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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第3章 無法者達の楽園
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73話 アリス・ゴーン

「俺もあいつに聞きたいことが山ほどある。

なぜ俺がアウインに居たのか、なぜ俺は記憶がないのか、奴なら何か知っているはずだ」


 その言葉に、エリックは自分から視線をそらすと、

第5開拓村に視線を向ける。


「……まあ、良いでしょう。

異界から出るためには、この異界の『核』を壊す必要があります」


「まあ、普通に考えれば、核は第五開拓村の中だよな。

よし、装備を整え、第5開拓村に入るぞ。

開拓村のゾンビが火攻めで全部倒せたとは思えない。

気を引き締めてやるぞ!」


 疑問や懸念は山積だが、とにかく異界から出なければ話にならない。

装備を整えると、第5開拓村へ歩き出した。





 第5開拓村に入ってしばらくすると、焼き焦げた家から徐々に焼けていない家が増えてくる。

火攻めは開拓村の3割程度を焼いたが、逆に言えばまだ7割が無事だ。

まあ、火攻めからは無傷とはいえ、今までろくに手入れをしていなかった家は、

所々崩れておりボロボロなのだが……


 現在、開拓村の大通りを中心地に向かって進んでいるが、

道路の横にならぶ家々から、いつゾンビが飛び出してくるか分からない。

警戒しながら慎重に進んでいる。


 隊列は先頭にエル、続いて前衛のエリックとエン、さらに後衛のアンナとリゼット、

最後が自分の順だ。


「ソージ様!

前方から、ワーウルフの戦士2、ドワーフの戦士3、エルフの弓兵2!」


先頭のエルから警戒の声が響く。


「エリックとエン、エルは敵を迎え撃て!

リゼットはエルフをやれ!

アンナは『エリア・ブレイブ』と『エリア・エンデュランス』でパーティー全体の攻撃力と防御を上げろ!

俺はリゼット、アンナの護衛を行う!」


剣と盾を構え、リゼットとアンナの守りに入る。


アンナが詠唱を開始し、リゼットが弓を構える。


「リゼット、攻撃はエルフだけでいい。

矢玉は温存、攻撃が終わったら屋根の上からの襲撃を警戒してくれ」


「分かりました」


 リゼットの弓は強力だが、矢の数は限られる。

今はまだ温存だ。


「――我らに試練に打ち勝つ力を――エリア・エンデュランス!!

この異界も変だよなー。回復は効果が減るのに、補助魔法の効果は減らないだから」


「まあ、回復魔法は光属性。

補助魔法は無属性だからな」


 アンナは自分には使えない全体魔法が使えるから助かる。

1人1人に補助魔法をかけるのは、時間もかかるし、MPも余計に消費してしまう。



「テキ……ミツケタ……ヨクモ……ムラヲ……モヤシタナ……」


 敵もこちらに気付いたようだ。

どうやら、ここのアンデッドも喋るらしい。

第六開拓村の輸送路と同じだ。


「バケモノメ……コロシ、グァ!!」


 敵のエルフが矢を弓に番えるが、遅い。

既に準備を終えていたリゼットは敵の頭を吹き飛ばし、次の瞬間にはもう1人の頭も宙を飛んだ。


 第6開拓村の輸送路でも似たような状況だったが、

あの時と今では自分もリゼットも経験を積んでいる。

ただの狩人の少女は、今やベテランの弓兵となった。

もっとも、それが良い事かどうかは分からないが……


「コロス……コロス……」


 エルフを倒された敵のアンデッドだが、構わずに前進する。

距離20メートル。

残り5体。


 先行するのは、やはりワーウルフのアンデッド。

2体のワーウルフは左右に別れ、エリックの脇を通り過ぎようとする。

狙いはこちらの後衛か。

だが、やらせない。


「エリックは、そのままドワーフを迎え撃て!ワーウルフは無視しろ!

エル、エン!ワーウルフの足を止めろ!」


「了解です!」


「分かってる!」


2人はそれぞれワーウルフの進路を遮るように、立ちはだかる。


「ナラバ……オマエラカラ……コロス」


敵ワーウルフは、こちらの後衛を叩くことを諦め、二人と交戦する。

エンの剣と敵ワーウルフの剣が衝突し、火花がはじける。


「おおおお!!」


 エンは咆哮すると、力任せに相手の剣を押し返す。

力と力のぶつかり合いは、魔法で底上げされた分エンの方が有利だ。、

彼の吹き飛ばしによって、敵の両腕はかち上げられる。

一方、エンは敵をはじいた力を利用し、剣を大上段に振りかぶり、振り下ろす。


狙うは、無防備な胴体。


「オラァ!!」


 渾身の力で振り下ろされた剣は、そのまま敵の体を両断する。

さすが、ワーウルフ。

足を止めての打ち合いでも、戦闘力に変わりはない。


 一方、エルは両手にナイフを構えると、襲ってきたワーウルフの剣を左のナイフで受け流し、

右手のナイフで敵のわき腹を切断する。


だが……


「クッ!浅い!」


 エルのナイフは確かに敵のワーウルフのわき腹を裂いた。

これが生身の人間ならそれで終わっているところだが、相手はアンデッド。

頭を潰すか、心臓を潰さない限り活動を止めることはない。


敵は大きくバックステップをして、エルから距離を取ろうとする。


「すみません!仕留め切れませんでした!」


 エルは自分に対して謝罪するが、これは仕方がない。

戦闘スタイルと、剣とナイフのリーチの差だ。


「問題ない!後は任せろ!」


足元にあった手頃な石を拾うと、ちょうど着地を終えたワーウルフに向かって投げる。


「ガァ!」


 ワーウルフが万全の状態なら、自分の投石など軽くかわしただろうが、

エルの一撃によって、わき腹を裂かれた状態では、そうもいかない。

石は敵の右胸に直撃すると、そのまま敵の半身を吹き飛ばす。


 ただの投石でこの威力、自分のチートとアンナの魔法が合わさり、

ただの石ころを凶器に変える。


「お見事です!!」


「おう!

……しかし、メジャーリーガーも真っ青だなぁ……」


 自分で自分にドン引きするが、使えるものは何でも使う。

崩れた瓦礫はその辺にいくらでも落ちているのだ。

弾切れの心配はないので、遠慮せずに投げられる。


 とは言っても、石を拾う隙を狙われるのも嫌なので、今の内に石を拾っておこう。

腰に吊るしている道具袋の中に、拾った石を適当に入れておく。


これで残りはドワーフ3体。


「カコメ……セメテヤツダケデモ……」


 手に斧を持つドワーフは、背は低いがその分、横の厚みが半端ではない。

まるで筋肉でできた達磨だ。

そのドワーフのアンデッドは、エリックの正面、左、右と囲むように迫る。


「憐れな魂にルニア様の加護があらんことを……」


 そう祈るように呟いたエリックが動く。

エリックの装備は自分と同じ聖騎士の鎧に片手剣と盾のスタイル。

片手剣と盾は攻撃、防御のバランスは良いが、異端審問官の彼はどう戦う?

相手はドワーフが3体。

数は圧倒的に不利だ。


「クラエ!」


ドワーフは一斉に斧を振り下ろす。


「踏み込みが甘い!シールドバッシュ!!」


エリックは盾を構えると、そのまま正面のドワーフに向けて突っ込んだ。

 

 弾丸じみた盾による突進。

エリックの正面に居たドワーフは盾に全身に叩きつけられ、吹き飛ばされる。

シールドバッシュはこういう時に便利だ。

防御しながら攻撃するという、一見矛盾した行動が出来る。


「ふん!!ツイスト・スラッシュ!!」


 エリックはその場でぐるりと回り、その勢いを利用して斬りつける。

その様はまるでミキサーの刃だ。

遠心力によって勢いを増したエリックの剣は、ドワーフの首は斬り飛ばした。


『ツイスト・スラッシュ』

これは自分の使えないスキル。

いわゆる回転斬りだ。

自分を中心にその場で回転し、周囲の敵を斬る。


これで、敵影はゼロ。


「よし、殲滅終了!」


「周囲にも敵の気配はありません!」


「屋根の上にも……いない……」


「ふう、やれやれ。

怪我はないな。装備を確認を怠るなよ!

もう少しだ。最後まで気を抜かずに行くぞ」



 こうした戦闘を繰り返し、第5開拓村の中心に向けて進んでいく。

これらの戦闘はエリックやエン、エルの力を見る上で無駄ではなかった。

戦闘自体は危な気なく進み、こちらには被害らしい被害はない。

途中で使った回復アイテムやリゼットの矢、アンナのMPも想定の範囲内で収まっている。


 そして、第五開拓村の中心に到着する。

そこは開けた広場のようになっており、1人の女と1体の巨大なゴーレムが立っていた。



 女の年齢は20代前半と言ったところか、綺麗な銀の長髪を風に揺らし、

ルビーのような赤い瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。

目を引くのは、女の格好だ。

女の姿は黒いゴシックドレスに同色のハイヒールを履いている。

その姿が既に、この場には不自然であるが、さらに女は顔や手足に包帯を巻いていた。


 何と言うかすごくチグハグな印象を受ける。

その格好はまるで、ハロウィンのコスプレみたいだが、

その冗談の様な格好も、漫画やアニメに出てくる悪い魔法使いと考えると、

それほど不自然でもないようにも思える。


 女の後ろに立つゴーレムは、体長5メートル程度。

頑丈そうな石造であり、まるで女を守る忠実な騎士の様に佇んでいる。


 気になるのは、そのゴーレムの体には馬鹿みたいに大きな鞄が括りつけられていることだ。

そう言えば、開拓村に入る前に遭遇したドラゴンにも鞄が括りつけられていた。

何か重要なアイテムでも入れているのだろうか?


ジロジロと観察する自分に対して、目の前の女はにこりと笑う。


「ようこそ、第五開拓村へ。歓迎致しますわ」


 そう言うと、女はスカートの裾を摘むと優雅にお辞儀をする。

自分はそのお辞儀を無視して、相手のステータスを覗き見る。



------------------------------------


Lv99

名前:秋月レイアリス・ゴーン

所属ギルド:ワルプルギスの夜


種族:エルフ


職業:医者

メイン職業:神官

サブ職業:商人


HP:512

MP:980

------------------------------------


またレベル99。

そして、名前の上に付いたルビ。


 『アリス・ゴーン』の名は、アウインの大貴族である『ジェローム・ゴーン』の娘の名前と一致する。

アリスは記録の上では、ここ第五開拓村で行方不明になっているはずだ。


 また、『秋月レイ』の方の名前にも覚えがあった。

日本でやっていた魔法少女がロボットに乗って戦うアニメに、同じ名前のキャラクターがいた。

その『秋月レイ』の格好がちょうど今、目の前にいる女と同じ銀髪に赤い瞳、

黒いゴシックドレスに包帯姿だ。

ネットゲームで割と良く見る、他のアニメやゲームのキャラクターを再現したキャラメイクだろう。


 所属ギルドの方には覚えはないが、これは仕方がない。

さすがにフラグメントワールドの全てのギルド名を知っているわけではないのだから。


 そして、女の職業は『医者』。

後衛職の『神官』と生産職『商人』の組み合わせの職業であり、

バフ・デバフ効果があるポーションの作成することができ、

さらにポーションの効果を倍増させるスキルも持つ。

その他、MPを消費せずにHPや状態異常を回復させる『医術』のスキルを持っている。


 反面、戦闘系のスキルは全くなく、回復魔法も純粋な神官には届かない。

MPを使わずに戦うことができるが、事前にポーションを作成しておく必要があり手間が掛かる。


 レベル99のステータスは脅威だが、戦闘に不向きな生産職の成分が入っているため、

戦闘ではレベル75の自分でも勝ち目はある。

しかし、これで『量産型救世主1号エミール』とと合わせて2人目。

日本のフラグメントワールドのキャラクターであり、この世界の邪教徒でもある謎の存在。

こいつらは一体なんだ?


目の前の邪教徒……アリスは、胸を隠すように自分の体を抱く。


「あらやだ。

人のステータスを勝手に覗き見るなんて、破廉恥な殿方ですわ。

ああ……あなたがソージ。

御武勇は私の耳にも届いていますわ」


 冗談めかしてそう言うと、さらに頭の中から記憶を手繰り寄せるように、

頭に手を当てる。

その動作が一々、芝居がかっていてイライラする。


「そうそう……何でもニホンから来た聖騎士だとか……

それがあなたのいた『世界』の名前なのかしら?」


こいつ……


「今、『世界』と言ったかお前!

お前は何を知っている!」


 自分は日本という『国』から来たと言ったことはあっても、

『異世界』から来たとは一度も言ったことはない。

当たり前だ。異世界から来たなど誰が信じるものか。


 だが、こいつは間違いなく『世界』と言った。

やはり、何か知っているのだ。


「ふふ……教えてあげない!」


「あ?」


アリスはまるで悪戯が成功した少女の様に、舌をチロリと出し笑う。


 その姿に、自分の頭の中がカッと熱くなっていくのが分かる。

こんなにムカついたのは、初対面のアンナのとき以来だ。


 邪教徒だか、転移者だか知らないが、調子に乗りやがって!

ああ、そうだ。

そもそも邪教徒から何かを教わろうというのが間違いなのだ。

仮にこいつがここで話したとしても、本当の事を言うとは限らない。

どうせ研究資料は残しているはずなのだ。

あいつをぶっ殺した後に、奴らのアジトを突き止め、遺留品を調べれば良い。


「まあ、怖い。

でも、所詮あなたのレベルは75。

そんな半端な聖騎士に何ができるというのかしら。

ふふ……あなた達も見たでしょう?私のレベルは99なのよ!」


 アリスはまるで舞台の女優の様に両手を広げ、自分の存在を誇示する。

その世界は自分を中心に回っているのだ、と言わんばかりの余裕は、

こちらのパーティーにプレッシャーとして押しかかる。


 ゲームであるフラグメントワールドを経験した自分にとって、レベル99は見慣れた数字だ。

実際、この『ソージ』のキャラクターはレベル75しかないが、

自分のセカンドキャラクターである魔術師の『スイープ』はレベル99である。


 自分にとってはレベルはもちろん重要だが、どちらかと言うとスキル構成や装備、

プレイングなどの方が重要だ。

それによっては、10レベル程度のレベル差はわりと容易に覆る。

まあ、それでも20レベル以上離れるとつらいのだが……


 それはそれとして、この世界の住人にとってレベル99の壁は、自分が思う以上に高い。

絶対に到達できない超越者に見えるのだろう。


 だが、それは間違いだ。

剣を振り上げ、この雰囲気を吹き飛ばすために、気合と共に声を張り上げる。


「うろたえるな!

レベル99でも首を飛ばすなり、心臓を潰すなりすれば普通に死ぬ!

やることは変わらない!」


 この世界はゲームではない。

ゲームのフラグメントワールドでは、相手のビルドにもよるが20レベルの差がつくと厳しい。

特に同じ職業の場合は、ほぼ勝てなくなる。


 だが、ここは現実だ。

不意打ちでも何でもいいから急所に攻撃を当てれば、どうにかなる。


だが、目の前のアリスはその余裕を崩さない。


「勇ましいことね。

さすが、アウインの英雄と言ったところかしら。

まあ、アンデッドスライムを倒されたことは痛かったけど……

それも今となってはどうでもいいことだわ」


 剣を抜いた自分に対して、話の終わりを感じ取ったのか。

ゴーレムはアリスを守るように手を伸ばす。

その手は巨大であり、女の身体はすっぽりと包まれる。


ゴーレムの腕に抱かれながら、アリスは宣言する。


「もう私達の準備は終わったの。

もう誰にも止められない。

アウインの住民は死に、そして再び生まれ変わる。

もう誰も死に苦しまない楽園が訪れる」


「能書きはもういい、お前は殺す!

あのドラゴンもエミールも殺す!」


「あらあら、これだから野蛮な殿方は嫌ですわ。

では野蛮な者同士、私のペットと遊んで下さいな」


そう言うと、女は胸元から、1つの宝石を取り出す。


 あれは……『モンスタークリスタル』。

職業『魔物使い』がモンスターを捕らえるために使用するアイテムであり、

捕らえたモンスターを呼び出すことも出来る。


 アリスがモンスタークリスタルを地面に投げると、魔法陣が現れ、何もない虚空から人影が現れる。

それは……体長3メートルを超えるワーウルフのアンデッド。


 だが、通常のワーウルフではない。

上半身をむき出しにしたそのワーウルフは、体中に傷を縫ったような痕があり、

まるでツギハギのパッチワークのようだった。

また、体中の筋肉が異常なまでに発達しており、腕が胴体よりも太い。

それだけではない。大胸筋もパンパンに膨れ上がっている。


 その有様は筋肉を鍛えたワーウルフというよりも、

筋肉がワーウルフの形をしていると言ったほうがいい。

だが、幾らなんでもやり過ぎだ。

これでは逆に筋肉が邪魔になって動きにくいはず。


 また、大木の様に大きな手には、一本の刀がちょこんと握られていた。

別に刀が小さいわけではない。

大きな体によって、刀がナイフの様に見えるだけだ。


 しかし……刀か……

ブラックファングのリーダーレンさんの言葉を思い出す。


『依頼内容は、遺品『狼牙』の回収。

そして、もし……もしも兄貴の、いやブラックファングの亡骸を見つけたら供養してやってくれねぇか』


まさか……


「そんな……嘘だろ……親父……なんで……」


「うそ……お父様……」


エンとエルは呆然とその場に佇む。

やはり、エンとエルの父親である『ジン』の成れの果てか。


「GAAAAAAAAA!!!」


 突然、アンデッドとなったジンは咆哮を上げ、無防備に佇むエンに向かって走り出した。

それに皆は反応できなかったが、自分は違う。

ここまでワーウルフの戦術を見てきたのだ。


 ワーウルフは隙を見逃さない。

隊列の後ろにいる相手でも、やれそうならスピードとパワーで強引にやりにくる。


「させるか!!」


 戦術が分かれば予想も付く。

盾を構え、エンとジンの間に割って入る。


 ジンは自分ごとエンを一刀両断しようとするが、甘い!

振り下ろされた刀の軌道を、『剣戦闘』、『中量装備』、『盾防御』のスキルを駆使して見切る。

斬撃の軌道に対して盾の曲面を利用して、敵の攻撃を受け流し、さらに一歩間合いを詰める。


 敵は体勢を崩しており、必中の間合い。

踏み出した一歩に体重を乗せ、気合と共に突きを放つ。


「くらえ!!」


だが、必殺の間合いで打ち出した剣は宙を斬る。


「何!」


 ジンは崩した体勢をさらに自分で崩すことで、自分の剣をかわす。

彼はそのまま地面に倒れるが、ゴロゴロと後方に転がりこちらの追撃を許さない。


 その姿は、はっきり言って無様そのものだが、

結果として、自分は敵を仕留め損なった。

ただでさえ、エンとエルにとって相手にしたくない相手なのに……


 あの生き汚なさは脅威だ。

盾と剣を構えなおし、エンを守るように前に出る。


「しっかりしろ!死ぬぞ!!」


「ああ……すまねぇ……」


 その様子からはまだショックは抜けていない。

その心中は察するにあまりあるが、いつまでも腑抜けていてもらっては困る。

敵は目の前、ここは戦場だ。


だが、目の前の敵。

アリスはそんなエンを見下すように嘲笑する。


「あらあら、なんて偶然でしょう。

このペットの子供がこの場に居るなんて、運命を感じるわね」


「ッ!!てめぇ!ぶっ殺してやる!!」


その言葉にエンの中で一気に怒りが噴出する。


「落ち着け!!死ぬぞ!!」


ショックを受けて沈むよりも幾らかマシだが、だからと言って我を忘れて貰っては困る。


 剣を合わせた感じでは、ジンの強さはそれほどでもない。

あのパワーと反射神経は脅威であるが、はっきり言ってこけおどしだ。

やはり、あの身体は無駄が多すぎる。


 落ち着いて削っていけば、勝つ事自体はそう難しいことではないだろう。

だが、敵は一瞬で距離を詰めてくる上に、一撃の威力は侮れない。


とにかく必要なのは冷静さだ。


「さて、と。

親子の感動の対面には興味はあるのだけれど……

私も忙しい身なの。

これでお暇させてもらおうかしら」


そう言うと、アリスはゴーレムに指示を出し、こちらに背を向ける。


「あ、そうそう。これは何でしょう?」


 アリスは背を向けたゴーレムから身を乗り出すと、首にかけたペンダントを指ではじく。

そのペンダントに付けられた宝石は、黒く怪しく光り輝く。

大きさは小さいが第六開拓村の輸送路で見た『異界の核』と酷似している。


「そう。この異界の核ね。

エミール様からはここから1人も逃がすなと言われているわ。

だから、あなたたちは、もうおしまい。

あなたももう必要ないの。

レベル75なんて半端な聖騎士はね」


女はもう用はないと、完全に背を向ける。


「それでは皆様。御機嫌よう。

一度死んでから、また会いましょう」


 そして、ゴーレムは動き出した。

その動きは意外に速い。

巨大なゴーレムは、その巨大な歩幅を活かし、ずんずんと遠ざかっていく。


まずい。このままでは全員がこの異界に閉じ込められる。


「くそ、行かせるか!」


「GAAAAAAAAAA!!」


 だが、ジンが自分の進路を遮るように立ちはだかる。

現状、このワーウルフに構っている余裕はない。

アリスの方が優先順位は上だ。

しかし、このワーウルフは無視するには、あまりにも危険すぎる。


 どうする?

まず、ジンを倒して、アリスを追うか?

だが、ジンはそう簡単に倒せる相手ではない。

手間取れば、アリスを取り逃がしてゲームオーバーだ。


「行けよソージ!

こいつはアタシ達が食い止める!」


「ええ、行ってください!

邪教徒は任せます!!」


アンナとエリックは武器を構え自分の前に出る。


「……行けよ。親父はオレが引導を渡す。」


「……ソージ様。ここは、私達に任せてください。

そして、どうか……父上を侮辱したあの女を殺してください」


エンとエルも怒りを瞳に宿し、武器を取る。


「ソージさん……私の命はあなたのもの……

だから、どうぞ、ご命令を……」


 最後に、リゼットが弓を構えて言う。

リゼットの発言はいつにも増して重たいが、しかしその言葉はある意味で真理だ。

自分の決定次第では、この中の誰かが死ぬかもしれない。


 自分がアリスを追えば、彼らだけでジンと戦うことになる。

勝率は悪くはないはず……だが、ここは戦場だ。

自分を含め、死ぬ可能性はゼロではない。

それでも皆はそれを承知して、自分に託す。


 やるしかない。

どちらにしろ、アリスを取り逃せば終わりなのだ。


「分かった。でもリゼットは連れて行くぞ。

遠距離攻撃は必要だからな」


 敵の姿は既に遠くにある。

最悪、追いつけない場合はリゼットの狙撃に賭ける必要がある。


「……分かりました」


「よし、エリック!

敵に張り付いて自由にさせるな!

一撃を狙わず、敵を盾と剣で削れ!」


「はい。ソージ様に主神マーヤの加護があらんことを」


「エンとエルはエリックのサポート!

エリックがジンを抑えている間に敵を削れ!

それと……エル!これを使え!!」


ベルトから『フェザー・カッター』を鞘ごと抜き出し、エルに投げ渡す。


「そのナイフは素早さを上げる付与エンチャントがかかっている!

うまく使え!」


「よろしいのですか?」


「ただし、あくまでも貸すだけだから、あとで返すように!」


「分かりました!必ず生きて返します!」


「アンナ!

アンナが一番後方で戦闘を見れるんだから、全体の指揮を任せる!

できるよな?」


「ああ、心配すんな!」


「よし、アンナがこのパーティーの生命線だ。

支援を切らすなよ!

それと『エリア・アクセラレイション』を頼む」


「ああ、――我らに風の如き俊足を授けよ――エリア・アクセラレイション!!」


 アンナに魔法で素早さを上げる。

瞬間、体が羽の様に軽くなる。

敵の姿はかなり小さくなっている。

もう猶予はない。


「みんな生きて帰るぞ!

行くぞ、リゼット!」


 戦力を分ける。

ただでさえ少ない戦力を分けるのは不安があるが、こうなっては仕方がない。

リゼットを伴い、ジンの脇を走り抜けた。


一話に詰め込んだら、長くなってしまいましたが、次話から3章ボス戦です。

アリスvsソージ、リゼット。

ジンvsエリック、エル、エン、アンナの戦いになります。


まず次話は、ジン戦から。

ジンとの戦いをエル視点で行います。

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