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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第3章 無法者達の楽園
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64話 ブラックファング


 午前中をアンナと魔法の練習に費やした後、

昼は避難民達の炊き出しを作る。


――そして、時刻は午後1時。


 肩から提げた鞄の中身を確認する。

聖水、聖布、回復ポーション、包帯、消毒用のアルコール……

さらに、腰のベルトに『神官の杖』があることを確認。


「さて、行くか」


 今日は午後から教会の外で仕事がある。

教会内の仕事をアンナに任せ、1人歩き出した。




 場所はアウイン南部、貧民街の奥の奥。

密集した家々の隙間にある薄暗い路地裏を1人歩いていく。

その路地は無計画に作られた家々の間を縫うように作られており、

さながら迷路のようだ。


 さらに悪いことに、アンデッドスライムが暴れたせいで、

道を瓦礫が塞ぎ、通行止めになっていたりもする。

慣れた者でなければ、本気で迷子になりかねない。


「……街の中で遭難なんて笑えないな」


 まあ、何だかんだ南部地区で生活するようになって2週間。

南部地区の見回りもやっているため、地図は頭の中にある。




 しばらく歩き続けていると、路地の奥に一軒の酒場がある。

一般人が迷い込むことなんて、ありえない南部地区の最奥。

これが隠れ家的な酒場……であれば良いのだが、そんなことはない。


ここが今回の目的地、アウインの非合法ギルド『ブラック・ファング』が経営する酒場なのである。


 ブラックファングは、日本で言えばヤクザな組織であり、

娼館や賭場、闇市を取り仕切っている。

控えめに言ってもヤバイ組織である。


 実際、酒場の前には屈強なワーウルフとドワーフの門番が2人いるのだが、

彼らの雰囲気は、どう見ても堅気ではない。

どちらも揃いの皮製の黒い戦闘装束を身に纏い、腰には剣を挿している。


 仮に一般人がここに迷い込んだとしても、彼らを見たら回れ右をして立ち去るだろう。

自分自身も、正直に言えば係わりたくもないのだが……

これも仕事だ。仕方が無い。


門番の二人の前に歩いて行き、

ステータスを表示しつつ声をかける。


「どうも、南部教会のソージです。

レンさんに取り次いで頂けませんか?」


「……ソージ様お待ちしておりました。

どうぞ、お入り下さい」


 ここに入るためには、誰であれステータスの表示が必要だ。

まあ、今日ここに来ることは事前に伝えていたので、

特に問題もなく店内に通される。


 店内は、一見すると普通の酒場だ。

入って正面のカウンターには、ワーウルフのバーテンダーがグラスを磨いており、

店内には肌が大きく露出したウェイトレスが客の相手をしている。

また、店の奥にはエルフのディーラーがカードを配っていた。


 店内には屈強なガードマンが目を光らせてはいるが、

店そのものにはピリピリとした雰囲気などはない。

客も刺青を入れていたり、気合の入ったモヒカンヘアの人間が居たりするが、

仲間と談笑しつつ酒を飲んだり、ギャンブルを行っている。


 こうして見ると本当に普通だ。

この程度の人間なら、冒険者ギルドにも普通にいる。

強いて異なる点を言えば、ヒューマン以外の人種が多い事ぐらいだろうか。


「待たせたな、ソージ殿!

ようこそブラックファングへ!

歓迎するぞ、盛大にな!」


 しばらく店内を見ていると、店の奥から大男が現れる。


 黒い戦闘装束を身に纏い、その体躯は2メートルを超える。

年齢は40歳ぐらいだろうか、それなりの年齢に係わらず、

その赤い瞳にはギラギラとした強い光が宿っている。

その男は、まるでライオンのたてがみのような紫色の長髪を、

無造作に揺らしながら自分の方に歩いてくる。


 彼の身体はしなやかな鋼のようであり、

長身であるが、風を切るように歩くその姿からは愚鈍さは感じない。


 彼こそはこのブラックファングのリーダー。

ワーウルフの『レン』である。


 彼は頭に生えた犬耳をピコピコと動かし、

犬歯の生えた大きな口をがばっと開く。

そして、がはははと豪快に笑いながら自分を抱きしめると、背中をバシバシと叩く。


「いやあ、よく来たなぁ!」


「むぐぉ……あの、苦しいんで、放して、くれませんかねぇ……」


 自分の身長は170センチ、子供と大人程ではないにしろ体格差は明白だ。

それに何より、男に抱きしめられても嬉しくない。


 それに、彼と会ったのは今日で2回目。

たかが数回程度しか会っていないのに親友の様に接してくる。

こういうフランクな人間は苦手だ。


「おっと失礼した。

はしゃぎすぎてしまったな。許すがいい」


がははは、と笑いながらレンさんは謝罪する。


「まあ、気にしてないのでいいです。

それよりも、案内をお願いします」


「ふむ、ソージ殿は相変わらず真面目であるな。

まあ良い。では、こちらに来てくれ」


 歓迎の挨拶もそこそこに切り上げ、レンさんは店の奥に入っていく。

関係者以外立ち入り禁止の札がかけられたドアを開け、

さらに、地下へ続く階段を降りていく。


 日の光も届かぬ地下。そこは表のような法の支配はない。

彼ら無法者達の本拠地である。


 その彼らのアジトでは、ブラックファングの構成員が揃いの黒装束を身に纏い、

直立不動で自分達を迎えた。


 一糸乱れぬ統率の取れたその動きは、ヤクザというよりも、むしろ軍隊を思わせる。

ここには表の法はなくとも、彼らには彼らなりの法があり、

それは末端の構成員にも行き届いているということであろう。


 そして、ようやく今回の目的地に到着する。

通された一室は彼らのアジト内にある診療所。

そこには簡易的なベッドが並べられ、手足をギブスで固定された者達が治療を受けていた。

今回の目的は、彼らブラックファングの治療である。


 なぜ、わざわざ自分が来る必要があったのかと言えば、

彼らは非合法集団であるが故に、一般の医者や神官を頼ることが出来ないからだ。


 一応、彼らの構成員にも神官はいるのだが、

所詮は教会にも冒険者ギルドにも馴染めなかった神官の行き着く、最果ての地である。

その質ははっきり言って良くない。

神官の代名詞たる回復魔法ヒールが日に2、3度成功すれば良い方なのだ。


 それでも今までは何とか回っていたのだが、

この前のアンデッドスライムの戦いによって事情が変わった。

アンデッドスライムの被害は南部地区が中心であり、

そこに拠点を持つブラックファングも当然の様に巻き込まれたのだ。


 結果的に、構成員やその家族を含めると30人程度の重傷者を出してしまっている。

前回来た時に症状が命に関る者は既に回復させているが、30人分の重傷者の回復となると、

自分1人では荷が重い。

そのため、治療を2回に分けたのだ。


 アンナを連れて来れば良かったのだろうが、

一応、非合法の組織なので、自分だけで治療を行っていると言う訳だ。



 早速、治療に取り掛かる。

自分には、まともな医者としての知識なんて無い。

学生時代にずっと陸上競技をやっていたので、

テーピングやストレッチ等の知識はあるが、それだけだ。

そのため、回復魔法ヒールだけが自分に出来る唯一の手段である。


 回復魔法はコマンド式と詠唱式を使い分けて使用する。

重傷者の治療にはコマンド式の魔法、

そして、軽傷の者には詠唱式の魔法を使う。


 この理由は、コマンド式の魔法は必ず成功するため、

失敗の出来ない重傷者にはこちらの方式を用いている。

全部コマンド式にしないのは、魔法の練習のためだ。


 今日治療する人数は15人。

数は多いが、彼らの多くは破壊された建物の下敷きになった結果の骨折だ。

骨折だって甘く見てはいけないのだが、モンスターに手足が食いちぎられたり、

ワイバーンのブレスに焼かれたりしたアウイン水場の戦いに比べれば、ずっとずっとマシである。



 粗方治療を終えて、最後の患者の所に移動する。

20歳ぐらいの青年のワーウルフが、天井から吊るされた布に包帯で巻かれた足を乗せている。


 ベッドの横には、彼の妹が看病をしており、

自分に気付くこと頭を下げて挨拶をする。


 このワーウルフの青年『イル』は、瓦礫で潰されそうな妹を助けるために身代わりとなり、

結果として右足を瓦礫に潰された。


 自分が最初治療に来た時は本当に酷いものだった。

彼の右足は骨が砕け、膿が溜まり、サッカーボール大の大きさにまで腫上がっていた。

激痛と痒みに襲われ、さらに高熱も出して混濁した意識で暴れる男と、

泣きながらそれを押さえる妹の姿は痛々しく、今も覚えている。


 まあ、でも……レベル5ヒールを3回程度使ったら、足は元通りになった。

本当に呆気ないほどに。


 だから今彼が足に包帯を巻いているのは、実は意味が無いのである。

無いのであるが……それでもそうしているのは、簡単に治ったと思われたくなかったからだ。


 この世界に来て、回復魔法はそれなりの数を使ってきたが、

未だにどこまで治せるのか、限界が分からない。

今分かっているのは、潰れた状態でも元通りに出来るが、

切断された場合は元に戻らないということぐらいだ。


 だから、何でも簡単に治せるとは思われたくなかった。

そのため色々な理由をつけて、簡単に治ってないように装ったのだ。


そんなことはおくびにも出さず、彼の包帯をナイフで切り取る。


「うん、順調に治ってますね。

足を曲げて……伸ばして……

足に感覚はありますか?違和感はありませんか?」


「はい、もう全然大丈夫です。

むしろ怪我をする前よりも、調子がいいぐらいで」


「それなら、もう大丈夫でしょう。

ただし、しばらく寝たきりでしたので、

激しい運動は控えるように」


自分でも治っているのは分かってるが、念には念を入れる。


「ありがとうございます」

「兄を治して頂き、ありがとうございます」


「良かったなあ、イル。本当に良かった!

一時はどうなるかと思ったが……本当に良かった!」


 レンさんはそういって、笑顔でワーウルフの青年を抱きしめる。

その笑顔は恐らく本物だろう。


「親分が治療費を出してくれたおかげです。

ありがとうございます」


「いいってことよ!

俺らは家族ではないか!」


 家族、か……

この青年とレンさんの間には、本当の血縁関係は無い。

日本のヤクザもそうなのだが、親分、子分の言葉の通り、

彼らブラックファングは、擬似的な家族を形成しているのである。


 実際、彼らの結束は固いように見える。

この青年は組織の中においては、末端の構成員にすぎないはずだ。

そんな組織の中からすればちっぽけな個人に対しても、

レンさんはまるで自分の事のように喜んでいる。


 この扱いはこの青年だけではない。

ここにいる全ての患者に対して、自分が彼らを治療している間、

レンさんは常に彼らに励ましの声を掛けていた。


 組織を運営する上で、上の者が下の者の名前を覚え、声を掛けるのは重要だ。

誰だって自分がきちんと目を掛けて貰えているというのは嬉しいことだし、

そう言った積み重ねが組織の愛着となり、結束となる。


 しかし、レンさんはそう言ったマネジメントにおけるテクニックとしてではなく、

それを素で行っている。

つまり、彼の『家族』という言葉は本物だと言うことだ。


「ソージ殿には俺からも礼を言おう。

良くぞ、あの酷い怪我を治してくれた。

さすが、レベル75の聖騎士だな……何ぞコツでもあるのだろうか?」


「コツも何もないですよ。

私自身が驚いています。

初めて彼の怪我を見たとき、これは無理だろうなと思いました」


「……ほう?」


 自分の言葉に、イルとその妹の表情が固まり、

レンさんは興味深そうに頷く。


「もちろん全力は尽くしますし、今回はうまく行きました。

しかし、知っているとは思いますが、魔法はその日の調子によって波があります。

私自身もそうですが、治療を受ける側の調子も大きく影響します」


 実際にはコマンド式の魔法には、自分の調子は一切関係が無いし、

自分に対してコマンド式の魔法を使うと、常に一定量のHPが回復する。


 しかし、対象がこの世界の住人になると、

なぜか魔法の効果が不安定になる。

失敗することはないのだが、回復量が一定ではなくバラツキが大きくなるのだ。


 経験的に分かっているのは、魔法を受ける側に体力がある方が効果が高く、

逆に瀕死の重傷者では回復量が大きく下がるということだ。


「仮に同じ程度の怪我でも、次も治せる保障はありません。

ですので、そもそも怪我をしないように気をつけてください。

そして、怪我をした場合はすぐに私に連絡してください。

すぐに治療をしますので」


 この自分の発言は、『私はブラックファングを見捨てません』という趣旨の発言だ。

本当はこういった言質を与えるべきではないのだが、

彼らを見捨てた結果、南部地区に伝染病が蔓延したり、アンデッドが溢れたら目も当てられない。

どうせ放置は出来ないのだ。ならば、せいぜい恩を売っておこう。


「そうか……かたじけない。

ソージ殿、これからもよろしく頼む」


そう言うとレンさんは、深々と頭を下げた。




 治療を終えた後、レンさんからお茶に誘われた。

時刻は午後3時。

MPは抑えているとは言っても、それなりに疲労はある。

ちょうど休憩をしたかったところだ。


 しかし、お茶ね。

目の前の大柄の男が、優雅にティーカップを傾ける姿を想像するが似合わない。

そんな失礼なことを考えつつ、レンさんの私室に案内される。


その部屋はさすがに組織の長だけあって、豪華な作りだった。


 赤い絨毯に、質の良い皮製のソファー。

そして何より目を引くのは、壁に貼り付けにされている、

彼が仕留めたと思われるワイバーンの皮だ。


 現実世界だとこういう場合はワニとかトラの皮なのに、

さすがファンタジー、スケールが違う。


「自分の部屋だと思って、ゆるりとくつろいでくれ」


 そういうレンさんに進められて、ソファーに腰掛ける。

彼は自分の対面に腰掛けると、パンパンと手を叩く。

扉が開くとワーウルフのメイドが現れ、自分とレンさんの分の紅茶を入れる。

同時に、テーブルの上にお茶菓子が置かれる。


「これは……クッキーですね」


 木のバスケットの中に入っていたのは、香ばしい香りを放つクッキーだった。

だが……この街には乾パンはあったが、クッキーは無かったはずだ。


「おお、そうさ。

ソージ殿がたまに貧民の子供達に配っているアレを真似て作らせてみた。

なかなか、うまいものだろう?」


「ああ、なるほど」


 もともとクッキーを作ったのは、アンナと初顔合わせをする時のお土産としてだった。

クッキーはミレーユさんやリゼットにも好評だったので、

それ以来、気が向いた時に作ったりしていたのだ。


 レンさんはクッキーを摘むと口に放り込み、バリバリと噛み砕く。

自分も同じようにクッキーを摘む。

そして紅茶を飲み、ひと息つくとレンさんは話し出す。


「それにしても、ソージ殿は不思議な御方よな。

どこからともなく現れ、奇行を繰り返したかと思えば、

アンデッドスライムを倒して見せ、南部教会の司教となり、

今はこうして我々のために働いてくれている」


「……あの時のことは忘れてください」


 最近はアンデッドスライムを撃破したことが評価され始めているが、

未だに過去の奇行について突っ込まれることが多い。

この世界に来てから3ヶ月近く経つと言うのに、未だに収まりそうも無い。

人の噂も七十五日というが、どうもアレは嘘のようだ。


「おっとすまない。俺は別にソージ殿を馬鹿にしたい訳じゃあないんだ。

……南部教会の司教であったビクトルの爺様は、豪快なお人であったが、

ソージ殿は随分と真面目だろう。

なあ、貴殿は我々をどう見る?なぜ助けてくれる?」


 そう問いかけるレンさんの雰囲気は先程までとは変わらないが、

その瞳は真剣だ。

ブラックファングにとって、彼らの治療を行っている南部教会との関係は大事だ。

自分がどう言ったスタンスなのか、不安なのだろう。


 そして、その不安は正しい。

実際、自分もこの世界で神官をやらなければならないから、

仕方が無く彼らと関っているだけで、本来なら関わりたくもないのだ。


 ここで適当に取り繕ってもいいのだが、嘘を言っても互いのために成らないだろう。

良い機会だ、本音でいこう。


「……理由は色々ありますが、一言で言えば『仕方が無いから』です」


「ふむ……」


「私はあなた方のことを、好ましく思いません。

国の法に違反した無許可の酒造はするべきではないし、

国の基準以上の高レートのギャンブルもやるべきではない。

さらに言えば、危険な薬や盗品も取り扱うべきではない」


 端から見れば、喧嘩を売っているようにしか聞こえない自分の言葉を、

しかし、レンさんは黙って聞いている。


「……ですが、仮にあなた方を潰したとしても、

別の誰かが同じことをやり始めるでしょう。

それではきりが無いし、そもそもそれは自分の仕事ではありません」


 単純な需要と供給と役割分担の話だ。

求める者がいる限り、それは終わらないし、

それを叩き続ける手間も覚悟も自分には無い。

だいたい、それはこの街の守備隊の仕事だ。


 何かに敵対すると言うのは、とてもエネルギーを使う。

はっきり言って、邪教徒のような死を撒き散らす存在に比べれば、

彼らの存在は大したことはない。


「私は別に正義の英雄ヒーローではありません。

あなた達があなた達なりにルールを守り、堅気の人間に迷惑を掛けないのなら、

私には関りの無いことです。

ですが……」


一度言葉を区切り、相手の目を見て力を込めて言葉にする。


「表の世界で無法が行われれば話は別です。

その時は覚悟をしておいてください。

私はあなた達に特別な感情はありません。

私があなた達を助けるのは単純に、

放置した結果、伝染病やアンデッドが発生したら面倒だから、それだけです」


 そこまで、一気に言うと紅茶を一口飲み込む。

やっぱり、何かに敵対するのはエネルギーを使う。

とても面倒だ。

だから彼らには大人しくしていて欲しい。


「……まあ、何にせよ、放置は出来ないのです。

だから、裏でこっそりやっているだけなら、

こちらも見て見ぬ振りぐらいはします、ということですね」


 完全に敵対するつもりはないと、すこし砕けた感じで言葉を締めくくる。

対して、レンさんは大きく息を吐くと真剣な表情で頷いた。


「……ああ、承知した。肝に銘じておくとしよう。

問題ない。我々がやることは変わらない。

これまで通り、うまくやっていくさ」


 お互いに緊張感を持っていれば、まあ何とかなるだろう。

ただ、これだけだとギスギスしすぎなので、

向こうにも飴が必要だ。


「……それだけですとそちらに対して、要求してばかりなので、

教会側にも話をつけようかと思います。

具体的には、あなた方は教会の救うべき対象から外れていますが、

それを救う対象とするように教会に話してみようと思います」


 教会の言う救うべき対象とは、『神の祝福』を受けた者のことをいう。

この世界の住人は生まれた時に神官に『洗礼』をして貰う。

これは神官が神に替わり、その子の誕生を祝福するというものなのだが、

ブラックファングの人間は当然の様に洗礼を受けていない。

ついでに言えば、貧民街の住人の多くも同様である。


「それは願ってもないが……よろしいのか?」


レンさんは自分の提案に驚いたように聞き返す。


「よろしいも何も、そもそもブラックファングと南部教会との関係が、

司教の『善意』で成り立っていたというのがあり得ないんですよ」


 教会にとって、ブラックファングは救う必要が無い。

それでも、過去の南部教会の司教達が彼らの面倒を見てきたのは、

ただの彼らの『善意』なのだ。

もちろん、その志はとても素晴らしい。

だが、個人と個人の繋がりならまだしも、仮にも組織と組織の繋がりが善意などという

曖昧な感情で成り立っていたのである。


 つまり、仮に自分がブラックファングのために働くのは嫌です、

って言ったらそれまでの何とも脆い繋がりなのである。

もちろん彼らを放置すると言うことは物理的に出来ないのだが、

それはそれである。


 組織と組織の場合、『善意』ではなく『契約』で取り決めをするべきなのだ。

教会として非合法組織と関係があるのはまずいのだとしても、

それは理由にならない。

馬鹿正直に一般に公開しなければ良いだけなのだから。


 これは彼らのためだけではなく、自分のためでもあるのだ。

こちらの善意で彼らと関った結果、自分まで犯罪者扱いを受けたくはない。

自分が憂いなく活動するためには、教会から彼らと関っても良いと言うお墨付きが必要なのだ。


 もし、教会がその契約を結べないと言うのなら、

自分は下水道からアンデッドがあふれ出しても放置する。


 教会は歴代の南部教会の司教に甘えすぎたのだ。

表の看板を綺麗にしておくのは大事だが、

裏の部分で汚れる気が無いのなら、そんな教会はくそ喰らえだ。


「……だからこそ、お互いのために契約はあるべきなんですよ。

そうすれば私も安心できるし、レンさんも安心できる」


 先程の考えをオブラートに包んで話すと、

レンさんは深く頭を下げ、感謝の言葉を述べる。


「そうか……ソージ殿の考えは理解できた。

我々のために動いてくれて、感謝の言葉しかない。

ソージ殿も困ったことがあれば、我々を頼ってくれ。

力になることを約束しよう」


 レンさんから差し出された手を握り返し、握手を行う。

ブラックファングについては、何とか成りそうだ。


握手を終えたレンさんは、考えるように顎に手を当てる。


「さて……ふむ。

ここまでソージ殿に苦労を掛けた後に、大変心苦しいのだが……

実は我々から1つ依頼を請けて貰いたいのだ」


 その申し訳なさそうな顔から、また厄介ごとかと思うが、

顔には出さず問いかける。


「何でしょう?

請ける請けないは断言出来ませんが、お話は聞きますよ」


「そうか、有り難い。

では……ソージ殿は『第5開拓村』についてご存知だろうか?」


 開拓村?ブラックファングと何の関係が……?

レンさんの口から出た言葉は意外なものであった。


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