尽きたでしょう!!
なぶり殺しにしてやるわ!!」
アリスの声に、呼び出されたアンデッドの大群が再び進軍を開始する。
弓兵はいないようだが、それは何の慰めにもならない。
最悪だ。
もしもこれがループ物だったら、死に戻り案件だよ、クソが!
だが、これが現実だ。
どうにかして、この状況をひっくり返さないといけない。
……出来なければ、死ぬだけだ。
「……ソージさん、手はありますか?
私にできることは、何でもします」
「は、は……何でも、ね」
リゼットはこの絶望的な状況でも、心が折れていないらしい。
だったら、考えろ。
現状では自分に出来ることは、あまりない。
MPはゼロ。
ミレーユさんは以前、リザレクションを使った神官が発狂したといっていたが、
自分も、だいたいそんな感じだ。
発狂こそしていないものの、手足の感覚は不確かで、頭が爆発しそうなぐらいの頭痛が走る。
むしろ、いっそのこと爆発してくれた方が楽になれるぐらいである。
しかし、この状態を引き起こしたのは自分だ。
自分がチートを使えるなら、相手もチートを使える。
そんな当たり前のことを見逃した自分の責任だ。
だから、手足がもげようと、頭の血管がぶち切れようと、
アリスのところまで行って剣を振り下ろすぐらいはする。
だが、現実的に今の状態で突撃したところで、
アンデッドの大群に押しつぶされるのがオチだ。
精神論では、アリスのところには辿り着けない。
であるならば、鍵となるのは、万全な状態のリゼットだ。
リゼットでアリスを討つ。
仮にアリスを倒したところで、目の前のアンデッドが一緒に倒れるかは分からないが、
それでも、最低限アリスは倒さないといけない。
アリスさえ倒せれば、この異界は消える。
自分達は無理でも、アンナやエル達は生きてここから出られる目がある。
もちろん、自分はここで死にたくはないし、リゼットを死なせる訳にもいかない。
頭はぐるんぐるんで吐き気も酷いが、死ぬよりましだ。
だったら何でもいいから、アリスを倒せる手を考えないといけない。
アリスは堅いゴーレムによって守られている。
このゴーレムの耐久度はかなり高い。
おそらく物理攻撃に対して、耐性を持っているのだろう。
奴がアリスを守る限り、リゼットの矢は通らない。
考えろ。
何か自分に出来ることはないか。
MP回復ポーションは使い切った。
MPはゼロ。
魔法はもう使えない。
自分に残るチートは、スキルポイントを使用したスキルの習得のみ。
残りのスキルポイントは7ポイント。
7ポイントあれば、それなりのスキルが習得できる。
何か使えるスキルはないか?
MPがゼロだから、魔法系は駄目。
剣術系のスキルも駄目。
自分の今のコンディションでは、あと一回剣を振れるかどうか。
剣術系のスキルはほとんどが、近接用の物理攻撃だ。
多くても十人程度しか攻撃できない。
これではアンデッド軍団も倒しきれないし、
アリスどころかゴーレムにさえ攻撃が届かない。
残りはパッシブ系のスキルだが……
パッシブ系のスキルは、『剣戦闘』スキルや『筋力増強』スキルのようなステータスの底上げが主だ。
今更、多少ステータスを上げたところで……
そこで1つのスキルが目に留まる。
「は、は……いい、ぜ。やって、やる。
俺は、リゼットの、矢が、当たることに、全てを、『賭ける』」
「ソージさん?」
「今から、リゼットの、矢が、当たる、おまじない、をかける。
だから、俺が、合図したら、矢を、打ちまくれ。
回転数が、命だ。
当たらなくても、当たるまで、打て」
リゼットの矢が当たるおまじない。
それは、パッシブ系スキル『運上昇』だ。
運については、定期市の福引で1等を当ててから考察している。
自分の『運上昇』スキルはレベル1。
この『運上昇』によって、コイントスで60%程度の確率で出したい目が出せている。
ここから、残りのスキルポイントを全部つぎ込めば『運上昇』スキルをレベル4まで上げられる。
もしも、運上昇スキルが1レベルにつき、10%の補正を得ることが出来るのなら、
レベル4まで上げれば、90%まで確率を上げられる。
もっとも運上昇のスキルはまだ分からないことが多く、
この運の上昇も実際には、自分の思い違いかもしれない。
こんな訳の分からないスキルに頼らざるを得ない自分が情けないが、
もう自分に出来ることはこれだけなのだから、覚悟を決めてやるしかない。
スキルメニューから運上昇を選択する。
さらに、スキルアップを選択、後はスキルポイントを入力すれば終わりだ。
「……やる、ぞ」
しかし、スキルポイントを入力しようとした瞬間、体から全ての感覚が消えた。
「……!!」
くそ、何が、起きた?
まるで、コントローラーが外れたゲームのキャラクターのように体が動かない。
『世界の法則すら変えてみせるか、禁忌の使い手よ』
突然、声が聞こえた。
『だが、止めておくが良い。それをやったが、最後。
妾はお主を世界の敵として、討たねばならぬ』
その声は、感覚のない自分の口から、発せられていた。
いや、それよりも。
自分の口から発せられたはずの声は、凛とした女性の声になっていた。
何だコレは?
自分は狂ってしまったのか?
「あ、あなた、まさ、か……」
「ソージ、さん……?」
視界も自分の思う通りに動かない。
目に写るアリスは驚きの表情を浮かべ、ここからは見えないリゼットの声も震えていた。
何か大変な事になっている。
自由の効かない目で何が起きたのかを探る。
すると、視界の隅に移る自分の身体は鎧姿から、
漆黒のドレスに変わっていた。
いや、それだけではない。
視界の下には、ドレスの上からでも分かるほどの豊満な胸があり、
手も色白のか細い女性の手に変わってしまっていた。
感覚のない身体は独りでに立ち上がる。
その視界は、普段よりも若干低い。
そんな自分の驚きを余所に、自分の体を乗っ取った『何か』は宣言する。
『――妾が月の女神ルニアである』
ようやく、ルニア登場。
ただ神様が出てきたから、これで解決とはいきません。
詳しくは次話で書きますが、
ルニアはソージを助けに来たわけではなく、ソージのチートを止めに来たんですよね。
一応、出てきた以上は助力してくれますが……
ソージの運上昇は、以前にも説明した通り、
ソージの都合の良いように世界法則を捻じ曲げるスキルです。
つまり
邪教徒「死にたくないから、世界法則に反して不死になります」
ソージ「このままだと死ぬので、世界法則そのものを捻じ曲げます」
ルニア「このチーターどもめ」
といった感じです。