65話 第5開拓村
訂正について(29話~31話 開拓村のゴースト退治)
話を見返して、以下の2点に対して設定の矛盾を感じたので、
修正を行いました。
・開拓村について
『ラズライト王国第6開拓村』から『アウイン第6開拓村』に変更。
開拓が国家事業なのは変わりませんが、ラズライト王国全体で6回目ではなく、
アウイン主導での開拓が6回目としました。
・第6開拓村の位置をアウイン『南西』から、アウインの『南』に変更。
南西だとダメな理由は、今回の話で説明があります。
なお、この変更による物語の本筋への影響はありません。
レンさんは、考えるように顎に手を当てる。
「さて……ふむ。
ここまでソージ殿に苦労を掛けた後に、大変心苦しいのだが……
実は我々から1つ依頼を請けて貰いたいのだ」
「何でしょう?
請ける請けないは断言出来ませんが、お話は聞きますよ」
「そうか、有り難い。
では……ソージ殿は『第5開拓村』についてご存知だろうか?」
非合法ギルドから出た開拓村の名前、一体何の関係があるのだろうか?
「……第5開拓村ですか?第6ではなく?」
「ああ、第5の方だ」
自分の問いに、レンさんは頷き答える。
第6開拓村は、アウインの南部に位置する、現在開拓中の村である。
以前、冒険者ギルドで『輸送路に出現するゴースト退治』の依頼を請けた。
その依頼を受けた際、冒険者ギルドの職員ソフィーさんから、
大まかな開拓村の説明は受けている。
アウインの開拓事業は、第1から始まり、現在で第6次。
そして、過去の5回は全て失敗に終わっている。
第1次から第3次までは、この街の王族が主導した開拓であったが、すべて失敗。
そこで、第4次からの開拓はこの街の有力貴族、または商人が主導して行っている。
現在の第6次開拓村は、この街の有力商家『カント商会』が取り仕切っているが……
今回の話は第5開拓村なので、置いておく。
しかし、第6開拓村ならまだしも第5開拓村については、
ソフィーさんの資料に詳しい情報はなかったし、そもそも第5開拓村の開拓は10年前だ。
3ヶ月前にこの街に来たばかりの自分には、当時の状況は分からない。
「……いえ、残念ながら分かりません」
首を振り、レンさんの質問に答える。
「まあ、そうだろうな。
では、そこから説明しよう」
レンさんは頷くと説明を開始する。
「第5開拓村は、今から十年前にとある貴族が主導した開拓村だ。
この第5開拓村はアウインの西、サフィア川を越えた先に作られた」
「サフィア川の向こう側ですか……何とも厄介な場所に作りましたね」
サフィア川はアウインの西部に流れる大河であり、この街の重要な水源でもある。
そして、事実上のラズライト王国西側の国境だ。
サフィア川の先は、人間の領域ではなく、モンスターの領域となる。
ゲーム的にもアウインなどの大きな街の周辺は、
レベル20程度の低レベルモンスターしか出てこない。
しかし、サフィア川を越えたあたりから、レベル40以上のモンスターが出始める。
この世界の中堅どころの冒険者がレベル30程度であることを考えれば、
サフィア川の先には安易には出られない。
ゲーム的にも初心者から中級者への境界であった。
「確かに厄介さ。
だがな、このアウインだって昔はそうだった。
生存圏の拡大は、種族関係なく必要な戦略なのさ。
……まあ、俺の兄貴の受け売りだがな」
「お兄さんが、ですか?」
ああ、と瞳を閉じ、レンさんは頷く。
「俺の兄貴『ジン』は、俺の本当に血の繋がった兄でな。
元々は、このブラックファングのリーダーをやっていた」
レンさんは昔を思い出すように、ゆっくりと話す。
「兄貴は……俺とは違ってな。剣の腕も頭も良かった。
そして何より、このブラックファングの将来について、誰よりもよく考えていた」
レンさんは目を開けると、こちらの瞳をまっすぐに見詰める。
「なぁ……ソージ殿は、密造酒や賭博、薬や盗品の売買は止めるべきと言うが、
俺らだって好きでやってるわけじゃあない。
このヒューマンの国で俺ら異種族が生きていくには、こんな糞ったれな仕事をしていくしかないのさ」
「それは理解しているつもりです。
だから、止めろとは言っていません」
彼らの境遇は理解できる。
しかし、だからと言って無法が許されるわけではない。
「ふん……まあいいさ。
兄貴もずっと考えていたのさ。
このまま、糞のような汚れ仕事を続けるのが良いのかってな」
レンさんは、鼻を鳴らすと説明を続ける。
「そんな時に、第5開拓村の話が来た。
第5開拓村では、今までは禁止していたヒューマン以外の種族の参加が許されたからな」
「ヒューマン以外の参加が許された……?
ああ、なるほど。
開拓を成功させた場合、その初期の開拓民は無条件で名誉市民としての地位を得ることが出来る。
だが、ラズライト王国はヒューマンの国。
安易に異種族を入れられない、だから禁止していたのか」
ブルードの町でミレーユさんに聞いた事を思い出す。
開拓村を成功させれば、奴隷身分でさえも市民としての地位を得ることが出来る。
「そう言う事さ。
だが、4度の失敗で、いよいよ尻に火が付いた。
ヒューマンだ、ワーウルフだ、エルフだと言ってられなくなったのさ」
ざまあ見ろと、レンさんは皮肉毛に笑う。
「ヒューマンという種族は穴は無いが、飛び出た能力もない。
ドワーフの頑強な身体と鍛冶技術、エルフの高い魔力に長い寿命、優れた魔法の技術。
そして、ワーウルフの俊敏で強靭な身体、高い戦闘能力……
確かに、それらは開拓村を成功させるための大きな力になるでしょう」
「そうさ、俺らは強いぜ、ソージ殿」
自分に褒められたことに気を良くしたのか、
パンッと両の拳を打ち鳴らす。
「まあ、兎に角だ。
第5開拓村では、異種族の参加が許され、兄貴はそれに乗った。
俺らの子供にいつまでもこんな事、させちゃいけねぇってな。
ブラックファングのリーダーを俺に譲り、構成員の半分を連れてった」
「ですが……」
第5開拓村の結末は知っている。
失敗だ。失敗したのだ。
「……ああ、失敗した。
兄貴は、いや、誰も帰ってこなかった。
第5開拓村は、モンスターの襲撃を受けて全滅した、と言うことになっている」
「……なっている?」
レンさんの言い方には引っかかるものがある。
『なっている』とは何とも曖昧な表現だ。
「誰も帰ってこなかったからな。
連絡の無くなった開拓村に派遣された冒険者が見た物は、
食いちぎられた手や足が僅かに残されていただけだった。
原因は分からん。
ただ分かっていることは、まともな死体は1つも無かった。それだけだ」
食いちぎられた手足、流れる血……それは自分にとってもトラウマだ。
アウイン水場での戦い。あの戦いは酷いものだった。
それでもアウインには街を取り囲むように強固な城壁があるため、
モンスターは街の中までは入ってこれなかった。
だからこそ、あの惨状はアウインの水場で食い止めることが出来たのだ。
だが、第6開拓村には、木で出来た貧弱な柵があるだけだった。
第5開拓村も、おそらく同じ程度であろう。
つまり、開拓村全体で、あの惨状が起きたのだ。
「そう、ですか……彼らの魂にルニア様の安らぎがあらんことを」
信じてもいない神に対して、祈りを捧げる。
いや、この世界に神はいるし、自分の聖剣や鎧は神の加護を宿しており、
アンデッド相手に高い効果を示す。
だが、それ以上の意味は無いのだ。
神は人を救ってはくれない。
それでも神官がこうして祈ると、この世界の住人は喜ぶのだ。
「ああ、そうであって欲しい。
俺らのような底辺の人間でも、神の国へ行けるのかい?」
「もちろん行けます。でなければ神のいる意味が無い」
自嘲するように尋ねるレンさんに、そう断言する。
それでレンさんが安心できるなら安いものだ。
「そうか、そうだといいな、本当に。
さて……色々話したが、ソージ殿に頼みたいのは、遺品の回収だ」
そう言うと、レンさんは腰に挿していた剣の鞘をテーブルの上に乗せる。
その鞘の中には、肝心の剣が収められていない。
ちなみに、レンさんの武器は鍛えられた自身の身体が武器だ。
徒手空拳、武器は使わない……では、この鞘は何だろうか?
「これはな。『狼牙』って名の刀の鞘だ。
狼牙は俺らブラックファングのリーダーの証だった」
『狼牙』という武器の名前には覚えがある。
フラグメントワールドに同じ名前の武器があった。
その特性は、種族『ワーウルフ』が使用することで、攻撃力が2倍になると言うものだ。
レア装備ではあるがヒューマンのソージには必要無いものだったので、
自分は持っていない。
「この狼牙は、兄貴がブラックファングのリーダーを俺に譲った時に、
一緒に譲り受けるつもりだったんだがな。
開拓村ってやつが危険なのは知ってたから、刀は兄貴に持たせたんだ。
いつか開拓村が成功したときに、返しに来いって言ってな」
まあ、帰ってこなかったんだが、とレンさんは首を振る。
「狼牙が無くたって俺がここのリーダーだ。
実際、俺はこの10年、半分になったブラックファングを必死に立て直してきた。
ようやくな、ブラックファングは10年前の規模に戻ったんだ。
だから……そろそろ迎えに行ってやりてぇんだ」
そして、レンさんは懐から一枚の紙を取り出す。
自分に対する依頼書だ。
「依頼内容は、遺品『狼牙』の回収。
そして、もし……もしも兄貴の、いやブラックファングの亡骸を見つけたら供養してやってくれねぇか。
報酬は大金貨500枚を出す。
道中に必要な馬車も護衛も食料も全て、俺らが出す。
もちろん10年前の話だ。仮に見つからなくても文句は言わねぇよ。
だから、どうか請けて欲しい」
真剣な眼差しで、レンさんは懇願する。
「ふむ……」
頭の中で依頼を吟味する。
レンさんの言うとおり、遺品が見つかる可能性は低いだろう。
まあ、そこは文句は言わないと言ったので、それはいい。
道中の面倒事もブラックファングの持分。
報酬の大金貨500枚。
大金貨1枚が日本円換算で、10万円ぐらいだから、報酬は5千万円。
この値段が適正かは分からないが、大金だと言うのは分かるので問題は無い。
最後に、この依頼における自分の役割……
もしも10年も放置された遺体があったら、おそらくアンデッド化しているだろう。
つまり、またアンデッドと戦闘になる可能性がある。
さらに、遺品である『狼牙』も、呪われているかもしれない。
神官が必要だが……彼らは非合法ギルドであり、頼れる神官は自分以外にいない。
とりあえず、話は分かった。
条件は悪くないし、彼らの事情にも納得できる。
ただ、こちらにも事情がある。
「私自身は請けたいと思いますが……少々、時期が悪い」
「ああ、知ってるよ。
神官はアウインの外に出られないんだろ?」
「ええ、その通りです。
アンデッドスライムが暴れた影響で、
聖騎士団はアウインの守りを固めています」
アンデッドスライム、そして、大貴族『ジェローム・ゴーン』を含むアウイン内に潜んでいたアンデッド。
これらの脅威に対処するため遠征に出ていた東部教会、北部教会のそれぞれの聖騎士団は、
アウインに戻されていた。
行方の知れない神官も出ている以上、教会内にも邪教徒の手は伸びている。
『身体検査』以降も、エリックを初めとした異端審問官は調査を継続している。
「……まあ、教会内にも色々ありまして、神官は街の外に出ることを禁じられています。
しばらくすれば、また外に出れるようになると思いますので、少々お待ち頂けませんか?
その時には、必ず依頼はお請けします」
教会内に裏切り者が居たというのは、教会外部に漏らしてはいけない秘密である。
そのため、詳細な理由は言えない。
しかし、いつまでもアウインに引き篭もっていることも出来ないはずで、
いずれ外出の許可が出るだろう。
その時には、必ず依頼を請ける。
「そうは言うがな、ソージ殿。今は11月だぜ。
後一ヶ月もすれば、本格的に雪が降り出す。
そうなりゃ、春まで街の外には出られねぇ。
何より俺は10年待ったんだ。もう待てねぇんだよ」
「そんな、無茶苦茶な……」
レンさんの兄を思う気持ちは分かる。
自分にも兄の『宗市』が居たんだから、それは分かる。
だから基本的に彼の依頼は請けるつもりだ。
しかし、自分は今は教会に所属する神官なのである。
そして、教会が神官の外出を認めない理由は納得できるものだ。
筋が通っている以上、自分からそれを破ることは出来ない。
と言うか、いい歳したおっさんが、わがまま言うなよ。
ちょっと待ってくれれば、自分が行くって言ってんだ。
いや、そもそもこの男は、神官が街の外に出られないって知った上で依頼を出している。
頭がおかしいんじゃないのか?
「ああ、皆までいうな。無茶を言っているのは分かってる。
……ここからは真面目な話だ。
南部教会の司教『ソージ』殿、貴殿は第5開拓村を主導した貴族の名前は知ってるか?」
自分の睨みつけるような視線に、レンさんは態度を改め話を切り出す。
第5開拓村を主導した貴族の名前は、知らない。
だが……勿体つけるようなレンさんの言葉に、嫌な予感が湧き上がる。
「……いや、まさか」
「そうだ、お察しの通り第5開拓村は、
大貴族『ジェローム・ゴーン』が主導したんだよ」
「……ッ!!」
ガタッと椅子を蹴り飛ばし、立ち上がる。
『ジェローム・ゴーン』……大貴族でありながら、邪教徒に魂を売った裏切り者。
それが開拓村を主導していたなんて、自分は知らなかったぞ。
だが、だとすると想像せずには居られない。
ジェローム・ゴーンが10年前から、邪教徒と繋がっていたとしたら……
開拓村の失敗は、意図的なものではないのか?
見つからなかった開拓民達の遺体……それは、大量のアンデッドの材料に、されたのではないのか?
「まあ、俺らが知っていることだから、当然教会の上層部も把握しているだろうさ。
勘違いしないで貰いたいが、俺もソージ殿に教会の意向に逆らってまで、
依頼を請けて貰うおうとは思ってない。
だが、アウインを救った英雄であるソージ殿なら、教会の上層部を『説得』出来るだろう?」
にやり、とレンさんは笑う。
「糞が、良く言う。
そんな餌で俺が釣れると思うなよ。
……まあ、それはそれとして、シモンに話は聞きに行くけどな」
なるほど、これが非合法ギルドのリーダーか。
嫌な所を突いてくる。
邪教徒絡みとなれば、放置は出来ない。
「ああ、それで良い。
ブラックファングとしても第5開拓村で何が起きたのか、真実を知りたいんだ。
我々の依頼はソージ殿の『邪教徒の調査のついで』でも、何も問題は無い。
その際には、我々は全力を持って、ソージ殿を第5開拓村まで送り届けよう」
乗せられている感は癪に障るが、
もともと自分はブラックファングのために行動しているわけじゃない。
彼ら自身が言っているが、こうなった以上、彼らの事はついでだ。
第5開拓村で何が起きたのか、調べる必要がある。
「……やれやれ、分かりました。
先程の約束もありますし、教会には相談してみます。
その結果次第ではありますが、ついでにあなた方の依頼を請けましょう」
「そうか、ありがたい。
ならば、先にこちらから1人、人員を派遣しよう」
ため息を吐きつつ、依頼について了承すると、
レンさんは笑顔でそう答えた。
「……気が早すぎませんかね。
まだ教会が許可を出すかは、分かりませんよ」
「ああ、こちらは元からソージ殿の所に送る予定だったのだ。
今までは『ギン』の奴に連絡役をやらせていただろう?
だが、あいつはもともと貧民街の取り纏め役だ」
「ああ、すいません。
ギンさんには、その、色々とお世話になっています」
貧民街の顔役であるギンさんには、ブラックファングとの連絡役以外にも、
南部教会の避難民や、活版印刷の工房の取り纏めも行って貰っていた。
確かに、良く考えると働かせすぎである。
「……というわけでな。
新しい人員をソージ殿に送る。
こいつは、ちょいと若いが期待の新人ってやつだ。
戦闘から諜報まで、一通り仕込んである。
うまく使ってやればソージ殿の力になろう」
レンさんは、まるで自分の戦力にして良いと言っているように聞こえるが、
普通に考えれば、自分に対する監視役だろう。
まあ、別にやましい事は、自分のチートを除いて、何も無い。
使える戦力が増えると言うなら、歓迎するさ。
「……分かりました。よろしくお願いします」
「おう、『エル』を連れて来い」
そう言うと、レンさんはパンパンと手を叩く。
すると部屋のドアが開き、そこには1人の少女が立っていた。
大きな手荷物を持ったワーウルフの少女。
その少女に……自分は見覚えがあった。