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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第2章 聖者の条件
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34話 南部教会司教 アンナ

 翌日、皆が起き出す前に魔法の鍛錬を済まし、

朝食の準備がてら、昨日準備しておいたものを焼く。


「……ソージさん……おはようございます……」


目蓋をごしごしと擦りながら、リゼットが挨拶をする。


「おう、おはよう。

ちょうど良かった。これ食うか?」


 そう言って、今焼きあがったもの……クッキーを渡す。

クッキーも小麦粉と牛乳、バター、砂糖があれば作ることが出来るため、

この世界でも作成可能だ。

一応、こちらの世界にも似たような物はあるのだが、

乾パンみたいで、あまり美味しくない。


「あ、いい匂い。甘い……」


 リゼットはクッキーを1つかじると感想を述べる。

そこへ横からいきなり手が伸び、クッキーが1つ消える。


「ふむふむ、結構いけるわね。」


「ちょっと、ミレーユさん行儀が悪いですよ。

ミレーユさんの分はちゃんとあります」


焼き上がったクッキーを4つに別け、それぞれ箱に移す。


「これがリゼットの分な、ミレーユさんはこっち。

つまらない物ですが、小腹がすいた時にでも食べて下さい」


「あ、ありがとうございます」

「ん、ありがと」


二人はクッキーが入った小箱を受け取ると、お礼を言う。


「それにしても、昨日のシチューに続いて、今朝はお菓子?

神官を辞めて料理人にでもなるつもり?」


「違いますよ。

今日は、南部教会への初出勤ですからね。

アンナさんへの贈り物です」


「えー、アンナの為にわざわざ?

あの女には必要ないわ、だから、私が貰うわね。」


ミレーユさんはそう言うと、アンナさんの分のクッキーを奪おうと手を伸ばす。


「いや、だめですって。

しかし、必要ない、ですか……

あ、もしかして山吹色のお菓子ゴールドの方が良かったですかね」


「あんたは、たまにぶっ飛んだ発言するわね。

賄賂何てしてみなさい。物理的に首が飛ぶわ」


ミレーユさんは手で首を切るような、ジェスチャーをしつつ言う。


「え、賄賂とか無いんですか?」


 教会内は王族でも立ち入ることが出来ない治外法権となっている。

そんな腐敗の温床になりそうな環境で、賄賂が無いというのは驚きだ。

しかも、刑罰まであるらしい。


「あなたは、神官を何だと思ってるの……

私達神官はあくまでも神の代行者。

神の威光を盾にして、私利私欲を肥やそうとするなら、

その者は神の加護を失うわ。

実際に、過去に加護を失って、処刑された聖騎士がいるんだから」


自分の言葉にミレーユさんは、解説を行う。


「なるほど……神か」


 首にかけた聖印に触れる。

自分は会った事はないが、実際にこの世界には神がいる。

その神は自分がこの世界に来た事に関係あるのだろうか、

もしも出会えたら、聞き出したいものだ。


「まあ、賄賂の話は良いとして、南部教会の辺りは治安が余り良くないから、

最低でも帯剣して行きなさい。」


 ミレーユさんの忠告に頷く。

確かに、アウインの南部は、通称『貧民街』と呼ばれ、

下層の人間が主に住んでおり、治安が悪い。


「あと、昨日言い忘れたけど、エリックには注意しなさい。

彼は異端審問官だから」


「異端審問官……ああ、なるほど。

まったく、人間不信になりそうだな」


 教会内の犯罪者を裁く異端審問官。

自分が中央教会に報告を行う場合、その対応を行うのは毎回エリックだ。

つまり、彼を含め教会は自分の事を、そういう目で見ていると言うことか。

しかし、この町で関った神官3名の内、2人が監視役……本当に酷いな。


「まあ、今はまだ、彼が直接的な行動に出るとは思わないけど、

一応、注意だけはしておきなさい」


「今はまだ……ね。

分かりました。注意します。」



 その後、朝食を取ると、南部教会に出かける支度を行う。

聖騎士の鎧を装備し、聖剣の鞘をベルトで腰に固定する。

鞄の中に、聖水と聖布、HP、MP回復用のポーション、

そして、アンナさんと自分の分のクッキーを入れて準備完了。


「今日は、リゼットはお留守番だったよな」


「はい、家事は任せてください」


 リゼットは小さく微笑む。

それは、ブルードの町では見られなかったものだ。

正直、まだお互いにぎこちない所はあるが、

それでも、少しずつ前進していると思う。


「そっか。それじゃ、行ってきます」


「いってらっしゃいませ、ソージさん」


リゼットに見送られて南部教会に向けて出発する。



 アウインの町を移動する。

今回の目的地である南部教会は、その名の通りアウインの南部に位置する教会だ。

アウインのそれぞれの教会の役割は、

北部教会が貴族、西部教会が商人や職人、

東部教会が平民や冒険者の祭事を担当しており、

その区域に住む住人の身分も概ね一致する。


つまり、北部が貴族、西部が商人や職人といった具合だ。


 この配置はただ何となく決まった訳ではない。

きちんとある目的に対して、決まっている。


それは、『水』の使用権だ。


 アウインの西にはサフィア川と呼ばれる大河が流れており、

その支流がアウインにも流れてきている。

そのため、アウインは水が豊富にあり、水が酒よりも高いと言った事はない。


 また、この水を利用する術にも長けており、

アウインには驚くことに、きちんと上下水道が完備されている。

それ以外にも、街中を通る水路を利用した、舟による荷物の運搬等も行われている。


 このアウインの貴重な水源であるサフィア川は、北から南へ向かって流れている。

つまり、この町で一番最初に水が使用できるのは、貴族と言うわけだ。

また、西側に職人や商人が集まっているのも、

この川を利用した水運を行い易くするための物だ。


 逆に南部地区は一番最後に水を使うことになり、

平民でもさらに下に位置する人々が住んでいると言う訳だ。


 ただ、現在のアウインはきちんと上下水道が区別されているので、

南部だから水が濁っていて汚いということはない。

そのため、昔からの慣習が現在も続いているという側面の方が強い。


 まあ、仮に汚かったとしても自分にはこれがある。

懐から、透き通る青い色の結晶を取り出す。


『水のフラグメント』


 これを水の中に入れておけば、水のフラグメントが水を浄化してくれるのである。

さすがファンタジー。まさに魔法だ。



 そんなことを考えていると、アウインの南部地区に入る。

この街は南部に行けば行くほど、住宅の密集度は高くなる。


 街を城壁で囲んでいる以上、居住空間は自ずと限定されるため、土地は貴重なのだ。

北の貴族の屋敷は、広い庭があるが、南部地区は一つ一つの家も小さく、

密集しており、木造の家も多い。

水は豊富にあるとは言え、火事にでもなったら大変だろう。



 南部地区を観察しながら歩いていると、それまで民家が密集していたのが、

嘘のように開けた空間が広がる。

視線の先にあるのは、今回の目的地である南部教会だ。


 南部教会は、腐っても教会だった。

この小さく狭い南部地区において、周りを押しのけるように広い土地を持っている。


 その敷地内には、まず大きな聖堂が鎮座し、

その隣には、2階建ての聖職者用の居住施設がある。

さらに奥には、倉庫や井戸、畑もある。


「なるほど……教会って、やっぱり金を持ってんだな。

しかし……」


 しかし、これだけ広い敷地を持つ南部教会であるが、人の気配はない。

それに、広い庭には雑草が生茂り、建物も風雨に晒され、汚れが目立つ。

せっかくの建物も人が使わなければ朽ちていく。

その有様は、まるで廃墟だった。


 そんな辺りの様子に不安を感じつつ、閉じられた聖堂の扉の前に立つ。

高さが3メートル程度ある木製の扉は、見るからに分厚く、

ピタリと閉じたその姿は、開かれることを拒絶しているかのようだ。


「……行くか」


 ノックをしようかと思ったが、教会の扉は本来開かれているものである。

構わずに扉に手をかける。


「……鍵、開いてるな」


 硬く閉まっているように見えた扉は意外にも開いていた。

僅かに開いた扉に対して、さらに両手に力を込めると、

ギギギと鈍い音を立てて扉が開く。


「よぉ……来たか。待っていたよ」


 聖堂内に入ると、そんな声に出迎えられる。

声のするほうを見ると、自分の正面、祭壇の上に腰掛けた女性の姿があった。


 その女性は吸っていたタバコの火を消し、祭壇から降りる。

吸っていたタバコには見覚えがある。

アウイン水場の戦闘後にミレーユさんが吸っていた、薬草タバコだ。


 この女性がアンナさんだろうか。

彼女を見て、まず目を引くのは、ここらでは珍しい褐色の肌に、赤い瞳、

そして、腰まである癖のある白い髪だ。

そして、白い髪の隙間から覗く耳は、尖がっていた。

しかし、リゼットの長い耳に比べると、彼女の耳はほとんどヒューマンのものと変わらない。

ハーフなのだろうか?


 彼女の年齢はミレーユさんと同じ程度、だいたい20代前半ぐらい。

慎重は自分より、少し低く160後半ぐらいか。

身体つきはモデルのようであり、大きな胸だが、ウエストはしっかりと締まっている。


 また、彼女が身に纏っているのは、ミレーユさんと同じ修道服であるが、その色が違っていた。

ミレーユさんは白い修道服であるが、彼女が身につけているのは黒い修道服。

黒は死をイメージする色、主に葬儀の参列者が着る服の色だ。


 死か、それは今回の課題に何か関係するのだろうか?

まあ、とにかく自己紹介だ。


「聖騎士のソージです。本日から南部教会に所属することになりました。

よろしくお願いします」


ステータスを表示し、右手を胸の前に当てるマーヤ教の挨拶を行う。


「南部教会司教のアンナだ。お前のことはミレーユから聞いているよ。

……なるほど、レベル74。嘘じゃなかったか」


 アンナさんも自分と同様にステータスを表示させると、

右手を胸に当て、答える。


---------------------------


Lv56

名前:アンナ

種族:混血

職業:神官



HP: 152

MP:3345


---------------------------


MP3345だと、いやいや、おかしいだろ!


自分のサブアカウントのレベル90、純正魔術師のMPが1600ぐらいだぞ。

彼女はバグキャラか何かか?


「どうした、化け物を見たような顔をして。

アタシからすれば、お前の方が化け物に見えるよ。

レベル74、なるほど、力づくと言う訳かい?」


アンナさんはギロリと、こちらを睨み付けるように言う。


「それで……ミレーユに何を言われて来た?」


何を、か。

説得については、まだ言わない方が良さそうだ。


「いえ、特に何も。

先入観は与えたくないから、自分の目で見てきなさいと言われました」


「……先入観?

なら、お前にアタシはどう見える?

どうせお前もアタシの事を、下賎な女と思っているんだろう?

ああ、別に気にしなくていいよ、実際そうだから」


そう言うと、まるで自嘲するように笑う。


 ……何と言うか、すごくやり難い。

下賎というよりも、面倒くさい女性だ。

まあ、素直な性格をしていれば、1年もボイコットしようとは思わないだろう。


「……えっと、とりあえず、自分は南部教会に所属することになったんですが、

この教会は普段、どんな仕事をしているのですか?」


先入観についての話題はスルーし、別の話題を振る。


「南部教会の仕事?

ここの仕事なんて大した事はしてないよ。

せいぜい、貧民街の見回りや炊き出しぐらいさ。

だが……なんでもうアタシの教会に所属した気でいるんだい?

アタシは認めないよ」


認めない?

それは、自分に対する嫌がらせか、それとも教会からの指令が届いていないのか。


「アウイン大司教からの指令書です。

自分は南部教会に所属するとそう記載されています」


アンナさんに昨夜ミレーユさんから渡された指令書を見せる。


「なるほど……確かに、所属することは出来るさ。

だがな、ここに所属すると言うことは、アタシの部下になるということ。

この教会はアタシの教会で、アタシが法だ。

あんたにはアタシの権限で辞めてもらおうか、残念だったな」


「なっ……」


 なんだ、その無茶苦茶な意見!

そんな無法が通ると言うのか!

くそ、所属した途端にパワハラか、説得以前に話にならない!


「くくく……だがアタシも悪魔ではない。

剣を抜きな、アタシに勝ったら所属を認めてやる」


 そう言うと、祭壇に立て掛けられた鉄の棒、

いや……長さ3メートルはある槍を手に取る。

白銀の槍、『月光のムーンライトスピア』だ。

だが、その槍の穂先には、斧が取り付けられている。

その姿は、スピア(槍)と言うよりもハルバートだ。


 しかし、杖ではなく槍か……何を考えている。

アンナの服装や身体つきを見るに、彼女は純粋な神官だ。

神官は魔力は高いが、攻撃力は低い。

そのため、攻撃手段は専ら魔法になる。


 回復魔法や支援魔法がメインの神官ではあるが、

光の矢を放つシャイニングボルトや、

光のビームを打ち込むシャイニングブラスト等の攻撃魔法もある。

そのため、普通は魔力上昇の効果がある杖を装備する。


「――眠れる力を解き放て――ブレイブ」


攻撃力強化の魔法を発動させると、3メートルを超える長槍をくるりと回す。


「――光よ、我が剣に宿れ――シャイニング・エッジ」

 

 光が集まり槍を覆う。

効果は武器に光属性を付与し、攻撃力を上げること。


「――疾風の如く駆け抜けろ――アクセラレイション」


速度上昇の魔法。


「――苦難を耐える力よ宿れ――エンデュランス」


防御力上昇の魔法。


「何をぼけっとしている。戦いはもう始まってんだよ」


次々と魔法を唱えつつ、ゆっくりとした足取りで、アンナは距離を詰める。


 なるほど、これがアンナの戦術か。

自分と同じ、自身に強化魔法バフをかけて戦うことを目的としたスキル構築ビルド

純粋な神官で行う場合は、正直無駄が多くネタ系のビルドではあるが、

まあ、やってやれないことはない。


 このまま黙って見ていれば、さらに強化を重ねるだろう。

実戦ならわざわざ待つことはしないが、

この戦いが、南部教会に所属するための試験と言うのなら待つしかない。


 アンナは戦いはもう始まっている、と言っているが、

戦闘後に、準備中に仕掛けてきた等、言い訳されては堪らない。

言い訳のネタは可能な限り潰した上で勝利する。


「――生命の光よ我が身に宿れ――アラウザル」


魔力上昇の魔法。


「――我が身を守る盾となれ――マテリアルシールド」


物理攻撃遮断魔法。


「――魔を打ち消す盾となれ――マジックシールド」


魔法攻撃遮断魔法。


 さらに唱えられる強化魔法。

なるほど、これだけの強化を重ねれば、レベル74の自分にも十分に届き得る。

しかし、一体どれだけの魔法を覚えているんだ。

この世界の魔法の習得は容易ではないはずなのに。


 いや、桁外れに高いMPに、1年のボイコット……

魔法を習得するのに最適な環境ではあるのか。


「……これで完成。

言っとくけど、今更待ったは無しだよ」


「それは、こちらの台詞です。

自分が勝ったら所属を認めてもらいます。

当然、所属後に辞めさせるのも無しです」


 腰のベルトを緩め、鞘に入ったままの剣を取り出す。

そのまま、ベルトを鞘と剣に巻きつけ、鞘が抜けないように固定する。


 さらに、自分もショートカットから、

ブレイブとマテリアルシールドの魔法を使用する。

チートによる無詠唱魔法なので、相手は自分が強化をしているとは気付いていない。

と言っても、呪文詠唱式の魔法は、ヒール以外まともに使えないのだが。


 それはそれとして。

相手は強化魔法を積んだとしても、元は神官だ。

素の攻撃力は聖騎士である自分の方が上だ。

攻撃力増加の魔法を使ったことで、少なくとも攻撃力はこちらが再び上回ったことになる。


 そして、自分は元より攻撃魔法は持っていない。

その為、魔力で対抗する意味は無く、攻撃力で負けていなければ問題ない。

この状況、アンナが物理攻撃を主体として攻めてくるのなら、それほど不利ではない。


 剣を振り、鞘が抜けないことを確認すると、正眼に構える。

ちなみに、自分は相手が怪我しないように鞘のまま構えているが、

彼女の槍には、何かカバーが付いているわけでもなく抜き身である。


 まあ、相手が自分の事を気遣っていようが、いまいが関係ない。

自分は気遣う、それが自分のやり方だ。


「チッ……舐めやがって。

いいよ、アタシに勝ったら認めてやる。行くよ!!」



 アンナとの距離は約5メートル。

先に動いたのはアンナ。

槍を自分から見て右から左に向かって、水平に薙ぎ払う。

しかし、その攻撃は当たらない。


 こちらが回避したわけではない。

単純に彼女とは5メートル程の距離が開いているため、

3メートルの長槍を持ってしても届かないのだ。


「……なんだ?」


左手に盾を構え、慎重に相手の動きを探る。


 アンナは自分の目の前を通り過ぎた槍を止めずに、そのままの勢いで回転させる。

それは、例えるならハンマー投げのようだ。

彼女は槍を身体全体で回しながら距離を詰める。

同時に、遠心力で勢いを増した槍がこちらに迫る。


「ッ!!」


 一歩、後ろに下がり、その槍を回避する。

目の前を通り過ぎる槍の勢いは凄まじく、その風圧で髪が揺らめく。


「ハッ!!

私の槍はまだまだ速くなるよ!!」


 その言葉の通り、回避した槍はさらに勢いを増して回転し、

聖堂に設置された長椅子を破壊しながら、再び自分に襲い掛かる。


「なるほど……厄介だな」

それを先程と同様に、バックステップで回避する。


 回避すれば、槍はさらに勢いを増し自分に襲い掛かる。

アンナは槍ごと自分の身体を回転させているため、こちらに対して背を向ける瞬間がある。

しかし、相手は長槍だ。

そのリーチは長く、その隙を付いて攻撃とは行かない。


 仮に無理に距離を詰めたとしても、相手はマテリアルシールドを使用している。

マテリアルシールドを破壊し、アンナに攻撃を与えるよりも、

槍が自分を吹き飛ばす方が先だろう。


 では、受け止めるのはどうかと言うと、それも難しい。

相手の槍は自分から見て右から左に回転している。

そして、自分は右手に剣、左手に盾を装備している。


 こうなるとアンナの攻撃を剣で受けねばならず、

無理に盾で受けようとすれば、こちらも勢いを殺してしまう。


 今までの経験から、おそらく剣でも受けきれると思うが、

もしも受け損なえば、腕だけではなく、身体ごと薙ぎ払われるだろう。

幾らレベルが高くとも、急所に入れば防御を貫通したダメージが入る。

つまり、下手をすれば死ぬ。


これが邪教徒との戦いなら、そのリスクを犯すことは厭わないが、

しかし、ただの試験でそこまでのリスクは、正直負いたくない。


「ハッ!!

どうした、避けてるだけじゃ勝てないよ!!」


 彼女の言う通り、このまま逃げ続けるわけにも行かない。

ならば……発想を逆転させるか


「……よし、行くぞ」


 左手を下げ、右手の剣を振りかぶるように構える。

狙うはアンナの槍が目の前を通り過ぎるその瞬間。


「ふん!!」


 槍が通り過ぎるその瞬間。

聖剣を右から左に向かって全力で振り抜く。


剣スキルで強化された斬撃の速度は槍の速度を上回り、

槍を後ろから叩きつける。


 狙いは槍を受け止めるのではなく、逆に押し出すこと。

アンナの槍の連撃は、遠心力を利用し威力を増しているが、

槍を持つアンナは、遠心力で槍が飛んでいかないように押さえておく必要がある。

そのために、自分自身に強化魔法をかけている訳だが、

そこにさらに、強化魔法をかけた聖騎士が槍を押し出せばどうなるか。


速度を増した槍をアンナは押さえていられないはずだ。


「うあ!!」


 結果は狙い通り、速度をさらに増した槍を彼女は抑えることが出来ず、

槍はアンナの手から離れる。

槍はそのまま、聖堂内の長椅子と床を削りながら吹き飛び、

5メートルほど進んで止まる。


槍を落としたアンナ自身も勢いを殺しきれずに、尻餅をつく。


「いつもよりも多めに回しておりますってな。

……自分の勝ちということで文句はないですね」


倒れたアンナの首に剣を突きつける。


「くっ!うう……

ああ、くそ!認めるよ!それでいいんだろ!!」


 悔しそうに顔を歪めてそう言うと、彼女は剣を払いのけ立ち上がる。

アンナはまだ納得が行かないという顔をしているが、約束は約束だ。

南部教会への所属を認めて貰い、何よりだ。


 あとは説得か……

しかし、なぜボイコットをしているのか、アンナが答えてくれそうな気配は無い。

さて、どうしたものかと考えている自分に対して、彼女は告げる。


「これで、ソージは南部教会に所属、つまりアタシの部下になった訳だ。

君に最初の仕事を与えよう。

……この聖堂の掃除を行ってもらおうか」


「……は?」


聖堂内は先程の戦いの余波で、椅子や床が砕け滅茶苦茶な状態になっている。


「は、じゃないよ。

聖堂をこんなに破壊して」


「な、壊したのはアン……」


「――仇なす者の口を封じよ――サイレンス」


サイレンス、一定時間魔法を禁じる魔法だ。


「がっ!ぁ……」


くそ、声を出そうとしても、喉からは空気が漏れるだけで発声が出来ない。


「口答えはしなくていいよ。じゃあ、よろしく」


 アンナはそう言うと、床に突き刺さった槍を抜き、

自分を置いて聖堂を出て行く。


「……!!」


 なんだ、それは!!

先に聖堂内で戦いを仕掛けたのはアンナだぞ!!


 聖堂を出たアンナの後を追う。

彼女は聖堂の隣にある、聖職者用の居住施設に移動する。


「……っ……ぁ……」


 くそ……魔法の影響か、うまく呼吸が出来ない。

自分がもたついていると、アンナはそのまま建物の中に消える。


 自分もその中に入る。

そこには10室程度の部屋があり、その中の1つに『アンナ』とネームプレートが掲げられている部屋がある。

ドアノブに手をかけるが、ドアは既に硬く閉ざされていた。


 怒りのままに、ドアを破壊してやろうかと思ったが、

さすがにそれは思い留まる。


 落ち着け……

これよりも酷い仕打ちは過去にもあったはず……

そうだ、納期2週間前に突然、仕様変更を命じられた時に比べれば、

まだまだ、これぐらい……


深呼吸を繰り返す。


「……あー、あー、ふぅ、落ち着いた。

くそ、あれを説得しろだと……無理だろ……」


 取り付く島も無いとはこのことだ。

さすがに一年もボイコットを続けただけはある。

やるだけやってみようと考えていたが、

どうやらその認識はかなり甘かったようだ。



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