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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第2章 聖者の条件
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35話 路地裏の住人達

「……まあ、こんな所か」


 戦闘の余波で、滅茶苦茶になった聖堂の片付けを開始して3時間が経過した。

飛び散った木片や石片を教会の外にあるゴミ捨て場に移動させ、

聖堂内の片付けは終了した。


「しかし、これは酷い」


 破片を片付けたとしても、槍で削られた椅子や床は元には戻らない。

元々、廃墟じみた外観であったのに、内装まで廃墟のような有様になってしまった。


「やれやれ……これ以上は、専門の職人の仕事だな。」


そう言いながら、被害の無かった椅子に腰掛ける。


 時刻は昼過ぎ。

鞄の中から自分の分のクッキーが入った小箱を取り出し、その中の1つを摘む。


「せっかく、クッキーを焼いてきたのにな……」


 鞄の中からアンナの分のクッキーを取り出す。 

アンナの分も食べてしまうかと思ったが、元々これは彼女の為に作ったものだ。

そこを曲げるのも嫌だったので、アンナの部屋の前に置いておく。


「さて……これから、どうするかな」


 自分が片づけをしている間、アンナが聖堂に出てくることは無かった。

そのため、今日はアンナから話を聞くことを諦める。

そうなると、今日は一日南部教会で過ごす予定だったため、午後の予定は丸々空いている。


さて、どうしたものか。


「……確か南部教会の普段の業務は、貧民街の見回りと炊き出しだったか。

炊き出しは無理だが、見回りぐらいはしておこう」


 自分は南部教会に所属したのだ。

アンナの説得もやらないといけないが、普段の業務を疎かにして良い訳は無いだろう。

彼女が今までボイコットをしていたと言うのなら尚更だ。



 椅子から立ち上がり、聖堂から出ると南部地区の住宅地、通称『貧民街』に向かう。

表通りは教会に来る時に見て回ったので、路地裏に入っていく。


「なるほど……貧民街、か」


 建物1つ分、裏に入るだけで空気が一変する。

密集した建物に囲まれた裏路地は昼間でも薄暗く、空気も悪い。

さらに、周囲にはゴミが散らばり、すえた臭いが漂う。


 道端には、ぽつぽつと人がいるが、彼らは突然現れた自分に対して、

何をするでもなく、ただじっと見つめている。

彼らの身に纏っている服は一様にぼろぼろで、年齢も子供から老人まで様々だ。

さらに、ヒューマン以外にもエルフやドワーフ、ワーウルフ等の異種族もいる。


 いや、むしろヒューマン以外の種族が多い。

特に多いのがワーウルフだ。

ワーウルフは、顔は人と同じだが、頭に犬の耳が有り、口には鋭い犬歯が生えている。

また、手足には鋭い爪と、お尻に尻尾が生えている。

種族の特性として、魔力は低いが、体力、俊敏性に優れるため、

前衛攻撃職に向いている。


 しかし……異種族か。

アウインには、ブルード鉱山と違って明確に異種族に対する差別は無いはずだ。

実際に、ドワーフの鍛冶屋や、エルフの錬金術工房など、

街の中には真っ当に生活している異種族が、普通に存在している。


では、なぜ貧民街に多くの異種族がいるのだろうか?


 アウインで生活する異種族は、1割程度と言われている。

しかし、この貧民街に限って言えば、ざっと見た限りではヒューマンが4割りに対して、異種族が6割程度。

この偏りは、偶然とは思えないレベルである。


 ミレーユさんは、この街に住む異種族の者は、

元は仕事の都合等で、外からこの街にやってくるのだと言っていた。


 だとすると……おそらく、何かあった時に頼る者がいないのだろう。

例えば、病気等で働けなくなった場合だ。


 アウイン水場において、自分が治療した中に、モンスターに片腕を食いちぎられた女性がいたことを思い出す。

彼女が、あの後どうなったのか知らないが、

片腕を失った以上、非常に不便な暮らしを強いられているはずだ。


 この世界では、元の世界のように保険や生活保護など、手厚い保護があるわけではない。

では、どうするのかと言うと、働けなくなった者は、親族に養ってもらうのだ。

しかし、彼らはこの街の外から来た身だ。

多くの者は頼れる親族など居ないのだろう。


そうなれば、一度落ちぶれてしまえば最後、2度と浮き上がることが出来ずに沈んでいくことになる。


 大人ならそれも仕方が無いだろう、

しかし、子供ぐらいは何とかしてやれないものかと思う。

この路地裏には明らかに親が居ないような、ストリートチルドレンも見られる。

この様な場合、漫画やゲームでは、孤児院の登場となるわけだが……

少なくとも南部教会には無かった。


 まあ、彼らの境遇には同情はするが、

だからと言って、簡単に気を許すことは出来ない。

今も彼らはこちらを観察するかの様に、生気の無い目で、じっと見ている。

ここで隙を見せた場合、彼らが何をしてくるのか分からない。


 自分はレベル74あるため、仮に襲われても問題ないが、

一般人が、ふらりと貧民街に入った場合、翌日には身包み剥がされて、

死体になっていたとしても不思議ではない。

そんな雰囲気が、この場にはある。


そんなことを考えていると、声をかけられる。


「よお、聖騎士殿。こんな所に何のようだい?」


 声をかけてきたのは40歳ぐらいの中年のワーウルフ。

灰色の髪を後ろに束ね、同色の無精ひげを生やしている。

彼はよれよれのシャツとズボンを着ているが、それでもこの貧民街ではマシな服装をしている。

ここのリーダー的な存在だろうか。


「聖騎士のソージです。本日から南部教会に所属することになりまして、

見回りをさせて貰っています」


胸に手を当て、自己紹介を行う。


「俺の名はギン。

ここの顔役みたいなもんをやっている。

しかし、ようやくあのお嬢が仕事をしたのか?

炊き出しはいつやるんだ?」


 貧民街の顔役、ギンさんは嬉しそうな顔で聞いてくる。

お嬢とはアンナの事だろうが、彼女が仕事をしないのはここでも有名なようだ。

まあ、それも当然か。

ここの住人達にとって、教会が行っていた炊き出しは重要な食料供給源だろうからな。


「いえ……アンナは未だに仕事を放棄してます。

私の方から彼女には説得を行う予定ですが、

炊き出しについては、現時点では予定はされていません」


その言葉を聞くと、彼は露骨に残念そうな顔をする。


「なんだい、ビクトル爺さんは立派な人だったのに、あのお嬢は仕事をしやがらねぇ。

元は俺らと同じ貧民街の人間なのに、つめてえよなぁ」


 ビクトルとは先代の南部教会の司教だ。

そして、アンナはこの貧民街の生まれらしい。

そう言えば、そんな話を聞いたような気がする。


 それはさて置き、彼は先代司教とアンナについて顔見知りのようだ。

彼らについて、詳しい話を聞けるかもしれない。


「先代の司教とアンナについて、ご存知なのですか?」


「ああ、よく知ってるよ。

ビクトル爺さんとはダチだったからな。

元々は、高名な聖騎士だったていうのに、

あの人は俺らのような輩にも良くしてくれていたよ。

俺らの話を親身になって聞いてくれたし、炊き出しもしてくれた」


 先代司教のことを語るギンは、自分のことの様に嬉しそうに話す。

その様子からは、先代司教が彼らに対して大きな信頼を得ていたことが分かる。


「アンナはなぁ……

あのお嬢も、元は貧民街で生活してたんだがな。

ビクトル爺さんが才能あるからって、引き取って養子にしたんだよ。

爺さんは自慢の娘だって、よく話していたのによ。

今では御覧の有様って訳だ」


 先代司教の話題からアンナの話題になるが、

先程の嬉しそうなギンの表情は消え、吐き捨てるように語る。

それは、単に彼女が炊き出しをしないという、実利による落胆と言うよりは、

立派であった先代司教の顔に泥を塗るような、彼女の態度に対する落胆のように感じられる。


何にしても、彼はかなり事情に詳しいことは間違いない。


「そのお話、詳しくお聞かせ願えませんか?」


「ああ、あんたは最近街に来た聖騎士だったか。

なら、出すもんだしな」


 彼はそう言うと、右手を差し出す。

それは、つまり金を出せということだろうか?


「悪いがあんたが、どこでどう生きてきたのか知らないが、

この貧民外で他人に何かを頼むのなら、金を出すんだよ」


正直、金を取るのかよ、と思わんでもないが、

逆に言えば金を払えば話してくれるのなら、アンナに比べれば余程有情とも言える。


「分かりました。それで幾ら払えばいいんですか?」


「ああ、銀貨1枚で良い。それだけあれば3日は凌げる」


 銀貨1枚、日本で言えば1000円ぐらいか。

それぐらいなら安いもんだ。

財布から銀貨を1枚取り出し、ギンに渡す。


「悪く思わんでくれよ。俺らも生活が厳しいんだ。

だが、これで俺とあんたはお友達だ。

何でもペラペラとしゃべるぜ」


「では、なぜアンナが仕事を放棄しているのか分かりますか?」


「いきなり、随分と突っ込んだ質問をするな……」


こちらの質問に対して、彼はばつが悪そうに言いよどむ。


「ちょっと、なぜ黙るんですか。

金は払いましたよ」


「……こちらも仁義ってものがある。金を貰った以上、話すさ。

だがな……俺らにとってもあの事件は、ただ事じゃないんだよ」


彼は頭をガリガリとかくと、意を決したように話し始める。


「あれは、ちょうど一年前ぐらいか。

爺さんが引退して、アンナが司教に就いた時だよ。

爺さんはいつもここの見回りをしていたんだがな。

……新入りの馬鹿共が、爺さんを殺してしまったんだよ。」


「それは……」


「……睨まないでくれよ。

俺らにとっちゃ、爺さんはまさに神様みたいな人さ。

俺らに対して、ただで回復魔法を使ってくれたり、私費で家を建てたりしてくれたからな。

ここらに住んでいる人間は、爺さんが金を持ってないのも分かってる。

だがな、ここに落ちてきたばかりの馬鹿共は、それが分かってなかった」


ギンさんは犬歯をむき出しにし、怒りを滲ませるように語る。


「……それで、犯人はどうなりましたか」


「どうしたって?

その日の内に殴り殺して、下水に沈めてやったさ」


「そうですか……それが彼女が仕事を放棄している理由なのですか?」


 確かに、ギンさんにとっては不本意な形ではあるが、

この事件で先代司教は慈悲を与えている相手に対して、裏切られた形になる。

それが、アンナがボイコットをしている理由なのだろうか?


「いんや、多分、それは違う。

お嬢が仕事をしないのは、教会に抗議するためだろうさ」


「教会に対して、抗議?」


「ああ、ビクトル爺さんは立派な神官だったが、『聖人』に指名されなかったんだ。

意味は分かるかい?」


「ええ……分かります」


 『聖人』については、ミレーユさんから習っている。

聖人とは、教会に対して大きな貢献を行った神官に対して、その死後に与えられる称号だ。

この称号は、完全に名誉のみであり、遺族に対してお金が支払われたりすることはない。


 元の世界で言えば、国民栄誉賞とかノーベル賞のようなものだろう。

ただのプログラマーだった自分には、想像が湧かないが、

大変な栄誉であるのは間違いない。


「失礼ですが……先代司教は聖人に値する人物だったのですか?」


失礼かもしれないが、これは聞いておかなければならない。

先代司教が聖人に値しない人物だったのなら、アンナがボイコットを続ける正当性は無い。


「それは俺には分からん。

そりゃ、俺らに対して良くしてくれたし、過去には多くのアンデッドを退治していたらしいんだが……

……ビクトル爺さんは若い時は相当な荒くれ者でな、色々と問題も起していた人間だったのさ。

最終的に、教会がどう判断をしたのかは分からんし、その基準も分からん。

だが……あのお嬢は、教会がわざと聖人にしなかったと思っているんだろうよ」


「それは、どういう事ですか?」


「アウインの大司教と、ビクトル爺さんは犬猿の仲というか……まあ、仲が悪くてな。

そのせいさ」


「つまり、気に入らない先代司教を、大司教が聖人に認めなかったと……」


 そんな事がありえるのだろうか?

もし本当なら、公私混同も甚だしい。

それなら、アンナのボイコットにも筋が通る。


「……お嬢はそう思ってるんじゃないかって話だよ

本当の所はお嬢にしか分からん。

俺らにだって、教会の奥深くがどうなってるのかは分からないしな。

それはむしろ、あんたの領域じゃないのかい?」


「そうですね……少し調べてみようと思います。

情報、ありがとうございます」


 頭を下げ、お礼を言う。

とりあえず、帰ったらミレーユさんに話を聞いてみよう。


「ま、こっちは商売さ。

もし、この街で知りたいことがあれば俺に言いな。

俺らはこの町のどこにでもいる。

金さえ払えば、情報は手に入る」



 ギンさんから話を聞き終わり、路地裏を後にしようかと思ったその時、

貧民街の奥から、ワーウルフの青年が叫びながら、走ってくる。


「ギンさん!ロウ爺が!ロウ爺が死んじまった!」


「ちょうど良いってのは……さすがに不謹慎かね。

ソージ殿、ちょいと祈りを捧げてくれねぇか」


 この世界に来てから、一体何人の死を見てきただろうか?

まあ、放置するわけにはいかないし、葬儀については一通りミレーユさんから習っている。

問題無いだろう。


「分かりました。案内してください」


 彼らに案内され、路地裏のさらに奥に移動する。

そこには、60歳ぐらいだろうか、やせ細った老人の遺体があった。

遺体は既に冷たくなっており、ボロ衣を纏ったその姿は、まるでミイラのようだ。


 ギンさんは、そんな彼の荷物をがさがさと漁る。

そして、小さな皮袋を取り出すと中を見る。


「ち、シケてやがるな……

悪いがこれで祈ってやってくれないか。

簡単なやつでいいからよ」


ギンさんは皮袋から中身を取り出すと、自分に渡す。


 渡されたのは銅貨が2枚。

聖水1本、聖布1枚がそれぞれ銀貨1枚。

銀貨1枚が銅貨10枚と等価なので足りていない。


 しかし、慈善事業も神官の務めだ。

足りない分は、経費として請求すれば良いだろう。

まあ、アンナが払うかどうかは分からないが。


 貰った銅貨を普段使用している財布とは別けて鞄に入れると、

聖水と聖布を取り出す。

聖水を撒き、周囲を浄化させると、聖布で遺体を包む。


肩膝を突き、目を瞑ると右手を胸に当てる。


「哀れな魂にルニア様の慈悲があらんことを……」


その言葉と共に、周囲にあった気配が聖印に吸い込まれるように消えていく。

しばらく、そのまま黙祷を捧げる。



「……ありがとよ」


ギンさんは目を開けると、お礼の言葉を述べる。


「……いえ、これも神官の勤めです。

さて、埋葬をしなければならないが……

この場合は街の共同墓地に行けばいいんだったか?」


 確か、東部地区の外壁の近くに共同墓地があったはずだ。

しかし、ギンさんは首を振る。


「あそこは真っ当な人間しか相手にしてくれねぇよ。

俺らはこっちだ。ついて来な」


 ワーウルフの青年に台車を借りると、聖布に包まれた遺体を乗せる。

ギンさんの後に続いて路地裏を進んでいくと、建物と建物の間に地下へと続く階段があった。

階段はかなり深いところに続いているようで、底は暗くて見えない。


「ここから下に降りる。暗いから気をつけな」


「待ってください。

―光よ、道を照らせ―ライト」


 光が集まり、周囲を照らす。 

ちなみに、ライトの魔法はまだ呪文詠唱による使用は出来ない。

最近は早朝と深夜に『聖域』の魔法の練習をしているので、ショートカットに入れておいたのだ。


「やっぱり魔法は便利だよなぁ、うらやましいぜ」


 ギンさんは、そう言いつつ階段を下りていく。

彼は夜目が利く様で、ライトの光を気にせずに階段をすたすたと降りて行ってしまう。

自分も彼の後に続いて階段を下りていくと、その先にあったのは下水道だった。

じめじめとした空気と、腐臭に顔をしかめる。


「こっちだ。ここの下水は流れが速いからな。

落ちないように、足元に注意しろよ」


 下水の脇に作られた道を、ギンさんの後ろについて進んでいく。

下水道の壁はレンガで作られており、天井はアーチ状になっている。

その造りは意外にもしっかりとしており、崩落などの危険はなさそうだ。


「このアウインにはな、街中に地下水道が走ってるんだよ。

それで、俺らが街の中を移動する時に使ってるんだ。

結構便利なんだが、気をつけろよ。迷ったら地上に出られないぜ」


地下道を歩きながら、ギンさんが解説を行う。


 確かに、この下水道は薄暗く、光源はたまに天井に空いている小さな穴から入る光だけである。

景色もレンガの壁が続くばかりで、目印になるようなものもない。

その様は、まさにダンジョンと言ったところか。


 そのまま、地下を歩き続けること20分程。

ギンさんは立ち止まる。


「ここだ」


 そこには、金属で出来た扉があった。

ギンさんは扉に近づくと、扉をノックする。


「俺だ。ギンだ。開けろ」


「お、おお。ギンさん……ひ、久しぶりだぁ……」


 ぎぃ、と重い音をたてながら分厚い金属の扉が開く。

扉の中に入ると、そこには、全身に白い布を被った人間がいた。

その人物は、白い布の目と口、そして手の部分にだけ穴を開けている。

身長は150センチ程度で、布から出ている手はがっしりとした筋肉がついている。

おそらくドワーフだと思うが、ドワーフにはこんな習性は無い。


自分も大概変人だと言われているが、彼の変人度は自分をはるかに上回っていた。


「お、お、おれの名前は、ぶ、ブロンって言う……

こ、ここで、墓守をしている……」


「おう、こいつはちょっと、頭が弱いんだ。

だが、悪い奴じゃないから、よろしくしてくれ」


ギンさんはペシペシとブロンさんの腕を叩きながら言う。


「南部教会に所属することになった聖騎士のソージです。

よろしくお願いします」


 自己紹介を行い、握手を交わす。

白い布の奥で、ニィと笑うのが見える。

正直、ちょっと怖い。


「さっそくで悪いが、ロウ爺さんが死んじまった。

埋葬を頼む」


「お、お……穴掘り、得意、任せろ……」


彼は、聖布に包まれた遺体を軽々と持ち上げると、さらに奥の部屋に移動する。


 その部屋は、今までのレンガ造りの地下道とは異なり、

天然の石の壁と床が広がっていた。

その中には所々、土が盛られており墓標が立てられていた。


地下墓地カタコンベか……街の下にこんな場所があっただなんて」


「ああ、ここはビクトル爺さんが俺達のために作ってくれたのさ。

俺等は死んだら、ここに眠る」


「あ、あ、穴を掘るのは、い、1年ぶりだぁ……」


 自分の驚きを余所に、彼はツルハシで穴を掘っていく。

固い岩盤は、彼のツルハシでザクザクと削られていく。

その様はまるで、工事現場の掘削機のようだ。

その姿を感心して見ていると、ふと気になる言葉があったことに気付く。


「……ん、1年ぶり?

そう言えば、今まではどうしていたんですか?」


 アンナが仕事を放棄してから1年。

その間に、死者がいないとは考えられない。

死者の供養はどうしていたのだろう?


「ああ、放置してアンデッドになっても困るからよ。

仕方が無いから、死体はこの下水道に流していたんだよ」


「下水に、だと……」


それは、幾らなんでもまずいだろう。


「そう睨むなよ。俺らだって良いとは思ってねぇよ。

だが、仕方が無いだろう。俺らは金も身寄りも無い下層民なんだからよ」


 ギンさんは悔しそうに語る。

その言葉からは、彼らが悪気があってやっているのではないことが分かる。


「分かりました。今度からは自分が処理しますので、

死者が出た場合は、南部教会に知らせてください」


「おう、すまんがよろしく頼む」


そう言うと、ギンさんは頭を下げた。



 埋葬が終わり、地上に戻る。

ギンさんとも別れ、一度南部教会に戻ることにする。


 時刻は午後6時。

日は傾き、空は赤い色に染まっていた。

もう半刻もすれば日が暮れる。

暗くなる前に移動しようと急いでいると、じっとこちらを見ている少女に気付く。


 その少女はボロ布を繋ぎ合わせた服を着ており、靴も履いていなかった。

また、フードのようにボロ衣を頭からすっぽりと被っているが、

頭の上に2つの膨らみがあることから、少女がワーウルフであることが分かる。


 近づくと彼女はそっと手を出す。

乞食、物乞いの類だろう。

少女の手に銀貨1枚を握らせる。


「そうだ。残り物だが、これをあげよう」


半分ほど食べてしまったが、自分用のクッキーが入った箱を渡す。


「あり、がと……」


小さくかすれた声でお礼を言うと、少女は路地裏の方に消えていく。


「ありがとう、か……」


 何と言うか、やるせない。

自分が渡した銀貨1枚で、2、3日は飢えを凌げるだろう。

だが、4日後、5日後はどうだろうか?

1年後は? 10年後は?

少女の姿からは、明るい未来が何一つとして想像出来なかった。


 彼女一人なら、自分が引き取って養うことも出来るだろう。

だが、別にあの少女が特別と言うわけではない。

あの子と同じような、子供たちはたくさんいた。


 それに第一、自分の事だけでも手一杯なのに、

また見ず知らずの人間を助けるのか。

それでは、ブルード鉱山の二の舞だ。


 あの時の選択を今更どうこう言うつもりは無いが、

それでも、あの選択にまったくの悔いが無い訳ではないのだ。

助けた後の具体的なプランも無いまま、手を出すべきではない。


「今は、まだな。

まったく、難儀だな……」


頭の中のメモ帳に、貧民街の対策を検討することを書き込むと、

南部教会に向かった。


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