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59話 定期市1

今回の話からソージの一人称を『自分』から『俺』に変更しています。

以前の投稿分の変更は余裕が出来たときに行いたいと思います。


 アンナと婚姻を結ぶことになったパーティーから3日後、

今日は月に1回の定期市が開かれていた。

普通の市は毎日開かれているが、この定期市では主にラズライト王国以外の物品が取引される。

そのため、アウインには他国から多くの商人が訪れていた。


 アウインの復興はまだ始まったばかりだが、

こうして定期市が開かれる程度には安定してきたようで、何よりだ。



 さて、この月一回開かれる定期市では外国からの物品が取引されているわけだが、

この世界での貿易とはどのように行われているのだろうか?


 一番分かりやすい手段として挙げられるのは馬車だ。

以前、自分も第六開拓村に食料を輸送した際も、馬車を使用した。


 馬車の利点は大量に荷物を運ぶことが出来る点であるが、

欠点としては、この世界ではモンスターが生息しているため、

必ず護衛を雇わなければならないことである。

それに加えて、馬車の速度はおよそ時速10km程度なので、

都市間の輸送ならまだしも、国と国のような長距離の輸送には向いていない。


 では、どのような方法で貿易を行うのかと言えば、

都市と都市を結ぶトランスポーターを使用するのである。


 トランスポーターとは、平たく言うと都市間を結ぶワープ装置であり、

トランスポーターを設置した都市間でしか移動できないという制約はあるものの、

何十キロという距離を一瞬で移動することが出来る。

この装置はゲームだった時にも存在しており、

距離に応じた料金を支払えば、誰でも自由に使用することが出来た。


 そんな便利なトランスポーターであるが、

この世界のトランスポーターはゲーム時代のように自由に使えるわけではない。


 この世界でのトランスポーターは、1度に転送できる人数は最大6名。

そして、行き先の指定やら、料金の支払いやらといった手続きに1回の転送で10分程度の時間がかかる。

つまり、単純計算で1時間に転送できる人数は36名。

1日換算では、864名しか転送できないのだ。


 およそ800名の転送が出来るなら充分ではないかと思うが、

もちろん、これは理論値であり実際に転送できる数はさらに下回る。


 その理想値からのずれる理由は色々あるのだが……

一番大きな理由はトランスポーターの使用に、階級ごとに制限がかけられているためだ。


 何の制限も無く使えるのは王族だけで、彼らは何時でもフリーパスで利用できる。

そして、次に貴族、神官、商人、冒険者を含む平民の順番で優先順位が定められており、

1日の使用時間は上から8時間、6時間、6時間、4時間と決められている。


 この優先順位は、身分の高さがそのまま反映されている。

ちなみに、神官と貴族で貴族の方が優先順位が高いのは、

トランスポーターの管理は国が行っているからということらしい。


 このように面倒臭い制限はあるものの、トランスポーターによって、

中世ヨーロッパ程度の文明レベルでも、世界中から貿易品は入ってくる。


 だが、やはりその数は限定的だ。

トランスポーターでの輸送は手荷物程度しか輸送できないので、

利用できる人間の数が、そのまま輸出入の量になってしまう。


 商人に割り当てられている時間は6時間、人数にすると最大で216人。

確かにちょっと少ないと思う。


 一応、この問題の解決策として、貴族や神官に使用料を払うことで、

彼らの割り当て時間に使用させて貰うという方法もあるそうだが、

これは神官や貴族の御用商人か大きな資本を持つ商人にしか取れない手段だ。


 国としても、この問題は理解はしているが、

だからと言って貴族や神官が一度手にした利権を手放すかと言えば、手放すわけが無い。


 トランスポーター利権……うーん、やっぱり世の中、金らしい。

まあ、その問題に対して色々な議論や妥協がなされた結果、

月に1日、商人が優先してトランスポーターを使用できる日として、

この定期市が開かれるようになったのだ。


 そんなドロドロとした内情は置いておくとして、

この定期市の日は街はちょっとしたお祭り騒ぎだ。

海外からやってくる珍しい品を目当てに、商人だけでなく冒険者や平民達も集まってくる。


 アンデッドスライム撃破の褒美として、国と教会から報奨金を貰ったこともあり、

自分達も何か掘り出し物が見つかるかもしれないと街に繰り出したのだった。



「でも、人多過ぎ……コミケじゃないんだぞ……」


視界を埋め尽くす人の波に対して、思わずそんなため息が出る。


「……コミケ、ですか?」


俺の言葉にリゼットは首を傾げるが、咄嗟に誤魔化す。


「……いや、何でもない。

それより、リゼット、アンナ。

はぐれないように注意しろよ。

あと、スリとボッタクリにも」


「はい」


「へいへい」


 アンナは馴れているのか、適当に返事をするが、

人ごみに馴れていないリゼットは、俺のローブの裾を握る。


 一応、自分も財布の位置を確認する。

ここは日本と違って、優秀な警察組織はないので自衛が基本だ。

仮に財布を盗まれたとしても、警邏の守備隊にはあまり期待できない。


「まあ、貧民街とブラックファングに顔が利くソージから、

スろうとする馬鹿はいないと思うけどなー。

それより、はぐれた場合は無理に合流するより、どこか集合場所を決めてた方がいいよ」


アンナは周りの店を見ながら、そう提案する。


 貧民街の住人とアウインの裏社会を牛耳るブラックファング。

アンデッドスライム戦後、彼らとは付き合いが出来ていた。

どちらも貧しかったり、職業的な理由から一般の教会は使えないため、

南部教会で彼らの面倒を見ていたのだ。


 彼らの事は一旦置いておくとしても、

アンナの言う通り、この人ごみの中では一度はぐれたら見つけるのは難しいだろう。


「じゃあ、はぐれた場合は、慌てず騒がず冒険者ギルドに集合ということで」



 そんな事を話しながら人ごみの中を移動する。

しかし、ここはある意味戦場だ。

視界を埋め尽くす人、人、人。

元々、人付き合いが得意な方ではない俺にとって、この状態は息が詰まる。


 肩がぶつかったり、足を踏まれたり、

自分もそうだし、相手もそう。

お互い様なので文句を言っても始まらないが、

アクセサリー等の装飾品や貴金属品、その他の産物は人垣が出来ていて近寄れないし、

人の流れで強制的に歩かされるから、ゆっくり見て回れない。


 完全に失敗したな……。

息抜きを兼ねたデートのつもりだったのに……


 ここにコミケスタッフ並みの人員統率が出来る人間がいれば良かったのだが、

そんな者がいる訳もなく……

一応、警備のために国の守備隊が見回りをしているのだが、

彼らは犯罪者や不審者に目を光らせるのみで、交通整理はしてくれない。


 最初は『鑑定』のスキルで、掘り出し物を見つけてやるぜと意気込んでいたのだが、

既に家に帰りたくなっている。



「……お、あそこは空いてるな」


 人の波に揉まれながら移動していると、空いている店を見つけた。

人が少ないと言うことは、良いものは扱っていないのだろうが、

一応、どんな物を扱っているのか確認してみよう。


 その店はドワーフの青年が店主をしており、

彼の前には、大小20個程度の石が置かれていた。

一見するとただの石のように見えるが、所々赤や黄色の結晶が露出しており、

光を反射して、キラキラと輝いていた。


「これは……フラグメントの原石、ですか?」


「ええ、そうですよ」


 ドワーフの店主はニコニコと人懐っこい笑みを浮かべ、

どうぞ見ていってくださいと挨拶をする。


 その言葉に頷き、改めて商品であるフラグメントの原石を見る。

ここに並べられているフラグメントは、発掘してきたばかりの原石と言った感じだ。

僅かに露出した結晶の部分は輝いているが、その大部分は石に覆われており、

これでは『ちょっと綺麗な石』としか言いようが無い。

 こんな原石でも研磨すれば街の外灯に使われているフラグメントのように、

綺麗に輝くのだろうか?


「……なぜこの状態で売っているんですか?」


 率直な疑問を口にする。

研磨されていないフラグメントの原石。

この世界において不思議な力を持つ結晶であるフラグメントは、

現実の宝石のように綺麗に磨いてこそ価値が出るはずだ。


 そうであるならば、この状態で売る意味はあるのだろうか?

野菜のようなナマモノと違って、鉱石であるフラグメントには、

取れたてであることに価値はないと思うのだが……


「確かにフラグメントは、磨いてこそ価値が出ます。

しかし、フラグメントには魔力の影響を受け易いという特徴がありまして、

下手な職人が触ると、その魔力がフラグメントに移ってしまうことがあるのです。

単に装飾品として見た場合には問題ありませんが、

属性装備の材料にする場合は、他人の魔力の影響を可能な限り排除したいという方もいるのです」


「なるほど、だから敢えて原石で取引をしているのか」


「はい。原石のままですと他人の魔力の影響を大きく抑える事が出来ます。

まあ、魔力が移ること自体は悪いことではないんですけどね。

長年使い込んだフラグメントは、例え純度が低くても、

新品の高純度品よりも手に馴染むと言われています」


ふむ、ゲームで言えば、アイテムの熟練度ってやつだな。


「あとは、原石で取引している理由としては、『安いから』ですね」


「……安い?」


「はい。原石のままで扱うメリットはあるのですが、

結局の所、フラグメントは磨いて見ないと、使い物になるかは分かりません。

原石のままで価値を見極めるには、何十年という経験が必要です。

僕のような駆け出しの商人にとっては、これぐらいの方が扱いやすいのです」


「ふーむ、フラグメントにも色々あるんだなぁ……」


 確かに、ゲームだった時のフラグメントワールドでも、

『採掘』スキルで掘ったばかりの石は、ただの原石で、効果も分からないし売値も低かった。

その原石が何の原石かを知るためには、『鑑定』のスキルが必要だし、

アイテムとして使える状態にするには、錬金術士アルケミスト鍛冶師ブラックスミスの『精錬』のスキルが必要だった。


なるほど、これが現実になるとこうなるのか。


「ええ、色々あるのですよ。

ところで、どうですお客さん。

1つ運試しをしてみませんか?

どれでも1つ、小金貨1枚です」


そう言って、ドワーフの商人は営業スマイルを浮かべ、手を広げる。


「そうですね。では、ちょっと見せて貰っていいですか?」


原石の1つに手を伸ばそうとした時、アンナが口を開く。


「止めとけよ、ソージ。

どうせ当たりなんて無いんだろ?」


 彼女は疑念の感情を隠そうともせずに、声を上げる

その声に対して、商人は変わらずに笑みを浮かべると、

両手を上げ、首をかしげる。


「さぁ、それは僕には分かりません。

当たりがあるかもしれないし、無いかもしれない。

フラグメントの原石を買うとは、そういうことです」


 冗談めかして微笑む商人の言葉は、

いっそのこと潔いとすら言える。


「商人の癖になんつー言い分だよ。

まるでミレーユみたいな奴だな、このドワーフ」


 そのあんまりな言い分に毒気を抜かれたのか、

アンナは呆れたように口を開ける。


 俺もアンナの言葉に頷く。

何と言うか、ドワーフには頑固者で職人気質というイメージがあったが、

どうやら全部が全部そうではないらしい。


「……結局、買うんですか?」


リゼットの問いに頷く。


「まあ、せっかくのお祭りなんだし、ちょっとぐらいいいだろ」


 せっかくのチートを使う機会だ。

『鑑定』のスキルがあればニセモノを掴まされることもない。

さっそく『鑑定』スキルを使用する。


 広げられた大小のフラグメントの原石は約20個。

その1つ1つを触れて確かめる。

鑑定に時間は掛からないし、特別な動作も必要ない。

ただ触って念じれば良い。


水のフラグメントの原石(低純度)。

風のフラグメントの原石(低純度)。

火のフラグメントの原石(中純度)。



 順番に見ていくが、当たりである『高純度』、『最高純度』は見つからない。

せっかくだからレア度が高い高純度以上を掴みたいところだが……

まあ、レアリティが高いからレアなのであって、中々見つからない。


 アンナの言うように粗悪品を並べているのか、

この商人が言うように元々こんなものなのかは分からないが、

どちらにしろ都合良く当たりは引けないようだ。


 元々、俺のリアルラックは人並み程度しかない。

一応、中純度は見つけたので、結果自体は悪くは無い。

現実的に考えるなら、こんなものなのだろう。

そんなことを思いつつ、鑑定を進めていくと最後の2つから当りを引いた。


風のフラグメントの原石(最高純度)。

光のフラグメントの原石(最高純度)。


見た目は、小指程度の大きさの石ころにしか見えない。

だが、鑑定の結果は間違いなく最高純度だ。


 最高純度が2つも出た……

ゲームだと最高純度を引く確率は、0.1%程度なのに……


「何か良い物が見つかりましたか?」


 一瞬、動きが止まった自分に対して、

ドワーフの商人が不思議そうに問いかける。


「いえ、素人にはやっぱり分からないですね。

まあ、せっかくなのでこの小さい原石を2つ下さい。

ちょっとしたアクセサリーぐらいは作れるでしょう」


 鑑定スキルを疑われるのも面倒なので、

適当に言い訳をするが、目的の2つの原石はしっかりと買い取る。


「はい、毎度あり。

粗悪品だった場合は、勘弁してくださいね」


 そう冗談を言うドワーフの店主からフラグメントの原石と、

太陽と葉っぱの模様が描かれた木の札を2つ貰う。


「……これは?」


「ああ、お客さん。この定期市は初めてですか?

アウイン中央でくじ引きをやっていますので、

この引換札1枚で1回くじを引くことが出来ます」


「はぁ、この木の札がねぇ……」


 木の札に描かれているのは、太陽と木の葉の組み合わせた絵だ。

それほど複雑な形ではないので、やろうと思えば偽造できそうだ。


「一応、言っておきますけど、偽造はしない方が良いですよ。

何でもその絵の中には、魔法陣が隠されているらしく、

ただ真似ただけでは、すぐにバレるようになっているそうです」


「ははは……いやいや、しませんよ」


 まあ、当然対策はしてあるか。

魔法陣が隠されている、か。

これも、内包魔法コンノートマジックの一種なのだろうか?




 ドワーフの商人と別れた後、また人混みと格闘しつつ、店を見て回る。

この人ごみにも慣れてきたため、混んでいる店、空いている店を見極める余裕が出てきた。

混んでいる店は、文字通りの人の壁が出来ているため近づけないため、

空いているところをメインに回っていく。


そうして店を回っていると、突然、怒鳴り声が聞こえてきた。


「なんだこりゃ!

臭え!おい、この店、腐ったものを売ってやがるぜ!」


「ち、違います!

これは味噌と言って、大豆を発酵させたもので……」


 まあ、これだけ人が多いのだ。

喧嘩の1つ2つは珍しいものではない……が、


「味噌だとぉ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、身体が動く。

スルスルと人の波をすり抜け、その店の前に移動する。

そこでは、ワーウルフの男が店主の女性に詰め寄っていた。


「発酵だぁ?

嘘をつくな、腐ってんだろう!

おい、一口なめてしまったんだぞ、もし病気になったらどうしてくれんだ!!」


「そ、そんなこと言われても……」


 ワーウルフの男は尚も食って掛かろうとする。

これは、アレだな。悪質なクレマーだ。

本来はこのような手合いには近づきたくないのだが、

今は緊急事態だ。仕方が無い。


「おい、ワーウルフの兄ちゃん。その辺にしとこうな」


ワーウルフの男の肩を後ろから掴み、店主から無理やり引き離す。


「ああ、なんだてめぇ!

って、ソージさん!!」


「はぁ……お前貧民街の住人だよな……

人に迷惑をかけるのは、良くない」


その顔にはうっすらと見覚えがあった。


「いや、こいつが腐ったものを……」


男は先程とは打って変わって、言い訳を始める。


「いいから、ここは引け。

今ならお互い、ちょっと嫌なことがあったね、で済ますことが出来るから」


肩を掴んだ手に力を込めながら、なだめるように言う。


「わ、分かった。引く、引くから離してくれ!」


ぱっと手を離すと、彼は逃げるように人ごみの中に走っていった。


「やれやれ、面倒臭い……

ああ、すみませんね。

この街の人間が全部アレなのではないのですが……」


 迷惑をかけた店主に対して、頭を下げる。

貧民街の事を考えると頭が痛い。

彼らの境遇には同情するし、お上品に生きろとは言わないが、

せめて人に迷惑をかけずに生きられないものだろうか……


「い、いえ!

こちらこそ、ありがとうございます!」


 頭を下げた自分に対して、女性の店主も、ものすごい勢いで頭を下げる。

その勢いで、彼女の長い黒髪が宙に舞った。


 その髪を見てようやく気付いた。

彼女の髪は、この国ではほとんど見ない黒い髪だ。


 年齢は16歳程度の女性の店主は、黒い髪を後ろで一つにまとめていた。

そして、黄色人種系の肌の色に黒い瞳。

さらに、ここらでは見ない日本人っぽい顔つき、

服装は袴を履いた和服姿。


 このフラグメントワールドのような世界において、

このような格好をした者は1つしかない。


「失礼、あなたは『スイ』の国の出身ですか?」


 スイの国。

大陸の東端の海を超えた先にある群島を支配している国であり、

ゲームのフラグメントワールドでは日本をイメージした国である。


 ただし、フラグメントワールドの開発は外国なので、

あくまで外国人がイメージした日本である。

そのため、日本人から見ると微妙にずれていたりするのだが……

さて、この世界でのスイの国はどうなっているのだろうか?


 気にはなるのだが、アウインからスイの国までは、

トランスポーターを使用しても1回の転送では行くことができず、

何回か乗り継ぐ必要があるため、この世界に来てからは行ったことはない。


「あ、はい。

スイの国の卸問屋、越後屋の手代、シノブと言います。

えっと、あなたもスイの国から来たのですか?」


女性の商人シノブは、俺の髪と瞳を見るとそう訊ねる。


「おっと、これは失礼。

一応、このアウインの南部教会で司教をしているソージです。

スイの国には……一応、行ったことはありますね」


ただし、ゲームの時に、だが。


「司教って、スイの国でいう神主ですよね?

って、すごい偉い人じゃないですかー!!」


俺の言葉にシノブさんは、驚いたように大きな声を出す。


「うーん、神主と司教をイコールで結んでいいのだろうか……

まあ、そんな細かいことはいい。

味噌を売っていると聞いたのだが、見せてもらえないだろうか?」


「あ、はい。

どうぞ、見て行って下さい。味見も出来ますよ」


 シノブさんは味噌が入った植木鉢程度の小さな樽を取り出す。

その樽の中には、今となっては懐かしい味噌が入っていた。


「うむ、味噌だな」


 紛うことなき味噌である。

本当に懐かしい。


「なんだその……橙色の物体は?」


「味噌だ」


後ろから覗き込むアンナに、味噌の入った樽を見せる。


「ふーん、ミソねぇ……って臭い!これ、すごい臭いよ!」


樽に顔を近づけたアンナは、叫び声を上げる。


「そんな大袈裟な……そりゃミソは独特な臭いがするけど……

そんなに臭いか?

リゼットはどうだ?」


樽をリゼットの方に向けたが、既にリゼットは無言で鼻を摘んで後退していた。


「……臭い、です」


「えぇー……悪いなシノブさん。

どうもこの国の人間には味噌は駄目らしい」


 リゼットとアンナは露骨に俺から距離を取る。

もしかしたら、さっきのワーウルフの若者も、

嫌がらせではなく、マジでクレームを入れていただけなのかもしれない。


「うう……そのようです……

どうしよう……このままじゃ国に帰れない……」


自分の言葉に、シノブさんはこの世の終わりのような絶望的な声を出す。


「帰れない?」


「はい、大旦那様には商品が全部売れるまで帰ってくるなと言われてまして……

それが出来なければ、一人前の商人にはなれないと」


「おおう、何という無茶ぶり……

でも、おそらく、その大旦那さんは分かった上で言ってるんだろうな」


 大旦那とは、つまり社長さんみたいなもんだろう。

そんな人間がこの国で味噌が売れないことを知らなかったとは考えられない。


 だから、これはシノブさんに対する課題なのだろう。

客が興味の無い物を、如何にして買おうと思わせるか。

俺がまだプログラマーやってた時、

営業部門の同期は就職活動でこのような質問を受けたと言っていた。

世界が違っても商いをするには必要な技能なのだろう。


「はい、私もそうだと思うんですけど……

でも、これはあんまりです……無茶過ぎます……

司教様、神の力でどうにかなりませんか?」


困った時の神頼み、ただし神はそんな都合の良いものではない。


「残念だけど、どうにもならないなぁ。

ちなみに、味噌以外には何を売ってるんだ?」


「えっと、米1俵に、醤油と焼酎がそれぞれ5枡で、あと昆布とかつお節が10本ずつです」


「よし、買おう、全部!」


 日本の心がここにあった。

しかし、よくこれだけの量を持ってこれたな。

トランスポーターは手荷物しか持って来れないので、

これを全部担いで来たと言うことだ。

この世界の商人は体力がないとやっていけないようだ。


「え、よ、よろしいのですか?

あ、あのさっきはああ言いましたけど、無理はしなくてもいいんですよ?」


 シノブさんは一瞬、嬉しそうに喜んだが、

すぐに申し訳なさそうに口を開く。


「ああ、大丈夫。

こう見えて俺はお金持ちだからな。

それにシノブさんに同情したから買うわけじゃない。

需要と供給、つまり商売の結果だ。

こっちに来てから3ヶ月ぐらい経つけど、スイの国の産物は見なかったからな。

この機会を逃すと、次はいつ手に入るか分からない。

だから買っておくことにした、それだけだよ」


「うう……ありがとうございます。

これで国に帰れます……」


目に涙を浮かべ、シノブさんは感謝の言葉を述べる。


「おう、良かったな。

ああ、そうだ。もし君がまたスイの国の産物を持ってきてくれたら俺は買うよ。

なので、またアウインに来てほしい」


「はい、必ずまた来ます!

ありがとうございます!

あ、あとこれ、引換札です!」


 シノブさんから商品と引き換え札を10枚もらうと、

彼女は軽くなった荷物をまとめて去って行った。



スイの国の商人シノブさんが去っていくのを見送ると、アンナが口を開く。

 

「……まあ、ソージが買いたいものを買うのはいいんだけどよ」


「うん?」


「これ、どーすんだ?」


アンナの視線の先には、買い取った米俵や味噌や醤油が入った樽が置かれていた。


 幸い今の俺の身体は米俵の1俵や2俵ぐらい軽く持てる。

そもそも女性の商人であるシノブさんが持てたのだから、

持てないはずはないのだが……


問題はここが歩くだけでも精一杯な、人混みの中だと言うことだ。


「……どうしよう」


うん、勢いで買い物はするべきじゃないね。


今回はあと2話の幕間を挟んだ後に、3章に入る予定です。

幕間の残りの話は、定期市の続きに1話、定期市の後、現代知識チートをする話を1話する予定です。

出来れば、今年中に3章まで行きたいのですが、

ちょっと1月ぐらいまで公私共に忙しいので、しばらくは不定期更新になります。

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