67話 未解決
リゼットは、エルに対して視線を向ける。
「エルさん……あなたは、ソージさんのために、死ねますか?」
「はい!ご命令とあらば、この命!
ご主人様のために捧げることを誓いましょう!!」
「そう……ソージさん、私は良いと思います」
「あ、リゼットはそれでいいんだ」
「で?ソージはどうすんだ?」
アンナは自分に対して、問いかける。
ブラックファングのエルの処遇をどうするか?
ただの派遣の人員として扱うのか、それとも側室として迎えるのか。
アンナはエルに対してやや否定的、
リゼットは肯定というか、割とどうでもよさそうだ。
どちらを選んでも2人は自分の意見に従ってくれるんだろうが、
では自分はどう思っているのかと言えば……
「……エルは14歳だったよな」
「はい。14歳の処女です!」
「……そこは強調しなくていい。
とりあえず、エルをどうするかはこの国の成人年齢である15歳まで保留にさせてくれ。
それまでは、あくまでもブラックファングからの派遣として扱う。
もちろん、手は出さない」
自分の結論は、保留、ではあるのだが……
この場では保留としているが、内心では側室として迎えようと思っている。
それは、ブラックファングとの付き合いと言う面もあるし、
自分がどちらを選択したとしても、たぶんエルは死ぬまでここにいるつもりだ。
だったら、ただの派遣としてではなく、身内として受け入れた方がいいだろう。
では、なんで即答しないのかと言えば、自分なりのささやかな反抗だ。
王族でもないのに、ほいほい嫁が増えるのは困る。
養う甲斐性がない訳ではない、気持ちの問題だ。
本来、自分は1人でいる方が好きな人間なのだ。
というか、14歳って日本で言えば中学生だろう、さすがに幼すぎる。
まあ、15歳でもあんまり変わらないけどな。
とにかく、この場の結論としては保留だ。
自分の返答に対して、エルは笑顔で答える。
「はい、構いません。
私はソージ様のお傍に置いて頂けるだけで幸せです。
改めて、不束者ですがよろしくお願いしますソージ様」
「……うん、まあ、よろしくな」
エルの答えは、言葉だけを聞くと本当に健気だ。
いや、この子が言葉通り健気な人間かと言えば、それには大きな疑問はあるが……
それでも、罪悪感が酷い。
と言うか、この子の好感度の高さは何なんだ。
「よし……この話題は終わり。
次はブラックファングの依頼についてだ。
リゼットとアンナはどう思う?」
「私は、ソージさんに、従います」
「まあ、いいんじゃねーの。
教会は説得しないといけないけど、
それはソージがやるんだろ?」
「ああ、それは俺がやるよ」
現在、教会は邪教徒への警戒のため、アウインの守りを固めている。
そのため、神官は街の外に出られない。
第5開拓村へ行くためには、教会の上層部……つまりシモンに許可を取らないといけない。
面倒臭いが、アンナの時の説得に比べれば、はるかにマシだ。
「ただ、その前に……エル。
今更だが、確認しておきたい。
ブラックファングが邪教徒と繋がっていると言うことはないのか?」
「は?」
自分の言葉に、エルは間の抜けた表情で固まる。
「今回の依頼は冒険者ギルドを通さない依頼だからな。
もちろん、ブラックファングが冒険者ギルドを頼れないのも知っているけど……
実はブラックファングと邪教徒が繋がっていて、騙して悪いが……で殺されてはたまらない」
「ち、違います!
確かに我々は汚れ仕事を請け負ってきましたが、邪教に手を染めるなんてことはありません!!
本当です!信じてください!!」
縋るような必死な声でエルは訴える。
ああ、また罪悪感が酷い。
だが、これは確認しておかなければいけないことだ。
視線をエルからアンナの方に向ける。
アンナは先代の司教であるビクトル氏のころから、
ブラックファングを知っているはずだ。
「……ブラックファングと邪教とは無関係だよ。
爺さんが見抜けないわけがねぇし、
ブラックファングが邪教徒と組んでたら『六重聖域』なんて作れねぇよ。
ったく、なんでアタシがこいつの擁護をしなきゃなんねーんだ」
アンナは悪態をつきながら、ブラックファングへの疑いを否定する。
その主張は納得できるものだ。
「……確かにそうだな。
すまない、疑って悪かった」
エルに対して、頭を下げる。
「あ、いえ、信じて貰えて良かったです」
「ソージっていつも無茶苦茶なこと言うよな」
「『いつも』じゃない、『たまに』だ。
まあ、それは置いといて、アンナはこの街で暮らしてきたんだろ。
第5開拓村について何か知らないか?」
「ああ、知ってる。と言うか、行ったことがあるよ」
「お、そうなのか。調度いい」
「行ったことがあるといっても、10年前に1回だけだよ。
第5開拓村が壊滅した後に、教会で慰霊団を編成してね。
アタシもそれに参加したんだ。
まあ、当時は学生だったから、雑用しかやってねーけど」
「学生なのに、わざわざ参加したのか。偉いな」
アンナは言動や態度は不真面目だけど、きちんと『神官』をしてるんだよな。
「別に……高司祭になるためには、レベル50以上が必要だから、
学生でも成績上位者は強制的に参加させられるんだ。
だから、シモンもミレーユも参加してるよ」
アンナは照れ隠しなのだろうか、顔を背けてそう付け加える。
「なるほどな。それで、アンナから見た第5開拓村はどうだった?」
「どうって言われてもなー……
死体は無いし、家はめちゃくちゃくに壊れてたし……
あーでも、確か教会はほとんど無傷だったかなぁ……
ただ当時は邪教徒の仕業とは言われてなかったよ。
モンスターの襲撃って事になってたし……周りもそんなもんかって感じ」
アンナは記憶を辿りながら話すが、あまり有益な情報は出てこない。
まあ、それは仕方がない。
既に10年前の事件であるし、当時のアンナは学生だ。
知っている情報にも限りがある。
「シモンだったらもう少し詳しく知ってるかな?」
「知ってんじゃないの?
アタシは第5開拓村を仕切ってたのが、
大貴族『ジェローム・ゴーン』だったことも忘れてたし。
シモンは大司教補佐官だから、当時の記憶はともかく、
記録の方は閲覧し放題だからね」
「そうだな……よし、じゃあ明日はシモンの所に行ってみるか」
そもそも、ブラックファングの依頼を請ける請けない以前に、
教会からの外出許可が出ないことには話にならない。
アウイン内の裏切り者のことや、
あとは活版印刷のこともある。
その辺りもまとめて相談してみよう。
翌日、時刻は午前10時。
シモンとの面会は午後からということになったのだが、
面会の時間まで、のんびりしているのも勿体無いので、
教会とは別口で情報収集をすることにした。
「……と、言う訳でやって来ました。冒険者ギルド」
アウインの大通りにある一際大きな建物。
冒険者達の依頼斡旋所である冒険者ギルドである。
ここにやって来たのは、もちろん第5開拓村の情報収集のためだ。
当時の第5開拓村でも食料輸送の護衛に冒険者を雇っていたはずなのだ。
ならば、当時の情報もあるかもしれない。
冒険者ギルドに入り、ロビーを見渡すがミレーユさんの姿はない。
「いないってことは、診察室の方で治療中か?
まあ、ミレーユさんには後で聞けばいいか」
ミレーユさんも当時は学生だ。おそらく詳細な情報は持っていないだろう。
今回の本命は、冒険者の依頼を管理しているギルド職員だ。
彼らなら詳細な情報も持っているはずだ。
「10年前の情報が残っているといいが……とにかく、ソフィーさんに話を聞いてみよう」
窓口に並ぶ冒険者がはけるのを待って、自分の担当のギルド職員ソフィーさんの所に行く。
彼女は以前来たときと同じで、淡い水色の髪は綺麗に整えられており、
ギルドの制服には皺ひとつ無い。
そして、眼鏡が光る。
ソフィーさんは自分に気が付くと、ぺこりとお辞儀をする。
「ソージ様、アンデッドスライムの撃破並びに、南部教会司教への就任おめでとうございます。
冒険者ギルドとしても、アンデッドスライム討伐に関れたことは、大変ありがたいことです。
ギルド全体のレベルの底上げも出来ましたし、何より邪教徒討伐に助力したという箔がつきました」
「いえ、こちらも感謝していますよ。
冒険者ギルドの助力がなければ、やられていたのは私の方かもしれません」
あの戦いで自分が担当したのは囮だ。とにかく敵の攻撃を引き付け、耐え続ける。
その役目が重要なのは理解しているが、自分が囮をやっている間に、
攻撃を担当してくれる者がいなければ勝利は無い。
つまり、あの戦いは皆の勝利なのだ。
「そう言って貰えると、こちらも嬉しいですね。
……ソージ様は冒険者を続けるということでよろしいですか?」
「ええ、教会の方を優先することになりますが、籍は残しておいて貰えると有り難いです」
教会の司教となり、この世界での生活基盤は出来た。
だが、自分がこの世界に来た理由の調査は続けるつもりだ。
そのためには、冒険者ギルドに所属し続けておきたい。
「ソージ様は冒険者ギルドに対して、大きな貢献をしてくれましたので、
こちらも最大限、配慮はしますが……
冒険者ギルドに所属する冒険者は、一定期間内に必ず依頼を請けなければいけません」
「ええ、分かっています」
冒険者となるだけで、冒険者ギルド内の神官の治療が受けられたり、格安で宿舎に泊まれるようになる。
そして何より、冒険者という社会的な地位も手に入る。
そう言ったサービスが受けられる以上、見返りとしてギルドへの貢献が必要だ。
だから、冒険者登録だけして依頼を受けないというのは、認められない。
「一般的な冒険者の場合は1周間に1回程度。
もちろん、病気等の特別な理由があれば考慮しますが……
ソージ様はギルドに大きな貢献をしてくれましたし、教会の司教という立場にも配慮します。
それでも1ヶ月に1回は依頼を請けてもらう必要がありますので、忘れないように注意して下さい」
「ふーむ……それなら、何とかなると思います」
冒険者と司教の2足の草鞋は大変そうだが、
何とか折り合いを付けてやっていくしかないだろう。
「もしも時間が取れない場合は、相談してください。
最悪、近くの森で薬草の採集でもやってもらえれば十分ですので」
「え、薬草の採集は駄目って前に言いませんでしたっけ?」
「当時と今では状況が違います。
下手な依頼を出して、司教を死なせてしまっては教会との関係が悪化します。
それはギルドにとって好ましくありません」
ソフィーさんは眼鏡をかけなおし、きっぱりと言い放つ。
言っていることは分かるのだが、立場が変わると対応はこうも変わるのか。
やっぱり世の中、地位や権力だな、と思う。
「さて、前置きが長くなってしまいましたが、ソージ様、今日はどのような要件ですか?」
「……込み入った話がしたいので、ソフィーさんと二人で話せませんか?」
今回のブラックファングからの依頼は、冒険者ギルドを通さない依頼だ。
ギルドの窓口で、おおっぴらに話すような事ではない。
「……分かりました。空いている会議室を手配します」
ソフィーさんは自分の言葉に眉をひそめたが了承し、頷いた。
ギルド内にある会議室に移動し、お互い椅子に腰掛ける。
「……用件を伺いましょう」
「では、単刀直入に2点、お聞きしたいことがあります。
1つ目、ギルドを通さないで依頼を請けた場合、どうなりますか?
2つ目、第5開拓村について何か知っていることがあれば教えて下さい」
「……冒険者ギルドの職員に対して、そんな質問をするなんて喧嘩を売っているのでしょうか?
と思いますが、まあソージ様が変なのはいつもなので、お答えしましょう」
ソフィーさんは眼鏡を光らせながら、プレッシャーをかけてくる。超怖い。
「まず1つ目の質問ですが、冒険者が個人で依頼を受けるのは自由です。
冒険者ギルドに止める権利はありません。
ですが、社会規範に反する依頼……つまり暗殺や窃盗などを行った場合にはギルドから追放します。
また、依頼者との揉め事……つまり依頼内容が異なる、報酬が支払われない等の問題が起きても、
冒険者自身が自力で解決することになります」
「なるほど、依頼が真っ当であれば問題はないと」
つまり、犯罪行為は駄目だが、そうでないなら、後は冒険者の自己責任という訳だ。
今回の依頼は、第5開拓村の遺品回収、問題は無いはずだ。
「そうですね。ギルドとしては、お勧めはしませんが。
ギルドを通せない依頼は、依頼者がまずいか、依頼がまずいかのどちらかです。
ソージ様の話しぶりからすると、依頼者がまずい方ですか?」
「……守秘義務に関わるので、ノーコメントでお願いします」
「そうですか。まあ、良いでしょう」
そう言って、ソフィーさんの追及をかわす。
さすがに依頼人がブラックファングだと正直に話すわけがない。
それに対して、彼女は予想済みだったのだろうか、
特に咎めるなく次の話題に移る。
「2つ目の質問ですが……
第5開拓村に対して、情報はありますがお答えできません。
情報はギルドの資産ですので」
「……詳しい情報でなくても、ソフィーさんの個人的な感想でも構わないんですが……」
「私はギルド職員です。私の見知った情報はギルドによって得たものです。
個人の所感といえど、お答えできません」
「……ですよね」
漫画とか映画とかで、立場上話せないことを『これは独り言なんだが……』って話してくれるシーンがあるけど、
やっぱり現実は厳しいな。
まあ、普通に守秘義務違反だもんな、あれ。
しかし、これではギルドから情報は得られないな、と考えていると、
ソフィーさんがため息をつきつつ、逆に自分に質問する。
「……ところで、ソージ様。
あなたが請けた依頼は、『第5開拓村の遺品回収』ですか?」
「……分かります?」
「今更、第5開拓村に要件がある人間なんて、そのご遺族くらいしかいらっしゃらないので……
ですが、それならばやりようはあります。少しお待ち下さい」
そう言うと、ソフィーさんは会議室を出る。
しばらくすると、彼女は古い封筒を持って戻ってきた。
封筒の中身に入っていたのは、10枚以上の依頼の束。
発行されたのは10年前。その全てが『第5開拓村の遺品回収』依頼だった。
「これは?」
「見ての通り、10年前の依頼書です。
第5開拓村はモンスターの襲撃により壊滅しました。
文字通りの全滅で、遺体さえ見つかりません。
せめて遺品だけでも、とご遺族の方々から依頼がありました」
「なるほど」
確かに犠牲になったのは、ブラックファングの人間だけじゃない。
第5開拓村に関った全員が被害者なのだ。
「本来、冒険者ギルドでは依頼の提示は、1週間です。
その期間を過ぎた依頼は取り下げられ、報酬も依頼者にお返ししています。
ですが依頼者の中には、報酬は返さなくても良いから依頼を取り下げないで欲しい、と要望を出される方がいます」
ギルドだって処理できる依頼の量には限界があるだろうし、期限があるのは仕方が無いことだ。
だが、それで納得できる依頼者はいないだろう。
自分の身内が死んでいるのだ。簡単には引き下がれない。
「そう言った依頼は未解決依頼として、冒険者ギルドに残り続けます。
もちろん、これはギルドにとって好ましい状態ではありません。
解決をしてもらえるならば、ギルドにとっては願ってもないことですし、
ギルドを通した依頼なので、正式に情報の開示が出来ます」
「では……」
「未解決依頼『第5開拓村の遺品回収』を請けますか?」
「もちろん、請けます。
……と、言いたいのですが、その依頼に期限はありますか?
知っていると思いますが、現在、私は街から出ることを禁止されていまして」
ちなみに、冒険者ギルドに所属している神官には、外出の禁止は関係がない。
関係があるのは、教会の聖騎士団に所属している神官だ。
ちなみに、司教は聖騎士団の団長も兼ねるため、自分は外出禁止。
まあ、南部教会に聖騎士団なんて無いけどな。
「はい、当然承知しております。
期限についてはご心配はいりません、事実上の無期限の依頼ですので」
「分かりました。
では『第5開拓村の遺品回収』の依頼を請けましょう」
思わぬところから、事態は好転するものだ。
これで冒険者ギルドから、第5開拓村に対する情報がもらえる。
さらに、ブラックファングの依頼に対するダミーとしても使えるし、
教会に外出を許可させる説得材料にも出来る。
……弱者救済は神官のお仕事だから。
そして、解決できれば依頼を出した遺族も喜ぶ。
冒険者ギルドも未解決依頼が減って喜ぶ。
誰も損しない。
こうして、冒険者ギルドからも『第5開拓村の遺品回収』の依頼を請けた。
次のシモンとの交渉が終われば、3章の前半は終了です。