38話 先代司教 ビクトル
1年前に何があったのか、シモンに聞く必要がある。
「……今日は教会の課題について、詳細をお聞きできるとミレーユさんから聞いて来ました。
いくつか質問があるのですが、宜しいですか?」
シモンは姿勢を正すと、まっすぐに自分を見る。
「どうぞ、僕に答えられることなら」
シモンに自分が貧民街で知ったことを説明する。
南部教会の先代司教ビクトルが貧民街で殺されたこと。
ビクトルが聖人に指名されなかった事を理由に、アンナがボイコットをしていること。
ビクトルと大司教クリストフは、ライバル関係にあったこと。
「失礼を承知でお聞きします。
先代司教ビクトルは聖人に相応しかったのか?
また、大司教クリストフが個人的な私怨で聖人に指名しなかったのか?
この2点について、お聞かせ願えないでしょうか?」
「そうですね……あなたが聞いた情報は概ね正しい。
少し補足をしながら説明しましょうか」
自分の言葉を遮ることなく、黙って聞いていたシモンは、
自分の言葉を肯定すると、静かに語り出す。
「まず1つ目のビクトル氏は聖人に相応しいのか、それは難しい問題です。
あなたが貧民街で得た情報通りで、彼は功罪両方を持っています。
この事件がここまで拗れた原因ですからね」
確かに、そうだろう。
そもそも先代司教が聖人として相応しい人物で無いなら、この話はそれまでだ。
アンナの主張に正当性は無くなる。
とにかく、まずは先代司教の功績と罪過を確認しないと始まらない。
「僕も生まれる前の事になりますので、伝聞になりますが……
若い頃のビクトル氏は一言で表すなら『天才』だったと聞いています。
今から40年程度前のことになりますか、
当時は今とは異なり聖騎士たちは邪教徒と本格的な戦闘を行っていました」
邪教徒、ブルード鉱山で戦ったソウルイーターを思い出す。
40年前はあんなのと戦いを繰り広げていたのか。
「その中でビクトル氏は、多くの邪教徒やアンデッドを打ち倒した英雄でした。
彼が生涯で倒した邪教徒の数は6人、参加した作戦は50以上。
この記録と並ぶのは、偉大なる聖騎士クロードと太陽の聖騎士……」
そこまで言うと、ゴホンとシモンは誤魔化すように咳払いする。
「いえ、偉大なる聖騎士クロード様ぐらいしかいません」
「邪教徒の一人と戦ったので、その記録が凄まじい事は分かります。
アレと同等の存在と6回も戦って、よく生きていたものだ」
自分の場合、ソウルイーターを倒せたのは運とチートによるところが大きい。
アレと同格の存在をチートも無しに6体も倒したと言うのなら、
それはただ凄まじいの一言に尽きる。
そして、偉大なる聖騎士クロードの名前は知っている。
アウインが開拓され始めた頃の伝説的な聖騎士であり、もちろん聖人でもある。
たしか中央教会には彼の像が立っていたはずだ。
また、ゲーム時代のフラグメントワールドでも、彼に由来するクエストやアイテムがあった。
なるほど、彼と同等の戦績を残しているのなら、ビクトル氏も聖人としての資格は十分だろう。
「ところで、太陽の聖騎士とは……?」
こちらの名前はゲーム時代でも、こちらに来てからも聞いた覚えがない。
「太陽の聖騎士マルク、いえ、今は堕ちた聖騎士マルクと呼ぶべきなのでしょうね。
彼は司教の位にまで就いたにもかかわらず、邪教徒に魂を売った裏切り者です。
その名を語ることは教会では禁忌とされていますので、軽々しく口に出さないように注意して下さいね」
まあ、たった今口を滑らせた僕が言うのも何ですけど、とシモンは苦笑する。
「それは、倒されているのですか?」
シモンは首を振る。
「いえ、現在も邪教徒として活動をしているはずです」
くそ、厄介だな。
つまり、邪教徒6体分に相当する戦闘能力を持った邪教徒と、戦う可能性があるということだ。
「話を戻しますね。
ビクトル氏の実績は、偉大なる聖騎士クロードと同等のものであり、聖人としての資格は十分にあると言えます」
「では、罪過についてはどうですか?」
「若い頃のビクトル氏は天才だと説明しましたが……
それ故、横暴な態度や酒を飲んで暴れたりといった問題行動も多かったと聞きます。
まあ、これ自体は若気の至りで、問題視するほどのことではないのですが……
まず前提として、彼をよく思わない人間は多かった、ということを覚えて置いてください」
前置きとしてシモンは説明する。
つまり、大司教以外にも彼をよく思わない人間は多かったということだ。
「さて、ビクトル氏の罪過において、主に2点が挙げられます。
まず1つ目、『邪竜使いエミール』の討伐作戦において、
ビクトル氏が率いた聖騎士団48名はアンデッドドラゴンの奇襲を受け、
邪教徒の拠点ごと聖騎士団はビクトル氏を除いて全滅しました。
さらにエミールも捕り逃しています」
シモンが言うには、この全滅とは軍事的な意味である部隊の3割の喪失ではなく、
ビクトル氏以外の団員が全ての死亡したのだと言う。
それだけの犠牲を払って、目標を取り逃がしている。
確かに、これは大失態だと言わざるを得ない。
「一応、彼の名誉の為に補足しますが、当時は邪教徒との本格的な戦闘が多発していました。
当然、ビクトル氏の騎士団以外でも教会側は多くの犠牲者は出ています。
邪教徒との戦いとはそれだけ厳しいものであり、彼だけが特筆して悪いと言う訳ではありません」
そう言って、シモンはビクトル氏をフォローする。
つまり、この失点だけでは、まだ彼の功績の方が上回っていると言うことらしい。
「それからの彼は聖騎士団の団長を辞め、ただの一兵卒としてアンデッドの討伐を行いました。
もともと彼が所属していた北方教会以外が担当する戦闘においても、
積極的に参戦し、囮や偵察などの危険な任務もこなしていたそうです」
シモンはお茶を一杯飲むと、話を続ける。
「そうした功績が認められ、晩年は南部教会の司教につきました。
そこからは特に大きな話はありません。
彼は良く貧民街をまとめ、アンナを育てました。
大きな功績こそありませんでしたが、失点もありません。
しかし……」
「……貧民街の住人に殺された」
「ええ、発見された彼の遺体からはマーヤ教の神官の証である聖印を、『持っていなかった』」
シモンは聖印を持っていなかった、その事を強調するように言う。
「いや、それは彼を殺した人間が盗ったんだろう。
それすらも失点だと言うのか」
シモンは目を伏せると、ただ頷く。
「聖印が無いだけならまだ良かったのです……
……ビクトル氏の死後、彼が所有している聖騎士の装備一式を返還する様に通告がありました。
しかし、彼の装備はありませんでした。
アンナにも確認しましたが、彼女も所在を知りませんでした」
貧民街の住人は、ビクトル氏が私費で家を建てたりしていたと言っていたが……
「……まさか、売り払ったのか?」
「それは分かりません。
しかし、事実として彼は装備を紛失していた。
我々の装備は教会から与えられ、そして死後、返すものです。
戦死して回収不能ならばともかく、それが果たされない以上、
教会としては罪であると言わざるを得ません」
シモンは申し訳なさそうな顔をしているが、きっぱりと言い切った。
つまり、シモンの話をまとめると、
邪教徒との戦いで全滅したこと、
聖騎士の装備一式を紛失していたこと、
この2点がビクトル氏が犯した罪過と言うことになる。
「結局、功罪合わせて、ビクトル氏は聖人として相応しいのですか?」
「難しいと言わざるを得ません。
仮に僕が判断するとしても、簡単に答えは出せません。
大司教の判断次第と言うことになります。
少なくとも僕は聖人として認めないと言う判断そのものは間違っているとは思いません」
難しい顔でシモンは答える。
結局、最後は大司教の判断次第と言うことだ。
そうなると仮に、大司教が私怨で聖人に指名しなかったとしても、
表立って問題にはならない。
「分かりました。
最後に失礼を承知でお聞きしますが……
大司教は聖人にするか判断する時に、私情を挟む人間ですか?」
「僕が知っている限り、大司教はそのような私情を挟む人間ではありません。
もちろん、彼も人間ですので一時の気の迷いはあるかもしれません。
しかし、ビクトル氏が天才だとするなら、大司教は努力の人です。
誰に対しても真摯に接し、日々精進し、数十年の努力の末に大司教となったのです。
そんな人が私怨で判断を誤るとは、僕には思えません」
シモンの目は真剣だった。
いくら自分に味方してくれていると言っても、彼は大司教補佐官であり教会側の人間である。
だが、彼の言葉からは、そう言った贔屓や立場上の建前は感じられなかった。
聞けば聞くほど、分からなくなっていく。
分かってはいたことだが、今回の事件は誰が1人が悪いという単純な話ではないようだ。
「……質問に答えてくれてありがとうございます」
頭を下げ、感謝の言葉を述べる。
彼にとっては答えにくい質問でも、真摯に答えてくれたのだ。
しかし、これからが大変だ。
シモンのおかげで何が起きたのかは分かったが、
この事件の解決の糸口は見えない。
やはり、判断を下した大司教と話を出来れば良いのだが……
「……ソージ。あなたは本気で解決するつもりなのですね。
顔を見れば分かります。僕の話を真剣に聞いてくれましたから」
どうすれば良いか考えていると、シモンが語りかけてくる。
「……大司教との面談。
3日後の夕方。時間は30分。
僕との同席であれば可能ですが……会ってみますか大司教と」
「……!
それは、是非お願いします!
しかし、良いのですか。
教会としては自分は監視対称でしょう?」
シモンからの提案に即座に飛びつくが、逆に不安になってくる。
自分で言うのも何だが、自分の様な不審者と会わせてしまって大丈夫なのか?
大司教と面会できるのなら、自分はかなり突っ込んだ質問をするつもりだ。
その結果、シモンが罰せられたりしたら嫌なんだが。
「僕はこれでも大司教補佐官です。
僕が問題ないと判断した。
あなたが心配する必要はありません。
仮にあなたが大司教を襲ったとしても、命に代えても彼には指一本触れさせるつもりはありません」
自分が心配していることとは若干ずれているが、
それでも彼は命を賭けるのだと言う。
「自分が言うのも何だが、シモンは命の張り所を間違えていると思うよ。
自分のような不審な聖騎士のお願いなんて無視すれば良いのに」
「ですが……そうして面倒だからと逃げていては何も出来ません」
覚悟が決まった顔でそう言うシモンに、逆に自分の方が心配になってくる。
何と言うか、一度決めたら考えを曲げない。
そんな真っ直ぐな人間だ。
「……難儀な性格だな、シモンは」
「あなたには言われたくないですよ」
ははは、とお互いに苦笑する。
「それでは、3日後中央教会に来てください。
それと、何か必要なものがあれば用意しますよ」
必要なものか……
大司教に聞きたいことは、ビクトル氏を聖人に指名しなかったことの判断基準。
それを聞き出す際に、必要なもの。
「……それなら大司教の去年から1年間のスケジュールを教えて貰えないですか?」
「僕は大司教補佐官なので、予定はすべて把握していますが……何に使うつもりですか?」
「シモンから大司教がどんな人物か、その一端は聞きました。
ただ、自分の方でも彼がどのような人物なのか知りたいのです」
自分は大司教については、よく知らない。
彼がどんな人間なのか、何を好み、何を嫌うのか。
この1年をどのように過ごしてきたのか。
それを知れば、彼が下した判断が正しいのか、分かる気がするのだ。
「……分かりました。
全ては無理ですが、公にして問題の無い範囲の予定ならば後ほどお知らせしましょう」
こうして3日後、自分は大司教と面会することが決まった。
これにて、2章のイベントの内、3分の1を消化。
2章の最後では戦闘もありますが、
まだ、しばらくは交渉と情報収集が続きます。