表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/115

27話 報告2(ミレーユ視点)

 ソージが今回の事件について一通り説明し終えた後、

問題が発生した。


 ソージの証言を紙にまとめていたエリックは、

手を止めるとソージに向き直る。


「報告ありがとうございます。

私達教会は既にダンジョン探索のため、聖騎士団の編成を進めております。

つきましては、ソージ様にもダンジョン探索に同行して頂きたいと考えております」


 その申し出に対して、ソージは一度目を伏せる。

そして、再びエリックに目線を合わせ、言葉を返す。


「……大変、申し訳ありませんが……

ダンジョンに同行する件は、辞退させて頂けないでしょうか」


「な、何故です!」


 エリックはソージが引き受けると確信していたのだろう。

まさかの返答に慌てて聞き返す。


「先程説明しました通り、今回のダンジョン探索により私は奴隷のエルフと婚姻を結びました。

私には彼女をあの町から連れ出した責任があります。

彼女がこの街に慣れるまで、私は彼女に付いていたいと思います」


「こ、今回の探索は、ただの探索ではありません、邪教徒のダンジョン探索です。

中にはどんな罠や強力なアンデッドが潜んでいるか分りません。

どうか、我々と一緒にダンジョンに来て頂けないでしょうか。

ダンジョン探索にはリゼット様も同行して頂く事は可能です。

もちろん、我ら聖騎士団一同、リゼット様には指一本触れさせません。」


 エリックは代替案としてリゼットの同行を提案するが、

ソージは首を振る。


「残念ですが、それも出来ません。

彼女は今まであの町で虐待を受けていたのです。

ようやくあの町から連れ出したと言うのに、戻ってしまっては意味が無い」


ソージの言葉には無念さが滲んでいるが、同行はしないときっぱりと言い切った。


「なっ……

それでは、ダンジョンに潜る聖騎士達はどうなってもいいと言う事ですか!!」


「そうは言ってないでしょう。

私に代わりダンジョン探索を行って頂く聖騎士の皆様には、

ご迷惑をおかけして大変申し訳ないと思っています。

しかし、私にとっては妻の事も同様に大切なのです。

私の身体は1つしかありません……

どうしても優先順位をつけなければならないのです」


「あなたは、聖騎士としての職務を放棄するつもりなのですか!!」


思わず激昂するエリックに対して、ソージは静かに反論する。


「……私があのダンジョンで体験した内容は、余さず報告しました。

これ以上の情報は、逆さに振っても出てきません。

敢えて私が居る必要はないでしょう」


ソージは口調こそ丁寧であるが、声に抑揚は無く、目が笑っていなかった。



 これはまずい。

私がぼんやりとソージを観察している間に、まずいことになった。


 ソージはリゼットの事になると途端に頑固になる。

私はブルード鉱山で、彼がリゼットのために必死で動いていたかを知っているから、

先程の回答も分かる……

しかし、エリックには理解出来ないだろう。


そして、恐らくエリックがどれだけ譲歩しようとも、

ソージは意見を曲げることはないだろう。


 教会の神官としての私は、エリックの方が正しいと思う。

かつての私のパーティーが壊滅したように、

本来、ダンジョン探索とは死と隣り合わせなのだ。


だから、高レベルの聖騎士がいるのなら、当然、戦力として使いたい。


 彼らの名誉のため言っておくが、

教会の聖騎士団が死ぬのを恐れていると言う訳ではない。

彼らはどんな強大な敵にも難解な迷宮にも恐れず立ち向かうだろう。

だが、それはそれとして、被害は出来る限り押さえたいというのは当然の話なのだ。


 まあ、それ以前に、神に忠誠を誓った神官が、

教会と妻どちらを取るかで、妻を取るのはどうなんだって事もあるんだけど……


しかし、冒険者としての私は、ソージのほうが正しいと思う。


 ソージは神官として邪教徒が潜むダンジョンに潜ったわけではない。

彼は冒険者として依頼を請け、その過程でトマの遺体を捜索するために、

ダンジョンに入ったに過ぎない。


 邪教徒を討伐したことは、ただの偶然だ。

だから教会が聖騎士の職務がどうたら、と言うのは違うだろうと思う。


 ダンジョンに潜って得た財宝をどう使うかは、冒険者にその権利がある。

それを考えれば、ダンジョン探索を行ったことによる結果(邪教徒の討伐)は、

ソージに決める権利がある。


彼が教会より妻を優先すると言うのなら、それが正しい。



 ちなみに、私だったら教会の方を取る。

聖騎士の職務はあるにしても、

ガチガチに鍛えた聖騎士団を侍らせてダンジョン探索、

きっと、最高に気分がいいと思うのだ。


 まあ、私はあの時ダンジョンに潜らない事を選択したのだから、

私には口出しをする権利はない。



 話がそれたけど、結局どちらが悪いという訳ではない。

だが、この流れは良くない。

どちらも悪くないのなら、議論は平行線になる。


ただでさえソージは教会に警戒されているのだ。

この状況は彼に対してマイナスに働く。


さて……どうするかな……


1つこの状況を打破できる方法があるんだけど……

出来れば使いたくないなぁ……


 しかし、そうも言っていられないか。

ソージとエリックはお互い睨み合っているが、

これ以上放置していると、罵り合いにまで発展しかねない。


私は、パンっと手を叩く。

「はい、二人ともそこまで」


二人の目線が、一斉に私を貫く。


 おぉ、怖い、怖い。

まったく、嫌になるね。


「まず、ソージ。

邪教徒の討伐は聖騎士の義務よ。

今回のダンジョン探索も、当然その義務の範囲内」


「しかし、ミレーユさん!

あなたは知っているはずだ。リゼットがあの町でどんな仕打ちを受けてきたのかを!」


 ソージは声を張り上げ、私に抗議する。

一瞬、身体が逃げ出そうとするが、腹に力を入れて耐える。

口には笑みを作り、余裕の態度は崩さない。


「人の話は最後まで聞きなさい。

ソージが聖騎士の義務を放棄すると言うのなら、当然、権利も放棄するべきね」


「……権利?」

ソージは不意をつかれた様で、訳が分からないと聞き返す。


「エリック、今回の邪教徒の討伐。

この情報は一般には流れていないわよね」


「ええ、冒険者ギルドと教会の上層部のみですが……

一体何を……」


「そう、ならばソージはあの日、ダンジョンに潜らなかった。

邪教徒も倒していない。

そういうことにしましょうか。

ソージもそれでいいわよね?」


「あ、そういうことか。

……自分は構いません。元々ギルドの報告書には、そう書いてあるはずです」


「馬鹿な!!

あなたは邪教徒の討伐という栄誉を捨てるおつもりか!」


「そういうことです。

私もソージもこの件については、これ以上関らない。

これで邪教徒討伐の栄誉は、ソージではなく教会のものになる。

なんなら誓約書も書きましょう。

ですが、ソージはこれだけの譲歩をしたのです。

どうかソージの意見を認めて頂きたい」


 あーあ、言ってしまった。

本当はこんな乱暴な方法は使いたくなかったが、仕方ない。


 結局、私達は誓約書を書き、

今後、ソウルイーターの件に対して、一切の権利を失う代わりに、

ソージはダンジョン探索を辞退した。


それにしても、『その手があったか!』と感心したように頷くソージの顔が憎らしい。


はぁ、私の気も知らないで……




 その後、誓約書を書いた私達は、

エリックを部屋に残して部屋を出る。


「いやぁ、助かりました。ミレーユさん」


そう言うソージの頭に、手刀を叩き込む。


「ぬぉ!」


「ソージ、さっきのは、一回限りの禁じ手だからね。

普通はエリックの言い分が正しい。

私達はそれに対して屁理屈をこねただけよ」


そこで、一度言葉を切ると、ソージに目線を合わせて続ける。


「それに、教会にも面子というものがあるわ。

教会に対して貢献した神官には、相応の褒美を与える。

それが教会の勤めであり、私達はその機会を奪ってしまった。

これじゃ、教会の立場が無いじゃない」


「……そう、ですね……すみません」


「まぁ、いいけどね。

やってしまったものは、仕方が無いし。

それと、ソージは少なくとも聖騎士団がダンジョン探索に行っている間は、

リゼットと一緒にいること。

そういう理由で、辞退したんだからね、筋は通しなさい」


「はい……分かりました」


「じゃあ、そういうことで。

私は、ここに勤めてる友人に会って帰るから、

ソージは先にギルドに戻っておいて」


「はい、それではお先に失礼します……」


 ソージは、申し訳なさそうに頭を下げると、

教会の出口に向かって、がっくりと肩を落として帰っていった。


「はぁ、悪い奴じゃないんだけどね。

もうちょっと、こう……

何とかなんないかな……ッツ!!」


 突然、背後に僅かな気配が生じる。

普通の人間なら気付かないだろうが、私はこれでも高司祭の聖騎士だ。


偶然か、いや違う。

気配を敢えて隠す必要なんてないんだから。


私は振り向きざまに、背後の気配に向けて杖を叩きつける。


「教会内での暴行は止めて頂きたい」

「……そう思うなら、私の背後に忍び寄るな!

あんたも戦闘をやるのなら分かるでしょう!」


私の背後に居たのは、先程までソージの報告を受けていた聖騎士エリックだった。


 私の杖はエリックの掌で受け止められていた。

いくら後衛職とはいっても私は高司祭だ。

魔法支援用の杖でも腕の骨ぐらいは叩き折ることが出来る。

それなのに……素手で止めたですって……


「……ああ、なるほど、あんた異端審問官か」


「その質問に答える義務はありません」


 その答えは、暗にそうだと言っている。

私は教会内にも顔が利くし、聖騎士団の上位の実力者は把握している。

しかし、私はこの男の顔を知らない。


……通りで見覚えのない顔だと思ったら、そういうことか。



『異端審問官』

主に教会内で神の教えに背いた神官を罰するための特殊な役職だ。


 教会は例え王族や貴族でも、その内側に入ることは許されない。

一種の治外法権となっている。

だが、そのような権利を認められている以上、

自分自身を罰するための役割が必要になってくる。


 それが異端審問官だ。

その性質上、一般の神官には誰が異端審問官かは知らされていないし、

その実態もよく分っていない。


 言ってみれば内部粛清の為の組織なのだ。

その存在が厳重に秘匿されているのは当然か……

私も関り合いになんてなりたくないし、対峙するのも初めてだ。


「……まあ、いいわ。

で、推定異端審問官が何のよう?

こう見えても私は忙しいんだけど?」


エリックは私の杖を離すと、教会の奥に向かって歩き出す。


「大司教がお待ちだ。付いて来い」

「そう、分ったわ。さっさと案内しなさい」


 先程までソージの言動に慌てふためいていた姿が嘘のようだ。

あの報告は茶番か、舐めた真似してくれるじゃない……


 私はエリックの後を追い、教会の奥に入る。

まったく、異端審問官まで出てくるとは、

面倒臭いことになってきたわね……



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ