50話 アンデッドスライム戦1
アンデッドスライムとの戦闘開始から15分が経過した。
この場には自分以外にも、50名程度の冒険者と聖騎士が共に戦闘を行っている。
時間差から考えれば、まだミレーユさんの冒険者の依頼も、
シモンの聖騎士団の編成も間に合っていないはずだ。
と、すると彼らは単に騒ぎを聞きつけて集まってきたようだ。
こんな化け物相手に戦おうなどと思う酔狂な輩は、
どうやら自分だけではないらしい。
数が増えるのは良い。
自分1人の力では倒せないことは身に染みて分かっている。
しかし……突発的に始まった戦闘、所属の異なる団体。
……現状では、ただの烏合の衆でしかなかった。
「打て、打てー!!」
「光よ、我が敵を飲み込め――シャイニング・ブラスト!!」
「雷よ、我が敵を貫け――サンダー・ボルト!!」
「触手がくるぞ!!
壁役、しっかり守れ!!」
「よし、聖騎士を前に出せ!!
そこの冒険者、我々に道を開けろ!!」
「うるせぇ!!邪魔なのはそっちだろうが!!」
戦場に怒号が響き渡る。
冒険者と聖騎士団、所属の異なる2つの団体が、事前の打ち合わせも無しに集まったのだ。
連携など取れるはずもなかった。
「……このままでは、まずい」
落ち着け、まずは状況確認だ。
現在位置は、南部地区中央に位置する大通り。
先程、自分が子供を助けた場所である。
この場で冒険者、聖騎士団共に、アンデッドスライムから約30メートルの位置に陣取り、
戦闘を行っている。
今、ここにいるパーティーは10、人数は54名。
現状ではこれだけだが、突発的に始まった戦闘にしてはよく集まった方だと思う。
あと少しすれば、ミレーユさんの冒険者やシモンの聖騎士団が到着するはずだ。
この場に集まっている者たちのレベルは平均30~40程度。
この世界で言えば、中堅レベルと言える。
ちなみに、ゲームだった時のアンデッドスライムは、
レベル60の6名パーティーで撃破できるバランスだ。
残念ながらこの場には、レベル60どころかレベル50すらいないが、
無いものねだりをしても仕方が無い。
レベルの低さは、数で補うしかないだろう。
実際、ゲームだった時は、装備とスキルを最適化することで、
平均レベル40でもクリアは出来た筈だ。
もちろん、敵のアンデッドスライムはゲームだった時とは違う。
だが、今ここに居る数だけでも、54名もいるのだ。
少なくとも勝負にはなるはずだ。
……はずなのだが、
現在自分たちはアンデッドスライムに対して苦戦を強いられていた。
戦闘を開始して15分。
勝負はまだ始まったばかりではあるが、
自分は既に劣勢の雰囲気を感じていた。
苦戦している要因は何か?
参加している冒険者や聖騎士団のレベルが低いから?
いや、それは違う。
確かに彼らのレベルは低い。
また、この世界の住人はゲームの時のように魔法を連発できない。
しかし、彼らはゲームではなく、リアルに戦闘で飯を食ってきた連中だ。
彼ら一人一人の戦闘技能は決して低くない。
彼らはアンデッドスライムに対して、自分の様に突っ込んだりせずに、
距離を取って戦っている。
やや消極的な戦い方ではあるが、距離を取っていることで、
敵の触手攻撃は避けやすくなり、今の所大きな損害も無く戦っている。
また、パーティー内の役割分担も堅実だ。
魔法使いや神官が遠距離から魔法攻撃を行い、
敵の攻撃は、盾役の戦士がきっちりと守っている。
それでは、なぜ苦戦している?
その理由の1つは、アウイン南部地区の立地にあった。
この南部地区は小さな家屋が密集し、大通りと言っても道幅は10メートル程度しか無い。
さらに、アンデッドスライムの攻撃によって崩れた家屋の瓦礫でさらに道は狭くなっている。
そんなところに50名近い人間がいるのだ。
10メートルの道幅といえば、それなりに広い気もするが、
飛んだり跳ねたりするには、さすがにスペースが足りていない。
それに引き換え、アンデッドスライムは50メートルを超える巨体。
遮る物の無い上空から、好き勝手に触手を打ち込んでくる。
しかし逆を言えば、こちらは見上げればアンデッドスライムの巨体が見えるのだ。
同士討ちの心配もなく魔法を使える。
本来その巨体は、弱点にもなるはずなのだ。
しかし、遠距離攻撃の魔法といえども距離が離れると、魔法の威力は低下していく。
現在の距離を取って戦う戦術を取っている以上、どうしても火力が不足するのだ。
だが、この戦術が間違っているわけではない。
こちらには、50名以上の人間がいるのだ。
足りない火力は数で補えば良い。
しかし、実際には瓦礫で埋まった道によって、
こちらは大人数を投入出来るスペースを確保出来ないでいた。
その結果として、せっかく50人以上の人間が居るのに、
半数近くの人間は、魔法の射程外にいる。
現状は、完全に数の利が活きていないのだ。
もちろん、そんなことは彼らも分かっていると思うのだが……
冒険者も聖騎士もお互いに道を譲らない。
「邪魔だ、どけ!!」
「うるさい、そちらこそ邪魔だ!!」
「食らえ化け物!!
光よ、我が敵を飲み込め――シャイニング・ブラスト!!」
自分の右側にいた聖騎士団のシャイニング・ブラスト。
眩い光線による一撃は、アンデッドスライムの体表を焼き焦がす。
ダメージは540。
今回の戦闘における最大ダメージ。
アンデッドスライムの身体が波打つと、焦げた体表は元の液体に戻り、
同時にアンデッドスライムの身体が内側に引っ込む。
それは、まるで、弓の弦を引くかのようだ。
あの動作はアンデッドスライムが触手を打ち出す前振りだ。
これまでの戦闘から、アンデッドスライムは、
一定時間内に最大ダメージを与えた者に対して攻撃を行うようだ。
実際に、アンデッドスライムは凹んだ身体は、
シャイニング・ブラストを放った神官の方に向けられており、
アンデッドスライム自身も這いよるように、じわじわと移動している。
この予想が正しいとすると、自分が今後ターゲットを取るのは厳しい。
あの時、自分がターゲットにされたのは、まだ誰も戦闘に参加していない状態で、
聖域の魔法を喰らわせたからだろう。
だが、今この場には本職の神官や、魔術師がいる。
彼らのレベルは自分よりも低いと言っても、
高い魔法適正、魔法に特化した装備、高威力の攻撃魔法……
そして、当然のように彼らも魔力強化の魔法も使う。
「――清浄なる神の光よ、傷を癒せ――ヒール!!」
呪文だけを唱えた振りをして、ショートカットからヒールLv5を使用する。
淡い光がアンデッドスライムの体表を包むが、与えたダメージは300。
やはり、魔法はオマケの前衛型の聖騎士では、彼らに魔法で敵うわけがなかった。
そもそも、自分は攻撃用の魔法は使用できず、
回復用の魔法であるヒールを無理やり攻撃に使用しているのだ。
せめて、神官の杖でも持ってきてれば良かったが、
こんなことになるとは思っていなかったので、今日は持ってきていない。
アンデッドスライムの身体が再び波打つと、
シャイニング・ブラストを放った神官に向けて、勢い良く触手が打ち込まれる。
その触手は自分に打ち込まれた物とは異なっていた。
触手の太さは直径30センチ程度。
だが、その本数は9本に増えている。
触手による範囲攻撃、神官の右手にいた自分も巻き込まれる。
「まずい!!」
距離を取っている分、避けることは容易いが、自分の周りにも冒険者がいる。
自分が逃げれば、周りの冒険者が巻き込まれる。
「くそが!!
マテリアル・シールド!!」
ショートカットからマテリアルシールドを起動。
光の障壁が触手を弾く。
直径1メートルの極太の触手に比べれば、数を増やしただけ1本1本の力はない。
マテリアルシールドは触手を難なく弾き返したが、
自分1人なら魔法を使わずとも避けれたのだ。
今のマテリアルシールドは、勿体無かった。
「ぐっ!!」
シャイニングブラストを放った神官は、重装備の聖騎士が盾を構えて庇った。
今の攻撃によって、聖騎士はHPは残り70%。
単純計算であと3発食らったら、あの聖騎士は死ぬ。
「ハァハァ……毒……回復を……」
ダメージだけでも厄介なのに、さらに毒の追加効果。
それが盾役の役割とは言え……状況は良くない。
敵のアンデッドスライムのHPは表示がバグっているため正確には測れないが、
先程のシャイニングブラストによるダメージから推測すれば、
敵の残り体力はおよそ40万。
シャイニングブラスト換算で800発分。
また、この状況でも六重聖域は起動している。
だが、そのダメージはおよそ毎秒10ダメージ。
ゾンビならば、HPが50~100なので10秒程度で蒸発する計算だが、
今回のアンデッドスライムのHPは推定で残り40万。
聖域だけで削り切るには、およそ11時間が必要。
それだけの時間があれば、この街を破壊し尽くすことも可能だろう。
しかし、現状では敵のアンデッドスライムは攻撃を加えた人間を優先的に襲う性質から、
この南部地区から移動していない。
こちらの冒険者と聖騎士団がバラバラに戦っているため、
ターゲットを1つに絞り込むことが出来ないのだ。
そのため、不幸中の幸いだろうか、うろうろと最初の位置を這いずるだけで、
結果的にはこの場から動けないでいる。
だが、このまま膠着状態を維持していても、先に音を上げるのはこちら側だ。
何しろ敵のHPは桁違いに多く、敵の攻撃は非常に重い。
敵の攻撃は、現在判明しているだけで主に3種類。
太さ1メートルの触手を1本飛ばす攻撃、
太さ30センチ程度の触手を9本飛ばす攻撃、
同じく直径30センチの水球を散弾のように飛ばす攻撃。
魔法は使用しない物理一辺倒だが、その分1つ1つの攻撃は重い。
アンデッドスライムの大きさは約50メートル。
敵の攻撃を例えるならば、マンション16階から水が満杯に入ったポリタンクを真下に投げるようなもの。
下に人が居れば、間違いなく死ぬだろう。
この世界の住人達はよく耐えているが、攻撃がきついことに変わりはない。
重装備の聖騎士でも、そう何度も耐えられない。
ゲームだった時は、どうやって倒していただろうか?
ゲームでは、ダメージ役兼おとり役の神官が最大火力で攻撃を行い、
アンデッドスライムの攻撃は、聖騎士や戦士のスキルで庇う。
また、ダメージ役以外にも削り役の神官を用意し、
ターゲットを取らない程度にダメージを抑えた攻撃でHPを削る。
基本的には、このパターンをベースにして撃破していたはずだ。
過信は禁物だが、この戦術は今回の戦闘でも通用するはず。
だが、それには息の合った連携が必要だ。
しかし、現状ここにいるのは冒険者と聖騎士団。
今だって目の前にアンデッドスライムがいると言うのに小競り合いは続いる。
突発的に始まった戦闘故、仕方がないと言えばそれまでだが……
この場をまとめる絶対的な指揮官の不在。
結局、一番の苦戦の理由はこれか……
ミレーユさんの言っていたことを思い出す。
「名を上げてこい……か」
ミレーユさんの言葉に感化されたわけではないが、
この混沌とした状況を纏める指揮官がいないのなら、自分がなるしかないだろう。
しかし、彼らを纏めるためには、勝てる作戦が必要だ。
ここには所属の異なる人間が集まっている。
自分は彼らの親友でも身内でも上司でもない。
彼らを纏めようとするなら、勝てる作戦を提示できないと、
自分の指示には従わないだろう。
勝てる作戦……
ゲームだった時の戦術。
敵の特性。
南部地区の立地。
冒険者と聖騎士団。
そして、自分のチート。
「……これならば……行けるか」
とりあえず、勝ち筋が見える作戦は出来た。
しかし、それを実行するにあたり1つ解決しないといけない問題がある。
それは、『自分が敵のターゲットを取れること』だ。
現状の最大ダメージは約500。
しかし、自分の最大の魔法『ヒールLv5』でも与えるダメージは約300。
せっかくアンナに魔力を強化してもらったのに、それでも届かない。
最悪、自分が最大ダメージになるように、周りにダメージを抑えて貰うことで、
ターゲットを取ることもできるが……
それでは『火力調整』という一手間が増える。
ほとんど打ち合わせもできない戦闘中に、面倒な条件を指定するようなことはしたくない。
となると、やはり自分が何とかして最大ダメージを出さないといけない。
しかし、自分は前衛型の聖騎士。
そもそも魔法はおまけだ。
いくらチートを持っていると言っても、万能ではない。
自分のチートはゲームの仕様に縛られる。
ゲームの仕様上、前衛型の聖騎士はどうやったところで魔法が劣ってしまう。
スキルポイントでスキルを習得するにしても、
聖騎士では、『シャイニングブラスト』のような高威力の魔法は習得できない。
また、低い魔力適正を補うために、『魔力上昇』のスキルを取っても焼け石に水だ。
ショートカットからアイテムを使用できるため、低いMPは気にしなくても良いが、
土台である低い魔力適性はどうにもならない。
「……今回はチートだけでは駄目だ」
何か魔法を強化する方法はないか?
今回の事件で、自分は六重聖域を完成させるため、
多くの魔法の技術を見てきたはずだ。
「……!
これなら、試してみる価値はある!!」
光がアンデッドスライムを焼き尽くすイメージ。
今回はショートカットからではなく魔法詠唱によるヒールを唱える。
『――癒しの光よ、闇を打ち払え!!ヒール!!』
――同時に、ショートカットから『ヒールLv5』を発動!!
本来のヒールは、淡い光が対象を包み込むものであったが、今回の魔法は違う。
輝く光が爆発的に広がり、アンデッドスライムの体表を吹き飛ばす。
「よし!!」
思わず、右手をぐっと握る。
『重奏魔法』
同時に魔法を詠唱することによって、魔法効果を上げる魔法技術。
自分の場合は一人二役の二重奏だが、効果は十分!
ダメージは880。
500の大台を突破した。
しかし……自分の詠唱を振り返る。
『癒しの光よ、闇を打ち払え』か……
本来のヒールの呪文は、『清浄なる神の光よ、傷を癒せ』だ。
ミレーユさん曰く、呪文はいくつか種類があるというが、
あの呪文は自分が意図して唱えたわけではない。
魔法の呪文とは人が困難に直面した時に、神から与えられるものだというが……
これが、そうなのか?
「っ!!!」
ぞくりと、アンデッドスライムの敵意が全身を絡め取る。
考察は後だ。
当初の目的通り、ターゲットは取れた。
これで今回の作戦の鍵は全て手に入ったのだ。
ならば、後は実行するのみ。
「……行くぞ、アンデッドスライム!!」
次話は17日(金)に投稿します