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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第2章 聖者の条件
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43話 2つの遺書、2つの想い

「――大規模結界セクステット 六重聖域サンクチュアリ――」


 南部教会 先代司教ビクトルの遺書に書かれていたのは、

フラグメントワールドがゲームだった時には存在していなかった魔法だった。


 この世界に来てからゲームの仕様とは異なるものは色々と見てきた。

ゲームでは存在していなかった場違いな高レベルモンスター。

ゲームでは存在していなかったダンジョン。

ゲームでは存在していなかった敵、邪教徒。

そして、今回のオリジナルマジック。


 やはり、この世界はゲームと似た異世界なのだろうか?

しかし、それならばなぜ自分はゲームの仕様をそのまま引き継いでいるんだ?

……いや、考察はいつでも出来る。

今は目の前の遺書の内容を頭に入れる方が先だ。


困惑する頭を切り替え、改めて遺書を読み直す。



-----------------------------------------------------


この手紙を読んでいる者へ



 この手紙を読んでいるということは、既に私はこの世に居ないのだろう。

そして、この魔法を自分が完成させることが出来なかったということでもある。

この魔法の詳細な資料は、この遺書が入っていた棚に保管してある。

願わくば、自分の代わりにこの魔法を完成させて欲しい。

もし不明な点があるのならば、大司教クリストフに持って行くと良いだろう。

彼ならばきっと上手くやってくれるはずだ。


 『大規模結界セクステット 六重聖域サンクチュアリ』について簡単に説明すると、

この魔法はアウイン全域を覆う聖域の魔法だ。

六重の名が示す通り、この魔法は6つの聖域を重ね合わせることで聖域の力を増幅している。

この効果により、単に聖域を6つ展開するよりも、遥かな広範囲に聖域を展開することが出来る。


 ここにある祭壇は、6つの聖域の起点となるものであり、

魔法陣とフラグメント、そして聖印と聖騎士の鎧は、聖域の展開を補助するものである。

そのため、扱いには細心の注意をして欲しい。


 また、ここと同じ祭壇がアウインの地下に、あと5箇所ある。

この遺書に地図を添付しているが、ここに辿り着いたのなら、ギンもそこにいるはずだ。

知っての通り、アウインの地下道は複雑に入り組んでいる、彼に案内してもらうと良いだろう。


-----------------------------------------------------



 その後には、もう少し詳しい魔法の説明や、魔法の注意点などが並んでいるが、

自分には理解できないものであったため、ミレーユさんとシモンにもこの遺書を見せて、

意見を聞いた方が良さそうだ。


理解できない部分は読み飛ばし、遺書の最後まで読み進める。




-----------------------------------------------------


最後に


 この手紙を読んでいるあなたが誰かは分からないが、

あなたがこの手紙を読んでいるということは、私の娘のアンナは上手くいってないのだろう。


 あなたにこの魔法の全てを捧げよう。

だから、私の頼みを2つほど聞いては貰えないだろうか?

1つは、アンナに私が愛していると伝えて欲しい。

もう1つは、どうかアンナの力になってくれないか。


 私はもう彼女のそばに居てあげることも、彼女を助けることも出来ない。

私は彼女に父親として、何もしてあげることが出来なかった。

私の変わりに、どうかアンナを頼む。



              南部教会聖騎士 ビクトル


-----------------------------------------------------



「自分に頼まれてもな……そりゃ、助けられるなら助けて上げたいのだが……

これは本人が気付かないといけないと思うんだが……」


 恐らくアンナに大司教に聞いた話とこの遺書の内容を話せば、

彼女はボイコットを止め、職務に復帰するだろう。


 しかし、個人的にアンナの境遇に同情しない訳ではないが、

それでもボイコットを選択したのは彼女だ。

その選択による結果は、彼女が受け入れるべきものだと思う。


「……とは言っても、それで誰が幸せになるかと言えば、

誰も幸せにはならんからな……」


 大司教の話も遺書の内容も、課題の期限が過ぎたらアンナに話す予定ではある。

しかし、どうせ話すのなら、今話してしまえば良いのではないか?

そうすれば、彼女は南部教会司教の地位を失わずに済むし、

自分も課題をクリアしたことになる。

誰も損をしない、ハッピーエンドだ。


 だが、部外者の自分が割って入って、安易に解決させてしまって良いのだろうか?

それはやはり、何か違うように思うのだ。


 どうしたものかと考えていると、ビリっと紙が裂ける音が聞こえた。

その音の方を見ると、ギンさんが手に持った封筒を真ん中から2つに破っていた。

あの封筒は自分に渡されなかった方の封筒である。


「ギンさん、何やってるんですか?

というか、そっちの手紙には何が……」


「ああ、これか?

これは、お嬢がここを見つけた時に渡す予定だった遺書だ。

爺さんからはお嬢がここを見つけられなかった場合には、破棄するように言われてたんだよ。

だから、まぁ……仕方がないよな」


そう言うとギンさんは2つに裂かれた封筒を1つに重ね、さらに破ろうとする。


「っ!! 止めろ!!」


反射的にギンさんの手から封筒を引ったくる。


「おいおい、ソージ殿、何をするんだい。

俺は爺さんから、遺書の取り扱いを任されているんだ。

事と次第によっちゃあ、お前さんでも許さんぞ」


 ギンさんの雰囲気が変わり、緊張が走る。

彼の刺すような視線は、真っ直ぐに自分を貫く。


 そのプレッシャーは本物だ。

薄々気づいていたが、ギンさんも只者ではないな。

戦闘で負けるとは思わないが、だからと言って舐めてかかって良い相手ではなさそうだ。

しかし、そうだとしても自分のやることは変わらない。


「死者の意志は尊重されるべきものです。

ですが、最も大切なのは今を生きている人間です。

確かに、アンナはここを見つけられなかった。

しかし、この遺書は彼が娘に向けた最後の言葉です。

彼女には、それを聞く権利があるんじゃないですか?」


「いや、そうは言うがな……」


 自分の言葉に、ギンさんは言い淀む。

その目からは先程の刺すようなプレッシャーは感じられない。

とりあえず、暴力沙汰にはならなくて済みそうだ。

ギンさんを納得させるために、さらに言葉を続ける。


「……自分の両親も、ここには居ません。

手紙も残っていませんし、もう一生語り合うことも出来ません。

両親の言葉が残っているのなら、どんなものでも自分は聞きたいですよ」


 これは自分の本心だ。

自分はこの世界で聖騎士のソージとして生きることを決めたが、

元の世界に一片の悔いもない訳ではないのだ。

自分は両親にまともに親孝行も出来ないまま、この世界で一生を過ごさなければいけない。


「ふぅ……分かったよ。

爺さんの遺産を引き継いだのは、ソージ殿だ。

お前さんの好きにすればいいさ。

だがな、どうなっても知らんぞ。

恐らくその遺書は、アンナがここを見つけた前提で書いてあるはずだ。

そんな遺書を読んだら、自分のことが惨めにならないか?」


頭を掻きながら、ギンさんはどうするつもりだと質問する。


「どうするも何も、仕方がないことでしょう?

仮に惨めさを感じたとしても、彼女の行動の結果ですので、

それは彼女が処理すべき問題です」


「……お前さんは優しいのか、優しくないのか、分からん奴だな」


「そうですかね?

別に普通だと思いますけど……」


 ギンさんに答えつつ、手の中にある封筒から中身を取り出す。

中の遺書はギンさんが破って真っ二つになり、さらに自分が奪い取った際に、

クシャクシャに潰れてしまっていた。


手でしわを伸ばし、2つになった遺書を合わせる。


「……よし、少々読み難いが、読めないほどではないな」


「って、お前さんが読むのかよ」


「ええ、ビクトル氏とアンナのプライベートな内容を勝手に見るのは申し訳ないと思いますが、

もしかしたら彼の功績の手がかりがあるかもしれません。

目の前の魔法陣はすごいものだと思うのですが、自分ではこれが彼を聖人と認められる程の功績だとは判断出来ませんからね。

手がかりは1つでも多い方がいい」


「……ああ、お前さんのことが分かってきた。

お前さんはアンナのためではなく、自分がやりたいことをやってるだけだな」


ギンさんは呆れたように言う。


「その言葉には少々語弊がありますが、敢えて否定はしません。

もともと、これはアンナに頼まれてやってる訳ではないですからね。

今回の課題は自分が教会から受けた課題ですので、どう解決させるかは自分が決めます。

その判断をするためにも、もっと情報が欲しい」


 アンナの為なら、さっさと事情を話してしまえば良い、それで円満に解決だ。

しかし、そうしないのは、自分がそれで良いのかと納得できていないからだ。

つまり結局の所、自分の我がままなのだ。


 ギンさんから目線を逸らし、2つになった遺書に目を通す。

その遺書の内容の大部分は、魔法の説明や注意事項が並んでおり、

自分に向けた遺書と変わらなかった。

そのまま遺書を読み進み、最後のページを見る。


-----------------------------------------------------


アンナへ


 こうして君に対して筆を取ったのは、

俺がこの魔法を作ろうと思った理由を、君に知っておいて欲しかったからだ。

本当ならこの魔法が完成した時に、直接言おうと思っていたのだが、

どうにも胸騒ぎがしてな。

こうして、もしもの時のために遺書を書くことにしたのだ。


 さて、この魔法を作ろうとした理由を説明する前に、

俺の懺悔を聞いて欲しい。


 君も知っての通り、俺は嘗て邪教徒との戦いで、自分の聖騎士団を全滅させてしまった。

その戦いの後、ただ一人生き残ってしまった俺は、自分に何が出来るかを考えたのだ。


 その答えは愚かにも、復讐だった。

俺は仲間を殺した邪教徒共を殺し尽くすため、戦場に出続けた。

殺して、殺して、自分の人生を全てそれに捧げようとした。

しかし、それも長くは続かなかった。

歳には勝てず、自慢の剣も魔法も徐々に衰えていった。


 戦えなくなった俺は、クリストフの勧めで、南部教会の司教になった。

しかし、俺は最初は納得が出来なかった。

自分の使命は、邪教徒を殺し尽くすことだと思っていたからだ。


 そんな時にアンナ、君に出会った。

君に大きな才能があったことは、一目見て分かった。

だから、俺は君を自分の代わりに邪教徒を倒すための道具にしようとしたのだ。

君には父親として何も出来ず、ただ厳しい修行を課してしまった。

今更、許されることではないが、それでも謝らせて欲しい。

すまなかった。


 そして、君に対して感謝の言葉を言わせて欲しい。

君は覚えているだろうか?

俺が厳しい修行を課していたにも関らず、君は新しい魔法を覚える度に嬉しそうに笑っていた。


 俺はなぜ、笑うのだと質問した時、君はこう答えたのだ。

爺さんの後を継ぐんだ、これでまた一歩爺さんに近づいた、と。

その言葉を聞いた時の衝撃は、今でも覚えている。

俺は君に対して、ただの道具としてしか見ていなかった。

君に課した修行は、決して笑っていられるようなものではなかったのに。


 そこで、初めて気がついたのだ。

自分が間違っていることをしているのだと。

自分が苦しんで逃げたい気持ちを、ただ君に押し付けていただけなんだと。

そして、こんな自分に付いて来てくれる人も居てくれるのだと。


 君の言葉で、俺は変われた。

俺はあの過去を乗り越えることが出来たのだ。


 それから、もう一度自分にできることは何か考え直した。

邪教徒に対する復讐ではなく、君に父親として何を残せるだろうかと考えたのだ。


 そんな時、クリストフが昔言っていた話を思い出した。

『世界を包む聖域』、それは今の技術では不可能だと思われていた。

だが、あいつはその課題を1つ1つ解決していった。

あの技術を使えば、世界は無理でも、この街だけならば出来るかもしれない。


邪教徒を、アンデッドを寄せ付けない聖域。

それを君に残したかった。


 それから、独自に研究を始め、ようやく完成間近というところまで来た。

今にして思えばクリストフに手伝ってもらえば方が良かったが、

あいつには、散々無理だ、無理だと言ってきたからな。

今更、手伝ってくれとは言えなかった。

悪いがクリストフにすまなかったと言っておいてくれないだろうか。


 さて、残りのページも少なくなってきた。

正直に言うと、君は思い込みが激しいと言うか、周りが見えなくなる所があって、

俺が居なくなっても大丈夫だろうかと不安に思っていた。


 だが、ここを見つけたということは、俺の死を乗り越えることが出来たのだろう。

今の君にならこの魔法を完成させることが出来るはずだ。

どうか、俺の代わりにこの魔法を完成させて欲しい。


 最後に、今まで君にはきちんと言葉で伝えられなかったことがある。

こんな所でしか口に出来ない俺を許して欲しい。


アンナ、俺は君に出会えて幸せだった。

愛しているよ。


                 父 ビクトル


-----------------------------------------------------



「……」


 手紙を丁寧に畳み、ゆっくりと息を吸い、同じ時間を掛けて息を吐く。

自分の中の感情を整理しようと思ったが、無理だった。


「あー、くそ! 何だよ、これは!!

言いたいことがあるなら、生きてる内に直接言っておけよ!!

想いは言葉にしないと伝わらんだろうが!!」


 もう何と言うか、焦れったい。

この事件を解決させるために、色々な人に話を聞いて回り、

その挙句に死者の意志だとか、アンナの責任だとかを考えていた自分が馬鹿らしい。


 どうすれば良かったのか?

それはこの遺書に書いてある。


 結局、今回の事件は、大司教クリストフ、先代司教ビクトル、南部教会司教アンナ。

この3人が腹を割って自分の思いを語っておけば、それで良かったのだ。

特にビクトル、彼は酷い。

アンナに出会った後の彼は、立派な人間だったのだろう。

だが、その後始末をせずに彼は死んでしまった。

そのせいで面倒くさい方向に、全てが拗れていったのだ。


「だいたい、ビクトルは何で教会に黙って、自分1人でやってるんだよ!

サプライズのつもりかよ!

クリストフと一緒にやれば良かっただろに!

そうすれば、聖人として認められていたかもしれないじゃないか!

 それに、アンナもアンナだ!

何でこんな時に引きこもってんだよ!

本来、ここに居るべきなのは、自分では無くアンナだろ!」


 それが2つの遺書を読んだ率直な感想だった。

普段はあまり大きな声を出さないので喉が痛い。

ぜー、はーと息が乱れる。


「おいおい、いきなりどうした?」


「ふぅー……決めた。

前言撤回、今日ここで今回の事件にケリを着ける。

ギンさん、ちょっと待っていて下さい。

アンナをここに連れてきます」


 今回の事件では、アンナが気付くべきことだと、その決着を彼女に委ねていた。

だが、それは止める。

最初はアンナにビクトル氏の想いを自分で気付いて貰おうと思っていたが、

彼女には彼の想いに気付けるだけの材料があったのか疑問だ。

彼の本当の想いなんて、あの遺書を読まなければ、一生分からないだろう。


 このまま待っていても埒が明かない以上、自分がこの事件を終わらせる。

部外者だとか、安易な解決だとか、そんなことは関係ない。

安易だと、納得できないと思うのなら、自分が納得できるようにすれば良いのだ。


困惑しているギンさんを地下の祭壇に残し、南部教会に向けて走り出した。



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