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28話 報告3(ミレーユ視点)

エリックに案内された部屋に入る。


「西部教会聖騎士団、並び冒険者ギルド派遣聖騎士団所属、ミレーユ。

ここに参上いたしました」


 この部屋は中央教会の幹部が主に使用している会議室である。

部屋の奥には太陽の女神サニアと月の女神ルニアの像が置かれ、

部屋の四隅には光のフラグメントが設置されており、淡い光を放っている。


 部屋の中央には、大きな長方形の机が設置されており、

そこにアウインの都市内にある5つの教会の各司教達が座っていた。


北部教会の司教シャルロット。

東部教会の司教レオン。

西部教会の司教グレゴワール。

アウインの教会の最上位、中央教会大司教のクリストフ。

その補佐を行う大司教補佐官シモン。


 エリックは私を案内すると部屋から退出したため、今は居ない。

また、南部教会の司教アンナは欠席していた。


アンナはまだ、だめか……


 南部教会の司教であるアンナは私の神学校時代の同期である。

彼女は親の顔すら分からない貧民街の出身であったが、

たまたま先代の司教ビクトルに拾われた過去を持つ。


 その後、必死に勉強し最終的に神学校を学年2位の成績で卒業した。

こういうと勤勉で健気な優等生みたいに聞こえるが、

あの女は、ただの勉強が出来るチンピラだ。


 ちなみに、私は学年3位であり、

彼女とは友人と言うより、腐れ縁のような間柄である。


 アンナの姿は1年前のあの事件から見ていない。

どうやら未だに職務放棄中である様だ。

彼女のことは気になるが、今はソージの話が先だ。


「よお、ミレーユ。

久しぶりだな。まあ、座れよ」


 そう言って席を勧めるのは、私から見て右側に座る東部教会司教のレオンだ。

年齢は31歳、職業は聖騎士。

緑の髪に緑の瞳を持つ。

すらりと長い手足に高い身長、座っていても周りの司教たちよりも頭1つ大きい。


 その顔は、私を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべている。

この男の趣味は他人をおちょくることだ。

きっとソージの巻き添えを食らって、面倒な事件に巻き込まれた私を見て、

笑いをこらえているに違いない。


私はレオンの言葉に従い、四角の机のうち空いている席に着く。


「しかし、ソージは面白いな。

あの男はいつもああなのかい?」


 レオンは……というより、ここにいる全員は先程の報告会の様子を聞いていたのだろう。

まったく、気に入らない。


「ええ、そうですよ。

あれがソージという聖騎士で、いつもあの調子よ」


 そもそも、ソージの行動は先程の報告会以外にも、

アウイン水場の事件からブルード鉱山まで随時報告書を出している。

先程の報告会の様子を聞いたのなら、

私のこれまでの報告書に偽りが無いことは分かったはずだ。


「は、いいじゃねぇか!

俺は好きだぜ。ああいう男はよ。

お嬢ちゃんはどうだい?」


レオンは大げさな身振り手振りで捲くし立てる。

まあ、この男にとってソージはいじり甲斐のある玩具だろう。


「お嬢ちゃんじゃありません!!

いつまでも子供扱いしないでください!

私は北部教会司教ですよ!」


 それに答えたのはレオンの隣に座っている女性の聖騎士。

北部教会司教のシャルロットである。


 彼女はバンと机を叩き、レオンに抗議する。

その勢いで、彼女の自慢の金髪の縦ロールと大きな胸が揺れる。


 彼女は元々、王家の出身であり、通称姫騎士と呼ばれている。

金色の髪に真紅の瞳。

姫騎士と言われるだけあり、その顔は若干幼さが残るとはいえ美人である。

あと、胸がでかい。


 彼女は20歳という若さで司教の地位についた才女であるが、

教会内では王族の後押しがあったのではないかと噂されている。


 実際には、その様な圧力がまったく無かったとは言わないが、

正当な実力を持った上でこの地位に着いている。

ただし、若い年齢や周りの評価から、常に厳しい目で見られており、

普段から苦労しているようである。


現に、こうしてレオンにおちょくられている。


「おう、それを言うなら俺は東部教会の司教だぜ。

教会には生まれは関係ないし、各教会の司教には同等の発言権がある。

そうだよなぁ、お嬢ちゃん」


「くっ!!」


 レオンに嫌な所を突かれ、シャルロットは悔しそうに唇をかむ。

レオンは代々神官の家系で、一方のシャルロットは王族出身。


つまり、王族の権威を盾にするのかい?

とレオンは言っている。


しかし、先程のレオンの言葉はあくまで建前上の話だ。


 北部教会は主に貴族の祭事を執り行う教会であり、

一方、東部教会は主に冒険者や平民の祭事を執り行う教会だ。


 確かに、大司教を選抜する際の投票などにおいて、

各教会の司教は同等に1票を持つ。

だが、実際の教会の格としては、北部教会の方が上である。


 神の代行者である神官と言っても、人間が運営する以上、

どうしてもこの様なことはあるのだ。


「レオン、そこまでです」


 そう言って、レオンを制止するのは、

アウイン大司教の補佐役であるシモンだ。


 レオンと同じ緑の髪と緑の瞳、

眼鏡をかけているため、若干分かりにくいが顔立ちもレオンと似ている。

まあ、それも当然でシモンとレオンは兄弟である。


 彼はレオンとは異なり、生粋の神官であるため、

身体つきはレオンよりも一回り小さい。

しかし、その分魔法に長けており、

支援、回復、攻撃と全て高レベルの魔法が使用できる。


 また、彼は私の神学校時代の同期であり、学年1位の成績で卒業した。

私が今日会う予定だった友人が、彼である。


「へいへい、かわいい弟に注意されちゃ仕方がないか。

だがよ、良かったじゃないか。

今回のダンジョン探索、お嬢ちゃんの所の聖騎士団が担当だろ。

運がいいじゃねぇか、羨ましいねぇ」


「何が運がいいですか!

譲られたのですよ!!

この私が!!

あの聖騎士に!!!」


「手柄は手柄だろうに……だからお前はお嬢ちゃんなんだよ」


「何ですって!!」


「まあまあ、落ち着いて」

 最後に場を静めようとしたのが、西部教会の司教グレゴワール。

43歳の中年の男性であり、銀色の髪に青の瞳を持つ。


 西部教会は主に商人や職人の祭事を執り行う教会である。

私は元々、商人の家系であり、西部教会の所属であるため、

彼は私の教会側の上司になる。


 しかし、雑談ばかりで会議が進まない。

異端審問官が動いている以上、こちらものんびりしていられない。

さっさとこの会議を終わらせて欲しいんだけど。



「静粛に!」

その一喝で場が静まる。

声を発したのは、このアウインの教会の最上位、大司教クリストフ。

その声で、レオンさえも押し黙る。


「ミレーユよ。お前の報告にはソージは記憶喪失とあるが、それは真か?」


年齢は55歳。

髪はすっかり白くなってしまい、顔には歳相応の深いしわが刻まれている。

しかし、その眼光は鋭く、その目の光はまるで老いを感じない。

未だに眼力だけで、相手を震え上がらせる力を蓄えている。


 だが、私だって一度地獄を見てきた人間だ。

あの時の恐怖に比べれば、この程度どうということはない。


「はい。

既に報告しました通り、ソージは過去の記憶を失っています。

彼はアウインの水場にて、MPが1割を下回っていても魔法を使用し続けていました。

この事について、目撃者は私以外にも居るはずです。

また、彼に直接話を聞きましたが、彼は神への祈りの言葉すら忘れている状態でした。

現状ではソージが何者かという点に関して、彼自身も分かっていない状態です」


「ふむ、それは困ったのう……

ミレーユよ。こちらの方でもソージのことは調べてみた。

アウイン以外の教会も可能な限り調べてみたが、彼の名はどこにもなかった。

表だけではなく裏からも調べているが……

今の所、こちらも成果無しだ」


なるほど、それで異端審問官が出てきたということか。


「結局、彼が何者か、という点は分からぬままか……」


「確かに、ソージには不審な点があります。

しかし、彼の行いは、神官として何も間違えた事はしていません。

そのことは、忘れないで頂きたい」


「んなことは、分かってんだよ、ミレーユ。

確かにソージの行動は正しいさ、評価もしている。

だが、奴が現れた時期など不審な点が多いのは変わりない、そうだろう?

要は、俺らはそんな不審な人間と一緒にやっていけるのか、ってことだよ」


 レオンの言うことは正論だ。

議論は結局はそこに戻ってきてしまう。

だが、私はここで引き下がるつもりはない。


「彼自身、自分の過去が分かっていない。

この状況で彼が我々の味方であると判断するためには、

彼の行動をもって判断する他ありません。」


「ふむ、それはそうだろう。

しかし、行動を見ると言ってもどうする?

これまでと同様に、彼を監視するかね?」


「いえ、のんびり待っていても埒が明きません。

そこで我々から課題を出し、それを解決させることで、

彼が信用できる人間であるか判断します。

つきましては、私はアレの解決をソージに任命することを提案致します」


 そう言って、私は空いている一席に指を指す。

南部教会司教アンナの席だ。


「……アンナの事は、皆様もお困りでしょう?」


「は、面白いじゃねぇか!

俺は賛成だ。爺さん、あんたには複雑なんだろうがよ。

いい加減、アンナの件には決着を着けなきゃならんだろうよ。

もう一年だぜ。仮に俺がそれだけの期間を休んでも見逃してくれるのかい?」


「私も賛成ですわ。

一体、あの女は神聖な教会の職務を何だと思っているのですか」


「お、珍しく意見が合ったじゃねぇか、お嬢ちゃん」


「お嬢ちゃんじゃありません!!」


「まあまあ、二人とも落ち着いて……

大司教、私もミレーユの意見には賛成です」


 満場一致。

ソージの件もアンナの件も、教会にとっては頭の痛い問題だ。

それをうまくいけば、同時に解決できるかもしれないのだ。

私の提案は、予想通りの支持を得ることが出来た。


「ふぅむ、こうなれば致し方なし……

一ヵ月後の南部教会、先代司教のビクトルの命日までに、

南部教会司教アンナの職務復帰が成されない場合、彼女を司教から解任する。

また、この件の解決をソージに任命する、以上だ」



 こうして、今回の会議は終了した。

その後、私は当初の予定通り、シモンの執務室に向かう。


 彼の執務室に入ると、私はソファーに腰を下ろす。

上質な皮のソファーの座り心地は大変良い。

さすがに大司教補佐官ともなると、金がかかってる。


「まったく、思い切った手を打ちましたね。

これでソージさんが何の成果も無く、アンナも解任になったらどうするんです?」


そう言いながら、シモンは私と自分の分のティーカップを用意する。


 現在、この部屋にはシモンと私の二人だけのため、

彼は自ら紅茶を入れる。

その動作はメイドよりも馴染んでおり、

とても大司教補佐官とは思えない。


 大司教補佐官とはエリートの中のエリートだ。

基本的に後の大司教になることは確定している。

これは本来、シャルロットなど目ではないほどの大出世なのだが、

彼女の様に周りから変な噂が出ないのは、彼の人徳によるものだ。


 この男もエリートとは思えないほどの善人だ。

そこは、ソージと似ている。


シモンは教会内で問題が起こった時、率先して問題解決に動いてきた。


 実際、私も彼には世話になっている。

パーティーが壊滅し、私がこの街に戻ってきた時、

周りの人間の多くは、私に冒険者からの引退を勧めた。

私はあのまま冒険者から引退したくはなかったが、

当時の私には彼らを説得するだけの心の余裕は無かった。


 その時、私の変わりに説得して回ったのがシモンであり、

現在のギルド専属神官の役職を用意したのも彼である。


 このような感じで、教会内には彼に借りを持っている人間が多いのだ。

だからこそ、私も彼の事は信頼しているし、

今回のソージの件についても協力を求めに来たのだ。


「まあ、そうなったら仕方が無いわ。

ちなみに、あなたはどう思う?」


「難しいと思います。

彼はこの件に関して、完全に部外者です。

事態の把握から始めなければなりませんし、

第一アンナが彼の話を聞くとは思えません」


「まあね、私とあなたの説得が失敗している時点で、詰んでるようなものなのよね。

でも案外、部外者である方が、大胆に動けることってあると思うのよ」


 シモン、アンナ、そして私は、

神学校の同期であり、その世代の上位3名だ。

お互いに親友という訳ではなかったが、それでも何だかんだ付き合いはあった。

むしろ問題を起す私とアンナの仲裁のために、シモンが走り回っていたような気がする。


「それは確かに一理あります。

以前の僕と今の僕では、立場が違う。

本当ならアンナの側に立ちたいのですが、今の僕は大司教補佐官です。

教会側に立たざるを得ません」


 シモンは角砂糖を1つ取り出し紅茶に入れると、

スプーンでくるくるとかき混ぜる。


「……彼女の職務放棄も、正直そろそろ限界です。

これでは下の者に示しがつきません」


「あなたでも、しがらみから逃げられないか」


「まったく、そうですよ。

今に思えば、失うものが何も無かった学生時代が一番やりやすかった」


シモンはそこで、紅茶に口をつける。


「まあ、アンナについてはソージさんに任せるとして……

実際、彼はあなたの目から見てどうです?」


「そうね。ソージの人間性は問題ないと思ってる。

ただし、完全に信頼するのは、まだ危険ね」


「ふむ」


「あの会議では、私はソージを記憶喪失だと報告したし、

実際に最初はそうだと思っていたけど……今は違うと思ってる」


「と、言うと?」


「彼は忘れたのではなく、知らなかったのだと思う。

ソージは魔法による弊害を知らなかった、

ソージは神への祈りの方法を知らなかった。

これは、本当の事だと思う。

だけど、過去の事を忘れたと言うのは嘘だと思う」


「その根拠は?」


「ソージの意志の強さね。

自分の過去すら、あやふやな人間がたった一人のエルフのために、

町の住人や私の意見すら跳ね除けて、あそこまで動けるかというと無理だと思う。

あれは、彼なりの信念に基づいた行動よ。

そして、強い意志を作るのは、持って生まれた才能ではなく、

これまで生きてきた経験によるものだと、私は思う」


「ふむ……ミレーユは最終的に、ソージさんをどうするつもりですか?」


「不審な所はあるにしても、ソージは正しい行いをした。

私はそれを支持したい。

知ってる? 冒険者は仕事が出来るのなら過去のことは拘らないのよ」


私はそう言うと、紅茶に口をつける。


「……異端審問官に主導権を渡したくないわ。

ソージのこれまでを振り返ると問題点しかないんだから。

ヤラセでも何でもいいから、ソージに実績と信用を積ませて、

彼のこれからを評価してもらうしかない」


「ヤラセはいけませんが、ミレーユがやりたいことは分かりました。

確約は出来ませんが、あなた方が動き易いように、

根回しは僕の方で担当しましょう」


「悪いわね」


「いえ、構いません。僕にとっても今回の件が穏便に済むのなら、

それが一番いいですから」


「ああ、それとミレーユ、僕も一度ソージと話がしたい。

悪いけど、伝言を頼めますか。

本来なら僕が出向くべきだけど、『大司教補佐官が直々に会いに行く』

というのは、少々まずい」


「分かったわ。

一応、言っておくけどリゼットの件には、触れないようにしなさいよ。

軽々しく話題に出すと、ソージはへそを曲げるわよ」


「分かってます、大丈夫ですよ」



 こうして、シモンと詳細を詰めて、その日は教会を後にした。

アンナが解任されるまで、後一ヶ月。


まずは、ソージに神官の作法を叩き込まないとね。


これにて、幕間の一つ目であるミレーユの報告は終了です。

この話は2章のプロローグでもあり、

2章ではソージはアンナのとある事件について解決を目指します。


また、幕間は後2話を予定しています。

次の話は、幕間の2つ目。

本来ソージが受ける予定だった、

開拓村の輸送路のゴースト退治についてです。

彼が請けなかったことで、面倒な事態に……という話。

視点はソージに戻ります。

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