63話 攻撃魔法
皆で朝食を食べた後、アンナを連れて南部教会の敷地内にある訓練場に移動する。
まあ、訓練場と言っても南部教会の空いているスペースに、
試し切り用の人形を置いてるだけなんだが。
「……で、魔法を教えて欲しいねぇ」
「ああ、攻撃魔法を使えるようになりたい」
自分の答えに、アンナは腕を組むと難しい顔で疑問を述べる。
「うーん、それ覚える必要あんの?
ソージは前衛だし、魔法はアタシに任せておけばいいじゃん」
「まあ、それはそうなんだが……」
「ソージが使える魔法は基礎的な補助と回復魔法だけど、
全部高い精度で使えてる。それで十分だろ?
魔法の習得なんて年単位でやるもんだぜ。
何でソージは今更、攻撃魔法を覚えようと思ったんだ?」
アンナの言う通り、この世界での一般的な魔法……
つまり、呪文を詠唱して行う魔法の習得には年単位の時間がかかる。
そして、詠唱式の魔法はそれだけの時間をかけたとしても、
集中力次第で本来の力以上の効果を発揮することもあれば、
普段以下の効果しかない時もあり、さらに発動さえしない時もある。
自分の場合も、ミレーユさんに教わった聖域の魔法は、
未だに不完全なままである。
発動は出来るが、魔力の制御が出来ないため、聖域の維持に大量のMPを消費してしまう。
さらに、聖域発動中はその維持に集中力を持っていかれるため、
聖域を発動しながらの戦闘など出来る気がしない。
そこで、一旦聖域の魔法は保留にして、別の魔法を習得しようと思ったのだ。
では、なぜ攻撃魔法かと言うと……
「アンデッドスライムと戦って実感したが、巨大なモンスターに接近戦を挑むのは無理だ。
前回はたまたま敵がアンデッドだったから、回復魔法でダメージを与えることが出来たが……
攻撃魔法なしの巨大モンスターとの戦いなんて、分が悪すぎる」
ゲームだった時は、敵の大きさとは攻撃の『当たり判定』の大きさでしかなかった。
だから、敵が攻撃モーション中でなければ、敵に接触していても何も問題がなかったのである。
しかし、この世界で大きさとは、現実的な体積であり質量である。
どれだけレベルが高かろうが、巨体に押しつぶされたら普通に死んでしまう。
だからこそ、魔法攻撃が必要なのだ。
一応、手持ちの属性武器の中に遠距離攻撃が出来るものもあるが、
手段は多いにこしたことはない。
ちなみに、自分のチートであるスキルポイントを使用しての魔法の習得では、
攻撃魔法を覚えることが出来ない。
なぜなら、ゲームのフラグメントワールドでは、
前衛型の聖騎士は基本的な回復と補助魔法は使えるが、攻撃魔法は使えない仕様だったからだ。
このチートはゲームとしてのフラグメントワールドに依存するため、
チートに頼ることは出来ない。
「うっ……。
ソージはアレと同じ大きさの敵が来たら、また戦うつもりなのかよ……」
アンナはアンデッドスライムを思い出したのか、身をすくめる。
「俺だってあんな化け物とは2度と戦いたくないし、逃げていいなら逃げるさ。
だけど、敵がアウインに来たら戦うしかないだろう」
自分は別に強敵を前にして、ドキドキワクワクする戦闘狂いでは無いし、
多くの人もそうだろう。
それでも戦うのは、自分の居場所を守るためだ。
「そりゃ、そうだけどよ……
……爺さんも邪教徒に関しては、自身の死も厭わない覚悟だったけど、
アタシにはそこまでの覚悟は無かった。
結局、喚き散らして、破れかぶれで突撃して……ソージにも迷惑かけるし……」
しゅーん、とアンナはうな垂れる。
まあ、確かにあの時のアンナは、醜態以外の何物でもなかったが……
それでも、何だかんだモンスターに立ち向かっていったので、
彼女に覚悟が無いとも、根性が無いとも思わない。
「うーん……アンナの場合は、覚悟と言うよりも目的があるかどうか、じゃないのかな?
俺や他の人間に、そんな御大層な覚悟があるように見えるか?
俺に言わせれば、やるべきことは、やるしかないんだよ。
だから覚悟が無くても、覚悟を決めてやるしかない」
おそらく、アンナに足りてないのは目的意識だと思う。
何のために戦うのか、その理由が定まってなければ、戦うことは出来ないだろう。
アンナはビクトル氏に拾われて、彼に教えられるまま魔法を習得し、
彼の後を継ぐように南部教会の司教になった。
しかし、その先を考えていたとは思えない。
そして、アンナに道を示してくれたビクトル氏はもういない。
今の彼女に戦う理由はあるのだろうか?
「やっぱり、ソージは言ってる事がおかしいぜ。
他の人間はともかく、ソージに覚悟がないなら、覚悟のある人間なんていないよ。
でも……うん、なんか納得した」
アンナは可笑しそうに笑う。
「私の目標は……まずは、爺さんを超える!
その次は、ソージを超える!」
ビシィ、と指を指してそう宣言した。
「お、おう」
ちゃんと考えた上での目標なのかとか、
その目標を達成するために何が必要なのかとか、
色々気になるところはあるが、まあいいだろう。
まあ、彼女なりの目標が出来たなら、
仮にまたアンデッドスライムと戦うことがあっても、
きっと前よりもマシになるはずだ。
「で……攻撃魔法だったな。
あれ?ソージを超えるためなら、魔法を教えない方が良いのでは……?」
「おい、こら!!
なんでそうなる!!」
即座に突っ込みを入れると、アンナは笑って誤魔化す。
「冗談だよ、冗談。
とりあえず、光属性の初級魔法『ライトニングボール』からだな。
呪文は知ってるか?」
「ああ、知ってる」
アンデッドスライム戦で神官が唱えていたのを覚えている。
『ライトニングボール』
名前の通り、光の玉を飛ばす低級魔法。
この世界でも、ゲームだった時のフラグメントワールドでも、
神官が最初に覚える攻撃魔法だ。
光属性の上位魔法には、光線を放つライトニングブラストや
光の槍を飛ばすライトニングスピアなどがあるが、
まずは低級からと言うことだろう。
ゲームだとMPが少ない序盤はともかく、
高レベルになってから低級魔法を習得する意味は無い。
しかし、この世界ではMPの低下によって頭痛が発生する。
そのため、如何にMPを節約するかが重要な要素となるし、
このリアルとなった世界では、牽制としても十分に使い道はあると思う。
低級で威力が低くとも無意味ではないはずだ。
「じゃあ、とりあえずやって見せて」
アンナの声に頷き、木で出来た人形の前に立ち、右手を前に出す。
「ソージ、杖は使わないの?」
「ああ、杖による魔力増加の効果は無くても、
ミレーユさん曰く、俺は魔力を放出する方にはセンスがあるらしいから。
それに、本番ならともかく今は練習だろ。
道具に頼るのはよくないと思うんだが……」
杖は基本的に装備することで魔力が強化されるし、
回復魔法の効果を上げる『神官の杖』のような付与があるものもある。
低レベルでMPがカツカツならともかく、自分の場合は魔法の発動だけなら何とかなるだろう。
「いや、そういう意味じゃなくて……
まあ、ミレーユが前に見てたんならいいか」
アンナは何か言い淀んだが、やってみろと言うことなので、
まずはやってみることにする。
改めて人形に向き直り、精神を集中する。
詠唱式の魔法に必要なのはイメージだ。
イメージさえしっかりしていれば、魔法は発動する。
『ライトニングボール』は、魔力を光の玉として飛ばす魔法。
このような何かのエネルギーを放出するイメージは簡単だ。
マンガやアニメにゲーム、参考になる物は幾らでもある。
「ふぅ……」
深呼吸をして、さらに集中力を高める。
「――聖なる光よ、敵を撃て――ライトニングボール!」
身体の中にある魔力を右腕に集め、手の平から撃ち出す。
だが――
「っぐぅあああ!!」
右手に激痛が走る。
まるで、手の平を焼けた鉄板の上に押し付けたみたいだ。
右手から放たれた光の弾丸は、見事に人形を粉砕した。
だが、その光の弾丸を放った右手は、悲惨な状況になっていた。
手の平の皮は裂け、その下の筋肉が露出してしまっている。
切れた血管からは、どくどくと血が流れ出す。
くそ……一体、何が……
「おい、馬鹿!!
お前、手から『直接』魔法を撃ちやがったな!
ああもう、とにかく、回復!!」
「いや……いい……自分で、やる……
――清浄なる、神の光よ……傷を、癒せ――ヒール……」
無事な左手でアンナを静止し、魔法の詠唱を行う。
しかし、右手の痛みで全く集中出来ないため、
実際には、ショートカットから魔法を発動させる。
淡い光が右手を包むと、裂けた皮膚は元に戻り、痛みも消える。
まったく魔法さまさまだな。現代医療ではこうは行かない。
「ふぅ……
まさか自分の魔法で自分がダメージを受けるとは思わなかった……」
「当たり前だろ!!
回復魔法も補助魔法も自分に効果があるだろ!!
攻撃魔法だって、それと同じだよ!!」
「ああ、なるほど……確かに」
「だから、普通は杖の先から魔法を出すし、
杖が無いとしても、身体から少し離れたところから魔法を出すんだよ!!
そんなの常識……ああ、そうか。
ソージは……知らないんだった……」
一気に捲くし立てたアンナは、そこまで言うと頭を抱える。
「……まあ、記憶喪失だからな」
この世界の住人と自分の文化の相違。
今回の事でアンナを責めるつもりは一切無いが、
何か対策を考えないと、いつか取り返しの付かないことになりそうだ。
とは言っても、異世界から来ましたとは言えないし、
どうにも難しい。
「何だかなー……
ソージはレベル高いし、魔法は苦手って言っても基礎的なものは、
きちんと使えるから忘れそうになる。
というか、忘れてた」
「……すまないがレベルの事は忘れて、初心者として扱ってくれ」
「じゃあ、初心者として忠告しておくけど。
ソージは魔力の放出に才能が有るって言ってたけど、それは才能じゃない。
ただ、魔力の制御が出来ていないだけだよ。
……爺さんが生きていたら、ぶん殴られてるぞ」
「いや、まったく返す言葉もない」
アンナの忠告に、ただ頷くしかない。
自分にとって魔法とは良く分からないものであるし、
MP消費による頭痛を経験し、危険なものであることも知っていたはずだ。
高いレベルやチートを持ったことで、調子に乗っていたつもりは無かったが、
油断はあったのかもしれない。
「ソージは前衛型の聖騎士って言っても、レベルが高いからMPは相応に高いんだよな。
でも、魔力の制御は苦手だから危なっかしい。
アタシも魔力の制御が苦手で、魔法を失敗した時は、爺さんにしこたま殴られたけど、
爺さんの気持ちがようやく分かった」
そう言うと、アンナはうんうんと頷く。
どうでもいいが、アンナとビクトル氏の関係は歪だなと思う。
良くもまあ、そんだけ殴られた相手を尊敬できるもんだ。
アンナの境遇からすれば、それでも天国だったのだろうが、
現代基準の自分からすれば、普通に虐待だったのではと思う。
まあ、死んだ人間に今更何を言っても仕方がない話ではあるんだが。
「よし、ちょっと、待ってろ」
自分がそんなことを考えていると、
アンナは教会内の作業場に入っていく。
「えーと、アレどこにやったかなー……
確かこの辺りに……あった」
しばらくすると、アンナは手に『鉄の棒』を持って戻ってきた。
いや、ただの棒ではない。
「何だそれ?……メイスか?」
アンナが手に持っているのは、
殴打用の金属棒、所謂『メイス』だ。
長さは1メートル程で、棒の先端には鋭い突起物が付いている。
「違うよ。ソージ用の魔法の杖だよ」
「……いやいや、メイスだろ?」
多くの場合、魔法の杖の先端には魔力を増幅する宝石が付いているものだ。
破壊用の突起物が付いた魔法の杖なんてあってたまるか。
「いいんだよ。仮にメイスだとしても杖として使うから」
そう言って、アンナは手に持ったメイスをこちらに渡す。
受け取ったそれは、ずしりと重い。
ウエイトトレーニングで使っていたダンベルを思い出す。
メイスには、先端部分だけ金属製で柄の部分は木製の物もあるそうだが、
このメイスは柄の部分も含め全て金属製だ。
仮にこれを人に向かって振り下ろせば、人の頭は簡単に砕けるだろう。
「このメイスは、何も付与が付いてない、ただの鉄で作られてる。
鉄は魔力を通しにくいから、ソージみたいに魔力の制御がゆるゆるで、
ぶっ放す奴にはこれでいいんだよ。
ちなみに、アタシも最初はこれで練習したんだぜ!」
「なるほどな」
確かに、桁違いの魔力を持つアンナは、自分と同じように魔力の制御で難儀したはずだ。
今の彼女が魔法を使いこなしているところを見ると、
有効な練習方法と言って良さそうだ。
「まずは、そのメイスできちんと魔法を打てるようになること。
あと、ライトニングボールは止めて、
まずはシャイニング・エッジからやろう」
「うーん、シャイニング・エッジかぁ……」
『シャイニング・エッジ』。
武器に光属性の魔力を付与し、攻撃力を上げる『補助魔法』。
この魔法なら前衛型の聖騎士である自分にも、
チートを使えば一瞬で習得できる。
「そう露骨に嫌そうな顔するなよ。
まあ、ソージの希望は攻撃魔法なんだろうけどよ。
――光よ、我が剣に宿れ――シャイニング・エッジ」
アンナは愛用しているハルバートを構えると、呪文を詠唱する。
彼女の言葉に従い、魔法の光がハルバートを包み込み、
やがて、その光はハルバートの先端に集まり光の刃となる。
「シャイニング・エッジは、武器に光を纏わせる魔法だから、
さっきのソージみたいに手から直接、みたいなこともないし、
普段武器を使ってるソージには、こっちの方が使いやすいと思う。
それに馴れれば、こんなことも出来るんだぜ」
アンナはさらに魔力を込めると、ハルバートの光の刃がまっすぐに伸びていく。
そして、彼女はそのハルバートを振り下ろす。
ハルバートから伸びる光の刃は、5メートル先にあった人形を両断した。
この使い方は覚えている。
ソウルイーターも同じような使い方をしていたはずだ。
「……と、こんな感じで遠距離攻撃の真似事も出来る。
だから、まずはこれで馴れておいたほうがいいと思うわけよ。
それに――」
アンナはハルバートの光の刃に手で触れる。
ジュッという小さな音、そして僅かに肉が焦げる臭い。
アンナが自分に向けて手を広げると、
彼女の手は血が滲んでいた。
「――この魔法だって、取り扱いを間違えれば、こうなるんだぜ?」
凄みを効かせて語るアンナには、絶対的な説得力があった。
……そうだった。
先程、自分は魔法を暴発させてしまったばかりなのだ。
魔法は危険なものだと、認識したばかりではないか。
希望する攻撃魔法が後回しになったことは、
悔しいが仕方が無い。
自分にはチートはあっても、魔法の知識も才能もなかった。
言葉にすれば、それだけなのだ。
「分かった。
アンナの言う通り、シャイニング・エッジからやってみるよ。
……アンナ?」
アンナは先程の凄みはどこへやら、
顔を青くしてプルプルと震えていた。
「ソージ、どうしよう……すごく……いたい……」
「何やってんだよ!」
涙目で震えるアンナに対して、
自分は慌てて回復魔法を使用した。
自分の魔法のバックファイアでダメージを食らわないことが、
魔法が使えるということである。
次話からは3章の本題に入っていければと思います。