71話 楽園の終わり
手に鍬を持ち、村の中の畑を耕す男のゾンビ。
井戸の前で、何やら談笑をしているかのように集まっている女のゾンビ。
そして、彼らの間を縫うように走り回る子供のゾンビ……
彼らは本能のままこちらを襲ってきたゾンビではない。
彼らはまるで、自分たちが『死んでいることに気づいていない』かのように、
この第5開拓村で生活していた。
「おい!ソージ!
お前神官なんだろ!!何なんだよ!これは!!」
そう言うと、エンは犬歯をむき出しに鬼のような表情で、こちらの胸ぐらを掴む。
明らかに冷静さを欠いている。
だが、それも無理は無い。
彼の口ぶりから推測するに、彼の仲間がアンデッドになっているのだから。
しかし、冷静さを失えば、自分達もアレの仲間入りだ。
だから……
「落ち着け!」
その顔に向けて、頭突きを叩きこむ。
ゴッという鈍い音と共に視界がぐらぐらと揺れる。
胸倉を掴んでいたエンも溜まらずに尻餅をつく。
「っ、痛ってぇえ!!何しやがる!!」
「あいたたた……兄妹揃って頭固いなぁ……物理的に……
とりあえず、落ち着け。
それと、大きな声を出すな、気付かれる」
ズキズキと痛む頭を抑えつつ、第5開拓村の門番の様子を見る。
彼らは直立不動で門の前に立っており、こちらに気付いた様子は無い。
門から500メートルほど離れているといっても、ワーウルフの感覚ならば、
さすがに気付きそうなものだが……
アンデッドになったことで能力が低下しているのだろうか?
とはいえ、油断できるような状況ではない。
当時の開拓村の規模から言って、村の中には最低でも100名以上の住人が居るはずなのだ。
「確認するが、あの門番のワーウルフ。
あれはエンの知り合いなんだよな?」
自分の問いかけに、エンは顔を怒りに歪め、吼える。
「ブラックファングは家族だ!
例え、あんな姿になっても、家族の顔を忘れるかよ!」
「そうか……ならば見た通りだ。
第5開拓村の開拓者達は、アンデッドとして今もあそこで暮らしている」
自分の言葉に、エリックが補足を行う。
「さらに、あれは通常のアンデッド……
供養されずに放置された遺体であるゾンビではありません。
十中八九、邪教徒の仕業でしょう」
エリックの意見に頷く。
ブルード鉱山で戦ったゾンビ達は、近づく者をただ襲うだけだった。
あの様に『門を守る』という明確な目的意識はない。
あれはむしろ、第6開拓村の輸送路に居た冒険者のゾンビに近い。
あのゾンビは、意味不明の言葉を話していたし、戦いの時も陣形を組んでいた。
そうか……あれも『開拓村』か。
「邪教徒!それがみんなを!!
ゆるさねぇ!!絶対にぶっ殺してやる!!」
「だから、騒ぐな落ち着け!
エリック、俺の第6開拓村の報告書は読んでいるな」
怒りに震えるエンをなだめつつ、エリックに確認する。
「ええ、把握しています。
ソージ様の懸念について、私も同感です。
あのアンデッドは、邪教徒が直々に手を加えた可能性が高い。
あれらは、スキルも魔法も戦術も、我々同様に用いるでしょう」
何と冒涜的なのかと、エリックはその整った顔を歪ませ、
苦々しく付け加える。
「……だとすると、厄介だな。
仮に第5開拓村の開拓者が全員アンデッド化しているとすれば、
100人規模の集団と戦うことになる。
本能のままに襲ってくるだけならどうにでも出来るが、
彼らに組織的に動かれると、こちらは不利だ」
こちらは6人。
相手は100人。
自分も含め、エリックやアンナといった高レベルの神官がいるとしても、
数の利というのは侮れない。
さらに言えば、そこに今回の黒幕である邪教徒が加わるかもしれないのだ。
まともにやっては、先に息切れを起すのは自分達だ。
「人数もそうだけどよー……
ソージ、気付いてる?
ここ、光の力がすごく弱い。普段の4分の1ぐらいだよ」
「なに?……本当だ!」
この世界に来てから、殺気やら魔力やらを感じ取れるようになったが、
確かに光属性の魔力が不自然に弱体化している。
ここに来た時に感じた息苦しさはそのためか。
つまり、この異界には光属性を抑える効果があるということだ。
ゲーム的に言うなら、アンチ光属性フィールド。
アンナの言葉を信じるなら、光属性の効果は1/4に弱体化する。
「数も不利、地の利も不利……分かっていたが厳しいな。
これは最悪、撤退も考えないといけないか」
だが、リゼットが首を振る。
「無理、みたいです……
見えない、壁に阻まれて、外には出れません……」
リゼットは元来た方向に歩こうとするが、足を動かしているのに全く前に進まない。
ゲームでも、フィールドの端まで来ると出口以外では、
あんな風になってたな……
「……撤退も無理」
「おい!
さっきから聞いてりゃなんだ!
撤退だと!お前は神官だろうが、やる気あんのか!!」
自分の言葉に、エンは食って掛かる。
「やる気はあるさ。だから現状を確認してる。
エン、そしてエル。君達はアンデッドになったとはいえ、同胞と戦えるか?
最悪、君達の父親もアンデッド化しているかもしれない」
「ッ!」
「……」
エンは不意を突かれた様に、はっと驚き、エルはただ静かに祈るように目を閉じる。
そう、第5開拓村のアンデッドと戦うということは『そういうこと』だ。
「君達を戦力と考えられるかどうかで、取れる戦略は変わってくる。
もちろん、無理強いはしない。
でも、俺らは神官だからな。
ワーウルフだろうが、ヒューマンだろうが、エルフだろうが……
アンデッドは殺す」
『だから、せめて自らの手で蹴りをつけないか』、という言葉は飲み込む。
そこまで言えば、おそらく二人も戦うだろう。
正直に言えば、ただでさえ数的に不利なのだ。
この二人も戦力として使いたい。
だが、そういう人の弱みに付け込んで、強制的にやらせるやり方は好きじゃない。
こんな非常事態に何を言ってるんだ、という話ではあるのだが。
「ソージ様……私は、私は……やります。
父を、同胞達に、安息を与えるために……
ソージ様、父は……同胞は……天国に行けますか?」
エルは縋るように、声を震わせ問いかける。
彼女の目尻には涙が溜まる。
「行けるさ、何も心配することは無い。
我らが信じる神は慈悲深い。必ず救ってくださる」
本当は自分のような似非神官が言って良い台詞ではない。
でも、それでエルの気が少しでも晴れるなら、自分は幾らでも嘘をつく。
「畜生ぉ……
親父……みんな……
くそ……やってやる!!」
エンは涙を流し、怒りに肩を震わせながら、
それでも腰に挿した剣を握り締め、決断する。
「……分かった。
リゼット、アンナ、エリックやれるな?」
「はい……」
リゼットは静かに頷き、長弓を握る。
「う……ぐす……
やってやる……邪教止め、悪趣味なことをしやがって!」
何故かアンナまで涙を流しながら、ハルバートを構える。
「私は教会の剣であり盾であります。
私の力、存分にお使い下さい」
エリックは怒り、憎しみを全て、その内に抑えたのであろう。
先程の感情は無く、ただ機械の様に頷く。
「……さて、問題はどう攻めるか、だよな」
開拓団のアンデッドおよそ100名。
子供のアンデッドもいたし、全部が全部、脅威ではないだろうが……
黒幕の邪教徒までを考えると、やはりまともに相手はしたくない。
こちらのパーティーは、聖騎士2、戦士1、斥候1、弓兵1、神官1。
パーティーとして、バランスは悪くない。
相手が余程強くなければ、普通に戦う分には勝てるだろう。
だが、ここは異界。
光属性の弱体化が成されていると言う事は、
光属性を得意とする神官の弱体化も意味する。
『シャイニング・ブラスト』のような攻撃魔法もだが、
回復魔法である『ヒール』も光属性。
幸い、物理攻撃力を上げる『ブレイブ』や、魔法攻撃を防ぐ『マジックシールド』等の補助魔法は無属性だが……きつい事には変わりない。
「アンナ、光属性以外の魔法って使えるか?」
フラグメントワールドでは、神官は光属性の魔法しか使えないが、
この世界ではそんな縛りはないはずだ。
「もちろん!
火も水も風も土も、何でも出来るぜ!
まあ、今回は火属性だろうな、アンデッドは良く燃えるから」
「えぇ……俺が1つの魔法を覚えるのに、苦労していると言うのに……」
何というチート!!
自分は、自力で使える魔法は未だに『ヒール』しかないというのに!
『サンクチュアリ』も、『シャイニングエッジ』も未完成だ。
他の属性の魔法なんて、選択肢にさえ入らない。
「気にする必要はありません。
向き、不向きの問題ですし、そもそもアンナ様がおかしいだけです。
ちなみに、私は『フレイム・エッジ』の魔法が使えます」
エリックはそう言うが、そういう彼もしっかり別の属性の魔法を使えるではないか。
『フレイム・エッジ』……武器に火属性を付与する魔法。
当然、自分は使えない。
まあ、今更出来ないものを嘆いても仕方が無い。
そもそも、自分の場合、魔法は属性付きの武器で補う方針だ。
自分も火属性の片手剣『フランベルジュ』を持っている。
ただし、それはアイテムボックスの中だ。
使うためには、アイテムメニューを開くか、
ショートカットから呼び出さないといけない。
つまり、皆の前でチートを使う必要がある。
風属性のナイフである『フェザーカッター』は、
普段使っている無属性のナイフと一緒に腰のベルトに挿しているが、
剣の方は聖剣をいつも身につけているから、他の剣は仕舞っていたのだ。
正直に言って失敗したが、聖剣の光属性が弱まっても、
剣そのものの強さが失われるわけでは無い。
ソウルイーター戦と同じだ。
力いっぱい鉄の塊を振り回せば、痛いことに変わりはないのだ。
話がそれたが、アンナは火属性の魔法が使えるのなら、
魔法使いとして戦える。
で、あるならば……
「よし……火攻めをしよう」
「火攻め?」
「ああ、開拓村に火を付け、アンデッドごと燃やす」
砦に篭った敵を倒すのに、火攻め、水攻め、兵糧攻めは基本だ。
開拓村の外壁こそ、石を積んだものだが、
中の家々は木製だ。しかも手入れをされていないのか、所々穴が開きボロボロだ。
火を付ければ、よく燃えてくれることだろう。
「くそ!
こんな、皆がせっかく開拓したのに!!」
エンは悔しそうに吼えるが、反対の声は出さない。
彼だってまだ若いが戦士だ。
どうするべきかは分かっているのだろう。
「……もちろん、火を付ければ遺品も燃えてしまう。
ブラックファングからの依頼である『狼牙』も燃えてしまうかもしれない。
だが……」
「それが有効だってんだろ!
言わなくても分かってる!!
畜生!やれよ、くそが!!」
エンは言葉を途中で遮ると、苦渋の表情で吐き捨てる。
火攻めをやると、自分もギルドから請けた依頼は失敗になるが、
エンは自分の肉親の形見が失われることを承知で、了承しているのだ。
それに比べれば、自分の事はささやかなことだろう。
「リゼット。『炎の矢』は持ってきているか?」
「はい」
リゼットは矢筒の中から、『炎の矢』を取り出す。
『炎の矢』
鏃に火のフラグメントを使用した文字通り火属性の矢だ。
先端のフラグメントに魔力を通せば、その矢は火矢となり燃える。
「それと、エル……無理はしなくても良いが、開拓村に忍び込んで火をつけれるか?」
「ッ!……やってみせます!」
エルは静かに頷く。
その瞳には、堅い決意が宿っている。
彼女だって同胞が必死で開拓した村に、自ら火をつけることを良しとしていない。
それでも、その感情を飲み込んで決断した。
「では、それで行くぞ」
作戦が決まれば、行動は速い。
まず、リゼットが門番のワーウルフを音も無く、遠距離から仕留める。
同時にエルは開拓村周辺に生える背の高い草に隠れるように身を低くしつつ、
音も無く疾走する。
彼女の背負うバックパックの中には、松明と油の詰まったビンが入っている。
第5開拓村の外壁に辿り着いた彼女は、外壁が崩れている所から慎重に内部に進入する。
時間にして10分程度。
エルは別の外壁の穴から脱出する。
それと同時に、開拓村の複数箇所から煙と火の手が上がった。
無理はしないように始めに決めていたため、火の手は開拓村全体を覆うほどではないが、
それでも、開拓村のゾンビが混乱しているのが見て取れる。
「リゼット!」
「はい!」
リゼットは、『炎の矢』を弓に番えると、次々に火矢を打ち出した。
雨の様に降り注ぐ矢は、狙い通りに木製の建物に燃え移り炎上する。
「よし、狙い通り。
これなら、アンナの魔法はいらないか」
最初は小さな火だったが、一度火が付くと一気に燃え広がっていく。
火事なんて、小さなタバコの火でさえ起きる。
狙って燃やせば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
ごうごうと黒煙を上げて燃える炎は、
建物だけでなく、アンデッドにも燃え移る。
中には火を消そうと、木製のバケツを持ったアンデッドもいたが……
悲しいことに、長年、風雨にさらされたバケツの底は抜けていた。
それに気付かず、そのアンデッドは何度も何度も、
空のバケツを火に向かって振り回す。
当然、火は消えることなく、逆にそのアンデッドに燃え移る。
また、別のアンデッドは、炎によって崩れ落ちる家から、
子供を庇うように覆いかぶさった。
親が子を命がけで助ける様は、尊いものだ。
彼らが『アンデッドでなければ』だが。
お互いとっくの昔に死んでいるだ。
その行為に何の意味も無い。
そうして、炎は全てを飲み込んでいく。
子供のアンデッドも、女のアンデッドも、男のアンデッドも……
ワーウルフのアンデッドも、エルフのアンデッドも、ヒューマンのアンデッドも……
彼らが一生懸命に開拓した村も、等しく炎に包まれる。
結果から言えば、火攻めは成功したと言っていいだろう。
彼らが生きた開拓者であれば、容易に消火できたであろうが、
アンデッドである彼らは、意識があるといっても中途半端だ。
水の魔法使いのアンデッド・エルフが魔法で火を消したりもしたが、
よく考えずに魔法を使ったためか、すぐにMP切れを起した。
また、魔法使いの数も少ない。
そもそも魔法が使えるのなら、開拓なんて危険なことをせずとも、
冒険者として暮らしていけるのだ。
そのため、開拓者達は井戸から水をくみ、バケツを持って火を消すしかない。
しかし、その肝心のバケツの底が抜けていることに、誰も気付かない。
その理由が分からないから、何度も何度も繰り返す。
逃げればいいのに、逃げない。
当然だ。
どこに逃げると言うのだ。
ここは彼らの開拓村なのだ。
その思いだけが、本物だった。
だからこそ、わざわざ自分から火に近づいて無意味に燃えていく。
飛んで火に入るなんとやら。
その光景は悲惨を通り越して、いっそ滑稽ですらあった。
「……」
その地獄のような光景にエリックとアンナは黙って眼を閉じ、
祈りを捧げる。
『――彼らの魂に安息を』
祈りは本物の神官に任せるべきだろう。
自分は、ただその光景を眼に焼き付ける。
もしも邪教徒があの開拓村の中に居るのなら、
そろそろ何かアクションがあるはずだ。
『――邪教徒は殺す』
そう決意を固め、邪教徒の襲撃に備えた。