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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第2章 聖者の条件
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55話 裏切り者は誰だ2

血で真っ赤に染まった研究室。

異端審問官達は邪教徒の証拠を集めるべく、部屋の物を黙々と箱に詰め込んでいく。


 彼らの手伝いをするべきかとも思ったが、自分達は部外者だ。

それにこの部屋から出たいと言うのも、正直な感想であったため、

エリックの言葉に従うことにする。


「分かりました。それでは、後は頼みます」


現場で作業を続ける異端審問官たちに一礼すると、エリックと共に自分達は地上に出た。




「ぷはー、やっぱり外はいいねぇ!

空気がうまい!」


アンナは屋敷から出るなり、大きく深呼吸をする。


「ああ……本当にな」


 自分もそれに習い、深呼吸をする。

血と臓器と死体の腐っ、た糞のような空気とはまるで違う。

普段ならば肌寒いくらいの夜風も、今は心地がよい。


「教会まで送ります、どうぞこちらへ」


エリックはそう言うと、自分達を先導するように歩き出す。


 自分とリゼットは、拠点をミレーユさんの家から南部教会の宿舎に移していた。

南部教会の聖堂はアンデッドスライムにより破壊されてしまったが、

その隣に建っていた神官用の宿舎は奇跡的に無事だった。


 現在、南部教会ではアンデッドスライムによって、住む家をなくした人達のために、

教会の敷地を貸し出し、食料の配給などの支援も行っている。


 一応、被害者達の監督役をギンさんにお願いしているが、

暴動が起こった場合に、アンナ1人だと色々危険なので、

自分達も教会で寝起きすることにしたのだ。


 元々、今回被害を受けた南部地区は、経済的に貧しい者が多く、治安が悪い。

家を失ったことはかわいそうだと思うし、困っていれば助けるが、

だからと言って、自分は彼らの事を信用していない。


 弱者故に、追い詰められているが故に、愚かな選択をする可能性はある。

表の態度には出さないようにしているが、裏ではそう思っている。



 そんなことを考えながら、エリックの後について歩いていると、

教会が所有している馬車に辿り着く。


 馬車の前には、屈強な神官達が待機しており、その中心にはリゼットがいた。

なぜこの場にリゼットが居るのかといえば、

先ほど考えた通り、自分は被害者達を信用していないためだ。


 当然、リゼットを教会に1人で残すようなことはしない。

しかし、彼女は神官ではないので、今回の調査には同行できない。

そこで、神官達にリゼットの護衛を頼み、この馬車の中で待っていて貰ったのだ。


「お疲れ様でした……ソージさん。

ハーブティーです。……皆さんも、どうぞ」


「おう、ありがとう。

頂くよ」


 リゼットから、木でできたコップを受け取る。

中に入っているのは、リゼットが調合した彼女オリジナルのハーブティーだ。

彼女は山で育ったため、薬草について知識を持っている。

このハーブティーは、その応用である。


 コップの中の液体は、緑色。

ぱっと見ただけだと、生臭そうな印象がある。

しかし、実際に臭いをかぐと、ハーブの爽やかな香りが心を落ち着かせてくれる。


アンナとエリックもリゼットから、コップを受け取り中身を飲み干す。


「リゼット様、ありがとうございます」


 エリックはリゼットに対して礼を述べると、

自分とアンナに頭を下げる。


「本日もありがとうございました。

では、皆様馬車の中へどうぞ。

南部教会にお送りします」



 その後、馬車で南部教会まで送って貰った。

馬車から降りた後、アンナとリゼットには先に宿舎に入ってもらった。

ここにいるのは、自分とエリックだけだ。


「……さて、私に何か用件でも?」


エリックは怪訝な顔で、自分に問いかける。


「異端審問官は、これからどうするつもりなんだ?」


「……どう、とは?」


「貴族、商人、平民とアンデッドがいた以上、神官にも裏切り者はいるぞ。

……六重聖域は完全じゃない。

光属性を無効化するアイテムを装備していれば効かないし、

邪教徒に加担しているだけの生きた人間には、そもそも効果がない」


 これがエリックと内密に話をした理由だ。

はっきり言って、自分は教会内にも裏切り者がいると思っている。

しかし、この考え方は教会内に敵を作る可能性もある。

だから、自分だけで話をしようと思ったのだ。


「ふむ……あなたは同胞を疑うのですか?」


「ああ、そうだ。

邪教に惑わされる神官なんていなかったんだね。良かった、良かった。

……なんて、思えるほど楽観的じゃない。

そもそも神官が絶対に正しいなら、異端審問官なんて役職はいらないだろ?」


 異端審問官でもない部外者がこんなことを言うのは、失礼だとは思ったが、

やはり気になった以上は言わねばならない。


 また彼を怒らせてしまったかと思ったが、

彼はため息をつくと、愚痴を吐くように話し出す。


「……ええ、まったくその通りでして、我々もそう考えています。

今回の事件を受けて、異端審問官は教会に所属する神官も洗っています。

しかし……人手不足で手が足りず……非常にもどかしい状態です」


 やれやれとエリックは頭をかく。

異端審問官としての彼が愚痴を吐くのは珍しい。

それだけ、彼もまいっていると言うことなのだろう。


 今回の事件の影響は教会だけでなく、この街全体に波及する。

異端審問官の正確な数は把握していないが、

教会全体から言えば少数だと言うのは、何となく分かる。

そんな教会の中でも小さな部署が対応に当たれば、

作業量が飽和するのは当然だ。


「だったら、表側の人間にも協力してもらえば良い。

今回は大貴族までもが、邪教に加担していたと言う大義名分があるんだ。

今までのように闇やら闇にではなく、堂々とやれば良いだろ」


「ふむ、しかしどうやって邪教徒を見つけますか?

邪教徒は、巧妙に姿を隠しています。

このアウインにいる神官は1000人程度。

その中から彼らを見分けるのは非常に困難です」


「まぁ……確かに。

だが、邪教徒を見分けるのは難しいが、アンデッドならば、やり様がある。

もし教会内にアンデッドが紛れ込んでいるのなら、

光属性を無効化するアイテムや魔法を使用しているはずだ。

だから、教会の人間を集めて、全裸になってもらえば良いだろう。

それでダメージを受けるなら、そいつはアンデッドだ。

不安なら、さらに聖水をかけてやれば良い」


 言ってみれば、元の世界の健康診断や病気の予防接種のようなものだ。

この世界の教会だって出きるだろう。


「しかし、それではアンデッドではない、

邪教徒に協力しているだけの人間は見つけることができません。

彼らはどうします?」


「そこは手が足りないんだから、仕方がない。

今まで通り、地道に見つけるしかないだろうな。

……でも、抑止力にはなるだろう?

教会は本気で内部の異端者を刈る気だと見せ付けることで、

彼らが大人しくなれば良いし、もしかしたら墓穴を掘るマヌケが出るかもしれない」


 この辺りが現実的に取れる手段だろう。

実現不可能な理想論よりも、実現可能な妥協案だ。


「なるほど……確かにそれは良い案ですね。

ソージ様、あなたは異端審問官に向いていると思いますよ」


エリックは冗談とも本気とも取れない、微妙な含みを持たせて言う。


「……笑えない『冗談』は止めてくれ。

外部協力者としてなら、出来る限りは協力するが、

異端審問官をやるつもりはない」


 自分の事だけでもいっぱいいっぱいなのに、

これ以上の面倒は勘弁して欲しい。


「……それは残念です。

まあ、『冗談』はこれぐらいにしておきましょう。

それでは私は失礼します。」


今度は冗談と分かるように、おどけて答えると、

エリックは馬車に乗り込む。


「ああ、エリックも無理はするなよ」


彼を見送ると、自分も宿舎に戻った。




 エリックを見送った後、

教会内の井戸で、鎧やナイフについた血を洗って、

宿舎の自分とリゼットに割り当てられた部屋に移動する。


 その部屋は宿舎2階の角部屋……

以前、自分用に掃除を行っていた部屋である。


 部屋に戻ると、リゼットは寝巻きに着替えて待っていたが、

ベッドの横に座っている彼女は既に眠そうだ。

と言うよりも、半分寝ている。


 まあ、無理も無い。

この世界の住人は基本的に、早寝早起きだし、

リゼットも昨日は家を失った貧民街の住人達のために、

テントの設営や、食事の準備などの手伝いをしていた。


 自分も含め、みんな疲れているのだ。

本当なら自分も寝たいが、自分にはやることがある。


「……ソージさんは……寝ないんですか?」


「ああ、今日の報告書をまとめないといけないからな」


 そう言うと、部屋に備え付けられている机に向かい、

紙とペンを取り出す。


「……昨日も……そう言って……寝てないんじゃないですか?」


 じっと、リゼットはこちらを心配したような目で見つめる。

その心配はありがたいことだが……


「……でも、やるべきことはやらないと。

すぐに終わらせて、自分も寝るよ」


「……私も起きてます」


「寝てていいぞ。明日も早いだろう?」


「それは……ソージさんも、同じです」


「……分かった。

なるべく速く終わらせる」


こくりと、リゼットは頷くと、そのままこちらを見続ける。


……正直、やりにくい。


 リゼットの視線を横に受けつつ、作業を開始する。

作業内容は、今日の調査のまとめだが、これが中々大変だ。

何が大変かと言えば、この世界にはパソコンがない。

そのため書類は手書きだ。


はぁ……面倒だ。


 ペンもボールペンのような便利なものじゃなく、万年筆である。

万年筆は扱いなれてないので書き難いし、

間違えたらやり直しだ。


 昔の人はこんな面倒なことをやっていたのか、

改めて現代の便利さを思い知らされる。


「……」


ちらりと、横を見る。


「……」


リゼットはベッドに腰掛け、じぃーと自分の事を見ていた。


「……」


作業に戻り、また、しばらくしてリゼットの方を見る。


「……」


 彼女の目は半分閉じており、うとうととしている。

どうやら自分が見ていることにも、気付いてなさそうだ。


「……」


また作業に戻り、しばらくしてから彼女の方を見る。


「……すぅ……すぅ……」


「……ようやく、寝たか」


 自分の横で作業を見守っていたリゼットは、1時間後に無事に寝落ちした。

彼女は座ったままの体勢で、静かに寝息を立てる。

起さないように、静かにリゼットに近づく。


「よっと」


 彼女は一度寝ると中々起きないのだが、

一応、慎重に身体を抱きかかえるとベッドに寝かせる。


「ん……」


 ベッドの上の彼女は、無防備に身体を横たえる。

胸は寝息に合わせて上下し、その寝息を吐く唇も艶かしく動く。


「ふーむ、よく寝てる」


このまま胸をもんだり、口に指を突っ込んだりしても、起きなさそうである。



「……作業に戻るか」


 まあ、そういうことをリゼットが寝てる間にやるのは良くないし、

体力も温存しておかなければならない。

邪な思いを振り払い、リゼットの身体に毛布をかけると、

作業を再開する。


 実は、自分はアンデッドスライムと戦ってから2日間寝ていない。

その理由は、昼間は被害者の救助や支援活動、シモン達との打ち合わせ等を行い、

夜はエリックの手伝いをしたり、こうして報告書をまとめているから。

このため、単純に寝る暇がないのだ。


 しかし、自分に眠気は無い。

その理由は、『目覚めの首飾り』と言う、

バッドステータス『睡眠』を防ぐアイテムを装備しているからだ。

この効果によって、眠気はまったく感じない。


 とは言っても、これで寝なくても大丈夫と言うわけではなく、

ただ単に眠くならないだけである。

何となく頭の回転も身体の切れも悪い気がする。

やはり、身体は睡眠を必要としているようだ。



 実際、ただ徹夜するのは作業効率が悪くなるだけで意味が無い。

それなら、3時間でも寝た方が最終的なパフォーマンスは高くなる。


 ではなぜ、無理をして徹夜をしているのかと言えば、

今は全体的なパフォーマンスよりも時間が惜しいからだ。


 現実世界にいたときも仕事で徹夜の作業を強いられるのは、

納期と言う制限時間が区切られているからで、

そこに間に合わせるために非効率を承知で行っていた。


 今回の事件においても、それは同じであり、

3日という時間制限があったのだ。


 この3日と言うのは何かと言うと、人間が災害などの被害を受けた場合の生存率……

いわゆる『72時間の壁』というものである。

これは、人間が飲まず食わずで生きていられるのが、だいたい3日程度であり、

3日を過ぎると生存率は20%程度まで落ちると言う。


 自分自身は、ただのプログラマーだったが、

日本は自然災害に何度も襲われているから、ある程度の知識はあるのだ。


 それ以外にも、この街に邪教徒がいた場合、

3日もあれば証拠を隠滅したり、逃げ出したりもできるだろう。

それらを考えた結果、この3日は無理をしてでも活動を行うと決めたのだ。


 きついが、ここが無理のしどころだ。

実際に、昨日と一昨日は破壊された家々を回り、

家の下敷きになっている人を探し回った。

その結果として、11人の人間を救助できたのだから、

こうして無理をしていることは、無駄ではない。


 幸いにも昨日の段階で、全ての行方不明者は発見できた。

このため、今日は救助活動をしなくても良い。


 しかし、まだやるべきことはある。

今日の予定としては、瓦礫の撤去の下準備だ。

破壊された家を建て直すにしても、まずは瓦礫を片付けないといけない。

しかし、この世界には重機なんてないし、そもそも貧民街は道が狭く入り組んでいるので、

大人数を投入することも難しい。


 そのため、今日の内に大きな瓦礫だけは砕いてしまって、

手で持ち運べる大きさにしておかなければならない。

今日中にそこまでやっておけば、後は貧民街の住人達が勝手に何とかするだろう。


「貧民街の瓦礫の撤去が終わったら、聖堂もやっておきたいが……

これは後回しかなぁ……」


 貧民街の住宅同様、聖堂も破壊されてしまった。

しかし、聖堂の方は壊れたことで何が困るかといえば、

教会として格好が付かない程度の問題なので、

これは後回しで良いだろう。


「あ……れ……?

私……寝てた……」


「おっと、もう朝か……

おはよう、リゼット」


書き上げた書類をきれいに纏めつつ、リゼットに挨拶する。


 時刻は午前5時。

日の出前で、まだ外は暗いが、

この世界の住人は朝が早い。


「おはよう……ございましゅ……

むぅ……ソージさん……寝てない……」


 リゼットは、寝起きのぼんやりとした顔のまま、

非難するように自分に言う。


「ああ……大丈夫だよ。

今日は、適当なところで仮眠を取る予定だから」


 そうは言ったものの、今日も無理そうだけどなぁ……

でも、今日までは頑張ろう。


「さて、それじゃ顔を洗って……

炊き出しの準備だな」


 寝起きで寝ぼけたリゼットの身体を支えつつ、部屋を出る。

さて、今日も一日頑張ろう。



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