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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第2章 聖者の条件
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36話 課題の真意

訂正について

以前の話で書き忘れた点があったので、以下の2点に対して修正を行いました。


・34話のアンナとの戦闘時に、アンナは『シャイニング・エッジ』という、

武器に光属性の魔力を付与する魔法を使ったことを追加しました。


・35話の地下墓地に対して、この墓地は先代司教が作成したという話を追加しました。


それぞれ上記の一文を追加しただけで、重要な伏線という訳ではないのですが、

後の展開でいきなり出てくるのもどうかと思いますので、修正をさせて頂きました。

 貧民街の見回りを終え、南部教会に戻って来た。

既に日は暮れかけており、南部地区の住宅には明かりが灯る。

しかし、聖堂内には明かりは無く、しんと静まり返っている。

当然の事であるが、聖堂内には相変わらずアンナの姿は無かった。


 聖堂の隣にある宿舎に移動する。

アンナの部屋の扉は相変わらず閉ざされていたが、ドアの隙間から漏れる光から室内には居るようである。

ドアの前には貧民街に出かけた時と変わらずに、クッキーの箱が置かれていた。


 足元にあるクッキーの箱を手に取る。

手にした箱は少し軽くなっているような気がする。

箱を開けるとクッキーは無くなっており、代わりに1枚のメモが入っていた。


『うまかった』


メモには、そう一言書かれていた。


「やれやれ……そういう事は、直接言葉にして欲しいんだが……」


 口に合ったようで何よりだが、結局アンナとはあまり話が出来なかった。

元々、今日は顔合わせぐらいに考えていたし、情報はギンさんから聞くことが出来たが、

これでは幸先が良いとは言えないだろう。


 クッキーの箱を回収し、替わりに今日貧民外で行った活動についての報告書をおいて置く。

内容は、貧民街の老人に祈りを捧げたこと、地下墓地への埋葬、それと炊き出しの要望について。


「ボイコットについては……今は書かないほうが良いだろうな」


 貧民街の顔役ギンさんから聞いた、先代司教の死とアンナのボイコットの理由。

ギンさんが嘘を言っている様には思えなかったが、彼の情報が正しいとは限らない。

事が事なだけに、情報の裏を取る必要がある。


「……では、自分はこれで失礼します」


扉越しにそう言うと、南部教会を後にした。




「クンクン……良し、合格。入っていいわよ」


「まったく風邪を引くかと思いましたよ……そんなに臭かったですか?」


 ミレーユさんの家に帰った途端、自分は家から追い出されてしまった。

理由は、自分が余りにも臭かったから。

自分では全然気付かなかったが、今日は貧民街の路地裏や下水道に入っていたため、

臭いがついてしまっていたらしい。


 そんな自分に対して、ミレーユさんはストレートに『臭い、出て行け』と言い。

リゼットはミレーユさんと違い、自分を引き止めてくれたのだが、

自分はリゼットが一瞬鼻を押さえたことを見逃さなかった。


 そういう訳で、臭いが取れるまで家の庭で身体や装備を洗っていたのだ。

今のアウインは昼間は暖かいが、夜は冷える。

寒空の中、一人ゴシゴシと装備を洗うのは、まさに苦行だった。


 しかし、これからも下水道の墓地には行く事があるだろう。

その度に、こんな事をやっていては本気で風邪を引いてしまう。

次の貧民街の見回りの時には、換えの鎧や服を用意するべきだろう。

あと、南部教会には井戸もあったし、宿舎もあるので風呂もあるはずだ。

今度からは臭いや汚れは落としてから帰ろうと思う。




 そうして無事に家に入り、夕食を取った後。

リゼットはいつものように食器の片づけを行い、

自分とミレーユさんは、リゼットが入れてくれたお茶を飲みながら、

今日の報告を行うことにした。


「それで、ソージ。アンナの第一印象はどうだった?」


「印象ですか、最悪でした」


 まず、ミレーユさんはアンナの印象を聞いてきたので、自分は正直に答える。

ギンさんから得た情報から、多少は同情する部分も無いでは無いが、

しかし、あの出会いは無い。


「ちょっと、アンナの奴、何をしたの……?」


 自分の答えに顔を引きつらせたミレーユさんに対して、

アンナとの出会いについて説明する。


「辞めさせられそうになって……

それで、決闘……?

あの馬鹿アンナ! 何やってんのよ!

……一応、聞くけどアンナは生きてるよね?」


ミレーユさんは頭を抱えながら尋ねる。


「さっき説明した通り、多少の怪我はあるかもしれませんが、

しっかり生きてますよ」


「そう、それは良かった。

もしも私がソージの立場だったら、確実にボコボコにしてたと思うわ。

……本当に馬鹿な子で、ごめんなさいね」


安堵のため息をつき、ミレーユさんは謝罪する。


「いや、まあ別にいいですけど……

しかし、アレを説得するのは、厳しいですね」


 結局、今日はまともな話を聞けないまま1日が過ぎてしまった。

説得のために残された時間は後9日。

正直言って、9日で改善できるとは思えない。

それこそ、力尽くで引っ張り出して、無理やり言うことを聞かせれば可能かもしれないが、

暴力に訴えるようなやり方をするつもりはない。


「まあ、そうでしょうね。

でも、それについては気にしなくてもいいわ」


あっさりとミレーユさんは答える。


「気にしなくても良いって……そうは行かんでしょう?

教会からの課題を解決して、信頼を得ないといけないんですから」


 自分は教会に不審に思われている。

この世界で暮らしていくことを選択した以上、

宗教勢力と不和を残したままではいられない。

この世界のどこに行っても、教会はあるのだから。


だからこそ、それを解決するのが今回の課題のはずだ。


「ああ、それね。

別に今回の課題だけで判断しようって、訳じゃないから大丈夫よ。

大体、教会の上層部は誰もソージが解決できるなんて思ってないから。

今回の説得に限って言えば、失敗は大した減点にはならないわ」


「ちょっと待ってください。それはどういう意味ですか?」


 今回の課題の正否だけでは判断しないというのは、自分にとっては有り難い。

しかし、失敗しても良い?

誰も解決できると思ってない?

では、何でそんな課題を自分に振る?


「アンナの説得は以前から行われていたし、実際に私も説得を行ったこともあるわ。

でも、アンナは誰の説得にも応じようとはしなかった。

そして、そのまま1年の職務放棄。

最初はアンナを擁護する者もいたけど、今では多くの者は辞めさせたいと思っているわ。

分かる? 今回の課題は、ソージの教会への忠誠を見ると同時に、アンナへの最後通告でもあるの。

ソージの説得が成功すれば良し、もし失敗してもアンナを辞めさせる事が出来るってわけ」


きっぱりとミレーユさんは告げる。


 なるほど、教会にとって自分の方よりも、むしろアンナの方を優先して解決したいと、そう言う事か。

だからこそ、自分が仮に失敗したとしてもイメージダウンはほぼ無く、

自分に対しては、後日、別の課題を出せば良いと。


確かに、『教会』と『自分』には損がないように見える。


「……今回の課題。これを考えたのはミレーユさんですか?」


「ん、どうしてそう思うの?」


「やり方が、あなた好みのやり方だからです」


 ミレーユさんは神官としての勤めをきちんと果たす人間であるが、感情で動く人間ではない。

彼女の行動には、何らかの『利』が含まれている。

自分の利を優先するその姿勢は、普通なら自己中心的であり、反感を買われそうであるが、

彼女の場合は、きちんと義理を通したり、うまく相手が損をしないように調整する。

それをやった上で、自分の利を通すのだ。


 彼女はブルード鉱山で、自分に対して様々なサポートを行ってくれた。

その上で、自分を盾にして安全に冒険を行いたいという彼女の願望も叶えている。


 リゼットとの結婚についても、お膳立てをしたのは彼女である。

ミレーユさんは結婚を控えているのだと言うし、あの事件の落とし所が『結婚』だったのは、

そのせいではないだろうかと思う。

まあ、これは邪推が過ぎるか。


 ともかく、それを踏まえた上で今回の事件についての各々のスタンスは、

教会側は、アンナと自分をどうにかしたい。

自分は、教会からの信頼を得たい。

ミレーユさんは、自分とアンナを守りたい。


 今回の課題で、教会側は自分が成功しても失敗しても損をしない。

これだけなら、教会が考えた課題だと思っていただろう。


 しかし、自分の場合も成功しても失敗しても、損をしないように調整してあるのなら、

それはミレーユさんが考えたのだろう。

なぜなら、教会側にとって自分が失敗しても良いような課題を出す意味が無いからだ。


その説明を聞いたミレーユさんは、にこりと笑う。


「私の事をよく理解しているようで嬉しいわ」


 それは、暗に認めると言うことだ。

ならば、気になる点が1つある。

自分が失敗することで損をする人間が1人居る。


……アンナだ。


「ミレーユさんにとって、アンナの事をどう思っているんですか?

確かに自分は失敗しても問題ないのかもしれない。

しかし、彼女は自分が失敗すれば、司教の位を解かれることになるんでしょう?

ミレーユさんはアンナを助けたいのでは無いのですか?」


「もちろん、ソージの説得がうまくいって、アンナが司教を続けられるようになれば良いなと思うわよ。

でもね、あなたは勘違いしているようだから言っておくけど。

私はアンナの母親でもお友達でもないの、ただの学生時代からの『腐れ縁』」


自分の問いに、ミレーユさんは笑みを消して答える。


「私も一度は落ちた人間よ。

だから、自分一人ではどうにもならない事があることも分かるし、

一度そうなると、そこから引き上げてくれる人間が必要だということも、理解しているつもりよ。

でもね、さっきも言った通り、私は既に説得をして失敗しているの」


ミレーユさんは一度、椅子の背もたれに身体を預けると、

力なく言葉を紡ぐ。


「……あなたも神官なら分かるでしょう?

私達の仕事は弱者を救済すること、だけど、救われる側が救われたいと手を伸ばさないと意味が無いの。

あの子もガキじゃないんだから、そこまで面倒は見切れないわ」


「結局、アンナのことは自分次第と言う事ですか……」


 今回の事件に対して、ミレーユさんはアンナに対して『調整』を行っていない。

つまり、自分でどうにかしないといけない。


「そうね、私自身は出来る事をやったし、後はソージに賭ける事にしたのよ。

でも、悪い勝負ではないでしょ?

私はあなたなら説得に成功するんじゃないかと思っているのよ」


ミレーユさんはいつものように笑みを作り、自信を持って語る。


「……その自信は一体どこに根拠があるんですか?」


「そんなものは無いわ。強いて言えば女の勘ね」


 女の勘ときたか。

ミレーユさんにしては随分といい加減な話だ。

これは本当に根拠など何も無いのだろう。


「分かりました。

まあ、自分にどこまで出来るかは分かりませんが、やれるだけやってみます。

その上で質問なのですが、アンナが職務放棄をしている理由は、

先代司教のビクトル氏が聖人に選ばれなかったことで間違いは無いですか?」


 兎にも角にも、今回の課題で重要なのがアンナがボイコットをしている理由だ。

ここをはっきりさせないと、何も始まらない。


「ええ、彼女自身に直接聞いたから、それは間違いないわ」


 自分の質問に対して、ミレーユさんは頷く。


「では、その方向で攻めてみようと思います。

要するに、教会に先代司教を聖人に認めてもらえれば良いのでしょう?」


 今日の出会いで、アンナの説得は正直言って無理だと感じた。

そもそも、学友であったミレーユさんの説得が通じなかったのに、

部外者である自分の言葉でアンナの考えは変わらないだろう。


ならば、教会の方をどうにかする方が、まだ建設的だろう。


「ちょっと待ちなさい!

それで解決を目指すのなら教会の事情に踏み込むことになるわ。

今回の課題がそもそも、教会からの不信感を払拭することであると忘れてないわよね」


「それは、もちろん忘れてないですよ」


 自分の言葉に慌てるミレーユさんに対して答える。

しかし、彼女は目じりを吊り上げ、言い放つ。


「でも、やる気でしょう?

自覚があるだけ、余計に性質が悪いわ。

あのね、課題は今回だけじゃないから無理をしなくて良いの。

『教会の言いつけ通り頑張って取り組みました、

今回は無理だったけど次は頑張ります。

自分は悪い人間ではなく、良い人間です』って示せば良いのよ。

あえて自分から教会に踏み込む必要は無いの」


……良い人、ね。

まあ、ミレーユさんが言うことは良く分かる。

しかしだ。


「ミレーユさんが自分に有利になるように、今回の課題を出してくれたことは感謝しています。

しかし、その上で言わせて貰いますが、自分は失敗前提でこの件に関りたくはありません。

今回の課題が、自分の信頼を得るためだと言うのなら、なおさらです」


「あなたさっき、出来るか分からないが、やれるだけやってみますって言ってたじゃない」


訳が分からないとミレーユさんは言う。


「それは別に失敗しても良い、という意味で言った訳ではありません。

今回の課題に対しては、結果が成功するかはやってみないと分かりません。

だから、自分に出来ることは、可能な限り行います」


 それに今回の事件は一人の人間の死が絡んでいる。

ならば、中途半端な気持ちでやるべきではない。

それなら最初から手を引くべきだ。


その上で、自分はどうしたいのか。

……やはり、気になる。


 1年前に何が起きたのか。

アンナのボイコットは正当性があるのか。

先代司教は聖人として相応しいのか。

大司教が私怨で、先代司教を聖人に指名しなかったのか。


 この世界で聖騎士として生きていかねばならない以上、

教会との不和はもちろん解決するべきだ。

しかし、あまりにも教会がブラックであるのなら、

ほいほいと教会の傘下に入るのはまずい。


 ミレーユさんには何だかんだで世話になったので、これからもうまく付き合っていきたいが、

最悪の場合は、別の街に移住することも検討しないといけない。


「そういう訳で、ミレーユさん。

大司教に面会することは出来ませんか?」


 まず、なぜ先代司教が聖人として選ばれなかったのか。

それをはっきりさせるためには、本人に聞くのが最適だ。


「はぁ……本気でやる気なのね。

まあ、止めても無駄なのは知ってるから、好きにすればいいけど……

でも、それは無理」


「ですよね」


 呆れるように言うミレーユさんに、自分も同意する。

自分で言っておいて何だが、不審に思っている人間に対して、

教会のトップが直々に面会してくれる訳が無い。


 しかし、それではどこから手をつければ良いだろうか?

地道に、情報を集めるしかないのか?

やはり、今回の課題は厳しいな。


「……でも、その代わりに教会の上層部になら面会は出来るわ。

と言っても、私の神学校時代の同期なんだけどね。

それでも良いかしら?」


頭を抱える自分に対して、ミレーユさんは語る。


「それで構いません。いつ会えますか?」


「明日の昼に、西部地区の『満腹亭』って店に行ってみなさい。

そこで会えるわ」


「分かりました。それにしても手が早いですね」

 

 今日話をして、明日には会えるとは随分と話が早い。

まるで、最初から用意されていたかのようだ。


「まあね。教会の上層部……シモンっていうんだけど、彼は私の協力者よ。

元々、明日は彼に会ってもらう予定だったんだけどね。

もっとも、シモンの方はソージが本気で解決するつもりだとは知らないから、

彼も驚くでしょうけど」


 そう言うと、ミレーユさんはお茶を飲む。

自分も同じようにお茶を飲む。


お茶はすっかり冷たくなっていて不味かった。


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