60話 定期市2
「まあ、ソージが買いたいものを買うのはいいんだけどよ」
「うん?」
「これ、どーすんだ?」
アンナの視線の先には、買い取った米俵や味噌や醤油が入った樽が置かれていた。
幸い今の自分の身体は米俵の1俵や2俵ぐらい軽く持てる。
そもそも女性の商人であるシノブさんが持てたのだから、
持てないはずはないのだが……
問題はここが歩くだけでも精一杯な、人混みの中だと言うことだ。
「……どうしよう」
うん、勢いで買い物はするべきじゃないね。
結局、スイの国の商人シノブさんから買った大量の商品は、
ブラックファングの人間を雇い、運べる物は南部教会まで運んで貰い、
運べない物は人が少なくなるまで見張りをして貰う事にした。
こうして荷物を預けた俺達は、また定期市を見て回るため歩き出した。
「いや、悪いね。
何か俺ばっかり買っちゃって」
「いえ、私達のことは、気にしなくて大丈夫です。
それよりも、ソージさんが嬉しそうなので、良かったです」
「そうそう、ソージって基本的にいつもムスーってしてるよな」
アンナはそう言うと、眉間にしわを寄せ、
口をへの字に曲げる。
どうやら、俺の真似らしい。
「好きでこんな顔をしてる訳じゃないけどな。
無理難題や理不尽が次々と襲ってくるのが悪い。
このままだと本当に眉間にしわが寄ったままになってしまう」
自分の眉間のしわを伸ばしながら、アンナに答える。
この世界に来てから3ヶ月。
アウイン水場の戦い、ブルード鉱山でのソウルイーターとの戦い。
さらに開拓村での戦いに、この前のアンデッドスライムとの戦い……
思えばこの世界に来てから、戦ってばかりで、
異世界の探索は遅々として進んでいない。
結局、何で自分はこの世界にやってきたのか分からない。
こうして改めて考えると、本当に何の罰ゲームかってくらい人生ハードモードだ。
まあ、日本にいた時も迫り来る納期に追われる人生ハードモードだったけど……
この世界で問題なのは、失敗と死がイコールでつながっていることだ。
そりゃ、気も抜けないし、顔もムスッとなる。
「ま、たまには息を抜けってことだよ。
そう言えば、ソージって何が好きなんだ?
アタシ達がソージにプレゼントしてやるよ」
アンナの言葉に、リゼットもうんうんと頷く。
「うーん……好きなもの、か……」
趣味は漫画にゲームにアニメや漫画、あとはプログラミング。
他には機械いじりとか、陸上やってたから走るのは好きだが……
一応、機械については1つ当てはあるのだが、
漫画やゲームはこの世界ではもう無理だろうな……
あーあ、先が気になるゲームや漫画はいっぱいあったのに……
残念だが、それらはもう諦めるしか無い。
まあ、無い物ねだりをしても仕方がない。
アンナの質問に答えるべく、この世界での楽しみを考える。
この世界での好きなもの……楽しかったこと……
……そもそも、この世界に来てから楽しいことって、
何かあっただろうか?
「……楽しいってなんだろう?
やばい……俺の生活に楽しいがない」
あんまりな事実に顔を青くしていると、
アンナが吼える。
「楽しいがないとは失礼な!
こんな美女2人を侍らせておいて、何言ってんだよ!
だいたい昨日の夜は、アタシの体で楽しんだんじゃないのか!」
そのアンナの声に通行人達は一斉に自分達の方を向く。
「ちょっと待て!
昼間の、それも人通りで、何を言い出すんだ!」
いや、まあ、うん、やったんだけどさ……
「……ソージさんは、アンナさんを、どう抱いたんですか?
やっぱり、胸ですか?」
リゼットは自分の胸とアンナの胸を見比べながら、
会話に絡んでくる。
「いや、リゼットも喰い付かなくていいから!
俺が悪かった、だから、とりあえず落ち着こう」
完全に自分の失言ではるのだが、
一応こちらにも言い分はある。
リゼットはトマのことがあるし、
アンナはビクトル氏に拾われる前が、洒落にならないレベルでやばい。
そのため、素直にスレンダーな美少女エルフに、巨乳の褐色美人。
これが俺のハーレムだ、と素直に喜べないのである。
「おい、痴話喧嘩なら余所でやってくれ。
営業妨害だ」
「っと、すみません」
横から掛けられた声に反射的に謝る。
自分に声を掛けたのは額から角を生やした中年の男性だった。
『オーガ』
フラグメントワールドにおける種族の1つ、日本で言えば鬼にあたる種族だ。
大きな体躯に額に生えた角がトレードマーク。
種族特性として、高い筋力を持ち、魔法にも優れる戦闘種族だ。
このオーガの男も商人のようで、彼の前には商品が並べられていた。
彼が取り扱っている商品……それは、薄汚れた金属で出来た筒だった。
「これは……もしかして、オートマトンの銃か?」
よく見ると、その筒には取っ手と引き金らしき物がついていた。
「なんだ。知ってるのか?
そうだ。これは古代遺跡から発掘してきた物さ」
『オートマトン』
フラグメントワールドにおける種族の一つで、
この世界における古代文明が創りだしたとされる命を宿した機械生命体だ。
彼らの特徴は、機械で出来ていることによる並外れた防御力の高さであり、
その半面、魔力を一切持たないというフラグメントワールドでも異質な種族である。
魔力を持たないため、共通魔法を含めて全ての魔法が使用不可。
その代わり、敵からの魔法攻撃には高い耐性を持つ。
ただし、味方の支援魔法も回復魔法も一切効かない。
つまり、剣と魔法のファンタジーなのに、魔法を全否定しているのである。
ただ、魔法攻撃がまったく出来ないかと言えばそんなことはなく、
『銃』……正確には『マジックガン』という弾丸の代わりに、
魔力によって出来た弾、魔弾を打ち出す銃を装備することが出来る。
この世界に来てから3ヶ月ほど経つが、まだオートマトンに出会ったことはない。
この世界において、彼らはどんな扱いなのだろうか?
いや、そもそも彼らはこの世界に存在するのだろうか?
「ふむ……遺跡からの発掘品と言いましたが、
オートマトンは今はいないのですか?
それと、この銃は発掘品しかないのですか?新品は?」
「銃について知ってるのに、その辺りは知らないのか。
まあ、俺も詳しいわけじゃないが、今から1000年ぐらい前か、
今は『コランダ砂漠』と呼ばれているあの砂漠地帯には、
古代人の都市があったのさ。
だが、戦争だか、何かの実験だかで古代人は滅亡し、辺り一面は砂漠になった。
俺が扱ってる商品は、その古代人の遺跡からの発掘品と言うわけさ」
『コランダ砂漠』
ラズライト王国の東にある大山脈を越えた先にある砂漠地帯。
ゲームだった時のフラグメントワールドにも、コランダ砂漠は存在していた。
ああ、思い出した。
アンデッドスライムがボスとして出てくる廃工場も確か、
その辺りにあったはずだ。
さらに、オーガの男の話はさらに続く。
「で、古代人は滅んだが、機械の身体を持つオートマトンは死ななかった。
やつらは今も砂漠の奥で生きている、らしい」
「らしい?」
微妙な締めくくりに、思わず聞き返す。
「奴らは砂漠の奥に引っ込んだきり、滅多に出てこねぇからな。
俺も直接会った事は無い。」
「はぁ……そうですか」
出来ればオートマトンの詳細を聞きたかったが、
会った事がないのでは仕方がない。
「なんだ、神官様はオートマトンに会いたいのか?
一応、やつらの街にはトランスポーターを乗り継げは行けないこともないが、
トランスポーターを設置していた街の幾つかは、砂漠に飲まれたからなぁ。
行くつもりがあるなら、専門の案内を付けた方が良いぜ。」
「なるほど」
これは良いことを聞いた。
古代の文明に、機械生命体のオートマトン。
もしかしたら、自分が異世界に来てしまった手掛かりがあるかもしれない。
それがなくとも、オートマトンは機械である。
この世界に来てからまったく活かされることが無かった唯一の特技。
プログラミングや機械いじりが発揮できるかもしれない。
そんなことを考えている間にも店主の説明は続く。
「でだ、奴らの都市が砂漠に飲まれた後は、このマジックガンを作っていた工場も飲み込まれたらしくてな。
奴らも今あるものを修理しながら使っているらしいぜ」
「つまり、新品は流通していないどころか、動くものがあるかも怪しいと……」
「ま、そうなるな。
今ではこうした発掘品がたまに出てくるぐらいさ」
目の前のマジックガンは見た目ボロボロであり、
とても動くようには思えない。
まあ、案外中はきれいかもしれないが。
「ふーん、なるほど。
ところで、これは誰が買っていくんですか?」
売り物である以上は、そこに需要があるはずだ。
これを好き好んで買い集める人間は、
オートマトンに対して詳しい知識を持っているかもしれない。
「ああ、銃は珍しい物好きの好事家や、学者の先生が買っていくな。
だが、こちらはおまけみたいなものさ。
売れるのは、こっちの錆びないナイフや食器の類さ」
そう言って、マジックガンと共に並べられた商品を見る。
そこには数は少ないものの、古びたナイフや食器が置かれていた。
これらも遺跡からの発掘品らしく、相応の汚れや傷はあるのだが、
錆びついてはいない。
これは……銅や銀じゃないな。
鉄……でもない、恐らくステンレスか、それに近い金属と思われる。
今はどうか知らないが、少なくとも昔は高い科学力を持っていたのは確かだろう。
俄然、興味が出てきた。
もしかしたら、コンピュータがあるかもしれない。
「神官様はコレに興味があるのかい?」
「ええ、ちょっと見ていいですか」
とりあえず今は目の前の発掘品、マジックガンである。
見た目は本当にただの筒だが、その一つを手に取り鑑定のスキルを発動する。
「MG-03S 耐久値20%」
『MG』はマジックガンの略称。
『03S』は、確かショットガンだった気がする。
とにかくマジックガンであることは間違いない。
ただし、耐久値は低い。
武器や防具に設定されている耐久値。
ゲームだった時は、例え耐久値が0%になっても性能がかなり下がるだけだったが、
多分この世界の場合は、0%になると壊れてしまうだろう。
剣や鎧は鍛冶屋に行けば治して貰えるが、マジックガンだとそれは厳しい。
ただ、幸いな事にこれと同じマジックガンがあと2つある。
2つのマジックガンの耐久値は、それぞれ50%と30%。
50%とそこそこ状態の良い物はあるし、
バラして組み直せば何とかなるかもしれない。
それより何より、魔法の弾を打ち出すという訳が分からない品とはいえ、
今となっては懐かしい機械である。
自分の専門はプログラム等のソフト系であるが、
ハードについても多少の知識はある。
それに、パソコンを自作する程度には機械いじりが好きなので、
実用というよりは趣味として買うのも悪くない。
「じゃあ、このナイフを1つと。
こっちのマジックガンを3つ下さい」
懐から財布を取り出そうとしたが、
その前にアンナとリゼットが料金を払う。
「アタシ達が買ってやるよ。
でもさー、そんなボロボロなものじゃなくて、
もっといいものを買えよ」
「いや、むしろこれが良いんだよ」
「ふーん、やっぱりソージは変だよな」
「へいへい、どうせ俺は変人だよ」
いい加減、変人扱いも慣れた。
店主から商品を受け取ると、また別の店に向かう。
そうして、夕方。
最初は人の多さに辟易していたが、実際には結構な時間を歩き回っていたようで、
思った以上に楽しく過ごすことが出来た。
「何だかんだ結構買ったな」
「くじ引きの交換札も、たくさん」
「だなー。ソージ、最後にくじを引いて帰ろうぜ」
アンナの言葉に頷き、アウイン中央に移動する。
くじ引きは既に結構な数が引かれたあとのようで、
2等や3等の景品は既に無かった。
「1等はまだ、ですね」
「えーと、1等は小麦粉1ヶ月分か」
1ヶ月分ってどれぐらいだよ。
良いのか悪いのか分からない。
まあ、とりあえず引いてみよう。
手元にあるくじ引きの引き換え札は24枚。
ちょうど一人8枚ずつ。
クジは箱の中に手を入れて、玉を一つ取り出す形式だ。
もちろん手を入れる穴には、布が掛けられており、
外からは分からない。
「よーし、アタシが一等を引いてやるぜ」
アンナは自信満々に、くじを引く。
「これだ!」
アンナのくじ引きの結果は8連続で白い玉、
つまりハズレである。
「おい、本当に当たりはあるんだろうな!」
「落ち着け」
「あう!」
係員に食って掛かろうとするアンナの頭にチョップを叩き込み黙らせる。
しかし実際、現実世界でも悪質なやつだと当たりが無いものはあるらしい。
じーっと疑いの目で係員を見つめる。
「い、いえ。
ちゃんと当たりは有りますよ」
係員は慌てて、不正はないと宣言する。
まあ、その様子からは嘘はなさそうだ。
多分当たりはあるのだろう。
「えっと、次は、私が……」
次にリゼットがクジを引く。
「あの……これは……」
リゼットが引いたのは、緑色の玉。
「はい、5等の魔除けの人形ねー」
係りの者から手渡されたのは、黒い色をした土偶のような人形。
確か敵の呪い攻撃を一回肩代りできる消耗品だ。
……でも、気味が悪いな。
むしろ、これが呪いの人形なんじゃないかってぐらいに。
「ソージさん、これ、あげます」
「お、おう」
俺に対する好意なのか、それとも嫌がらせなのか……
リゼットは貰った人形を俺に渡す。
一応この世界では聖騎士はエクソシストであり、
アンデッドには呪い攻撃をしてくる敵は多いけど……
手に持った人形を改めて見るが、やっぱり気味が悪い。
とりあえず、南部教会にある月の女神ルニア様の像と一緒に飾っておこう。
「じゃあ、ソージの番だな」
「頑張ってください」
「おう、まあ、期待はするな」
自分のリアルラックは並だ。
引けたとしても、気味の悪い人形が2つになるだけだろう。
その時は、太陽の女神サニア様の像と一緒に飾っておこう。
そんなことを考えつつ箱に手を入れ、中の玉をかき混ぜる。
もしかしたら、『鑑定』を使えば当たりが分かるかもしれない。
……だけど、そういうのは無粋だよな。
フラグメントの原石とは違って、
こちらのくじ引きの当たりなんて、おまけみたいなものだ。
当たっただの、外れただのワイワイやるのが楽しいのであって、
何が出るか初めから分かっていたのでは興冷めだ。
「……ほいっと」
そんな訳で、不正は一切せずに運試し。
適当に一つの玉を掴んで取り出す。
掴んだ玉は金色。
「おめでとうございます!
一等の小麦粉1ヶ月分です!」
係員が手に持った鐘を大きく鳴らすと、
周りから歓声が上がる。
「おお、やったなソージ!!」
「お、おめでとうございます、ソージさん!」
「お、おう……」
なんだ、これは。
自分のリアルラックで1等を引けるはずがない。
もしかして、何かの仕込みだろうか?
だが、アンナがクジを引いてから、
係員に怪しい動きが無いのは確認している。
では、本当に運良く1等を引いたということか。
うーん、既にある程度クジが引かれた後だったとは言え、
今までの人生で1等なんて引いたことないけどなぁ……
いや、まさか!
自分のスキルを思い出す。
『運上昇 Lv1』
まさか……このスキルのせいか?
ゲームだった時は、運のパラメーターを上げることで、
敵の攻撃を回避しやすくなったり、クリティカルが出やすくなったり、
生産系のスキル使用にボーナスが付いたりしていたが……
もしも、このスキルのせいだとしたら……
運を最大である『Lv5』まで上げればどうなるのだろうか?
ひょっとして、何もかもがうまくいく?
いやいや、落ち着け。
今回、本当に運が良かっただけかもしれない。
そんな確証も無いものに、貴重なスキルポイントを使えるわけがない。
それに、仮にそのような幸運が待っているとしても、
うまく行くとは思えない。
創作において、『あり得ないほどの幸運』というのは、ありふれたテーマだ。
この手の話は、その幸運に押しつぶされて、より巨大な不幸になるのが『お約束』だ。
はっきり言って、自分にはそんな幸運を捌ききれる自信はない。
「……ないな、うん」
「おい、どうしたんだよソージ?
あまりの幸運に腰でも抜かしたか?」
どうやら、黙りこくっていたらしい。
あるかどうかも分からない幸運を追いかけても仕方がない。
何事も地道にやって行くのが良いはずだ。
「いや、何でもない。
よし……この小麦粉でうどんを作ろう!」
せっかく鰹節と醤油が手に入ったのだ、今こそ和食を作る時だ。
「ウドンってなんだよ……また、変な物を作る気か!
普通にパンにしようぜ、パン!
固いやつじゃなくて、ふっくらとした柔らかいやつ!」
「スパゲッティが、いいです」
意見は見事にバラバラだが、
まあ、それも良いだろう。
「じゃあ、全部作ろうか。
教会に非難している人達にも振舞おう」
過ぎた幸運は必要ない。
くじ引きが当たる程度の運でも充分だ。
こうして定期市を楽しく過ごすことができたのだから。
幕間2話目。
オートマトンとソージの運スキルについての話。
オートマトンについて、さも重要なように書いていますが、
オートマトンは出てきません。
元々、7章構成で考えていた時に、機械に信仰は必要か?
というテーマで書こうと思ってましたが、
ソージの物語としては特に必要ないので省略することに……
その結果、ソージのプログラマー技能も活かされることはなくなりました。
運スキルについて
現状のソージの運は、確かにいいのですが、
例えば、カードゲームを題材にしたアニメや漫画の
主人公をやれる程度の運はありません。
ただ、この運のスキルはソージ個人ではなく、
世界に対して働きかけるスキルなので、実際強いです。
ただし、ソージはそれを使わないことを選択しましたが。
幕間は次話で終わりの予定です。
次話はソージの現代知識チートを軽くやる予定です。