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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第3章 無法者達の楽園
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75話 デススタック

 アンナに魔法で素早さを上げてもらう。

敵の姿はかなり小さくなっており、もう猶予はない。


「みんな生きて帰るぞ!

行くぞ、リゼット!」


 戦力を分ける。

ただでさえ少ない戦力を分けるのは不安があるが、こうなっては仕方がない。

リゼットを伴い、ジンの脇を走り抜けた。




 邪教徒アリスを追いかけ走る。

その速度は人間の限界を超えている。

アンナの魔法による素早さの向上、レベル75の強化された肉体、スキル『ダッシュ』、

そして、何よりも。


「これでも学生時代は陸上部だったんだよ!

リゼット、振り落とされるなよ!」


「……はい」


 リゼットは自分の体に括りつけたベルトを握り締め、返事をする。

彼女は自分の背に乗っている。

リゼットに無駄な消耗をさせないためというのもあるが、

単純に背負った方が速いのだ。




「よし、見えた!」


 アリスとの距離、残り500メートル。

彼女はゴーレムの腕から笑みを浮かべて顔を出す。


「うふふ、追ってきたわ!追ってきたわ!

味方を見捨てて、追ってきたわ!」


 アリスはこちらをあざ笑うが、見え見えの挑発だ。

そんなものに一々付き合っていられない。


 自分は既に決断し、選択したのだ。

もう後戻りは出来ない。


 もちろん、心配がない訳ではない。

だが、ジンの方はエリックとアンナがいれば何とかなるだろう。

それよりも、今は自分の心配をした方が良い。



 敵の姿は捉えた。

ここまで追いつければ、もう取り逃がすことはない。

であるならば、あのアリスと戦闘になる。



 今の内に敵の情報を整理しておこう。

敵のステータスを思い出す。


------------------------------------


Lv99

名前:秋月レイ(アリス・ゴーン)

所属ギルド:ワルプルギスの夜


種族:エルフ


職業:医者

メイン職業:神官

サブ職業:商人


HP:512

MP:980

------------------------------------


 邪教徒アリスは自分のレベルよりも高い、レベル99。

これまでの情報から、彼女は自分と同じ転移者である『秋月レイ』の体を乗っ取ったと思われる。


 転移者の身体を乗っ取った理由は、恐らく死者蘇生の手段を求めてだろう。

アリスは10年前に母親と弟を失っており、それを契機に父親と共に邪教徒になった。

彼女の職業である『医者』は、死者蘇生のポーションの作成が可能なのだ。


 ただし、死者蘇生のポーションの作成に必要な『不死鳥の羽』や『女神の涙』等の素材は、

適正レベル90以上のダンジョンやボスからしか手に入らない。


 このため、レベル99の『神官』のみが使える死者蘇生の魔法『リザレクション』に比べて、

非常に手間が掛かる。

こちらはMPの消費だけで、死者蘇生が出来るのだから。


 では死者蘇生のポーションが産廃かと言えばそうではない。

リザレクションは神官にしか使えない。

しかし、死者蘇生のポーションの作成は医者しか出来ないが、作ったポーションは仲間に譲渡できる。

だから、神官が死んだ場合に備えて、死者蘇生のポーションは必要なのだ。



 話を元に戻して、目の前のアリスが死者蘇生のポーションを持っているかというと、かなり怪しい。

ゲームのフラグメントワールドと異なり、死んだら死ぬ異世界において、

適正レベル90のダンジョンに潜るのは、あまりにもハードルが高すぎる。


 死者蘇生のポーションを作るために、死地に赴くのでは本末転倒というか、

死者蘇生のポーションが出来る前に死んでしまう。

少なくとも自分は絶対やりたくない。


 まあ、実際のところ、敵が死者蘇生のポーションを持っているかどうかは、割とどうでもいい。

なぜなら、アンデッドは死者蘇生のポーションで即死または大ダメージを受ける。

つまり、アリスは自分自身にポーションを使えないのだ。

むしろ、彼女が持っていたら、戦利品として自分が使えるだけお得である。



 だからこそ、アリスと戦闘する上で気になるのは、彼女の余裕だ。

医者の切り札である死者蘇生ポーションは彼女には使えない。


 さらに言えば、相手の職業は『医者』、つまり『生産系』の職業だ。

いくらレベルが99あると言っても、レベル75の『攻撃職』である『聖騎士』相手に、

あそこまで余裕が持てるだろうか?


 逆の立場なら、絶対にあんな余裕は持てない。

転移者である自分と、この世界の住人との認識の違いか、単に馬鹿なのか……


 相手が馬鹿ならそれで良いが、問題はあの余裕にきちんとした根拠がある場合だ。

では、どんな根拠が考えられるだろうか。



 1つ、邪教徒アリスにとって、レベル99の医者『秋月レイ』はあくまで仮の身体だ。

今まで邪教徒として生きてきたのなら、死霊術ネクロマンシーなどの邪教の技能を習得しているだろう。


 2つ、アリスの父であるジェローム・ゴーンが残した研究資料。

あの資料に残されていたのは、モンスターの特性を人間に埋め込む研究だった。


 3つ、その研究の産物と思われる『アンデッドスライム』、

『第5開拓村の住人達』、そして、エルの父親である『ジン』。


 4つ、アリスが乗っているゴーレム。

あれもただのゴーレムではないはずだ。


「……そういえば……あのゴーレム……」


 ここに来る前に遭遇したドラゴンもだが、

奴らは体中にベルトを巻きつけ、そのベルトに大きな鞄を括りつけている。


……あの鞄の中身は何だろうか?


その疑問が浮かんだ瞬間、頭の中のピースが全て埋まった。


「……そうか、大体分かった」



 敵の目的、敵の余裕の理由。

アリスは言っていたはずだ。

アウインの住民は死ぬと……ではどうやって殺す?


 前回は下水道にアンデッドスライムを仕掛けて、内部から攻めようとした。

しかし、それは失敗した。


 現在、アウインは『六重聖域セクステッドサンクチュアリ』によって守られている。

内部の裏切り者も可能な限り排除した。


 もう絡め手は使えない。

ならば、正面から攻めるしかない。


 しかし、アウインの外壁は堅牢だ。

街をぐるりと一周する壁の高さは、10メートルを超える。

このような守りを固めた相手を攻めるには、攻め手は3倍の兵力が必要と言われている程だ。

しかし……逆を言えば、3倍の兵力があればアウインを正面から崩せるのだ。


 そこで、思い出すのがアンデッドになったジンだ。

アリスはジンを呼び出すとき、何を使っていた?

『モンスター・クリスタル』……魔物使いがモンスターを呼び出すときに使用するアイテムだ。


もしも、あの鞄の中に大量のモンスタークリスタルが入っているとしたら……



「……まずい」


 アリスとの距離を確認する。

敵との距離、残り200メートル。

もしも自分の推測が当たっている場合、こちらは2人しかいないのだ。

都市を攻めることが出来る規模のモンスターを呼び出されれば、

こちらは成す術もなく押し潰されてしまう。


焦る気持ちを押さえ込み、さらに速度を上げようとするが……遅かった。


「ふふ……私は別に直接手を下すつもりはなかったけれど、

でも、ここまで追ってきたのなら別よね。

アンデッドスライムの仇をとってあげないといけないわ」


 アリスはそう言うと、ゴーレムの足を止めてこちらに向き直る。


「さあ、出てらっしゃい。

私のかわいいペット達!!」


アリスは両腕を広げ、ゴーレムに命令する。


「オオオオ!!」


 ゴーレムはアリスの言葉に応じ、体中に巻きつけたベルトを外し、

鞄の中身を盛大にぶちまけた。


 鞄の中には予想通り大量の『モンスタークリスタル』。

魔法陣が一斉に輝きだし、虚空から次々にモンスターを召喚する。


「クッ!!」


 現れたのは、重装鎧に大盾と槍を装備したゾンビと、軽装備に弓を装備したアンデッド。

その数……4、8、16、32、64、128、256、1024、2048……

ざっと数えて2000体以上のアンデッド。

それが、規律正しく隊列を組んで現れた。


 重装歩兵と弓兵の比率はちょうど半々の1000体ずつ。

まず前衛が重装鎧のゾンビ、それが2重3重の列を組み一直線に並ぶ。


 敵はネズミ1匹も通さないほど密集しており、

その身体は鎧と大盾で守られ、槍が一斉にこちらに向けられる。

所謂、『ファランクス』と呼ばれる隊形だ。


 後衛には、これまたずらりと弓兵が並ぶ。

一斉に矢を弓に番え、引き絞る。


 そして、一番後方にアリスとゴーレム。

アリスは地面に降りると、ゴーレムがアリスを守るように立ちはだかる。

これでは、リゼットの弓でも狙撃は難しい。


 実際の距離は200メートル程度のはずだが、アリスに辿り着くためには、

2000体のゾンビを超えなければならない。

さすがに、絶望的だ。


「どう?驚いたでしょう?

私達が丹念に時間をかけて作ったアンデッドは、一国の軍隊にも引けを取らない。

死の恐怖も無く、ただ蹂躙する、文字通り不死身の軍隊なのよ」


アリスは自信たっぷりに手を上げる。


「さあ、たった2人で抗ってみなさいな」


 アリスの手が振り下ろされると、弓兵が一斉に弓を射る。

打ち出された矢はまるで雨の様に、空を埋め尽くした。


「リゼット下がれ!」


 リゼットを自分の真後ろに引っ張り、敵の射線から隠す。

さらに、ショートカットからマテリアルシールドを選択し、盾を構える。


矢が自分達に降り注ぐ。


「くそ!!」


 降り注ぐ雨のような矢をマテリアルシールドが防ぐが、何しろ数が多すぎる。

仮に矢が1本、1ダメージだったとしても1000を超える矢が降り注いでいるのだ。

魔法の盾の耐久力は一瞬で削り取られ消滅する。

そして、尚尽きぬ矢は、容赦なく自分に降り注ぐ。


「ぐぅ……!!」


 敵の矢は盾や鎧を貫通することは無かったが、それでも衝撃までは無効化できない。

全身を矢に打ちつけられ、激痛が走る。


「つっ……くそが……リゼット……無事か?」


「私は無事です。でも!!」


「ふふ、いつまで持つかしら。

さあ、どんどん打ちなさい!!」


 敵弓兵の第2射が降り注ぐ。

急いでマテリアルシールドを張り直すが、結果は先程と変わらない。


 シールドは無残に打ち割られ、残りの矢に容赦なくHPを削られる。

ふらつき倒れそうになる体を、気合で持ち直す。


 HPが半分まで低下。

すぐにショートカットから、HP回復ポーションを選択し、HPを全回復させる。


 体中から痛みが消える。

耐えるだけなら、何とかなるが。しかし……


「くそ、このままでは……」


「ソージさん!!よくも!」


リゼットが叫びを上げ、反撃に弓を射ようとする。


「頭を出すな!そこでじっとしてろ!!」


 いくらリゼットの弓が正確で強力だといっても、

1000を超える弓兵相手では大した意味はない。

確実に打ち負ける。


「ふふ、弓兵ばかりに目を向けていちゃ駄目よ。

さあ、重装歩兵たち、行きなさい」


 アリスの号令で、前衛の重装歩兵が歩き出す。

その速度は装備の重さもあって、本当に歩くスピードだが、

それでも着実に近づいてくる。


 自分達に向かって1000を超える歩兵が隊列を組んで行進しているのだ。

ザッ、ザッ、という地面を踏みしめる音がここまで届いてくる。

その圧力は凄まじい。こちらを絶対に殺すという意志が感じられる。


 空からは無数の矢、正面からは重装歩兵。

このまま耐えているだけでは、押し潰されて死ぬ。


 どうする、逃げるか?

だが、それは駄目だ。

次々と打ち込まれる矢で身動きが取れないというのもあるが、

今回の目的はアリス本体ではなく、アリスの持っている異界の核を破壊することだ。

アリスを取り逃せば、自分達はこの異界に閉じ込められて、いずれ死ぬ。


結局、ここでアリスを倒すしかない。


 しかし、どうやって倒す?

この展開は、アニメやゲームでもよく見る展開だ。

圧倒的な実力を持つ人間に対して、多数の雑兵による飽和攻撃を仕掛ける。

そりゃ、いくら強い人間がいても、人間の手は2本しかないし、集中力も体力も限りがある。


 まして、自分やリゼットの持つ力は圧倒的というには、あまりにも心許ない。

自分達は殺されれば普通に死ぬ程度の人間なのだ。

とてもではないが、まともにやっては押し潰される。


「ソージさん……」


リゼットに後ろから声をかけられる。


「何だ?」


「私に、できることは、ありますか?

……もしも、私が、足かせならば……私は囮でも、盾でも、何でも、やります」


「はぁ……リゼットを囮に使う……絶対に嫌だね」


 このやり取りは、ソウルイーターとの戦いを思い出す。

そして、その結論はもう出ている。


 仮にリゼットを囮にしたとして、後で仕方がなかった、それしか手が無かったと言えるのか。

リゼットを囮にして稼げる時間なんて、数秒でしかない。

これでは自分達の戦力を減らすだけで意味がないのだ。


 それに人にリスクを背負わせるのなら、まず自分からだ。

リゼットも覚悟を決めるというなら、自分も覚悟を決める。

そして、2人で生きて帰る。


 もう手段は選んでいられない。

だが、手段を選ばないなら、まだ抗いようはあるはずだ。


「リゼット……何でも、と言ったな。

だったら、『クレセント・ムーン』を使え」


『クレセント・ムーン』

白銀色の三日月を模した、光属性のレア弓。

特殊能力は矢を放つと同時に、光の矢が散弾のように発射され、

広範囲に攻撃を加えるというものだ。


 第6開拓村のゴースト退治の時にリゼットに渡したが、

彼女は今までずっと両親の形見の『ロングボウ』を使っている。

それでも、何かあった時のためにずっと持たせていたのだ。


 そして、今が何かあったときだ。

リゼットにもこだわりがあるだろうが、今は従ってもらう。


「……分かりました」


リゼットは頷くと、クレセントムーンを装備する。


「俺が合図をしたら、クレセントムーンで敵の矢を撃ち落せ。

そうだな……3秒で良い、時間を稼いでくれ。

そして……」


「そして?」


「俺の奥の手を使う。

驚くかもしれないが、事情は後で全部話す。

だから何が起きても俺に協力してくれ……少なくともこの戦闘が終わるまでは」


「はぁ……私達は、夫婦ですよ?

私は何があっても、最後まで、ソージさんに、付いて行きます」


当然ですよね、と呆れるようにリゼットは言う。


「……そうか、そうだな」


 リゼットの言葉に覚悟を決める。

自分の奥の手、それは言うまでもない――チートだ。

自分にはこのチートしかないのだから、徹頭徹尾チート頼りだ。


 元々ソウルイーター戦でもチートは使っているので今更といえば今更だが、

それでも、これまで一応隠していたものを、リゼットの目の前で使う。


 本当はチートについて、自分の口から語るつもりはなかったが、

出し惜しみをして負けましたでは話にならない。


 思えば、リゼットと2人だけで邪教徒と戦うのはソウルイーター戦以来だ。

あの時の自分は、チートへの理解も戦いの経験も浅かったし、

リゼットもただの狩人の少女だった。


 だが、あれから自分もリゼットも色々な人と出会い、経験を積んできた。

それが無駄ではなかったと、あのアリスに教えてやる。


「よし、やるぞ。反撃だ!!」



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