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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第2章 聖者の条件
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32話 南部教会

 開拓村から帰還して1週間、

ブルード鉱山の事件から数えると3週間が経過した。


 開拓村のゴースト退治は無事成功し、開拓村にも食料を届けることが出来た。

また、あの異界の魔法陣やゴーストについては、既に教会に対して報告済みだ。


 報告の対応を行ったのは、前回同様にエリックだった。

その時、直接彼の口から言われたわけではないが、

またお前か、みたいな目で見られてしまった。


 それは、まるで行く先々で殺人事件が起こる探偵のような扱いであり、

まったく失礼なことである。


 また、その時少し話を聞いたのだが、

ブルード鉱山には、既に教会の聖騎士団が調査に向かったようだった。

しかし、その結果については聞くことは出来なかった。


 自分はあの時、ブルード鉱山での成果を全て譲渡してしまったため、

今の自分は部外者になってしまった。

ミレーユさんも言っていたが、成果を受け取らない事の不都合を、

今更ながらに実感している。


 気になるが、仕方が無い。

一応、ミレーユさんは教会内に伝手があるそうなので、

今はそれに期待するしかない。


 それ以外では事件も無く、ミレーユさんの手伝いの傍ら、

教会や神官の勉強をして過ごした。

そして、今日ようやくミレーユさんの授業が一通り終了したのだった。



「太陽の女神サニアよ、あなたの尊いお恵を私達は感謝し、いただきます。

月の女神ルニアよ、私達の糧となりしもの達に、慈悲をお与えください」


 このように、食事の前のお祈りも様になってきたと思う。

油断すると、手を合わせて『いただきます』と言いそうになるのだが、

こればっかりは仕方が無い。

長年の習慣は中々、抜けないものだ。


「今日の夕食の当番はソージなんだけど……

また、珍妙なものを作ったわね。

何、この白いスープは?」


ミレーユさんは手にスプーンを持ちながら、

皿の中の物をいぶかしむ様に見つめる。


「ホワイトシチューですけど、知らないですか?」


「知らないわよ」


「わ、私も知りません……」


 ミレーユさんもリゼットも首を振る。

そういえば、酒場や街の料理屋のメニューには無かったな。

どうやら、この料理もこの世界に無いものらしい。


まあ、それはそれとして、今日の夕食はホワイトシチューだ。


 開拓村で料理を振舞ったとき、ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、干し肉を使っていた。

自分はその食材からカレーを連想したため、最初はカレーを作ろうとした。

しかし、アウインの市場で必要な香辛料を探したが、見つからなかった。

 

 ならば代わりにと、今回シチューを作ってみたのだ。

当然ながら、現実世界のようにシチューのルーがある訳ではないので、

すべて手作りだ。


「ホワイトシチューは、普段のスープに、牛乳とバターと小麦粉を混ぜたものです。

あとは、コクとアクセントにトリガラスープとコショウを少量混ぜています」


 この世界では、現実の中世と比較して、食材の種類は揃っている。

その理由は、街と街を繋ぐトランスポーターによって、

遠くの国の品でも街の市場で買うことが出来るためだ。


 ただし、トランスポーターは一回の転送で、一人分の転送しか出来ないので、

大規模輸送は出来ない。


 この輸送は主に、駆け出しの商人や自身の店を持たない商人が主に行っているそうだ。

彼らは地元の特産品を鞄一杯に詰め込み、遠くの街に行って売り払う。

そして、帰りにその街の特産品を買い込んで、地元で売る。

これをひたすら繰り返すのだ。


 ゲーム時代にも商人系の職業ではアイテムの購買にボーナスがつくので、

それによる差額で稼ぐ方法はあった。


 話は料理に戻るが、この世界の食材は現実の中世と比較すると、はるかに豊富だ。

しかし料理の方は、後一歩が足りていない。


 先程のホワイトシチュー等もそうだが、

焼肉をしても、おいしいタレがないし、

ハンバーグを作っても、デミグラスソースがない。

基本の焼く、煮るはあるが、一歩工夫した料理が無いのだ。


「まあ、この前のスパゲッティミートソースだったけ?

あれも美味しかったけど……

ていうか、なんでソージは料理が出来るのよ」


「……さて、どうしてですかね?」


 本当の事を言うわけにはいかないので、適当に誤魔化す。

実際には、大学の時に地方から上京して以来、ずっと一人暮らしだったので、

料理スキルが身に付いているからだ。

また、自分は料理漫画やドラマ等でレシピが載ってると作りたくなる性質なので、

レシピは偏っているが、和、洋、中からパン、お菓子作りまで一通りできる。


もちろん、本職の料理人からすれば、大した腕ではないのだが。


「とにかく、せっかくの料理が冷めますので、

さあ、どうぞ」


自分が進めると、二人はスプーンでシチューをすくい、口に入れる。


「うー、うまい!」


「あ、おいしい……」


 自分もシチューを口にする。

あえて大きめに切った食材は、長時間煮込んで柔らかくなっているにも関らず、

その形を保っており、頬張ると染み込んだシチューの味が口いっぱいに広がる。


ジャガイモはホクホクで、鶏肉も柔らかい。

我ながら中々の出来だ。


 ミレーユさんとリゼットにも好評のようで良かった。

今の所、自分とこちらの世界の住人とでは、味覚にはそれほど差は無いようだ。



食事を開始してから、しばらくして話を切り出す。


「ミレーユさん、今日で神官の勉強は終わりですよね」


「うん、そうね。あくまで基本は、だけど」


「では、暇な時で構いませんので、

今度は自分に魔法を教えてくれませんか?」


「魔法、今更?」


「ええ、聖域サンクチュアリやエリアヒールを覚えたいと思いまして、

自分なりに試行錯誤してるんですが、これが全然」


 聖域はアンデッドの進入禁止の結界を張る魔法、

エリアヒールは範囲回復魔法だ。


 この魔法はどちらも、ゲームでは純粋な神官のみが使用できる魔法であり、

聖騎士は習得できない魔法だった。


 そのため、自分のチートを用いても、習得することが出来ない。

しかし、今の世界なら聖騎士が弓を装備することが出来るように、

システムに縛られることなく魔法を習得することが出来る。


 元々このソージのキャラクターはソロで活動することを前提にして作成したものだ。

そのため、使用できる魔法は全て単体を対象にする魔法のみ。

しかし、リゼットと一緒に活動するようになって、

対象を複数取ることが出来る範囲魔法を習得する必要性を感じていた。


「え!!

もしかして、一人で知らない魔法を使ってる?」


「ええ、さすがにレベル74の聖騎士が、今更魔法を覚えたいとは言い難くて……

一人で見よう見まねでやってました」


 ミレーユさんが魔法を使うところは、ずっと見て来ていた。

呪文も覚えている。

だから、やれると思ったのだが……


「私、リザレクションを使用して廃人になった神官の話はしたよね?

なんでよく知りもしない魔法を一人で使うのよ。

あなたのレベルがあれば大丈夫だとは思うけど、下手すれば廃人よ」


ガタ、とテーブルから身を乗り出し、ミレーユさんは注意する。


「す、すみません……」


「あー、もう、分かったわよ。

後で見てあげる」


そう言って、ミレーユさんはシチューを口に入れる。


 やっぱり、未修得の魔法を使用するのは危険か……

聖域もエリアヒールも範囲魔法の中では基本の魔法だから、

正直、甘く見ていた。

今度からは注意しよう。


「ありがとうございます。

あと、もう1ついいですか?」


「……今度は何?」


 スプーンを口にくわえ、

じとっとした目でミレーユさんは聞き返す。


「いえ、リゼットとも話したんですけど、神官としての勉強も終わりましたし、

新しく家を買おうかと思いまして……

ミレーユさんも、さすがに迷惑でしょう」


「あら、別に気にしなくてもいいのよ。

……ああ、でもそうよね。

新婚さんだもの、子作りとかもあるものね」


「ぶっ!!」

「ぶっ!!」


ミレーユさんの言葉に自分とリゼットは同時に噴出す。


「あら、二人揃って汚い。

でも、本当に私の事は気にしなくてもいいのよ?

何なら、2、3時間ほど散歩に行ってきましょうか?」


 ミレーユさんは、そう言うとニヤニヤと笑う。

明らかにからかわれている。

しかし、微妙に否定もしにくい。


「……その話題からは、一旦離れましょう」


「ああ、ごめんごめん。冗談よ。

……ただソージ達にはまだ私の家に居て欲しいのよね。

いい機会だし、食後にその辺りについて話しましょうか」


「はぁ……」


ミレーユさんはそう言うと食事に戻る。


まだ、居て欲しい理由か。

さて、何だろうか?



 夕食が終わり、ミレーユさんの家にある小さな部屋に案内される。

その部屋には、小さな祭壇があり、床には月と太陽のシンボルが描かれている。

主に、ミレーユさんが瞑想などをする際に使用している部屋だ。


 ちなみに、リゼットは現在、食器の片づけをしているためこの部屋には居ない。

そもそも、今回の話は教会関係の話なので、リゼットには聞かせられないそうだ。


「で、話とは何でしょう?」

「はい、これ」


ミレーユさんから渡されたのは、一枚の指令書。


「聖騎士ソージ、アウイン南部教会への所属を命ずる……

南部教会? あの教会って、ずっと閉まったままですよね?」


「そうね、では問題です。

アウインにある教会とその役割を述べよ」


 ミレーユさんは、唐突に問題を出す。

まあ、この辺りは彼女の授業で習っている。


「はい、中央教会は、アウインの中心的な教会であり、

主に王族の祭事を執り行います。

同様に、北部教会は貴族、東部教会は冒険者や平民、

西部教会は商人や職人の祭事を執り行います。」


「うん、正解」


ミレーユさんは満足そうに頷く。


「それで、残る南部教会ですが……

教会の外に向けたものではない、特殊な教会というのは聞きましたが……

具体的には教えてもらってないですよ。

あそこってどんな教会なんです?」


 この世界に来た時に、街の住人には一通り話を聞いたが、

彼らも南部教会では何をやっているのか分からないそうだ。

先代の司教の時代には、貧民に対して炊き出し等を行っていたそうだが、

ここ1年はそれも行っていないらしい。


「そうね……私達は身分を証明する場合にステータスを表示させるでしょ?

このステータスには、名前、レベル、HPやMP、種族、職業が表示されるわよね。

この情報は私達では改竄する事が出来ないから、重要な契約を結ぶ場合は必ず開示が求められる」


「ええ、それは知ってますが……

それが何か関係あるんですか?」


 いきなりの話題の転換にいぶかしむ。

南部教会の話と、まったく繋がらない。


「まあ、聞きなさい。

……一見完全に見えるこのステータスによる身分照明。

でも、実は欠陥があるんだけど、それは何でしょう?」


「欠陥……ふむ……」


 顎に手をあて考える。

ステータス表示は自分自身で変更することは出来ない。

そのため現実世界であるような、名前や経歴を偽ることは出来ない。

表示される内容も、現実世界で身分照明として使われることが多い運転免許証と、

そう違いがあるわけではない。


「うーん、強いて言えば、年齢や住所が表示されないことですか?

でも、違いますよね……」


「そうね。住所まで分かれば完璧だけど、

だいたい名前と職業が分かれば十分よね」


「では、分かりません」

降参ですと、両手を挙げる。


「うん、答えはこのステータス情報。

これは現在の情報が表示されるのであって、

過去の情報が表示されないことなの」


「過去の情報?

それはそうですけど……それは必要ですか?」


確かに過去の情報は、ステータスに表示されない。

しかし……


「過去と現在で変わる可能性があるのは、

レベルとHP、MP、職業ぐらいですよね。

この中で偽装されてまずいのは、職業ですけど……

簡単には転職って出来ないですよね」


 この世界には、基本的に職業選択の自由は無い。

一応、転職自体は可能ではあるが、莫大な資金や本人に相応の資質が必要だ。


 つまり、基本的に職業は変わらない。

そして、職業からその人の能力や収入を推測することが出来る。

だからこそ、ステータス表示の職業は重要なのだ。


「そう、簡単には出来ない。

でも、出来ない訳じゃない」


「まさか……」


「その人にどんな経歴があっても、教会にさえ所属してしまえば、

ステータスに表示される職業は『神官』になる」


それって、つまり職歴ロンダリングかよ……


「そして、そのための教会が南部教会と言う訳ですか……」


「そういうこと」


ミレーユさんは、何でもないように頷く。


「……それは教会的に良いんですか?」


「世の中には色々あるのよ。

例えば、貴族の隠し子とかね」


 うーん、それは、どうなんだろうか。

いや、日本史なんかでも戦で負けたり、不幸があったりした場合に、

出家して俗世と係わりを絶ったりしているが……


「それと、ソージはまるで他人事みたいに言ってるけど、

あなたも他人事じゃないのよ」


考え込む自分に対して、ミレーユさんは呆れた様に言う。


 しかし、自分には心当たりは無い。

自分はこの世界に来たときには、既にステータスには聖騎士と表示されていた。

もちろん、転職はしていない。


「本来、神官は必ずどこかの教会に所属している。

でも、あなたの名前はどこにも無かった」


「……」


 ミレーユさんの言葉に緊張が走る。

教会の記録、それこそステータスには表示されない過去の情報だ。

当然、自分の名前などあるはずがない。


「だから、あなたの所属先は南部教会になったのよ」


……なるほどな。

南部教会の役割は、経歴を誤魔化すためではなく、

自分のような本来存在しないはずの人間や、

行き場の無い人間を受け入れるために必要なのか。


「……納得しました。

南部教会の所属について、謹んでお受け致します」


ミレーユさんの説明で南部教会の役割は分かった。


「それで、受けるのはいいのですが……

一般向けには閉じている教会ですよね。

自分は何をしたら良いんですか?」


「それなんだけどね。

あなたに、やってもらいたいことがあるのよ」


やってもらいたいこと?

さて、何だろうか?


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