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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第2章 聖者の条件
51/115

49話 それぞれの役割(アンナ視点)

補足:大金貨1枚は、だいたい10万円程度になります。

ただし、世界が異なるため、おおよその目安です。


「ありがとう。

これでかなり戦いやすくなったはずだ。

アンナ、とにかく後悔をしない選択をするんだ。

最悪、今日と言う日で……アウインが終わってしまうかもしれないんだから」


ソージはそう言うと、アタシ達を残して1人でアンデッドスライムに向かって走っていった。



 ソージの向かう先には、ここからでも見える程の黒い巨体。

その大きさは、この街の外壁よりもさらに大きい。

その巨体から放たれる触手によって、砂上の城の様に崩れていく建物。

周りには負傷し、動けなくなった人々。

今……ここは地獄と化していた。


 爺さんの遺産である六重聖域を無事に発動できた感動は、

もはや消え去っていた。

今、心の中を占めるのは、この理不尽な状況に対する悔しさだけ。


 何で、何で、何で!!

何でこんなことになったんだよ!

爺さんの遺産が見つかって、めでたし、めでたし、じゃないのかよ!!

何で、こんな!!


 爺さんに拾って貰ってから、たくさんの聖書や神話を読み漁った。

どれもこれも、不幸な人達は最後には救われていた。

なのに、なんでアタシだけ、こんな理不尽な目に会わなければいけないんだ!


 元々、アタシは神様なんて信じちゃいない。

アタシを救ってくれたのは爺さんだ、神様じゃない。

でも、それがいけなかったのか?

これが神罰だとでも言うのか?


 身体から力が抜け、崩れ落ちる。

そんなアタシを無視するように、皆はそれぞれ動き出す。


「行ってしまわれましたね。

ソージ様は本当にアレを倒すつもりなのでしょうか?」


 異端審問官エリックは、ソージが走り去った先を眺める。

その表情からは、彼が困惑しているのが見て取れる。


 アタシだってそうだ。

なぜ、ソージはあの巨大な敵に立ち向かっていける?

ついさっきまで、アレにやられて死に掛けたじゃないか。

ソージは、怖くないのだろうか?


「ふむ……そのつもりなのだろうな。

だが、ソージ一人では辛かろう。

エリックよ、お主は神に命を捧げる覚悟はあるかの?」


大司教もまた巨大なアンデッドスライムを見据え、エリックに問う。


「当然です。

我らは異端審問官である以前に、神に仕える聖騎士です

覚悟など、この剣と鎧を受け取った時に既に済ませています」


 エリックは、腰に挿してある剣に手を添えると、

迷いなくきっぱりと宣言する。


「うむ、ならばエリックよ。

ここは良い。

シモンが編成した聖騎士団が直に到着するだろう。

お主はこれを持ち、ソージの加勢をするのだ」


 大司教は首に下げていた黄金の聖印を取り外すと、エリックに渡す。


『大司教の聖印』

それを授けられたということは、エリックは大司教と同等の権利を得たということになる。


「……よろしいのですか」


エリックは大司教から、受け取った聖印を首にかけると、大司教に問いかける。


「うむ、エリックよ。

お主が異端審問官として、ソージの事を警戒しているのは知っておる。

だからこそ、しっかりと見極めてくるのだ。

ワシの聖印を使うかどうかは、お主に任せよう」


「……分かりました。

大司教も、どうかお気をつけて」


エリックは頷くと、ソージの後を追って走り出した。


 大司教とエリックは、ソージが死地に向かうことを止めようとはしなかった。

それどころか、あのアンデッドスライムと戦うことが、

聖騎士の当然の義務だと言わんばかりだ。


 冗談じゃない。あんな物と戦うなんて死にに行く様なものだ。

自分の部下を平気で死に追いやるなんて……

大司教のことを少しは見直したのに、やっぱり大司教は駄目なやつだ。



 ミレーユの方を見る。

あの女は、崩れた木材の上に紙を広げると、ペンを片手に唸っていた。


「ううん……報酬をどうするか……

半端な額では、もちろん駄目。

だけど、無闇に多くしても、逆に警戒される……」


 ミレーユの声は、こんな状況なのにどこか楽しそうだった。

この女は商人の家の生まれだと言う。

だからなのか、金の勘定をしているときは昔からこんな感じだった。


 ミレーユはうんうん唸っていたが、何かを見つけたのか、

いきなり大きな声で叫ぶ。


「あ、そこの赤髪!

コラ、無視すんなアルフレッド!!

ちょっと来なさい!

良い儲け話があるわ!」


「げぇ、ミレーユの姐御!!」


 ミレーユに呼び止められたのは、あの女の知り合いらしい5人の冒険者。

パーティーの構成は、リーダーと思われる赤い髪と瞳を持つ戦士、アルフレッド。

そして、残りの4人は、戦士、神官、斥候、魔術師だ。


冒険者達はミレーユの近くに集まると、彼女から現在の状況を手短に聞く。


「なるほど、ソージがねぇ……

ソージには借りがある。

出来るだけ参加はしてやりたいが……悪いがこちらも商売だ。

あの化け物に挑むとなると、それなりの報酬がないと参加は出来ないぜ」


「まあ、そうなるよねぇ……うーん……

よし、決めた。これで行きましょう」


ミレーユは書類にペンを走らせながら、冒険者に依頼内容を説明する。


「ふむ……参加は神官か魔術師を含むパーティー限定。

戦闘時はソージの指示に従うこと。

報酬は、戦闘に参加するだけで職業を問わず、1人につき大金貨10枚。

さらに、最後まで戦闘に参加し、敵を倒した場合は、さらに大金貨10枚か……

俺らのパーティーの場合は5人だから、参加しただけで大金貨50枚。

3ヶ月ぐらいは、豪遊できるな。

装備の新調をしても良い」


「どうかしら?

冒険者から見て、この依頼を請けたいと思えるかしら?」


「ああ、良いと思うぜ。

参加しただけでそれだけの金が手に入るなら悪くない。

そして、ソージと一緒に最後まで戦うかどうかは、俺らで見極めろってことだろ?」


アルフレッドは顎に手を当てて考えると、ミレーユの依頼に対して感想を述べた。


 ちょっと待て、何だよそれ。

それじゃ、ソージの旗色が悪ければ、あいつを見捨てて逃げるって言うのかよ。


「そういうことね。

ソージの勝ち馬に乗れると思ったら乗ればいいし、

ソージに見込みが無いと判断したら、適当なところで戦いから降りて貰っても構わないわ」


アルフレッドの問いに対して、ミレーユはそれが当然と言うように頷く。


 そんなミレーユまで……

ソージの事をどうでも良いかのように言うなんて……

これじゃ、ソージは金を毟られて終わりじゃないか。


「よし、俺らはそれに乗るぜ。

お前ら、文句あるか?」


 アルフレッドは、彼のパーティーに向かって声を上げる。

すると、一人の女の神官が手を上げる。


 その神官は、紺色の修道服を着ていることから高司祭ではないことが分かる。

桃色の髪と同色の瞳で、歳は20代前半のヒューマン。

アタシと同じ神官であるが知らない女だ。


「はーい、アルちゃん。

ここの手伝いはいいのー

みんな痛そうだよー」


こんな状態だというのに、気の抜けるような間延びした声で彼女は質問する。


「セシル、いつも言ってるが、アルフレッドな。

一応、俺リーダーだよな。

もっと、こう、呼び方に尊敬とかあってもいいんじゃないの?」


「えー、尊敬はしているよー?

でもー、アルちゃんはー、アルちゃんでしょー?」


にこにこと、その女は笑う。


「はいはい、イチャつくのは余所でやってちょうだい。

セシル、ここの心配は要らないわ。

もう少ししたら、シモンが聖騎士団を寄越してくるはずだから」


ミレーユの突込みに対しても、セシルは先程と変わらず間延びした声で答える。


「そっかー。

じゃあ、大丈夫だねー。

やっぱり、私達は冒険者なんだからー。

稼げるときに稼いでおかないとねー」


 そう言うと、彼らはソージの後を追って走り出した。

所詮、冒険者なんて、金で動くゴロツキに毛が生えた程度の存在だ。

どうせ、あいつらは適当に取り繕う程度に戦って、

最後にはソージを見捨てるつもりなのだ。


冒険者も当てには出来ない。


「ミレーユ、あんな冒険者に依頼なんて出してる場合かよ!

このままだと、ソージが死んじゃうかもしれないんだぞ!!」


「……うん、まあ、最悪そうなるでしょうね。

そんなの当たり前でしょ?」


ミレーユはあたしの方を向くと、何でも無いことのように答える。


「はぁ!

ふざけんなよ!

お前はソージが死んでも良いって言うのかよ!!」


「あなたこそ、ふざけてるんじゃないの?

ソージは遊びに行ったんじゃない、戦いに行ったのよ。

アレを相手に確実に生きて帰れるなんて、そんな訳ないじゃない?」


「だったら、止めろよ!!

ソージは何故か、ミレーユだけには敬語なんだから、

お前の言うことなら、あいつも聞くだろう!!」


「あはは!!

ソージが私の言うことを聞くですって?

そんな訳ないじゃない。

ソージは一度やると決めたら、絶対にやる。

そういう男よ」


 ミレーユのソージの事なら何だって知ってます的な、

この態度は何なんだ。

それを理解しているなら、尚の事、

ミレーユはソージを止めなければいけなかったはずだ。


 睨みつけるアタシに対して、

ミレーユはまるで意に介さず、落ち着いた声で補足する。


「まぁ、ソージはアレでも冷静よ?

ちゃんと自分一人では勝てないと判断して、周りに協力を求めてる。

私は訳も分からず、死地に赴くなら止めるけど、

分かった上で行くのなら、止めないわよ」


 ミレーユも駄目だ。

あの女は、かつて自分の冒険者のパーティーが壊滅して、

この街に逃げ帰ってきたというのに……

ソージに対して、あっさりと死を受け入れている。


 大司教もエリックも冒険者もミレーユも駄目。

最後に残ったリゼットを見る。


『リゼット』

金髪碧眼のエルフの娘であり、ソージの妻だと言う。

爺さんの六重聖域を仕上げるための作業の中で、初めて出会った。


 彼女は、無口で儚げな雰囲気で、

いつもソージの後ろに寄り添う様に控えていた。

正直言って、ソージの添え物のような、頼りない女だ。


 リゼットに何か言ったところで、どうにかなるとは思えなかったが、

だが、このソージの妻だと言う女は、現状をどう思っているのか。

これで良いと思っているのか?


「リゼット、あんたはいいのかよ!

ソージは、あんたの夫だろ!!

あいつをこのまま行かせたら、死んじゃうんだよ!!」


「……そう、かもしれません。

ですが、私はソージさんの『無茶』に救われました。

私には、あの人の行動を止める資格はありません。

だから、せめて一緒に戦いたいと思っていましたが……」


「……一緒に戦う?」


一瞬、聞き間違いかと思った。

アレと戦う?

こんな気弱そうな娘がか?


「はい。

しかし、ソージさんから、仕事を頼まれましたので……

私は、冒険者ギルドに、行かないといけません」


 その言葉に、怒りが込み上げる。

リゼットは本来、一番にソージを止めなければいけない人間のはずだ。

それなのに、ソージの言いなりになってやがる。

これでは妻ではない、ただの奴隷だ。


「は、何だよ、それ。

お前はソージを助けたいんじゃないのかよ!

じゃあ、お前はソージが死ねって言ったら死ぬのかよ!!」


「はい、死にます。

ソージさんがそれを望むのなら」


「は……?」


 リゼットは、吸い込まれるような青い瞳をこちらに向けながら、

まるで当然と言うように即答した。


こいつ……狂ってやがる。


「でも……ソージさんは誰かを犠牲にするぐらいなら、

まず自分を犠牲にしようとする人です。

……だから、私はここにいます」


リゼットは、その言葉を言い終わると、アタシから目を逸らす。


「……」


 お互いに続く言葉はなく、嫌な沈黙が流れるが、

それをぶち壊すように、ミレーユが声を上げる。


「よし、出来た!

ちょっと字が汚くなったけど、まあ読めればいいでしょう、読めれば。

リゼット、これをギルド長に渡してちょうだい。

あとは、ギルド長がうまくやってくれるはずよ」


「わかりました。ミレーユ様」


 リゼットは、ミレーユから書類を受け取ると、

ベルトに下げたポーチの中に書類を仕舞う。


「ああ、そうだ。

リゼット、光の矢は何本ある?」


「……残り9本です。

こんなことになるなら……

もっと、持ってきておけば良かった……」


 ミレーユの突然の質問に、リゼットは困惑しつつも、

矢筒から光の矢を取り出す。


「むぅ……さすがに、9本はちょっと多いかな。

仕方が無い。5本だけ。

――光よ、我が剣に宿れ――シャイニング・エッジ」


ミレーユの魔法の詠唱により、光が集まり矢を覆う。


『シャイニング・エッジ』

武器に光属性を付与する魔法だ。

これなら確かに、ただの光の矢よりも効果はあるだろう。

しかし、たった5本の矢で何が出来ると言うのか?


「私も治療にMPを使わないといけないから、5本だけだけど……

それでも、無いよりはマシなはずよ。

ギルド長に依頼書を届けたら、ソージの所に行って上げなさい。

ソージも喜ぶと思うわ」


「ええ、これで戦えます。

ミレーユ様、アンナ様、私はこれで失礼します」


 リゼットはミレーユとアタシに対してお辞儀をする。

頭を上げた彼女は、崩れた瓦礫を足場にして、上に跳躍する。

そして、危なげなく貧民街の屋根の上に着地すると、

そのまま屋根の上を伝い、走り去っていった。



「何なんだよ、あいつ……

ミレーユもリゼットもおかしいだろ!

お前ら、分かってないのか!!

死ぬってことが、どういうことか!!」


結局、この場の誰もソージを止めようとしなかった。


「……ふーん、私やリゼットにそう言うこと言っちゃう?

言っとくけど、大切な人を亡くしてるのは、あんただけじゃ無いんだからね。

と言うか、さっきからアンナはソージが死んだらどうするんだって、

言ってるけど……あんたはどうなのよ?

アンナはソージを見殺して、平気なの?」


「な!!

アタシは別に、そんなこと……」


「そう?

邪教徒が怖くて、怖くて動けない。

まぁ、どうせアンタは実戦は初めてなんでしょうし、

仕方が無いかもしれないけどね。

でもね、そう言うのを見殺しって言うのよ。

アンタはソージに対して、恩があるって言うのに……

あなたって薄情よね」


「くっ……」


 ミレーユの言葉を否定したいが、何も言い返せない。

実際、アタシの手足は震えて動かない。


「ソージもよくやるわよね。

ねぇ……アンナはソージと初めて会ったとき、彼に何をしたか覚えてる?」


「そ、それは……」


 初めて南部教会に来たソージにふざけた態度で馬鹿にして、

さらに戦いを挑み、負けた。

しかも、自分から仕掛けたくせに、素直にソージを認めることもしなかった。


「あんたに馬鹿にされようとも、ソージは投げ出さなかった。

事件解決のために、色々な人に話を聞いて回り、

大司教と直談判までしてね。

そして、ソージは約束通り、ビクトル氏の功績まで見つけて見せた。

もちろん、それはソージ一人の力ではないわ。

私やシモンが裏から色々と手を回したからね。

でも、あの面倒臭い事件を、ここまで丁寧にまとめ上げたのはソージの力よ。

今だって一番危険なところで、身体を張ってる。

ねぇ、アンナ……あなたは今回、何かしたかしら?」


 私がしたことと言えば、六重聖域を発動させたことだけ。

でも、これすらもソージに譲ってもらった結果だ。

ソージ自身は魔法が苦手だと言っていたが、

それならアタシでなくても、ミレーユやシモンでも良かったのだ。


「……」


 本当に何も言い返せない。

身体からは嫌な汗が流れてくる。

ミレーユに1つ1つ説明されるたびに、

アタシの情けなさを見せ付けられる。


そんな、アタシに対してさらにミレーユは続ける。


「しかも、ソージは見つけた遺産を丸々あたなに譲ったのよね?

分かってる?

あの遺産は、本来ソージの物よ。

それをあなたはソージのお情けで受け継いだだけ。

ビクトル様があの世で聞いたら……どう思うかしら?」


「や、止めろ……止めてくれ!!!」


 アタシがゴミ屑のような人間なんだってことは分かってる。

でも、爺さんだけには、今のアタシの姿は見られたくなかった。

爺さんは遺書に、アタシの事を愛していると書いてくれていたのに、

アタシはその思いに気付かなかったばかりか、

逆に踏みにじっていた。


 頭が割れるように痛い。

心がぐちゃぐちゃになる。


「うぇえええ……」


胃の中にあったものが逆流する。


「何?ゲロ吐いちゃうほど、ショックなの?

じゃあ、ついでだから、もう1つ言っといてあげる。

アンタさ、恩人であるソージにも見限られたって気付いてる?」


「え……?

ソージに……アタシが……?」


「そうよ。

ソージは言ってたでしょ?

アンデッドスライムを倒すために、魔法が必要だって」


 確かに、ソージはそう言っていた。

それが、何だと言うのか?


「分からない?

あなたも知っての通り、ソージは魔法が得意じゃないでしょ。

魔法の得意な神官は、喉から手が出るほど欲しかったでしょうね。

あんたの事よ、アンナ。

それが何?

あなたがした事と言えば、ちょっとした補助魔法(バフ)をかけただけ」


「じゃあ、何で……ソージは言わなかったんだよ……

アタシに付いて来てくれって……そうすれば、アタシは……」


 ソージがアタシにそう言ってくれたなら、

この震えて動かない手足も動いてくれたかもしれないのに……


「甘えんじゃないわよ!!

……ソージの判断は正しいわ。

今のあなたなんか連れて行ったとしても、

足を引っ張って死ぬのがオチよ。

……ソージは優しいから絶対に言わないだろうけど、

私はそうじゃないから、言ってあげる」


 ミレーユの口がゆっくりと開いていくのが分かる。

この先を聞いてはいけない。

頭の中で、そう警告が鳴り響くが、

身体は動かず、耳を塞ぐことさえできない。


「この役立たず!!」



「う……ぁああああああ……」


 涙が止まらない。

本当にアタシは役立たずだ。

ソージはこんなアタシに期待をしてくれていたのに、

アタシはそんなことにも気づかずに、ただ震えていた。


本当にアタシは馬鹿だ。


「……で、アンナはそれを聞いた上で、どうするの?

私はここで負傷者の治療をしないといけないから、

そこでメソメソ泣かれても邪魔なんだけど」


「どうする……?」


「ソージの言ったことを思い出しなさい。

あなたにはあなたにしか出来ないことがあるでしょう?

ビクトル氏の娘である、あなたにしか出来ないことが」


 ミレーユは話は終わりだと、負傷者の元に戻っていった。

一人残されたアタシは、ソージの言葉を思い出す。


『アンナ、戦うだけが全てじゃない。

負傷者の治療に、輸送、避難誘導、出来ることは色々ある。』


 ソージは戦うことが全てじゃないと言ったけど、

アタシにあるのは、戦うことだけだ。


 回復魔法だって、補助魔法だって使えるけど、

それは、アタシにとってオマケのようなものだ。

それに、回復魔法も補助魔法もアタシじゃなくても、使える者はいくらでもいる。


 アタシにしかできないこと。

それは、爺さんに仕込まれた邪教徒を倒すための技術。

アタシにあるのはこれだけだ。


 でも、その技術は披露する事も出来ず、

アタシはソージに見限られた。


ソージの言葉を思い出す。


『アンナ、とにかく後悔をしない選択をするんだ。

最悪、今日と言う日で……アウインが終わってしまうかもしれないんだから』


 後悔しない選択。

アタシにとって後悔しないための選択。

そんなものは1つしかない。


 未だに震える手に何とか力を入れて立ち上がると、

アンデッドスライムを正面から見据える。


やっぱり怖い。

本当に怖い。


「ああ……爺さんもソージもすごかったんだな……」


 爺さんは邪教徒を6体も倒したのだと言う。

ソージも邪教徒を1体倒している。


 それに比べて、アタシはどうだ。

まだ、戦ってすらいないのに、震えて動けない。


「本当にアタシってダサいな……」


 自分の情けなさを噛み締める。

結局、アタシは爺さんやソージのお情けに縋っているだけ。

挙句に爺さんは恩を返すことも出来ないまま、死んでしまった。

そして、このままではソージも危ない。


こんなアタシに出来ること、そんなものは1つしかない。


「邪教徒を……あのスライムを倒す……」


 そう、それしかない。

聖騎士ビクトルの娘には、それしかない。


「倒す……」

 

 なのに……何を怖がっていたのだろうか?

アタシは死んだところで、失う物は何も無いのに。


 アタシの価値。

そんなもの、爺さんの跡を継ぐ、ということだけだ。

それさえも果たせなければ、本当にアタシには何の価値も無い。


「……倒す……でも、あんなデカブツ、どうすれば倒せる……」


 そんなものは決まっている。

アタシの全魔力で吹き飛ばしてしまえばいい。


 簡単だ。

やることは簡単だ。

たった、それだけだ。

それだけをやればいい。


「アイツを倒す!!」


 自然と足が一歩、前に出る。

それに続いて、また一歩前に出る。

震えは消えていた。


アタシは爺さんやソージのように戦えるのか?

それは分からない。


「だけど……例えアタシがどうなってしまってもかまわない。

絶対にあいつを倒す!!」


 今更、ソージに謝ったところで許してくれるはずは無い。

だから、せめてあいつを倒そう。

ソージへの恩を返すには、もう、これぐらいしか方法は無いんだから。



次回から、視点はソージに戻って、

アンデッドスライム戦になります。


今回はそれぞれの立場や人の対比の話。

鎖で繋いでおかないと一人で先に行ってしまうソージと、

鎖を繋いで無理やり引っ張らないと動けないアンナ。


金で動く冒険者と、義務で動く教会。

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