3話 職業
都市『アウイン』
この街はラズライト王国の第2都市であり、人口も2番目に多い。
人口は約1万人。その内70%がヒューマンの都市である。
アウインは西に大河が流れており、北に鉱山と森林が広がっている。
アウインの主な産業は北方の鉱山と森林から取れる鉱石や木材等の資源の加工だ。
立地的に水源と資源に恵まれており、気候も温暖。
これだけの条件があればもっと発展していても良さそうなのであるが、
街の外、つまりフィールドではモンスターが出現するため、
これらの産業はモンスターという脅威に備えつつ行わなければならず、
これ以上の発展は難しいようだった。
また、このアウインは冒険者を束ねる冒険者ギルドが置かれている街でもある。
モンスターの脅威に対する備えとして冒険者の需要は高い。
そのため、モンスターから剥ぎ取った素材の加工等といった、
冒険者向けの商売も行われている。
一歩外に出ればモンスターが跋扈する修羅の世界ではあるが、
堅牢な城壁に守られたこの街には、水場以上に活気が合った。
大通りには幾つもの店舗が並び、様々な人々がごった返していた。
時刻は夕刻。
この世界では酒場や娼館を除けば基本的に日没と共に店を閉めるため、
最後の追い込みといったところだろう。
「迷いの森の戦利品の換金は明日でいいか。
腹も減ったし、今日はもう宿に戻って飯食って寝よう」
行き交う人々を避けつつ、宿に向かうために歩き出す。
この街の地理は既に頭の中に入っているため、足取りに迷いはない。
ゲームの頃にもこの街は在ったし、何よりこの世界に来てから情報収集として色々調べ回ったのだ。
人が多い大通りを避けて、建物と建物の間の狭い路地や裏路地などを利用しつつ、最短距離で宿屋に向かう。
「さて、到着」
程なくして宿屋『穴熊』に辿り着く。
入り口にベッドで眠る熊の絵が書かれた看板が下げられている。
この宿屋は冒険者ギルドの近くにあり、主な客層は冒険者だ。
外見はレンガ造りの3階建、客室は15部屋程度で、
この街の宿屋としては一般的なものである。
「おお、あんたかてっきり死んだかと思ったぜ」
宿に入ると熊のような巨漢が出迎える。
元は冒険者だったというこの宿の主人である。
冒険者御用達の宿であるためか口が悪い。
「さて、悪いが前の契約から一ヶ月立ったんでな。
ここに泊まりたきゃ、金を払いな」
この宿は基本は宿泊のみで食事は出ない。
この場合は1泊につき銀貨3枚。
追加で銅貨5枚を支払うことで食事を用意してもらえる。
また、10日以上の長期滞在の契約をすれば10%程度の値引きがある。
前回は一ヶ月の契約で銀貨81枚。
「では、今回は1周間の契約で、
料金は銀貨21枚ですよね。あと今日は夕食をお願いします」
銀貨21枚と銅貨を5枚を店主に渡す。
「……はいよ、確かに。
分かってると思うが飯は食堂に行けば用意してある。
ただし、時間は夜の10時まで。
部屋は前と同じでいいよな。ほれ、鍵だ。」
こちらの返事を聞く前に鍵を放り投げてくる。
まあ、特に拘りがあるわけではないので別にいいのだが。
鍵を受け取り、自分に割り当てられた部屋に入る。
今更だがこの世界の暦は現実世界と同様に太陽歴を採用している。
1周間といえば、現実世界と同様に7日であり、
1日は24時間だった。
さらに、ここでの言語は日本語だった。
なぜ剣と魔法のファンタジーに日本語なんだと思ったが……
推測するに自分がプレイしていたフラグメントワールドが日本語版だったことが、影響しているのではないだろうかと考えている。
……まあ、言語で困ることがないのはいいことなので良しとする。
「さて、夕食まで時間がある。
今分かっていることを軽くおさらいしておくか」
メニュー画面からステータスを呼び出す。
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Lv73
名前:ソージ
種族:ヒューマン
職業:聖騎士
メイン職業:戦士
サブ職業:神官
HP:684
MP:308
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この世界にきた時はLv72だったが、迷いの森の探索によってレベルが一つ上がり73になった。
街の人間を観察していて分かったことだが、このステータスの表示は
街の住人達も普通に使っていた。
基本的にこのステータスには自分のレベルと名前、種族、職業が表示されるため、身分証明書として使われているようだ。
このステータスは自分の意志で出し入れ可能だ。
基本的に、隠しているときは他人に見られることはないのだが、
相手をじっと凝視することで覗き見ることもできる。
とはいえ、相手の許可無く覗き見ることは重大なマナー違反であるので、
自己紹介などで紹介し合う場合は、まず自分からステータスを晒し、
次に相手にステータスの開示を求めるのが一般的な作法のようだった。
因みに自分のステータスに表示されている
名前・種族・職業は全てゲームで使用していた自分のキャラクターのものだ。
ゲームでのステータスは単に自分のキャラクター情報を表示するだけのものだったが、今のこの世界ではステータスが身分証として使われているため、
重要なものとなった。
例えばステータスに表示されている名前。
自分の本名は『武井宗次』だが、
今のステータスでは名前は『ソージ』と表示されている。
この世界ではステータスが身分証明となる以上、
自分のことを『武井宗次』だと名乗れば、この世界の住人達は偽名を使用していると判断する。
現代社会でも、家の購入や銀行口座の作成など、身分証がないとまともに生活を送るのは難しい。
それはこの世界でも同様で家の購入や銀行口座の作成にはステータスの表示が求められる。
そのため、この世界でまともに生活を送るつもりなら、
『ソージ』と名乗る必要がある。
まあ、安直に自分の名前そのままだから良かったが、これが『流星☆』
とかだったら即死だったな。
次に職業。
MMORPGの醍醐味である職業であるが、
ゲームだった時のフラグメントワールドは以下の6種類が基本の職業となる。
戦士
神官
弓兵
斥候
魔術師
商人
この6職業の中からメイン職業とサブ職業を選ぶことで最終的なジョブが決定する。
自分の場合は
メイン:戦士、サブ:神官。
これにより職業:聖騎士となる。
同じメインの戦士であってもサブを変えることで以下のように変化する。
メイン:戦士、サブ:戦士の戦士。
メイン:戦士、サブ:魔術師の魔法剣士
ちなみに、
メイン:戦士、サブ:神官で聖騎士だが、
メイン:神官、サブ:戦士でも聖騎士である。
この場合、前者は攻撃に重きをおいており、平たく言えば回復もできる戦士である。
逆に後者は回復・支援に重きをおいており、平たく言えば攻撃もできる神官である。
なぜ攻撃型の聖騎士を選んだのかと言えば、このキャラクターはソロ用に作成したキャラクターだったからだ。
このキャラクターの構成は自己支援型の戦士であり、
自分自身に攻撃力上昇や防御力上昇のバフを掛けて、ステータスの底上げを行い、殴りに行く戦法をとる。
戦士がメインであるため、金属鎧を装備することができ、安定した攻撃力を持つ剣を使用できるため、
攻撃力、防御もそこそこでき、少々の回復魔法も使用できる。
このためどのような場面でも大きく不利はなることはなく、継戦能力も高い。
このようにソロで遊ぶ場合に適した構成なのだ。
ただし、穴がない分、突き出た長所は無いため、攻撃力や防御力では騎士に劣り、攻撃の多彩さでは魔法剣士に負けてしまう。
キャラクターの構成において、パーティで活動することを前提とするなら、
戦士×戦士の戦士や魔術師×魔術師の魔術師などの
単一職業を選択して能力を尖らせ、足りない部分は別のメンバーに補わせたほうが全体的な能力値は高くなる。
実際に自分のセカンドキャラクターはパーティ向けの魔術師×魔術師の魔術師。
このキャラクターは圧倒的な火力を持つ魔法攻撃が魅力ではあるが、MPが切れると何もできなくなる。
さらに素の防御力は全職業の中で最下位であるため、
自分よりも一回りレベルの低い敵相手でも接近を許してしまうとやられてしまう。
ゲームだった頃でもランダムリスポーンによって、すぐ近くに敵が湧いてくると大惨事になっていた。
それはゲームがリアルになった今の状況では死に直結する。
これではリスクが高過ぎて、未開のフィールドなどとても行けたものではないだろう。
まあ、あと命拾いした点はセカンドキャラクターは女性キャラクターだったことだ。
1週間ぐらいなら女性で過ごすのは面白そうだが、最悪の場合これから一生だと流石に勘弁して欲しい。
ちなみにフラグメントワールドは、課金無しの場合1アカウントにつき、
3キャラクターまで作れる。
自分のサードキャラクターは、
商人×魔術師の錬金術士だ。
錬金術士は攻撃や回復に使用するポーションを作成できる。
この錬金術士で聖騎士や魔術師が使用するポーションの作成をしていた。
また、商人系の職業なので物の購買にボーナスが付く、
このため、完全に換金、アイテム補充用のキャラクターだった。
こちらも女性。
セカンドキャラクターはパーティ前提とはいえ戦闘能力があるが、
サードキャラクターでこの世界に来ていたらいろいろな意味で詰んでたな……
さて、今までの説明はあくまでも技能としての職業だ。
今のフラグメントワールドでは職業は、攻撃力が高いとか低いとか以前に『職業』なのである。
自分は元の世界ではプログラマーだった。
プログラマーとはプログラム言語を用いて、仕様書に記載された動作を実現するプログラムを作成することが業務内容である。
それが今の俺は職業『プログラマー』ではなく『聖騎士』なのだ。
この世界における聖騎士とは、この世界の宗教団体である『マーヤ教会』の持つ武力である。
平たく言えばエクソシストのようなものであり、
その主な業務として教会に仇なす外敵やアンデッドの退治がある。
もちろん教会の聖職者として、洗礼や死者の葬儀、弱者の救済などを行うこともある。
何が問題かといえば、ステータスにしっかりと記されているため、
自分には聖職者としての義務と責任が発生してしまうのだ。
しかも現代のように職業選択の自由はないため、転職は認められていない。
聖職者と言われても、そもそも多くの日本人には聖職者という存在がピンと来ないのではないだろうか?
日本は大晦日に除夜の鐘を鳴らし、新年に初詣に行き、お盆には先祖の墓に参り、秋にはハロウィンを祝い、
冬にはクリスマスを祝う。
日本にとって宗教は生活の中に溶け込みすぎていて、普段意識されることはない。
精々、結婚式か葬式の時ぐらいだろう。
そんな人間にいきなり聖職者をやれと言われても困ってしまう。
自分はこの世界の生活習慣もまだ把握しきれていないのだ、
当然お祈りの仕方すら分からない。
まあ、逆に言えばお祈りの仕方さえ知らなくともステータスに記載されている以上、
聖職者としての身分は保証されているのだが、やはり現状のままはまずいだろう。
首から下げている聖印を手に取る。
聖印とはキリスト教での十字架のようなものであり、マーヤ教のシンボルである。
その形は、十字が真ん中にあり、それを円で囲ったもの。
これで太陽を表しているのだそうだ。
聖印には魔を打ち払う効果があり、持っているだけで
闇属性に対する耐性を得ることができ、同時に闇属性の相手に対する攻撃力が上がる。
これはレベルの上昇とともに効果が上がり、
今自分が持っている聖印はLv50以上の神官派生職業が受けることができるクエストで得た高司祭の聖印である。
ゲームだった時と同様に、今のフラグメントワールドには装備品として身につけているだけで力が増したり、
素早く動けるようになるアイテムがある。
この聖印のように特定の属性に対する付与を得られるものもあるが、
この聖印はただのステータス上昇アイテムではない。
この聖印の奥には何かがいる。
この聖印を持っていると、この聖印の中から大きな力と存在を感じるのだ。
どうやら現実世界では居るのかいないのか分からない神様だが、
少なくともこの世界にはいるようだった。
それは考えてみれば恐ろしい話だ。
自分たちよりも明らからに高位の存在がいるのだ、
世界中の神話で神の怒りに触れて、身を滅ぼした人間など枚挙に遑がない。
……不敬、不忠には天罰が下るのだろうか?
あまり気は進まないが聖職者としての振る舞いぐらいは覚えていかなければならないのだろう。