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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第2章 聖者の条件
55/115

53話 アンデッドスライム戦4


 HPもMPも折れた腕も毒も、回復出来る。

だが、ステータスに現れない疲労。

こればかりは、チートでもどうしようもない。


「ここまで……か……」


目の前がまるで、闇に覆われたように真っ黒に染まっていく。




「あ……」


……諦めかけたその時、少しだけ体が軽くなる。


 自分の身体から毒が消えていく。

左腕の痛みも引いていき、全身の細かい傷もふさがっていく。

いや、それだけではない。

身体の奥から力がみなぎって来る。


 なぜ……自分の回復担当の神官には、

MP温存のため、強化魔法(バフ)は使用しなくて良いと言っていたのに……


「ソージ様、もうMPの温存は気にしなくても良いですよね。

残りのMP、ギリギリまで回復に当てます!」


「ソージ殿!!

見て下さい。あなたはやり遂げたのです!」


「オラァ!!包囲部隊ども!!

ソージは南部教会まで敵を連れてきたぜ!」


「え……?」


 誘導部隊の冒険者と神官がそれぞれ声を上げる。

それで気が付いた。

アンデッドスライムに吹き飛ばされたこの場所は、

ちょうど南部教会の正門だった。



「すげぇ、本当にここまでつれて来たぜ!!」


「本当にあのスライムの攻撃を避け続けたと言うのか……

ならば、ここからは我々の仕事です!!」


包囲部隊の冒険者や神官が驚きの声と共に歓声を上げる。


「……ほら、賭けは俺の勝ちな!

ソージは敵を必ず連れて来るって言っただろ!!」


アルフレッドは、笑顔で拳を上げる。


「包囲部隊の配置は既に完了しています!

後は、我々に任せて下さいソージ様!!」


エリックは聖剣を抜くと、包囲が完了した聖騎士団を指し示す。


「アンデッドに死を!! 主神マーヤのために!!」


「マジで、あの化け物を倒せるかもな!!

燃えてきたぁああ!!」



 さらに、次々と上がる歓声。

南部教会には、300人を超える冒険者や聖騎士達が自分達を待っていた。

彼らは自分に対して、歓声を上げると共に、

頼んでもいないのに、次々と回復魔法や強化魔法をかけてくれる。


「ハハ……まったく、MPは温存しておけよ……

だが、これで、自分は戦える!!!」


所詮、世の中は権力と金だが……それだけでは無いらしい。


 萎えかけた気力が甦る。

手足動く、バッドステータスなし。

HP残り100%、MP残り60%。

さらに、強化魔法はマシマシだ。

大丈夫……まだ自分は戦える。



 右手に持つ聖剣をアンデッドスライムに向けると、

この場に居る全員に向けて宣言する。


「約束通り、アンデッドスライムを連れてきたぞ!!

だが、速まるなよ!!

敵をしっかり南部教会の中央まで引き付けてから、

自分の合図に合わせて総攻撃だ!!」


「おお!!!!」


南部教会全体が震えるほどに、大きな歓声が湧き上がる。


「ソージ!!!」


その歓声よりも尚大きな声で叫んだのは、聖堂前で仁王立ちしているアンナだ。


「話はエリックから聞いた!

見ててくれ、ソージ!

アタシはもう逃げない!

アタシは戦うと決めた!!」


 そう宣言する彼女の槍には、

既に爆発しそうな程のまばゆい光の塊が揺らめいている。


「アンナ……」


 アンナの瞳には強い意志が宿っていた。

恐怖で震えていた彼女はもういない。

アンナは、自分の足で一歩を踏み出すことができた様だ。


 今回の事件は、元々はアンナの説得から始まった。

自分と同じく、いや、自分以上に事件の中心にいた人間なのだ。

その彼女が逃げずに、ここに来てくれたことを嬉しく思う。


 そして、戦力的な意味でも、

アンナの高い魔力とMPは今回の戦いを優位に進めてくれるはずだ。


 アンデッドスライムに視線を戻す。

アンデッドスライムが発する敵意は確実に増している。

おそらく、HPが6割を下回ったことで、生存本能に火がついたのだろう。

攻撃力は増し、敵の移動速度も上がっている。

相手も本気と言うことだ。

おそらく、これまでのデータは通用しないと見た方が良い。


 あの強化された触手の攻撃力と攻撃範囲。

レベル74の自分でも危なかったのだ。

この世界の住人達では、耐えられないだろう。

長期戦は危険だ。


 包囲部隊の人数は約300人。

包囲部隊には、冒険者ギルドや教会から来た援軍によって、

レベル40~50の神官や魔術師もいる。

寄せ集めの誘導部隊に対して、確実に攻撃力は増している。

だが、それでも長期戦が危険なことに変わりは無い。


 勝負は一瞬、ここで確実に仕留める。

一度攻撃を始めたら、アンデッドスライムに攻撃のターンを渡してはならない。

包囲部隊の攻撃力は、自分の攻撃力を上回るだろう。

そのため、敵のターゲットが包囲部隊の誰に向くかは分からない。

敵に攻撃を許した回数だけ、被害が増える。



 アンデッドスライムは南部教会の正門を破壊し、自分に向かって迫ってくる。

本気モードとは言っても、自分に向かってくるのは変わらないらしい。

包囲されているにもかかわらず、馬鹿正直に自分を追ってくる。


「ここが……最後の踏ん張りどころだな」


 自分の最後の仕事は、アンデッドスライムを南部教会の中央まで引きつけることだ。

今までは敵を誘導し続ける必要があったため、アンデッドスライムの動きに合わせて移動していたが、

もうその必要は無い。


だから……


――光が敵を吹き飛ばすイメージ。


「こいつが最後だ!!

――癒しの光よ、闇を打ち払え!!ヒール!!」

同時に、『ヒールLv5』のショートカットを起動!!


 最後にアンデッドスライムに向けてヒール・デュオを放ち、

ターゲットを取り直すと、敵に背を向けて全力で走る。


 走る方向は、南部教会の聖堂の方向だ。

そこだけ包囲が薄い。

おそらく、聖堂がなるべく破壊されないように気を使ったのだろうが、ちょうど良い。

聖堂方向に走り抜け、そのまま包囲を突っ切って戦場から離脱する。


 これでアンデッドスライムが自分を真っ直ぐ追ってくれば、

ちょうど教会の中央に誘導できる。

また、アンデッドスライムから大きく距離を取れば、

敵の攻撃が強化されていても避けることが出来る。


 だが、聖堂の前にはアンナが陣取っている。

聖堂の横を走り抜ける瞬間、そのすれ違いざまに、アンナに向けて叫ぶ。


「アンナ、聖堂から離れろ!

アンデッドスライムの攻撃に巻き込まれるぞ!!」


自分の指示に対して、アンナは頷く。


「うん、大丈夫。あいつはアタシが倒す。

……アタシの命に換えても!!」


アンナの脇を通りすぎた瞬間、彼女は逆にアンデッドスライムに向かって走り出した。


「あ、アンナ!!!」


 あの馬鹿!!

まさか、相打ちを狙うつもりか!!!


 くそが!!

自分が望んでいたのは、そういうことじゃない!!

だから連れてきたくなかったんだ!!


 急制動をかけて、Uターンする。

だが、全力で走っていたため、アンナとは10メートル程度の距離が開いている。


「くそ、とにかく止めないと!!」


 アンデッドスライムの敵意は現状では自分に向いているが、

アンナの魔力から考えれば、彼女の攻撃力は自分の攻撃力を上回るだろう。

その場合、敵のターゲットは彼女に移る。


 このままでは、アンナは攻撃をした瞬間に、

至近距離からアンデッドスライムの反撃を受けることになる。

アンナが攻撃をする前に彼女に追いつかなければ!


「敵意……?」


 だが、ふっと気付く。

いつのまにか自分に対するアンデッドスライムの敵意が消えている。


「なぜ……?」


 先程、確かにターゲットを取り直した。

そして、今はまだ総攻撃の前だ。

自分以外は誰も攻撃していない。

では、誰にターゲットが?


「まさか!!」


 アンデッドスライムの触手はアンナに狙いを定めていた。

すでに触手は発射体勢に移っている。


 攻撃パターンの変更!

本能的に自分よりもアンナの方が脅威だと、感じ取ったのか!!


 迂闊だった。

この世界はゲームじゃないし、敵もプログラムされたものじゃない。

先程、それで痛い目を見たばかりだというのに!!


「避けろ!!アンナ!!!」


「アタシは決めたんだ!!!

もう逃げないと!!!!」


「いや、そこは逃げろよ!!!!!」


 ショートカットからマテリアルシールドを起動する。

だが駄目だ、マテリアルシールドでは、あの強化された触手を防ぎきれない。


 アンナに対して、21本の触手が発射される。

それでも、彼女の疾走は止まらない。


「アンナ!!!」


「……束ね打ちパワーショット!……5連打!!!」


 アンナに対して発射された21本の触手。

その隙間を縫うようにして、5本の矢がアンナの直撃コースにある触手に当たる。


「リゼット!!」


 矢を放ったのは、リゼット。

彼女の打ち出した5本の矢は、ただの矢では無かった。

矢の一本、一本に強力な光が宿り、その光が矢を包み込んでいる。

さらに、同時に発射された5本の矢がその光を束ね、

まるで、1つの巨大な矢として触手に叩き込まれる。


 その一撃は、弓矢と言うよりも大砲の一撃だ。

リゼットの矢は触手を真横から叩き、その軌道を僅かに逸らす。


 だが、それでもまだ僅かに避けるには至らない。

しかし、アンナを守るように現れたマテリアルシールドが、

触手に砕かれながらも、さらに軌道を逸らす。


その結果、間一髪、アンナの脇を触手が通り過ぎる。


「うぉおお!!」


 リゼットが作ってくれたチャンスは逃さない。

足に全力で力を込め、アンナに追いつくと彼女に向かって叫ぶ。


「アンナ、お前は自分の命と引き換えにあいつを倒そうって考えかもしれないがな!!

逃げるな!!!

本当に大変なのはここからだ!

壊れた南部地区の復興、怪我人の治療!

そして、今回の事件の黒幕の調査と討伐!

やることはまだまだ、あるんだ!!

だから、逃げるな!!!」


 だが、既にアンナのMPは膨大な光へと変換されてしまっている。

アンナの残りMP10%。

この世界では、MPを使いすぎれば精神に大きなダメージを受ける。

その結果として発狂や精神崩壊を引き起こし、最悪の場合は死に至る。


 しかし、今から魔法を中断しても、減ったMPはもう戻らない。

ならば……


「いいかアンナ!!

その魔法は、そのまま打て!!

その後すぐに『マジックドレイン』を自分に使え!!」


『マジックドレイン』

対象のMPを吸収する魔法。

これだけ聞くと便利な魔法に思えるが、実際にはあまり使えない魔法である。

なぜなら、この魔法の効果範囲は剣と同じ程度であり、魔法としては極端に範囲が狭い。

基本的に防御力が紙のように薄い後衛職では、そもそも敵に接近されたらアウトであるため、

この魔法を習得する意味は無い。


 しかし、例外はある。

それは、アンナのように自分自身に強化魔術バフをかけて直接殴りに行くビルドの場合だ。

この場合は、短い効果範囲はデメリットではなくなり、

さらに、敵から吸収したMPで自分自身に強化魔術バフをかけ続けることが出来る。

そのため、このタイプのビルドでは必須の魔法になる。


 アンナが使えるかは知らないが、

彼女の戦闘スタイルならば、使える可能性は高い。


 自分の言葉にアンナは一瞬頷きかけたが、首を振る。

おそらく、マジックドレインが使えないのではなく、

自分のMPを気遣ってのことだろう。


 自分のMPはアンナに対して、かなり低い。

普通にマジックドレインを喰らえば、今度は自分のMPが無くなってしまう。

だが……自分にはチートがある。


「自分の事は心配するな!

自分はMPを自動回復するアーティファクトを持っている!

だから、気にせずに全力でやれ!!」


 その言葉を聞いて、アンナは頷いた。

彼女は、そのままアンデッドスライムのほぼ真下まで駆け抜けると、

頭上のアンデッドスライムに向けて槍を構える。


「光の槍よ、光の槍よ、光の槍よ、光の槍よ、光の槍よ!!!

――光の槍よ、その清浄なる光の刃で敵を貫け!!――

シャイニング・ランス・フルバースト!!!」


 アンナの魂までを燃やし尽くすような、激しい詠唱がなされた瞬間、 

彼女の槍からは、まるで太陽のような爆発的な光が発射される。


 その光線は、直径にして1メートルはあるだろうか。

発射された爆発的な光は、アンデッドスライムの身体を真下から貫通し、

そのままはるか上空まで突き抜けていく。


光が通り過ぎた後には、射線上にあった雲にぽっかりと穴が空いていた。


「な……」


一瞬、戦場がしんと静まり返る。


 だが、アンデッドスライムは苦しそうに身体全体を震わせる。

あれ程の攻撃を受けても、まだアンデッドスライムは生きている。

残りHP約30%。


「何を呆けている!!!

この機を逃すな!!!

総攻撃だ、全力で打ち込め!!!!」


 崩れ落ちるアンナを左手で受け止め、

同時に右手に持った聖剣を振り下ろし、攻撃の指示を出す。


「おお!!!!」


 自分の言葉に反応し、周りから一斉に攻撃魔法が発射される。

ここにいては攻撃に巻き込まれる、アンナを抱きかかえ全力で離脱する。


 チラリと後ろを振り向く。

アンデッドスライムは、全方位から激しい魔法攻撃を受けつつも、

その触手はこちらを向いていた。


 自分に対して敵意を感じない。

ならば、アンデッドスライムのターゲットは、アンナのままだ。

彼女の決死の攻撃により、敵の体力を3割ほど削ったのだ。

おそらく、アンナからターゲットが外れることはないだろう。


アンナを抱えたまま、当初の予定通り包囲の外に向かって逃げる。


「ソー……ジ…

ごめ……ん……最後まで……あたし……迷惑……」


「そういうのはいいから、マジックドレインを速く使え!!」


「――魔力の……源よ……その流れを……我に移せ――

マジック……ドレイン……」


 自分のMPが減少し、その代わりにアンナのMPは回復していく。

同時に、がくっと身体が重くなる。

身体から力が抜けていく、この感覚……

ソールイーターとの戦いを思い出す。


 頭の中でMP回復ポーションのショートカットを連打しつつ、

身体に鞭を打ち、全力で走る。


「ソージ!後ろ!」


 アンナの声に、後ろを振り向く。

直径5メートルはある極太の触手が一本、こちらに迫ってきていた。

その触手は聖堂を破壊して尚、勢いは衰えず真っ直ぐにこちらに向かってくる。

触手の先端はドリルのように尖っており、このままでは二人まとめて串刺しだ。


自分達だけでも道連れにしようと言う、そんな悪意を感じる凶悪な攻撃。


「くそが!

ここまで来て、死ねるかぁあああ!!」


 触手が自分達に届くその瞬間。

ギリギリまで、触手を自分達に引きつけた上で、

右足を地面に叩きつけ、横方法に思いっきり飛ぶ。


 着地を考えていない全力での横飛び。

アンナ諸共、勢い良く地面に叩きつけられ、

それでも止まらずにゴロゴロと地面を転がる。


「あたまいたい……

めがまわるぅ……」


「はぁ……はぁ……くそ……

アンナ速く起きろ!

次がくるぞ!!」


何とか立ち上り身構えたが……次の攻撃は来なかった。


 横を見ると、自分達に向けて放たれた触手は、灰となって崩れ落ちた。

さらに、本体のアンデッドスライムも、所々身体が灰に変化し、ボロボロと崩れていく。

その身体は包囲部隊の魔法攻撃を受けるたびに、吹き飛ばされていく。


 そして、ついに自分の身体を支えられなくなったアンデッドスライムは、

南部教会聖堂に向かって倒れると、大量の灰の塊に姿を変えた。


アンデッドスライムのHPは――『 0 』。


「……」


 だが、周りはしんと静まり返っている。

包囲部隊の皆は、攻撃を止めているが、

武器を手に握ったまま警戒を続けている。


「はぁ……はぁ……」


「……やったのか? 本当に……?」


 ――本当に、あの巨大なモンスターを倒したのか?

この場にいる誰もが、それを確信出来ずにいた。


 ならば、この戦いに幕を引くのは自分の役目だろう。

アンナに鞄の中に入っていたポーションを手渡すと、

自分はアンデッドスライムだった巨大な灰の塊の隣に移動する。


「ふん!!」


 手に持った聖剣を思いっきり、下から上に振り上げる。

剣の衝撃によって、灰は空へと舞い上がり、さらさらと風に流され消えていく。

その後には、僅かばかりの灰が残るのみ。


 もう……あの化け物はどこにもいない。

聖剣を頭上に掲げ、喉が壊れんばかりの大きな声で宣言する。


「この戦い、我々の勝利だ!!!」


「おおおお!!!!!」


 自分の宣言によって、止まった時間が動き出す。

冒険者、聖騎士団、皆が手を上げ、勝ち鬨の声を上げる。



ここにアンデッドスライムとの戦いが終結した。


これにて、2章ボス アンデッドスライム戦は終了です。

長かった……もう少し簡潔にまとめられるようになりたい。


それはそれとして、2章は残り3話を予定しています。

残りの話は、今回の話でソージが言っていた破壊された街の復興や、

アンデッドスライムを仕掛けた黒幕についての話を書く予定です。

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