51話 アンデッドスライム戦2
「っ!!!」
ぞくりと、アンデッドスライムの敵意が全身を絡め取る。
……考察は後だ。
当初の目的通り、ターゲットは取れた。
これで今回の作戦の鍵は全て手に入ったのだ。
ならば、後は実行するのみ。
「……行くぞ、アンデッドスライム!!」
周りに陣取る冒険者や聖騎士団の集団から1人、
アンデッドスライムの前に歩み出る。
敵との距離10メートルの位置で相対する。
「……」
改めて敵を見上げる……体長約50メートル、やはりでかい。
目の前で見ると、ほとんど壁だ。
アンデッドスライムを倒す作戦は考えたが、それにはリスクを伴う。
あのデカブツを相手にするのだから当然だが、下手をすると自分は死ぬ。
……そのことに後悔はないか?
自分自身に問いかける。
「……まあ、今更だな。
別に誰かに頼まれたわけでもなし、自分で望んできたことだ。
死ぬのが怖いなら逃げれば良い」
経験上、誰かのためにやっても、良いことなどあまり無い。
やるのなら自分のためだ。
自分はこの事件の中心にいた者として、途中で逃げる事はしたくない。
ビクトル氏のためでも、アンナのためでも、この事件で死んだ者のためでもない。
自分が逃げたくないと思ったからやるのだ。
だから、後悔なんてあるはずがない。
「おい、そこの聖騎士!
前に出すぎだ! 死ぬぞ!!」
神官の声を無視して、精神を集中させる。
目の前のスライムは、まるで弓の弦を引くように、身体を内側に引き絞る。
触手攻撃の前動作だ。
勝負は一瞬、目を離したら死ぬ。
アンデッドスライムの体表が波打ち、触手が発射される。
「速い! ……だが!!」
単純に距離を詰めただけ、敵の触手を回避する余裕が消える。
だが、距離が近くなったことで、触手が発射される瞬間がよく見える。
必要なことは、触手が発射された瞬間に、その軌道を見切ること。
「……」
風景から色が失われ、音も聞こえなくなる。
ただ見えるのは、触手の動きだけ。
ゆっくりと触手が迫る。
今回の攻撃は触手が9本。
数は多いが、一撃の威力は低い。
しかし、今回はマテリアルシールドは使わない。
気合で避ける。
ゆっくりと、ゆっくりと触手が迫る。
放たれた触手は、自分に対して直撃コースの触手が1本。
そして、その1本の周りを取り囲むように、8本の触手が迫る。
この配置は、直撃コースの触手を避けられたとしても、
周りの触手で追撃するためだろう。
隙を生じぬ二段構え、スライムの癖に生意気なことだ。
さらに、触手が迫る。
自分に迫る触手は、既に触れることが出来そうなほど近くにある。
「……」
……本当に勘弁して欲しい。
触手もそうだが、これからの事を考えると気が重い。
正直言って自分の性格は地味で控えめだし、
人の前に立って、皆を引っ張るようなことは苦手だ。
リーダーよりも副リーダーで、縁の下の力持ち的な役割の方が向いていると思う。
しかし、性格が向いていなくても、
リーダーをやらないといけないことは、稀によくある。
現実世界でプログラマーをやっていた時もそうだ。
さすがに、1つのプロジェクトを丸々任されたことはなかったが、
プログラムの部品であるモジュールの作成を任されたことはあった。
規模にもよるが、最近のプログラムは多機能化が求められ、
その容量は肥大化し、部品と言っても、1人だけでは作れない。
そこで、数人のチームを組んでプログラムを作成することになる。
そのチームの中には、自分よりも年上の人や、技術力が上の人も含まれることもある。
学生の時からプログラムを組んでいたから、技術力には自信はある。
しかし、自分には場を盛り上げるようなコミュニケーション能力もなければ、
人を惹きつけるカリスマもない。
そんな状況で、チームを引っ張る場合はどうするか?
「……そんなもの1つしかない。
自分の実力を見せるんだよ!
この仕事をやれるだけの力がると!!」
中央、自分に向かってくる触手に対して、左斜め前に一歩前に出る。
「ッ!!!」
瞬間、風切り音と共に、
顔の右側30センチの位置を触手が通り過ぎる。
凄まじい速度で発射された触手に押し出された空気が、顔を叩く。
ここから逃げ出したい気持ちを奥歯を噛んで押し殺し、
足を地面に思い切り叩きつけ、その場で足を止める。
直後、今度は自分の顔の左側50センチを触手が通り、
同時に自分の足元40センチ先に別の触手が突き刺さる。
「はぁ……はぁ……
ふぅ……想定通り」
ギリギリ……だが、当たらなければどうということは無い。
「すげぇ!!」
「あの触手の攻撃を無傷で避けただと!!」
「いやいや、まぐれだろう!」
「狂ってやがる!」
今、この戦場で敵も味方も自分に注目が集まっている。
無理をした甲斐があったというものだ。
作戦の第一段階。
『この場の注目を集める』は、成功だ。
冒険者と聖騎士団。
この二つの集団を率いるためには、まず自分の実力を見せ、
同時に彼らに自分の言葉を聞いて貰える状況を作らないといけない。
わざわざ敵の前に出たのは伊達や酔狂ではないのだ。
右手で聖剣を高々と掲げ、この場に居る全員に対して宣言する。
「今回の戦闘は、レベル74、聖騎士のソージが指揮を執らせて貰う!
自分の実力は今、示した通りだ!!
自分には、このアンデッドスライムを倒すための作戦がある!!
皆には自分の指示に従って貰うぞ!!!」
その宣言を言っている間にも、アンデッドスライムは待ってはくれない。
また、表面が大きく波打つ。
今度の攻撃は、一番最初に自分が食らった極太の触手攻撃。
だが、その数は一本。
加えて、たった一人で前に出ているため、自分の動きを邪魔するものは何も無い。
ならば、回避は容易い。
地面を蹴り、大きくサイドステップで避ける。
「また、避けたぞ!」
「いや、今のは俺でも避けれるぜ!!」
「じゃあ、お前、あのスライムの前に行って、避けてこいよ」
「よ、よせよ……
もしも失敗したら、ぺしゃんこだぜ……」
「あいつには、アレを倒せる策があるらしいぜ?」
「へぇ……面白いじゃないか」
「今のまま戦ってもジリ貧だ。
あいつに賭けてみても良いんじゃないのか?」
「だが、あいつ。『変人』のソージだぜ?
2ヶ月ぐらい前に、手当たり次第に通行人に話し掛けまくってた」
「ああ……『ニホン』がどうのこうの……
訳が分からないことを言ってた」
「最近、見かけないと思ったら……
やっぱり、あいつは狂ってるんじゃないのか?」
……どうにも嫌な流れだ。
自分の意見に賛同する声も聞こえるが、そうでない声も多い。
『変人』
この世界に着てから最初の一ヶ月は、無我夢中でこの世界の情報を集めた。
道行く人々に声をかけ、ゲームとの差異や、何かイベントは起きないか、
自分以外の日本人はいないか、とにかく聞いて回った。
そこに、恥だとか周囲の目だとか、考えている余裕は無かった。
その汚名を返上する機会はあった。
『ブルード鉱山でのソウルイーター撃破』。
邪教徒の討伐は聖騎士団のみならず、冒険者にとっても名誉なことだ。
しかし、その功績は自分の我が侭を通すために、捨ててしまった。
だから、多くの人にとっては、自分の評価は『変人』のままなのだ。
ここに来て、ミレーユさんが言っていた功績を受け取らなかった事へのペナルティが効いてくる。
自分には彼らを従えられるだけの信用が足りていない。
コミュニケーション能力やカリスマ以前の問題だった。
……だが、今更それを悔いても仕方がない。
変人の名は払拭出来ていないとしても、この中の半分程度は自分の話に興味を持ってくれている。
そう考えるならば、決して悪くない。
あとは作戦を説明して、どれだけ付いて来てくれるかだろう。
……まあ、仮に半数程度しか付いて来てくれないとしても、
最悪の場合、足りない人数は自分の身を削ることで補える。
「よう、ソージ。
俺らのパーティーはお前の作戦ってやつに乗っても良い。
だが……いくらだせる?」
1人の冒険者が、自分に対して声をかける。
あの冒険者は、確かミレーユさんの手伝いをしている時に自分が治療を行った冒険者だ。
冒険者に対しては、多少は汚名を返上できているということだろうか?
とにかく自分の作戦に乗ってくれるのはありがたい。
しかし、報酬か……
そう言えば、ミレーユさんの依頼はどうなっているんだろう?
どう返答したものか悩んでいると、突如、戦場全体に声が響く。
「聞けぇえええ!!
冒険者諸君!!!
緊急クエストが発令された!!!」
その声の主は……
「アルフレッド?」
その声の主は、赤髪の冒険者アルフレッド。
なぜ彼がここに?
いや、言葉通り緊急クエストか!
ミレーユさんに頼んだ依頼に違いない。
アルフレッドは一枚の紙を取り出すと大声で読み上げる。
「今回の依頼人は、この聖騎士ソージ!!
依頼内容は、アンデッドスライムとの戦闘!
参加条件は、神官または魔術師を含むパーティー限定!
戦闘時はソージの指示に従うこと!
報酬は、戦闘に参加するだけで職業を問わず、1人につき大金貨10枚!
さらに、最後まで戦闘に参加し、敵を倒した場合は、さらに大金貨10枚だ!!」
そこまで一気に読み上げると、アルフレッドは手に持つ紙をパンッと叩く。
「さあ、どうだ!
この依頼を請ける者は手を上げろ!!」
「やはり、来たか!
緊急依頼!!!」
「前金だけで、大金貨60枚か。
いいぜ、悪くない」
「もちろん、その依頼乗るぜ!!」
アルフレッドの声に、その場に居た冒険者の全員が手を上げた。
先程まで、自分に否定的な意見を言っていた者もだ。
手首が千切れんばかりの手のひら返し。
やはり世の中、金なのか! 世知辛い!!
……だが、冒険者側の協力は取り付けることが出来た。
後は、教会側……シモンの聖騎士団はどうなっているだろうか?
そう思っていたとき、視界の端にエリックが写る。
彼には、大司教達の護衛を任せていたはず……
なぜ彼がここに?
もしかして、シモンの聖騎士団が到着したのだろうか?
そう思う自分に対して、
エリックは遠くからでもよく通る声で自分に質問する。
「なぜ、子供を助けたのです?」
彼の質問は予想外の物だった。
てっきり戦闘についての質問だと思ったからだ。
「こんな時に、当たり前の事を聞くな!
目の前に死にそうな子供がいる。
自分には助けられる力がある。
なら、助けない理由は無いだろうが!!」
「自分の身体を犠牲にしてもですか?」
「それは敵の攻撃を食らって、死にかけた自分への皮肉か?
死ぬつもりなんて有るわけ無いし、周りの人間も死なせない!
むしろ、今度はこちらがあいつを倒す!!」
正直言って、この話題は止めて欲しかった。
子供を助けたことに後悔はないが、
その結果として自分は一度アンデッドスライムに対して敗北している。
ただでさえ、自分の評価は怪しいのだ。
これ以上自分に対してネガティブな意見が挙がっては困る。
「……分かりました。
ならば、私もあなたの策とやらに乗りましょう」
エリックは自分の言葉に頷くと、黄金の聖印を右手に掲げる。
あの聖印は、確か大司教が身につけていた聖印だ。
「神官達よ、この戦いは聖戦である!!
大司教クリストフは、この聖騎士ソージに今回の聖戦の指揮を一任した!
この聖印がその証である!!
聖騎士ソージの言葉は、大司教クリストフの言葉に等しいと心得よ!!」
「おお!!!!」
「主神マーヤのために!!!」
「アンデッドに死を!!」
エリックの声に聖騎士団が各々の武器を掲げ、声を上げる。
……先程まで、自分に否定的な意見を言っていた者もだ。
手首が千切れんばかりの手のひら返し。
やはり世の中、権力なのか! 世知辛い!!
……だが、教会側の協力も取り付けることが出来た。
冒険者や聖騎士団に対して思うところがないではないが、
この際、自分に協力してくれる理由なんて、どうでもいい。
視線をアンデッドスライムに戻す。
そろそろ次の攻撃が来る頃だ。
アンデッドスライムは、口を開ける様に身体を大きく波打たせる。
吐き出したのは、数え切れない程の水の散弾。
直径は30センチ程度、バスケットボールよりも少し大きい程度だが、
50メートルの高さから放たれる水の散弾は、当たればただではすまない。
触手攻撃に対しては、避ける方法を見つけたが、
この攻撃だけは、避けれるかどうかは完全に運だ。
だが、今回は運が良い。
ちょうど、1人分が入る隙間を見つけることが出来た。
そこに身体を滑り込ませる。
「うお、また避けたぞ!!」
「見てるこっちの方がハラハラするよ!」
こっちだってハラハラしている。
せっかく協力を取り付けたのに、ここで無様は晒せない。
くそ、そろそろ時間だ。
――光が敵を吹き飛ばすイメージ。
「次はこっちの番だ。
――癒しの光よ、闇を打ち払え!!ヒール!!」
同時に、ヒールLv5のショートカットを起動!!
アンデッドスライムに向けて、ヒール・デュオを放ち、ターゲットを取り直す。
こういう場合、ゲームや漫画だと相手が律儀に待ってくれるものだが、
ここではそうもいかない。
先程までのやり取りの間でも、アンデッドスライムの攻撃は続いているのだ。
とにかく、次の攻撃が来る前に、作戦を説明しなければ
「まず、今回の作戦を説明する前に敵の特性を説明する!!」
右手に握った聖剣でアンデッドスライムを指し示す。
「このアンデッドスライムは高い物理体制と毒を付加する能力を持つ!
この敵を倒すためには、魔法で戦う必要がある!
弱点の属性は、光属性。次点で凍結、火、雷撃だ!
また、この敵は一定時間内に、
一番大きなダメージを与えた者に狙いを定めて襲ってくる特徴がある!
推定されるHPは約40万!
その巨体と相まって、非常に厄介な強敵だ!」
ここまでは、ただの確認だ。
ここで実際に戦っていれば、感覚的に分かることである。
「敵は強大だが、こちらは数で勝っている!
敵の巨体は、同時に弱点でもある!
あれだけ大きければ、こちらは同士討ちを気にせず魔法を使える!
数の暴力で押しつぶせるはずだ!
だが、それが出来ずに押されている、それはなぜか?」
アンデッドスライムを見据えたまま、聖剣で地面を叩く。
「その理由は、この南部地区は住宅が密集しており、道も狭いからだ!
さらに、アンデッドスライムの攻撃によって、瓦礫で道が埋まっている!
だから、こちらは充分な数が投入できないし、
狭いスペースで戦わなければならないから、動きが阻害され被害も増える!」
今回の戦いでは、冒険者や聖騎士団はアンデッドスライムから距離を取って、
被害が少なくなるように戦っていた。
しかし、遠距離攻撃の魔法と言っても距離が離れれば、ダメージは減少する。
そこに南部地区の狭いスペースが重なり、現状ではこちらの半数が魔法の射程外にいるのだ。
「そんな、ことは分かってんだよ!!
じゃあ、どうするんだよ!!」
冒険者の1人が叫ぶ。
やはり、現状の問題点は皆分かっているのだ。
だったら、自分は彼らに解決方法を提示すれば良い。
「敵を南部教会まで誘導する!
この狭い南部地区において、南部教会だけは充分なスペースがある!
あそこなら、300人程度の人間が居ても余裕で戦闘が出来る!!」
ボロボロの南部教会と言えども、腐っても教会だ。
無駄に広いスペースがあり、しかも一般向けの教会ではないので住民を巻き込むことも無い。
南部地区で戦うのなら、これ以上の場所はない。
「しかし、誰がその誘導を……まさか!」
「もちろん、自分が行う!
自分の実力は、御覧の通りだ!
ただし、一番危険なところを請け負うんだ、自分の指示に従ってもらうぞ!」
そのために、自分の魔法だけでターゲットを取る必要があった。
自分以外の人間に誘導を手伝ってもらうことも考えたが、
正直言ってここにいる人間では、レベルが低過ぎるし、
死ぬかもしれない役割を受け入れてくれるとも限らない。
だったら、自分でやるのが一番確実だろう。
自分の言葉に冒険者の多くは納得したが、1人の神官が異を唱える。
「待て、それでは教会が……神の家が破壊されてしまう!」
「教会が壊れたなら、立て直せばいい!
だが、死んだ命は直せない!
我らが崇める神は、教会が壊れた程度で腹を立てるような、みみっちい神なのか?」
「……確かに、そうだな。
分かった。我々もその指示に従おう」
教会側の人間も自分の言葉に納得したようだ。
まあ、それでもアンナには怒られるだろうな。
あの教会は、アンナにとってビクトル氏との思い出のある大切な場所だろう。
しかし、アンナには申し訳ないが、人命が最優先だ。
彼女には納得して貰うしかない。
「よし、改めて作戦を説明するぞ!!
冒険者側、教会側共に、兵力を4対6に別ける!!
4割は自分と共にここに残り、敵のHPを削りつつ、南部教会まで誘導する!
残り6割は南部教会に移動し、包囲して待ち受ける!
誘導部隊が南部教会まで敵を引きつけたら、最大火力を持って、これを殲滅する!!」
「誘導部隊の攻撃は、自分がターゲットを取り続けられる様に、速度重視!!
逆に、包囲部隊は一撃のダメージ重視だ!
後から来る冒険者、聖騎士団はすべて包囲部隊に回せ!!
また、自分に対して、回復専門の神官2名を割り当てる!
編成の詳細は、冒険者側はアルフレッド、教会側はエリックに任せる!!」
「おいおい、俺かよ!!」
「……分かりました。お任せください」
「おう、頼んだ!!」
シンプル イズ ベスト。
簡単なのは、良いことだ。
目的が明確なら、全員が目指すビジョンが一致する。
チームがバラバラの方向を向いているのなら、集団で動く意味が無い。
もともと、ここに集まっているのは寄せ集めの集団であるため、
複雑な作戦なんて出来るはずがないのだ。
今回の作戦は、結局、罠に嵌めて大人数で囲んで殴るという簡単なものだ。
しかし、これは原始時代から続く、人類の伝統的な戦法である。
この単純な戦法が有効なのは、歴史が証明している。
ならば、あとは実行するだけだ。
「さあ、行くぞ!!
作戦開始だ!!!」
*注意
この話でプログラマーうんぬんの話がありますが、
作者自身はプログラマーではないので、
実際の仕事の様子は異なるかもしれません。