54話 裏切り者は誰だ1
アンデッドスライムとの戦いから2日が過ぎた。
出現したスライムは、教会と冒険者ギルドの協力によって、
無事に打ち倒すことができたが、街は未だに落ち着きを取り戻してはいなかった。
それは無理もないことだろう。
安全であるはずの街の中に体長50メートルを超える巨大なスライムの出現。
この事実は、この街に住む人々に多くの衝撃を与えることになった。
神官、冒険者、王族、貴族、商人、平民……
誰もが今回の事件についての対応に追われていた。
今回の事件の被害は、貧民街の住人に死者34名。
貧民街の住宅が全壊16棟。
そして、南部教会の聖堂が全壊した。
幸いにも戦闘に参加した冒険者と聖騎士団に死者は出なかったが、
それでも34名の死者が出てしまった。
今回の被害について、シモンやミレーユさんからは、
被害を最小限に抑えてくれたと、お褒めの言葉を頂いたが……
それでも34名もの人間が死んでしまった。
単純に数字で見れば、被害が少ないというのは自分にも分かる。
しかし、実際に彼らの葬儀や復興の支援を行う立場にある自分には、
簡単に割り切れるものではない。
南部教会では今回の事件に対して、家を失ったり、身寄りをなくしてしまった子供のために、
教会の敷地内に仮設の住居を作り、彼らに貸し出し、食事も提供している。
住居と言っても、第六開拓村のような大型のテントがあるだけなのだが、
それでも無いよりは、ずっとマシな筈だ。
しかし、彼らがこれからどうするのか、
そして、自分達はいつまで彼らの支援をするのかは未定だ。
先の見通しは、まるで立っていなかった。
今回の事件の責任の幾らかは自分にあると思ってるし、
同時に彼らを助けたいとも思う。
しかし、だからと言って、これからずっと支援を続けることは現実的に無理だ。
自分にとっての責任は、アンデッドスライムを倒すところまで。
それ以上は自分が責任を負える限度を超えているし、
正直言って、負いたくない。
自分はなるべく良く生きようと心がけているが、
結局、この辺りが自分の限界なのだ。
自分は聖人ではない。
見ず知らずの人間に割くことが出来る優しさは、この程度なのだ。
……まったく、自分の器の小ささが嫌になる。
だが、感傷に浸ってばかりもいられない。
なぜなら、自分たちがアンデッドスライムと死闘を繰り広げていた同時刻、
この街では別の事件が進行していたからだ。
その事件に当たっていたのは、聖騎士団の編成の為に中央教会に戻ったシモンだった。
彼から後に知らされた事件の内容は、ある意味でアンデッドスライム以上の衝撃をこの街に引き起こした。
その事件の内容とは、アンデッドスライムが出現した瞬間。
平民、商人、貴族……
身分も性別も、年齢も関係なく22名の人間が、
突如として苦しみだし、程なくして灰になった。
アンデッドスライムによる何らかの攻撃?
……違う。
あのモンスターには、そんなスキルも魔法も無い。
では、アンデッドスライムではなく、
その前に起動した六重聖域による影響か?
……それも違う。
六重聖域は正常に動作していた。
聖域とは、アンデッドを寄せ付けない神聖な結界である。
普通の人間には、何の効果も無い。
であるならば、原因は1つしかない。
この街の中で、アンデッドが普通に生活していたということなのだ。
現在 時刻午前0時。
アウイン北部 大貴族『ゴーン』家の私有地。
北部地区は主に王族や貴族の屋敷が建てられている区画であり、
今、自分たちがいるこのゴーン家も北部地区にある。
ゴーン家は、アウイン内でも五指に入る大貴族であり、
その始まりはアウイン開拓期にまで遡る。
アウイン内には知らぬ者はいない、歴史も力も有る貴族だ。
夜の闇の中、ゴーン家の敷地を見渡す。
敷地内には、小さな林と言っても良いぐらいに木々が生茂っており、
緑があふれている。
そして、木が植えられている中央には小さな屋敷がある。
その屋敷は2階建ての洋館であり、外壁は真っ白に塗られている。
事前に入手した見取り図によると、部屋数は各階に10部屋ずつ。
ゴーン家の者が言うには、この屋敷は来客用の宿泊所だと言う。
ただし、実際にこの屋敷がそういう目的で使われたことはない。
確かに、今現在も屋敷の窓には光がなく、人の気配もない。
まるで、重く沈黙しているかのようだ。
「ソージ様、準備は宜しいですか?」
「ああ、いつでも大丈夫だ」
自分に声をかけたのはエリック。
改めて周囲を見渡す。
この場にいるのは、自分とアンナ、エリック。
そして、黒いローブと白い面を被った異端審問官30名がこの場に来ていた。
本来、貴族の私有地は、特権を有する神官であっても簡単には入れない。
もしも無断で進入すれば、即刻、お縄に付く事になる。
貴族が教会の所有する敷地内に自由に出入り出来ないように、
神官も貴族の敷地内には自由に入れないのだ。
そんな貴族の私有地に自分達は完全武装をして立っている。
まさに言語道断、神官であっても即座に首が物理的に飛んでもおかしくない状況。
だが、自分達は正当なる権利の元、ここに集まっている。
なぜなら、ゴーン家の当主である『ジェローム・ゴーン』は、
あの日、灰になって死んだ。
つまり、歴史有る大貴族の中にまで裏切り者がいたのだ。
今回の目的は、ジェローム・ゴーンと邪教徒の繋がりを示す証拠を探すことだ。
自分は、エリックに頼んで今回の調査に同行させてもらった。
ちなみに、アンナは自分が無理やり連れてきた。
なぜなら、自分も彼女も、今回の事件を最後まで見届ける責任があると思ったからだ。
本来は、異端審問官でもない自分達は機密のため、断られるところだろうが、
今回の事件に深く関っていること、そして高レベルの聖騎士と神官と言うことで、
特別に許可が下りたのだった。
その代わりとして、今回はエリックの命令は絶対服従という条件が付いている。
「では、手筈通りに行きます。
ソージ様は、私と共に突入、アンナ様には援護をお願いします」
自分とアンナは頷き、武器を構える。
後ろにいた異端審問官たちは、20名がここに残り、残りの10名が屋敷を包囲するように移動する。
それぞれの配置がすんだところで、エリックが号令を出す。
「突撃!!」
「おお!!」
屋敷の扉を蹴破り、屋内に侵入する。
屋敷の中は外で見た通り暗い。
自分は、リゼットとは違い夜目は利かない。
明かりが必要だ。
「明かりをつけるよ。3、2、1……
―光よ、道を照らせ―ライト!」
アンナのカウントに合わせて、魔法の光が灯る瞬間に目を瞑り、光源から視界を逸らす。
そうすることで、視力が麻痺するのを防ぐのだ。
「さて……」
魔法の光で照らされた室内には、誰もいなかった。
「……人の気配も、やはり無いな」
剣を握り意識を集中するが、人の気配も無い。
「そのようですね。
しかし、どんな罠があるか分かりません。
探索は慎重にお願いします」
今回の探索の目的は、大貴族ジェロームと邪教徒との繋がりを示す証拠を見つけること。
六重聖域の効果によって、彼を含むアンデッド達は消滅してしまった。
それ自体は良いことなのだが、彼らは邪教徒の情報を、文字通り墓まで持っていってしまった。
まさに、死人に口無しであり、自分達は遺留品からその証拠を見つけるしかないのだ。
「で、探索をしたが……何もなし」
探索を開始して、2時間が経過。
この屋敷はそれほど大きな建物じゃないし、屋敷内の間取り図も事前に入手済み。
であるにも関らず、書斎や客間など目ぼしい所は探索したが、これと言って成果は無かった。
この結果に対して、異端審問官の調査が間違っていた可能性を疑いたくなってくるが、
既に彼らは、ゴーン家の本邸や、彼の所有する物件の調査は終わっているそうだ。
そして残る可能性が、この屋敷ということらしい。
まあ、異端審問官のこれまでの調査を疑っても仕方がない。
彼らの調査を信じて、この屋敷内に証拠があると仮定する。
もし自分が邪教徒だったら、どこに研究施設や資料を隠すだろうか?
「まぁ……地下でやるよな。
もしくは、隠し部屋とかか?」
「いえ、この屋敷内の間取り図からは、隠し部屋を作る空間はありません。
実際に、我々も探索したので間違いは無いでしょう。
あるとしたら、地下室でしょうが……間取り図には地下室の情報は書かれていません」
自分の考えに対して、エリックが屋敷の間取り図を確認しながら返答する。
「当然、地下室については隠してあるよなぁ……」
先ほどまで探索をしていたが、自分も地下への扉は見なかった。。
漫画やゲームだと、タルや本棚を動かしたら、その下に入り口があったりするんだけどなぁ……
「とは言っても、一度見つからなかった物を、また探すのも面倒……
……もう面倒臭いので、床を壊しましょう」
「床を……」
「壊す……?」
自分の言葉に対して、アンナとエリックは訝しげに答える。
「そうです。
道がないなら、道を作りましょう」
「ソージはやることが、めちゃくちゃだな。
っていうか、アタシの部屋の扉も壊したよな。
あの時は、マジで犯されるかと思ったよ」
アンナが、じとっとした目で自分の事を見る。
「……あれは、すまなかったと思っている」
あの時は、色々と感情的になっていたとは言え、
今にして思うと、完全に犯罪者だな。
でも、あれは仕方がないし、アンナも悪い。
「はぁ……まあいいけどよ。
ソージの意見には賛成だ、アタシの魔法で床をぶち壊してやるよ!」
アンナは手に持った槍で、ガンガンと床を叩く。
「確かに、時間は有限です。その方法で行きましょう。
ただし、ぶち壊すのは止めてください。
下に証拠の品があるかもしれませんので、慎重に、丁寧に、壊してください」
アンナの発言に対して、エリックから注文が入る。
「丁寧に壊す、ね……
アタシ的には、シャイニングブラストで一気にぶち抜きたいけど、
まあ、仕方が無い。シャイニングエッジで削るか」
アンナは部屋の中央に移動すると、精神を集中する。
床が崩落した場合に備えてアンナの体にロープを巻きつけ、
自分たちは後ろに下がる。
「――光よ、我が剣に宿れ――シャイニング・エッジ!」
魔法の光がアンナの槍を包み込み、その光がガリガリと床を削っていく。
しかし、槍の先端をそのまま拡張したように広がる光では、
うまく穴が掘れないらしい。
床の表面を削ることは出来ても、奥深くまで刃が通らない。
「……なぁ、アンナ」
「ん?」
「光の切っ先をドリル状……
いや、アンデッドスライムの触手のようにして回転させることは出来るか?
その方が簡単に穴が開くはずだ」
「ああ、あれね。
やってみる」
この世界にはドリルはないため、どう説明するか一瞬迷ったが、
ちょうどアンデッドスライムの触手がドリルと同じ形状だったので、
アンナにも伝わったようだ。
「お、お、おお?
本当だ、槍が吸い込まれるように床が削れていく……
よし、手応えあり!」
ボゴ、という破壊音とともに、槍が床を突き抜ける。
槍を引き抜くと、その下には確かに空間があった。
「やはり、あったか。
アンナは、人が通れる程度に穴を広げてくれ。
エリック、梯子はあるか?」
「いえ、残念ながらありません」
「じゃあ、ロープで簡単な梯子を作るか。
手伝ってくれ」
アンナが掘った穴に即席の縄梯子を設置して、地下に降りる。
地上には、4名の見張りを残し、残りは全員地下に降りた。
「この臭い……」
「総員、警戒せよ」
「おい、ソージ!
あ、あれ!」
魔法の光が部屋の中を照らす。
自分達が降りた場所は、牢屋だった。
部屋の中にある6つの檻の中には、腐乱した遺体や白骨化した遺体と共に、
白い灰が積もっている。
あの灰はアンデッドが死んだときに残るものである。
つまり、少なくともこの牢屋内にはアンデッドがいたのだ。
「ジェローム様?」
その時、牢屋の出口から1人の女性が降りてきた。
その女性は、年齢は20歳ぐらい。
彼女の肌は幽霊のように青白く、目が赤い。
だが、アンデッドと言う感じはしない。
おそらく、アルビノというやつだろうか?
だが、そんな考察はどうでもよい。
あの女はメイド服を身に纏っているが、
そのエプロンには血がべっとりと付いてる。
また、手には血の滴る大型のナイフを持っていた。
「残念ですが、違います。
私は南部教会所属の聖騎士ソージという者です。
……お前は何だ? なぜここにいる?」
「ひぃ、な、なんで、ここに聖騎士が!
ええい、ここがジェローム様のお屋敷だと知っての狼藉か!
神官と言えども、ただではすみませんよ!」
自分の質問に対して、メイドは一瞬驚いたように後退するが、
すぐに気を取り直し反論する。
「ただじゃすまないのは、お前だよ。邪教徒!」
一気に懐に潜り込み、ナイフでメイドの右肩を突き刺す。
自分が装備しているナイフは、『フェザーカッター』。
風属性で、付与された能力は素早さのステータス上昇。
狭い空間では、聖剣よりも小回りが利く。
「何を、ぎゃぁああ!!!」
メイドは悲鳴を上げると、その手からナイフを落とす。
「だまれ!」
「んぐ!!」
ナイフを落としたことを確認すると、空いている左腕でメイドの口を塞ぐ。
これで魔法は使えない。
「ふん!」
「がぁ!」
メイドの腹に膝蹴りを叩き込むと、彼女は身体をくの字に曲げて体勢を崩す。
その隙に、メイドの背後に回りこみ、そのまま自分の身体ごと押し倒す。
鎧を装備した成人男性の体重は、ただでさえ重いが、
自分はさらに色々とアイテムを持ち込んでいるので、その重さは軽く100キロを超える。
自分の身体を支えきれず、倒れたメイドに対して、
身体を押さえつけると、口を無理やり開けさせロープを噛ませる。
ロープを猿轡の代わりにして、声を封じると、
同様に身体もロープで縛り、動きを封じる。
メイドは逃げようともがくが、力は一般的な女性程度しかないらしく、
何の効果もない。
縄が解けないことを確認して、立ち上がる。
「ま、こんなものか……」
アンデッドやモンスターではなく、生きた人間を挿したのは初めてだったが、
特に罪悪感は無かった。
さすがに何の罪もない人間に対しては無理だが、
敵と認識すれば、もう女子供は関係ないな。
今回は殺さなかったが、仮に殺したとしても何も感じないだろう。
この世界で生きていくためとは言え、随分遠くまで来てしまったものだ。
「んぐ、んんー」
「何を言っているかは知らんが、今は殺さない。
エリック、この女を任せてもいいか?」
「ええ、お任せください。
おい、この女を運べ、丁重にな!」
異端審問官の2人が女を無理やり立たせると、そのまま地上に連れて行く。
「おい、ソージ。
その女より、このナイフやばい。
ナイフがモンスター化しかかってる……いったい何人の血を吸ったんだよ!」
アンナが指差す方向には、先ほど女が持っていたナイフが落ちている。
確かに、あのナイフからは良くない気配のようなものを感じる。
アンナは鞄から聖水を取り出して、ナイフにかける。
その瞬間、ナイフから黒い靄が噴出し、その刃は真っ二つに折れた。
その光景は、ソウルイーターの最後を思い出させる。
「……浄化は成功か。
アンナ、そのナイフも手がかりになるかもしれない。
回収しておいてくれ」
「えぇ……刃に血がこびり付いてる……
気持ち悪るぅ……」
アンナは情けない声を上げる。
「お前な、虫を見て怯える女じゃないんだから……それぐらい我慢しろよ」
「え……あれ……?
アタシ、女なんだけど……」
「……? そう言えば、そうだな」
「そう言えば、じゃねーよ!
今、素で考えただろ!」
「ソージ様、アンナ様その辺にしておいてください。
ナイフは我々が回収しておきます。
先を急ぎましょう」
エリックに促され、地下の探索を再開する。
地下に充満する血と腐乱臭。
その元をたどると、目的の物はすぐに見つかった。
「ヒィ!」
「……くそ、最悪だな」
「ええ、何と冒涜的な……」
地下牢を出た先にあった通路の奥、
そこにあった部屋からは、むせ返る様な血の臭いと腐乱臭が発生していた。
その部屋は研究室だった。
室内の中央にある作業台には、貼り付けにされた死体が固定されており、
開かれた腹からは血と内臓が零れている。
同様に、天井からは3本の鎖が垂れ下がっており、その先端に取り付けられたフックに、
人の死体が吊り下げられていた。
また、ビンに詰められた臓器が壁に並んでおり、
本棚には、黄色く変色した魔道書がぎっしりと詰め込まれていた。
下に目を移すと、血で真っ赤に染まった床には、
何の効果があるのかは分からないが、魔法陣が描かれている。
この世界に来て、人の死体は見慣れてきたと思っていたが、まだまだ甘かった。
一瞬、その余りにも残虐な光景に動きを止めてしまった。
もしこれが邪教徒との戦いだったら、自分は死んでいる。
「ソージ様、アンナ様、後は我々の仕事です。
一足先に地上に出ましょう」
そんな自分の様子を見て、エリックが地上への帰還を提案する。
「うんうん、そうしよう。
こんな所にいたら、血と腐臭が移っちまうよ」
アンナもエリックに同意するように頷く。
部屋の中では、異端審問官達が部屋の物を次々と箱に詰め込んでいた。
それは、まるでテレビで見た家宅捜索のようである。
彼らの手伝いをするべきかとも思ったが、自分達は部外者だ。
それにこの部屋から出たいと言うのも、正直な感想であったため、
エリックの言葉に従うことにする。
「分かりました。それでは、後は頼みます」
現場で作業を続ける異端審問官たちに一礼すると、エリックと共に自分達は地上に出た。