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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第3章 無法者達の楽園
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72話 黒幕


 地獄のような光景にエリックとアンナは黙って眼を閉じ、

祈りを捧げる。


『――彼らの魂に安息を』


 祈りは本物の神官に任せるべきだろう。

自分は、ただその光景を眼に焼き付ける。


 もしも邪教徒があの開拓村の中に居るのなら、

そろそろ何かアクションがあるはずだ。


『――邪教徒は殺す』


そう決意を固め、邪教徒の襲撃に備えた。





 炎に包まれる開拓村からは、視認できる範囲でアンデッドはいなくなった。

開拓民達は懸命に消火をしようとして、そのまま燃え尽きた。


 こちらの被害はない。

松明と油、リゼットの炎の矢を失ったが、

アンナのMPは温存できた。


「さて、そろそろ何か動きがあっていいはずなのだが……」


 炎の勢いは、未だ衰えていない。

今は正面にある門から、開拓村の1/3程度が燃えているが、

このままでは炎が開拓村全体を飲み込むのも時間の問題だろう。


ここに邪教徒がいるのなら、みすみす炎に飲まれるようなことはしないはずだ。



その時――


「GAAAAAAAAAAA!!!!」


 それは、まるで雷鳴の様に響き渡る咆哮。

空気がビリビリと震え、その音と共に発生した突風が炎を全て吹き飛ばす。

高温の風がこちらにまで吹きつける。

咄嗟に、熱風から顔を庇う。


「くっ! 何が起きた!」


 風が収まるのを待って、顔を上げる。

すると、開拓村の中央付近から巨大な影が浮かび上がる。



 その影の主は――巨大なドラゴン。

多くのファンタジー作品における最強の生命体。


 漆黒の鱗を鎧の様に全身にまとい、鋭い牙と爪は一本一本が大剣のように大きく鋭い。

禍々しく輝く赤い瞳は、見る者を圧倒する威圧感を放つ。

ドラゴンの背に生える巨大な翼は、その羽ばたきによる突風で開拓村の炎をかき消してしまった。


 そのドラゴンは、羽を力強く羽ばたかせながら高度を上げていく。

そして、地上から50メートルほどの高さに上昇すると、こちらに向けて高速で突っ込んでくる。


「っ!! 避けろ!!」


 慌ててドラゴンの進路から身をかわす。


 近づいてくることで、そのドラゴンがよく見える。

遠くからでは暗くてよく見えなかったが、ドラゴンは全身にベルトを巻きつけており、

そのベルトには革の鞄がいくつも括りつけられていた。


 ドラゴンの爪は巨大で鋭利だが、身体にベルトを巻きつけるなんて、器用な真似ができるようには見えない。

それは、明らかに人の手によるものであり――


実際、ドラゴンの背には人が乗っていた。



 その人間は純白のローブを纏った青年だった。

さらに、彼のその胸には、マーヤ教のシンボルである聖印。


……教会内部に居た裏切り者か?


 だが、あれはただの聖印ではなかった。

あれは、大司教が身につけていたものと同じだ。

それだけではない。

男が身につけているローブも、大司教が身につけていた物と同じものだ。


 最上位の聖印に、大司教のローブだと……。

なぜ奴がそれを身につけている?

奴が大司教の地位にあるとは思えない。

この世界では、大司教は各都市に1人のみだ。


 アウイン以外の都市の大司教?

しかし、大司教の地位まで付いた人間が、邪教徒と繋がることはありえるのか?

それよりも、大司教から装備を奪ったと考えた方がありえそうだ。


 考えるよりもステータスを見た方が早い。

姿を視認しているなら、相手のステータスを確認できる。



ドラゴンが通り過ぎる、その瞬間、ドラゴンに乗る男と視線が交錯する。


------------------------------------


Lv99

名前:量産型 救世主1号エミール)

所属ギルド:クルセイダーズ


種族:ヒューマン


職業:神官

メイン職業:神官

サブ職業:神官


HP:412

MP:1432

------------------------------------


何だ……これは……?


「ソージ様、大丈夫ですか?

敵はそのまま、飛び去って行ったようですが……」


 エルが心配そうに声をかける。

彼女の言う通り、敵と思われるドラゴンと青年は見せ付けるように自分達の近くを飛んだが、

攻撃をすることはなく、そのまま飛び去っていった。


 奴らはこの異界から難なく抜け出した。

だから、敵なのは間違いない。

しかし……


 敵のレベル、99。

所属ギルド、『クルセイダーズ』……日本語で言えば『十字軍』。

その名を知っている。

ゲームだったフラグメントワールドにおいて、神官系の職業ジョブのみで構成されたギルドの名前であり、

ネットの掲示板でも、よくその名前を見たことがある。

ネタ系のギルドと見せかけたガチ勢だ。


 それがここにいると言うことは、自分と同じくこの世界に来たのだ。

ならば、奴が大司教のローブや聖印を身につけていた理由も納得できる。

自分と同じなのだ。

ゲームの聖騎士の装備が、この世界の聖騎士の装備と同じだったのだから。


 ついに来たか、と思う。

この世界で転移者は自分だけではないと思っていた。

だから、自分は周りから不審な目で見られようと、

『日本の事を知らないか?』と、自分と同じ者が居ないか聞いて回っていたのだから。


自分の予想が当たっていたことは良いことだが、疑問はある。


 それは、なぜ転移者がここにいるのか?というのもあるが、

もう1つ、プレイヤー名『量産型 救世主1号』の上に付けられたルビ『エミール』である。

ゲームのフラグメントワールドでは、プレイヤー名にルビは付けられない。

こちらの世界のステータスにも、ルビは付かない。


 つまり、程度こそ小さいが邪教徒のようにステータスが正常ではないのだ。

何かしらの改ざんが成されている。


 さらに、気になるのがドラゴンだ。

ドラゴン自体は別に気にならない。

フラグメントワールドには多くのドラゴンがいたし、職業『魔物使い』の使役できるモンスターにもドラゴンはいる。

だから、ドラゴンを使役する人間がいることに疑問はない。


しかし、『エミール』、『ドラゴン』という2つのワードには心当たりがあった。


『邪竜使い エミール』。

アンナの育ての親である南部教会の先代司教『ビクトル』の因縁の敵。

そして、アウインの大貴族『ジェローム・ゴーン』とつながりのあった邪教徒でもある。


 これは、偶然なのか?

あれは、自分と同じ転移者の『量産型 救世主1号』なのか……

それとも、邪教徒『邪竜使いエミール』なのか……



いや、もしも、その2つが同じだとしたら……


「……いや、まさか」


 あくまで仮定の話だ。

ブルード鉱山で戦ったソウルイーター。

奴は、魔剣が本体で、トマの身体を操っていた。


 奴は言っていた。

トマの身体を死霊術で改造したと、新しい身体が必要だと。


 もし……ソウルイーターと同じように転移者『量産型 救世主』の体を邪教徒『エミール』が乗っ取っているとしたら。

それは非常に厄介な事になる。


 普通に考えれば素体のレベルは低いよりも高いほうが良いだろう。

ただの鉱夫であったトマの身体でも当時は苦戦したのだ。

だというのに、『救世主』のレベルは99、対して自分のレベルは75。

レベル差20以上は、はっきり言って苦しい。



 相手はメイン職業、サブ職業共に『神官』の純粋な後衛型であるため、

接近さえ出来れば勝負になるが、遠距離から魔法を連発されては自分に勝ち目はない。


 不幸中の幸いは、この世界がゲームではなく、現実であることだ。

どれだけレベルが高かろうとも、クリティカルヒットによる致命傷があるので、

うまく不意を付けばこの世界の住人でも倒すことは出来る。


「しかし……本当にそうか」


 敵は『救世主』の身体を乗っ取った『エミール』である。

自分の予想は正しいように思う。

しかし、まだ疑問点はある。


 それは、邪教徒は何のために転移者の身体を使うのか?

そもそも、どうやって転移者の身体を手に入れたのか?

という点だ。


 もしかしたら、『エミール』を倒そうとして『救世主』がここに来たのかもしれない。

しかし、その場合『救世主』はどうやってこの世界に来たのだろうか?


 自分はこの世界に来てから『なぜこの世界に来たのか』その原因を探し続けてきた。

もう1人の転移者と思われる存在は、そのヒントになるはずだ。



 これも、また仮定ではあるのだが……

自分達をこの世界に呼び寄せたのは『邪教徒』ではないのか?


なぜそう思うのかと言えば、この世界はフラグメントワールドと酷似した世界ではあるが、

邪教徒だけがとにかく異質だからだ。


教会も、冒険者ギルドも、ラズライト王国も、第2都市アウインも、

ヒューマンもエルフもワーウルフも、

これらはゲームのフラグメントワールドに存在していた。


だが、邪教徒なんて者はいなかったのだ。


 もちろん、アンデッドモンスターはフラグメントワールドにも居たので、

アンデッドを生み出す『不死王』や『死霊術師』という存在は居たのだが……


 しかし、邪教徒は、それらの者達とも一線を画する。

バグったステータス、フラグメントワールドには存在しないモンスター。

思えば自分が行動した所には、必ずと言っていいほど邪教徒の影があった。



 自分の中にある邪教徒への危機感はかなり高い。

もしかしたら、世の中には話の分かる邪教徒もいるのかもしれない。

しかし、自分は邪教徒は見つけ次第、問答無用で殺すべきだと心の底から思っている。


 その考え方は、まるで漫画に出てくる異端審問官そのものだが、

それだけの目に自分はあって来たのだ。


 そして、だからこそ思う。

邪教徒なら自分達を異世界転移させる、そんな異端チートも使えるのではないのかと。



だが、この仮定が正しいとしても、邪教徒は何のために転移者をこの世界に呼んだのか?


 自分の身体として使うため?

恐らく、それは違う。

以前も似たようなことを考えたが、ただ強い身体が欲しいだけなら、いくらでも別の方法があるし、

レベル99は思ったほど強力ではない。


 実際、自分はアウインで一番高いレベルを持っているが、

この世界の住人達に対して、圧倒的な強さがあるかといえば、そんなことはない。

仮にレベルが99だとしても、それは変わらないはずだ。


 それにそもそも邪教徒の目的は死者の蘇生、または不老不死だ。

ただ強い身体では、奴らの望みは叶わない。


 異世界転移なんてものが、そう簡単に出来るとは思えない。

わざわざ、それをやったというのなら理由があるはずだ。

転移者でなければならない理由、転移者の強みは何だ?


そう、チートだ。



「……そうか、だいたい分かった」


奴らの目的、それは恐らく『リザレクション』……死者蘇生の魔法だ。


 ミレーユさんから聞いた話を思い出す。

ある神官が死んだ恋人を蘇らせるために、リザレクションを使用して発狂した。

そして、その恋人は中途半端な蘇生によってアンデッドになった。


 アウインの水場でも、アンデッドスライムとの戦いでも、誰もリザレクションの魔法は使っていない。

チート級の魔法の才能があるアンナでさえ、リザレクションは使えない。

この世界でのリザレクションの魔法は、理論上は使えるだけで、

実際には誰も使えない魔法なのだ。


 しかし、転移者なら使えるはずだ。

チートを用いて使用する魔法は、ゲームのフラグメントワールドの仕様が適応される。

魔法を使うための精神集中も呪文も必要ない。

規定のMPを消費すれば魔法は必ず成功する。


 フラグメントワールドにおけるリザレクションの習得条件は、

メイン職業・サブ職業が両方『神官』であること、

そして、レベル99の神官だけが請けられる特殊クエストをクリアすること。


『救世主』のステータスを見る限り、リザレクションの魔法を習得している可能性は高い。

いや、わざわざレベル99まで育てておいて、習得しない理由なんかない。

蘇生手段の乏しいフラグメントワールドにおいて、リザレクションが使えることは明確なアドバンテージなのだ。

『救世主』はリザレクションを使えると考えるべきだろう。



 邪教徒が死者蘇生の手段を手に入れた。

仮定に仮定を重ねた仮定であるが、この結論が正しいとすると大変な事になる。

恐らく邪教徒は、片っ端から死者の蘇生を行うだろう。

この世界の生と死の概念が無茶苦茶になってしまう。



「おい、ソージ!

さっきから何をブツブツ、独り言を言ってんだ?」


アンナの言葉に意識を切り替える。


「……いや、何でもない」


 敵の目的の予想はついたが、どうするのかが問題だ。

個人的には、この仮定は、かなり真に迫っている気はするのだが、

その仮定を導き出せたのは、自分自身が『転移者』であり『チート持ち』だからだ。


 敵の狙いを話すことは、そのまま自分が転移者だとばらす事になる。

下手をすれば、自分まで邪教徒扱いされかねない。


 とは言え、敵が『転移者』、または『転移者の身体を乗っ取った邪教徒』である以上、

どこかで自分が転移者だとばれる可能性は高い。

仕方がないこととは言え、不審な動きはしてきたのだ。


――これは、覚悟を決めなければならないか


 黙っていてばれるのと、自分から話すのでは、印象がまるで異なる。

自分が転移者であることは、ばれる前に話すべきだ。


 しかし、馬鹿正直に話すつもりはない。

自分は正直者でありたいとは思うが、正直な馬鹿になるつもりはない。


『自分は良い転移者です。信じてください。』

なんて言葉を言ったところで、誰が信じるだろうか?

皆が納得できる良い言い分けを考える必要がある。



 まあ、あれこれ考えなければならないが、

まずはこの異界から生きて出なければ話にならない。

この場では一旦、保留にする。


「エリック、アンナ。

あのドラゴンとドラゴンに乗っていた男の事が気になる。

この場に居たということは、邪教徒なんだろうが……

とにかく、すぐにこの異界から出るべきだ」


自分の言葉にアンナは頷いたが、エリックは神妙な顔で質問する。


「敵のレベル99……そして、奴は大司教の聖印を身に付けていました。

ソージ様、何か心当たりはありませんか?」


 こいつ、分かった上で言ってやがるな。

高レベルの聖騎士であり、教会の正式な装備を身につけているが、

教会の名簿に名前のない不審な聖騎士とは、このソージのことだ。


「知らん。俺は記憶喪失だからな。

ただ、エリックが何を考えているかは分かるさ。

似てるって言うんだろう。

あいつと俺が……」


 エリックの目を真っ直ぐに見返しながら反論する。

先程確認したとおりだ、今この場では敵に対して話すつもりはない。


「おい!エリックもソージも止めろよ、こんな時に」


アンナが仲裁に入るが、構わず続ける。


「繰り返すが、記憶喪失だから分からない。

俺が言えることはそれだけだし、不審に思うなら後ろから斬ればいいだろう」


 もちろん、本当に斬りかかられると困るがエリックはそこまで馬鹿ではない。

今はまだ異界の中……邪教徒のホームなのだ。

どんな強敵や罠があるか分かったものではない。


 そして、この世界の神官の良いところの1つに、あからさまな無法を働くものはいないことが挙げられる。

なぜならば、神官の奇跡は神が授けたものであり、無法が過ぎれば神からの奇跡はなくなってしまうからだ。

自分は今まで教会に対して貢献してきた。

そんな神官を後ろから斬れるだろうか……斬れないはずだ。

なぜならエリックは、自分と違って立派な神官だからだ。


「俺もあいつに聞きたいことが山ほどある。

なぜ俺がアウインに居たのか、なぜ俺は記憶がないのか、奴なら何か知っているはずだ」


 その言葉に、エリックは自分から視線をそらすと、

第5開拓村に視線を向ける。


「……まあ、良いでしょう。

異界から出るためには、この異界の『核』を壊す必要があります」


「まあ、普通に考えれば、核は第五開拓村の中だよな。

よし、装備を整え、第5開拓村に入るぞ。

開拓村のゾンビが火攻めで全部倒せたとは思えない。

気を引き締めてやるぞ!」


 疑問や懸念は山積だが、とにかく異界から出なければ話にならない。

装備を整えると、第5開拓村へ歩き出した。



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