5話 異変の前触れ
翌日、宿屋「穴熊」を出て、冒険者ギルドに向かう。
宿屋を出て数分、冒険者ギルド前の通りはざわざわと喧騒に包まれていた。
怒号が飛び交い、多くの人間が右往左往している。
「……なんだ?」
とても、いやな予感がした。
街の住人達は騒ぎ警戒している中、自分だけが蚊帳の外。
無防備で訳も分からず、得体の知れない不安感が沸き立つ。
いったい何があったのか。
事情を知っていそうな人に話を聞こうと思い、辺りを見回す。
すると、冒険者ギルドから一直線に走って来る人物に見覚えがあった。
「……と、ミレーユさん!!
この騒ぎは何なんですか!」
ミレーユ
銀髪青眼の女性で、教会からギルドに派遣されている聖騎士だ。
おそらく彼女は神官メインの聖騎士なのだろう。
スキルのほとんどを身体強化に回している自分とは異なり、
様々な回復魔法を修得しており、ギルドでは怪我をした冒険者の治療を担当している。
自分は自前の回復魔法があるので彼女の世話になったことはないが、
冒険者ギルド内には彼女に命を救われたものも多く人気は高い。
普段はギルドの中から出ることは無いはずだが、
長い銀髪を振り乱し、白色の修道服の裾が翻ることも構わずに全力疾走していた。
「あ!
あなたこの前ギルドに来てた変な聖騎士!
ちょうど良かった、あなたレベルは?」
「へ、変っ!
ああ、いや、否定できない……」
前にギルドに行った時は依頼も受けずに、
冒険者やギルドの職員に世界のことやギルドについて、
思いつく限りの質問をし続けていた。
……今思うと完全に営業妨害である。
「いいから!レベルは?あと使える回復魔法!」
大変急いでいるらしく、用件だけをストレートに叩きつけてくる。
自分のステータスを開示して彼女に見せる。
「レベルは75、使える回復魔法はヒールのみ。」
こういう時、普通は自分のレベルをまず開示するのがマナーだったはずだが、
何かしらの異常事態が起きているのは分かるので、突っ込み入れずに手短に答える。
「よし、ヒールが使えるなら十分!
ソージ、後でご飯おごってあげるから手伝って!」
こちらの腕をがっしりと掴むと、意見を聞く前にまた走り出す。
身長は160cm程度で細身の体なのに、どこにそんな力があるのか、
鎧を着込んだ成人男性の体をぐいぐいと引っ張って行く。
「ちょっ、あの、手伝うのはいいんですが。
この騒ぎは何なんですか!」
引っ張られて崩れた体勢を立て直し、彼女と併走する。
彼女は手を離し、前を向くと走りながら話し始める。
「モンスターよ。
行商の一人がモンスターに追われたまま、城壁前まで逃げてきたそうよ。
城壁の外の水場、知ってるでしょ?
あそこにモンスターの群れが突っ込んで、かなりの被害が出ているらしいわ。」
城壁前の水場、当然知っている。
昨日利用したあの場所だ。
「そこで……よりにもよって『トレイン』かよ。」
トレインとは一人のキャラクターに対して大量のモンスターが連なって追いかけている状態だ。
最初は1匹の敵から逃げていたはずが、周りの敵が次々と反応していき、数が膨れ上がっていく。
最終的に元々追われていたキャラクターは、たこ殴りにされてやられてしまう。
これだけなら残念だったね、と他人事で済ませられるのだが、
トレインが厄介なのは、ここからだ。
それは、ターゲットを見失った大量のモンスターが周りにいたキャラクターを襲いだす。
自分もゲーム時代に何度か巻き込まれたことがあるが、成す術もなくやられてしまった。
はっきり言って、大迷惑行為だ。
……それが今現実に起こっている。
「……だが、あそこには商人が雇った冒険者達も大勢居たはずだ。
この辺のモンスターは弱い、いくら数が多くとも簡単に鎮圧できるのではないか?」
基本的に大きな都市の近くには低レベルのモンスターしかいない。
ゲーム的には高レベルモンスターは高レベルのダンジョン内でしかエンカウントしないように
設定されているし、この世界的には、王国の兵士や冒険者が定期的に魔物狩りを行っている。
そもそも、この世界の住人はモンスターという怪物が普通にいる世界で生きている。
冒険者でなくても都市の近くに出るモンスター程度なら相手をすることは十分に可能なはずだ。
「そうね。ただ、最近はこの都市の近くでも高レベルモンスターが何度か目撃されていたわ。」
「ああ、そういえばそんな噂を聞いた気はするが……
あれ、本当だったんですか」
前に冒険者ギルドに行った時、確かにその話は聞いた。
曰く、ドラゴンや魔人が出たと。
ただし、ドラゴンにしろ魔人にしろ、レベル70以上のモンスターだ。
一般的なRPGで言えばラストダンジョンに出てくるノーマルモンスタークラス。
それに対して、この都市付近に出るモンスターは精々レベル10程度。
場違いなんてレベルではないぐらいに場違いだし、そんなモンスターが都市周辺にいたら、
ただではすまないだろう。
一応、自分もフィールドに出て探してみたが見つからなかったため、ただの与太話と判断した。
「目撃例が上がっていたのは本当よ。でも、本当に目撃情報だけだからね。
見間違いの可能性の方が高いし、物的証拠も襲われた人がいたわけでもないし。
だからギルドは下手に告知して騒ぎを大きくするよりも、
噂として流してやんわりと警戒させる方針で動いたのよ」
「……それが裏目に出たと。
まあ、結果論でしかないが。」
「それはまだ分からないわ。
現場が混乱していて、こちらも正確な情報を持ってないのよ。
どの程度のモンスターが何体襲ってきたのか、私も知らないわ。」
「……そうだな。」
確かに現状では情報が足りない。
結局、その場に行ってみるしかないのだ。
不謹慎な話だが、これが異世界脱出の鍵になってくるような、
イベントであれば良いと思う。
話しながらではあったが、お互いかなりのスピードで走っていたため、
いつの間にか城門のすぐ近くまで来ていた。
「城門が見えてきたわ。
門の外は戦場でしょうから、警戒して!」
ミレーユさんは声を張り、気合を入れる。
雰囲気が戦闘モードに切り替わる。
自分も思考を切り替え、目の前の状況に集中させる。
自分がすべきことは何か。
「それなら、自分がが前に出ますよ!」
修道服を身に着けているミレーユさんよりも、
鎧を着ている自分が盾になった方が良いだろう。
そう判断し、走る速度を上げ、その勢いのまま城門をくぐる。
城門の中から外へ。
城門の外、壁1つ分の先。
そこに広がる光景は
―――地獄だった。