29話 開拓村のゴースト退治1
教会へブルード鉱山の報告を行ってから、1週間が経過した。
あの報告の後から、ミレーユさんはやけに張り切っており、
仕事の合間を縫って、自分に神官の振る舞いや教会の仕組み等を教えてくれていた。
その張り切り方は凄まじく、仕事が終わった後も彼女の家で勉強会を行っている。
また、その流れで自分とリゼットはミレーユさんの家に居候させて貰っていた。
さすがに迷惑ではないかと思ったのだが、
ミレーユさんとしては、なるべく速く自分に必要な知識をつけて貰いたいそうだ。
それに彼女曰く、学生時代の寮生活みたいで楽しい、とのことだ。
さすがにそこまで言われては、こちらが拒否する理由は無い。
自分のために時間を割いてくれるミレーユさんのためにも、
一刻でも速く必要な知識を身につけなければならない。
また、自分はミレーユさんから神官のことを教わる代わりに、
彼女の仕事を手伝っている。
ミレーユさんは、冒険者ギルドの専属神官という立場にある。
この専属神官の役割は、冒険者ギルドに所属している冒険者に対して、
無料で治療を行うことである。
これは何かと怪我が絶えない冒険者にとって、大変重要な役割だ。
ちなみに、ゲームだった時のフラグメントワールドでも、
このような回復役の神官は居た。
ただし、ゲームだった時は冒険者ギルドだけではなく、
高レベルのダンジョンの中にも居たりしたため、
お前はどうやってここまで来たんだよ、とか、
こいつ俺らよりも強いんじゃねーの、と突っ込まれていた。
そんなことを思い出しつつ、今日もギルド内の会議室で、
リゼットと共にミレーユさんの講義を受けていると、
突然、扉が開かれる。
「ミレーユさん、治療をお願いします。
重傷者2名、軽傷者2名です」
扉を開いたギルドの職員は、一息に患者の状態を説明する。
「……最近、多いわね。
分かったわ、ソージ手伝って」
「分かりました」
講義を切り上げ、ギルドのメインフロアに行くと、傷ついた4人の人間が居た。
ぐったりと動いていない女性の神官が一人。
頭から血が流れているが、意識ははっきりとしている男性の戦士が一人。
残りの魔術師と狩人は軽傷であり、それぞれ神官と戦士に肩を貸している。
この1週間、ミレーユさんが言っていたように、
彼らのようにギルドに駆け込んでくる冒険者を多く見ている。
2日前にも今日のような重傷者が出たばかりだった。
彼らの状況を推測すると、不意打ちによって神官が倒れ、
戦士が敵を食い止めている間に、撤退してきたのだろう。
まあ、状況の確認は後でもいいか。
とにかく、神官と戦士にはすぐに治療が必要だ。
「私は彼女の治療をするから、ソージは彼の治療をお願い」
「分かりました」
ミレーユさんと自分は早速治療に取り掛かる。
自分は戦士の前に立ち、彼の傷口を確認する。
頭部の傷は見た目ほどは酷くない。
ギルドの職員から水とアルコールをもらうと、
傷口を洗浄し、消毒を行う。
「ぐ!!」
戦士の男は歯を食いしばり、痛みに耐える。
「動かないで下さい」
手を傷口にかざし、精神を集中する。
そして、イメージする。
開いた傷口に対して血中の血小板により血が固まる様子を。
血が止まった後、細胞が分裂し、傷が癒えていく様子を。
「――清浄なる神の光よ、傷を癒せ――ヒール!」
淡い光が男を包み込み、傷を治していく。
ミレーユさんの手伝いをすることによって、自分に重大な変化があった。
それは、魔法コマンドを使うことなく、魔法が使えるようになっていたのだ。
この世界の住人は魔法を使う際に、呪文を唱えないと魔法が使えない。
そのため、今までは呪文だけを唱えて、実際の魔法はショートカットから実行していた。
しかし、2日ほど前から適当に唱えていただけの魔法が、実際に使えるようになっていた。
といっても、現状使えるのはヒールのみだ。
だが、ヒールだけと言っても、魔法の習得はもっと大変だと思っていたため、
これには少々驚いた。
淡い光が消えた後、頭部の傷を確認する。
まだ、傷跡がくっきりと残っているが、血は止まっており傷口も塞がっている。
「よし、成功。もう大丈夫だ」
「すまねぇ……ありがとうよ」
また、昨日から実験しているのだが、
傷が癒える過程をイメージする方が、魔法の効果が高いことが分かっている。
この呪文を唱えて行う魔法には、メリットとデメリットが有る。
メリットは、魔法メニューから使用する魔法と比較して、
細かい調整が可能なこと。
魔法メニューから使用する魔法は、Lv1のヒールはMP5の消費で、回復量は約50程度と決まっているが、
呪文を唱えて魔法を使用する場合は、MPの使用量を調整し、どの程度回復するか調整できる。
つまり、スキルレベルという概念が無い。
また、呪文を唱えて使用する魔法のデメリットは、
魔法の使用に高い集中力が必要なことと、必ず成功するわけではないこと。
さらに、呪文を唱える分だけ時間がかかることだ。
デメリットは多いが、メリットが無いわけではない。
それに、この世界では呪文を唱えて魔法を使う方法が普通なので、
出来れば他の魔法も使用できるようにしていきたい。
といっても、まずは魔法よりも神官の作法を習得する方が先なのだが……
ミレーユさんの方も治療は成功したようで、
怪我をしていた神官はギルドの医務室で眠っている。
まあ、大事にならなくて良かった。
戦闘を生業とする冒険者にとっては、仕方が無い部分はあるのだが、
やはり、目の前で死なれるのは寝覚めが悪い。
治療が終わり、リゼットと共にギルドの床に着いた血を掃除していると、
自分のギルド担当職員であるソフィーさんが、神妙な面持ちで声をかけてきた。
「ソージ様、今よろしいですか……緊急の依頼があります」
またか、という言葉を飲み込み、
掃除を切り上げ、ソフィーさんに向き直る。
「はい、構いませんが……
もしかして、開拓村関係の依頼ですか?」
この1週間、冒険者ギルド内でミレーユさんの手伝いをしていたわけだが、
ギルド内に居ると色々な話が聞こえてくる。
その1つが開拓村についての話だ。
正確には、開拓村の輸送路にゴーストが出現したから退治して欲しい、
という依頼についての話だ。
この依頼は、本来自分が請ける予定だった。
しかし、自分がブルード鉱山の緊急依頼を請けたため、
依頼ごと別のギルド職員に引き渡された。
そして、そのギルド職員の担当する冒険者が依頼を請けたのだが……
彼らは帰還予定日を過ぎても帰ってこなかった。
そこで、冒険者ギルドは調査のために、さらに冒険者を送ったというのが、
自分が知っている事件についての内容だ。
本来、ギルドの依頼には守秘義務があるのだが、
自分が関った事件だけに、気になったので合間を縫って調べていたのだ。
自分の言葉にソフィーさんは、眼鏡をクイっと指で上げる。
「……御明察の通りです。
その依頼に対して、問題が発生致しました」
「分かりました。詳しい話を聞かせて下さい」
ソフィーさんとリゼットと共に、ギルド内の会議室に移動する。
ちなみに、ミレーユさんは先程治療をした冒険者から、
怪我をした際の詳しい情報を聞いているため、ここには居ない。
会議室の席につくと、ソフィーさんがまず確認を行う。
「さて、ソージ様はこの件について、どの程度把握していますか?」
そこで、自分が知っている内容を説明する。
「なるほど……追加で調査を行ったことまで、
把握していると言う事ですか」
そう言って、こちらを訝しむ様に見てくる。
まあ、当然だ。
本来は自分が知らないはずの内容まで、知っているのだから。
「この1週間、ミレーユさんと一緒に冒険者の治療をしていたので……
偶然、たまたま、聞こえただけです」
「……まあ、いいでしょう。
話が早くて助かります」
そう言うと、ソフィーさんは一枚の地図を取り出す。
このアウイン周辺の地図だ。
真ん中にある赤い点がアウインで、そこから南の方向に道が伸びている。
そして、その道の先には青い点が書かれている。
ゲームだった時には何も無かった場所だから、
恐らくこれが開拓村だろう。
そして、このアウインと開拓村を結ぶ輸送路の途中には森があり、
その付近に黒い文字でチェックが5本書かれていた。
恐らくこれがゴーストが目撃された地点なのだろう。
「これは1週間前……
つまり、ソージ様に依頼を出した時点の開拓村近辺の状況です。
黒いチェックがゴーストの目撃された箇所になります」
ソフィーさんは、さらにもう一枚の地図を取り出す。
それは先ほどと同じ、開拓村の周辺地図だ。
しかし、チェックの数がまるで違う。
輸送路を埋め尽くす無数の黒字のチェック。
そして、その黒字のチェックの中に大きな存在感を放つ、
赤い文字のチェックが1つ。
すごく嫌な予感がした。
「これが、最新の開拓村周辺の状況となります。
……赤いチェックはゴーストによる被害が出た箇所になります」
たった1周間で状況がまるで変化しているのが良く分かる。
さらに、ソフィーさんは、書類の束を取り出し説明を行う。
「改めて状況を説明します。
まず、2週間ほど前に開拓村の輸送路で、ゴーストの目撃例がありました。
しかし、ソージ様が緊急依頼を請けたため、
この依頼は別のギルド職員に引き渡されました。
これは、ソージ様も知っての通りです」
さらに、書類を一枚めくる。
「ソージ様がブルードへ出発してから5日後、
件の依頼を請けた冒険者パーティーがアウインを出発。
その後、彼らとは連絡が取れません」
……ここまでは自分が調べた内容と一致する。
「彼らの帰還予定日から3日後。
冒険者ギルドは調査のために、さらに冒険者を派遣しました。
しかし……」
ソフィーさんは、書類をさらに一枚めくる。
「……調査に出た冒険者の前に、強力なゴーストが出現。
調査を諦め、撤退しました」
「そう、ですか……」
結局、行方不明になった冒険者達は未だに見つかっていないらしい。
「さらに、彼らの証言では輸送路付近の森が、既に『異界化』しており、
非常に危険な状況です」
異界化か……
これについては、ミレーユさんの講義で習ったから分かる。
異界化とは、特殊な術や状況によって、
ただの土地が特殊なフィールドになる現象だ。
ミレーユさん曰く、異界化したフィールドは、
通常の物理法則や魔法法則と異なることがあるという。
例えば、異界化したフィールド内では魔法が無効化されたり、
逆に強化されたりするらしい。
当然のことながら、この異界化したフィールドの探索は、
ダンジョンの探索と同様に、非常に危険だという。
ソフィーさんの説明はさらに続く。
「この開拓村……正確には、『アウイン 第6次開拓村』は、現在ちょうど1年目。
村内には十分な蓄えはなく、食料供給はアウインからの輸送に頼っている状況です」
「だとすると、まずくないですか?
事件発生から少なくとも2週間は経過している。
村内の食料状況しだいでは、開拓村そのものが危ない」
「その通り、状況は非常に悪いと言えます。
私としては、もう少し準備をした上でお願いしたいのですが……
輸送路を封鎖された開拓村の食料供給は滞っており、
開拓村に出資しているカント商会から、早急な対処を行うように強い要望が来ています」
その顔には苦汁が滲む。
彼女は口調は冷たいが、それでも冒険者の命を大切にしているギルド職員だ。
既に行方不明者が出ていて、状況が悪いことも分かっているのに、
それでも依頼を出さなければならないのだから、彼女にとっては非常に不本意だろう。
そして、改めてソフィーさんから依頼の内容が説明される。
------------------------------------------------------
目標:
・異界化の解除 (必須目標)
・異界内のゴースト退治 (必須目標)
・行方不明の冒険者の捜索 (努力目標)
報酬:
大金貨200枚
------------------------------------------------------
「つまり、今回の依頼は、その異界化したフィールドに突入し、
異界化の解除、及びゴーストの退治ということですか……」
「ええ、行方不明の冒険者の捜索も行っていただけると、
冒険者ギルド側としては、嬉しいのですが……
強制は致しません」
行方不明者の捜索はしなくていい。
ソフィーさんはきっぱりと言い放つ。
なんとなく前回のブルード鉱山の依頼を思い出す。
「……分かりました。他に注意点はありますか?」
「注意点ではありませんが……
申し訳ありませんが、今回の依頼は明後日からの出発となります。
また、カント商会の馬車と同伴です。
ただし、馬車の護衛は別の冒険者パーティーが担当し、
ソージ様には異界の探索のみに集中してもらいます」
つまり、異界の解除と開拓村への食料の輸送を、同時に行おうというのか。
幾らなんでも無茶苦茶だろう。
それだけ開拓村の状況が切迫しているということなのだろうが……
だが、やはり性急過ぎる。
さすがに難しい顔が出てしまったのだろう。
ソフィーさんは、そんな自分に対してフォローを行う。
「……今回の依頼は準備期間も短く、非常に危険ではあります。
しかし、見返りも大きい。
第6次開拓村の名が示すとおり、過去5回の開拓はすべて失敗しています。
そのため、今回の開拓村にはカント商会だけではなく、
この街の王族や貴族にも大きな関心を持っています。
この危機を救うことが出来れば、カント商会だけではなく、
この街の王族や貴族に対しても大きな名声を得ることが出来るでしょう」
そう言って、ソフィーさんは頭を下げる。
「この依頼を解決できるのは、高レベルの聖騎士であるソージ様以外にありえません。
……どうかお願いします」
少し前まで怪しい聖騎士と言われていた自分に頭を下げる、か……
本当に切羽詰った状況なのだろう。
まあ、自分にとっても気になる事件だ。
ここまでされて、請けない訳にはいかんだろう。
「頭を上げてください。
分かりました。その依頼、引き請けます。
ところで、幾つか質問したいのですが、宜しいですか?」
「……はい、私が答えられることならば何でも構いません」
「まず、自分の他にリゼットと、ミレーユさんを同行させたいのですが、
宜しいですか?」
「リゼットさんは……レベル28の狩人ですね。
彼女については、ソージさんの判断にお任せ致します」
そう、ブルード鉱山のソウルイーターの討伐によって、
リゼットのレベルは12から28に大幅に上がっていた。
狙ったわけではないが、高レベル者と低レベル者がパーティーを組み、
強敵を倒すことで、低レベル者のレベルを一気に上げる……
所謂、『パワーレベリング』を行ったことになる。
ちなみに、自分はレベルがひとつ上がり、現在レベル74。
ソフィーさんはそこで、メガネをクイッと直し、説明を続ける。
「……しかし、ミレーユさんについては同行を認められません」
「理由は?」
「そもそも、ミレーユさんはギルド専属の神官です。
前回のブルード鉱山が特殊なだけで、本来は冒険者として依頼を請けることはありません。
さらに、最近は場違いなモンスターにより、冒険者が怪我をして帰ってくることが多い。
このような状況で、ミレーユさんを同行させることは、冒険者ギルドとして許可できません」
「ああ、確かにそうですね」
確かに、ミレーユさんはこのギルドの生命線だ。
それに、よく考えればミレーユさんは結婚を控えている身でもある。
さすがに今回の依頼には連れて行くべきではないだろう。
「分かりました、リゼットのみ同行させます。
リゼット、そう言うわけだけど行けるか?」
「……はい、私はどんな所でも……ソージさんのお供をします……」
リゼットは静かに宣言する。
その瞳は自身の死すら覚悟をしたような、揺るぎ無い意志が宿っている。
これは、良くないな……
自分は遠距離攻撃の手段を持っていないため、リゼットには同行してもらいたいが、
彼女には死んで欲しくはない。
お互い知り合ったばかり、夫婦になったと言っても自分たちはこれからなのだ。
「分かった。でも、無理はしなくていい」
「はい……」
こうして、自分とリゼットは開拓村輸送路の異界の解除に向かった。